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NO・1974「トルコ軍がシリア領内に安全地帯設定構想」 [2011年05月31日(Tue)]
 シリアの内紛状況が、日に日に悪化する中で、多数のシリア人の難民が、トルコ領内に流れ込んでいる。その数は増すばかりだ。なかでも、シリアのクルド人のトルコ領内への流入が、トルコ側で大きな問題になっている。
それは、トルコ政府にとって同国南東部の、クルド人居住地域が、頭痛の種になっていることに加え、そこにシリアから、クルド人がさらに流入してくれば、問題は複雑さをますます、増大させるからだ。
 トルコ政府はこれまで、何度となくシリア政府に対して、善処するよう要請してきたが、何の具体策もとられていない。トルコはシリア政府に対して、民主化を進めなければ、シリア国内が危険な状態に陥っていくことも、警告し続けてきていた。最近では、具体的に、第4旅団をデモが起こっている都市の、路上から撤収させるべきだ、とまで踏み込んだ提案をしたほどだ。
 トルコがシリアからの難民、なかでもクルド人難民について、神経質になるのには、それなりの理由がある。1991年イラクのサダム体制が、クルド人弾圧に踏み切った時、何万人という数のクルド人が、トルコに亡命してきた経緯がある。そして、彼らはアメリカ軍がイラクに攻撃を加え、イラクのクルド地区が解放されるまで、イラクに帰国することがなかったのだ。
 今回の場合も、もし長期に渡ってシリアのクルド人が、トルコ領内にとどまるようなことになれば、トルコが大きな負担を担わざるを得なくなるのだ。
 トルコ政府はシリア政府が、難民対応も国内の公正な選挙の実施を含む、民主化対策もシリア在住のクルド人に国籍を与えないことにも、いらだちを感じている。その結果、最近ではトルコが軍を送り、シリア国内に難民用の安全地帯を設ける、という情報が飛び交い始めている。
 この安全地帯はシリアのトルコ国境に近い、カーミシリ市ばかりではなく、デール・ズール県にまで広がる広域にまたがるもののようだ。
 もしトルコが、実際にシリア領内に軍を送り、安全地帯を設定するようになった場合、シリアはどう対応するのだろうか。国際社会では、シリアのアサド政権の非人道的な、デモ参加者に対する対応もあることから、トルコ軍のシリア進出は支持される確率が、高いのではないか。
 シリア軍にはとても、トルコ軍を軍事力で追い返すほどの、実力はあるまい。
Posted by 佐々木 良昭 at 15:31 | この記事のURL
NO・1973「弁護士ムバーラク大統領の資産は1億ドル」 [2011年05月30日(Mon)]
 ムバーラク前大統領と彼の家族が、何兆単位の金を外国の銀行に分散して、隠匿していたという情報が、彼の辞任と時を前後して伝えられた。この情報はムバーラク大統領のイメージを、大きく傷つけたことであろう。(情報源はアメリカではなかったのか?)
 今日のパンにさえ事欠く、エジプトの大衆の側からすれば、これは単なる汚職のレベルではなく、凶悪な犯罪行為として映ったことであろう。それほどショッキングなものだったということだ。
 しかし、現在の段階に至り、ムバーラク前大統領と彼の家族が、裁判にかけられることになり、真実(?)が少しずつ明かされ始めたようだ。それはムバーラク前大統領の弁護士、ファリード・エルデーブ氏によって明かされた。
 ファリード・エルデーブ弁護士によれば、ムバーラク前大統領の資産は、600万エジプトポンド(約1億ドル)でしかない、彼は外国に一切資産を持っていない、外貨は1ドルも持っていないということだ。
 こうまで言いきられると、少し疑いたくなるのが人情だが、しかし、少し考えさせられることがある。それはムバーラク前大統領の時代に、エジプトは大きく様変わりをしたという事実だ。
 サダト元大統領が第4次中東戦争で勝利し(引き分け)、以来サダト大統領はエジプト経済の立て直しに、本格的に取り組んだ。しかし、サダト元大統領は大統領に就任して約10年、第4次中東戦争が終わって7年、キャンプデービッド合意が成立して、わずか2年ほどでこの世を去った。
 このため、サダト元大統領が描いたエジプト経済再建は、もっぱらムバーラク前大統領の役割、ということになった。ムバーラク大統領は30年間に及ぶ統治の中で、部分的にはエジプト経済の再建に、成功したものと思われる。
 外国からの援助交渉をまとめ、巨額の資金がエジプト政府の国庫に入り、民間実業家たちは湾岸諸国や、欧米企業との協力により、エジプトの経済を活性化させていた。それが躓きを見せたのは、いわゆるアメリカ発の、サブプライム・ローンの破綻だった。
 もちろん、こうした流れの中で、エジプト社会の貧富の差が、大きく拡大したことも事実だ。しかし、それはやむを得ない部分もあったのではないか。中国のケ小平氏は、「富める者から先に富め」と経済の活性化を煽り、結果的に中国は大金持ちを生み出した。もちろん、中国社会では貧富の差が拡大した。エジプトの場合も同じだった。ムバーラク前大統領の統治の下で、巨万の富を得た者が多数現れたのだ。
 ムバーラク前大統領の資産、1億ドルを多いとみるか少ないと見るかは、個々人の価値観によって異なろう。もしこの試算額が正しいとすれば、私は彼の功労に対する、当然の報酬であったと言いたい。
 『ムバーラク前大統領を絞首刑にしろ!!』と叫ぶ若者たちは、決して冷静であるとは思えない。人は酔った時、より強い酒を飲みたがるのと同じだ。品性あるエジプト国民なら、自国の大統領を殺人鬼、泥棒呼ばわりはしたくないはずだ。
 ムバーラク前大統領には静かな余生(多分非常に短期間であろう)を送ることを、許してやるのが本来のナイルの民の、精神ではないのか。
Posted by 佐々木 良昭 at 14:29 | この記事のURL
NO・1972「気になるトルコ・シリア関係悪化情報」 [2011年05月29日(Sun)]
 ダウトール外相とエルドアン首相の活躍で、トルコ外交が破竹の勢いで、成果を挙げてきている。結果的に、トルコは周辺70カ国との、ビザなし交流が出来るようになった。
 そのことは、トルコのビジネスマンがこれらの国々で、自由にビジネスを展開できるようになったということだ。トルコの周辺諸国、例えば中央アジア諸国を訪ねると、小模店舗から大規模なスーパーまで、トルコ人の経営する店舗が目立つ、それはイラクのエルビルでも同じだ。エジプトの免税店では、トルコ製品が売られているし、カイロ市内にもトルコのブテイックが目立つ。
 トルコの進出は、シリアでも進んでいるのだ。しかし、ここにきて気なる情報が流れ始めている。それは、シリア国内の不安定化が遠因と思われる。サウジアラビアのクオリテイ紙、シャルクルアウサト紙が『トルコとシリアのハネムーンは終わった』という記事を掲載している。
 その記事によれば、トルコとシリアは関係改善が始まって以来、国境の地雷撤去が行われ、貿易が自由化され、合同軍事演習まで行われるようになっていた。両国は類似する民族を抱え込み、800キロの国境を共有している。
 シリアがトルコと関係を強化したことは、シリアの国際的信用を高め、イランとのバランスを取る上でも役立つ。シリアはトルコの頭痛の種であったPKKのリーダー、アブドッラー・オジャラン氏を間接的にトルコ側に引き渡したことが、そもそもの関係改善の始まりだった。
 しかし、シリアの内紛が始まって以来、シリアからトルコに難民ガ流入し始め、これを懸念するトルコは、シリア領土内に安全地帯を設置し、そこに難民を留めておきたいようだ。そのことは、トルコがシリアに内政干渉することにもつながり、両国関係に問題が生じ始めている。
 これまで、トルコのエルドアン首相は何度となく、シリアのアサド大統領に民主化推進の、アドバイスをしてきたが、なかなか進展していないことに、苛立っていたようだ。シリア国内が不安定になることは、クルド問題など共通の問題が多いことから、トルコに飛び火する危険性があるため、他人事ではないのだろう。
 シリア側からすれば、トルコとシリア国内のムスリム同胞団との関係が、良好であることから、シリアの反政府運動を、トルコが間接的に支援しているのではないか、トルコ軍は自国の安全のために、越境し軍事攻撃をかけてくるのではないか、という不安があるようだ。そのシリアの懸念を高めるような発言が、トルコのギュル大統領特別顧問の、アルシャド・フルムズリ氏の口から出ている『トルコとシリアの関係は、体制同士の関係ではなく、国民同士の関係だ。』というのだ。
 レバノンのマシュヌーク議員は『トルコの選挙が終わった段階で、トルコ政府はアサド大統領に対し、辞任すべきだと言い出すのではないか?』と予測している。
 トルコのダブトール外相は最近になって『シリアのアサド大統領は民主的な選挙を、早急に実施すべきだ。』とシリアにアドバイスしている。トルコとシリアの関係は、中東地域にとって非常に重要なものであるだけに、今後の成り行きが気にかかる。
Posted by 佐々木 良昭 at 12:00 | この記事のURL
NO・1971「イエメン次のトップはシェイク・サーデク・アルアフマル」 [2011年05月28日(Sat)]
 大分長く続いたイエメン内紛も、そろそろ終わりのときが、近づいてきているようだ。最近になって、イエメンの首都サナア市での、戦闘が激化したことが、その大きな兆候であろう。
 金曜日には、サナア市だけで戦闘の死亡者は、100人を超えたと報告されている。これでは、誰もアリー・アブドッラー・サーレハ大統領を、支持する者はいなくなるだろう。
 イエメン国民はアリー・アブドッラー・サーレハ大統領に代わる、誰かが出てきて、一日も早く流血の惨事を止めてほしい、と願っていることだろう。サナアの激戦で、首都を逃れる者が多数出ているということも、最近では報告されている。
 そうしたなかで登場してきたのが、イエメンきっての大部族、ハシド部族の族長のシェイク・サーデク・アルアフマル氏だ。彼がもし、アリー・アブドッラー・サーレハ大統領に代わって、イエメンの新しい大統領に就任するのであれば、湾岸諸国はこぞって彼を、支持するのではないか。
 それは、アリー・アブドッラー・サーレハ大統領が、湾岸諸国の仲裁を、全く受け付けなかったからだ。もし、アリー・アブドッラー・サーレハ大統領が、湾岸諸国の仲裁を受け付けていれば、イエメン大統領の座を降りても、亡命先に事欠かなかったろうし、その後の豊かな生活も保証されたはずだ。
 しかし、今となっては、アリー・アブドッラー・サーレハ大統領が、アルカーイダの脅威を持ち出しても、アメリカは見向きもしないだろうし、湾岸諸国も亡命を申し出ても、受け付けない可能性があろう。 
 アリー・アブドッラー・サーレハ大統領が、間違った判断を下し、自身の立場を弱めたのは、彼の面子だったのか、あるいは彼の物質的な欲望だったのか。彼以外には真実は分かるまい。
 いずれの理由であるにしろ、イエメン国民はあまりにも、多くの血を流しすぎた。その上また部族長が大統領に就任するのでは、アリー・アブドッラー・サーレハ大統領の統治の形と、そう変わらないのではないか。少なくとも、欧米が考える民主主義とは、程遠い体制が出来上がるであろうと思われる。
 欧米型民主主義の実現は、まだほとんどのアラブの国では、無理なのかもしれない。そうであるとすれば、当分の間アラブ世界で実行可能な、欧米型民主主義に代わる、アラブ的民主主義か、あるいは擬似の欧米型民主主義の、体制を考える必要があるのかもしれない。
Posted by 佐々木 良昭 at 22:58 | この記事のURL
NO・1970「A・ネジャドの立場が不安定になってきた?」 [2011年05月27日(Fri)]
 最近になって、イランのアマハド・ネジャド大統領の立場が、不安定になってきているという情報が、飛び交い始めている。もしそうだとすれば、世界でも第3位の石油産出国であることから、座視するわけにはいくまい。
 実際のところはどうなのかを探ってみると、アハマド・ネジャド大統領の地位が、不安定になってきたと考えられるのは、イランの最高権威者であるハメネイ師との関係が、危ういものになってきているからだということだ。
 最近アバダンの製油所で起こった爆発も、石油相不在の中で、工事を急がせられた結果だ、と語る者もいる。
 それは、アハマド・ネジャド大統領がハメネイ師の許可なく、単独で石油相を首にし、別の人物を据えようと思ったことから、顕著になってきたということだ。本来であれば、議会にかけるか、閣内で話し合うことが必要であるとともに、ハメネイ師にお伺いを立てるべきであったのであろう。
 こうしたアハマド・ネジャド大統領の横暴ぶりは、イランの各種センターでも話題になっており、種々の機関が調査しているということだ。例えば、宗教賢人会議などは、その最たるものであろう。
 あるイラン問題専門家に言わせると、アハマド・ネジャド大統領はハメネイ師との関係を悪化させたことで、すでにレイム・ダッグ状態になっている、ということだ。
 またあるイラン問題専門家は、アハマド・ネジャド大統領はハメネイ師の実力を、過小評価しているのではないか、ということだ。確かに、アハマド・ネジャド大統領は地方を訪問し、各種の援助を地域の要望に沿って行っており、貧民層からの支持は強いが、イランの政治権力は全く別のところに、存在することを忘れているのではないだろうか。
 このハメネイ師のアハマド・ネジャド大統領に対する、反撃が始まったのは、ヘイダル・モスレヒ内務相を更迭にしようと思った、4月からだということだ。ハメネイ師は当然、この考えを拒否したが、その後、アハマド・ネジャド大統領は公衆の面前に、当分の間姿を現さなくなっていたし、内閣会議すらも欠席していた、ということのようだ。
 アハマド・ネジャド大統領が義兄弟エスファンデアル・マシャエイ氏を重用したことも、イラン国内では批判の対象となっている。そのことに加え、石油の権限を手中に収めようとすれば、当然の帰結としてハメネイ師の逆鱗に、触れることになろう。それはハメネイ師ばかりではなく、宗教界の長老全員をも、敵に回すことになろう。
 最も大きなアハマド・ネジャド大統領の間違いは、ヘイダル・モスレヒ内相をハメネイ師と相談せずに、首にしたことだと言われている。いずれにしろ、アハマド・ネジャド大統領の任期は2013年までだが、彼が最後まで大統領職を全うすることができるのか、あるいは途中で首にされるのかは、もう少し様子を見る必要がありそうだ。今後の1年間はイランから目を離せない、ということであろう。
Posted by 佐々木 良昭 at 16:41 | この記事のURL
NO・1969「ハーリド・ミシャアルよ、お前もか!!」 [2011年05月26日(Thu)]
 パレスチナを国家として、承認してもらおうとする計画を、パレスチナ自治政府が建て、今年の9月の国連で、提案する予定になっている。この目的に向けて、パレスチナ自治政府のマハムード・アッバース議長が、どうしてもクリアしなければならない関門がある。
 それは、パレスチナ内部が一体である、という形にすることだ。現状では、ガザを支配するハマースと、ヨルダン川西岸地区を支配する、ファタハとに分かれているからだ。このままでは、パレスチナ自治政府としては世界に対し、パレスチナ人すべてを代表している、とは言い難いことになる。
 そこで秘密交渉が重ねられ、最終的にハマースとの合意が見られ、合同政府を創ることが合意されたのは、つい最近のことだ。このハマースとファタハとの交渉は、もっぱらシリアのダマスカスで、行われていたのであろう。
 シリアのダマスカスで交渉が行われたとなると、ハマース側の交渉相手はハーリド・ミシャアル氏ということになる。ハマースのハーリド・ミシャアル氏は、パレスチナ自治政府にハマースが復帰することで、パレスチナ自治政府はより一層の、和平へのチャンスを、創り出すことができると語っている。
 しかし、このハーリド・ミシャアル氏は、ガザのハマース幹部がウサーマ・ビン・ラーデンの死について、哀悼の意を表したことを、口が滑ったのだと評したことから、ハーリド・ミシャル氏とガザのハマース幹部との間で、意見の相違が目立ち始めていた。
 ここにきて、ガザのマハムード・ザハル氏は「ハマースはイスラエルとの和平交渉を支持したことも無いし、パレスチナの代理で交渉することも、支持した覚えはない。」と全面的にハーリド・ミシャアル氏ら、ダマスカスのハマース幹部の動きを否定した。
 ハーリド・ミシャアル氏らシリアのダマスカスに、拠点を置くハマースの幹部は、なぜこの時期にファタハとの合意に、至ったのであろうか。それはチュニジアやエジプトで起こった、大衆蜂起を見てのことではないか。そして、その動きがシリアでも、起こってきていることから、方向転換の必要性を、感じたのであろう。
 しかし、もう一つ考えられる理由は、ハマースとファタハが合意し、合同政府を創る段階になり、ハマースの誰が閣内に入るのか、ということも理由であろう、と専門家はみている。
 ハーリド・ミシャル氏らダマスカスのハマース幹部は、パレスチナ合同政府の閣僚に就任することを、希望しているということだ。。つまり、金と名誉がそこには、横たわっているということだ。『ハーリド・ミシャルよ、お前もか!!』
Posted by 佐々木 良昭 at 14:08 | この記事のURL
NO・1968「トルコ未だにリビアで中立を堅持」 [2011年05月25日(Wed)]
 トルコ政府は、イギリスやフランスのリビアに対する攻撃的姿勢とは異なり、極めて冷静な対応を示してきていた。あくまでも、話し合いによる解決を、目指してきていたのだ。
 これに先立ち、トルコは大分前から(数年前)、カダフィ大佐に対して民主化を進めるように話しかけても来たようだ。しかし、カダフィ大佐はこのトルコのアドバイスに、耳を貸さなかったようだ。
それは、シリアのアサド大統領の場合と同様に、カダフィ大佐本人の意思もさることながら、カダフィ大佐と革命を起こした、革命第一世代と彼らの子息たちの意向(慾)が、それをなかなか許してくれないからのようだ。
 こうしたトルイコ側の配慮にもかかわらず、事態は刻一刻と進展しており、これまで止め役に回っていたアメリカも、無人機を派遣し、リビアのトリポリの幾つかの拠点を、爆撃し始めている。
 このアメリカの動きは、大きくイギリス・フランスを、勇気づけていることであろう。加えて、アメリカによるベンガジに拠点を置く、リビアの反体制派に対する接近も、活発になってきている。
 そうした中で、反体制の代表者であるムスタファ・アブドッジャリール氏が、トルコの首都アンカラ市を訪問した。この中でムスタファ・アブドッジャリール氏は、トルコが初期の段階から、リビア問題に対し、公正な立場を堅持してきていたことに、感謝の意を表している。
 しかし、だからと言って、トルコは反体制側の組織が、リビアを代表するものだとは、未だに認めていない。現段階でも、トルコは願わくば、リビアの内紛が平和的に解決されることを、望んでいるということであろう。
 最近、トルコのダウトール外相は、カダフィ大佐が辞任することが、平和的なリビア内紛の解決につながることを、強調していることからも分かろう。
Posted by 佐々木 良昭 at 16:11 | この記事のURL
NO・1967「フランスがヘリで攻撃開始・カダフィ体制の終わりが近い」 [2011年05月24日(Tue)]
 リビアに駐留するフランス軍が、近く軍用ヘリコプターでカダフィ軍を、攻撃することを発表した。そのことは、現状と今後のリビア情勢を、ある程度語っているものと思われる。
 敵軍に対し、軍用ヘリコプターで攻撃するということは、近距離からの攻撃であるために、その効果は大きいが、同時に、軍用ヘリコプターが敵側から、撃墜される可能性も高いということだ。
 もちろん、フランスは危険度の高い早い段階で、軍用ヘリコプターを使用しての、攻撃を考えるわけがない。つまり、リビアのカダフィ軍は相当なダメージを、既に受けており、地上からの軍用ヘリコプターに対する、反撃の可能性は大分低下している、ということではないのか。
 フランス軍の今回の決定を聞いて、イギリス軍も同様の準備が出来ており、軍用ヘリコプターによるカダフィ軍攻撃の、可能性をにおわしている。そのことは、益々、カダフィ軍側の形勢が悪化していることを、示しているのではないか。
 他方、トルコのダウトール外相は、リビアの反体制組織のリーダーである、アブドッジャリール氏と会談し、その中で、「カダフィ氏は早急に辞任すべきだ。」と語っている。
 それ以外にも、アメリカの国務次官であるジェフリー・フェルトマン氏が、リビアの反体制組織の幹部と、ベンガジで会談している。加えて、ロシアのセルゲイ・ラヴロフ外相も、リビアの反体制派と会談する意思のあることを、語っている。
 リビアの隣国であるチュニジアからは、カダフィ大佐の妻娘が亡命したのではないか、という情報が流れてきているし、先日トリポリを離れたリビアのシュクリ・ガーネム石油相は、亡命したことが明らかになっている。
 船が火事になるときは、「いち早くネズミが逃げ出す。」と言われるが、リビア高官の亡命や、家族の亡命は、カダフィ体制の終焉の兆候であろう。だからこそ、フランスは軍用ヘリコプターでの攻撃に、移ると発表したのであろう。
Posted by 佐々木 良昭 at 15:54 | この記事のURL
NO・1966「エルバラダイ氏がムスリム同胞団に懸念」 [2011年05月23日(Mon)]
 元IAEAの事務局長で、近い将来、エジプトで実施されるであろう大統領選挙に、立候補するだろうと見られている、ムハンマド・エルバラダイ氏が、ムスリム同胞団の動きと、エジプト革命について、懸念を表明している。
 彼によれば、ムスリム同胞団が権力を握った場合、エジプトはイスラム法が施行され、より厳格な社会になっていくのではないか、ということだ。そのことは、世俗的な社会状況が、後退していくということであろう。
 加えて、ムハンマド・エルバラダイ氏は現在のエジプトが、経済的に相当苦しくなってきていることも、指摘している。エジプトの外貨収入の主要なものは、スエズ運河の通過料、シナイ半島のガス石油、外国出稼ぎ者の送金に加え、観光収入となっている。
なかでも、観光収入は観光客が泊まるホテルや、国内移動のバス・タクシー・飛行機、それに加えて、観光客が食べる野菜や果物に至ることから、裾野が極めて広いのだ。もちろん農家の歳端もいかない子ですらも、お土産作りでわずかではあるが、現金収入を得ることができるのだ。
 しかし、革命後このエジプトの観光産業は、死に体になっており、観光大臣は65パーセントまで回復したと言うが、観光業者に言わせると、せいぜい5パーセント程度しか、回復していないということだ。
 もちろん、これ以外の理由でも、エジプト経済は瀕死の状態にあり、失業者が増加している。また就業者の給与も、大分引き下げられているということだ。他方では、物価高が昂進しているのだから、庶民の生活は日に日に、苦しさを増しているということだ。
 こうした苦しい状況にあるエジプト国民に対して、ムスリム同胞団は救済の方法を持っていないというのが、ムハンマド・エルバラダイ氏の判断のようだ。ムスリム同胞団はこれまで、貧民救済などで人気を稼いできたが、それは国家の国民に対する、福祉政策の届かない部分での話であり、全体をカバーするものではない。
 結局のところ、ムスリム同胞団は打つ手がなくなり、国民は生活苦に陥っていく、ということのようだ。しかし、ムスリム同胞団は選挙の早期実施を支持しており、強引に議会の過半数を獲得しよう、としているのであろう。
 ムスリム同胞団以外の、今回の革命の担い手たちの集団は、いまだに政党を結成し、全国規模で選挙に向けて、行動を起こす段階には入っていない。そのことから、ムスリム同胞団が選挙を有利に戦い、結果は彼らの望むようなものになる可能性が高いのだが、それは国民の望むところではあるまい。
 ムハンマド・エルバラダイ氏は、ムスリム同胞団の有利な状況の中で進められる、エジプトの新たな体制が、議会を中心とするものなのか、大統領権限が優先されるのか、あるいはそれ以外のものになるか、不明だと語っている。
 加えて、エジプト革命の将来については、アラブの革命の手本になれればいいのだが、その為にはまだまだ多くの努力がいる、と語っている。つまり、ムスリム同胞団の先行は目立つが、それ以外の何物も不明確なままだ、ということであろう。そうであるからこそ、ムハンマド・エルバラダイ氏は、ムスリム同胞団の先走りが怖いのであろう。
Posted by 佐々木 良昭 at 15:36 | この記事のURL
NO・1965「エジプトのタラレバ話は実現するか」 [2011年05月22日(Sun)]
 エジプトは今、経済危機に向かって進んでいる。大衆蜂起の結果、ムバーラク前大統領が辞任し、多くの閣僚や経済人が、ムバーラク政権下で行ってきた汚職が元で、逮捕され裁判にかけられている。
 結果的に、エジプト政府や主要な民間企業の活動が、停止状態にあるのだ。一説によれば、エジプトの民間企業は現状が不安定であることから、50パーセントの工場や事務所の活動を停止し、残りの50パーセントも30パーセント以下の操業状態に、落としているということだ。
 しかし、そうした経済状況とは関係なく、大衆は権利の拡大を叫び、賃上げ要求を繰り返している。もちろん、失業者も激増しているのだが、大衆革命の熱病に罹っているためか、冷静に現実を見る目が、エジプト国民の間では、いまだに開かれていないようだ。
 そうしたなかで、エジプト政府が頼れるのは、湾岸産油諸国からの資金援助だ。その筆頭はサウジアラビアなのだが、これまでサウジアラビア政府は、ムバーラク前大統領を支持する立場から、もし、ムバーラク前大統領を裁判にかけるようなら、一切の資金援助をしない、という立場を表明してきていた。
それだけではない、サウジアラビア政府はムバーラク前大統領を、裁判にかけるようなことがあれば、全てのエジプト人を、サウジアラビアから国外追放する、とも警告してきていた。
 ここに来て、サウジアラビア政府がエジプトに対して、40億ドルの現金での援助をする、というニュースが伝わってきている。つまり、先にエジプトの首相がサウジアラビアを始めとする、湾岸諸国に支援要請で回ったときの反応は、最悪だったと伝えられていることから考えて、サウジアラビア政府のエジプト政府に対する態度が、少し軟化したということであろう。
 エジプト政府はこのサウジアラビア政府の資金援助を、国内企業へのソフト・ローンとして貸し出すほか、政府の運営資金に回すことを、考えているようだ。それにしても、エジプト政府がIMFに要請しているローンが、100〜120億ドルであることを考えると、40億ドルは一瞬の間しか、同国の経済を救えないのかもしれない。
 それでも、サウジアラビアの対応が変わったことは、まさに干天の慈雨であろう。願わくば、それがタラレバの話ではなく、現実のものであり、いち早く実施されることを願う。同時にエジプト国民が、出来るだけ早く、現実に目覚める必要があろう。
Posted by 佐々木 良昭 at 12:41 | この記事のURL
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