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NO・1805「過激化が進むアラブ・イスラエル人と現実」 [2010年11月22日(Mon)]

 イスラエル国籍を有するアラブ(パレスチナ人)の間では、ある意味で極端な二つの傾向が見えてきている。一方にはワインを飲み、女性と戯れるムスリムの若者たちがおり、他方にはイスラム原理主義の考えを、強めている者たちがいる。
 最近になって、イスラム原理主義者が増加してきているということだが、その原因は幾つかあろう。第一にはイスラエル・パレスチナ間の和平が時間の経過とともに、非現実的になってきていることだ。
ヨルダン川西岸地区やガザ地区のパレスチナ人の、置かれている状況に対する同情もあろう。しかし、だからと言ってイスラエル国内に居住する、イスラエル国籍を有するパレスチナ人たちには何も出来ない。それだけ、すでに安楽な生活に、慣れ切ってしまっていることもあろう。
イスラム原理主義者が増加しているもう一つの理由は、モスクの説法したちが、ヨルダン川西岸地区やガザ地区の同胞を支援すべきである、という過激な説法を繰り返していることにもよろう。このため、一部説法したちはイスラエル警察によって、逮捕されてもいる。
アラブ・イスラエルの政治家もしかりで、過激なパレスチナ連帯の演説をすることによって、支持を強めているということだ。世界的に知られるアズミ・ビシャーラ氏や、アハマド・テイビ氏らがそれだ。彼らはイスラエル国内にあって、アラブコ・ミュニテイを確立していこうと考えている。
しかし、だからと言ってイスラエル国籍を有するパレスチナ人たちが、パレスチナ国家が設立された場合に、イスラエル国籍を捨てるかというと、そうでもない。イスラエルの機関の調査によれば、80パーセントのアラブ・イスラエル人は、イスラエル国籍を保持し続けたいと思っている。
しかし、彼らはイスラエル国民であることに、誇りに思っていないということだ。それでも、イスラエル国籍を他の国々の国籍と比べ、保持したいと願っているということだ。それは屈辱的な部分もあるが、自分たちの父祖の地に住み続けられる、ということからきているのであろう。
他方、イスラエル国家そのものについてはどうかというと、2003年の段階では、75・5パーセントのアラブ・イスラエル人が、ユダヤ人に国家を持つ権利があるとしていたが、2006年には60・5パーセントに低下している。イスラエル国家の存在についても、2003年には81・1パーセントが認めていたが、2006年には59・4パーセントに低下しているということだ。
こうして見ると、イスラエル国内に住むパレスチナ人の、複雑な感情が分かろう。それが彼らの一部をして、イスラム原理主義に走らせる原因でもあろう。
Posted by 佐々木 良昭 at 15:45 | この記事のURL
NO・1804 「イラク新政府発足近いが前途は多難」 [2010年11月21日(Sun)]
      イラクの北部クルド地区の、エルビル市にあるバルザーニ氏の私邸で、11月11日、イラクの新政府を設立するための円卓会議が開かれた。会議開催の成果があったことは、その後の報道を見ていると分かる。
この会議が開催された結果、クルド人のタラバーニ氏が大統領職に留まり、シーア派のマリキー氏も、首相職に留まった。その意味では、大きな変化は無かった、ということになる。
しかし、それではスンニー派イラーキーヤのメンバーが、満足するわけが無い。そこでイラーキーヤの代表であるアッラーウイ氏に、新たな要職のポストを用意し、それに就任させることで妥協を図った。
その新しいポストとは、イラク国家戦略会議議長というものだが、その案を出したのは、アメリカだといわれている。このポストは考えようによっては、極めてデリケートなものであろう。イラクの全ての情報は、このポストに集まるからだ。
もちろん、この戦略会議にはマリキー首相やタラバーニ首相も、参画するため、20人のメンバーによって、構成されることになっている。
果たして、この新ポストを受け入れたアッラーウイ氏は、いま何を画策しようとしているのだろうか。彼がこのポストに何時までも、甘んじているとは思えない。何らかの次のステップを、考えているはずだ。
この国家戦略会議には、全ての情報が集まるということだろうが、同時に、調査、逮捕の権限も、次第に委譲されるのではないか、少なくとも、アッラーウイ氏は時間をかけて、それらを手中に収めよう、と考えているのではないか。そうなるとソフト・クーデターが、可能になるということではないか。
今回の新組閣で、イラーキーヤからは、いまのところ、以下の人士がそれぞれのポストに、就任することのようだ。これらのポストの合計の力は、どれほどであり、どのようにそれが、化学反応を起こしていくのか見ものだ。
国家戦略政策会議議長=イラーキーヤ・リスト党首イヤード・アッラーウィー
国会議長=ウサーマ・アル=ナジーフィ
副大統領=ターリク・アル=ハーシミー
副首相=ラーフィウ・アル=イーサーウィ
外務大臣=サーリフ・アル=ムトゥラク
Posted by 佐々木 良昭 at 22:53 | この記事のURL
NO・1802「トルコがまた反イスラエル映画製作」 [2010年11月21日(Sun)]
 トルコではいま、ポラット・アレムダル氏が主役を演じる、アクション映画「狼たちの谷−パレスチナ」が製作されている。トルコではテレビと並んで、映画が国民の娯楽の主役の時代が、続いているだけに、映画の伝えるメッセージが、国民に与え影響は少なくない。
 以前、トルコの映画界は、アメリカ軍のイラクでの、蛮行を取り上げた「狼たちの谷」を製作し大ヒットしたが、それに続く大ヒット作となりそうだ。今回の作品では、現実に起こった幾つかの出来事が、ベースになっているようだ。
 イスラエル兵によってさらわれるパレスチナの子供や、暴力を受けるパレスチナの老人の話、そしてトルコが送り出したガザへの支援船、フロテッラ号での出来事などが、盛り込まれているということだ。
 映画はイスラエルの国内でも、撮影されているのであろうか。主役のポラット・アレムダル氏が、イスラエルを訪問した折に、イスラエル兵から「何故イスラエルに来たのか?」と聞かれると「私が訪問しているのはイスラエルではない、パレスチナだ。」と応えたということだ。
 加えて、この主役ポラット・アレムダル氏は「ユダヤ人はここを約束の地だと言うが、ユダヤ人に約束されたのは、6フィートも地下の場所であり、今ある地上ではない。」とも語ったということだ。これだけの政治的な意見を、咄嗟に言える俳優は、日本にいるだろうか?
 トルコ政府がこの映画製作を、どう受け止めているかは、定かではないが、トルコ国民からは、大受けすること、間違い無しであろう。そのことは、イスラエルに対するトルコ国民の敵対感情が、強まっていく可能性がある、ということだ。
 さすがに、イスラエル側は敏感に、反応しているようだ。イスラエルのエリー・エルダド議員は「かつてイランはイスラエルの友好国だったが、次第に敵対国に変わっていった。いまのトルコの変化は、それに極似している。」とトルコとイスラエル関係の、将来への懸念を語っている。
 この映画の製作を踏まえて考えてみると、トルコだけではなく、世界中の国々で、民族主義的な傾向が強まってきている、ということだ。もちろん、日本も緩やかではあるが、その例外ではない。
 加えて、イスラエルの蛮行が、世界中の非難を浴びる時代に、入ってきているということだ。ヨーロッパ諸国でも、イスラルあるいはユダヤ嫌いが、広まっているが、それはロシアやアメリカでも同じことが言える。
 イスラエルやユダヤ人は、軌道を修正する必要が、出てきているのではないか。そうでなければ、新たなホロコーストが、世界規模で起こる危険性が、高まっていくのではないか。
Posted by 佐々木 良昭 at 08:35 | この記事のURL
NO:1803「マグマが広がる中東諸国」 [2010年11月21日(Sun)]
 中東諸国のニュースは、今年、イランとアメリカ・イスラエルの緊張に加え、パレスチナ問題が主役を演じて終わりそうだ。アメリカのオバマ大統領はイランに対しては、圧力を弱めることなく、戦争の選択を捨てないままにしてきた。
 パレスチナ問題については、イスラエルとパレスチナ自治政府との仲介役を何度と無く演じ、何とか解決したい、とういう意志を見せてきた。しかし、何の進展も無いままに終わりそうだ。アメリカが要望し続けてきた、ヨルダン川西岸地区への入植を、イスラエルのネタニヤフ首相が凍結する、と発言したことを歓迎したが、実質は何の変化も無い。やがては、パレスチナ人の不満が限界に達し、爆発する時が来よう。
 バハレーンではシーア派国民の、不満が次第に拡大し、デモが頻発したが、選挙の結果は、シーア派に有利なものにはならなかった。この国でも、国民の不満は拡大している。そして、それは湾岸全体に広がることになろう。なかでも、サウジアラビアが一番、影響を受けるのではないか。
 エジプトでも国民の不満は相当なものだ。一見華やかで豪華な、巨大ショッピングモールは、カイロのあちこちに出来ているが、ウインドウ・ショッピングがほとんどで、購買客の姿は見えない、とカイロを訪問している友人から、報告があった。
 エジプトでは物価が値上がりし、国民の間では生活苦が広がっているが、その不満の解消に、ムスリムとクリスチャンとの間で、暴力事件が頻発している。若者の性的な暴力も、街中で広がっているとのことだ。
 リビアでは相変わらず、カダフィ大佐の暴君振りが目立ち、この国では外国との軋轢を創り出すことで、国民の不満の矛先を変えよう、としているのではないかと思われる。リビア内部ではポスト・カダフィの権力闘争が、目立ち始めてきている、という情報もある。改革派のサイフルイスラームと、旧利権派(革命評議会メンバーとその子息たち)との対立は、これから益々、強くなっていくのではないか。
 アルジェリアとモロッコとの関係も、数十年前と何も変わっていない。相変わらず、西サハラ問題で対立関係にある。アルジェリアは西サハラ解放闘争(ポリサリオ)を支援し、モロッコは国連の仲介を頼みながら、何とか解決しようと努力している。
 これらの各国の問題を見ていると、その根底にあるのは「利益」ということになる。国家間では地下資源をめぐり、国内的には権力者側の、富の独占が原因だ。その流れは、あるいは永遠に変わらない人間も性なのかもしれない。アメリカの会議では「利益よりも、社会が必要とすることを始めれば、最終的に利益が得られる、21世紀はそうあるべきだ。という発現があった。まさにその通りであろう
Posted by 佐々木 良昭 at 08:35 | この記事のURL
NOI・1801「アメリカの会議に出て感じたこと」 [2010年11月20日(Sat)]
11月10日から18日まで、海外出張でアメリカに行って来た。シカゴで開催されたギュレン・ムーブメントというタイトルの会議だった。
ギュレンとはトルコのタリーカ(宗教集団)のリーダーの名前だが、このグループの名前はヘズメト(サービス)だ。世界中で活動を展開しており、教育のレベルの向上に、大きな貢献をしている。
彼らが最初に実行したのは、トルコ国内に進学校を設立することだった。質のいい教育を提供するために、この学校の卒業生が一流大学に軒並み合格し、現在では卒業生が政府の要職に就いている。そのことが現在のトルコの躍進の、原動力になっているのだ。
トルコ国内での教育事業を展開し、次いで中央アジア諸国にも、職業学校から進学校、そして大学まで設立している。そのために、このヘズメトという組織は、中央アジア諸国と特別な関係を、構築することに成功しているのだ。
教育事業の成功が、トルコ企業の進出を下支えするという、システムになっているのだ。教育関係者がトルコ企業の進出で仲介役を果たし、なおかつ情報を提供しているのだ。
アメリカでも、既に100校を超える公立学校の運営を、委託されているし、彼ら自身が設立した学校(私立)も、5校を超えているということだった。それだけ内容のいい教育を、しているということだろう。
このため、アメリカでの会議となったのだが、キリスト教団体やユダヤ教団体も、強い関心を寄せており、協力の可能性を探っていた。また米英露オーストラリアなどの学者も、社会性、教育、歴史、宗教の社会への役割と、各方面からこのヘズメトの活動を、分析し発表していた。
日本でもヘズメトはインターナショナル・スクールを既に開校しているが、現在のところ順調なようだ。その最大の理由は、学校関係者が献身的にこれに、当たっているということであろう。
日本人には何故こうした公益事業が、うまくいかないのだろうかと考えてみたが、その原因は、官が全てを取り仕切るという、発想によるのではないか。民間が上げた利益を、税金で取り上げ、民間企業に自由な活動を、させないシステムになっているからではないか。
トルコのこのヘズメトの会員は、中小企業のオーナーが多い。彼らは喜んでこの事業に寄付金を送るのだが、その分は政府が免税にしているのだ。もう一つの原因は、人の成功をねたみ邪魔しようという、さもしい根性が日本には強すぎるのではないか。いいことを官も民も、褒めて励ます環境が必要であろう。
Posted by 佐々木 良昭 at 16:20 | この記事のURL
帰国報告 [2010年11月19日(Fri)]
11月10日から18日までアメリカの会議に出席のため訪米していました。
11月18日帰国しましたので活動を再開します。-----
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Posted by 佐々木 良昭 at 16:19 | この記事のURL
NO・1800「あれから35年・未だポリサリオは戦闘を展開」 [2010年11月09日(Tue)]
 アルジェリアの南部、モロッコの南東部に位置するポリサリオ(西サハラ解放戦線)の難民キャンプを訪れたのは、私がまだ28歳頃のことだ。つまり、あの日から既に35年の歳月が、経過しているということだ。
 戦闘ズボンの下に下ズボンを二枚履き、上も重装備でアルジェリアから空路バッシャールまで飛び、そこから13時間ほどだったろうか、アルジェリアの軍のジープで走り抜け、チンドーフのキャンプを訪ねた。
 寒い冬の時期であったにもかかわらず、そこでは子供たちが元気に遊んでいた、キャンプの世話をしているおばさんたちが、どれだけ子供たちの清潔と健康に、気を使っているかということを、実践して見せるために、我々の前で子供たちの頭を、洗って見せてくれたが、子供たちはさぞかし、寒かったことだろう。
 ある日、そのキャンプから前線に行くことになったが、ドライバーが道を間違えたらしく、気が付いてみるとモロッコ軍の基地のすぐそばまで、迫っていたことを知った。
 モロッコ軍側は警告であったろうが、機関銃を浴びせてきた。我々の車の10メートルほど先で、パパパッと砂煙が上がったことを憶えている。そこは戦場だったのだ。
 以来、活動はもっぱらレバノン、エジプト、シリア、ヨルダンなどに変わったが、ポリサリオのことを忘れたことはなかった。当時の案内役の若い男が、いまでは大統領という肩書を、持つに至っている、彼も60前後に達したのであろうから、無理もない話だが、時間の経過を感じさせる一面だ。
 そのポリサリオとモロッコとの間で、戦闘がおこったという記事が、ネットで流れてきた。アルアイウユーンの町の難民キャンプを、取り壊そうとしたモロッコ側と、住民との間に衝突が起こり、3人が死亡し70人以上が負傷したというのだ。
 理屈はどちらの側にもあろうが、死者負傷者が出るということは一言で悲しい限りだ。私は過去35年の間に、いろいろな体験をしてきた。贅沢も楽しみも感動も悲しみも、経験してきたつもりだ。
 しかし、私とは違ってポリサリオの人たちは、過去35年の間、砂の嵐の吹く難民キャンプのなかで、与えられる食料を口にして、生き続けてきたのであろう。もちろん、そこには何の希望もないだろう。
 ポリサリオの戦いが、これだけ長期に渡って続いているのは、モロッコとアルジェリアとの、国家間の利益のためであろう。そこには、ほんのひとかけらのポリサリオの正義があるだけだ。しかもそれは単なるお飾りにすぎない。私が社会主義革命には夢が無い、という現実を明確に教わったのは、ポリサリオの前線を見た時だったと思う。
Posted by 佐々木 良昭 at 14:45 | この記事のURL
NO・1799「リビア緊急情報ふたつ」 [2010年11月08日(Mon)]
 リビアでアメリカの政治担当外交官が、24時間以内(11月8日から?)の出国を命じられた。国外追放の理由は、トリポリの南130キロにある、エフロン市を訪問したことのようだ。

他方、リビアプレスの記者10人が逮捕された。これはカダフィ大佐の後継者と予測されている・サイフ・ル・イスラーム氏が運営する通信社だが、サイフ・ル・イスラーム氏が政府批判の記事を・流したことが原因のようだ。
サイフ・ル・イスラーム氏に対しては、旧革命評議会メンバーが反対していることから、権力闘争の一環であろう、といわれている。なお、逮捕理由については、明かされていない。
Posted by 佐々木 良昭 at 23:40 | この記事のURL
NO1798「イラン核交渉・頼みの綱はトルコ」 [2010年11月08日(Mon)]
 イランがここに来て、6カ国との核交渉を再開する意向を、明らかにした。つまり、イランが交渉に入る相手国は、アメリカ、ロシア、ドイツ、フランス、イギリス、中国の6カ国だ。  
イランはこの6カ国との会議開催場所を、トルコにしたいと述べている。トルコはいままで、イランの核問題解決を、外交努力で実現しようと、あらゆる努力を行ってきたが、そのトルコの努力を、イランは高く評価したのであろう。
イランは2009年の交渉で失敗以来、6カ国との核交渉を中断してきていた。新たな交渉が、そろそろ開催されなければならない時期に来て、イランが会議開催を、打ち出したことになる。
このイランの会議開催意向を発表したのは、モッタキ外相だが彼は、会議開催場所を、トルコに指定したということだ。イランの核問題担当である、サイードジャリーリ氏も会議開催への準備が、整っていると語っている。多分、この調子で行くと、会議は11月末に、開催されることになろう。
そこで問題は、低濃縮ウランと高濃縮ウランの交換を、アメリカはイランに要求しているが、なかでも公表されている2000キロ以外の、1200キロについて、イランが交換を受け入れるか否かだ。
イランはこのウランの交換については、ブラジルとトルコとの間に交わした合意に沿って、解決したいという意向だ。アメリカはイランが容易には、全量を交換しないだろうと見て、いまだに軍事攻撃の可能性を、取り下げていない。
イランが要請し、EUがトルコでの会議開催を、受け入れるであろうから、アメリカも会議のトルコ開催を、受け入れることになろう。そこで、トルコがどのように会議を進行をし、部分的にでも解決に向けた合意を、引き出せるか見物だ。
もし、トルコの外交努力が、イランの核問題解決を前進させることが出来れば、トルコはEUから大きな拍手を、受けることになろう。EUはアメリカとイスラエルの力によるイラン対応に、既にうんざりしているからだ。
イランに対する、EUとアメリカによる新たな経済制裁は、時間の経過とともに、効果を発揮してくる気配である以上、イランは何らかの妥協を、今度トルコで開催される会議に向けて、用意している可能性がある。
EUにして見れば、イランに対する経済制裁の下で、中国がイラン市場を独占的に取り込んでいることは、見過ごせないことであろう。イランは市場として、決して小さくは無いのだから。
Posted by 佐々木 良昭 at 23:05 | この記事のURL
NO・1977「ユダヤ人の不安はシオニズムに辿り着く」 [2010年11月07日(Sun)]
 世界中がいま激変の嵐のなかにある。金持ちが突然文無しになり、貧乏国が大金持ち国家になるということは、既にどなたも目の当たりにしているだろう。BRICSと呼ばれる途上国が、最近では欧米に比べ、経済状況が改善してきている。
激変はこうした成功組は別として、世界中の人たちを、不安に陥れているのではないだろうか。こうした経済的激変は、結果的に政治の激変や、社会の不安定化を生む。そうなると台頭してくるのは、偏狭なナショナリズムだ。
アメリカのユダヤ人やヨーロッパのユダヤ人は、こうした状況のなかで、過去の歴史を思い起こしているのであろう。激変の時や不況の時に、ユダヤ人は常に標的にされてきたからだ。
ロシアのポグロム、ドイツを始め周辺諸国で起こった、ユダヤ人に対する締め付けを知らない人は、ほとんどいないだろう。最近もルーマニアから、1941年頃に多数のユダヤ人が殺害され、その発掘調査が行われている、というニュースが伝わってきた。
 こうした世界的な雰囲気のなかで、あるユダヤ人が、ユダヤ人にとって最も危険なものは、シオニズムという考えだと言い出している。この考え方は、ユダヤ原理主義者たちの間では、以前から語られてきたことだ。一部ユダヤ原理主義者は、イスラエル国家の建設そのものが、ユダヤ教に反するものだ、とさえ主張しているのだ。
 このシオニズムはユダヤ教徒にとって危険だ、と主張している人物は、実は過去にユダヤ人が中東で、危険な状況に追い込まれたことは、無かったというのだ。たとえば、1967年に起こった第三次中東戦争について、当時エジプトのナセル大統領は、イスラエルと戦争することを、考えていなかったというのだ。
 彼は具体的に、当時のイスラエルの首相や、外相、情報担当者などの証言を並べ、ナセル大統領には開戦意志がなかったし、イスラエル側にも無かった。しかし、結果的には戦争が、勃発したと説明している。
 シオニズムが常に敵を作り、イスラエル領土の拡張を、進めてきたということであろう。この意見がいま出てくるのは、イスラエルのネタニヤフ首相が進める、中東和平に対する実質的な、完全拒否の立場について、危機感を抱いているからではないか。
 現在、ネタニヤフ首相はヨルダン川西岸地区や、東エルサレムでのパレスチナ人追い出しと、入植地の建設を黙認し、あるいは奨励している。しかし、その政策は結果的に、イスラエルのユダヤ人ばかりではなく、世界中のユダヤ人を、危険に晒すことになるというのだ。
 世界の状況は既にその段階に、入っているのではないか。世界のマスコミや各種団体、国際組織が、次第にイスラエル非難を、強めてきているのは事実であろう。それが非難の段階を通り過ぎると、明確な反ユダヤの動きが始まる可能性を否定できない。
 いまのうちに、理性的な平和を望むユダヤ人が、イスラエルに対して攻撃的な政策を、採ることをやめるよう、助言すべきなのではないか。何時の時代でも、一番の敵は自身の中にいるということではないか。
Posted by 佐々木 良昭 at 22:46 | この記事のURL