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NO・2181「クルド人空爆殺トルコの過失責任と同情」 [2011年12月30日(Fri)]

 年末のぎりぎりの段階で、トルコは二つの苦しみに板ばさみにあっている。一つはアルメニア問題で、フランス議会がアルメニア問題を否定する者に対し、厳罰に処することを決定したことだ。
 トルコはこの問題で、フランスの歴史的犯罪を取り上げ反論し、誰にも歴史的過失はあるとしたのは、お見事といっていいだろう。それは日本にも中国にも韓国にも、当てはまることではないか。
 第二の問題は反論の余地の無いものだった。クルド人がイラク北部から、密輸を目的に、トルコ領に侵入したのを、トルコ軍はPKK(クルド労働党)のゲリラと勘違いして空爆し、36人を殺害した出来事だった。
 侵入者の発見はいいのだが、それが密輸を目的とする人たちなのか、PKKのゲリラなのかまでは、見分けがつかなかったようだ。夜のことでありしかも、無人機の送る情報に基づいての空爆だったようだ。
 この場合、トルコ側には密輸業者を殺害する意図は、全く無かったのではないか。しかし、犠牲者が出たことは事実であり、弁明の余地は無かろう。トルコ政府はこの間違いをただちに認め、責任の所在を確認している。
 写真で見るところ、空爆現場には相当数のクルド人が集まっているが、これはどうしたことなのだろうか。一見不法侵入者たちは密輸だけではなく、イラクからトルコ側に亡命することを、目的としていたのではないかとさえも、考えたくなる数なのだ。しかも、犠牲者のなかには少年も、多数含まれていたようだ。
 彼らはイラク側から石油やタバコなどをトルコ側に密輸し、トルコ側からは砂糖お茶などを買っていたようだ。問題はこの密輸業者とPKKとの関係があることだ。つまり、イラクのクルド人密輸業者は一般人ではあるが、PKKの支援者でもあるということだ。
 いずれにしろこの出来事は、今後に影響を与えるものと思われる。PKKは報復を叫び、その成果が上がればクルド人は感情的に、そのPKKの成果を賞賛することになろう。
 こうした出来事の根本に横たわっているのは、貧困であり差別であり、憎しみであろう。それが際限も無く続くことの無いようにするには、トルコとクルド双方の歩み寄りが必要であろう。
 誰がどう悪いかということはそれぞれに言い分があろう。相手を責めるのではなく、双方が分かり合える環境を作ることが優先されよう。その意味ではトルコ政府が今回の失敗を、いち早く認めたことは正しい対応であったろう。
Posted by 佐々木 良昭 at 16:38 | この記事のURL
NO・2180「ヨルダン政府はムスリム同胞団締め付けに動くのか」 [2011年12月29日(Thu)]
 ヨルダン政府は慈善団体ICS(イスラム慈善団体)のメンバーを増やし、特定の団体が牛耳ることを避ける、動きが始まっている。この動きは、いままでこのイスラム慈善団体を牛耳ってきた、ムスリム同胞団を団体の中枢から、締め出すことが、目的ではないかと思われる。
 イスラム慈善団体は各地で活動をしており、その結果として、地域住民をひきつけ、支持者にする効果を持っている。つまり、イスラム慈善団体を牛耳ることは、社会的影響力をその組織が、手に入れるということだ。
なかでも都市部の貧困層は、この慈善団体の援助に依存していることから、主導権を握っている組織への、支持が強まるのは当然であろう。最近このイスラム慈善団体の議長に、アブドルラテイーフ・アルアラビーヤ氏が、政府によって指名されたようだが、彼はムスリム同胞団のメンバーではない。
 このイスラム慈善団体の、構成委員数が増加したことで、ムスリム同胞団は主導権を、握れなくなるだろうとみられている。この新しいヨルダン政府の方針に対し、ムスリム同胞団は対抗策を、取れない状態にあるようだ。
 イスラム慈善団体の構成委員数が増えたことで、ヨルダン政府はこの組織を、動かしやすくなったということだ。
 ヨルダン政府がこうした動きに出たのは、ヨルダンの反政府運動が、ムスリム同胞団の主導で、動き出したことに起因しよう。これまでは世俗派、イスラム団体など、各種の組織が横並びになっていたが、そのなかで一定の盛り上がりを見せた運動に対し、ムスリム同胞団が明確に主導する姿勢を、示すようになっていたからだ。
 チュニジアでもムスリム同胞団に関係する、ナハダ党が主導権を握り、エジプトでもムスリム同胞団が主導権を握る段階に入っている。リビアでもシリアでも、ムスリム同胞団の主導的役割と、存在が目立っている。パレスチナでもムスリム同胞団の下部組織である、ハマースが大きく躍進している。
 そうした他のアラブ諸国の状況を判断し、ヨルダン政府は慈善団体を通じて、大衆の支持を強めているムスリム同胞団の行動を、規制しようとしているのであろう。
 これは賢明な対応策であろうが、同時に、ムスリム同胞団が政府に対して、牙をむき出しにする、原因にもなりかねない。ヨルダン政府はそのことを、十分に考慮したうえで、今回の決定を下したと思われる。そうである事を望む。
Posted by 佐々木 良昭 at 20:04 | この記事のURL
NO・2179「ムスリム同胞団の躍進・自信を付けるハマース」 [2011年12月28日(Wed)]

 アラブの春革命で、エジプトの第一党に躍進したムスリム同胞団は、自信を付けたのか派手な動きが、目立ってきている。そのことに励まされたのか、パレスチナのハマース(ムスリム同胞団が母体の組織)や、シリアのムスリム同胞団の動きも、活発になってきている。
 そうしたなかで、カイロを舞台にファタハとハマースの交渉が行われ、ハマースはPLOのメンバー組織に、加わることが決められた。それはPLO、強いてはパレスチナ自治政府にとって、一大転換を意味する動きだ。
 ハマースはイスラエルの国家の存在を認めず、パレスチナの領土はイスラエルを含む、全てのパレスチナの土地だ、と主張してきていた。したがって、その主張を崩さないハマースと、ファタハ、パレスチナ自治政府が一体となるということは、イスラエルを全面否定し、これまでイスラエルとPLOあるいはパレスチナ自治政府との間で交わされた合意も、反故にされる危険性を、多分に含んでいることを意味している。
 ハマースは優位に立って、PLOとの交渉を行ったことに、自信を得たのであろう。ハマースのハニヤ首相が初めてアラブ各国を、歴訪することになった。もちろん、そこではこれまでのハマースの主張が繰り返され、パレスチナ闘争はパレスチナ全土の解放、という基本姿勢を捨てるべきではない、と語るのであろう。
 このことに一番不安を感じているのは、イスラエル政府でありマハムード・アッバース・パレスチナ自治政府議長であろう。いまの勢いで行けば、PLOに参加したハマースは、自治政府議長選挙で勝利すること、議会議員選挙で多数派になることも、十分予測できるからだ。
 ハマースがパレスチナ議会の過半数を占め、もし自治政府議長の座に就いた場合、これまでのパレスチナ自治政府幹部や、PLO幹部の汚職は全てが、明らかにされる可能性があろう。そうなれば他のアラブで起こったように、マハムード。アッバース議長を絞首刑にすべきだ、という意見も出てこよう。
 マハムード・アッバース議長は『パレスチナにもアラブの春革命が起こる。それはイスラエルに対する抵抗運動だ。』と主張していたが、そうではあるまい。その前にパレスチナ内部で、アラブの春革命が起こる危険性の方が、イスラエルに対して起こるよりも、高いのではないのか。
 エジプトのムスリム同胞団の花形学者ユーセフ・カルダーウイ師は、エジプトだけでは物足りないのか、リビアに行って説教をしている。いまアラブ世界では、ムスリム同胞団ブームのような現象が起きているが、それが大衆の求める結果を出すのであろうか。大きな疑問符が私の目の前では、ちらつくのだが。
Posted by 佐々木 良昭 at 23:47 | この記事のURL
NO・2178「マリキー首相はどの道を選択しようとしているのか」 [2011年12月27日(Tue)]

 最近、イラクのマリキー首相が、故サダムフセイン大統領と同じような、独裁者の道を歩み始めている、とアラブのマスコミで批判され始めている。その際たるものは、ハーシミ副大統領を逮捕しようとしたことにあるだろう。
 逮捕の理由はよくある、汚職容疑やテロ工作容疑なのだが、ハーシミ副大統領がスンニー派の出身であることから、にわかにアメリカ軍イラク撤退後の、イラク国内における宗派間闘争を、マリキー首相はあえて煽っているのではないか、という憶測が飛びだしているのだ。
 マリキー首相は最近まで、アメリカのイエスマンとして動いてきたわけだが、アメリカ軍が撤退した後、彼の身の安全を守ってくれるのは、イランとその一派だと考え始めているのかも知れない。
 マリキー首相の最大の援護者は、イラクのシーア派を代表するサドル師だが、同氏はイランと深い関係にある人物だ。彼は時折強い調子で語り、イラク社会に少なからぬ衝撃を与えている。最近も、イラク国内の混乱に対し、選挙をやり直すべきだと強調しているし、それ以前には、アメリカ軍は完全撤退するべきだ、とも主張していた。
 アメリカ軍がイラクから撤退すれば、イラクに対するイランの影響力が強くなることは、自明の理であろう。イランはもちろん、アメリカ軍がイラクから撤退した後は、然るべき影響力を及ぼすことを考えていよう。
 そうなると、イランを中心とするシーア派ムスリムの動きが活発になり、現在、反体制運動が起こっているバハレーンや、サウジアラビアのアルカテイーフのシーア派の反政府運動は、激しさを増していくものと思われる。
 マリキー首相は現状から判断し、イラン寄りにシフトしていく方が、得策と考え始めているのかも知れない。そう考えるのは私だけではあるまい。イラクのスンニー派国民は、このまま行けばイラクはイランの支配下に入り、身動きが取れなくなると考えよう。
 同時にそれは、サウジアラビアにとっても、極めて危険な兆候であろう。述べるまでも無く、バハレーンはサウジアラビアにとって、自国領土の一部のようなものであり、日本で言う出島のような役割を果たしている。
そのバハレーンが一層不安定になり、加えて自国領土のなかのアルカテイーフが、混乱の度を増すとすれば、サウジアラビアはイラク国内の変化を、放置するわけには行くまい。つまり、イラク国内でスンニー派が、一定の力を維持できることは、サウジアラビアに対するシーア派の脅威を、押さえる上で重要なことなのだ。
 そこでサウジアラビアはアメリカに代わって、イラク内政に手を出し始めているのではないか。かつてCIAの手先と言われ、イラクの首相職を務めたことのあるアッラーウイ氏が、最近活発な動きを見せている。彼はシーア派ではあるが、彼の支持者はスンニー派の人たちなのだ。もちろん、彼はサウジアラビア政府との間に、太いパイプがあることは述べるまでも無い。
 状況がそうであるとすれば、今後、イラクはほとんどの中東専門家が予測しているように、内乱状態に突入していく可能性が、高いと考えるべきであろう。マリキー首相はそうした状況を判断し、あえてシーア派とスンニー派の対立を煽る行動に出、自身の安全を確保しようと、しているのかも知れない。
 権力を手にした者は、その座に出来るだけ長く、留まりたいと思うのは世の常だ。それは権力欲のなせる業であると同時に、自身の延命(命を守る)のための行動でもあるのだ。
 『マリキーよお前もか、、、、サダムフセインの道を歩むのは。』
Posted by 佐々木 良昭 at 23:23 | この記事のURL
NO・2177「カタールがサウジアラビア政権打倒に動く?」 [2011年12月26日(Mon)]
奇妙な情報が飛び込んできた。カタール政府はサウジアラビア政権の、打倒に動きだすというのだ。これはカタールのシェイク・ハムド・ビン・ジャーシム・アルサーニ首相の、秘密の発言が漏れて出て来た話だ。
その情報を流したのは、イランの国営プレス・テレビだ。イランが湾岸最大の王国である、サウジアラビアを敵視していること、そのサウジアラビア政府がサウジアラビア国内で、シーア派を弾圧していること、バハレーンのシーア派国民の蜂起で、バハレーンに軍隊を派遣し、資金援助もしていること。
それらのことから考えて、イラン政府が放ったプロパガンダ作戦ともとれるが、一国の首相の名前で出されたニュースだけに、にわかには全面否定できない。そのカタールだが、サウジアラビアとの間では、長年にわたって領土問題でもめてきていた。
 今回流れた情報によれば、アメリカとイギリスは、サウジアラビアの王制に対し不満を抱いており、カタールの支援を受けて、打倒したいと考えているということだ。
カタールは大分前に、サウジアラビアにあったアメリカ軍の基地を、全面的に受け入れている。そのことがカタールに、自信を持たせているのであろうか。カタールのシェイク・ハムド・ビン・ジャーシム・アルサーニ首相は、サウジアラビアの軍隊は国家を維持するだけの力が、全く無いと言うのだ。
 サウジアラビアのアブドッラー国王の健康状態も、相当悪化していることは事実だ。
 カタールはサウジアラビアのアルカテイーフ地域に軍事侵攻し、サウジアラビアから油田地帯を、奪うつもりのようだ。そうなれば、サウジアラビア王国は成り立たなくなるだろう。
 このシェイク・ハムド・ビン・ジャーシム・アルサーニ首相の、秘密の発言なるものについては、テヘランのカタール大使館に問い合わせたところ、返答が無かったということだ。
 しかし、プレス・テレビは幾つかのアラブ紙も、この情報を流していると伝え、事の信憑性を高めようとしているようだ。
 今後この情報が事実か否かは、カタールのアルジャズイーラテレビがどれだけ、敵対的にサウジアラビア情報を流すかに、注目していれば分かるのではないか。また、イランのプレス・テレビが続報を流すか否かにも、注目すべきであろう。
Posted by 佐々木 良昭 at 11:08 | この記事のURL
NO・2176「3つのアラブ王国で不安拡大?」 [2011年12月24日(Sat)]

 『アラブの春』の影響であろうか、3つのアラブ王制諸国で、不安な状況が発生している。それが今後拡大していくのか、政府が賢明な対応をすることで、拡大を避けられるのか不明だ。
 第一の国は、世界最大の石油埋蔵量を持つサウジアラビアだ。この国でも金曜礼拝の後、モスクに留まる形の政府に抗議する行動が、全国的に始まっている。これはなかなか取締りが困難であろう。
それは、ムスリムがモスクに留まることは、なんら問題が無い行動だからだ。しかし、政治的な意図を持って留まられた場合は、話は違ってくる。現段階では警察や軍人が、モスクを遠巻きにして監視するに、留まっているようだ。
サウジアラビアではシーア派が集中する、アルカテイーフ地域で以前から政府に抗議するデモが起こっていたし、都市部ではインテリによるデモが行われ、女性による運転許可要求の、実力行使も起こっていた。
次いで、ヨルダンでも政府に対する抗議デモが、次第に拡大している。しかも、最近では全国規模に、抗議デモが拡大しているようだ。マフラク市ではバニー・ハサン部族が警察と衝突し、双方に負傷者が多数出たということだ。このバニー・ハサン部族はヨルダン国内で、最大の部族の一つであり、その部族が動き出したということは、要注意ということであろう。
ヨルダンのデモの一般的要求は、首相の国民による直接投票による選出の実現と、経済改革のようだ。そのことは、間接的にアブドッラー二世国王の、権限縮小を要求しているということであろう。
最後はクウエイトだ。クウエイトでは以前から何度も問題化した、ビドーンに対する処遇問題が、今後拡大して行きそうだ。ビドーンとは国籍を与えられないままに、クウエイトに50年以上も、居住している人たちのことだ。
ビドーンとは無国籍者を意味する、アラビア語の呼称だ。彼らはクウエイトに105000人居住しているが、そのうちの34000人に対しては、国籍を与えられる方向で、クウエイト政府が検討を始めている。
しかし、残りの71000人については、元々何処の国の出身者なのかが、証明されることが条件とされている。しかも、それが証明されたから国籍が与えられる、ということではなさそうだ。
クウエイト政府の説明によれば、ビドーンは周辺諸国から移住してきた人たちであり、国籍を付与する必要が無い、ということのようだ。クウエイト政府は彼らに対し、出生証明も死亡証明書も出していないし、もちろんクウエイト国籍のパスポートも支給していない。ビドーンの給与はクウエイト国民に比べ、大幅に安いし、クウエイト国民が享受している、各種の特典も与えられていないのだ。
最近では、このビドーンの権利要求行動に対し、人権委員会や活動家が参加し始めている。去る金曜日には、ジャフラ市の金曜礼拝の後、抗議デモが断行された。
サウジアラビアにしろ、ヨルダンにしろ、クウエイトにしろ、反政府行動の原因は異なるとしても、今後、拡大していく可能性は否定できない。政府は早急に対応策を、講ずるべきであろう。他の国の例を見ると、政府に対する要求デモが拒否された結果、抗議行動は激しさを増し、最終的には国家元首の追放や、処刑が叫ばれるようになっている。その現実を無視するべきでは無い、ということだ。
Posted by 佐々木 良昭 at 22:51 | この記事のURL
NO・2175「シリアの爆弾テロは末期症状の現れか」 [2011年12月24日(Sat)]
 シリアの首都ダマスカス市にある、治安本部の事務所を狙った、爆弾テロが起こった。その爆弾テロにより、50人以上の人たちが死亡している。シリア人の性格から考えると、これは末期症状と言わざるを得ないのではないか。
 シリア人はアラブ世界にあって極めて謙虚であり、穏健であり、賢い人種と評されてきている。シリアは過去にイスラエルと起こった戦争でも、勝ち目が無いと分ると、何の躊躇も無く停戦に踏み切ってきている。
そのことを『シリア人は臆病だ』と評するアラブ人もいるが、それは臆病なのではなく、現実的な思考と判断がシリア人には出来る、ということであろう。
そうしたシリア人の性質からか、アサド体制は故ハーフェズ・アサド大統領の時代から数えると、既に40年にも及んでいる。それは流血の事態を起こすことが、結果的には国家としても個人としても、得る部分よりも失う部分の方が多い、と判断していたからではないか。
今回シリアで始まった、アラブの春革命に連動する動きは、これまでのシリア人の優れた特徴を、拭い去り始めているのではないか。反体制運動が長期化し、国民の間に多数の死傷者が出ているが、軍や警察のなかからも、相当数の犠牲者が出ている。
アラブ連盟が調査団を送ろうとした矢先には、100人以上とも言われる犠牲が国民の間から出ているし、それに続いて、今回の爆弾テロが起こっているのだ。あまりにも酷い状況が、堅実な考え方をするシリア人の感覚を、破壊したのかも知れない。
アラブ紙が書いていたが『もう死を恐れる国民は、シリアにはいなくなった』ということは事実かもしれない。もちろん、シリア人も人間である以上、死を恐れないはずは無い。しかしその恐れの度合いが、相当低下してきている、ということであろう。
シリア政府は今回の爆破犯を、アルカーイダに結び付けようとしているが、それは断定できないのではないか。アルカーイダによる単独犯はありえないのだから、シリア人の協力があった、あるいはシリア人とアルカーイダとの間には、協力体制が既に出来ているのかもしれない。
私はこうした類の犯行を簡単に、アルカーイダの責任にしてしまうのは嫌いだが、シリア国民が限界点に達したからこそ、アルカーイダ的な犯行が、起こるのではないのか。
アルカーイダはあくまでも、極端な犯行を説明する上での、便利なトレードマークかもしれない。外国からの介入、アルカーイダの犯行、アルカーイダはCIAが創った、という単純な論理の展開で片付けられるほど、事態は簡単ではないだろう。
そもそも、こうした事態にシリアが到った原因は何かを、真剣に考えるべき時期が、既に到達しているのだから。
Posted by 佐々木 良昭 at 13:34 | この記事のURL
NO・2174「これは何だ・アラブのユダヤ人へのラブコール」 [2011年12月23日(Fri)]

 リビアで革命勢力がカダフィ大佐を暗殺し、革命が成功すると、リビアの代表者であるアブドッジャリール氏は、元リビアに居住していたユダヤ人に、帰って来て欲しいと呼びかけていた。彼だけではなく、彼以外のリビアの要人も、ユダヤ人の国際的なネットワークを、ぜひリビアのために生かして欲しい、と訴えていた。
 リビアに次いで、革命に成功したチュニジアの政府要人からも、同じように元チュニジアに居住していたユダヤ人に、帰国して欲しいと呼びかけがあった。これは単なる個人的な意見ではなく、革命によって誕生した、リビアやチュニジア政府の本音のようだ。
 つい先日、チュニジアの大統領就任したモンセル・マルズーク氏は、チュニジアの最高ラビ(ユダヤ教の指導者)と対談し、チュニジアにいるユダヤ人は、完全な市民権を持つに至ったことを伝えている。
 そのことに加え、モンセル・マルズーク大統領は、元チュニジアに居住していたユダヤ人に、帰国してきて欲しいと呼びかけている。
 現在チュニジアには、1500人のユダヤ人が居住しているが、1960年代には10万人のユダヤ人が、チュニジアに居住していたということだ。それが大幅に減少したのは述べるまでも無い、1967年に起こった第三次中東戦争の結果だった。
 アラブがイスラエルとの戦争に敗れ、アラブ人の恨みはイスラエルばかりではなく、ユダヤ人全体に向けられたのだ。身の安全を恐れたユダヤ人の多くが,この戦争を機にイスラエルに、移住していくこととなったのだ。
 それはチュニジアばかりでは無く、リビアでもエジプトでも、イラクでも同じだった。ほとんどのアラブの国々から、ユダヤ人たちが身の安全を考え、イスラエルに出国して行った。当時のアラブ人たちは、それを歓迎していたのだ。
 その後、アラブから移住したユダヤ人たちが、イスラエル国内にあって反アラブ感情をむき出しにすることが、アラブ・イスラエル対立の原因だと考え、リビアのカダフィ大佐は出国したユダヤ人に、帰国するよう勧めていた。それ無しには、パレスチナ問題は解決できない、とも語っていた。
 アラブの春の革命に成功した国々が、いまユダヤ人の帰国を呼びかけているのには、自国の経済発展にユダヤ人の国際的なネットワークと、知恵が必要だということもあろう。
 加えて、イスラエルの将来が危険なものに、なってきていることもあるのではないか。そうしたなかで、ユダヤ人のなかのセファルデイ(東洋系ユダヤ人)を、アラブ諸国は受け入れることによって、新たな危険を避けようとしているのではないか。
 ユダヤ人にはご存知の通り二種類ある。ハザール王国崩壊後ロシアやヨーロッパに渡っていったユダヤ人(アシケナージ)と、アラブやアジア諸国に居住していたユダヤ人(セファルデイ)だ。
 アラブ人はセファルデイを正統ユダヤ人と認めていることも、この変化の根底にはあるのではないか。イスラエルの将来、パレスチナ問題、自国の経済発展と、種々の要素が含まれての現象であろう。このことは、今後も注視するに値しそうだ。
Posted by 佐々木 良昭 at 11:14 | この記事のURL
NO・2173「イラン・アラブ首長国連邦の貿易が停止状態に」 [2011年12月21日(Wed)]
 イランとアラビア半島の東北端にあるアラブ首長国連邦とは、最狭部で54キロメートルしか離れていない。言ってみれば、この二つの国は別国でありながら、お互いに生かし生かされてきた関係にある国だ。
 イランからは野菜や果物を始め、軽工業製品やじゅうたんがアラブ首長国連邦に持ち込まれ、アラブ首長国連邦からは乗用車や工業製品、ぜいたく品などがイラン側に届けられていた。
 イランの首都テヘランに滞在した折、この国の代表的なホテルに宿泊したのだが、そのホテルの地下に貴金属店があった。ダイヤのアクセサリーや金製品その他、骨董や色石のアクセサリーが売られていた
 他の国と比べて安いので、有り金全部使い果たして買い物をしたのだが、店主はまだ勧める。現金が無いとこちらが答えたときに、意外な答えが返ってきた。カード支払いで結構だというのだ。
 そこでどうしてそれが可能なのかと質すと、店主はドバイの銀行と取引があるから問題ないというのだ。もちろん、イラン政府はカードでの決済を認めていないので、その店は何か政府の高官と特別な関係にあり、お目こぼしされているのだろうと考えた。
 ドバイを訪問した時には、イラン人の金融関係者や不動産関係者が、多くの不動産を売買しているという話も聞いた。つまり、イランにしてみればドバイは自分の国の、出島のような関係にあるということであろうし、アラブ首長国連邦側からすれば、商売に長けたイラン人が自国で取引をしてくれるのは、経済活性化の上でプラスと考えているのであろう。
 ところがここにきて、イランとアラブ首長国連邦双方が、貿易業務を一時的であろうが、停止する形になっている。政府の機関がそれを認めなくなっているのだ。イラン側の説明ではコンピューターがダウンして機能していないという説明であり、それ以上の説明はなされていない。
 この説明はもちろん嘘であろう。アラブ首長国連邦がアメリカの強い圧力に屈し、貿易業務を一時的に停止したのに対し、イラン側も同じ措置を取っているのであろう。コンピューターの故障ということであれば、お互いに傷がつかなくて済むからだ。
 しかし、それが長期化すればイランにもアラブ首長国連邦にも、影響が出てこよう。アメリカのように追い込むことが、イランを懲らしめるうえで正解なのか、あるいは太陽と風ではないが、太陽を照らしてやる方がいいのか。対応は二通りあるが、それを決めるのは国民性であろうか。
Posted by 佐々木 良昭 at 15:31 | この記事のURL
NO・2172 「エジプト第二回選挙結果はイスラムの圧倒的勝利だが」 [2011年12月21日(Wed)]
 エジプトの革命後選挙が行われているが、その結果は第一回に続き、第二回選挙もイスラム政党の、圧倒的勝利になりそうだ。
 第二回投票の中間発表によれば、ムスリム同胞団の自由公正党は39パーセント、サラフィ主義者のヌール党が31パーセントを獲得し、世俗派では唯一ワフド党が22パーセントを勝ち得たようだ。
 つまり、ムスリム同胞団とサラフィ派の獲得票数は、全体の70パーセントに達することになる。これでは世俗派がどうあがいても、議会で発言力を持つようになるとは思えない。
 そこで世俗派が議会で発言権を持てるようになるには、軍との協力しかないいのだろうが、どうもそれもうまく行っていないようだ。
連日続いている軍の支配に対する抗議デモは、軍から民間への権力の移行を急げと主張しているが、その後に来るのは、世俗派の時代ではなく、イスラム主義者たちの時代だ、ということが分かっていないのであろうか。
不思議に思えてならないのは、今回の第二回投票では、投票率が60パーセントを超えていたわけであり、それでもイスラム主義者たちの政党が、圧倒的な勝利を収めたということは、たとえ投票率が100パーセントであっても、世俗派がイスラム主義者たちに勝ることは、無かったということだ。
そうした状況がエジプトで出て来るには、彼らの逃げの思想があるからではないか。苦しい時の神頼みならぬ、アッラー頼りなのであろうか。イスラム主義者たちは『イスラムが全ての問題を解決する』と主張してきたが、今回の選挙ではその言葉は表面に出なかった。
しかし、国民の間にはますます悪化する失業や物価上昇問題に対し、その問題を解決するには、アッラーに頼るしかないという、他力本願的な考えが、優先したのであろうか。
既に何度かこの欄で書いてきたように、革命は前政権を打倒して終わりではないし、その結果、自分の権利が拡大し、取り分が増えるわけではない。革命は第二段階、第三段階と進められて行って、初めて革命の勝利者たちに、その配当がめぐってくるのだ。
エジプトを暴力のるつぼに追い込み、公共建物を破壊し、国家の貴重な財産を燃やしてしまったのでは、将来、革命の成功によって得られるべき果実も、手にすることはできまい。
今回のデモで、国立国会図書館に収蔵されていた、歴史的に貴重な地図や書籍が、相当焼けてしまったようだ。イスラム政党が与党になった時、それが復元するとは思えない。惜しいことをしたものだ。
Posted by 佐々木 良昭 at 10:43 | この記事のURL
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