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非定型うつ病の治療に観察する自己の自覚 [2009年11月03日(Tue)]

非定型うつ病の治療に観察する自己の自覚

=マインドフルネス心理療法と西田哲学
=メランコリー型うつ病、パニック障害、対人恐怖症、PTSD)にも効果

 マインドフルネス心理療法のうちいくつかの流派(弁証法的行動療法、ACT、自 己洞察瞑想療法)では、 一般の人が「自己」と自覚している自己とは異なる自己を自覚するように指導する。 前の記事<わが心深き底あり・別の自己の自覚 >に書いた。
 その目的は、精神疾患の治療効果があるからである。 一般に人が「自分はこういうものである」考えている自分概念(ACTでは「概念と しての自己」という)がある。うつ病や不安障害の患者は、その自己内容が否定的、 嫌悪的であることが多い。ところがそれは間違いであり、単に思考された自己ではなく、別の自己 があるという(ACTでは「文脈としての自己」「視点としての自己」「観察者とし ての自己」という)。マインドフルネス心理療法においては、概念としての自己を棄 てて、観察者(評価せずに事実のまま観察、場所に於いて自己が自己を見る)としての自己の自覚をうながす。 西田哲学でいえば、自由意志をする自己、つまり意志的自己となるであろう。
 その方法は、論理的な言葉の説明によ って自己概念(認知)を変える手法ではなく、自己の種々の作用を現場(文脈)で観察し価値実現への意志(マインドフルネスの実行、自我の評価を捨てて)を起す技法を用いる。 感覚、感情、身体症状、思考などの精神作用を観察(あるがまま)するエクササイズを繰り返して、自己精神の作用、反応パターン(衝動的思考・行動か自由意志による建設的行動か)を自覚し、概念としての自己も思考されたものにすぎないと自覚する。 そして、鏡や器、川の メタファーで説明して、メタファーを用いるマインドフルネス・エクササイズ(映す、包む、作用の自覚など)で、文 脈としての自己の自覚を深めていく。
    (注)西田哲学によれば、「自己」についての考えに種々の段階がある。意識的自 己、意志的自己(自覚的自己)、叡智的自己、人格的自己であり、この中間にもあって、個人によって「自己と は何か」という概念が異なっている。深浅がある。「種々の世界」で述べる。浅い 自己概念を持つ人は、自己の高次の精神作用を自覚していないので、限界を超える悩みを持った時に、うつ病、不安障害、依 存症などの精神疾患を発症する。他者への暴力、非行犯罪などをひきおこす人にも、自由意志による行動ができずに、衝動的な 思考・行動の結果のこともあるだろう。精神疾 患の診断基準に合致しなくても、不登校、ひきこもりになるところにも、「自己の精神作用」「自己の存在」 について知らずに起きているといえる。
 考えられている「自己」は真の自己ではない、真の自己(マインドフルネス心理療 法の流派によって微妙に異なるが精神疾患の治療(治るのが目的)には、その相違は障壁とならない だろう )を探求するという方針を持ち、鏡や器、川の メタファーで説明して、メタファーを用いるマインドフルネス・エクササイズ(映す、包む、自覚する、合目的的な意志の遂行)で、 文脈としての自己、意志的自己、さらに叡智的自己の自覚を深めていく。
 たとえば、鏡のメタファー、鏡の瞑想はこうである。自分が「鏡」になったつもり になる。鏡は「文脈としての自己」「観察者としての自己」である。
 見えるものが鏡(自己)に映っているとイメージする。音が鏡(自己)にうつっ ているとイメージする。考えが鏡(自己)にうつっているとイメージする。不快事象も映し、包む。そして種々の精神作用を自覚する。自己の人生の願い目的をいつも想起してそれにそった行動を瞬間瞬間に決意して実行する意志作用のトレーニングを行う。 こうしたエクササイズを毎日実行する。
 我々の精神作用には因果必然の(環境から作られる)ところと自己が能動的に変える(自己が作る意志作用による )ところがある。
     「歴史においては、はじめから単に与えられたものというものはない。与えられた ものは作られたものであり、また作られたものとして作るものを作るものである。作 られたものから作るものへという所に、因果的必然がある。しかしその間へ断絶の連 続として主観的作用が入って来る。」(1)
 自己の主観(主観を没すれば客観と合一)で変えることができるところを主体的に変える(作る=意志)ことになる。感 覚や感情は起きてしまえば必然であるが、思考、言葉による行動と身体行動は意志によって選択できる。 自己について知り、観察する自己の自覚が出ると、主体的に変えることができる領域 が増加する。自分は環境の一部であるから、自分が変われば、環境が変わる。環境が変わればそれを見聞きする自分が変わる。作るものから作られるものということである。
 非定型うつ病の場合は、次の点である。(他の問題、メランコリー型うつ病、種々の不安障害、種々の依存症なども同様である。症状が違うだけである。嫌悪的症状はうつされる対象であり、すべての人の根底にもう一つの自己を自覚する。症状などを映し、見る、症状などと同一の自己。これが、マインドフルネス心理療法のすべてにある構造である。)
  • 自己は鉛様麻痺感、過眠、過食、不安、焦燥ではない。こういうものはすべて、 自己自身(鏡、見るもの)ではなく、鏡にうつるもの(見られるもの)である。現われたり消えたりする。 (西田哲学によれば、思考、知覚よりも意志作用が高次であるから、思考作用を意志作用は見ることができる、止めることも、新しい思考内容を作ることもできる。否定的思考は元来は<意志が活性化していれば>主体的に作ることを止めることができる領域であるが、それを 抑制せず、否定的不満的思考を作ると、必然として上記発作が起きる。(ある限界を 超えた場合)
  • 自己の内奥に鏡のようなすべてを映す、包む、働くものがある。そのような 自己は傷つかない。不快事象でも映す自己である、包む自己である。
  • 自己は嫌悪的な自己ではない。鏡であるのが自己であるから嫌悪的ではない。鏡 は美しいもの、喜びもうつす。包む=受け入れる、後悔しない行動を選択できる。
  • 嫌悪的なものは確かにうつるが、それは自己自身ではない。うつる対象物である、影である。つらい ならば、うつすことをやめる方法を用いればよい、映すことをやめようとしても映るならば包む、建設的な行動を選択する。(主体的に変えることができると ころである)
  • すぐに思考を動かす習慣が止まない間は、自己の境遇を悲観する思考や何かのき っかけで激しく不満、不安、怒り、後悔などの思考を止めず、鉛様麻痺感、過眠などの発作を起こすが、観察、受容、 思考の抑制スキルのエクササイズが実ってくると、発作につながる嫌悪的思考を主体 的に少なくすることができる。自己の精神活動のプロセス(因果必然のところと主体 的に選択するところが自覚される)が観察を通してわかり、根底の観察自己が自覚さ れると、 嫌悪的思考は一層少なくなる。(主体的に嫌悪的思考以外の思考、行動を作る)
  • 効果ある行動(標準的なものが「課題」として助言、推薦される)を主体的に選 択行動することができる。すると、苦痛が弱く感じる(作られたもの。実際の強度は 変化がなくても主観的な脅威が低下)ことも体験する。
  • こうして、自己存在自体はいつも適切な働きをする根底であることを自覚して、 その根底たる自己の否定の思考はしなくなる。自己の問題は、意識される要素のうち 主体的に変えることができるところを標的にするという治療方針を正確に理解する。 治す方針が立ち、希望がある。
 「視点としての自己」の体験は、観察者としての自己の自覚について前の記事のよ うな治療効果が報告されるのである。

 「視点としての自己は、人が、そこから内容や体験をありのままの姿で見ることの できる、安全な場所なのである。この場所から見ると、内容は、それほど脅威をい感 じるものではない。というのも、そこで、内容と「文脈としての自己」の違いを体験 できるからである。思考している者から思考を分離し、感情を感じている者から感情 を分離できるようなときには、ネガティブに評価された経験は、それほど脅威的なも のではなくなるのである。」
    視点としての自己が体験できると、内容としての思考や感情から距離があり、自己自 身は安全な場所にいるとの自覚が生まれる。内容にあまり脅威を感じなくなる。
 「思考と感情がこのような方法で捉えられるときに、アクセプタンスはより生じや すくなる。というのも、ネガティブに評価された内容が、自己の本質ではなく、ただ の内容としてみなされるようなときには、人はそれを回避したり、それと格闘したり するプレッシャーをそれほど感じなくてすむからである。」
     不快事象があっても強く苦悩せず価値実現の行動に専念するのがアクセプタンス( 受容)である。たとえ、症状やつらい状況があっても、社会生活などを回避しなけれ ばよい。従来、ひどく不快で、非機能的行動でまぎらしてかえって苦痛を強めたり、 社会生活などを逃避、回避していたのであるが、そのきっかけとなる出来事が自分自 身でないならば、まじめに扱う必要はないのであり、とらわれずに、自分にとって価 値実現の行動をすればいいという自覚が生じて、苦痛の対象から意識を解放できるの である。
 以上のことは理解されても治癒はしない。実際に、自己の精神作用を自覚し決意し行動(意志作用の実現)しないと治癒しない。症状をひきここしている脳神経生理学的な回復が実現しないからである。 自己の身体と環境に向かって「行動する」(作る)と、作られたものが現われてくる。それは必然であるから受容して、また主体的に価値実現のことを選択して行動する。価値崩壊の行動を選択し行動すると苦痛が現われてくる。

 (患者さん(クライエント)のためには、やさしい言葉で書いたテキストがあります。そのとおりに実行すれば軽くなります。ただし、テキストを読むだけではうまく実行することが難しいので、面接しての指導があります。テキストに書いていない言葉や態度での指導があります。}

脳神経生理学的な説明との関係

 こうした変化が起きるのは、次のような神経生理学的フュージョン(連合)が推測 される。
 非定型うつ病の人が(1)病気であること、社会生活が障害されている状況を不満に思 うこと、(2)対人関係で生じる不快な出来事を否定的に不満に思考 すれば、鉛様麻痺感などの発作的な症状を起こすスイッチがはいる。だが、 そういうものはすべて、自己自身ではないという自覚から、たとえ起きても軽く扱う ならば、発作的な症状は起こらない。激しい感情(=扁桃体)の興奮→ 鉛様麻痺感、過眠の回路の興奮の因果関係の不生起となる。
 一方、価値実現の行動を活発化していることが奏功して、前頭葉の機能回復(BD NF:脳由来神経栄養因子の増加によると推測)が生じて、精神活動の制止など他の 症状が改善する。行動活性化→BDNF増加→神経細胞の増加修復→前頭葉機能の回 復の因果関係の生起となる。

 メランコリー型うつ病、不安障害(パニック障害、対人恐怖症、PTSD)、依存症なども、マインドフルネス心理療法で治療できる。
    (注)
  • (1) 『論理と生命』 西田幾多郎哲学論集2 岩波文庫、311頁


(続)
Posted by MF総研/大田 at 18:44 | 私たちの心理療法 | この記事のURL