哲学から心理療法の開発へ [2010年01月04日(月)]
哲学から心理療法の開発へ=マインドフルネス心理療法と西田哲学アメリカのマインドフルネス心理療法は禅の哲学(多分、人の心の真相の哲学)を中核とした治療技法によって心の病気の治療をする心理療法を開発したという(ACTは行動分析学の発展の末に似たところへ来たという)。マイン ドフルネス心理療法で救われる構造を西田哲学(西田幾多郎)の言葉で簡単に見ている。 心理療法の開発も行為的直観、反省、意志の無限の作用マインドフルネス心理療法はアメリカで発達している。うつ病、不安障害、依存症などが治らず 、自殺が減少しない。日本ではやっと認知行動療法に注目し始めたばかりなのに、アメリカでは、 さらに先を行っている。アメリカでは、認知療法でさえも不充分である(*1)としてさらにうつ病 、不安障害、依存症、家族の不和、犯罪などが起きる人の心を探求して、効果の高い心理療法を開 発し続けている。この連載記事をよくご理解なされば、マインドフルネス心理療法がうつ病、不安 障害などを治すわけをご理解いただけるでしょう。しかし、一つ難問があります。この哲学に基づ いて開発された治療技法の「課題」を患者さんが実行してくださるかどうかです。この哲学に基づ く心の変容を起すようなトレーニング手法の開発が、アメリカの心理療法者の間で試行錯誤されて いるのです。そして私どももそうです。哲学的にはうつ病、不安障害などが治る原理はあるが、そ の実践方法はまだまだ開発途上です。患者さん向けのテキスト、セッション1から10までは、現 在のたたきだいです(改良が必要です)。 何割かの患者さんが治る、それで治し治される目的をめざして教え教えられる意志的行為(行為的 直観)をして、反省して、また行為し、治る。治る患者さんは苦痛が解消してそれで治す行為は終 結する。だが、 治療者は、その課題を実践できず治らない患者さんもいることを知り(反省)、葛藤を起す。 治療者にとって治らない患者さんがいるのは葛藤、苦痛であり、その葛藤の終結を意志する。もっ と 治療効率のよいもの(「理想」をめざしていく「意志作用」)をめざして、研究開発の行為をする (意志を含む行為的直観)。それを反省してまた「まだ十分治せない、さらによい手法が必要であ る」と衝突葛藤を起し、また理想を求めて開発する、無限に発展していくものです。
(カウンセリングを受ける患者さん(心の病気の方)にはやさしく説明します。哲学的な言葉ではなく、高校生程度で理解できるように説明します。) 認知療法は、西田哲学でいう行為的直観の後の「反省」、さらに思惟を用いて、患者の「思想、知識」を変えようとする心理療法です。しかし、西田哲学は思想、知識のみを扱わず、「思想、知 識」も含めてすべての精神作用を統合する「意志作用」、そして意志作用が生じる自己の根源、真に実在するものは何かを探求しています。 自己とは何か、苦悩の対象となる客観的存在とは何か、それを見る作用、その作用を見る「作用の作用」を探求しています。うつ病、不安障害も行為 的直観から離れて対象を苦痛とみています。だから、西田哲学が示唆する方向こそ究極の心理療法が向かう方向であろうかと思います。 アメリカのマインドフルネス心理療法の輸入も始まりました。禅の哲学だと言っています。私ども は西田哲学で説明ができると思っています。 西田哲学、禅の哲学を背景にした心理療法はこれまで日本にないので研究、体系化は始まったばか りです。心理療法と西田哲学の論文は存在しません。このブログはテ キストの草稿の草稿で、思索しつつ書いています。将来、加筆、修正、編成しなおして、テキ ストにします。講座に出席なさる受講生の方に配布します。過去の講座に出席なさった方にも配布するつもりです(本年、秋になります)。 |


