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創造的世界の創造的要素 [2010年02月03日(Wed)]

創造的世界の創造的要素

=マインドフルネス心理療法と西田哲学

=自己は創造的世界の創造的要素

 マインドフルネス心理療法の救われる構造を西田幾多郎の言葉で簡 単に見ている。 西田幾多郎は<自己>を哲学的に記述した。哲学は心理療 法ではないが、マインドフルネス心理療法と似たように、自己や精神 活動について記 述している。 マインドフルネス心理療法に応用できるようなところをみている。

創造的世界の創造的要素

 =行為的直観の特徴

 通常「見ること」(直観)と「働くこと」(行為)を対立的なもの と考える傾向があるが、直観 と行為とは、相互に依存的な関係にある、相互に補う関係にある。行 為が直観であり、直観が行為であるというのが行為 的直観である。行為的直観にはいくつかの特徴があるが、その一つが 自己は「創造的世界の創造的要素」であるということである。
     「我々は我々の歴史的身体の行為的直観に於て物を道具としてもつ 、その極限に於て世界が道具 となる、世界が自己の身体の延長となる。しかしそれは同時に自己が 消え行くことであり、自己が 否定せられることである。しかも我々の歴史的身体は創造的要素であ り、我々の自己は創造的であ る。ゆえに我々の働きは行為的直観であり、働くことは見ることであ る。我々の自覚は意識的では ない。創造的なる所に、真の自覚があるのである。」( 「論理と生命」巻8-332)
 現実の世界は「作られたものから作るものへ」と不断に自己を形成 していく創造的世界であると 考える。我々の個人は、世界の一員であるから、世界の創造的要素で ある。世界は不断に発展していく創造的世界である。その世界を創造 するのは人である。 我々の自己は創造的世界の創造的要素であるので、行為的直観は同時 に世界が世界自身を形成して いく自己形成の形なのである。

マインドフルネス心理療法へ

 我々の見ること、行為することという日常行為が行為的直観として 、世界を作っていく、我々の 行為が環境、世界を作るのである。それは、我々、自分が世界の要素 であるからである。我々は 世界の外にいるのではない、世界の一部である。だから、自分の行為 によって、家庭環境、職場環 境を作る、以前の環境が変わる。自分が無茶なことをすれば家庭が崩 壊する。不快なことがあっても受容して建設的に行動すれば幸福な家 庭が維持される。家庭が拡大されていけば地域、職場、日本、世界と なる。個人の行為なくして世界は動かない。自分は世界の中にいる。
 すべての人、自己が創造的世界の創造的要素であれば、精神疾患を 病む人でも、その行為によって一瞬一瞬、家庭を作る、家族 が変わる。自己が変わる(新たな行動をする)ことで家庭が変わる。 家庭が変われば、それを見る自分が変わる。家庭が変われば、自分に とっての環境が変わる、自分へのストレ スが変わる。自分の行為によって、家庭、職場、世界が変わる。 家庭、職場、世界が変わると、自分へのストレスが変わる。家庭や世 界を変えるのに自分が関与し ている。これをよく理解すれば、心を病む人も行動するかもしれない 、ゆえに、1人1人が「創造的 世界の創造的要素」であり、自分の問題を治すために行動しよう、自 分の意志で家庭環境、職場環境、学校環境を作ろう、変えようという 。
 実際、うつ病も不安障害も行動を 活性化することが症状の改善になる(アメリカの行動活性化療法=BA )ことも検証された。自己が行動的になる、運動をすれば、それを見 る家族が喜ぶ。自己の症状改 善にもなることが、家庭も明るくする、家族が社会でいきいきと活躍 できる。それを見る自己は明るくな る。特に、家族の手伝い、自分でもできる社会貢献の行動は、まさに 社会を世界を創造する行為であり、症状の改 善効果が高いようである。「一隅を照らす」ということを言った人が いる。すべての人がすぐ自分の場所を明るく照らせば、世界のすべて の人がそうすれば、世界全体が照らされる。
 西田幾多郎の上記の文に「自己が消え行くことであり、自己が 否 定せられることである」というが、自我の対立的な見方をしないで( 自己が消え行き)、事態をあるがままに直観して(自己を否定して客 観のみとなり)、自己の作用を客観的に知り、社会生活から逃避せず 、行動していくのである。

 (続)
    (注)
  • 上記の(巻x-xx)は、西田幾多郎全集、昭和40年、岩波書店の巻数と頁。



Posted by MF総研/大田 at 21:52 | 私たちの心理療法 | この記事のURL