CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
«成功なさった方(2) | Main | 認知療法があるのになぜマインドフルネス心理療法か»
なぜマインドフルネス心理療法か [2011年08月02日(Tue)]

認知療法があるのになぜマインドフルネス心理療法か

=人間の本質は、独断的・自己中心的

 前の記事で、西田哲学の人間探求の言葉をみました。板橋勇仁氏の解釈もみました。誠実である専門家にもエゴがみられるといいます。
 「世界(*患者を支援する個人、集団、同業仲間集団も小さな世界)を差配・統御しようとする恣意的で我欲的な契機が備わっており、この契機が無くなることはありえない。」
 (*患者を支援する個人、集団、同業仲間集団も小さな世界)は、大田の注です。小さな世界の垣根を越えてもっと広い世界の立場であれば、患者さんは別の支援者、治療者によって救済されるかもしれないのに。

 心の病気も、こういう独断、我執が関係しているので、自分の我執、独断を探求します。今の瞬間に働く我執、独断は、従来の心理療法にはない概念であるので「本音、本心」と名づけました。心の病気の場合には、自分を傷つける本音が多いのですが、西田哲学は、支援者側にも、独断的・自己中心的な心が働くといいます。精神疾患の領域だけではありませんが、 精神疾患の領域でも、治療者、支援者側に、専門家の独断が数多くみられると思います。しかも、支援者側の利益(これは明きらかにエゴ)ばかりでなく、悪げがなく、善意(個人や組織ぐるみの不知、無知、勉強不足、研究不足、拡大適用も)で行われている場合もあるので、双方に気づかれにくい。それで、長引く、治らない、自殺もありえるはずです。
 放射能、電力の問題でも、その道の専門家のエゴがみられているのと同様だと思います。

「技術者(専門家)の我執、個人の苦悩、世界の歪曲」

 西田哲学の解釈で、板橋氏は次のように解説しています。専門家も我執、我見を起し、自己(および自己の属する有形無形の団体)の利益を去った世界(患者側、他の支援グループも含めて広い世界)の立場に立てなくなる。専門家が熟練して力を発揮してくるほどに、それが生じてしまう。

 「しかし我々の自己が、自らの行為を行為的直観において実現することは、たとえば技術の熟達と共に惰性化・粗雑化が起こるように、行為の実現を媒介する絶対的な否定性を見失わせ、行為が我々の自己から連続的に限定し差配しうる事態であるかのように錯誤させるものであり、むしろそこでは、かえって自己基体化・実体化の危険が強まることになる。たとえば、さらなる修練によって、ひとたび惰性化・粗雑化する傾向にあった技術が再び生き生きとしたものに取り戻されるなら、今度は技術の創造性と弾力性とが増しただけに、再び惰性化・粗雑化する際には、より強固なそれに至るまで、そして場合によっては修復が効かないところに至るまで、かえって事態が顕在化しないということも起こるそしてその技術がその人(*のプライド、地位、これまで経歴、面子、名誉、収入、生きがいなど=大田注)になくてはならないものであればあるほど、必然的にその人は自らの在所までも見失うに至るであろう。すなわち、「形作られたもの」として我々の自己に与えられるものは、単に我々の行為の障害になったり、我々の行為を否定したりするものだけなのではなく、むしろさらなる差配への欲望を誘うものとして「悪魔的に迫り来るもの」なのであり、それは「我々を生かしながら我々を奴隷化するのである、我々の魂を殺すのである」(9,201)。ここに自己は、「形作られたもの」において自己を奪われ、見失うことで、世界の抑圧の「奴隷」となり、果てなき苦悩の連鎖に閉じ込められる。しかしそのことは、世界それ自身が自らの本来から転倒し、自らを歪曲化することをもまた意味しよう。」」(板橋勇仁「歴史的現実と西田哲学」P243)

(9,201)は、(西田幾多郎旧全集9巻,201頁)のことです。専門家のエゴが世界までも苦しめるというのでしょう。人はすべて、世界の大切な要素(創造的世界の創造的要素)なのですから、専門家のエゴが働く場合には、一般人を治せず社会復帰を遅らせるのであれば、その個人の創造的力を充実させず(社会復帰を妨げることで)、また、結果的に 死亡(事故、自殺)させるのであれば、世界の要素である個人を世界で活躍することを失わせるのであるから、世界自身を崩壊させることになるというのではないでしょうか。ノウハウにすぐれた専門家であるほどに、惰性化・粗雑化、我執、独断ということを自覚しなければ世界(多くの個人による創造的世界)を不幸にするというのではないでしょうか。かえって自己に、自己のスキル(すべての事例に万能ではない)に慢心(執着)すると、適切でない事例にも惰性的に粗雑に適用して、かえって救済を遅らせることがあるのでしょう。
 心の悩み相談、治療、心理的ケア、カウンセリング、心理療法の領域について、図で表してみます。個人の立場を去って、世界の立場に立つというのは、 悩み相談、精神疾患の支援にかかわる医師、心理士、 カウンセラーの倫理(通常の職業倫理を越えた人格的倫理)にかかわる問題が含まれているようです。
Posted by MF総研/大田 at 12:12 | 新しい心理療法 | この記事のURL