CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
«彩の国いきがい大学 | Main | 自覚の訓練で精神疾患を治す»
絶対矛盾的自己同一<現在に過去未来を含む> [2010年01月17日(Sun)]

絶対矛盾的自己同一<1、現在に過去未来を含む>

 =マインドフルネス心理療法と西田哲学

 マインドフルネス心理療法は禅の哲学(多分、人の心の真相の哲学)によって心の病気がマイン ドフルネス心理療法で救われる構造を西田哲学(西田幾多郎)の言葉で簡単に見ている。

絶対矛盾的自己同一

 西田幾多郎は「我々は我々の居る世界というものを真によく考えぬいていないのである」(巻8- 178)という。我々は世界の創造的な要素であるから、我々が働くことによって世界が変わる。世界 が変わるとその要素である我々が変わる。西田は、我々が世界や自己について真剣に考えぬいてい ないという。こういうふうに自己や世界を考えぬいていないところでは、ある限度を超えたストレ スに出会うと葛藤を起して心の病気になるのだろう。
 「我々が常識的に世界と考えているもの」それは弁証法的世界であり「真に具体的なる世界とは かくの如きものでなければならない」(巻8-178)という。
 西田哲学の重要な概念といわれる「絶対矛盾的自己同一」があるが、彼も弁証法であるといった時期もあるが、最終的には、弁証法ではないといった。絶対に対立的なもの 、矛盾的なものが、矛盾対立しながら、全体として自己同一を保持しているという意味で「絶対矛盾の場所的論理」である。主 観と客観(自己と世界)、内と外、多と一、過去と現在、空間と時間(有と時)などがある。 マインドフルネス心理療法に関係する領域だけ見ていこう。まず、過去、現在、未来の自己同一と はどういう意味か、その哲学的真理(知識)がいかに心理療法に活かせるか。そこには哲学が哲学 に留まらず哲学が実現されるための実践が必要となるが。

絶対矛盾的自己同一(1)現在は過去未来を含む

 過去、現在、未来は対立するものと考えられているが、現在に過去、未来が含まれているという 。過去現在未来の同時存在について、下記のような言葉がある。
     「未来のない過去というものもなければ、過去のない未来というものもない。記憶というものな くして我々の自己は考えられないが、未来の予想というものなくして記憶というものはない。過ぎ 去ったものが未だ過ぎ去らない、未だ来らざるものが既に現れている現在の円環的統一として自己 というものが考えられるのである。」(巻8-109)
     「歴史的現在としての歴史的自然の世界、現実の世界は、いつも無限の周辺を有つ。歴史的現在 に於いて、無限の過去と未来とが、行為的直観の現実の世界を中心として、周辺的に同時存在的と 考えられるのである。そこに知識の世界が成立する。」(巻8-199)
 「過去からの必然として、又合目的的に未来からの必然として相対し相働くのではない」といい 、宿命論的に動くのではない。過去がこうだったから、もう未来がないということはない。自己は 世界に於いていき、世界の一要素であるから、自己の働きで世界の未来が変わる。自己の未来は宿 命として決定されていてどうすることもできないというのではない。
     「無数なる個物の相互否定的統一の世界は、逆に一つの世界が自己否定的に無数に自己自身を表 現する世界でなければならない。かかる世界に於いては、物と物は表現的に相対立する。それは 過去と未来が現在に於いて相互的に結合した世界である。現在がいつも自己の中に自己自身 を超えたものを含み、超越的なるものが内在的、内在的なるものが超越的なる世界である。・・・ ・ 過ぎ去ったものは既に無に入ったものでありながら尚有であり、未来は未だ来らざるものでありな がら既に現われている という自己矛盾的自己同一的現在(歴史的空間)に於いて、物と物とが表現的作用的に相対し相働 くのである。そこには因果的に過去からの必然として、又合目的的に未来からの必然として相対 し相働くのではない。矛盾的自己同一的に、一つの現在として現在から現在へと動き行く世界 、作られたものから作るものへと自己自身を形成し行く世界に於いてのみ、なおいうことができる のである。」(巻9-169)
 自分が現在行為することがただちに過去となるが、その結果と他の無数の個人の行動の結果が自己の未来に影響してくる。 現在が未来を作るというからといっても、行為的直観の立場からは現在の立場から言えるのであっ て、未来に重点を置いて、何らかの意味に於いて未来への傾斜を考える(たとえば、予期不安ばかり起すような)ならば、 もはや我々の作り作られる実践的世界ではない。現在にある未来のみを見ていては現在の行為的直 観が失われる。
     「我々が物を作る、作ることによって作られる、元来、作られて作るのである。かくの如き自己 と物との関係、自己と世界との関係は、根本的に表現作用的というものでなければならない。作ら れたものは絶対の他となったものである。絶対の過去に入ったものである。しかも絶対の他となっ たものが、自己の根底から自己を動かす、絶対の過去に入ったものが未来の果から自己を引く。換 言すれば、過去に入るということが、一つの新たな未来を形成することであり、一つの新た な未来を有つということは一つの新たな過去を有ったということである。かかる因果関係が、本質 的に表現作用的というものである。故にそれは絶対現在の自己限定と考えられるものでなければな らない。若し未来に重点を置いて、何らかの意味に於いて未来への傾斜を考えるならば、如何に 空間的と考えても、それはもはや我々の作り作られる実践的世界ではない、唯一のものの自己発展 の世界、一つの目的的世界たるに過ぎない。」(巻10-484)
 現在の行動が直ちに過去に入るがそのことが新たな未来を形成することである。自己の行為によ って自己と環境(これも自己同一)の未来が作られる。心を病む人も自己の行動によって自己が変 わる。自己が変わるということはストレス源と見えていた環境が変わる。精神疾患の症状が軽くな る可能性がある。

マインドフルネス心理療法へ

 心を病むということは自己や世界について知らず葛藤を起すのであるが、現在に過去、未来が同 時存在ということがどうかかわることができるだろうか。 心理的ストレスによってうつ病が発症することが判明している、また、現在、病気であることその こともストレスとなり病気を維持する。そういう場においては、自己の感情、思惟(思考)、欲求・意志、それに 導かれた自己の行為が強く影響している。自業自得という運命論ではなくて、現在(すぐ過去にな る)における自己の思考、感情や欲求、意志、行為が関わっていることは疑いのない事実である。現在の精神作 用がストレスを作る、悪化させる。その結果、現在の自己がある。現在に過去がある、過去に現在 があると言ってよい。
 もちろん、環境や職場が、不当なストレスを患者に加えていることがあるという側面は、本人の責めではなく、社会的、sん行的なストレス軽減の対策が必要である。
 また、現在が直ちに未来となる。現在の自己の知識、思考、意志、行動によって未来が変わる。 現在に未来があるということができる。
 マインドフルネス心理療法においては、原因の位置にある、過去の記憶、行動、思考をとりあげ て再評価、再構成するような手法はとらない。過去の結果として、また、未来を作る原因となるも のとして現在にある過去、未来を変えることを検討する。その時、自己は世界の創造的要素である こと、我なくして物となって働くものであるという(西田哲学の)立場から現在を変えていく。そ ういう意味で、現在にあるものは、過去が作った現在の自己の見方、現在の世界の見方である。す なわち、現在の自己、世界(環境、対人関係)の見方を変える。現在の自己、世界の見方が変われ ば過去も変わる。未来も変わる。自己、世界は相対立するものではなく、自己を没すると(行が必 要である、実践が必要である)世界が自己に於いてある、我なくしてすべて世界となる。そうして 現在の自己なく世界のみという翻りから、過去も未来も変わる。こうした変化を起こすような心理 療法的な訓練、行的なトレーニングが考えられる。過去を振り返らず、未来を持ち来たらず、現在 の自己、現在の世界(ストレッサー、苦悩の対象)の見方を変えるトレーニングである。理屈では なくて行為的直観的に、すなわち、実践されなければならない。 そうした自己、他己(自分と対立するかに見えていた他者が自己を没すれば自己)を変えるトレー ニングが クライアントの思考、意志、行為に変化をもたらして、症状の軽減や不快事象の受容がもたらされ る。苦の環境、苦の症状があっても心は病まない状況となる。すべての症状や苦痛が消失するわけ ではないが、精神疾患は回復することもある。後者の例は、がんや介護状態になってうつ病になっ たクライアントがマインドフルネス心理療法でがんや介護状態は治らなくても精神疾患としてのう つ病は治る場合である。
 現在に過去、未来が含まれるゆえに、精神疾患になったクライアントは特に、現在の中に過去と 未来に焦点をあてて思考に移りゆき、現在の行為的直観から離れていく、現在の役割、行為をはた せなくなる。そこで心理療法として、現在の中に過去、未来を見てしまう自己の習慣に気づき(訓練により)、現在の中に現在のみを見て、過去、未来に焦点をあてることを抑制する トレーニングが指導される。マインドフルネス心理療法のマインドフルネス、アクセプタンスには そういう意義がある。そして、こkは一側面であり、自分の選んだ価値に向けての行動をしなければならない。改善によいという行動である。この側面には、評価、価値が働く。
 (続)
  • (巻X-YY)は、西田幾多郎の旧全集、岩波書店の巻と頁。

Posted by MF総研/大田 at 07:53 | 私たちの心理療法 | この記事のURL