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認知(思惟)作用よりも深い「意志作用」を活性化させる [2010年04月01日(Thu)]

認知(思惟)作用よりも深い「意志作用」を活性化させる マインドフルネス心理療法

=マインドフルネス心理療法と西田哲学

 西田幾多郎の西田哲学でマインドフルネス心理療法をみている。

 知覚、思惟(思考)、判断、感情、意志など種々の精神作用があるが、種々なる 作用の区別や推移を見ることができるのは意志である。我々が考えたり、行動した りするにつれて状況が変化していく、見るもの、感情、思考が移りゆく、その推移 を知るのも意志である。知覚や思惟にそうした働きはない。意志は思考や感情の作 用を知り、何をなすべきかを決意する。知覚、思惟、感情、衝動的欲求などを 観察し自己の行動の方向を決めるのは意志である。ゆえに、もっとも高次の作用は 意志である。ただし、決意をする際に知識、思考によって行動の選択の幅が左右さ れる。知識(自己に関する知識)も深いものがあったほうがよい。自己の種々の作用を知的に学習するだ けでは、今の瞬間には活かされない。 種々なる作用の区別や推移を知る「意志作用」は、自己に於いて自己を知るのであ る。感情や思考が渦巻くその瞬間に作用を知る(自覚)のが意志である。
     「作用というものが考えられるには私のいわゆる「作用の作用」の立場から作用 自身が反省せられねばならぬ。作用そのものを直に見るということはできぬ、一つ の作用が他の作用と区別して見られるには、一つの一般概念によって限定せられた 場所がなければならぬ、述語的なるものが主語の位置に立つことによって働くもの が見られるのである。・・・ すべて作用というのは一つの場所が直に真の無の場所に於いてあると見られる場合 に現われるのである、種々なる作用の区別や推移が意志の立場において見られ得ると 考えられるのはこの故である。」(128頁)
 知識よりも意志は深い。自然界、物理、政治、教育、経済、法律などの知識があっ ても精神疾患を病み 非行犯罪をおかすことがあるのはその故である。
 知識は無にして有を映す。意志は映す鏡をも映す、そして無より有を生む。意志 は作る。
    「意識の本質を右の如く考えるならば、判断ということよりも、意志ということが 、なお一層深き意味において知ることでなければならぬ。知識においては、無にし て有を映すと考えられるが、意志においては、無より有を生ずるのである。意志の 背後にあるものは創造的無である。生む無は映す無よりも更に深き無でなければな らぬ。この故に我々は意志において、最も明らかに自己を意識し、意識の最高強度 に達すると考えるのである。無より有を作るということは、潜在的なるものも無に 於いてあるということでなければならぬ、潜在的なるものをも内に映すということ でなければならぬ。」(98頁)

    「無から有を作るというのは映す鏡をも映すということにほかならない。・・・ 作るというのは時において作るのではなく、見ることである、真の無の鏡の上に映 すことである。我々の意志もかくの如き意味においては見ることである。見るとか 映すとかいうのは比喩に過ぎないと考えられるかもしらぬが、包摂判断において主 語が述語の中にあるということが、映すとか見るとかいうことの根本的意義にほか ならない。述語的なるものが映す鏡であり、見る眼である。」(108頁)

マインドフルネス心理療法へ

 意志作用に必須である、映す、包む、見るという訓練がマインドフルネス心理療法にとりいれられている 。ものや音や痛みや不安やすべてを心の鏡に映す、無評価で映す訓練を重ねる。不 快な症状や不満、怒りが持続するので「包む」訓練をする。不快事象がありながら も推移を見守るには「包む」作用が必要である。映し、包みながら、状況を見て、 自己や周囲にとって価値ある(目的)ものを映し、現実との差異を埋める行動を決意する 実際に見られていないもの、映されていないものを作る、生み 出す行動をする。
 こうした種々の精神作用が自己の場所に於ける自己の働きであることを自覚しな がら、否定的思考や感情に振り回されず、包み込みながら自己の願い(目的)を崩壊させな い道筋にある(合目的的)行為を選択するという瞬間瞬間(絶対現在、道元のいう而今、ACTで「文脈」)の意志作用をうまく実行 しているのを「統合洞察法」と呼ぶ。心の病気でない人がこれを実行できているわけでは ない。自己の場所(「絶対無の場所」)における自己の作用を知るということがなければ統合洞察法では ない。対象的に見ているのは統合洞察法ではない。 だから、順調に暮らしていた人でもライフ・イベント(人生上の出来事)に あってうつ病や不安障害、依存症などを発症する。

 従来、認知療法があるが、 うつ病や不安障害には一定の効果が確認されてきた心理療法である。 多くの本も出版されている。思考レベルであるから自分の治った体験によって他者の臨床経験のない 人の書いた本やブログ、ホームページも多いようである。思考レベルであるから頭のいい人であれば、認知療法の 治療方法を考えることができる。だが、あくまでも思考レベルである。 認知療法で治らない人も多いことがわかってきた。欧米の心理療法者が 深く分析している。 認知療法で治った人は、認知(考え)を変えたから治ったのではない、認知の認知 (メタ認知)が変わったから治ったのだとマインドフルネス心理療法者が指摘して いる。禅も思考レベルの対話を軽視する。精神疾患にもそういうレベルのものがある。禅や西田哲学がいうのと同じような方向である。 認知療法は、 認知療法で治った人を根拠として認知の修正で治るとの仮説を根拠としているのか もしれない。ズレに気づかないと認知療法でも長引くだろう。アメリカでは、薬物療法もうつ病では「非常に重症」を「重症」レベ ルにする効果はあるが、それ以後の効果があまりないという研究結果が発表された 。認知療法でも治らない人はなぜなのか、治ったというのも認知のゆがみの修正で治 ったのではないのかもしれない、欧米の心理療法者はそう推測している。
 なぜ、認知療法でも治らない人がいるのかは、非定型うつ病やパニック障害の責任 部位の亢進が起きているということから認知療法の仮説を疑うことができるのでは ないか。非定型うつ病は鉛様麻痺感、パニック障害はパニック発作を起すという重 篤な症状がある。これは、認知(考え)そのもので生じるのではない。帯状回周辺 やPAG(中脳水道周辺灰白質)あたりに発火する部位があるようだ。 こういう部位の亢進がしずまるのは、認知の修正によるわけではないようだ。間にほかのことがある。 次の連鎖が推測される。
    認知の修正⇒何かの行動か認知の認知(メタ認知、意志など)の修正か(未解明)⇒その結果 何か恒常的な反応パターンの変化(未解明)⇒変調部位をしずめる脳神経生理学的 な作用⇒鉛様麻痺感やパニック発作の不活性
 認知療法は、否定的考え、二元的考え、ゆがんだ考えではなく、肯定的考え、中 庸の考えを教えるだろう。知識、思考の範疇である。意志作用ではない。だから、 出版物の読書でも学ぶことができる。だが、マインドフルネス心理療法は知識、思 考内容を教えるのではない。認知のゆがみがある、考えが偏っているから変えなさ い、とは言わないマインドフルネス心理療法で非定型うつ病やパニック障害も治る 。だから、認知のゆがみを変えるから治るというのは仮設が迂遠であるようだ。薬 物療法もセロトニン仮説がゆらぎ、認知療法も仮説がゆらいでいる。日本の専門家 は少ないが、欧米では研究がすすんでいる。患者さんのために予算を投入する。日 本では、心理療法も研究が遅れていて、傾聴型が多い。非定型うつ病、パニック障 害、対人恐怖症は傾聴型の心理療法では治らない。独創的な心理療法を支持する雰 囲気がない。種々の領域に専門家が旧来の理論、方法を固守して独創的な研究発展 を阻害する雰囲気がある。それもわかる。これまで自信を持って主張してきた自分の説を否定したくない、自分の生涯をかけて守ってきたものを否定できない。 だから、 独創的、新しいものは、従来の専門家ではできない。別の人、若い人が参画すべきである。
 医者にも多くは期待できない制度になっている。医者は薬物療法に多くの時間を費やす。マインドフルネス心理療法を研究、臨床に使う時間がない。マインドフルネス心理療法も全面的に時間をさかないと熟練しない。医者や心理カウンセラーがマインドフルネス心理療法を提供する時間を全面的にとっても職業として成りたつ研究、提供施設を作っていただきたい。
 マインドフルネス心理療法は、知識、思考よりも深い意志の作用(認知内容の修 正ではない)を訓練するのであるから、 インターネットや出版物の閲覧・読書だけで学ぶことは難しいかもしれない。読書 だけではなく、今という瞬間に於いて、意志作用を動かす実行訓練が必要である。 認知療法は認知の修正であるから、頭のいい人の書いた本やインターネットがあっ て独習もできる。思惟(思考)のレベルだからである。だが、マインドフルネス心 理療法も 独学で習得できるのかは未知である。マインドフルネス心理療法は日本ではまだ臨 床で治療しているところはほとんどないから、まだそういう研究段階でもない。全 く遅れている。始まってもいない段階である。書物、テキストだけで習得できるの かどうかの研究もない。意志作用は自己の知覚、思考、感情を自己の意志でモニタ リングして自己の意志で建設的な行動を選択するのである。精神疾患を病む人が書 物だけでそういう自己のモニタリング、行動選択を実行できるのか、試験適用して 経過を観察する研究が必要である。 指導法をDVDに収録したものを使えば、実際の面接セッションに近くてかなり効 果的かもしれない。ただし、一方的である。生身のセラピスト(カウンセラー)が 意志作用の間違った使い方を指摘するという指導(日記指導)が必須かもしれない 。テキストだけを受け取り、その後のセッションにおいでにならない人から治った という連絡をもらったことがない。継続してセッション(グループ・セッションま たは個別指導)に参加する人、日記指導を受ける人は改善が見られる。日記指導、 個別カウンセリングが必須であるようだが、それでは、セラピストの時間を多くと って、心理療法の普及に限界がある。効率のよいマインドフルネス心理療法の研究 開発が求められる。一介のボランティアが行うような問題ではない。自殺防止対策 として、国も薬物療法ばかりに誘導するのではなく、うつ病、不安障害などの心理 療法の研究に力をそそぐべきである。

 (続)
    (注)
  • 上記の引用は「西田幾多郎哲学論集T」(岩波書店)の論文「場所」の頁。



Posted by MF総研/大田 at 07:02 | 新しい心理療法 | この記事のURL