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身体内の世界、作られたものから作るものへ [2009年12月14日(Mon)]

身体内の世界、作られたものから作るものへ

=マインドフルネス心理療法と西田哲学

 マインドフルネス心理療法の救われる構造を西田幾多郎の言葉で簡単に見ている。 西田幾多郎は<自己>を哲学的に記述した。哲学は心理療 法ではないが、マインドフルネス心理療法と似たように、自己や精神活動について記 述している。 マインドフルネス心理療法に応用できるようなところをみている。

自己と環境の相互交流

 自己は世界によって作られたものであり、自己は世界を作るものである。
     「主体が環境を、環境が主体を限定し、作られたものから作るものへという歴史的 進展の世界に 於いては、単に与えられたというものはない、与えられたものは作られたものである 。与えられた ものは作られたものであるあるといふことは、環境というものが主体的に掴れたもの ということで なければならない。」 (「行為的直観」全集8巻、545頁)。
 自己は環境(世界)によって「作られたもの」であり、環境は自己を「作るもの」 である が、同時に自己は(他の無数の人も)環境を作り、環境は自己によって作られる。
 こういう時、「環境」や世界とは自己がそこで生まれ、生き、死に行く外部環境・世界のことである。絶対 無の場所(自己)を焦 点として、自己と現実の環境が相互に作り、作られていく。
 西田幾多郎がいうのは、現実の歴史的世界であるが、私は、「作られたものから作 るものへ」と「創造的世界の創造的要素」の哲学を、身体内部の世界にもみたいので ある。
 精神疾患の治療の立場から、もう一つの内部世界との相互限定を考えたい。

心理作用と身体内世界との相互交流

 うつ病においては、外部環境からのストレスを受けて、自己がうつ病になるという ことは環境か ら作られることの一形態とも言えよう。そして、環境に消極的であっても行動する。 ここは現実の 外部環境である。ここには、西田哲学でいう「作られたものから作るものへ」である 。
 ところで、うつ病を病むと自己は外部環境を対立的に、見たり聞いたりして、あるいは、精神 症状、身体症状を感じて、悲観的、否定的に思惟する、対処行為をする。 症状を感じるのは身体内部環境から作られたものである。 神経生理学的な反応によって内部から「作られ」絶対無の場所においてある意識の野に映 されたものと言うことができる。 悲観的思惟をしたり、対処行為をすることは絶対無の場所に直覚を生み、意識の野に 映る、この時にも神経生理学的な反応を「作る」。
別の記事で「うつ病」の治療に観察する自己の自覚(⇒こちらに) ということで触れた。 根底の自己(「絶対無の場所」)は、世界を映し(直観)、世界から作られて、思惟 (思考)し、 自己の意志で世界の中で行為するがこれも根底の自己に映されたもので、世界、 環境を作って いく。 同時に、この時、「絶対無の場所」を焦点として、必ず身体環境を作り、作られる出来事がある。 見る、聞く、症状を感じるのは身体内部から、「絶対無の場所」に現われたものであ る。 直覚が身体内部世界から「作られた」ものである。その作られたものを意識の野に映 し、思考や行為によって、自己は身 体(身体内部世界)を作る。 思惟や行為が健康的でない時には、身体内部(脳神経生理学的な部分)に様々な反応 をひきおこす。つまり身体世界を作る、HPA系(視床下部ー下垂体ー副腎皮質)、交感神経の反 応によって、 種々の身体内部、種々の臓器、前頭前野、帯状回などに影響を与えて、身体内部が作 られる。
 我々は、2種の世界、外部環境と内部環境から作られ、2種の世界、外部環境と内 部環境を作っ ていく。うつ病の心理療法においては、自己の直観(見る、聞く、思考、行為など) における内部 環境を考慮すると治療を促進させる。従来の心理療法においては、この点を重視しな かったようだ。 自己のすべての活動に脳神経生理学的な内部環境が関わっている(作られる、作る)こと を「神経生理 学的フュージョン(連合)」と呼ぶことにした。 意識上の精神活動、思考(認知)、行動と外部環境での行動だけをみているのでは、 うつ病や不安障害は十分 に治療できない。「神経生理学的フュージョン(連合)」 による身体症状、精神症状が軽くなることで、見る、聞く、感じる、思惟する、行為 する、新しい反応パターンが作られる、社会生活が障害されず臨床的な苦痛が軽くなる。他の精神疾患もそういう 側面があるかもしれない。
 心を病む時、神経生理学的フュージョン(連合)によって、見ること、思惟するこ とが内部環境 に呼び起されたもの(「作られたもの」)て、自己が思惟し、行為(「作るもの」)すれば、 周囲の個人、 家庭、職場などが新しい姿で現われる、すなわち世界を「作る」のである。同時に、身体内部に 神経生理学的 フュージョン(連合)が引き起こされる、内部環境を「作る」。思考や行為によって 作られた身体 によって、直覚が起きる。それを意識して、非機能的行動が繰り返される。こ のような新しい循環を作ることが心理療法である。
 西田は、身体内部世界が作られる、作るという方面についての考察はない (道具としての身体、歴史的身体の考察がある) が、自己洞察瞑想療法(マインドフルネス心理療法の一種)においては、西田の世界 と自己の関係を内部に拡張して見ていく、これを重視する。精神活動と意識下の身体との 関係につ いては、最近 の脳神経生理学的な研究動向を考慮するためである。うつ病になると、前頭前野、帯 状回、海馬な どの容積の縮小、そして、治癒するともとの容積に復帰することが報告されている。 PTSD(心的外 傷後ストレス障害)においても、海馬の容積減少が報告されている。重症のうつ病や 不安障害は、 神経生理学的フュージョン(連合)を考慮しない心理療法、カウンセリングでは治り にくいだろう ということは、認知、行為は脳によって作られるということから容易に推測できるだ ろう。
 「絶対無の場所」における外部環境からの直覚を意識の野に包み映して、内部環境 からの苦痛的事実に対して自己を空しくして(独断的判断を停止して、冷静に無評価 で実態を観察して)あるがままに見て受容して、 価値崩壊の反応を抑制して 建設的な思考、行動はなにかを検索し選択して、行動する。その働きは身体内部に苦痛を引き起こさない方向に作りかえていく、それが同 時に外部世界 を苦痛の少ないものを呼び起すことがある。外部と内部が自己に与えられて、作られたものであり 、「絶対無の 場所」においてある意識に映されて、それに反応した自己の行為によって、自己が外 部世界と内部世界を作る。自己は内外の環境に よって作られたものであり、自己は内外の環境を作っていく。こうして自己は苦痛が 長期的に解 決する目的をもって働く。

自己洞察瞑想療法(SIMT)

 これが、SIMT(マインドフルネス心理療法の一種)によってうつ病や不安障害が治 癒する原理であるといえる。自 己が変わることで治癒する。
 自己は社会的存在であり、自己は他者の内外の環境も作っていく。自己は他者を苦 しめることも でき、他者を救済することもできる。自己の行為によって他者の内部をも害したり、 治癒に導くこ ともできる。自己の「絶対無の場所」を焦点として他者の「絶対無の場所」の焦点との呼びおこしあいである。 自己の行為が 他者の「絶対無の場所」において直観を呼び起し、その他者が内外の環境を作るのである 。自己が他者 や環境を苦痛あるものに作ったり、苦痛を軽くするものに作ったりすることができる。他者 が働いてきて も、自己が受け止めない限り救済は起こらない。他者からの救済せんとする行為を新しい自 己を作るた めに受け止め、自己を作る行為をする。結局、心理療法においては、自己、特に内 部環境が新しいものに作ることで健康的な精神活動を取り戻して救済される。
 外部環境を変えるのは心理療法の領域ではなく、家族の愛情や社会福祉、経済社会 的支援の領域で ある。外部環境を変える支援で解決するうつ病もあるが、それだけでは治癒しない精 神疾患、社会 問題も多い。種々の問題からうつ病になり自殺するが、社会福祉、経済社会的支援の 側面からのみ 自殺対策がとられて、自己を内部から変える心理療法の視点からの自殺対策がないの を憂える。 DV(家庭内暴力)、虐待、セクハラ、パワハラ、違法薬物依存、非行犯罪も根が同様 の心の問題である。 イ ギリスではいち早く対策がとられはじめた。日本では何がはばんでいるのか真剣に議 論すべである 。無視、傍観、妨害していると、自分や家族、親族、同僚、部下に精神疾患が生じて 、治りにくい現実が押し寄せる。

 (続)
Posted by MF総研/大田 at 09:24 | 私たちの心理療法 | この記事のURL