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自己洞察瞑想療法(SIMT)はどんな心理療法か [2010年05月07日(Fri)]

<シリーズ>うつ病や不安障害がなぜ薬物療法だけでは治らないのか、自己洞 察瞑想療法(SIMT)で治るのか

1、背景の神経生理学的基盤と自己洞察法の哲学 2、疾患や問題の各論
  • (1)非定型うつ病
  • 以下、メランコリー型うつ病、パニック障害、対人恐怖症、心的外傷後ストレ ス障害、(病気ではないが)家族の緊張・不和、ひきこもり、と続ける予定
3、なぜSIMTで治るのか(別の連続記事) 自己洞察瞑想療法( Self Insight Meditation Therapy )=SIMT、シムト

身体心理の苦悩に対抗する意志を活性化させる心理療法
 (この部分はすべての問題に共通)

 自己洞察瞑想療法(SIMT)では、自己の生命活動として、現在の瞬間の感覚、状況 をすべて包み込み、それらは世界の動きであるから必然であると、無評価で観察し(「映し」)受け容れ、にもかかわらず、自分にはできることをする自由あるとして、価値実現の行動をする「意志作用」のトレ ーニングを続ける。
 症状や状況を自己とは対立するものという見方では、容易に受け容れがたいが、そ ういうものも含めてすべてが自己のものという東洋哲学的な見方で、不快事象とともに生きていくものと覚悟し自己自身の見方を深めていく。考え方ではなかなか心の変化(自己の哲学的な観点の深まりと脳神経生理学的な変調の回復など)が起こ らないので、呼吸法や瞑想法(=自己の今の瞬間の作用を観察すること)の「意志的行動」を用いる。
 坐っている時も行動する時も、その瞬間の自己の作用をそのままに映し観察する。 これが、感覚、心理などの受動局面を「映す」「包む」「受け容れる」という心の有様である。これをトレーニ ングすることを通して、苦悩の対象、自己の作用、自己存在のありのままを観察し了解し、現実の価値崩壊行動を改善する方向に影響させていく。そういうつらいことは避けられない必然であるから受容し、しかし、自由意志があり、他者のため社会のためになる行動ができる、好きなことをすることができる。
 自動思考は自己自身を否定したり批判したりして、映し、包むことをやめて、自己 を見失い、価値実現の行動をできなくなるので、自動思考に入らないように注意する。自動思考に入った ら気づいてこれを解放するトレーニングを する。これは、心理的反応に対抗する意志作用である。不快事象にふりまわされて衝動的な行為をして結果的に自己の願い (個人の平凡な幸福、職業、家庭)のための行動を崩壊、逃避させることになるので、 自己の願いを想起し、その方向への行動を するトレーニングを繰り返す。不快事象を包みこむ徹底的受容と価値実現への行動という意志作用 のトレーニングをする。不快なことが起きても、無評価で映し、包み受け容れ、願 いを想起して衝動的な行動に移らず、願いにそった行動は何かいくつかの選択肢( これらがマインドフルネス心理療法の「課題」となる)を学習して、その時にふさ わしい行動を選択するトレーニングをする。 こういう心の使い方は、意志作用である。つまり、意志作用の活性化が治療の方針 である。
 (注:「願い」も実現不能な願いはかえってうつ病を悪化させる。実現しないか ら不満の思考が続く。達成可能な願いであるかどうか時々、願いの再検討が必要で ある。願いは個人的なものでなければならない。)

知識としてでなく行動して体得

 こうした精神作用の使い方は、精神疾患になった人や問題行動によって自分が苦 悩する人(非行犯罪を犯す人も)にとっては、従来の心の使い方とは大きく違って いるので、読書や講義だけによっては、容易に習得できない。スポーツや芸術、職 業的技能の習得でもそうであるが、人の精神的なスキルは、 言葉での理解だけでは身につかないし、聞く読むだけではうまく働き出さないこと が多い。読み、聞き、理解する神経回路と、種々の精神作用を統合し決意し実行す る回路は別である。
 意志作用、包む心、無評価で映す心、不快事象も含めてすべてが自己自身と見る 見方(知的理解では日常行為にならない)も、継続したトレーニングをしないと身 につかず、現実には動きださない。
 自己に意識されるものは、すべて、自己自身の 意識作用であって、自己の根底における自己の生命活動を映像のように映したもの である、つまり 自己の心の上(中といってもよい)にあるもの(対象はすべて自己と一つ)という 見方である。すべての対象(ストレスも、症状も)はこの自己において(哲学用語 では「絶対無の場所」であるが、わかりにくいだろうから、自分のこころの最も深 いところ、と思えばいいだろう)起きているもので自己と同一という東洋哲学的な 見方をトレーニングしていく。
 自己評価の低い苦悩も多いが、自己評価の低さは、自己自身(自己の精神作用と自 己存在)をよく知らないことから起きているので、自己の精神作用と自己存在の探 求を行う。対象的に考えられた自己は真の自己ではない。叡智的自己に眼を開く。自己存在は他人のささいな拒絶にいちいち気に するような自己ではない、否定し破滅させるような自己ではない、 いちいち、他者の視線におびえるような自己ではない、症状によって破壊される自 己ではない。これらは、思考作用が作った像であり、真の自己ではない。
 自己とは何かを呼吸法(自己洞察瞑想)を通して、苦痛の対象を映し包み自己の精神作用を観察し受 容し、自分の願い・人生のいきがいへの建設的な行動をしていく、この意志作用を強くし、意志作用の根底の自己存在 を探求していく。

認知療法、傾聴型のカウンセリング、自己洞察瞑想療法(SIMT)

 自己とは何かを呼吸法と行動中の自己探求(自己洞察瞑想)を通して、苦痛の対 象を映し包み観察し受容し建設的な行動を探求していく意志作用を強くし、意志 作用の根底にある自己存在を探求していく。このように、認知を修正する手法、つ まり、否定的考えを別の肯定的な考えに置き換えるトレーニング手法は用いない。 認知療法は、言葉、思考によるトレーニングである。 種々の精神作用があるが、認知療法は事後的に思考作用の「対象=内容」を検討して修正し ていく手法である。これも、精神疾患に有効である。
 自己洞察瞑想療法(SIMT)は、今の瞬間のすべての心理作用、 思考作用も含めてすべての心理作用の作用自体の洞察と、つらい状件の中でも自由意志により価値あることを実行する 統合的な意志作用を 活性化させること、 作用を引き起こす根底の自己存在を探求していく。
 脳神経生理学的な基盤が、否定的な考え、感情、衝動的行動が過敏で、冷静な意志作用が低下していることと関係がある。心理的なことは脳神経生理学的な過敏、低下と関係があることを考慮しながら、自己を探求していく。
 自己洞察瞑想療法(SIMT)は、もちろん、傾聴(のみ)に徹するカウンセリング手法ではな い。病理レベルになった病気には、傾聴のみでは、クライアントの病理や問題行動(背景に神経生理学的フュージ ョン(連合)があることが多いから)が治る保障はないだろう。意志作用の活性化、自己 存在の探求は方針を明示しないと、その方針への改善行動を思いつかないからである。西田幾多郎は意識の「志向作用」といったが、意識は通常、対象に向かい、自己の作用を志向することはない。自己の作用、自己の存在の探求を志向していくことは、自然には起こりにくい。自己の種々の心理作用の探求の方法を詳細に助言する。傾聴に徹して自然に気づくような心の使 い方で病気や問題が治らない領域には、効果的である。
 うつ病になっている場合、死の渕に立っている。簡単にはその渕は消えない。うつ病が治らない限り、死の渕が見える。治らない助言では素通りしてしまう。経済的な困難などが国やNPOの支援で軽減されても、うつ病が治らない人がいる。他の支援があっても、うつ病が治らず持続すること自体が苦痛であるとうつ病が治らずに自殺が起きる。そのことが理解されて、うつ病を治すことにも強い支援をそそぐ必要がある。
 しかし、傾聴型のカウンセリングは別の領域で大きな貢献をしている。ストレスが軽くなり、うつ病の支援にも役に立つ。認知行動療法、自己洞察瞑想療法(SIMT)、マインドフルネス心理療法は積極的助言の領域で貢献する。すべてが社会に貢献するだろう。だが、認知行動療法、マインドフルネス心理療法のカウンセラー、医者、支援者があまりに少ない。

向かない人

 こうした自己探求のトレーニングが自習できない人がいるが、そういう人には、この心理療法は 不向きである。グループ・セッションだけではなくて、個別指導でできるひともい る。入院方式で援助の時間を多くする方法も考えられる。個別カウンセリングや入院 方式はコストがかかる。この心理療法をできるカウンセラーが極めて少ない。自 己洞察瞑想療法(SIMT)ができるカウンセラーが増えてほしい。マインドフルネス心 理療法で、うつ病、非定型うつ病、不安障害が治って死なないですむ人がいる。予算をこういう領域に もさいてもらいたい。


Posted by MF総研/大田 at 10:54 | 新しい心理療法 | この記事のURL