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NO・1844「イラク新内閣誕生・サウジからのテロが問題」 [2010年12月30日(Thu)]
 長い時間をかけて、イラク各派の調整がやっと終わり、イラクは新内閣の結成に成功した。どうやら国内的には、問題が一応決着したようだ。
しかし、イラクにはもうひとつの、不安要素がある。それは、サウジアラビアの送り込んでくる、テロリストによる破壊活動だ。このサウジアラビアから侵入するテロリストたちは、イラク国内の宗派争いを、煽ることを主たる目的としているようだ。
シーア派の要人や施設を対象にテロを行えば、シーア派は当然のこととして、スンニー派に攻撃を加え、スンニー派の施設や要人をテロの対象にすれば、スンニー派がシーア派に対して、テロの報復を行うという状態が、これまで続いてきていた。
こうしたスンニー派とシーア派の戦いが、2003年のアメリカ軍の攻撃以来、今日まで続いているというのが、イラク政府の認識になっている。もちろん、サウジアラビアばかりではなく、イランもアメリカも、宗派対立を煽るためのテロを行っている、可能性は否定できない。
つまり、サウジアラビアにとっても、イランにとっても、アメリカにとっても、イラクの内情が不安定であることに、メリットがあるということだ。
今週の水曜日、イラクの政府要人が、サウジアラビア政府に対し、サウジアラビアからのテロリストの、イラク領内への侵入を阻止するよう、正式に協力を要請した。
もちろん、サウジアラビア政府がテロリストを、イラクに送り込んでいるとは言いがたいが、サウジアラビアの厳格なスンニー派の学者たちのなかには、イラクのシーア派国民を殺すことは、正しい行いだという見解を、口にする者もいるということだ。
このため、民間人の寄付が集まり、イラクに向かう、テロリスト組織が結成され、資金と武器が与えられるようなシステムが、出来上がっているのであろう。それは、アフガニスタンの場合で、既に実証済みのことだ。問題はそうした動きを、サウジアラビア政府が、黙認している点であろう。
サウジアラビアにしてみれば、隣国であるイラクが、自由でシーア派のリードする国になれば、そのこと自体が不安な要素となろう。したがって、シーア派政権を出来るだけ不安定なままに、しておきたいということではないのか。
イラクはサウジアラビアが、イラクにテロリストを送り込んでいる証拠を、握っていると言っているようだ。この事は将来、サウジアラビアとイラクとの関係が、より複雑で危険なものになる、可能性があるということであろう。
Posted by 佐々木 良昭 at 21:33 | この記事のURL
NO・1843「イランの核兵器完成には3年とイスラエル」 [2010年12月30日(Thu)]
 イスラエルの戦略相モシェ・ヤアロン氏は、「イランの核兵器開発は、現時点では不可能であり、これから3年の歳月を、必要とする。」と語った。
イランの核兵器開発(もしそうであれば。イランはあくまでも、平和利用の核開発だ、と主張している。)は、コンピューター・ウイルスが濃縮設備に侵入したために、正常に機能しなくなり、開発が大幅に遅れているのだ、という説明をしている。
イラン政府はこのことについて、9月の段階では、コンピューター・ウイルスが侵入したことは認めたものの、プログラムが受けたとされる、ダメージについては、受けていない、と否定していた。
このコンピューター・ウイルスは、スタックス・ネット・コンピューター・ワームと名づけられているが、極めて複雑なものであり、ウイルスの除去には、の相当の時間がかかるということだ。
コンピューターの専門家たちの間では、このウイルスは国家レベルの組織によって、開発されたプログラムであり、サイバー・テロリストなど民間の組織によって、開発されたものではない、という判断が下されているということだ。
そこで問題は、何故これまでイランの核兵器の危険を、叫び続けてきたイスラエルが、ここに来て、3年先と言い出したのか、ということだ。考えられることは、以下のような理由であろうか。
1:コンピューター・ウイルスの開発に成功し、イランの核開発を大幅に遅延させたことに対する賞賛。
2:何度でも新種のコンピューター・ウイルスを開発し、攻撃が出来るという警告、核兵器の開発を遅らせることが出来る、というイランに対する警告。
3:当面は、イスラエル軍による、イランに対する軍事攻撃は、無いということを世界に知らせる。
4:現時点では不可能だが、イランは3年以内に、確実に核兵器を開発する、ということを強く印象付ける。結果的に軍事攻撃は必要だ、ということを世界に知らしめる。
 このいずれが正解か、あるいはこれら以外に、正解があるのかについては、分からない。
Posted by 佐々木 良昭 at 12:04 | この記事のURL
no・1842「パレスチナの革命貴族たちの争い」 [2010年12月29日(Wed)]
 難民生活やイスラエルの弾圧で苦しむ、パレスチナの人たちに対する、世界からの支援金額は、莫大な額にのぼる。その支援金の合計が、1970年以来どれだけの額に達しているのかを、知る人はいないだろう。
それだけではない。パレスチナの幹部が湾岸諸国などを訪問した際に受け取る、個別の寄付金を加えれば、パレスチナ革命は世界的に優秀な企業と、肩を並べるほどの、利益を生み出していよう。
愚かな善意にあふれた日本人の、どちらかといえばあまり経済的に、余裕の無い人たちがそこにいって、支援活動をしているのだから、何とも皮肉な話だ。しかし、日本の支援活動をする人たちの一部にも、支援企業を経営している人たちがいる。外務省が汚れた仕事や、危険な仕事はしたくないために、いわゆるNGOなる組織を立ち上げさせ、その組織に金を渡して、支援活動をさせているというのもある。この外務省の下請けNGOも、悪くない商売のようだ。
支援を受けるパレスチナ組織の中核をなすのが、ファタハと呼ばれる組織だが、そこの幹部になるということは、大金が転がり込んでくる、ということの代名詞なのだ。したがって、パレスチナ人の多くが、このファタハの執行部役員になりたがる。
最近、その一人だったムハンマド・ダハラーン氏が、マハムード・アッバース議長の怒りを買い、除名されたようだ。ムハンマド・ダハラーン氏がミリシアを囲っており、そのミリシアを使って、クーデターを計画していたことが、発覚したというのだ。
ファタハ、あるいはパレスチナ組織が、こうも資金は豊かになったのは、オスロのイスラエルとPLOが交わした、和平合意後だといわれている。それ以前にも、パレスチナ組織各派は、湾岸諸国を恫喝して、しかるべき寄付を、強制していたようだ。
オスロ合意前には、ムハンマド・ダハラーン氏には資金的余裕は、無かったようだが、以来、金満家に成長したということだ。それがミリシア結成を、可能にしたのであろう。
最近では、テレビ放送局も運営していたが、パレスチナ自治政府が閉鎖命令を出した。彼に宣伝媒体を与えない、という目的からであろう。また、彼の自宅に付けていたガードも、外されたということだ。
ムハンマド・ダハラーンの支持者たちは、それではマハムード・アッバース議長の二人の息子はどうなのだと反発している。マハムード・アッバース議長の二人の息子、ヤーセルとターレクも、金満家のビジネスマンとして、知られているのだ。目くそ鼻くそが、革命の貴族化と堕落から、生まれたということなのであろうか。
Posted by 佐々木 良昭 at 14:29 | この記事のURL
NO・1841「ノルウエーで拡大する反ユダヤ・イスラエル感情」 [2010年12月29日(Wed)]
 ノルウエーはヨーロッパ諸国のなかにあって、ユダヤ人やイスラエルに対して、厳格な立場を採る国のようだ。
最近話題になっている、ウィキリークスが伝えたところによれば、ノルウエー政府や国民は、イスラエルに対して、厳しい眼を向ける半面、パレスチナのハマースに対し、シンパシーを感じているということだ。
ノルウエーがイスラエルやユダヤ人に対して、厳しい見方をするようになったのは歴史的な理由もあろうが、最も理解しやすい理由は、ノルウエーがレバノンの平和維持運に、20000人の軍人を送っていたことによるということだ。
彼らノルウエーの軍人たちは、レバノンに駐留する間に、パレスチナ難民の実態を直接見、彼らの意見を聞く機会があったからだ。同時にレバノン人に対しても、パレスチナ人に向けると同様の、シンパシーを感じているということのようだ。
ノルウエー人がイスラム教徒やパレスチナ人に対し、警戒心を持っていないのは、彼らからのテロ攻撃の可能性を、ほとんど感じていないからだ。
 その主たる理由は、ノルウエーに居住するイスラム教徒の数が、多いということにあるようだ。ノルウエーのオスロ市には、市の人口の25パーセントに当たる、イスラム教徒が居住しているということだ。
 もちろん、ノルウエーに居住するイスラム教徒たちが、パレスチナ支持の各種の活動を展開していることも、ノルウエー人がパレスチナに対して、理解の度が高い、理由のひとつであろう。
 ノルウエーにはアラブ人ばかりではなく、パキスタン人、ソマリア人、アフガニスタン人などが、多数居住しているということだ。
 このニュースを伝えたのは、イスラエルのマスコミであることを考えると、ノルウエーの例が、ヨーロッパ全体で拡大していくことを、イスラエルは懸念しているのかもしれない。昨今、ヨーロッパでは反ユダヤの雰囲気が、拡大していることと二重に重なり、思いがけない状況を生み出すかもしれない。
Posted by 佐々木 良昭 at 00:19 | この記事のURL
「年末年始の休載のお知らせ」 [2010年12月28日(Tue)]
12月27日をもって今年のブログ掲載は最後とさせていただきます。
なお新年の開始は1月4日からの予定です
しかし、暮れ正月に関係なくニュースはフォローしていますので、大事なニュースがあったら休暇中でも掲載します。
よいお年をお迎えください。
Posted by 佐々木 良昭 at 22:49 | この記事のURL
NO・1840「石油価格は100ドルになるとイランが予測」 [2010年12月27日(Mon)]
 例年にない寒い冬が、ヨーロッパ全域を包んでおり、石油価格の動向が、気になるところだが、イランのOPEC代表である、ムハンマド・アリー・ハティーブ氏は、石油価格が100ドルになると予測した。
 彼の考えでは、世界の石油市場が安定しており、需給関係がバランスを保っているからだ、ということのようだ。
 しかし、この冬の寒さは当然の帰結として、石油消費量を増やすことにつながり、需要が増えるからだ。バランスが保たれている、世界の石油市場は、需要の増加が、非常に早く石油価格に、影響を及ぼすということだ。
 石油価格は過去2年間、需要のレベルが高止まりになっていたことや、例年に勝る寒さが、価格を押し上げるということだ。事実、すでに石油価格は95ドルを付け、その後93ドル以上を維持している。
 ヨーロッパに加え、アメリカや中国の、石油消費の伸びも問題であろう。また、休暇シーズンに入ることも、この暮正月の石油価格需要の増大を、予測する根拠になっている。
 こうしたムハンマド・アリー・ハティーブ氏の予測と、同じような予測を、している人たちは少なくない。イランの石油相、マスウードミルカーゼミ氏が同じ考えであり、OPECメンバー諸国の予測も、ほぼ同じ考えのようだ。
 日本は円高で、あまり石油価格の高騰は、悪影響を与えないと思うが、自国通貨がドルに弱い国々にとっては、厳しい冬を迎えることになろう。
Posted by 佐々木 良昭 at 15:28 | この記事のURL
NO・1839「A・ネジャド大統領にあせり?」 [2010年12月27日(Mon)]
 最近、イランのアハマド・ネジャド大統領が、立て続けに常識的でない判断を下した。ひとつは、モッタキ外相が外国訪問中に、外相の地位を剥奪するという発表をしたのだ。もし、モッタキ外相に問題があるのであれば、帰国後に首にするべきであろう。
この点については、ラリジャニ国会議長が、国家の信用を失う行為だ、とアハマド・ネジャド大統領を批判している。全くその通りであろう。しかし、モッタキ外相の更迭は撤回されず、イランの核問題担当である、アリー・アクバル・サーレヒ氏が、後任の外相に納まった。
あえてかんぐれば、長期間に渡って、外国人と接触する地位に、一人の人物を置くことは、次第に外国人の考えに対し、理解を示すようになる、危険性がある、ということなのかもしれない。
あるいは、アラブ首長国連邦で開催された会議に、モッタキ外相が出席していたことが、原因なのかもしれない。そこでは、地域の戦略がテーマで、話し合われていたように記憶する。
もうひとつの、あせりの結果ではないかと思われる、アハマド・ネジャド大統領の判断は、大統領選挙の対抗馬と、彼らを支持したハタミ元大統領に対し、国外に出ることを禁止するという、決定を下したことだ。一説によれば、日本で今年の半ばに開催された会議に、ハタミ師は招かれていたが、外国への渡航禁止命令があり、会議には参加できなかったということだ。
カロウビ師とムサヴィ氏が、今回、外国への渡航を禁止されたわけであり、ムサヴィ氏を投獄するのではないか、という情報も飛び交っている。これに対し、ムサヴィ氏は「イランそのものが大きな刑務所であり、大きな刑務所から小さい刑務所に移ることを、何とも思っていない。」と語ったということだ。
ハタミ師やムサヴィ氏、そしてモッタキ氏は、世界的に知られる人たちであり、彼らの自由が束縛されるということは、イランのイメージ・ダウンに繋がる、と考えるのが常識であろう。
アハマド・ネジャド大統領が、こうまでもあせりを感じさせる、決断を下すということは、彼がいま国内外で、難しい状況にあることを、裏付けているのではないか。イラン国内経済の悪化、それに伴う国家補助の削減と物価の値上がり、アメリカによる経済制裁の強化、アメリカとイスラエルによる軍事攻撃という恫喝、いずれもアハマド・ネジャド大統領にとって、難しい問い題であろう。
イランの報道を見ていると、ガソリンの大増産(経済制裁強化による外国からのガソリン輸入量の激減に対する対策が成功したという意味、)大幅な経済拡大が達成された、といった大本営発表的なニュースが続いているが、どうも信憑性に欠ける。そう受け止めているのは、私だけだろうか。
Posted by 佐々木 良昭 at 00:31 | この記事のURL
NO・1838「A・チャリク氏との語らい・来年はどうなる」 [2010年12月26日(Sun)]
 日本のトルコへの原発売り込みに絡み、トルコの貿易大臣が訪日した。トルコ財界を代表するアハマド・チャリク氏は、貿易大臣と同行するはずだったが、カザフスタン首相が訪土したため、その対応のために、日本への到着が遅れた。
アハマド・チャリク氏は、12月24日の深夜に羽田に着き、翌日は原発のある新潟県の、柏崎市を訪問している。柏崎市から東京に戻ったその夜、彼が会いたいというので、お台場にある日光ホテルに出向いた。
イタリア料理を食べながら、日本側の原発輸出に関する話をし、日本側は全面的に、トルコに対し協力する意向だと伝えた。マスコミなどが、日本の原発輸出が、成功していないことを批判しているので、相当好条件で取り引きが、成立するだろうと語った。
加えて、原発は寿命が長いことと、トルコが地震国であることから、定期的な安全のためのチェックと、メンテナンスが大事だという話もした。彼はこちら側の話を、いちいち納得した表情で聞いていた。
イタリア・レストランが11時半を回って閉店となると、コーヒー・ショップで話し合おうと言い出し、ロビー・フロアに降りて行ったのだが、残念なことに、コーヒー・ショップは既に閉店していた。
そこで、彼はロビーの椅子に座り、話を続けようと言い出した。話題は世界政治情勢、世界金融情勢、トルコや日本の政治情勢など、広範にわたった。産業の発展の要点などについても話題は広がり、情報と知識の出し合い、という感じになった。 
彼はトルコの現政府は、オザル大統領の時代と同じように実力があり、今後もトルコを、発展させていくだろうと語り、現在、トルコ政府はトルコ・リラ(通貨)を、もう少し安く維持し、貿易を拡大していく、方針だと語っていた。
アハマド・チャリク氏と同行した、同社の幹部のエンデル氏(トルコのクルド人)は、トルコをハブ国家として、日本は活用するほうがいいだろう、と語っていた。そのハブ国家とは人材を含めての意味だ。
アハマド・チャリク氏も日本の企業は、トルコの若い技術労働者を、必要に応じて使う形の活用を、考えた方がいいと語っていた。実際に、スエーデンの会社は現在、そうしているという話だった。
このアハマド・チャリク氏は、現在トルコ国内はもとより、中央アジア諸国、湾岸諸国、北アフリカ諸国で、事業を展開している、実力派の財界人だ。彼のエネルギッシュな仕事ぶりには脱帽する。1月にまたイスタンブールで会おう、と語り合い、会話が終わった時は、既に真夜中の2時を回っていた。
アハマド・チャリク氏は12月26日早朝に起床し、成田から帰国した。トルコで彼を待っているのは。各国からの政府要人とビジネスマンの面会希望者たちだ。彼には盆も正月も無い。
Posted by 佐々木 良昭 at 12:04 | この記事のURL
NO・1837「イスラエルのガザ侵攻は時間の問題」 [2010年12月24日(Fri)]
 BBCが「イスラエルによるガザ侵攻はあるかないかではなく時間の問題だ。」というニュースを流した。そのニュースと前後して、イスラエルによる徹底的なガザへの密輸トンネル破壊で、ガザを支配するハマースには、もう武器がほとんど残っていない、というニュースが流れていた。
 ハマースがイスラエル領内に、撃ち込んでいたロケット弾も、600―700発撃ち込んだために、ほとんど残っていないということだ。しかし、ハマースはそれほど愚かだろうか。イスラエルが考えるほど、ハマースの武器が減少している、とは考えにくいのだが。
 さて、今回イスラエルが本格的な、ガザ攻撃をするとなれば、いろいろなことが起こってこよう。ウイキリークスの流した情報が、大きく影響するのではないかと思われる。
 それは、以前にも書いたように、イスラエルに対しファタハとハマースが戦闘を展開していた時、不利になったファタハは、イスラエルに対しハマースを潰してくれるように、依頼していたということがあった。
 今回、イスラエルがガザを攻撃すれば、ハマースはこれをファタハ非難の、最大のチャンスとみなそう。ファタハがガザの住民を殺すよう、イスラエルに頼み込んだ結果、このような悲惨な状況が生まれたのだ、とハマースはパレスチナとアラブ諸国、そして世界に訴えよう。
 そうなれば、ヨルダン川西岸地区でも、ハマースを支持するパレスチナ人が増加し、ファタハとハマースの武力衝突が起ころう。それは、イスラエルにとってすこぶる好都合な、展開ではないのか。
 結果的に、イスラエルはファタハとハマースを弱体化させ、中東和平交渉をパレスチナ側の理由によるとして、延長することが出来よう。ガザ侵攻をどのタイミングでやめるかにもよるが、イスラエルは結果的に、一人勝ちするかもしれない。
 ファタハとハマースとの仲介を、エジプト政府がやっているようだが、ここまで来ると、ハマースは安易な妥協を、ファタハに対してするとは思えない。東エルサレムのパレスチナ人住宅の破壊や、ヨルダン川西岸地区での入植活動の、再活発化を前に、ハマースはパレスチナ人に対し「ハマースとファタハ、どちらの主張が正しいのか?」を問うことが出来よう。
 イスラエルにとって、唯一の危険は、結果的に、ガザとヨルダン川西岸に居住するパレスチナ人が、一斉蜂起し、イスラエルに銃口を向けるようになることだ。そのリスクをどの程度、イスラエルは考えているのであろうか。最近のイスラエルの動きは、何処か不安があると思っていのは、私だけであろうか。
Posted by 佐々木 良昭 at 13:54 | この記事のURL
NO・1836「サウジでシット・イン許可申請内務省が拒否」 [2010年12月23日(Thu)]
 サウジアラビアの人権組織(ACPRA)が、首都のリヤド市で、シット・インを計画し、内務省に許可申請したが、拒否された。
 ACPRAは「王子の特権」「縁故」「法的公正」「刑務所での虐待禁止」「国家収入の歳出明確化」といったことを、改善アピールする目的だった。
 今回で、人権組織がシット・インを計画したのは、三度目だったが、内務省は許可しなかった、また、その理由についても、説明していない。しかし、絶対王政のサウジアラビでは、シット・インに限らず、集会を開くことが、禁止されているなかで、内務省が許可を出さない、という対応だけに留まったことは、注目に値しよう。
 本来であれば、こうした行動は早速主謀者(主催者)を逮捕し、尋問し、虐待し、投獄する、という手順で対応されよう。しかし、サウジアラビア政府の内務省は、彼らに面会を許可し、丁重に許可を拒否した、ということのようだ。
 サウジアラビア政府の内務省が、集会希望者に対し、丁重な扱いをするようになったのは、時代の趨勢であろうし、同時に、アメリカ政府の唱える、民主化路線に応えたものではないかと思われる。
 問題は、この申請をした人権団体は、スンニー派のサウジアラビア国民であったと思われるが、シーア派のサウジアラビア国民には、どうであろうか。多分に集会申請を受け入れるどころか、そのような動きがあると分かれば、直ちに逮捕し、投獄するのではなかろうか。
 アメリカ政府が、サウジアラビアの民主化を進めよう、と思うのであれば、先ずは、シーア派国民に対する、サウジアラビア政府の対応を、変えさせるべきではないのか。
 11月にアメリカのシカゴで開催された会議でも、サウジアラビア出身のシーア派の教授に会う機会があった。彼は既にアメリカの永住権を取得し、大学の教授職におさまっていたが、いまだにサウジアラビア政府の、シーア派国民に対する不平等な扱いや、暴力的な対応に、不満を抱いていた。
 そのような実態は、結果的にサウジアラビアのシーア派国民と、イランとの関係を、強化させることにつながり、将来的には、サウジアラビアの内政を、混乱へと導いて行くのではないか。
 サウジアラビア政府の姿勢が、柔軟になった今、もう一歩、民主化に向けて、前進すべきではないのか。サウジアラビアの人権組織が、スンニー派国民だけではなく、シーア派国民とも連携して、活動を展開するようになれば、より理想的なのではないか。あるいは現在の段階では、少し高望みかもしれないが。
Posted by 佐々木 良昭 at 21:58 | この記事のURL
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