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NO・1954「エイプリル・フールではないトルコのメガ・プロジェクト」 [2011年04月30日(Sat)]
 トルコのエルドアン首相が、まさに21世紀の歴史に残る、大プロジェクトを始めることを宣言した。それは、現在あるボスポラス海峡以外に、人口のボスポラス海峡を建設するという計画だ。
 運河の長さは45キロメートル、プラス・マイナス3−5キロメートルというものであり、運河の幅は150メートル、水深は25メートルという巨大なものだ。この運河が出来上がると、現在のボスポラス海峡の通過が簡便になり、危険度も下がるということだ。
 現在のボスポラス海峡は、年間51000隻の船が通過しているが、運河は1日150隻が通過し、年間で85000隻が通過する計算になっている。つまり、トルコは地中海と黒海の間を、136000隻の船を通過させるということだ。
 この運河の建設には、述べるまでも無く、膨大なセメント・鉄骨が必要となるが、そのためセメント生産は6600万トンから、1億トンにまで増加する。鉄鋼生産も800万トンから、1300万トンに増加する見込みだ。
 そのことは、トルコの産業界を活性化させるし、労働市場も活気付けることになる。セメント・鉄鋼部門だけでも、25パーセントの雇用増が期待されており、工事に関連しては100万人の雇用が、工事期間に必要であり、完成後には150万人の新たな、雇用が創出される見込みだ。
 工事は2014年に始まり、400億ドルの予算が見込まれている。運河の両側には二つの大都市が建設され、空港が建設され、国際会議場が3箇所建設され、レクレーション・センターも設置される。当然のことながらオフィス・ビルやホテルも建設されることになる。この運河には5つの橋が、架けられる予定になっている。
 さて、トルコ政府はこのメガ・プロジェクトを進めるに当たって、どのような採算を考えているのであろうか。運河は有料となり、年間25億ドルの通過料が入る計算になっている。
空港は建設費用に10億ドルが見積もられているが、年間で6000万フライトを受け入れる予定だ。また巨大なショッピング・モールが建設される予定になっている。
このメガ・プロジェクトには、外国企業の投資が、200億から300億ドルあるものと期待されているが、湾岸諸国やイタリア、ロシアが既に名乗りを上げている。観光客は世界中から5000万人が押しかけ、市には1000億ドルの収入が、入る予定だ。
 さて、振り返って日本はこのような巨大な計画を、立てることが出来るのだろうか。東北を襲った地震と津波、福島の原発事故が起こった今こそ、巨大なプロジェクト、夢のプロジェクトが計画されるべきではないのか。
 その夢のプロジェクトへの投資は政府ではなく、民間企業によってなされるのであり、かつ外国の投資家を引き付ける、魅力的なものでなければなるまい。そんな大きな夢を描ける政治家も企業人も、日本にはいないということなのだろうか。多分いないというのが、現在の正直な日本人に対する、世界の評価ではないか。それでは外国からの投資は期待できまい。
Posted by 佐々木 良昭 at 22:40 | この記事のURL
NO・1953「ファタハとハマースの合意の意味」 [2011年04月30日(Sat)]
 パレスチナの二大勢力であるファタハとハマースが、挙国一致内閣を樹立することで合意した、というニュースが流れている。これをほとんどの報道機関は、前向きに評価しているのではないだろうか。
 もちろん、パレスチナと対立関係にあるイスラエルにしてみれば、前向きに受け止められる内容ではない。敵が一致団結してかかってくる、と受け止めている。イスラエルのネタニヤフ首相はこの合意に対し「ファタハはイスラエルとの和平を選ぶのかハマースとの合意を選ぶのか。」と強く反発している。
 確かに、パレスチナ組織のハマースはファタハとは違って、いまだにイスラエルを国家として認めていない。スキきあらば打倒し、ユダヤ人をパレスチナの地(イスラエル)から、追放したいと考えている。
 今回の合意で、ファタハは別にハマースの「イスラエルとはあくまでも戦う。」という強硬路線に従う、という立場を採ったのではない。ハマースはハマースで、ファタハの「イスラエルとの和平路線」を受け入れたのでもない。
 ファタハとハマースが合意したとはいえ、挙国一致内閣を作ることで合意したとは言うが、今までの両者の立場に、変化があったわけではないのだ。
 では何が今回の両派の合意を、生み出したのかというと、実はファタハもハマースも、手詰まり状態になっていたことが、あるのではないか。ファタハは長い間極めて卑屈に、イスラエルとの「和平ごっこ」を続けてきていた。
「和平ごっこ」というのはアメリカなどからの支援を受けるために、イスラエルと和平交渉をする姿勢を見せてきたのであって、和平が成立することを望んで、交渉してきたのではないということだ。
ハマースはハマースで、あくまでも武力闘争によってパレスチナの地を開放するのだ、と言い続けてはきているものの、実態はイスラエルの報復を受け、大きな人的物的被害を受け続けてきている、ということではないのか。
 こうした現実をパレスチナの大衆は、見守り続けさせられてきた。そうした中で、アラブ世界で燃え始めた大衆革命が、パレスチナ人の目にも留まったのだ。現在権力を有するファタハとハマースの動きに対し、大衆が反発して立ち上がる動きが、出てきているのであろう。
ハマースはこのなかで、エジプトのムバーラク政権が打倒されたことにより、ムスリム同胞団の力が強まり、ハマースに対する支援の幅が、広がる可能性が出てきている。現実に、エジプトのアラビー外相はガザとエジプトとの国境を、長期的に開放する方針を語っているのだ。
ファタハは大衆の蜂起を恐れ、ハマースもまた何らかの手段を講じなければ、大衆が強硬路線に嫌気をさしてくることを考え、エジプト革命をファタハとの間で、優位な妥協をするチャンス、と見たのではないか。
しかし、今回のファタハとハマースとの、挙国一致内閣の樹立合意は、決して生易しいものではなかろう。イスラエルがガザばかりではなく、ヨルダン川西岸地区に対しても、先制攻撃を仕掛けてくる、危険性があるからだ。
ファタハとハマースが、少しでもカジの執り方を間違えれば、イスラエルとパレスチナとの全面戦争に、発展する危険があるのだ。エジプトはパレスチナで戦争が起これば、自国内の意思統一が出来ると考えるかも知れないが、だからと言って、エジプトが参戦するとは思えない。シリアもまた、イスラエル・パレスチナ戦争が起これば、フルに利用することは考えても、参戦する意志はほとんどんなかろう。
ただ、エジプトやシリアがイスラエル・パレスチナ戦争を利用だけしようと思えば、両国民は激しい政府非難を、始めることが予想される。今回のファタハとハマースの挙国一致内閣樹立合意は、誰にとっても危険なものになるではないのか。
Posted by 佐々木 良昭 at 04:31 | この記事のURL
NO・1952「エジプトの革命・変わる主役」 [2011年04月29日(Fri)]
 エジプトでは今、識者はあらゆる場面で、1月25日革命を口にすることから発言を始めている。つまり、1月25日革命を口にし、賞賛しなければ、自分の発言が社会的に、受け入れられないといった風潮が、エジプト社会のなかに、広がっているということだ。
 1月25日革命は21世紀に記録すべき、偉大な大衆による独裁者を倒す革命であり、平和的に行われたものだ、と定義付けられている。しかし、実態はどうだったのであろうか。
 そこで大衆革命がどう推移し、それがどのような結論に達したのかを、もう一度検討してみることにした。確かに、第一段階では無名の若者たちが主役であり、彼らはフェイス・ブックなどを通じて革命を呼びかけ、大衆を動員することに成功していった。1月25日、26日、27日とこの活動は続けられ、28日の午後5時の段階になると、彼ら最初に行動した若者たちは、突然舞台から消えていった。
 その後の第二段階の大衆革命の主役は、不特定多数の大衆に代わっていった。金持ちも、貧乏人も、若者も、年配者もが参加するようになったのだ。その数は何百万人にも達し、エジプトの各地でムバーラク体制に対する、反対運動が広がっていた。
 こうなると、もう警察の力ではなんとも、しようがなくなっていた。軍隊はこの大衆運動に対し、全く手を出さなかった。そのことは幸いにして、革命後のエジプトに、ある程度の秩序を、もたらしたのかもしれない。
 次いで革命の主役は第三段階を迎え、不特定多数の大衆とムスリム同胞団に代わった。ムスリム同胞団はこの段階から、革命のイニシャチブを掴んでいた。それは第四段階を見ると明らかになる。
 第四段階は、革命が軍によるクーデターによってほぼ達成し、ムバーラク大統領が辞任することが、オマル・スレイマーン副大統領によって宣言され、軍が結成した軍最高評議会と各政党、人民代表との交渉の段階に入った。ここで、いち早くこの会議に参加を表明したのは、ムスリム同胞団だった。
 ムスリム同胞団はエジプトで最大の力を持つ、軍との協力姿勢を示すことによって、この革命を軍と並び、自分たちの手中に収めようとしたのであろう。事実、その後の展開を見ていると、ムスリム同胞団がエジプト政治の主役に、躍り出たことが明らかになっている。
 現在、エジプトの首相を務めているイッサーム・シャラフ氏は、ムスリム同胞団が推薦し、軍最高評議会が受け入れたものだといわれている。つまり、ムスリム同胞団は現段階で、エジプト政府のトップを選出する力を持つに、至ったということだ。
 しかし、このムスリム同胞団が、若者たちによって始められ、大衆を立ち上がらせた革命を、自分たちのものにし、今後長期間に渡って、それを維持し続けていくことが、出来るだろうか。
 現在のエジプトは、大衆革命に暴力をもって対応した警察が、完全に舞台から降り、社会は混沌とした状態になり、警察は犯罪を取り締まることを、放棄している。
 輸入業者は支払いが不確かであり、販売が不確かな状態のなかで、輸入を止めている。各企業は社員を解雇し、あるいは給与を大幅にカットしている。もちろん倒産した企業も、少なくないようだ。
その結果、ある企業のオーナーは大卒やドクターを持つ多くの若者が『何の仕事でもいい、出来るだけ早く雇って欲しい。』というメールを送ってきていると語っていた。
 エジプトでは大衆革命が成功し「独裁者」ムバーラク大統領は追放された。しかし、その結果は、パンがない、仕事がない、生活苦、という悪循環への展開ではないのか。
そして、その状況はやがて、新たな大衆の蜂起を、起こさせることになろう。その第二革命に対し、ムスリム同胞団は応えることができるのであろうか。現段階で軍最高評議会が、ムスリム同胞団の専横を許しているのは、第二革命に備え、自分たちの役割を考えているからではないのか。
Posted by 佐々木 良昭 at 15:41 | この記事のURL
帰国報告 [2011年04月27日(Wed)]

 4月27日予定通り帰国しました。帰路はカイロからイスタンブール乗継で、直接成田まで戻りました。でさすがにきついようです。
 ご報告は明日明後日になると思います。今回の中東出張の中で強く感じたことは、アメリカの影響力、それに各国似た様な状況が起こっているのですが、内容にはそれぞれ異なる部分があるということです。そこが中東の複雑さなのでしょう。
Posted by 佐々木 良昭 at 21:00 | この記事のURL
「海外出張のお知らせ」 [2011年04月15日(Fri)]
4月16日から4月27日までエジプト、トルコを訪問して来ます。、エジプトでは革命以後の社会状況を調べてきます、トルコでは同国の中東地域での役割を調べてくる予定です
中東地域は各国それぞれに変化があり、興味深い出張になりそうです。その間は中東報告を休みます。
Posted by 佐々木 良昭 at 21:54 | この記事のURL
NO・1951「エジプトエリート取り調べと軍の困惑」 [2011年04月15日(Fri)]
大衆の蜂起により、エジプトのムバーラク大統領は、辞任させられた。その2・11革命の成功は、前権力機構の要人たちを、震え上がらせている。大衆があらゆることで権利を主張し、政府の決定に反対するようになったからだ。
 たとえば、大学生は大学の運営まで、自分たちを加えろと言い出している。そのことは、大学が大学として、機能し難くなるということだ。
 アラブ連盟の事務総長を務めていた、元外相のアムル・ムーサ氏が辞任した後任に、エジプト政府はムスタファ・ファッキ氏を推薦していた。しかし、民間から彼は前政権の一員であり、ふさわしくないという反対意見が、出てきている。もちろん、ムスタファ・ファッキ氏自身も、前政権と関係があったからと言って、その全ての人たちが汚職に絡んでいるとは限らない、と反発意見を述べた。
 現在では、大衆の意見が強くなり、前政権の要人たちが次々に、犯罪容疑者として取り上げられ、刑務所に送られている。昨日までの御殿暮らしが、今日は薄汚れた刑務所に変わるのだから、まさに天国から地獄の絵図であろう。
 ムバーラク前大統領は病気を理由に、シャルム・エルシェイクの病院に辛うじて留まっていられるが。それもあと一二週間の猶予で、その後はカイロの法廷に引き出されることになっている。
 ムバーラク前大統領の二人の息子、アラーア氏とガマール氏は、既にカイロ郊外のトラボラ刑務所に、入れられたということだ。それ以外にも、ムバーラク政権下で権勢を誇った、内務大臣のハビーブ・アドリ氏、与党事務総長だったサフワト・シャリーフ氏、大統領府のトップだったザカリヤ・アズミ氏と言った要人中の要人たちが、押し並べて刑務所に、送り込まれているのだ。
 彼ら以外にも、ビジネス・エリートの中にも、多くの大物が刑務所に送られている。そうした状況は、現在エジプトで最高権力の地位にある、軍幹部にも影響が及ぶ、危険性がある。
 現在軍最高評議会のトップであるタンターウイ国防大臣は、ムバーラク前大統領によって指名された人物であり、副大統領職にあるオマル・スレイマーン氏も、ムバーラク前大統領に抜擢されて就任しているのだ。もちろん、それ以前のポストである情報長官職も、ムバーラク前大統領の指名によるものだった。
 そうなると、彼ら新しい権力構造を形成している人たちも、前政権とはべったりの関係であったことから、汚職に関連していると疑われても、仕方があるまい。要人の裁判の中で、彼らの名が挙がってくる危険性は、高いと考えるうべきであろう。
Posted by 佐々木 良昭 at 16:50 | この記事のURL
NO・1950「イランが西側機にジェット燃料給油拒否へ」 [2011年04月14日(Thu)]
 イラン政府の高官が、イランは西側の国々のジェット機に対し、ジェット燃料を給油しなくなると語った。このことは、そうでなくてもイランに対する、経済を始めとする制裁の強化が、叫ばれている中では、イランをますます危険な状態に、追い込んでいくのではないか、と思われるのだが。
 イラン側の説明によれば、この問題はそもそも西側諸国が、イランの旅客機に対し燃料の供給をやめたことに対する、報復措置だということだ。事実ヨーロッパ諸国の中では、ドイツ、イギリスがイラン機への給油を止めており、これに湾岸諸国が追従している。
 湾岸諸国はイランから近距離にあるため、給油サービスが無くなっても、さしたる影響は出まい。しかし、ヨーロパとの間では、飛距離が長いことから、ヨーロッパとイラン双方が、給油を行われなければ、途中で給油をせざるを得まい。ドイツなどがはギリシャで給油をすることにより、安全な航行を継続しているようだ。
 そもそも、この燃料に関わる制裁は、アメリカのオバマ大統領によって提案され、全ての精製油をイランに供給しない、ということから始まったものだ。なぜならば、イランは大産油国でありながら、石油精製能力が限られていたためだ。
 その後、イラン政府はこの油の制裁が始まると、自力で精製施設を拡充し、輸出できるレベルにまで、増産を達したと発表している。
 イランはいま、なぜ西側諸国の飛行機に対する、ジェット燃料の給油を、やめようというのであろうか。それは多分に、欧米各国のイランに対する、制裁への腰の入れ方を図るつもりで、実施されるのではないかと思われるのだが。
 いまアラブ世界は、まさに大混乱の大渦の中に、飲み込まれようとしている、と言っても過言ではあるまい。そうした不安定の度を増している、アラブ世界での出来事が、イランで起こっても不思議はあるまい。
 最近では、イランに対するイスラエルやアメリカによる、軍事行動はあり得ないという推測がもっぱらだが、そのことは、イランをしてより強硬な、立場を採らせているが、イランは西側諸国を嘲り笑いたい、ということであろうか。しかし、西側諸国が結束した時の爆発力は、イランが想定している以上に、厳しいものではないのか。
 イランは戦争の危機が過ぎ去ったと判断しても、西側の実力を軽視するべきではあるまい。
Posted by 佐々木 良昭 at 14:23 | この記事のURL
NO・1949「英仏にあせりか?米は今後リビアでどう動く?」 [2011年04月13日(Wed)]
 リビアのカダフィ体制は非人道的である、という結論が国連で出され、それに従って、飛行禁止区域が設定された。そのことは、飛行禁止を徹底するために、最低限必要な空爆を始めとする、軍事行動を認められた、ということであった。
 問題はカダフィ体制が非人道的であるにしても、リビアはれっきとした独立国家であり、人道の名の下に国内の対立に、外国が軍事介入をすることが、容易に認められるかということだった。
 しかし、国内経済が行き詰まっていたフランスとイギリスは、国連の決定が出るや否や、リビアのカダフィ体制打倒の、軍事行動を開始した。それは、フランスの空爆によって始められた。
イギリスも追従する形で、リビアのカダフィ体制側に対する、軍事行動を起こしたが、そのことによって、反体制側が目に見えて軍事的優位に、立つということはなかったようだ。
 国際世論は押しなべて、フランスとイギリスの過剰な軍事行動に、冷たい視線を向けることになった。なかでも、アメリカはイラク、アフガニスタンという二つの戦争を抱えていることから、第三の戦端を開くことに、躊躇していたというのが一般的な評価だった。
 アメリカはアメリカの意図を超える、フランスとイギリスの軍事行動に、一定のタガをはめるために、リビアに対する軍事行動の主導権を、NATO,が持つべきだと主張し、アメリカの意向どおりに、NATOがイニシャチブを執るようになった。
 しかし、NATO、軍を構成する主要な二カ国が、フランスやイギリスの意向とは、別の立場を採った。それはドイツでありトルコだった。両国はNATO軍の名の下に、軍事行動を拡大するのではなく、まず平和的なリビア問題の解決の努力を、することだという立場を採った。
 このため、フランスとイギリスの思惑は、確実に外れたのではないか、と思われる。頼りにしていたアメリカが腰を引き、次いでNATOのなかの軍事大国であるドイツとトルコが、なかなか軍事行動に参加してくれないのだから、無理もなかろう。
 トルコはリビア人の戦闘よる、負傷者を引き取って、自国内で治療をするという、まさに人道的な立場を採り、カダフィ派反カダフィ派のリビア人の、高い評価を得るに到ったのではないか。
 フランスとイギリスが支援する、反カダフィ派は一般人であり、正規の軍人ではなかった。したがって、装備に勝るカダフィ派が、正規の軍人で構成され、十分な装備を有していたことから、当初はフランス、イギリスによる空爆で敗色が見えたのだが、間も無く盛り返し、次第にこう着状態に陥ってしまった。
 フランスとイギリスにとって、もうひとつ困ったことは、国際世論の手前、あまりおおっぴらに最新の兵器を、反カダフィ派に送るわけにも、行かなくなったことであろう。
 フランスとイギリス、そしてうまくいけば、アメリカも支援してくれる、と思っていた反カダフィ派は、次第に兵器,資金、義勇兵が不足して行ったのだ。そして、そうした状況の中で、アフリカ諸国が仲介に名乗り出た。それはカダフィ大佐の辞任と引き換えに、彼の子息サイフルイスラーム氏が、暫定的な大統領に就任し、新しいリビアの政治体制を築いていく、というものだった。
 このアフリア諸国首脳の提案は、反カダフィ派の内部に、意見の相違を生み出した。一部の者は、アフリア首脳の調停案を受け入れたい、と考えるようになり、他方は、断固カダフィ大佐とその家族も、権力との関係を維持することを認めない、というものだった。
 こうした状況になると、益々フランス、イギリスの立場は、弱くなってしまう。将来の利益も不安になってしまうのである。そこでフランスとイギリスはNATO.軍に対し、積極的な軍事行動に出るよう、強く要請することとなった。
 もうひとつフランスとイギリスが試みたのは、国際会議を開催し、カダフィ体制打倒を決め、その決定に基づいて、アメリカとNATO軍に、積極的な軍事介入をさせるという方法のようだ。カタールのドーハで開催される、リビア問題をめぐる会議の目的は、このような結果を生み出すためのものであろう。
 さて、これまでうまい具合に身をかわし、リビア問題でNATOを担ぎ出し、蚊帳の外に出ていたアメリカは、今後どうするのであろうか。多分にアメリカはフランスとイギリスが疲労し、打開策が無くなり、リビア国内でもカダフィ派と反カダフィ派が、次の一歩を踏み出せなくなった段階で、出て行くのではないかと思われる。
 アメリカにとって、リビアはフランスやイギリスにとって大事なように、石油資源、国内戦闘後の復興、そして、アフリカ最大の空軍基地の回復という観点から、どうしても、強い影響力を持ちたい国だからだ。
 加えて、アメリカはフランス、イギリスに、イラクやアフガニスタンでの戦争で借りがあるということだ。なかでも、イギリスはこれまで積極的に、イラク、アフガニスタンへの軍事行動を、支援してきてくれていた国だ。
 そのイギリスを最後まで支援せずに、イギリスがリビアでの権益を獲得できないで、手を引く状態にはさせないのではないか。アメリカはいま、リビア問題への介入のタイミングを、狙っているのではないかと思われる。既にアメリカの軍幹部から、アメリカは最終的にリビアへの、軍事介入をせざるを得ない、という意見が飛び出しているのだ。
Posted by 佐々木 良昭 at 23:16 | この記事のURL
NO・1948「カダフィ辞任とリビア新体制構想は進むか」 [2011年04月12日(Tue)]
 アフリア諸国首脳がリビアを訪問し、カダフィ大佐に会い、停戦の実現について話した。結果は、カダフィ大佐が提案を受け入れたが、反カダフィ派はこれを拒否したと言われている。
 反カダフィ派が拒否した理由は、カダフィ大佐の辞任(本人は公職に無いと言っている?)はあるものの、彼の子息であるサイフルイスラーム氏が、新たに行われる大統領選挙に、立候補できる余地があったためだ、と言われている。反対派の一部は、カダフィ大佐と一族郎党全部に、姿を消して欲しいということであろう。
 しかし、反カダフィ派にも内部には、妥協する時期だという意見もあるようだ。それは、反カダフィ派が次第に、武器と資金と戦闘員が、不足してきているからだということだ。
 そのため、反カダフィ派のなには、カダフィ大佐が権力の座を降りて、サイフルイスラーム氏が大統領として、一定の期間権力を握ることに、反対しないという意見が、出てきているということだ。それは、カダフィ大佐に比べ、サイフルイスラーム氏の方が、柔軟であり懐柔しやすい、という読みもあるようだ。
 サイフルイスラーム氏とカダフィ大佐支持派は、カダフィ大佐が権力の座から降りた後も、シンボルとして評価され、彼の功績が認められるようにしたい、という願望があるようだ。カダフィ大佐が内紛の初期に、自分には何の地位も無いと語ったことが、実は「大統領選挙を認める。」という意味だった、と推測する人たちもいる。
 サイフルイスラーム氏は以前から、憲法を制定し政治的、経済的改革を進めることが、リビアには必要だと主張してきていたことが、一部反カダフィ派の人たちによって、認められているのかもしれない。
 しかし、そうした評価とは別に、サイフルイスラーム氏はカダフィ大佐のオウムにすぎないのだ、とする考えもあるようだ。サイフルイスラーム氏は選挙に立候補しても、他の強硬派(9・1リビア革命のメンバーやその家族か?)の立候補は認めない、とも語っているということだ。
 リビアの外務副大臣であるハーリド・カイム氏は、新憲法が準備されており、近くそれが公表されようと語っている。リビア国会スポークスマンのムハンマド・アブルカースム氏も、リビアの新憲法は出来上がっており、検討を待つばかりだと語っている。
 さて双方が疲労気味になり、こう着状態に陥っているリビア内戦が、アフリア首脳の仲介を機に、前進するのだろうか。あるいはあくまでも反カダフィ派の拒否で、進まないのであろうか。
Posted by 佐々木 良昭 at 17:05 | この記事のURL
NO・1947「アフリカ諸国のリビア仲介努力は成果を生むか」 [2011年04月11日(Mon)]
 南アフリカのジャコブ・ズマ大統領を筆頭に、アフリカ諸国の首脳がトリポリを訪問し、カダフィ派と反カダフィ派の、仲介を図り始めた。両派の戦いは、NATO軍が反カダフィ派を支援しているにもかかわらず、こう着状態に陥っているといわれている。(代表団はモーリタニア、コンゴ、ウガンダで構成されている)
 いま最も激しい戦いが展開されているのは、アジュダビア市とミスラタ市のようだ。アジュダビア市では街の中に、両派の戦闘員が入り込み、白兵戦を展開しているということだ。
 実にばかげていると腹立たしい限りだ。何のためにリビア人同士が殺し合い、公共施設を破壊し、人々を悲惨のどん底に、陥れなければならないかと思うと。カダフィ大佐はそれほどの犠牲を払っても、倒すべき相手なのか。リビアは他のアフリカ諸国に比べて、それほど非民主的な国家だったのか。
 その怒りから、現在のリビアが直面している問題の、解決の糸口が見えてくるような気がする。利害を伴わない第三者が仲介に入ることにより、カダフィ派と反カダフィ派が、リビア人であるという原点に戻って、話し合える環境が作られることを望む。
 アフリカの代表団はカダフィ大佐との間で「即時停戦」「人道支援の受け入れ」「両派の対話」を提案したということだ。報道のタイトルを見ると、あたかもカダフィ大佐がこのアフリカ提案を、受け入れたようになっているが、実際はそうではないようだ。カダフィ大佐にしてみれば、聞き置くという程度ではないのか。
 そもそも、このアフリカ首脳の訪問団が持ち込んだ調停案は、誰が作成したのかという問題がある。うがった見方をすれば、ヨーロッパの旧宗主国の人たちが、作ったものではないのか。つまり、アフリカ首脳はその書簡を、カダフィ大佐に届けたに過ぎないのではないのか。
 アフリカ首脳代表団はトリポリ訪問後、反カダフィ派の拠点である、ベンガジ市を訪問することになっているが、反カダフィ派はすでに、カダフィ大佐と彼の子息たちが関与する形での、解決策を拒否している。
 以前、トルコが提案したのは、カダフィ大佐の子息である、サイフルイスラーム氏が政党を結成して、大統領選挙に挑めばいいというものだったが、今回のアフリカの調停では、当初から反カダフィ派がサイフルイスラーム氏の、参画を拒否している。
 つまり、時間が経過するほど、カダフィ大佐側にとっては、苦しい状況になってきているということだ。たとえ戦闘が継続されても、今後、カダフィ派が勝利を収めることはないのではないか。引き際が肝心とはよく言ったものだ。
Posted by 佐々木 良昭 at 17:31 | この記事のURL
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