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NO・2904『モルシー前大統領を欧米は支援するのか』 [2013年07月31日(Wed)]
アメリカやヨーロッパから、次々に要人が中東を訪れているが、彼等はエジプトの大統領の座を追われたモルシー氏に、どう対応しているのであろうか、あるいはどう考えているのであろうか。
EU代表のアシュトン女史が、エジプトを訪問し、やっとモルシー氏との会談にこぎつけたようだ。報道によれば、彼女はヘリコプターに乗せられて、カイロの外のある場所で、モルシー氏に会ったようだ。その場所がどこなのかについては、明かされていない。
アシュトン女史は2時間にも及んだモルシー氏との会談後、モルシー氏は健康で普通の状態だった、と語っている。それ以外には、あまり詳しくは語っていないようだ。当然であろう。現在モルシー氏が置かれている立場は、極めて微妙なのだから、アシュトン女史が知ったかぶりをして何かを話せば、それはモルシー氏の今後に大きなマイナスになる、可能性があるのだから。
モルシー氏は現在、スパイ容疑と脱獄犯容疑で、調べられている段階なのだ。スパイ容疑はアメリカやイスラエル、そしてパレスチナ側に情報を流していたのではないか、という疑惑であり、脱獄容疑については、2011年に起こった革命の混乱のなかで、彼はパレスチナのハマース・メンバーや、レバノンのヘズブラ・メンバーによる刑務所襲撃の折に、脱獄したとされているのだ。
こうした状況では、アシュトン女史の発言が極めて微妙かつ,難かしいことになるのは、誰にも想像がつこう。しかし、それはムスリム同胞団側には、ある種の失望感を、与えたのではないか。
ムスリム同胞団とすれば、モルシー氏釈放についてもっと踏み込んで、語って欲しいと思っていたことであろう。モルシー氏もそれは期待したであろうと思われる。
問題は、モルシー氏がどこまでアシュトン女史に、ざっくばらんな話ができたのか、ということもある。ムスリム同胞団のメンバー、なかでも幹部の場合は、発言がそのままムスリム同胞団の、見解を示すことになることから、トップのムハンマド・バデーウ師の意見を、聞いてからでなくては語れないのだ。
アメリカはどうであろうか。アメリカ政府は日本風に言えば、玉虫色の意見を述べている。エジプトで起こった実質的なクーデターについては、クーデターと明言していないし、モルシー政権の打倒についても、非難を避けているのだ。
こうした欧米の立場は、決してモルシー氏やムスリム同胞団にとって、温かいものとはいえまい。それはこれらの国々の利益と合わせ、ムスリム同胞団に対する警戒心が、出てきたためでもあろう。
Posted by 佐々木 良昭 at 14:39 | この記事のURL
NO・2903『蜘蛛の糸のようなイスラム過激派の連携と現象』 [2013年07月30日(Tue)]

アフリカの角と呼ばれる、アフリカ大陸の北東に位置するソマリアで、トルコ大使館襲撃事件が起こった。被害は警備担当者(警察)1名死亡、3名負傷(うち1名は重傷)というものだった。
大使館には特攻攻撃がかけられ、トルコ大使館の警備側が応戦し、2組は防いだが、残りの一組の特攻は防げなかったようだ。その結果が前記の被害、死者1名負傷者3名というものだった。
この襲撃事件について、トルコ国内の専門家たちは、種々の異なる意見を述べている。ある者は『トルコをPYD(シリア北部のクルド組織)が訪問し、関係改善が図られたからだ。』というものだ。それは、PYDとヌスラ組織とが、シリア国内で敵対関係にあるからだ。ヌスラ組織はアルカーイダと関係の深い組織だ。
したがって、今回のソマリアの首都モガジシオで起こったトルコ大使館襲撃事件は、アルカーイダが報復と警告の意味で行ったという分析だ。確かに、トルコが自国の問題を回避するために、PYDとの良好な関係を構築しようとした動きは、アルカーイダにとっては、不愉快極まりないものであったかもしれない。
また、ある専門家はダウトール外相の発言に、問題があったと述べている。彼はダウトール外相が『過激イスラム組織の活動は、シリアの反体制活動の邪魔になっている。』と語ったことだ。
またある者は、当初トルコとヌスラ組織との関係が良好であったが、西側諸国がヌルサ組織を敵視するようになってから、トルコもヌルサ組織を敵視するようになった。そのことに対する、警告のメッセージであろうというものだ。
またある者は、トルコがソマリアに深く、関与したためだと語っている。エルドアン首相が訪問し、資金援助やビルの建設援助をしているし、人道支援も行っている。もちろん、トルコが大使館を設立たこともあろう。
今の段階では、どれが真実なのかは不明だが、中東地域ではいま、風が吹けば桶屋が儲かる式の、複雑な関係関与が起こっていることは、確かであろう。
ステップはこうだろう。トルコがソマリアに援助をした、トルコはシリアで活動するヌルサ組織との関係を悪化させた、トルコはヌルサ組織と敵対するPYDと関係改善に動いた。結果はヌルサ組織の親組織ともいえるアルカーイダ組織が、ソマリアのシャバーブ組織を使って、トルコ大使館を襲撃させたということだ。
どこまで本当なのか分からないが、一考の余地はあろう。こうなってくると、もう一国で起こる現象を、一国だけ見ていて分かる時代ではないということだ。エジプトの場合もそうであり、シナイで起こっているテロは、その典型であろう。
Posted by 佐々木 良昭 at 00:09 | この記事のURL
NO・2902『シリア軍とFSA(シリア自由軍)が対話』 [2013年07月29日(Mon)]
アレッポでシリア軍とFSA(シリア自由軍)の兵士が、話し合いを行ったようだ。内容については、あまり詳しく書かれていないが、どうやら事実であろう。双方は同じシリア人であることを強調するとともに、これ以上の破壊を望まない、というようなことを話し合っている。
シリア軍とFSA(シリア自由軍)との間で、話し合いがもたれるようになったのには、幾つかの理由があろう。それらの理由は次のようなものではないか。

:シリアの内戦が2年以上を経過してなお、勝敗が不明な状態にある。
:シリアの内戦には、米、ロ、中、イランなど、多くの国々が関与しているために、シリア人だけでの和平の話が進まない。
:シリア内戦には、世界中から戦闘員が参加している。アフガニスタン、パレスチナ、チュニジア、リビア、ウイグル、チェチェン、ヨーロッパ人などだ。このため戦闘は誰のためであり、何が目的か不明確になっている。
:戦闘に参加している者の中には、殺害だけを目的としているヨーロッパの戦闘員も少なくない。
:外人部隊はシリアの歴史的遺跡の破壊を、何とも思っていない。
:シリアのクルド人は彼らの自由地域設置を、模索し始めている。

シリア軍とFSA(自由シリア軍)が話し合いを始めたのには、アメリカのシリア内戦に対する、立場の変化もあるかもしれない。アメリカは最近になって、シリア内戦への直接的な関与を望まない、という反対意見が多くなってきている。
したがって、シリアの両派はしかるべき妥協点を、見出す必要が出てきているのかもしれない。
もし、この動きが本格的なものになれば、エジプトの第二革命同様に、中東地域の紛争諸国に、しかるべき影響を与えていくのではないか、という期待が持てる。大衆は混乱と殺戮に大分まいってきているのであろう。
Posted by 佐々木 良昭 at 15:18 | この記事のURL
NO・2901『アラブの連鎖。エジプトからチュニジアへ』 [2013年07月28日(Sun)]
   
 チュニジアの反体制派リーダーである、ムハンマド・ブラヒミ氏(58歳)が暗殺されるという事件が、7月25日に首都チュニスで起こった。しかも、彼の暗殺は妻と末娘の見ている前で起こっただけに、ショックは大きかったであろう。
 ムハンマド・ブラヒミ氏はチュニジア憲法委員会のメンバーであり、ナハダ党政権に対して、厳しい見方をしていた。彼は暗殺時に、11発の弾丸を浴びせられていた、ということだ。
 反体制派の人たちに言わせると、今回のムハンマド・ブラヒミ氏の暗殺は、信じがたい悲劇ということになる。それはそうであろう、彼の前にも反政府派のリーダーが暗殺されているのだ。
 ショクリ・ビルイード氏がその人であり、彼は左翼の運動家だった。彼の暗殺はチュニジアの各労働組織に、怒りを生み出し、多くの労働団体がストライキに入っている。そのなかには公共交通組合、公務員組合、商業組合なども含まれている。
 何故いまチュニジアで、全国規模の反政府運動が、燃え上がっているのであろうか。それは、エジプトの例とあまり違わないのではないか。チュニジアの場合も革命を起こしたのは世俗派だったが、組織の結束力に勝るナハダ党が、結果的に権力を掌握し、世俗派を押さえ込むことになった。
 しかし、経済問題、失業問題は全く改善しなかった。その逆に、イスラム的な厳格さだけがチュニジア国内で、広がって行ったのだ。ナハダ党よりも厳格なイスラム原理主義の組織は、大学や公共の場でイスラム的(?)服装を要求したり、表現や芸術の自由を妨害したりもした。
 今回、チュニジアで反政府の運動が再燃したのは、反体制派の闘士が暗殺されたことに合わせ、エジプトでの第二革命の動きが、あったからであろう。アラブ世界では同一言語であることから、アラブの他の国で起こっていることが、言葉の壁は無く、テレビやラジオ、新聞雑誌を通じて伝わるのだ。
 チュニジア政府は今後どう対応するのであろうか。力による弾圧か、話し合いによる平和的な解決か。
Posted by 佐々木 良昭 at 14:06 | この記事のURL
NO・2900 『アラブの春第二革命が広がるか・安易な道は軍の支配だが』 [2013年07月27日(Sat)]
  
 エジプトで今起こっている騒乱は、第二革命だと判断したい。確かに軍がモルシー政権に、引導を渡したのではあるが、その裏にはムスリム同胞団側と、世俗派側との大規模衝突による、大量の死傷者が出る事態が、誰にも想定できたからだ。
 軍も何もない中では、ムスリム同胞団政権に対し、引導を渡すことは出来なかったろう。いわば、軍は出動の口実を待っていたし、それに世俗派の動きが、合致した形になったのであろう。
 問題は、ここ当分の間続くであろう混乱のなかで、国民の多数派が軍にもっと強硬な対応を、求めるようになるのではないかということだ。それは、十分にありうる話であろう。すでに、エジプト国民の一部からは、ナセル時代(軍による統治)のような統治を求める声が、聞こえて出しているのだ。
 そうした雰囲気が広がっていけば、軍の側でも権力を掌握したい、という願望が広がろう。シーシ国防大臣は今回の大規模デモを呼びかけ、国民に軍に対する権限拡大支持を求めたが、結果はまさに彼が考えたとおりに推移している。多分、彼の心のなかには、自分が大統領に就任する、ということもあるのではないのか
 それが現在のような事態収拾には、唯一の方法なのかもしれない。これだけ国民の間に、幾つものグループが誕生し、自分たちこそが国民の代表だ、と考えているようでは、統一して今後のエジプトを立て直していく、ということはほぼ無理に近いからだ。ムスリム同胞団ですら、今では幾つものグループに、分裂しているのだ。しかし、軍の台頭と権力の掌握を国民が望む事は、革命を逆戻りさせることでもあろう。
 アラブの春革命が最初に起こったチュニジアでも、イスラム組織であるナハダ党政権が誕生したが、そのイスラム色の強さに、国民の多くが反発し始めている。それに対しナハダ党政権は、力による対応をしているようだ。これまで二人の反政府側代表が暗殺され、さすがにチュニジア国民は二人目暗殺後に、反政府運動に本格的に立ち上がりそう、な雰囲気になっている。
 つまりアラブの春革命が起こった国々では、第二革命が起こりつつある、ということのようだ。その先に見えて来るのは、軍による統治なのか、血の滲むような努力による民主体制なのか、多分に軍の台頭の確率の方が、高いと思えるのだが。
Posted by 佐々木 良昭 at 12:01 | この記事のURL
NO・2899『少しずつ変わり始めたトルコのエジプト対応』 [2013年07月26日(Fri)]
トルコのエジプトに対する対応に、変化が生まれ始めているようだ。軍がムスリム同胞団を打倒した段階では、「エジプト軍がやったことはクーデターであり、非民主的行為で許せない』という厳しい非難をしていた。
加えて、エジプトの臨時副大統領に就任したエルバラダイ氏が、トルコのエルドアン首相に面会を求めると、即座に断りもしていた。しかし、時間の経過と共に、トルコ側はエジプトの新政府に対する考え方を、変え始めているようだ。
エジプトの戦争記念日に、トルコのギュル大統領は祝意の書簡を、アドリー・マンスール臨時大統領に対して送っている。これは明らかな関係修復のサインだと思うし、多くの専門家もそう見ているようだ。
何がトルコにエジプトとの関係修復を、こうも急がせたのであろうか。考えられることは二つだ。
:一つはシリア情勢の判断によろう。シリア国内では反体制派が、次第に過激な行動をとり、国内外で不評を買うようになっている。例えば、化学兵器の使用,死者の内臓を食べる、クリスチャンの首を切り落とす、政府軍兵士を土下座させて撃ち殺す、といった行為だ。
:第二に派湾岸諸国とエジプトとの関係改善であろう。サウジアラビアやアラブ首長国連邦そしてクウエイトは、エジプトの新政府との関係修復を急ぎ、巨額の経済支援を決定している。
シリアについては、トルコもさすがにここにきて、支援一辺倒ではまずい、と考え始めているようだ。現在では反シリア勢力が、幾つものグループに割れているし、反政府勢力間での、戦闘も起こっている。
その結果、シリアのクルド勢力がイラクのクルドや、トルコのPKK との連携強化に動いていることも、問題化してきているのだ。このままシリア・クルドの動きを放置しておけば、確実に北シリアには彼らの自治区が誕生し、それはトルコのPKKのシェルターになっていく、可能性が強いだろう。
以前から懸念してきたように、シリアのクルド、イラクのクルドそしてトルコのPKKが連携ひとつの組織にでもなっていけば、それはトルコにとって極めて危険な存在になろう。トルコの南東部には、主にクルド人が居住しているだけに、自治を叫ばれたのでは、止めようがなくなるかもしれない。
トルコはシリアとの関係を、修復しなければならなくなる可能性が、出てきているということだ。その場合、エジプトの存在感は大きいだろう。述べるまでもなく、これまでトルコと共に反シリア側を支援していた、サウジアラビアは戦列から抜け始めている。潮流は変わっているということではないか。
Posted by 佐々木 良昭 at 15:35 | この記事のURL
新本のお知らせ [2013年07月26日(Fri)]
各位
7月19日から書店に並びました。
ビジネス本であり人付き合いの本でもあります。宣伝願います。

イスラム圏でビジネスを成功させる47の流儀
佐々木良昭/著

- B6判240ページ
- 20130719発売
- 定価 1470円(税込)
Posted by 佐々木 良昭 at 14:50 | この記事のURL
NO・2898 『どんどん出てくるムスリム同胞団非難情報』 [2013年07月24日(Wed)]
  
 ムスリム同胞団の政権が打倒されて、すでに20日以上の時間が経過したが、この段階になって、あちこちからムスリム同胞団に関する、非難の情報が飛び出してきている。
権力の座を離れるということが、そういうことなのかと思うのと同時に、反ムスリム同胞団の人たちが、どうやら新しい世俗派の政権が、今後長期間続くという判断を、下したからではないのか。
ムスリム同胞団に関する悪い噂としては(うわさではなく事実として報道されている)。ムスリム同胞団内部に亀裂が生じている。ムスリム同胞団のトップであるムハンマド・バデーウ師の、リーダーとしての資質を問う若者が、増えてきているというのだ。
すでに、670人のメンバーがムスリム同胞団からの離脱を決めたが、なかにはムスリム同胞団から拷問を受けた人たちもいる、と報告されている。鞭打ちの刑や生爪をはがす刑のようだ。
モルシー前大統領についても、彼は幾つもの罪を犯していたと報じられた。その第一は刑務所からの脱獄であり、次は外国に情報を流していたというスパイ行為だ。この場合の外国とは、イスラエルとアメリカを、指しているということであろう。
これらに加え、現在シナイ半島は危険な状態になっているが、そもそもシナイ半島が危険になったのは、モルシー氏が大統領の地位にあったときに、多くのテロリストを恩赦で刑務所から出し、シナイに潜伏することを許したからだ、ということだ。
 このモルシー氏の犯行はアメリカも承知していたのだが、軍がそれを事前に察知し、対応を始めていたので大事には、至っていないということだ。なにやら軍に対する高い評価、という気がしないでもない。

 これらの情報が、何処まで本当か分からないが、根も葉もない嘘だ、とも言い切れまい。その真実の度合いは、時間の経過が結論を出してくれよう。私の感じるところでは、8割がた事実ではないかと思えるのだが。
Posted by 佐々木 良昭 at 22:33 | この記事のURL
NO・2897『ちょっと話題を変えてエジプト以外』 [2013年07月24日(Wed)]
エジプトの国内混乱はいまだに続いている。ムスリム同胞団という組織がどんなものであるのかが、だんだん一般の人たちにも、明らかになってきている。つまり、国際組織であり国家感の無い、イスラム原理組織だということだ。
したがって、彼らの目的のためには、エジプトという国家を犠牲にしてもかまわない、ということであったのかもしれない。モルシー政権時代には、多くの受刑者が恩赦で逃れ、シナイ半島に隠れることになったが、今になってそれがエジプトにとって、大問題になりつつある。
エジプトばかりではなく、チュニジアでもムスリム同胞団と非常に近い関係にある、ナハダ党が政権を取ったが、エジプトの影響を受けチュニジアでも、その政権に反発する世俗派の動きが出てきている。つまり、チュニジア版のタマロド運動(反抗運動)が始まったのだ。
シリアの内戦にも影響を与えて、アサド政権が以前に比べて、優位に立ち始めているが、だからと言ってシリア内部が、安定してきているわけではない。イスラム原理主義組織ヌスラと、シリア・クルドの戦いが活発化してきている。
加えて、シリア・クルド組織が解放区を、トルコとの国境地域に確保しつつあることから、トルコ軍がシリア領内に侵攻し、戦闘を展開する危険も出てきている。トルコにとってはシリア・クルドとPKKの連帯が、生まれる危険性があることから、放置できないのだ。
イラクでも再度派閥争いが激化してきているが、その裏でアルカーイダの活動が、活発になってきている。先日起こった刑務所襲撃事件と、脱獄はまさにその典型であろう。ここでも国家の力が、弱まっているのだ。
パレスチナではエジプトのムスリム同胞団政権が、打倒されたことにより、ガザのハマース(ムスリム同胞団組織の別働隊)の力が弱まっている。それと反対に、ファタハの力が弱まっているかというと、そうでもないようだ。
それはアメリカがファタハ(パレスチナ自治政府)に対し、イスラエルとの妥協の和平交渉を進めろ、と強く要求しているからだ。下手な妥協を示せば、ファタハはパレスチナ住民から完全に失望されてしまおう。
エジプトはやはりアラブの大国だったのだろう。これだけアラブ各国にエジプトの変化が、影響を及ぼしているのだから。
そのエジプトがムスリム同胞団打倒後、何年あるいは何カ月かけて、安定を取り戻せるのかは、外国からの援助と、エジプトの政治リーダーたちの、裁量にかかっていよう。それが早期に達成されることを望む。
Posted by 佐々木 良昭 at 13:03 | この記事のURL
NO・2896『モルシー支持は少数派になったエジプト』 [2013年07月23日(Tue)]
2011年にエジプトで起こった第一革命後に誕生した、ムスリム同胞団のモルシー政権に対する支持は、極めて低くなっていることが、世論調査の結果で明らかになった。
その割合は次のようなものだった、
:強く反対―10パーセント
:反対―61パーセント
:強く賛成―14パーアセント
:賛成―6パーセント
:分からない―9パーセント
つまり、ムスリム同胞団のモルシー政権に反対する人の割合が、71パーセントにも上り、賛成派は20パーセントでしかなかった、ということだ。都市部の住民の多くが、反モルシーに回り、地方居住者の多くが、モルシー支持ということも言える、
都市部では、17パーセントの住民がモルシー支持であり、77パーセントが反対に回っている。地方では21パーセントが支持で、67パーセントが反対している、という結果が出た。
モルシー氏に対する男性の反対意見は78パーセントで、女性の反モルシー派は65パーセントに上った。
年齢別で言うと、18~19歳の若者のモルシー支持は24パーセント、50歳代以上では14パーセントとなった。若者の間で支持が高いのは、やはり純粋さからであろう。他方、年配者が意外に少ないのは、良きにつけ悪しきにつけ、世の常識を備えているからであろうか。
いずれにしろ、これから当分の間、ムスリム同胞団がエジプトの政治の中枢に戻ることは、無いのではないか。チュニジアでもイスラム原理主義のナハダ党政権に対する、タマッロド(反抗運動)が始まっている。
しかし、社会の出来事は常にブランコであろうから、やがてまたイスラム原理主義が政治の中心に、出てくることはあろう。それがあまり速くないことを祈る。その理由は短期間で体制が変わるようでは、一国の成長の可能性が、低くならざるを得ないからだ。
もちろん、多くの識者はもう少しムスリム同胞団に、政治を任せてみてもよかったのではないか、と思うだろうが、それは後付けであって、現状を変えるものではなかろう。
Posted by 佐々木 良昭 at 15:48 | この記事のURL
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