自覚の訓練で精神疾患を治す [2010年01月19日(火)]
自覚の訓練で精神疾患を治す=マインドフルネス心理療法と西田哲学マインドフルネス心理療法は禅の哲学(多分、人の心の真相の哲学)によって心の病気がマイン ドフルネス心理療法で救われる構造を西田哲学(西田幾多郎)の言葉で簡単に見ている。 自己を知る自覚真に自己を知るということが自覚であるが、自覚というのは自己が自己に於いて見るということ である。しかも、場所が場所自身を限定するということである。普通に言われる「自覚」とは異な っている。
「単に知るものと知られるものとが一であるということを意味するのではない。単なる主客合一 が自覚ではない。」すなわち、身体とは別の霊魂のような自己があると認めておいて自己の外に見 られるものがあるというように認識しておいて、そのような自己(知るもの)と対象(知られるも の)とが一つであるというようなことではない。そのような主客合一が自覚ではない。 絶対無の自覚自覚にも深まりがあり、最も深い自覚が絶対無の自覚である。 「自己とはこういものだ」というふうに、自己として何物かが見られるかぎり、それは真の自己 ではない。自己自身が見られなくなる時、自己が全く没した時、真の自己を見る、自覚するのであ る。自己が絶対に無であると自覚することを絶対無の自覚という。
治療の技法としては、自分が鏡のようになる瞑想法がある。自分が鏡となってものを映し、感情 、症状を映す、評価しないで映すのみでいるというトレーニングを重ねる。自分、鏡が分かれてい るとは見ずに、鏡の上にもの、感情、症状が映り、あるという感じである。すなわち、鏡(自己) と映るものが離れていない、自己同一とイメージするトレーニングである。 長期間、トレーニングを繰り返していると、すべてが自己の作用であると自覚が生まれて、苦痛 のことも自分の上(場所)のことであるから、何か自分で対処できるものだという自信が生まれる 。苦痛が軽くなったり受け入れられるようになって、回避、逃避していた行為もしなくなる、まぎ らしていた行為もしなくなる。それで、治癒するのである。こうした自覚に近い、心の使い方が習 得されるので再発しにくい。 自己なしという立場が理解できて、場所から見ることができればいいが、治療の最初は、あるが ままを包み映すつもりでいればいい。治療がすすむと、自己なしという眼が開かれてくる人がいる が精神疾患の治癒に必須ではない。だが、思考で把握する状況、感覚でも、感情でも、何かの症状 でも不快な事象を鏡のように自己の場所に映すというトレーニング(このトレーニングをアメリカ の心理療法者はマインドフルネス、アクセプタンスと呼び新しい心理療法を開発した)は精神疾患 の症状の軽減に有効である。従来、不快だとして苦痛の思考を繰り返していた人が、このトレーニ ングによって、従来嫌悪していた苦痛を受け入れて、苦悩の思考から離れて、苦悩の思考に入りに くいからである。真の自覚(「自己なし」が不充分であっても)になっていないくても、 感情、症状などの感覚などを「反省」して、その様相を実践的に知って、すぐに非機能的な行動や 否定的思考に移らないからである。自己に於いて映し、自己の作用を知るので、真の自覚に近い心 理作用となっている。真の自覚は「自己なし」ということ、場所から見ることが真に行為的に実現 されることであるが、精神疾患を治す心理療法ではそこまで深まっていなくても治癒する。つまり 、哲学や宗教としての禅のように難しいことではない。 心理療法は哲学の徹底的探求でもなく真理や思想の完全なる探求(参加者に一定レベルの思想を得 ることを強制するような)でもないのであり、ある程度、自己の精神活動を知ることができて、疾 患が治癒、軽減すればいいのである。病気、苦痛が軽くなって、個人の価値実現を遂行できる心の 健康をとりもどすことが目的である。マインドフルネス心理療法には西田哲学に似た哲学が背景に なって、心理療法の技法が開発されているが、クライアント(患者)は必ずしも理解する必要はな い。実践すればよい。たとえば、指導者がスポーツにある理論をもとにして選手に指導する場合、 選手は理論を完全に理解できなくても指導者の言うように練習すれば、かなりうまくなるだろう。 抗うつ薬もセロトニン仮説によってうつ病が治るはずという理論があるが、服用する患者はその仮 説を理解できなくても言われるとおり服用すれば治る。 心理療法に大切なのは、実践である。認知療法も認知の修正によってうつ病を治してきたが、理 論は正確ではないという指摘もあるが、現実に、そのトレーニングによって、かなりの患者が治っ ている。マインドフルネス心理療法は従来の認知行動療法では治らない精神疾患(うつ病、不安障 害、依存症、パーソナリティ障害など)患者も多いので効果的な心理療法が研究されてきている。 クライアントが受けやすい心理療法を選択できる余地が増えたということである。 「自己なし」という哲学の理解と実行はある程度難しいので 、この実現にはこだわる必要はない。ただ、従来嫌悪していたものに対して自己の判断(評価、比 較など)を抑制する実践(たとえば、過去の出来事や不安を嫌悪する思考を抑制)が十分になされ ることが重要である。 ただし、自己なし、ということを深く探求することが必要となるクライアントもいるかもしれない 。カルト(反社会的宗教団体)による被害者が霊魂とか前世とかいうことで苦悩する場合や、ター ミナルケアにおいて死後の世界の有無で苦悩する場合などが考えられる。その場合にも、セラピス ト(カウンセラー)が、「自己なし」の哲学を押し付けるのではなく、クライアントが自己という ことを探求する支援をすればいいと考えられる。心理的苦痛を緩和する心理療法は絶対の真実を探 求するものではない。 (続)
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