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主観と客観が自己同一 [2010年01月26日(Tue)]

絶対矛盾的自己同一<2、主観と客観が自己同一>

 =マインドフルネス心理療法と西田哲学

 マインドフルネス心理療法の救われる構造を西田幾多郎の言葉で簡単に見ている。 西田幾多郎は<自己>を哲学的に記述した。哲学は心理療 法ではないが、マインドフルネス心理療法と似たように、自己や精神活動について記 述している。 マインドフルネス心理療法に応用できるようなところをみている。

絶対現在は主客未分

 現実は絶対矛盾的自己同一であるという。矛盾、対立するものがそのままで自己同一である。主 観と客観も絶対矛盾的自己同一である。主観と客観の区別を否定する。見られるもの(客観、環境 、世界)と見るもの(主観、自己)が同一である。
 我々が見たり、聞いたりする事実そのものは主観客観がわかれていない時である。絶対現在、今の自己におい ては主観、客観が同一である。「絶対無の場所」において、自己同一である。
     「真に事実そのものと考えられるものは、自己自身を限定する今そのものの内容として、 主客未分以前の表現的内容の意義を有って居る。」 (巻6-175)
 事実そのものを経験している時、主観客観が分離していない。自己もなく客観もなく、事実ある のみである。
     「「此鳥」が飛ぶというのではなく、「此鳥が飛ぶ」という事実があるということである。未だ いわゆる時間空間の意味に於いて、此時此場所というのでもない、私のいわゆる今の自己限定から いわゆる時間空間が限定せられるのである。まだ「此鳥」として言表の内容が外に考えられて居る のでもなければ、此事実を見て居る「私」というものが内に考えられて居るのでもない。 唯かかる命題によって言表せられる事実そのものが、自己自身を限定する今の内容として自己自身 を見て居るのである。かかる事実を見て居るいわゆる私というものも、かかる事実に即して限定せ られるのである。私のいわゆる事実そのものがあるというのは主観に於いてあるのでもなく、客観 に於いてあるというのでもなく、永遠の今の自己限定の内容として、直に自己自身を見、自己自身 を言表する意味に於いてあるのである(原始歴史の事実である)。・・・ 真の自己は単に自己を了解するものでなく、働きによって自己自身を事実的に知るものでなければ ならぬ。」(巻6-168)
 自己を無にした時に、事実そのものを知ることができる。
     「我々の個人的自己の尖端に於いて自己が自己を失ったと考えられる所に、真の事実というもの が見られるのである、即ち無にして見るものの自己限定の内容として事実的なるものが見られるの である。直観の内容と考えられるものはすべて事実的なるものでなければならない。」 (巻6-111)

マインドフルネス心理療法へ

 西田幾多郎によれば、私たちは自分自身を知らない。順調に行った人は自己の真相を知ることな く死にゆくのである。だが、うつ病や不安障害、依存症などになるのは、自己を知らない間に、自 己を知ることなくしては乗り越えられないほどの試練に遭遇した不幸な人である。だが、現実は矛 盾的自己同一である。不幸な人が幸福になる。自己や世界の真相、事実を知るチャンスなのである 。
対象を自分と対立する嫌悪的なものと見て否定的な思考を繰り返すから、現在の事実を失って、現 在に生きることなく、思考の渦に巻きこまれているから社会生活が阻害される。
 苦悩の対象はすべて、対象的に見れば客観である(実は自己根底では対立していない)。「自分はこういうものである、価値がない」というのも「対 象思惟(思考)である、客観である。客観がすべて「絶対無の場所」という自己の場所にあるもの であり、すべてのもの、苦悩も人も職場もすべて、矛盾的自己同一的に「自己」である。自己の外 にあるのでは対処法が難しいが、自己ならば対処法がある。意識された瞬間、過去であり、それを変えることはできない。 それは、情報の受動局面である。それを足場にして、自分のすべきことを探して自分にできることを自分の自由意志により行動する。そうするとせかいbが変わる。行動局面である。 マインドフルネス心理療法のポイントである。
 矛盾的自己同一であるから、うつ病や不安障害の苦悩の対象、現実を自己を空しくして、無にして、見 るのである、自己の場所にそのまま映すのである。無評価で映し、その事実を知るのである。そう すると、事実は脅威的ではない。ここは、アクセプタンス、受容の局面である。ただし、それは半面である。自分は創造的世界の創造的要素であるから、 世界(家庭、近所、職場、日本、世界)を作っていく行動に参画する。自分でできることをみつけて行動していく。行動局面である。この時にも、すぐに不快なことがおきる。アクセプタンスと行動局面のマインドフルネスを動的に 使いこなしていく。 それで、苦悩の思考の渦から離れて精神疾患が治癒する。すべてが自分に映るものとみて、無評価で映し受け入れ、価値実現の行動をする訓練を続ける。自分の生命である客観、世界を否定しない。
 誰でも、西田幾多郎のいうような「自己」「世界」を知らない。だから何かストレスがあれば、うつ病となり自殺も起きる。60歳以降の自殺も非常に多い。自己を知らないことによる悲劇は中学生から定年後までどの年代にも起きる。すべての人が「自己」を知ることによるストレス対処法を身につけるほうがいい。日本的なマインドフルネスには、精神疾患を改善するものと、すべてのひとが実践すべきマインドフルネスがある。

 (続)
    (注)
  • 上記の( 頁)は、西田幾多郎全集、昭和40年、岩波書店。



Posted by MF総研/大田 at 20:21 | 私たちの心理療法 | この記事のURL