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充実した人生を送っている「あなた」にも起きるかもしれない [2008年12月11日(木)]

夢の田舎暮らしと現実のはざまで 山梨の自殺幇助事件
 =充実した人生を送っている「あなた」「あなたの家族」にも起きるかもしれない

 背景には、うつ病、不安障害、適応障害などが併発すること(診断基準に合致しなくてもその前駆段階、一部の症状が)

 がん闘病中の妻の自殺幇助事件についてご本人が取材に応じてくれたとの記事があった。語りたがら ないことを語って下さったことから何かを学び、地域の支援の問題、1人ひとりのメンタルケアの問題 に生かしていかなければいけないのではないかと思う。介護疲れによる心中、自殺、殺人、自殺幇助。がん、リハビリ状態、その 介護はありふれた日常になっている今日、このようなことは、身近なところでも起こりうる悲劇だから 。地域での対策、個人・家族の対策があるはず。  八ケ岳のふもとの高原。山梨県北杜市の小淵沢町。今年5月7日、末期がんに苦しむ妻(当時55) に、夫(60)が農薬を飲ませて死なせる事件があった。
 8月、夫は自殺幇助(ほうじょ)の罪で甲府地裁で懲役2年執行猶予3年の判決が確定した。釈放さ れた後、朝日新聞の記者の取材を承諾された。
 以下は記事からの抜粋。
  • 鹿児島県出身。高校卒業後に神奈川県へ出て、28歳の時、同郷の妻と結婚する。3人の子どもと 公営住宅で暮らした。 ドライブによく出かけた八ケ岳のふもとの高原。「ごみごみとした都会を離れ、自然に囲まれたこの土 地で生活することが夢になった」。富士山と八ケ岳を望める分譲地を見つけ、計4千万円で30年ロー ンを組み、家を建てた。夫婦で働き2人でローンを返し続けた。
     やがて子どもは都内の私立大学へ、社会人として独り立ちさせた。
     「充実した人生だと思っていた」
  • 06年春。妻は肺がんの宣告を受ける。「余命は数カ月」と宣告された。 妻ががんの宣告を受けると働くのは夫1人になりローンの返済が滞るようになり、 08年1月には自宅を差し押さえられ自己破産。
  • <子どもがいても子どもには子どもの生活があり支援は難しい>
    子どもたちは介護の手伝いに、時々帰ってきてくれたが、経済的な支援を頼める状況ではなく、この土 地から動けなかったという。
  • 近くの病院では、がん治療はできず、長野県の総合病院や約30キロ離れた甲府市内の県立病院に 通わなければならない負担は大きかった。
  • <行政に相談することを思いつかない>
    追いつめられていくばかりで、行政に相談するという考えは浮かばなかった。  北杜市健康増進課の担当者は、「あの夫婦のことを知ったのは事件の後だった。在宅療養なので情報 が入ってこなかった。在宅ホスピスなど支援態勢はあるが、別荘地だし、こちらから積極的に働きかけ るのは難しい」と話す。
  • <近所のつきあいがない>
     「田舎暮らし」を求めて県外から北杜市内へ移住したとみられる人は多い。しかし「ここらは都会か らの移住者ばかりで、つながりは薄い。顔を合わせたらあいさつするぐらいなんだ」と話す。この夫も 、妻ががんであることを近所には話していなかった。
  • <死にたいという妻と二人で農薬を飲む>
    妻は死にたいと話し泣いた。5月4日の長女の結婚式には夫だけが出た。 5月6日「何か言いたげだが、分かってあげられない」。そう日記に記した8時間後、夫は農薬を妻に 飲ませた。
     「早く飲ませて」とせがむ妻。自分も死のうと夫も飲んだ。「妻からがんの痛みをとってあげられた ことは、後悔していない。でも2人で最後まで、闘うべきだったとも思う」
  • <余生はがんと闘う人たちの役に立つことをしたい>
    自宅は競売にかけられた。夫は近くにアパートを借りる予定で、この地を離れないつもりだという。「 ここは私たち家族のふるさと。残る人生は、がんと闘う人たちの役に立つことをしたいと思っている」 と話した。

 ここには、がんや介護状態になった本人と介護する人にある苦悩や地域の支援の問題が語られている。「在 宅ホスピスなど支援態勢はある」のに情報が伝わらない、自分で積極的に動けない心理、それは、がん や介護状態が起きる前からのご近所づきあいのないことからの延長かもしれないということ。
 子どもが いても、実際には、介護は頼れないことが多い。子どもには家族があり仕事もあり介護の支援はごく短期しかできない。 遠くに住むことが多かったり経済的な支援が無理(と思うことも)なこともあって子どもには負 担をかけられないこと。
 「でも2人で最後まで、闘うべきだったとも思う」 というように後から思えば 当時はおいつめられた心理になるもの。これは一種「うつ状態」の心理であり、判断力もコミュニケー ション能力も行動力も著しく低下する、こうしたことを事前に理解しセルフ・メンタルケアをしないこ とが多く、地域でもメンタルケアの支援がないこと。
 がん、介護は誰にでも起きる。ボランティア活動、NPO活動、趣味の活動などで活躍している高齢者は 多い。「充実した人生だと思っていた」 。だが、そういう人にも、本人か配偶者ががん、介護状態になる時が来るだ ろうから、備えをしようという人は実に少ない。いつまでも元気であるという油断がある。金の備えだけしていて、心身の苦悩の備えをしない。
 財政が厳しく、公的なサービスは低下していく。私の住む地域でも、田舎ではないのに、近所つきあ いはない人も多い(私自身もNPO活動関連以外はおつきあいはない)。おいこまれてから行政に相談する 心理になるだろうか。メンタルな傾向は、それまでの健常な日常と高齢になっての非常時とで大きく変 えることはできそうもない。かなり早くからメンタルヘルス対策も開始したほうがいいようだ。
    (現在、ひきこもり傾向、夫婦だけの生活でおつきあいをほとんどしない人は、がん、リハビリ、介護状態になると、うつ傾向によって、もっと孤立、内向傾向を強めるおそれがあるということ。その傾向は、メンタルヘルスのトレーニングで変えることができること。特に、おいつめられて悪化してからではなくて、心身が健康なうちにトレーニングを開始したほうがよいこと。なぜなら、トレーニングの場にいくこと自体が従来の孤立傾向の心理とは違う勇気ある行動だから。外に出ていくこと、トレーニングの場に出ることはかなり勇気がいる。だが、それを元気なうちにして孤立傾向の心理を治しておかないと、介護状態、がんになって悩むとうつ状態によって孤立の心理、コミュニケーション・行動を避ける精神症状が強まる。心中、自殺、事件になるおそれがある。年老いた親を持つ働き盛りの人は、こういうことを心得て、老親が外のグループ活動に出ていくことを支援したほうがよい。いざというときに、グループの仲間が支援に動いたり、役場などへの申請の手助けをしてくれるかもしれない。公的サービスに期待するばかりではなくて、自分が健康なうちから地域に支援網を作る活動に参加したほうがいい。同じ市内の人々のグループ活動がいい。遠いと支援できない。 週7日とも楽しい活動ではなくて、1日くらいいざという老後生活の支援活動に参加してもいいのではないか。自分の(いざという時の)ために、自分の家族のために、地域社会のために。)
 介護保険によるサービスが限定される時に、他の支援(NPO、ボランティアなどによる)がどの程度あ るのか。在宅医療サービス、うつ病のメンタルケアはどこで受けられるのか、情報はどこにあるのか、 充分なのか。こういう情報を集めるスタッフもほしい。スタッフ不足のため忙しくてできないことが多い。市内の人のボランティアが欲しい。
 誰でも起きる深刻な問題である。現在の健康な心身にまかせて、ボランティア活動、NPO活動、趣味の 活動などで活躍している高齢者も「充実した人生だと思って」いるのはいいのだがそれだけではなくて、そのエネルギーの 一部をこうした自分の最期に近い人生の充実のための活動にさくことを考えていいのではないか。やがて、自分か配偶者ががんや介護状態になるのは、ほぼ確実なのだから。この記事の方も、それまでは自分の好きなことをやっておられたのだろうが、 「残る人生は、がんと闘う人たちの役に立つことをしたいと思っている」と、他者救済の眼が開かれたようである。。人や高等動物には元来、困っている同志を救済したいという本能(遺伝子)が備わっているようだ。だからすべての人がいつか、他者救済の眼を開く。そういうことをしたいという時が来る。早く目覚める人は宗教者やボランティア活動者だろう。この方は極限の苦悩を経てから他者救済の願いが動きだした。
 老後の備えは、金の準備だけでは不十分だ。この地区でも、うつ病、介護予防、自殺予防の一つの動きが地元の参加者がなく消えようとしている。いじめ問題は傍観、無関心が悪化させるというが、高齢者問題、うつ病問題、介護の悲劇問題も傍観、無関心が悪化させているように見える。
 種々のストレスで苦悩する人がふえている。背景には、うつ病、不安障害、適応障害、認知症などが併発していることが多い。診断基準に合致しなくてもその前駆段階、一部の症状が現われているので、行動が変わる。かかってしまったら治すのは難しい場合がある。予防が大切である。
 当協会も会員、ボランティアが多ければ、いろいろなことができるのに、活動できる人が少ない。うつ病、不安障害、依存症、適応障害、認知症など、マインドフルネス心理療法の貢献できそうなテーマがある。今年も暮れようとしている。もっと厳しい社会情勢になっていく来年は、どうなるのか想像もできない。
Posted by 埼メンタル協会/大田 at 07:20 | がん・ターミナルケア | この記事のURL