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NO・2356『新疆ウイグルのムスリムが反シリア政府側で戦闘参加』 [2012年10月31日(Wed)]

 北京発のニュースで、アレッと思うニュースがあった。それは中国領土になっている、新彊ウイグル地区のムスリムが、シリアでアルカーイダと共に、反政府側に立ち、政府軍と戦闘を展開しているということだ。
この戦闘に参加している新疆ウイグル地区のムスリムは、東トルキスタン・イスラム運動や、トルキスタン教育連帯協会のメンバーで、二つの組織はトルコ国内に拠点を、持っているということのようだ。
東トルキスタン・イスラム運動は、日本でも一部の人たちの間で知られており、細々ではあるが支援も、受けているようだ。彼らは日本では、小規模な宣伝活動をしているに過ぎないが、トルコではもう少し支援が、寄せられているのであろう。
トルコ人にとっては新疆ウイグルのムスリムは、同じトルコ系民族という認識があり、トルコ国民にとってウイグル問題は、放置できないトルコ民族の問題の、一つになっている。
今年トルコのエルドアン首相が訪中した折には、北京に入る前に、新彊に立ち寄っているほどだ。もちろん、このエルドアン首相の行動は、中国政府にとっては、あまり気分のいいものではなかったろう。
このニュースで気にかかるのは、新彊ウイグルの出身者たちの組織である、東トルキスタン・イスラム運動や、トルキスタン教育連帯協会のメンバーが、アルカーイダと共に、戦闘に参加しているという点だ。
もし、このニュースが事実であるとすれば、今後、ウイグルの運動が平和的なデモではなく、武力闘争に変革していく、ということではないのか、ということが懸念される。
そうなれば、中国政府はいままでにも増して、新疆ウイグル地区のムスリムに対し、強硬な対応を採っていくことになろう。
誰が新疆ウイグルのムスリムを、シリアの戦場に引き込んだのかについて、考える必要がある、ということではないか。
Posted by 佐々木 良昭 at 22:21 | この記事のURL
NO・2355 『出るも地獄残るも地獄のシリア』 [2012年10月30日(Tue)]
 イスラム教の大祭であるイード・ル・アドハー(犠牲祭)を機に、シリア政府と反政府派に対して、国連が派遣したシリア問題仲介責任者、アルジェリアのブラヒム氏が双方に対する、犠牲祭のための停戦を提案した。
しかし、実際には停戦どころか、それ以上の犠牲者が出てしまっている。それは無理からぬことであろう。実を言うと、現在シリア国内で展開されている戦闘は、シリアの反政府派対シリア政府の戦闘では無く、外人部隊とシリア軍との、戦闘になっているのだ。
シリアの反政府派FSA(自由シリア軍)は形ばかりであって、彼らには何の主導的な力も、無いのではないか。だからこそ、シリア国内では信じられないような破壊と、殺りくが続いているのだ。
世界遺産にもなりうる歴史的な建造物が、何の価値もおかれずに破壊され、、虐殺としか言いようのない殺戮が、行われているのはそのためであろう。
この犠牲祭の最中に、シリアの首都ダマスカスでは、車爆弾のテロが何度か起こっているし、そのうちの幾つかは、特攻テロだったのではないかと思われる。シリア人が今まで採ってこなかった作戦ではないか。
シリアの各都市の家屋ビルは次々と破壊されている。インフラもずたずたで、水や電気にも事欠く始末だ。
これではシリア国内に留まっても、住むべき家が無い。破壊されたビルの一部に潜り込むか、テントを張って雨や暑い太陽から、体をしのぐしかあるまい。
同様に周辺のトルコやヨルダン、そしてイラクに逃れた難民たちも、この夏極めて劣悪な環境で暮らしてきた。難民受け入れ国の、シリア難民に対する配慮はあるものの、決して十分ではなかったろう。
難民受け入れ国は難民に対する援助を、ほとんど自国の資金で、行わなければ、ならなかったからだ。
これからシリア国内のとどまった人たちも、トルコやヨルダン、イラクに難民として逃れた人たちも、寒い冬を迎えることになる。彼らの暖房はどうなるのか、彼らの食料はどうなるのか、彼らの健康はどう維持されるのか。
世界の関心は戦闘シーンであり、シリア国民がどれだけむごい殺され方をするのかに、向かっているのではないのか。外国のシリアに関する報道の受け止め方は、ほとんど真面目なものではなくなりつつある。
先例のイラクで起こっている、爆弾テロや殺戮について、世界は既に飽き飽きしたのか、ほとんど関心を無くしている。しかし、そこには現実が、厳然として存在するのだ。
Posted by 佐々木 良昭 at 15:57 | この記事のURL
NO・2354『トルコ与党AKPの内紛と今後』 [2012年10月29日(Mon)]
 トルコの景気は順調だという話は、既にご報告した通りだ。トルコ人が楽観的だということもあるが、大筋ではその通りであろう。問題は、トルコをリードする、与党AKP内部はどうなっているかということだ。
中東地域のスーパー・スターになったエルドアン首相は、その地位に満足せず、アメリカの大統領のような実権を持った大統領になりたい、と考え始めている。そのためには、憲法を改正しなければならないが、与党内部では憲法改正に、反対の意見が少なくない。
トルコ国民の間でも、大統領が全ての権限を持つのは、トルコの民主主義の将来にとって、危険だという考えもあり、反対者が少なくないようだ。
そこで、誰がエルドアン首相に憲法改正と、大統領就任を控えるように、助言できるかということになる。
最近、エルドアン首相はトルコのイスラム主義組織のリーダーに、電話で相談を持ちかけたという、情報が伝わってきた。もちろん、その電話会談の内容は表面的には、一般的話題であったということになっているが、実は相当混み入った話をしたのではないか、とい憶測が流れている。
それは、エルドアン首相とこの組織のリーダーとの電話会談が、30分にも及んだからだ。つまり、組織のリーダーの助言を、エルドアン首相がある程度受け入れたのではないか、ということのようだ。
組織のリーダーは憲法改正を断念させるように、説得したのではないかといわれている。同時に、エルドアン首相に対し、一定の立場を保証する内容の話を、このイスラム組織のリーダーが、したのではないかと言われている。
トルコはいま経済の順調な動きとは裏腹に、イラン、イラク、シリアとの間で問題を抱えているし、アルメニアやギリシャとの間にも、古くて長い問題が、横たわり続けてきている。
エルドアン首相の負けん気の強気な外交政策は、何時これらの国々との間で、軍事衝突を起こすか分からない。それは、一瞬にしてトルコの国際的な信用と、経済の発展を潰してしまおう。
それだけにイスラム主義組織のリーダーの、エルドアン首相に対する説得の結果が待ち遠しい。
Posted by 佐々木 良昭 at 15:47 | この記事のURL
NO・2353『トルクメニスタン会議と大統領の命名』 [2012年10月28日(Sun)]
 トルクメニスタン政府が大開発をしているのが、トルクメニスタンの北西部に位置する、カスピ海沿岸の観光リゾート都市アワザ市だ。そこで世界中に散らばる、トルクメニスタン人を集めた、会議が開催された。この会議には国内外のトルクメニスタンの学者、官僚、学生、ビジネスマンなど、およそ500人弱が参加した。
私も発言者の一人だと知らされていたが、会場に入ってみてびっくりさせられた。それは壇上に上がった発表者の8人のうち、私一人だけが外国人だったからだ。壇上には新旧閣僚3人も上がっていたので、実質発表者は私を含めて、5人だったのだ。
私は短いスピーチをしたが、案外受けが良かったようだ。後で知ったのだが、私の声が聞きにくいと言って、会議場のエアコンのスイッチを、切らせていたということだ。
私のスピーチの受けが良かったのには、二つ理由があると自分で考えている。第一には、は他の発表者とは違って、自由主義社会の人間たちの発言は、一定のパターンに従っていないという点だ。旧共産主義社会の人たちは、どうしても似通った、政府と権力者礼さんの話しかせず、聞いている方はまたか、という印象を持つ。その点私の話には、新味があったということであろう。
第二には、以外だったのだが私の声が魅力的だというのだ。それは本当だったのかどうか、未だに真実は分からないままだ。
私の話の趣旨は、『日本とトルクメニスタンは、ウラル・アルタイ人種で共通だということ、日本には500年1000年続く会社が多数存在し、それらの会社は創業当初の製品を、今でも造っているか造る能力を維持している。そのことは、企業が問題に直面したときに役立つ。
トルクメニスタンにも素晴らしい、アハルテケという馬や絨毯があるが、これらは長い時間をかけて、工夫努力してきた結果の産物だ。従って、トルクメニスタンも工業化することは夢ではない。』といった内容だった。
トルクメニスタン政府が遠い日本から私を呼んで、トルクメニスタン人だけの会議に参加させたということは、同国が日本に期待を寄せている、ということの証明であろう。
トルクメニスタン大統領は私に対し『貴方は日本人らしくない、今日からセヘト(祝福される日、神聖な日といった意味らしい)と呼ぶよ。』と言ってくれた。私の苗字の佐々木はササキでありトルクメニスタン語にはササグというのがある。これは燃やしても、煙が目に染みない木だそうで、貴重がられている。
大統領は親しみを込めて、私にセヘト・ササグと命名してくれたのだ。それに何処まで応えられるかが、問われているということであろう。
Posted by 佐々木 良昭 at 22:25 | この記事のURL
NO・2352『トルクメニスタン大統領との会談』 [2012年10月28日(Sun)]
トルコに出張中、トルクメニスタン大統領とお会いする機会を得た。約30分の会談の中で、彼の考え方が大幅に変化していることが分かったので、簡単のご紹介しておく。
トルクメニスタン大統領は会談のなかで、『ガス資源を自分の代で、枯渇させるわけには行かない。もし、そういうことになれば、自分は後世の人たちから、資源を無駄使いした、と非難されることになるだろう。』というのだ。そこで何とか産業立国を、進めたいというご意見だった。
これに対し、私は産業立国はそう難しいことではない。韓国や中国が産業国家になったのは、つい2〜30年前からの話であり、それ以前はもっと単純なものしか、生産していなかった。
中国や韓国が40年程前に輸出していたのは、繊維製品だったが、貴国でもいま繊維製品を輸出している。繊維の機械を動かすことは結構難しい、それがトルクメニスタン国民に、出来ているということは、産業国家になる基礎的な力が、あるということだ。
問題は政府が決断して、外国の企業を誘致するか否かだ。中国や韓国の場合は、外国企業が工場施設を持ち込み、部品を持ち込んで組み立て、生産することを最初に進めた。次いで、自国が部品の一部を作るようになり、現在に至っている。
トルクメニスタン政府が業種と企業を選択して、取り掛かればいい。ただしその場合、どのような特典を、外国企業に与えるかであろう。例えば、その製品は外国から輸入せず、自国生産品だけを国内市場に、流通させるということだと言った。
これに対し、トルクメニスタン大統領は、『それでは最終的に品質が落ちる可能性がある。自由競争を守ることが、必要だろう。』と語っていた。
確かにその通りであろう。大統領は就任以来7〜8年経過しているが、その間に総合的なものの考え方を、身につけたのであろう。
日本企業のなかで、トルクメニスタンで自社製品を組み立ててみよう、と思う会社があれば、ご連絡いただきたい。橋渡しの役割は果たしたいと思う。
Posted by 佐々木 良昭 at 10:59 | この記事のURL
NO・2351『トルコの経済状況と国民の意識』 [2012年10月28日(Sun)]

欧州諸国の経済悪化のなかで、トルコだけが活況を呈し続けてきている。それが何時まで続くのかが、一番の関心事であろう。経済の活性化が続くのであれば、自然と政治的安定も、期待できるからだ。
今回のトルコ訪問で、感じたままを報告する。イスタンブール市は相変わらずの交通渋滞で、出勤時退勤時には自家用車で移動する、ビジネスマンが多いために、道路は異常に混雑する。従って渋滞は当たり前になっている。
道路が混んでいなけれ、30分で移動できる距離でも、1時間や2時間を越えることは珍しくない。従って、朝は早めの出勤になるし、帰りは自宅までゆっくりドライブ、ということであろう。
そのこともあってか、イスタンブール市内のレストランは混んでいる。夕食を外で済ませて、帰宅するビジネスマンが多いのであろう。
市内は高級レストランほど、混んでいる感じがした。日本で言うラーメン屋のようなレストランは、それに対し空き席が目立っていた。トルコ人の見栄っ張りもあってのことだろうが、基本的に景気がいいということであろう。
トルコはいまインフレが昂じてきているが、10年以前のようなハイパー・インフレではないため、国民は動揺していないようだ。インフレ以上に景気がいいことの方が、気になっているのであろう。
一時期気になっていた、ヨーロッパ諸国による締め付けは、いまだに起こっていない。というよりも、ヨーロッパの金持ちたちは、トルコへの投資を、利益を得る唯一の場所、と考えているのではないか。
輸出額にもそう大きな変化は無いようだし、中東諸国のトルコに対する、期待感と依存感はいまだに強い。
トルコ国民、なかでも経営者たちは一様に強気だ。彼らの市場は中東、中央アジア、ロシア、アフリカといった国々であり、欧米に偏重していないため、欧米の景気低迷のダメージを、直接受けることは無いようだ。
トルコの民間企業団が主催し、政府がバックアップしてきた、TUSKON 会議(貿易促進のためのバイヤーを招待して行う会議と見本市)は今でも続いており、中東、中央アジア、アフリカ諸国のバイヤーを増やしている。特に軽工業品や繊維製品の市場として、これらの国々に対する期待は、大きいようだ。
人口構成、近い市場、近隣諸国からのトルコへの投資意欲、そうしたものがここ当分の間、トルコの経済を下支えし続ける、と判断していいのではないか。
Posted by 佐々木 良昭 at 00:05 | この記事のURL
帰国報告 [2012年10月26日(Fri)]

10月26日当初の予定よりも2日早く帰国しました。
トルコの内情を友人たちから聞き、トルクメニスタンでは国際会議に参加し、大統領とも25分ほど話し合ってきました。
極めて有意義な出張だったと自負しています。
Posted by 佐々木 良昭 at 17:37 | この記事のURL
海外出張のお知らせ [2012年10月16日(Tue)]
10月17日から28日まで中東に出張をしてきます.
中東各国はハチの巣をつついたような状態です。
今後どの方向に向かっていくのかを、少しでも分ればと思って出かけます。
その期間は中東Todayを休みます。
Posted by 佐々木 良昭 at 17:31 | この記事のURL
NO・2350『リビア新首相アリー・ゼイダーンという人物』 [2012年10月16日(Tue)]
 
リビアの議会が多数決で、アリー・ゼイダーン氏が新首相に選出した。しかし、彼は臨時の首相ということのようなので、何時までその職に留まるかは分からない。
このアリー・ゼイダーン氏を首相に推したのは、ムスリム同胞団と関係のある公正建設党という政党だ。
新首相に選出されたアリー・ゼイダーン氏は、これから2週間の間に、組閣作業を行わなければならない。しかし、それは至難の業ではないか。彼の前任者のシャグール首相は、結果的に辞任に追い込まれているし、シャグール政府で内相を務めていた人物は、途中で職を投げ出しそうになったのを、かろうじてその職に留められていた。
さて、このアリー・ゼイダーン氏なる人物は、どのような人なのであろうか。一般的には(少なくとも私は彼の存在を知らなかった)、あまり知られていなかったのではないかと思われる。
それは、彼がカダフィ時代に外交官職にあったものを、体制批判の立場から外交官職を捨て亡命して、反体制活動をしていたからだ。もちろん、リビア人の間では、ある程度知られていたのかもしれない。
リビア人の評価ではアリー・ゼイダーン氏は穏健な人物のようだ。しかし、彼の内面は極めて強固(強い意志)なもののようだ。
アリー・ゼイダーン氏はフランスのサルコジ大統領と、関係が深い人物のようで、リビア革命後はEU側の国家再建の、役割の一端を担った一人のようだ。
リビア国内はいまだに多くの武器が、部族や家族、政党の間に拡散しており、ほんの小さな火花が、簡単に武力衝突を生み出す、危険な状況にある。その危険を段階的に和らげて行き、リビア社会を安定させることが出来るのだろうか。
正直に言わせていただけば、彼を支える組織がムスリム同胞団だとは言え、それは極めて実現性の低い、話ではないかと思われる。つまり、アリー・ゼイダーン新首相は、相当な困難を抱えて、国家の運営をスタートする、ということであろう。
Posted by 佐々木 良昭 at 14:39 | この記事のURL
NO・2349『シリアのアレッポを守れ』 [2012年10月15日(Mon)]
 シリアで戦闘が始まって、既に1年半以上の時間が過ぎ去っている。その間に、シリアの文化遺産が次々に、破壊されてきている。それは単にシリア国民だけではなく、世界人類の遺産なのだ。
シリアは古くはヒッタイトの時代から始まり、イスラム時代にはウマイヤ朝の首都があったところであり、同時にギリシャやローマの遺跡も沢山ある。そして十字軍の侵攻で、アラブとヨーロッパの血が、混じった国でもある。
シリアは結果的に、ヨーロッパ人のような黄毛碧眼の美人が多数いるし、ハンサムな青年も少なくない。
シリアは以前、食糧自給ができる、数少ないアラブの国として、知られていたし、多くの歴史的遺産があることから、観光でも十分な収入が、見込まれる国なのだ。シリアの職人の造る伝統工芸品は、日本人旅行者も引き付けることが出来る、魅力的なものが少なくない。
シリアで始まった革命という名の内戦は、こうしたシリアが持っていた、貴重な歴史的財産を、次々に破壊してしまっている。アレッポの街はシルクロードの末端とも言われ、アラブの隊商貿易の一大拠点とも言われた街なのだ。
シリアのアレッポの街には、長い回廊があり、その両脇には何百という数の店舗が並んでおり、店舗に並ぶ数々の商品は、旅人の目を楽しません、引き付けていたのだ。そのため街は活況を呈していた。
そのアレッポの街が内戦で焼かれ、あちこちが砲弾で崩され、壁は銃弾で穴だらけになってしまった。もちろん多くの熟練工たちも、内戦の犠牲になっているであろう。
このアレッポを再建するには、相当の時間と熱意を要するのではないか、と思われるし、それが可能になるのは、シリア政府の努力と国際支援、そして住民の熱意がなければ、かなわないことであろう。
アレッポの街ばかりではなく、先週の土曜日にはアレッポのモスク(イスラム教の寺院)も破壊されてしまった。このモスクはウマイヤの12世紀に、建てられたものであり、歴史的にも宗教的にも、きわめて価値の高いものだ。
反体制派は、このウマイヤ・モスクの破壊は、政府軍の攻撃による、と政府を非難しているが、そこに立てこもっていたのは反政府側であり、どちら側にも責任があろう。
これらの建造物の一つのシタデルや、アレッポのスーク(市場)などは、UNESCOが世界遺産として、認めているものだ。もちろんUNESCOは、何とかアレッポでの戦闘を止め、歴史遺産を守りたいと考え行動している。そこで、日本はシリアの現状に対して、何もしなくていいのだろうか。
Posted by 佐々木 良昭 at 16:00 | この記事のURL
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