東日本大震災の被災地支援事業 [2012年02月09日(木)]

東日本大震災の被災地支援事業

 2月6日、埼玉県庁で、被災地支援事業の募集説明会がありましたので、 いってきました。 補正予算8.8億円の規模で被災地支援のプログラムが募集されるそうです。 私どもも、現地にマインドフルネス心理療法(SIMT)のスキルを持つ人の育成、受講を 希望する患者さんのカウンセリングを開催して、被災者の自殺予防のお手伝いをしたかったのです が、4月からの活動は断念します。
 マインドフルネス心理療法のスキルの移転、うつ病やPTSDの方の治療支援の事業は、相当長期間 になり(何度も行く必要があります)、交通費、宿泊費が高額になりますので、助成金がないと難 しいようです。 他の地区の場合、受講者から参加費をいただきますが、被災県のかたにはご負担いただくわけには いかず、また、弱小のNPOでは、資金がありません。 今回の募集では、助成金を受けるために、次の要件を満たすことができないため、応募できません 。これから準備して、夏か来年から現地で活動したいです。今回は国の予算で被災の3県に配分さ れます。県外の私どもが参画する事業に助成を受けるには、
  • 被災県にあるNPO等と県外のNPO等を構成員とする協議体
を作り、私どもも参画することです。応募締め切りは、今月末までです。協議体を作る時間がありませ んので、 被災3県で4月からマインドフルネス心理療法(SIMT)講座やカウンセリングを行うプログラムは見 送ることにいたします。
 過去の大震災の経験から、 被災地では、うつ病や不安障害(PTSD,パニック障害など)が治りにくい状況は数年から10年も続く(そして自殺が増加する)問題だといわれていますので、今後3年ほど(私どもが高齢のため)被災地で活動する準備をします。支援プログ ラムの案を作って、被災県の団体(看護学校や心理学部のある大学やNPO)に提案して、協議体を岩 手県に設置して、来年に助成金を申請して連携してマインドフルネス心理療法者(看護師、心理士 )を無料で育成する事業をして、現地のNPOとしてのマインドフルネス心理療法センターを設立したいと思います。今年 は案を作って送付して、関心ある学校には、説明にうかがい、協議体を作ります。マインドフルネス心理療法(SIMT)は、あまりしられていませんので、関心のある学校は少ないでしょうが、1校はあることを念願します。
 1年目は、岩手県内の看護師、心理士10数名に無料でマインドフルネス心理療法(SIMT)の講座 を提供する。並行して病気の方の治療支援を行う。2年目は、その人の幾人かでマインドフルネス 心理療法センターを設立して、被災地のうつ病や不安障害の方の治療支援を開始、3年目にその現 地の人がカウンセラーを育成できるまでに理論とスキルを上達させる。周囲のNPO,,企業などとの協働事業を広めて、支援活動内容も拡張していく(デイサービス、長期の入院合宿受け入れ、在宅での出張治療サービス、うつ病自殺予防事業も)。 このことにより、看護学校の先生やNPOの構成員が、将来、自校(看護学校や大学、NPO )で、マインドフルネス心理療 法を教えることができるようにする(マインドフルネス心理療法のスキルを持つ精神看護師、心理 士の育成)。 3年で地元の人で自立して 私どもは去ります。 現地にかなり大規模なマインドフルネス心理療法センターを作り、関連サービスの付帯ビジネスの復興(多少の雇用も)に貢献できればいいと思います。 概要はこんなところです。岩手県の看護学校の先生や私どもが協議体の構成員になり、国や県の助 成を申請します。私どもは、地元の方が自立できるまでの3年間、毎月、3,4日滞在します。こ のような案です。
 少数、被災県の方から、カウンセリングの希望をいただきましたが、実現するのはもう少しかか りそうです。申し訳ございません。それまでの間は、もし埼玉県においでくだされば、カウンセリ ングを受けられるようご相談させていただきます。
 地元に専門家を10人育成すれば、1年で500人くらいの患者さんの支援ができるでしょう。 3年目以降、カウンセラーが育成されていけば、何千人もの患者さんの支援ができるようになるでしょう。マインドフルネス心理療法(SIMT)は、1年で支援できるようになります。もちろん、支援者になりたい人が、心理療法で用いる手法を自分で、実行して習熟していただくことが条件です。理屈は簡単ですが、習熟するには、相当の時間自主的にトレーニングしていただきます。たとえば、血管を縫合する医師の技術はきっと理屈は簡単でしょうが、実際に間違いなくできるようになるまでは、模型や動物を使って、何百回も実際練習をするでしょう。それと似て、マインドフルネス心理療法(SIMT)は、理論を理解するだけでは習得されず、実際、トレーニングをします。だから、1年近くもかかるのです。患者さんが治すのも、支援者になるためにも。
Posted by MF総研/大田 at 21:13 | 自殺防止対策 | この記事のURL
「自他不二」が東洋哲学の核心 [2012年02月07日(火)]

セラピスト・カウンセラーを育成する人には哲学が必要になる(8)

 =「自他不二」が東洋哲学の核心、現代日本の社会問題の解決にこそいかされる

 

自他不二の哲学

 「自他不二の自己」は、日本の歴史上、さまざまな人(たとえば、道元、松尾芭蕉, 宮沢賢治など)が言っているのですが、最近の仏教者はこの深い哲学をい わなくなってしまいました。 西田哲学も「自他不二」の哲学であると、哲学研究者が言っておられます。
     「西田のそうした矛盾的な表現を仔細に検討していけば、そこにはある一貫した考えがみとめら れる。それは、通常、対立的に考えられている主観と客観、個と普遍、自己と他己が一体にして 不 二なるものであるという自覚であり、またものごとを自己の側からではなく、反対に、世界 の側か ら見ていこうとする姿勢である。いわゆる自己というものがまったく消失してしまったとこ ろから 物や世界を見、自己が物や世界になりきったところから行為していこうとする考え方である。 そ れは、まさしくデカルトに始まりカントによって完成された 西洋近代の物の考え方ー西田はそれを主観主義と呼び、対象論理として特徴づけているーに対する アンチテーゼである。こうした視点を離れて西田哲学をとらえようとすると、西田哲学の核心部 分 を見失ってしまうことになるのではないか、とつねづね筆者は考えている。そしてそれが本書 全体の趣旨でもある。」 (「西田哲学の基層」小坂国継、岩波現代文庫、294頁)
 この、日本の哲学と似た哲学を、欧米のマインドフルネス心理療法者が発 掘して、痛みの克服、精神疾患の治療、教育、非行更生の領域など 現代社会の中で活かし始めたのです。 上記の小阪氏の指摘された西田哲学とマインドフルネス心理療法との関係を簡単に述べます。

 まず、
     「通常、対立的に考えられている主観と客観、個と普遍、自己と他己が一体にして不二なるも のであるという自覚であり」
 の部分ですが、うつ病や不安障害になると、あるいは、その発病前には、 主観と客観が対立的に考えられているのです。すなわち、自分の人生に現れる状況(仕事、つらい 人、職場、電車、感情、症状などのすべて=客観です)を、自分の外にあるものと考えて、おもいどおりにならないとか、嫌悪の思考を繰り返しています。それが、神経生理学的連鎖を起こして発症し、なってからも治らない。 ところが、主観(自己)と客観(他)が、自己の外にあるのではなく、「一如」、自己(の場所) と一つであるという見方です。マインドフルネス心理療法はこういう見方をトレーニングによって 開発していきます。くるしいだけの自分に対立していた客観が対立したものでななくて、内在的に なる。すなわち、客観の見方が変わる(新しい見方=洞察)のです。このような洞察によって、苦悩の対象であ ったものが、自分に対立したものではなくなると、精神疾患が軽くなるのです。苦悩するだけの思 考が少なくなるので、嫌悪的感情が少なくなることで、症状が軽くなり、問題行動が変化する。
 「個と普遍の一体」は、絶対者、神との関係もそうでしょうが、西田幾多郎は、自己と絶対者( 神、仏)が別ではないということを言います。これまでは、精神疾患の領域にはあまり用いる場面 はありませんでした。 特定の人物を絶対視させて洗脳させられたカルト被害者の救済には役立つかもしれません。 「あなたの外にいる特定の人物が絶対者ではない。絶対者はあなた自身の底にある。あなたと絶対者が一つである。外にいるあの人ではない。だから、あおの人の教えを手放しましょう。彼は、絶対者でなく平凡な人ですから、信仰を捨ててもばちはあたらない。」こういう説得になるのでしょう。
 「自己と他己が一体」とは、自己も他人も別ではないということです。上にも「つらい人」と書 きましたが、特定の他人がつらいと思ううつ病の人や、人のいる場面が恐怖という社会不安障害の 治療に役立つでしょう。他人が自分の外にあって対立しているものではなくて、自分と一体(心の 中、心の場所で同一)と洞察できるようになって、いたずらに恐れることがなくなれば、うつ病や 不安障害が軽くなります。

非定型うつ病

 また、非定型うつ病には、拒絶過敏性から感情的になって鉛様麻痺感の発作をしばしば起こしますが、患者さん側の一方的な見方であることに気がつき、 相手側を含む対人関係の両者の立場(客観的に無評価で)で相手の言葉を受け止めるようになれば、感情的な場面が少なくなって、鉛様麻痺感が起こらなくなります。

パニックやトラウマ

 不安や動悸、パニック発作、フラッシュバックなども神経生理学的な反応は、起こるべくして 起きるので、世界の立場からは必然的に起きてしまうので、それを嫌うとか起きないようにコントロールしようという態度が、神経生理学的な世界の立場ではないので、かえって症状を長引かせます。症状は内的世界の必然だと観念して受容(アクセプタンス)して、自分の役割行動(症状が重い間は、治る効果があるとされる課題の実行)のことをして(マインドフルネスとかコミットメントの局面)いけば、症状が軽くなります。

自我を抜きにして世界の側から

 こうした見方の転換は、次の哲学を実践化することと関係します。
    「世界の側か ら見ていこうとする姿勢である。いわゆる自己というものがまったく消失してしまっ たところから 物や世界を見、自己が物や世界になりきったところから行為していこうとする考え方 である。」
 自我の主観的、独断的、自己中心的な評価的判断ではなくて、それを抜きにして(自己を脱落し てとか、無評価で、といいます)、世界の側から見るトレーニングが、精神疾患の治療に効果的で す。受容の心得に生かされます。

専門家も主観的、独断的になるおそれ

 また、この点は、専門家(研究者、支援者、医師もカウンセラー も色々な産業領域の専門家)の行為が主観的、独断的、自己中心的であってはならないことも教え ていると思います。色々な研究者の行為、学問的な論文にも、主観的、独断的、自己中心的なもの があるはずです。自己をなくしていなくて、自己の都合のよい、自己の利益になる立場 (または何らかの利益<金銭、名誉ある地位など>を得ている組織、企業の利益になるような立場) から物を言 い、他者を傷つけ、攻撃することがある。西田哲学は、そうした自己の立場を捨てて、「世界の側か ら見て いこうとする姿勢である。」これは、精神疾患の療法の場面では、 自己が提供するもの(薬物療法、心理療法や手法)が、本当に世界の立場からになっているか(治療者のエ ゴではないのか、自己の知らないスキルがあるのではないか、患者のためを本当に思っているのか、など=色々な治療者と患者のすべてを含んだものが<世界>ですから)という反省をせまるのかもし れません。 また、グループで治療にあたっている組織の中で、治療方針が対立する時に、自分の面子、自分のプライド、自分の名誉を優先させて、対立したり、行動してしまい、患者さんの利益にならない行動をする。ドラマになるような葛藤が現実に起きるはずです。 自己の利益のために患者さんを利用してはならない。また、自己の治療法を絶対視してはならない、さもないと、患者さんを苦しめるだろうと患者 さん側からも考えていく必要があることを教えてくれていると思います。こういう支援者の心得は リネハンの弁証法的行動療法で強調されていると思います。

日本にある深い哲学を日本人が捨てて、欧米人が拾う

 これは、ほんの一部ですが、西田哲学、東洋哲学は、これから世界中でマインドフルネス心理療法に生か されていくのです。日本の仏教は、こうした深い哲学を見失ってしまったと、竹村牧男氏はいわれるのです。現代社会に影 響を及ぼすことができなくなったというのです。 欧米のマインドフルネス心理療法者は、日本の哲学に期待しているようですが。ほりおこしは大変 な作業になりますので、将来のある 若い研究者が掘りおこして、世界に発信してもらいたいものです。 西田哲学のマインドフルネス心理療法への応用の一例、SIMTもまだまだ不十分です。 治療効果を高める研究の必要があります。 若い、心理士、心理学者の研究を期待したいです。
◆セラピスト・カウンセラーを育成する人には哲学が必要になる ◆カウンセラー(セラピスト、医者)も自己洞察スキルの体験が必要 ◆専門家の我執
Posted by MF総研/大田 at 20:10 | 新しい心理療法 | この記事のURL
「自他不二」という東洋哲学は現代日本の社会問題の解決にこそいかされる [2012年02月05日(日)]

セラピスト・カウンセラーを育成する人には哲学が必要になる(7)

 =「自他不二」が東洋哲学の核心、現代日本の社会問題の解決にこそいかされる

   日本の仏教、特に、平安時代鎌倉時代の各宗派の開祖には、深い東洋哲学があったのに、 後世、現代にも、深い哲学を見失っているという竹村牧男氏(東洋大学学長)の指摘があります。
     「究明されるべき本来の自己は、じつは自他不二の自己であれば、おのずから社会性に出 てこざるをえないであろう。このことは、本来、真剣に追求されるべきであろうが、日本の仏教に おいてはいまだじゅうぶんに検討されていないことも事実である。」 (「入門 哲学としての仏教」竹村牧男、講談社学術新書、255頁)

     「そのことに加えて、日本仏教が、哲学・思想としてあまり社会的な力を持っていない理 由には、またつぎのようなことがあるのではなかろうか。」(同、255頁)
 仏教研究者のご指摘をみました。この中に「自他不二の自己」の哲学に触れられています 。このことは大乗仏教や日本の仏教にあったというのが竹村氏の指摘であり、西田哲学でした。それが日本の深い哲学の焦点でしょう。これは、現代の哲学研究者も認めています。次の言葉があります。西田哲学も「自 他不二」の哲学です。
     「西田のそうした矛盾的な表現を仔細に検討していけば、そこにはある一貫した考えがみとめら れる。それは、通常、対立的に考えられている主観と客観、個と普遍、自己と他己が一体にして不 二なるものであるという自覚であり、またものごとを自己の側からではなく、反対に、世界の側か ら見ていこうとする姿勢である。いわゆる自己というものがまったく消失してしまったところから 物や世界を見、自己が物や世界になりきったところから行為していこうとする考え方である。そ れは、まさしくデカルトに始まりカントによって完成された 西洋近代の物の考え方ー西田はそれを主観主義と呼び、対象論理として特徴づけているーに対する アンチテーゼである。こうした視点を離れて西田哲学をとらえようとすると、西田哲学の核心部分 を見失ってしまうことになるのではないか、とつねづね筆者は考えている。そしてそれが本書全体の趣旨でもある。」 (「西田哲学の基層」小坂国継、岩波現代文庫、294頁)
 少数の仏教学者のほかに、西田哲学も、哲学研究者も、深い東洋哲学の自他不二の自己を紹介している。 この貴重な宝が、日本の地下に埋もれてしまっているが、欧米のマインドフルネス心理療法者が発 掘して、現代社会の中で活かし始めたのです。 こうした哲学とマインドフルネス心理療法との関係を次に述べます。
Posted by MF総研/大田 at 22:42 | 新しい心理療法 | この記事のURL
仏教教団と一般国民への期待 [2012年02月04日(土)]

セラピスト・カウンセラーを育成する人には哲学が必要になる(6)

 =仏教教団と一般国民へ哲学を深めることの期待

   日本の仏教、特に、平安時代鎌倉時代の各宗派の開祖には、深い東洋哲学があったのに、 後世、現代にも、深い哲学を見失っているという竹村牧男氏(東洋大学学長)の指摘があります。
     「究明されるべき本来の自己は、じつは自他不二の自己であれば、おのずから社会性に出てこざ るをえないであろう。このことは、本来、真剣に追求されるべきであろうが、日本の仏教におい てはいまだじゅうぶんに検討されていないことも事実である。」 (「入門 哲学としての仏教」竹村牧男、講談社学術新書、255頁)

     「そのことに加えて、日本仏教が、哲学・思想としてあまり社会的な力を持っていない理 由には、またつぎのようなことがあるのではなかろうか。」(同、255頁)
 開祖には、深い哲学があるのに、こうした状況になっています。
     「このときもっと、仏教が本来持っていた豊かな思想・議論に耳を傾けるべきではなかろうか。 そして、それらを現代社会の課題に応えうるよう、さらに鍛え上げていく必要がある。このことに は、既成の仏教教団も真剣に取り組んでいく必要があるし、一方、一般の個人においてもまた、 本来、根源的に哲学的思索を展開する仏教思想を学ぶなかで、そうした時代の問題を考え、仏教の あり方に影響を与えていくことは、たいへん、意義深いことであろう。」(同、257頁)
 現代では、もはや、宗派で主張されている一つの易行(祈祷、坐禅、念仏、唱題など)の内容だ けでは、「哲学・思想としてあまり社会的な力を持っていない」のだが、 本来は、深い哲学が含まれている。 「それらを現代社会の課題に応えうるよう、さらに鍛え上げていく必要がある」のだが、 2つのグループに分けて期待が述べられている。
指摘だけでも不十分である。指摘は、西田幾多郎、竹村牧男氏がされている。しかし、教団や他の国民により本気に社会問題への取り組みは不十分という状況です。 さらに、「現代社会の課題に応えうるよう、さらに鍛え上げていく」ことがされていない。 欧米では、東洋哲学、仏教の実践がうつ病、不安障害、依存症、パーソナリティ障害、犯罪の更生などに社会問題の簡潔に応えつつある。そんな時に、日本人には2つのグループセへの期待がある。
 一つは、 「既成の仏教教団も真剣に取り組んでいく必要がある」。教団は、これまでの方針(開祖の深い哲 学にふれることがすくない)を変えて、開祖にある深い哲学を掘り起こすことである。そういうことをする時 に、仏教が現代に貢献できることとして議論の自由を認めることが大切だろう。 一つの立場に固執していると、現代社会にとりのこされる。議論、提案、研究の自由を認めることが大切だろう。時代が違う。未曾有の変革がきざしている。若い世代の新しい見方を期待すべきだろう。 なにしろ、欧米の心理療法者が、日本の鎌倉期の仏教者の哲学を賞賛しているのだから、それを自 ら否定することはなかろうと思う。さもないと、「20世紀までに、仏教は日本で深い哲学が見失われた。21世紀は世界的に深い哲学を必要としている、社会に貢献する仏教は、欧米の心理療法者から学 ぼう」と世界中の人と日本の心理学者、国民、そして、危機をいだく仏教僧が、言い出すおそれがある。日本でも、多数の翻訳書が出版され、それを学んだ心理学者が社会貢献をし ようとしている。
 2つめは、「一般の個人においてもまた、 本来、根源的に哲学的思索を展開する仏教思想を学ぶなかで、そうした時代の問題を考え、仏教の あり方に影響を与えていくこと」である。教団以外の人のことであるが、心理学者、教師、医師、 そして、苦悩する一般国民だが、もう、そういう人たちが、仏教にある深い思想、哲学を学んで、 現代社会の問題解決に貢献できることを開発して、逆に、教団の「 仏教のあり方に影響を与えていくこと」を竹村氏は期待しておられるのだと思う。仏教の専門家と それ以外の人たちが、いい意味で批判しあい、研鑽しあっていくことが東洋哲学の本家として世界 に貢献できるのでしょう。なにしろ、 リネハンの弁証法的行動療法の「賢明な智慧」 アクセプタ ンス・コミットメント・セラピーの「文脈としての自己」 は、かなり深い哲学的な自己であり、 東洋哲学(道元に似た哲学があると思う)の「自他不二」に迫っているのだから。こうした期待があるから、日本のマインドフルネス心理療法の研究者には、特に、日本の哲学の研究が求められているでしょう。リネハンやACTの言う自己の哲学が、日本にもあることを海外に教えること、それを応用した独自のマインドフルネス心理療法を提示することが期待されます。
 ちなみに、自己洞察瞑想療法(SIMT)は、心理学者でもない者が創始したものだから、はなはだ不十分です。半年から1年ほど自己洞察法を実践できる人には有効であるが、できないで脱落する人がいます。専門の心理療法者による専門的、独創的なマインドフルネス心理療法が開発されることを期待しています。
◆セラピスト・カウンセラーを育成する人には哲学が必要になる ◆カウンセラー(セラピスト、医者)も自己洞察スキルの体験が必要 ◆専門家の我執
Posted by MF総研/大田 at 21:02 | 新しい心理療法 | この記事のURL
現代の日本仏教は深い哲学を発掘できていない [2012年02月03日(金)]

セラピスト・カウンセラーを育成する人には哲学が必要になる(5)

 =現代の日本仏教は深い哲学を発掘できていない

 菅村玄二氏が、マインドフルネス心理療法が外国産の輸入に頼る傾向が続いており、東洋哲学の本家の日本である から、日本から独自のマインドフルネス心理療法を世界に向かって提案できないのかという 問題提起をみました。
 外国の人が日本の仏教にある哲学を賛嘆して医療に取り入れ始めたのに、日本の心理学者ができ なかったのは、実は理由があるのです。
 日本の仏教の各宗派の開祖には、深い東洋哲学があったのに、現代の仏教解説書ではその深い哲学が強調されない・・・。現代の仏教僧や仏教学者が書いたものを読んでも、深い哲学を説明してくれていないから、一般の国民や心理療法者 は、日本の仏教に深い哲学があることを知ることができません。
 日本の天台、真言、曹洞など各宗派の開祖の思想には、深い東洋哲学があったことを竹村牧男氏 (東洋大学学長)が指摘しています。 (「入門 哲学としての仏教」講談社学術新書など、多数の著書で)
 開祖には、深い哲学があるのに、ところが、現代の専門家(僧侶、学者)の説法や学術書では、 それに触れていない・・・。
 だから、現代の専門家でない、国民や心理学者が、日本の仏教に欧米の人が賞賛するような深い 哲学があるとは教えられない・・・。こういう現象が起きているので、日本の心理学者が、 マインドフルネス心理療法を創造できなかったのは無理のない状況だと思います。 欧米の人は、別のソースから、日本仏教の根底にある深い哲学を学んだのだと思います。どこから ? 仏教経典の原文翻訳、道元の正法眼蔵の原文翻訳、鈴木大拙や西田幾多郎の著書などからと思われます。現代の僧侶や日本の学者の本を通してではなくて、原典を読んだ・・・。そこに、深い哲学を見た・・・。
 竹村氏はこうした埋もれた哲学をもう一度、現代に生かすべきだと言っておられます。
     「残念ながら、今日、このような見方は、社会から失われているのが実情である。しかし、その 思想が深い真実をふくんでいて、今日に重要な意味を有るしているなら、鋭意、吟味検討し、今日 の時代にふさわしく鍛え直し、ふたたび世に訴えていくべきではなかろうか。
     その意味で、仏教の世界観をあらためて掘り起こし、さらに展開していくことは、今日の一つの 大きな課題だと思うのである。」 (「入門 哲学としての仏教」講談社学術新書、145頁)
 日本仏教の深い哲学の掘り起こしと、現代的に「さらに展開していくこと」の「大きな課題」を 日本の仏教僧、仏教学者、心理学者でなく、欧米の心理療法者が行いつつある現状は、はなはだ残 念なことと思われるのです、菅村氏の嘆きも。 日本の心理学者は、原文は、難しいので、仏教の解説書を読むでしょう。でも、そこに深い哲学があることを書いていない(書く人が見落とすとか、ほかのことを強調したいから)から、心理療法に応用できると思いつくはずもなかったのでしょう。欧米の心理療法者は、経典や語録の原典を読むから深い哲学を読み取ったのでしょう。原典の解釈は、読む人の思想や関心事、利益、立場によって、随分違ってしまいます。仏教研究の 竹村氏は見落としている開祖の深いものを発掘すべきといわれているのでしょう。 そういう深い東洋哲学を日本の心理学者も発掘して、日本独自のマインドフルネス心理療法を欧米に提案できないかということを心理学の菅村氏が言っておられるのでしょう。
     「このような動向は、仏教国の心理学者としても非常に興味深く、今後の展開が期待されるもの であるが、一方で、春木が述懐するように、「本家である日本において、話題にされてからそれ に追従するようなことであっては、はなはだ滑稽なことである」という手厳しい見方もある。
     とはいえ、現在のところ、仏教のもつ心理学に対する潜在的な可能性について、西洋の多くの心 理学者が関心を寄せながらも、マインドフルネス瞑想法をはじめとした技法論的な展開にのみ終 始している感がある単なる技法論を超えた生きる知恵と心理学の伝統とを本質的に結びつ けることはできないのではないか、とも危惧される。  日本から発信していく心理学のひとつの形として期待されるのは、西洋から輸入された研究の 追試ばかりするようなドープな研究ではなく、己の文化の特殊性から普遍性を引き出すよう なディープな展開である。」 (「マインドフルネス認知療法」277頁)

◆セラピスト・カウンセラーを育成する人には哲学が必要になる ◆カウンセラー(セラピスト、医者)も自己洞察スキルの体験が必要 ◆専門家の我執
Posted by MF総研/大田 at 20:40 | 新しい心理療法 | この記事のURL
セラピスト・カウンセラーを育成する人には哲学が必要になる(4) [2012年02月02日(木)]

セラピスト・カウンセラーを育成する人には哲学が必要になる(4)

 =外国のものの追試とか技法論でなく、日本の文化の特殊性から普遍性を引き出すような展開を

 前日の記事で、菅村玄二氏の文を引用したが、この文の末尾に日本が 仏教国でありながら、東洋哲学の本家でありながら、心理療法への応用に遅れをとっている状況を 指摘しているところをみておきます。日本のマインドフルネス心理療法者も日本の先人が作った哲学、埋もれている哲学を発掘して、欧米の人に逆に提案する必要があるのかもしれません。
 仏教が西洋の医療関係者から注目され、研究されてきていることを紹介されたあと、こう指摘し ておられます。
     「このような動向は、仏教国の心理学者としても非常に興味深く、今後の展開が期待されるもの であるが、一方で、春木が述懐するように、「本家である日本において、話題にされてからそれ に追従するようなことであっては、はなはだ滑稽なことである」という手厳しい見方もある。
     とはいえ、現在のところ、仏教のもつ心理学に対する潜在的な可能性について、西洋の多くの心 理学者が関心を寄せながらも、マインドフルネス瞑想法をはじめとした技法論的な展開にのみ終 始している感がある単なる技法論を超えた生きる知恵と心理学の伝統とを本質的に結びつ けることはできないのではないか、とも危惧される。  日本から発信していく心理学のひとつの形として期待されるのは、西洋から輸入された研究の 追試ばかりするようなドープな研究ではなく、己の文化の特殊性から普遍性を引き出すよう なディープな展開である。」 (「マインドフルネス認知療法」277頁)
 西洋で仏教の医学への貢献がすすんでいるのに、日本では、全く遅れているのです。 欧米で創造された仏教の医療への貢献事業を日本が後から追試している状況がきています。彼らが「東洋にあったもの」といっているのに、その根源を検討せずに、技法論に終始している・・・?。そうだとしたら、東洋哲学(大乗仏教の哲学、禅の哲学、西田哲学)の本家として残念なことです。 彼らが、東洋哲学にあると言っているのです。東洋とは、インド、中国を経て、今、残っているのは、日本です。 「お寺の蔵の中に、また、大学の仏教研究室、哲学教室の中に、こんな宝がありますよね。こんなふ うにしてつかうと、今すごい使い方ができるのですよ」と外国の人から教えてもらっているのです。眠っている、その根源をさがさなければ。まだ、まにあいます。「己の文化の特殊性から普遍性を引き出すようなディープな展開」ができる、日本の心理学者は、できると思います。大乗仏教の実践と哲学(それが東洋哲学)、西田哲学を現代に、医療分野、教育の分野に応用するのです。
 「マインドフルネス瞑想法をはじめとした技法論的な展開にのみ終始している感がある。」
 日本にもある深い哲学を探求せず、形式的に、マインドフルネスを用いようとしている動きがある。

 「単なる技法論を超えた生きる知恵と心理学の伝統とを本質的に結びつけることはできないので はないか」

 ご指摘のとおりだと思います。外国の追試や形式的な技法論だけではなくて、その背後に技法論を超えた深い「知恵」が日本にあると、欧米の人が指摘しているのです。
 誠実な仏教、東洋哲学(日本にある)の智慧の中に、現代人の心の病気や種々の社会問題の支援に役立つものが あり、日本の人こそ、心理学に結びつけるべきなのです。菅村氏の指摘されたような危惧が現実化しようとしてい ないでしょうか。 日本の仏教実践者、仏教研究者、心理学者の真剣な検討が迫られています。欧米の心理療法者から日本人が 深い東洋哲学を埋もれたままにしているという奇妙な状況を指摘されそうな気配が感じられます。 「東洋哲学」を背後に持つ深い仏教、鈴木大拙、西田幾多郎を生み出した日本であるとして、日本 に期待しているようです。「西洋から輸入された研究の追試ばかりするようなドープな研究で はなく、己の文化の特殊性から普遍性を引き出すようなディープな展開」が日本の心理学に 求められています。
◆セラピスト・カウンセラーを育成する人には哲学が必要になる ◆カウンセラー(セラピスト、医者)も自己洞察スキルの体験が必要
Posted by MF総研/大田 at 19:48 | 新しい心理療法 | この記事のURL
セラピスト・カウンセラーを育成する人には哲学が必要になる(3) [2012年02月01日(水)]

セラピスト・カウンセラーを育成する人には哲学が必要になる(3)

 マインドフルネス心理療法にはいくつかの流派があります。 みな、形式的な手法は、アクセプタンスやマインドフルネスの手法がある心理療法ですが、 その背景の哲学、つまり究極の目標は多少違っています。 ACTは「行動分析学」、弁証法的行動療 法は、ヘーゲルの弁証法だと言われています。つまり、仏教や禅を参照しないで開発されたマイン ドフルネス学派もあります。 自己洞察瞑想療法(SIMT)は、禅の哲学を背景に説明した時代を経て、今は、西田哲学で説明してい ます。マインドフルネス心理療法には、人間存在の哲学があります。
 「マインドフルネス認知療法」(北大路書房)の中で、菅村玄二氏は、次のように述べられてい ます。
     「カバトジンやティーズデールは、仏教瞑想を自ら実践していたことから、マインドフルネス瞑 想法を用いた臨床的アプローチを開発したという経緯があるが、弁証法的行動療法のリネハンや アクセプタンス・コミットメント・セラピーのヘイズは、仏教への関心から独自の臨床理論を作り 上げたわけではない。 しかし、リネハンもヘイズも、彼らが開発したアプローチが、仏教思想と多くの点で類似している ことを認めており、何よりも、マインドフルネスの技法が欧米で多大な注目を集めた背景として、 西洋における仏教思想への関心の高まりがある。」 (273-274頁、菅村玄二氏)
 欧米では、こうして仏教や禅が医療に貢献するとして期待されているのですが、 日本ではかえって、戦後敗戦処理の宗教分離のせいか、仏教国であるがゆえか、他の宗教への遠慮 なのか、オウム事件のせいか、医療や教育、公的活動の場では、宗教を分離するような配慮が あることを感じます。特に、東日本においてでしょうか。 NPO法人法でも、宗教活動を主たる事業にできません。宗教とマインドフルネス心理療法の区別が重 要な問題になります。学校や病院で、マインドフルネス心理療法をすすめる場合に、仏教用語を使 うと問題になるでしょう。
 今回出版される本によって、マインドフルネス心理療法(SIMT)は宗教ではないことが明確になる ことと思います。
 しかし、本当は、仏教や禅の研究の専門家の方が、心理療法への応用、貢献に乗り出してくださ らないか期待しているのです。専門家なのですから、効果的な方法や場所をご存知のはずだからで す。 そして、学校でも病院でもすべての公的施設で、マインドフルネス心理療法が偏見をもってみられ なくなることを期待します。そのためには、 大学の研究者が、宗教ではないことを証言してくださること(現在は全く無関心のようです)、そ れから、臨床にあたるカウンセラーが、 一定のレベルのスキルを持っていることの認定も厳密にされることが必要になるでしょう。
 インターネットで検索すると、マインドフルネス心理療法をやっているかのようにいうところも ありながら、全面的な適用ではないところもあるようで、 期待した患者さんが幻滅して落胆されるのではないかと悲しい感じがします。 他の療法で治らなくて、重症の患者さんが マインドフルネス、アクセプタンス期待されますが、 全面的に真剣にやっていただいて、1年ほどかかってようやく寛解に至ります。完治までには、さらに1,2年の真剣な実践が必要です。部分的に用いて、治る事例が多かったという研究報告があるでしょうか。
 マインドフルネス心理療法には、エゴイズムの自覚の探求もあります。支援者にも、 自己や他者を 苦しめる心理の洞察が必要であると主張されています。 マインドフルネス心理療法 は、西洋でも東洋でも、自己とは何かの哲学に基づく、全人格的な治療法です。哲学もなく、 治療の一部に、形式的に、マインドフルネスの技法を行う(ほかの、〇〇療法が中核)のは、「看 板に偽りあり」と感じます(もちろん薬物療法との併用はOKです。医療の種類が違う)。うつ病、 不安障害、過食症の マインドフルネス心理療法は、認知療法にほとんど全面的に代われるものだと思います (ただし、対話の一部に認知療法的助言が入るのは自然。研究者の場合、全く用いないで用いるよ うです)。 不当な薬物療法を行う医師が批判されるようになってきましたが、心理療法者、カウンセラーにも 、クライアント(患者さん)をがっかりさせる人が出てくるでしょう。マインドフルネス心理療法 には、哲学があります。行動分析学、ヘーゲルの弁証法、禅の哲学、西田哲学などしっかりとした 哲学によって、課題が作られています。日本には、すぐれた東洋哲学があるのです。 マインドフルネス心理療法の研究者が、輸入にたよることや形式的な適用を心配しています。次に 述べます。
◆セラピスト・カウンセラーを育成する人には哲学が必要になる ◆カウンセラー(セラピスト、医者)も自己洞察スキルの体験が必要
Posted by MF総研/大田 at 20:33 | 新しい心理療法 | この記事のURL
セラピスト・カウンセラーを育成する人には哲学が必要になる(2) [2012年01月31日(火)]

セラピスト・カウンセラーを育成する人には哲学が必要になる(2)

 前の記事で「マインドフルネス認知療法(MBCT)」は、3回以上再発した人の寛解期のうつ病の再 発予防に効果があるが、 2回未満の人には効果がないとされています。また、重症期の治療法ではないとされています(注1 )。」と書きました。
 しかし、抑うつ症状のただなかにある患者さんにも効果があったそうです。
 「マインドフルネス認知療法」(北大路書房)の中で、次のように述べられています。
     「本当に現在うつ状態にあるひとには効果がないのかどうかを調べた研究もある。抗うつ薬や通 常の認知行動療法が効果を示さないうつ患者にMBCTを実施したところ、うつ症状は大きく軽減し、 MBCTがうつの回復期にある場合だけではなく、その真っ只なかにいる場合にも効果があることが示 されている。」(273頁)
 こういう事例も、「なぜそうなるのか」「期間はどれくらいか」「効果があると判断したその後 悪化していないか」 「何例あるのか」などの積み重ねによって、効果があると判断されるでしょう。 かなり、多数例がないと、効果があるとはいえません。
 うつ病は長引き、症状の変動は激しく、心理療法を受けている1年の間でも、何度も上下を繰り 返すので、6か月程度で「効果」「改善」があったという判断は早いです。半年ほどで改善、しか し、その後再発というのは、薬物療法に多く、それと同じようでは困ります。 「短期間の改善」か「何年も再燃せず完治といえるほどか」も検討されなければなりません。薬物 療法でもいったん軽くなり、再燃するケースがあります。心理療法もそうです。 私は自己洞察瞑想療法(SIMT)として関わっていますが、 半年くらいの期間で改善していたと見えていたのに、その後、悪化する患者さんもおられます。 なぜ、そうなるのかの分析もして、再燃しないような手法を織り込むという改良が必要です。
 半年、めだった改善がみられなかったのに、7−10か月のころ急速に改善が目立つ患者さんも おられて、短期間で判定するのは早計だと思います。うつ病、不安障害は簡単な病気ではないので、1,2年支援者が支援すべきだと思います。
 うつ病、不安障害のほか、標榜していない問題で来訪され希望される方に他の問題にも適用する ことがあります。もちろん、一時的に改善がありますが、結局、長期的に回復しないのであれば、 有効とはいわないことにしています。 長期間にわたって推移をみてから、効果があると判定できます。研究を重ねていくと、うつ病のマ インドフルネス心理療法は、どの流派も一つの共通のものになっていくのかもしれません。哲学は 違っても、患者さんに指導する手法(形式技法だけではなくて目標技法も)は、ほぼ同じになるよ うな気がします。うつ病の病理(神経生理学的な)の解明がすすみ、マインドフルネス心理療法の 各流派はそれに応じて、手法を洗練させていけば同じようになるのではないかと思います。神経生 理学的な変調が同じだからです。ただし、患者さんは多様(症状の程度、罹病期間、年齢、現在の 環境など)ですから患者さんに応じて、手法の選択、期間、説明の程度を配慮するのは支援者(カ ウンセラー)です。すべての患者さんに同じように接するのではついていけない人がいます。 今の方法は、カウンセラー側の時間の制約から不十分な方法です。
Posted by MF総研/大田 at 17:01 | 新しい心理療法 | この記事のURL
セラピスト・カウンセラーを育成する人には哲学が必要になる [2012年01月30日(月)]

セラピスト・カウンセラーを育成する人には哲学が必要になる

 マインドフルネス心理療法はいくつかの流派があります。 第3世代の認知行動療法として、行動療法や認知療法でも治らなかった心の病気を治すものとして 期待されています。しかし、その哲学の深さやカウンセラーの習得可能性が問題になるかもしれま せん。 マインドフルネス心理療法が普及するためには、支援者の育成ができる人が必要です。 カウンセラーは、クライアントを指導するので、それほど深い哲学を知っている必要はありません が、カウンセラーのカウンセラー、すなわち、カウンセラーを育成する人(研修医を指導する指導 医のような立場)は、そのよってたつ哲学を相当深く知っていることと、それと関連する実技を指 導できる必要があるでしょう。なぜなら、カウンセラーには、きちんと哲学を教えないと、カウン セラーが自信をもって、臨床にのりだせないでしょう。クライアントさんは哲学を意識する必要は ありませんが、支援者はクライアントさんから「なぜ、その課題をするのですか」と質問されたら 答える必要があります。まして、カウンセラーを育成する人は、講座の受講生(心理士、医師、看 護師など)から、質問されるでしょう。
 呼吸法だけ、考えを流すだけを教えるのは「形式」だけ教えているのです。座禅だけでは治らないように、うつ病や不安障害は、呼吸法だけでも、考えを流すだけでも治りません。自己ということを洞察する方針、哲学が必要です。それで新しい自分の見方を開発していく。
 マインドフルネス心理療法にはいくつかの流派があります。その背景の哲学は、 ACTは「行動分析学」、弁証法的行動療法は、ヘーゲルの弁証法だと言われています。 従って、日本でマインドフルネス心理療法が普及するためには、指導者が そういう哲学に造詣深いことが必要になるのでしょう。 (私は西田哲学にはうといのですが、幸い、日本には、西田哲学の参考書がたくさんありますので、それを紹介できます。私の不備をおぎなうことができます)
 そういう哲学を知らずに、または、そういう哲学を十分に反映した手法を使わずに、形式的に呼吸 法や瞑想を指導するのでは、治療効果に限界があるのでしょう。似たようなマインドフルネス心理 療法でありながら、うつ病の治療に効果があるとか、予防に効果があるとか、他の障害に効果があ るとかの差異が出てくるのかもしれません。ご存知のとおり、ティーズデールらの「マインドフルネス認知療法」は、3回以上再発した人の寛解期のうつ病の再発予防に効果があるが、 2回未満の人には効果がないとされています。また、重症期の治療法ではないとされています(ただし、抑うつ症状のただなかの人にも効果があったそうです。次の記事で)。行動活性化療法や自己洞察瞑想療法(SIMT)は、重症期のうつ病にも効果があります。 似たようなマインドフルネス、アクセプタンスの手法を用いるのに、効果の違いがあります。 哲学とそれに基づく手法の差異によるのかもしれません。今後、研究者の研究が進むことを願います。
 マインドフルネス心理療法は、世界でも始まって年数が浅い ので、すべてこれからの研究課題でしょう。世界中のマインドフルネス心理療法の研究者が研究す るでしょう。行動分析学やヘーゲルの弁証法を学習する場所は日本では限られているでしょう。 西田哲学は、日本の哲学ですから、多数の研究者がおられ、解説書もやさしいものから専門性の高いものまで容易に入手できます。 西田哲学は、いくつかの大学で講座も受けられるでしょう。日本には、西田哲学を背景にするマインドフルネス 心理療法が学習しやすい環境にあります。私は従来は、「禅の哲学」を背景にして講座を開いていましたが、「禅」だというと宗教だと疑われて公共の会場ですすめにくく感じてからは、「禅」を引用せず、西田哲学の言葉を用いることにしました。道元禅の哲学と西田哲学は非常に似ています。西田哲学の研究者も仏教の哲学者も認めています。だから、どちらでもいいのです。でも、一方は宗教で他方は宗教ではなく、哲学で学問です。公共の場(教育、医療、福祉、企業など)では、特定宗教の言葉を使わないほうがいいのでしょう。
 ずっと、クライアントさんとあい続けるのであって、 カウンセラーを育成する立場には立たないというのであれば、哲学を深く知る必要はないでしょう が、カウンセラーを育成する人も多くいなければ、カウンセラーがふえずに、普及に限度があります。マインドフルネス心理療法の翻訳書はたくさんあるのに、マインドフルネス心理療法を受けられる場所が増えないのは問題です。
 非定型うつ病、各種の不安障害(パニック障害、PTSDなど))、パーソナリティ障害、その他の深刻な心の問題(虐待、覚醒剤依存、非行犯罪の更生、がん患者の死の不安、高齢者のうつ病、犯罪被害者の苦悩など)は、深い人間哲学による心理療法でないと十分ではないのでしょう。こういう問題は、全世界が、マインドフルネス心理療法を適用するようになるのでしょう。
◆セラピスト・カウンセラーを育成する人には哲学が必要になる ◆カウンセラー(セラピスト、医者)も自己洞察スキルの体験が必要
Posted by MF総研/大田 at 19:50 | 新しい心理療法 | この記事のURL
(テレビ)不安に坐禅やマインドフルネスのトレーニング [2012年01月28日(土)]

(テレビ)不安に坐禅やマインドフルネスのトレーニング
 長く坐禅瞑想する人は背内側前頭前野が大きくなる(3)

 1月11日の NHK総合テレビ(ためしてガッテン  不眠ストレス緊張撃退 簡単トレーニング)で呼吸法の効果 を紹介して、1月25日に、NHK総合テレビの「あさイチ」で、ほぼ同じ内容が放映されました。

うつ病、不安障害の治療には無理だと

   テレビで紹介した方法だけでは心の病気を治すのは、無理でしょうと熊野宏昭早稲田大学教授が説明されました。 なぜかを、私がもう少しつけくわえておきます。テレビで紹介された方法は、広義のマインドフルネス心 理療法の技法(形式技法)の一つです。
 うつ病、非定型うつ病、全般性不安障害、パニック障害、PTSD、社会不安障害などは、基本的に 、あの方法を、半年、1,2年続ければ治るのですが、 患者さんから見れば、あの方法だけの説明では、長期間続ける動機づけがないので、やめてしまう でしょう。 それで治らない・・・。

 人間というものは、「自分のためになる」(幸福になれる、願いが実現する)ことを理解するな らば、不愉快なことでもするのです。治るだろうと願うから薬も飲むのです。 つまり、そうすること(薬、葉っぱに乗せて流す、「。。」と思った、などの実践) を「長期間、実行していると治りますよ」「こういう理由ですよ」という種類の助言 (自己洞察瞑想療法、SIMTでは、「目標技法」といいます)をし続ける と、「どうしても治りたい」と思いつづける人は、実践するから 治るのです。病理が生じている理由(病理論)、治す方針(治療方針)、治す方法(課題)、課題 と病理が治る理由の関係、実証データ(エビデンス)などを患者さんが納得することです。納得で きれば、「つらい考えを流す」「・・と思った」という、一見無味乾燥な実践を1年間(1週間で はなく)やり続けられる患者さんがいるのです。

伴走者がいると治る割合が高まる

 その時、家族の伴走者がいるといいのです。患者さんは、理解力、持久力が落ちています。病気 による本音(人にあいたくない、カウンセラーの言葉にも拒絶過敏、症状が強い日にはいきたくな い逃避など)が強くてともすれば脱落しそうになります。それを防止するのは伴走するご家族です 。 自分では実践せずに、「いいのだから、やりなさい」という監督者(カウンセラーも同様)ではな くて、いっしょに、 呼吸法やジョギング(毎日、どこか時間を作っていっしょにする)をして、いっしょに、カウンセ ラーにあうのです。数年も治らない家族のために、1年ほど、1カ月に1回くらいつきあってもい いのではないでしょうか。
 治すのは、医者、カウンセラーではありません。本人の課題実行行動が脳神経に作用するのです 。 家族の伴走がある人ほど治ります。家族がいない孤独の患者さん、別にすんでいる患者さんは、 伴走する人が持つ客観的な判断(上記の、こういう治療法で治りそうか)をご自分がしなければなりま せん。本人が固い決意を持ち続ける、「どうしても治りたい」という願いを持ち続けること (目標技法の一つ)が治癒のために重要です。それを支えるご家族がいれば、脱落が少なくなります 。家族が同伴できなければ、回数、時間の多い、入院合宿できるカウンセリング所をさがすことで す。今は、ゼロに近いでしょうが、将来はできるでしょう。

 NHKテレビでは、病気を治すのがテーマではなく、「不安、不眠を1週間で改善」 がテーマだったから、病気の人は医師やカウンセラーにというのはやむをえないことでした。 医師、カウンセラーなら治すマインドフルネス心理療法を知っている人がおられます。 欧米のものは多数の翻訳書が出版されています。 日本で開発されたものは、この春、出版されます。
 病気を治したい人は、「目標技法」に相当する手法までをとりこんでいる治すための マインドフルネス心理療法の課題を実践すると、病気が軽くなります。完治も夢ではありません。 5年、入退院を繰り返し家事ができなかった高齢の婦人も、夫の同伴、いっしょの実行によって治りました。多くの人が、 非定型うつ病、パニック障害、PTSDを治しています。

テレビは、不安がテーマでしたが、 次の例は、簡単には治らない広場恐怖の例です。
Posted by MF総研/大田 at 21:13 | 新しい心理療法 | この記事のURL
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