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NO・2077「アラブの春は米に情報不足の事態を生んだ」 [2011年08月31日(Wed)]
 皮肉のような冗談のようなことが、いまアラブ世界と情報端の人たちの間で、語られている。アラブの春がアメリカを情報面で、窮地に追い込んだということだ。
 それは簡単な話だ。これまでアメリカと協力的であった、アラブの国家元首の何人かが、いま拡大しているアラブの春革命によって、失脚したからだ。
 たとえばエジプトのムバーラク大統領は、最も親米派として知られる人物であった。当然のことながら、エジプトの情報部が集めて分析する中東地域に関する情報は、アメリカにも提供されていたのだ。
 しかし、ムバーラク大統領が失脚したいまは、そうはいかなくなっているのだ。現在、エジプトをリードする軍最高評議会は、臨時的な最高機関であり、情報収集し分析した結果を、アメリカに提供できる状態にはない。そのようなことをすれば、たちまちにして国民の知るところとなり、支持を失うことになるからだ。
 チュニジアのベン・アリ大統領も大の親米家であったが、いまでは失脚してしまった。ベン・アリ大統領後のチュニジアは、未だに不安定な状態にあり、情報処理がスムーズに行われてはいない。
 加えて、これまでアメリカの情報機関のために、働いていた個人も、社会情勢が変化した結果、自分の身に危険が及ぶことを恐れ、これまでのように、十分に能力を発揮することができない、状態になっているのだ。
 こうしたアメリカのおかれた立場は、イギリスや他のヨーロッパの情報機関にも共通している。いずれも手をもがれ、足を失った形になっている、ということだ。
 こうした欧米諸国の状態に反し、イスラム原理主義組織は全体的に、活動の自由が大幅に広がり、情報も入手しやすくなった、ということのようだ。なかでもアルカーイダの活動は、極めて有利になった、と専門家の間では語られている。
 確かにそうであろう。イランとエジプトの関係が改善し、イランからはサダト大統領暗殺犯イスランブーリの弟が、エジプトに帰国している。エジプト国内ではイスラム原理主義組織ムスリム同胞団が、第一党に間もなくなるというのがもっぱらの予測だ。
 この情報面での欧米の後退は、やがてはその影響が表面化してくる、ということであろう。その情報不足を補うのは、力による対応ではないかと懸念される。しかし、力による対応には限界があり、すべてが機能しなくなるという、異常事態を生み出すかもしれない。
Posted by 佐々木 良昭 at 16:24 | この記事のURL
NO・2076「シリア反政府代表の危険な宣言」 [2011年08月30日(Tue)]
 シリアの国民による政府に対する抗議デモは、3月以来続いている。これまで多くの国民が犠牲になり、軍人や警察にも犠牲者が出ている。シリア政府に言わせると、スナイパー(狙撃主)がビルの屋上などから銃撃し、軍人や警察そしてデモ参加者を殺害していることが、シリア国民の反政府感情をあおったのだ、という説明になる。
 そのシリア政府の説明にも一理あり、全面否定できない。なぜならば、それだけシリアの国内状況が、周辺諸国に与える影響が大きいからだ。周辺各国にしてみれば、シリア国内で起こっている反体制運動の火の粉が、自国に飛んでこないことを望んでいるし、シリアの体制崩壊が起こった場合の影響も考えているので、当然、現段階から画策しているということであろう。
 しかし、多くの犠牲をデモ参加者側に生んできた、今回のシリアの大衆蜂起は、なかなか戦闘状態を生みださなかった。それは武器の調達が、難しかったからであろう。
 それがここにきて、状況が一変したようだ。パレスチナのガザには対空ミサイルや対戦車ロケット砲が届いているようだが、同じようにシリアの反政府側にも、武器が届き始めているのではないか。
 シリアの革命評議会の代表ムハンマド・ラッハール氏は、シャルクルアウサト紙とのインタビューの中で、武力闘争に踏み切ることを宣言した。彼に言わせると、シリア体制との平和的な交渉は、もうあり得ないということのようだ。
 問題はこれらの武器が、どこから来るのかということだが、多分にリビアからの密輸、という説明がなされるのではないか。確かに、リビアから武器が密輸されているだろうが、それを誰が実行しているかについて、考えてみる必要があろう。
 シリアで反体制側が武器を持って、武力闘争を展開するのであれば、周辺諸国のうちの何カ国かは、それを歓迎し支援するものと思われる。
 シリア人はアラブ人の中にあって、最も聡明といわれているのだが、この国でも最終的には、大衆運動が武力闘争の段階に、入っていくのであろうか。イラクやイエメン、リビアの同国民同士の流血の惨事の、シリアが二の舞になることは、できるだけ避けたいのだが、状況がそれを許さないのであろう。
Posted by 佐々木 良昭 at 15:13 | この記事のURL
NO・2075「エジプト・ムスリム同胞団の暴挙」 [2011年08月30日(Tue)]
 エジプトの大衆蜂起が革命に発展し、最後の段階で登場したムスリム同胞団が、その後、軍によるクーデターで終わった革命を、軍に接近することで、我が世の春を迎えたかに見える。
 ムスリム同胞団はこの革命後、エジプト国内で完全に活動の自由を得た。しかも、アメリカが彼らの存在を認め、ある種の保証もしたかのように見える。そのため、ムスリム同胞団は来る選挙で、活動の自由の下に、持てる組織力を発揮すれば、確実に第一党になれる、と確信しているようだ。
 このスリム同報団の自信が、いま彼らに災いの元を、造りかけているように思える。それは最初から懸念していた、ムスリム同胞団主体のエジプトが、イスラム色を強めていくということだ。
 そうなれば、彼らムスリム同胞団は憲法の中に、どんどんイスラム法を取り入れていくことになり、それはエジプトの一大産業である、観光業に大きなマイナス効果を、生み出すということだ。
 最近になって、ムスリム同胞団が母体の政党である、自由公正党の事務総長であるムハンマド・カタトニー氏が、外国人観光客に対する服装規制をすべきだ、と言い出したのだ。つまり、外国人女性観光客が、地中海や黄海の海岸で、ビキニの水着を着けることを、禁止するということだ。
 そればかりではない、外人観光客がアルコールを飲むことについても、規制すべきだと言い出しているのだ。ただし、それは路上での飲酒ということのようだが、将来的にはレストランでも、禁止になる可能性があろう。
 こうしたムスリム同胞団の、厳しい規制の動きについて、エジプト観光会社協会のハサン・アッシャラア会長は、真っ向から反対している。130億ドルにものぼる観光収入が、アルコールと水着を規制したのでは、だめになると猛反発している。
 同様の意見は、ハーゼム・アルベブラーウイ財相も語っている。彼によれば、2009年116億ドルだった観光収入が、こんなことをされたのでは激減する。現在の混乱ですら、100億ドルに減っているのだ、と嘆いている。
 アルコールや水着だけではなく、エジプトの観光収入元である、ピラミッドやスフィンクスについても、規制するべきだという、イスラム原理主義者もいる。彼らはサラフィー主義のダウアのメンバーたちだ。
 そんなことをしたのでは、エジプトは観光収入を無くすことになり、庶民の暮らしも、国家財政も苦しいものになろう。
カイロアメリカ大学のハーニー・ヘンリー教授は、この動きを『イラン革命と同じ動きだ、次第にムッラー(坊主)たちがイランの革命を乗っ取ったのと同じだ。』と非難している。ムスリム同胞団は自由公正党を結党する段階で、コプト教徒を抱きこんだが、考えていることは決して自由ではないということが、次第に明らかになってきた、ということであろう。
しかし、こうしたムスリム同胞団の増長とも言える動きは、次第にエジプト国民の支持を減らしていくことに繋がり、最終的には来る選挙で、第一党の地位を勝ち得ることが、出来なくなるのではないか。墓穴を掘るとは、このことを言うのだろう。
Posted by 佐々木 良昭 at 00:08 | この記事のURL
NO・2074「アサド政権は終焉に近づいた」 [2011年08月28日(Sun)]

 リビアのカダフィ大佐が表舞台から消えた後、種々の噂が飛び交っている。カダフィ大佐はトリポリ市内に潜伏、彼の故郷シルテに隠れている、アルジェ リアに逃亡、、。そのいずれも確証に至らない。
 シリアのバッシャール・アサド大統領もここに来て窮地に立たされたようだ。欧米の彼に対する非難は、遂に経済制裁の強化となり、シリアが生産する石油に対する、不買方針が決まったようだ。
 兵糧攻めばかりではない、外交的にも窮地に立たされることとなった。アラブ連盟のアラービー事務総長が、シリアのダマスカスを訪問し、バッシャール・アサド大統領と話し合っているが、そこで持ち出されたのは、民主化の推進と、大幅な改革であり、強力な圧力がかかったということであろう。無理も無い、毎日政府軍によって国民が殺害され、最近ではモスクが襲撃されイマームも殺害されているのだ。
 これまでバッシャール・アサド大統領を支持してきたイランも、遂にたまりかねて口を開き、バッシャール・アサド大統領は国民の要望を聞き入れ、改革を進めることが必要であることを伝えた。
 イランがこの段階で口を開いたということは、シリアの内情が来るところまで来たということであろう。この後、バッシャール・アサド体制が崩壊したとき、イランは何と評するのであろうか。
イランのサーレヒー外相は、バッシャール・アサド体制が崩壊すれば、中東地域とシリアは大混乱の坩堝になるだろう、と警告している。
ロシアや中国は未だに、バッシャール・アサド大統領を支持しているが、これも積極的な支持とは考えられない。無責任な言い方が許されるならば、成り行きの延長ということであろうか。
 シリアの国民による抵抗運動も、デラアの街から始まり、今では全国規模に広がり、デモ参加者の数も、何十万何百万人の規模に膨らんでいる。こうした状況に対して、バッシャール・アサド大統領側に出来ることは、力による弾圧だけであろう。
 その犠牲者の数が増えるにしたがって、国民とバッシャール・アサド大統領との間に、妥協点は無くなる。既に妥協は無理であろうことを考えると、バッシャール・アサド大統領は弾圧の度合いを増して行き、チュニジアのベンアリ大統領のように国外逃亡するか、最後には自分が絞首刑、あるいは銃殺刑に処せられる、ということではないか。
 リビアのカダフィ体制の実質的崩壊は、シリア国民に大きな勇気を与えたようだ。シリアのデモ隊は『カダフィの次はバッシャール・アサドだ。』と叫び始めているということを考えると、益々妥協の余地はありえなくなってきた、ということであろう。たとえ、イランやアラブ連盟が仲介したとしても、その成果は全く期待できないだろう。
 この国の体制が打倒された場合に予想できるのは、国民の経済困難と犯罪の増加、そして武器の密輸の問題であろう。それは新たな混乱を中東地域に、もたらすということではないか、そのなかには湾岸諸国やイランも含まれよう。
Posted by 佐々木 良昭 at 13:03 | この記事のURL
NO・2073「アラブの殺戮は各地で続いている」 [2011年08月27日(Sat)]

 リビアの革命闘争で、犠牲になった人たちの話が伝わってくる。確かに相当数の人たちが、犠牲になっている。リビアの臨時政府(革命派)の発表によれば、犠牲者の数は2000人を超えたということだ。600万人の国民人口を考えると、20000人という数は決して少なくない。
 しかし、アラブで起こっている悲劇は、リビアだけではない。イラクではアメリカ軍の侵攻から、8年半が経過した今なお、毎日数十人の人たちが、死傷しているのだ。シリアではデモ隊と、これを取り締まる側の警察や軍人の中に、何十人もの死者が出ている。
 イエメンも同様に、反政府デモとこれを押さえる軍警察との間で、犠牲者が何十人規模で出ているのだ。しかも、イエメンでは南部の部族や、イスラム原理主義者と軍との衝突で、多数の犠牲者が出ているが、その正確な数は分からない。
 一旦落ち着いたかに見える、湾岸の王国バハレーンでは、相変わらず反政府抗議行動が続いているし、バハレーン政府はサウジアラビアばかりではなく、パキスタンに対しても、支援兵の派遣を要請しているようだ。
 ヨルダンでも死者が出たという報告は無いが、負傷者が出ていることは伝わってくる。
 アラブは多くの国で、一番楽しい神聖なラマダン期間にもかかわらず、悲劇が続いているのだ。本来であれば、ラマダン月はお互いが招待しあって、エフタール(一日の断食の終わりの食事)を楽しんでいるはずなのだが。
 後m2〜3日でラマダンが終わり、イードルフィトルの祭日が来る。子供たちは新しい服を買ってもらい、大人たちもおしゃれをして、モスクに向かうのだが、今年はそんなイードルフィトルを楽しめる国は、少ないのではないのか。
 アッラーの与えた試練と、アラブのムスリムたちはこの状況を、受け止めるのであろうか。
Posted by 佐々木 良昭 at 22:12 | この記事のURL
NO・2072「リビア革命の中東諸国への影響」 [2011年08月26日(Fri)]
 あれだけ世界中を騒がせ続けてきた、カダフィ大佐だけのことがあって、彼の体制がほぼ終わりの時を迎える今日、意外な問題が露呈し始めている。
 リビアに限って言えば、カダフィ大佐がおめおめ降参するわけはないのだから、南部にある彼の拠点セブハにこもって、巻き返しのゲリラ戦争に出てくるだろう。そうなった場合、リビアはアフガニスタンと同じように、長期に渡る戦争状態に引きずり込まれるだろう、という予測を立てている専門家もいる。
 それ以外にも、中東世界全体を包む大問題が、持ち上がっている。それはカダフィ大佐が石油収入で手にした大金を使い、膨大な量の武器兵器を買い込んできたということだ。
 今になってそれらの武器兵器が、闇ルートで中東諸国に、密輸されているというのだ。AK47カラシニコフ機関銃はもちろんのこと、対戦車砲。ロケット・ランチャーや地対地、地対空ミサイルなども、含まれているというのだ。
 そればかりではない、最近になって話題になってきているのは、カダフィ大佐がかつてWMDの開発に力を入れていたことから、化学兵器やダーティ・ボムもあるだろうというのだ。
 もしダーティ・ボムが闇ルートで他の国に流れ出した場合、その被害は想像を絶するものになりかねない。
 現在噂されているのは、リビアから隣国のエジプトにこれらの武器兵器が流れ、そこからレバノンやパレスチナのガザ地区に、入っているというのだ。しかも、レバノンに運ばれた武器兵器は、レバノンからシリアに持ち込まれている、という噂が流れている。
 そうなると今後、シリアの体制はリビアから密輸された、武器を手にしている反体制派の国民と、戦わなくてはならなくなるということだ。今までは、シリアに流れ込んでいた武器の量が、それほど多くなかったために、力で抑え込むということが、何とか政権の安定を守ってきたが、これからはどうなるか分からないということだ。
 リビアから放出された武器の行き先は、シリアだけではなかろう、トルコのクルドゲリラや、イエメンの反体制派にも流れることを、考えなければならないし、エジプトの内部でも拡散する可能性があろう。
 つまり、今回リビアで起こっている政変劇は、『カダフィ打倒の次はアサド打倒だ。』といったような政治的な意味だけではなく、武器や兵器の拡散にも、大きな影響を及ぼしているということだ。結果的に中東諸国は、より複雑な状況に向かっていく、ということであろう。
Posted by 佐々木 良昭 at 15:26 | この記事のURL
NO・2071「リビア次期政権の主役たち」 [2011年08月25日(Thu)]
 リビアの次の政権を担うのは誰か、という疑問が、今多くの人たちの脳裏を、駆け巡っているであろう
 述べるまでも無いが、その第一は現在世界的に知られている、臨時リビア政府の代表者である、ムスタファ・アブドッジャリール氏であろう。彼は元リビア政府の閣僚で、冷静な判断と発言をする人物であることが、話し方などから感じられる。
 ただしこういう人物は極めて厳しい性格の、持ち主ではないか。新政府の幹部やリビア社会でいざこざが起こったら、即座に辞任するとも語っているようだ。その通りに行動すると思われるのと同時に、自分だけではなく他の人に対しても、厳しい対応するのではないかと思われる。
 王制時代の閣僚の子息であるアハマド・シェイバーニ氏も、新政府で然るべき重要ポストを、狙っている人物の一人であろう。彼は外国との関係で、自分の地位を確保しようと思っている様子が、伺えることから、賢い人物ではあるが、やがて失脚するのではないか、という危うさを感じる。
 ムハムード・ジブリール氏も将来の首相候補として,取りざたされている人物の一人だ。彼は現在、臨時政府(NTC) のトップに位置している
 もう一人は、アメリカから帰国した人物だ。彼はカダフィ大佐に嫌われ、チャドに長い間、派兵されていたハリーファ・ヘフタル大佐だ。チャドから他のアフリカの国に移動した後、彼と彼の部隊をアメリカが受け入れ、20年もの間バージニアで国防省CIAに匿われていた。
そのハリーファ・ヘフタル大佐が内戦勃発と同時期に、リビアのベンガジ市に戻っているのだ。しかし、その後、不思議なことに彼の名は、全くリビアから聞こえてきていない。
そのことは、今後然るべき時期が来たときに、彼が登場してくる可能性がある、ということではないか。それまでは、彼のイメージに傷がつかないように、アメリカが隠しカードとして、温存しているのかもしれない。
そしてもう一人、リビア王国の皇太子であった人物がいる。彼の名はムハンマド・アッサヌーシー氏(49歳)だ。彼は1986年までリビアに住んでいたが、その後アメリカ、イギリス、フランスなどに居住していた。
彼はリビア王国最後の国王、イドリス・アッサヌーシー国王の弟、ハサン・アッサヌーシー氏の子息だ。
今度の革命騒ぎのなかで、彼はヨーロッパ議会に呼ばれ証言しているし、イギリスやフランスの大使とも話し合っている。つまり、この人物も今後、リビア政治に登場してくる可能性がある。
革命の段階で王制時代の国旗がはためいたのを見て、感動したと語り、彼はリビアの発展と民主化に貢献したいと語っている。
Posted by 佐々木 良昭 at 22:42 | この記事のURL
NO・2070「新生リビアはイスラエル・ユダヤとの関係希望」 [2011年08月24日(Wed)]
 先日、新生リビアの代表者であるムスタファ・アブドッジャリール氏が、元リビアに居住していたユダヤ人に、『リビアに戻り政治に参加してほしい。』と語ったということをお伝えした。
 それに続いて、王制時代の閣僚の子息であるアハマド・シェイバーニ氏は、『イスラエルとの協力関係が重要だ。』と語っている。彼に言わせれば、イスラエルの持つ国際的な影響力を通じて、新生リビアが国際的認知を受けていく必要があるからだ、というのだ。
 これらの新生リビアの要人の発言を、どう受け止めるかということであろう。述べるまでもなく、イスラエルのアメリカ政府に与える、影響力は甚大であり、アメリカの中のユダヤ人組織が持つ力も強力だ。
 今回のリビア革命で、イスラエルや在米ユダヤ人が、その初期の段階から、革命を支援した可能性があることを、物語っているのではないか。そう考えれば、今後のリビアはある程度の発展が、期待できるかもしれない。
 しかし、他方では、元リビアに居住していた、ユダヤ人の子息たちの中には、リビアに戻ってそこで生活をする気にはなれない、という意見が多いようだ。それは今後のリビアが、まだまだ不安定であり、何が起こるか分からない、ということであろう。
 なかでも、ユダヤ人にとって気になるのは、リビアのイスラム原理主義者たちが、革命後にどのような動きをしてくるかであろう。チュニジアの場合は、20年間亡命していたナハダ党のメンバーが、革命後に帰国し、一大政治勢力となりつつあるし、エジプトでもそれまで禁止されていたムスリム同胞団が、堂々と政治に参加し、発言力を強めている。
 リビアは今、ハイリスク・ハイリターンの典型的な国に、なっているのかもしれない。ギャンブル志向の人にとっては、リビアに今出ていくことが、一獲千金のチャンスかもしれない。
Posted by 佐々木 良昭 at 15:46 | この記事のURL
NO・2069「リビア・オリジンのユダヤ人の権利」 [2011年08月23日(Tue)]
 イスラエルのエルサレムポス紙に、興味深い記事が掲載されていた。それによれば、リビアの反体制派のムスタファ・アブドッジャーリール氏が、イギリスに住むユダヤ人に対し、リビアに戻って政党を結成し、政治に参加してほしい、と要請したというのだ。
 このユダヤ人はロンドンに居住する、ラファエル・ルゾンン氏で、在英リビア・ユダヤ人協会の会長だ。彼はカダフィ体制の時代にも、何度かリビアを訪問し、カダフィ大佐とも会見しているということだ。
 ラファエル・ルゾン氏は、新生リビアが民主的な国家になるのであれば、リビアに戻り活動することも、やぶさかではないと語っている。
 そもそも、リビアを始めとする北アフリカのアラブ諸国には、現在なお相当数のユダヤ人が居住している。モロッコのユダヤ人グループが、エジプトとイスラエルの和平の仲介役として、秘密裏に動いたという話は、事情通の間では有名だし、幾つものユダヤ人会議が、モロッコで開催されてきたことも事実だ。
 リビアには1930年代、ユダヤ人居住者が最も多かったと言われており、当時リビアには、25000人のユダヤ人が、居住していたということだ。リビアにはかつて、82のシナゴーグ(ユダヤ教会)が存在していた。
 ラファエル・ルゾン氏はこのシナゴーグに絡んでの話であろうが、リビアにはユダヤ人に属する不動産、かつて放棄せざるを得なかった財産などが、残されているということのようだ。
 当然、今後リビアが民主化していく中では、元リビアに居住したリビア系ユダヤ人に対する、帰国と国籍の付与、そして財産の補償問題が、持ち上がってくるだろう。
 イラクのサダム体制が打倒された後も、イラク系ユダヤ人の権利の話や、国籍取得、選挙参加の権利などが、話題になっていた。リビアで今、そのことが持ち上がっているということは、今後、政権の崩壊が予測される、シリアやイエメンでも、同様の問題が持ち上がって来ようし、エジプトですらもこのユダヤ人問題を、無視するわけには、いかなくなるかもしれない。
 この元アラブに居住していたユダヤ人の権利と、国籍をめぐる問題は、新たなアラブ・ユダヤの問題となっていく、可能性があろう。この裏には、パレスチナ国家の設立が、絡んでいるのではないか、というのは考え過ぎであろうか。
Posted by 佐々木 良昭 at 15:38 | この記事のURL
NO・2068「カダフィ体制の終焉とリビア革命の今後」 [2011年08月22日(Mon)]
 カダフィ大佐によるリビア統治が、ほぼ終わりの時を告げているようだ。しかし、革命派のリーダーであるムスタファ・アブドッジャリール氏は、カダフィ大佐を捕まえるまでは、革命が終わったとは言えない、と記者会見で語った。その通りであろう。
 どうやらリビアの政治犯は、ほぼ釈放されたようであり、残りはカダフィ大佐が隠れていると思われているバーブ・アジージーヤの自宅を落とし、彼を逮捕することであろう。
 この状況下で革命派のリーダーである、ムスタファ・アブドッジャリール氏はカダフィ大佐と、彼の家族の裁判は、公平なものにすると語っている。彼の記者会見での対応は、立派で冷静なものだった。
 しかし、問題が幾つか残されている。第一の問題は、カダフィ大佐はバーブ・アジージーヤの自宅の地下に、大規模な地下居住施設を造っており、そこに当分の間、隠れ住むことができると言われている。そこも徹底的に調べなければ、彼の逮捕はありえまい。
 記者会見では、カダフィ大佐の所在については、不明だと語っていたが、国外に逃亡したことも、考慮する必要があるかもしれない。常識的には、彼の妻と子供、孫の相当数が、リビア国内にいることから、彼が一人だけ逃れるとは、思えないが。
 第二の問題は、カダフィ体制が打倒された後、革命派は意思を統一して、リビアの再建に向かえるのか、という問題だ。これまでも、リビアでは部族間の利益の対立が、何度と無く話題に上ってきた。
 このことに加え、リビアは三つの地域が、それぞれに個性を持っており、地域意識が強いことも、忘れるわけにはいかない。西のトリポリタニア地方、東のキレナイカ地方、そして南部のフェッザーン地方だ。
 王制時代には、西のトリポリと東のベンガジが、首都として維持されていたのだ。それだけリビアでは地域意識が、強いということであろう。
 加えて、リビアの革命に参加したグループは、部族単位、宗教グループ単位、世俗主義グループ単位など、各種のグループによって、構成されたものだった。そのことも、今後のリビアの統一に、問題を生み出す可能性があろう。
 リビアの今後を考える場合、イラクの前例を考えてみる必要があろう。イラクは未だに宗教宗派、スンニー派とシーア派の対立があり、加えてクルド人のグループが存在し、なかなか国内の意志統一が、できないでいる。アメリカ軍の侵攻が、2003年の3月だったが、8年半が経過した今なお、イラクの国内情勢は、安定していないのだ。
 西側諸国の分析では、統一政府がリビア革命後に、スムーズに結成され、石油施設の補修が行われても、石油の生産レベルを、革命前のレベルにまで回復できるのには、最低3年の歳月が、かかるだろうということだ。
 加えて、イギリスやフランス、そしてアメリカは、今回のリビア革命で、重要な役割を果たしている。軍事指導をし、武器を提供し、空爆を実行している。その費用は結構な金額にのぼるだろう。
 そのことはイギリスやフランス、そしてアメリカが革命支援の対価を、リビアの新政府に、求めてくるということだ。今後、リビア新政府は多くの難問を抱えて、新体制を創って行くということであろうか。
Posted by 佐々木 良昭 at 23:00 | この記事のURL
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