CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
«直接経験としての「意志」(2) | Main | 身体内の世界、作られたものから作るものへ»
現実の世界、作られたものから作るものへ [2009年12月09日(Wed)]

現実の世界、作られたものから作るものへ

=マインドフルネス心理療法と西田哲学

 マインドフルネス心理療法の救われる構造を西田幾多郎の言葉で簡単に見ている。 西田幾多郎は<自己>を哲学的に記述した。哲学は心理療 法ではないが、マインドフルネス心理療法と似たように、自己や精神活動について記 述している。 マインドフルネス心理療法に応用できるようなところをみている。

形作られたものが形作って行く

 我々の現実の世界は、物理的空間、「意識の野」「絶対無の場所」の3層の構造である。直接経 験は最も深い場所で起きる。意識の野で起きるのではない。 「絶対無の場所」の場所は、知識が成立する場所であり、思惟、感情、意志、行為や感覚などの直 接経験が成立し、あらゆるものが於いてある場である。
 現実の世界について西田は次のように言っている。
     「現実の世界とはいかなるものであるか。現実の世界とは単に我々に対して立つのみならず、我 々が之において生まれ之において働き之において死にゆく世界でなければならない。従来、主知主 義の立場を脱することのできなかった哲学はいわゆる対象界というごときものを実在界と考えた。 それは我々の外に見る世界に過ぎなかった。之に対しては我々は単に見るものに過ぎなかった。し かし真の現実の世界は我々を包む世界でなければならない、我々が之において働く世界でなければ ならない、行動の世界でなければならない。」(「現実の世界の論理的構造」全集7巻、217頁)

     「この世界にあるものは、すでに形作られたものであり、形作られたものが形作って行くのであ る。我々はこの世界の構成作用として、形作られたものを足場として形作って行くのである。」 (「行為的直観の立場・図式的説明」全集8巻、265頁)。
 現実の世界は、自己とは無関係に自己の外にあるものではなく、自己がその中で生まれ、働き、 死にゆく世界である。この現実の世界は自己にとってすでに作られ与えられたものであると同時に 自己は世界の中で働き、世界を作っていく。自己も世界も作られたものであり、同時に自己や世界 を作っていくものである。我々は現実の世界に形づくられたものであるが同時に現実の世界を作っていくのである。「形作られたものが形作って行く」とはそういうことである。

マインドフルネス心理療法への方法

 心の病気になると世界と自分は対立するもので、世界(自然環境、社会環境、職場、家庭、人間 )は外から自分をおびやかすものだけと見られることもあり、世界は自分にとって脅威的なものが与えられるばかりで、無力であると思うことが多いだろう。
 だが、現実の世界はそうではなくて、西田の言うとおりであれば、与えられた世界(職場、家庭 )は自分を含めて過去、現在の無数の人が作ったもので、それによって呼び起されて自分が自由な意志で世界を作る ことができる、形作ることができる。現在、世界から苦痛を与えられていると思 う時に、家庭の家具を破壊するとか、家族に暴言をはくとか、そういうことをするのも、自己の意志であるが、家庭が暗いもの に形作られる、それが必然的に自己の前に現われる。さらに自分をおびやかすように感じられる。暗い家庭に作った のは自己の直前の行動の結果である。苦痛が現われても、一瞬に消え去り、家族に感謝の言葉を発したり、家族の手伝いを したりすると、家族になぐさめを呼び起し、彼(女)は明るい家庭を作る。自己が家庭を作るのである。自己が環境を作るのである。無数の人が、それぞれ行為する。世界の中で動き、世界がつくられる。個人の 歴史が家庭の歴史であり、職場の歴史となり、地域の、日本の歴史となる。
 心の病気になると苦しい、家庭でさえも職場でさえも自分をおびやかすように思えるが、そこに 自分は生きている、自分を含んだ家庭であり職場である。だが、現われるものは唯一の個性的な出来事であって永遠に消え去る。自分が自由意志で行動すると、新しい家庭、職 場が現われる、どう動くか自己にまかされている。
 どうしたら、すでに形作られて与えられた(必然の過去であり、すぐに消え行くので)家庭や職場の現実を受け入れて、自己がそこで生きてゆくことができるものに作ること(マインドフルネス)ができるかを学ぶこと、 が心理療法と言えるだろう。受動的のように見えて能動的に行動することがある、環境を自己が作る、そこに自己が生きている環境を能動的に作る、他の人の行動もある。そうすると与えられる必然、結果環境が現われる、自己と無数の人が作ったのである。
 心の病気の人も自分で自分や環境を作っていく。受動的、脅威的であった環境として現われるものをよく観察して受容して、それに呼び起されて、自分でできることをする、それは第一には自己を作る行為であるが、それ が同時に新しい環境が現われる行為であり、そうして自己と環境を作っていく。 従来の反応パターンではなくて、自己が新しい反応パターンでの行為をすれば、新しい環境が現われる、歩みは緩慢であっても、着実に症状が改善する。
 心の病気の人がどう行為するかによって家庭を作る力がある。人はそのように作られ ている。価値実現の反応パターンか価値崩壊の反応パターンか、どちらを選択して、自己と世界( 家庭や職場)に新しい歴史を刻み、作っていくかは、自己次第である。
 薬物療法の場合、自己の働く様式は変化がない、自己が受動的に作られるばかりであり、主体的、自由意志で、環境を 自分を作らない、新しい自己を作らない。過去は現われると永遠に消え去るので、変えることができないが、自己が今、未来の環境を作る行為(思考、発言、身体行為)を学 ぶことができない、ゆえに、できるならば、心理療法のほうが再発防止となり家庭や社会を治療行 為そのもので作っていく。自己が生まれ、生きて、死にゆく、この歴史的世界を作っていく。

 (続)
    (注)
  • 上記の( 頁)は、西田幾多郎全集、昭和40年、岩波書店。



Posted by MF総研/大田 at 09:16 | 私たちの心理療法 | この記事のURL