CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
«判断は事実と離れる | Main | 「死にたい」思い»
思考は自発自転する=自動思考 [2009年11月13日(Fri)]

思考は自発自転する=自動思考

=マインドフルネス心理療法と西田哲学

 マインドフルネス心理療法の救われる構造を西田幾多郎の言葉で簡単に見ている。 西田幾多郎は<自己>を哲学的に記述した。哲学は心理療 法ではないが、マインドフルネス心理療法と似たように、自己や精神活動について記 述している。 マインドフルネス心理療法と似たようなところをみている。

思考は自発自転する

 前の記事で、判断を背景に<見る><聞く>などの直観があって、「言葉に よる判断」に移ることをみた。判断や思考は、見る、聞くなどとは別の作用で ある。思考は自発自転しており、自分が思考中であることを自覚しないのである。
 論文『善の研究』に次の語がある。
     「普通には知覚的経験の如きは所動的で、その作用がすべて無意識であり、思惟は これに反し能動的でその作用がすべて意識的であると考えられている。 しかしかように明らかなる区別はどこにあるであろうか。思惟であっても、そが自 由に活動し発展する時にはほとんど無意識注意の下において行なわれるのである 、意識的となるのはかえってこの進行が妨げられた場合である。思惟を進行せしむる 者は我々の随意作用ではない、思惟は己自身にて発展するのである。 我々が全く自己を棄てて思惟の対象即ち問題に純一となった時、更に適当にいえば自 己をその中に没した時、始めて思惟の活動を見るのである。思惟には自ら思惟の法則 があって自ら活動するのである。我々の意志に従うのではない。」 (「善の研究」26頁)
 思考は自発自転して自分は思考しているという自覚がない。これは、目をあけて数 を数えながら呼吸法を実行しているとわかる。思考は自発自転することを、認知療法 では「自動思考」という。 「考えていた」と気づくのは、中断した時である。自覚なくして思考が回転していく ので、その思考内容が否定的、脅威的なものであれば、感情が起こり副腎皮質からス トレスホルモンが分泌され、交換神経が亢進するので、疲弊する。うつ病が深まり、 不安過敏は持続する。
 マインドフルネス心理療法においては、呼吸法を行いながら、自己の精神活動をモ ニタリングする目を発動させるトレーニングを行う。これは、最近「メタ認知」と呼 ばれている機能である。なるべく常時(仕事などに没頭している時は自然に中断)、 自分の精神活動をモニタリングして(「自己洞察を入れる」という)、自動思考に移 らないように、コントロールする。

「死にたい」

 うつ病の人が「この世界から消えたい」「死んだら楽だな」と思う希死念慮、「ど こで、どうやって死のうか」と具体的な方法を考える自殺念慮も、自動思考である。 何度か、希死念慮、自殺念慮を起した人は、何かのきっかけでも、きっかけがなくて も、希死念慮、自殺念慮が走る。 何度か「死にたい」と考えたことのある人、自殺未遂したことのある人は、容易に希 死念慮、自殺念慮が起きる。何か不快な出来事が起きると、すぐ、希死念慮、自殺念 慮が起こりやすい。薬物療法や心理療法を開始してからも、希死念慮、自殺念慮は起 こる。自動的に回転するようになっている。人は生きたいのである、自殺することは 本音ではない。冷静な意思ではない。病的に亢進した神経生理学的興奮である。だか ら、自殺を実行しないようにしなければならない。
 マインドフルネス心理療法では、そういう希死念慮、自殺念慮の自動性について説 明して、その思考も嫌わず、軽く扱い実行せずに、願いを思い出して改善効果のある ことに意識を向けていくことを助言してトレーニングを実行してもらう。希死念慮、 自殺念慮もモニタリングによって観察して、止めることは止めて、価値実 現の行為を実行する。 こうして、暮らしていると、否定的思考が少ない時間が多く、病変部分が改善する種 類のトレーニングが奏功して、症状が軽くなり、希死念慮、自殺念慮もやがては起こ らなくなる。絶対現在の直接経験にとどまる、モニタリングする、思考を抑制、思考の連鎖の中断などの、現在進行形でのトレーニングによって自動思考をコントロールできるようになる。
    (注)
  • (1)「善の研究」岩波文庫、24頁。


(続)
Posted by MF総研/大田 at 18:43 | 私たちの心理療法 | この記事のURL