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NO・1769「アラブ産油国も中国の外貨準備高に脅威」 [2010年09月30日(Thu)]
 サウジアラビアがスポンサーの、アラビア語日刊紙アルハヤートが、興味深い記事を掲載した。
 それによると、中国はこのまま行けば、2013年には外貨準備高が、現在の2兆5000億ドルから、5兆ドルに達し、あらゆることが可能に、なってしまうと報じた。
 これだけの外貨を持つと、中国が国際市場で、あらゆる金融商品の、価格操作が、自由に出来るようになる、ということだ。
 当然のことながら、それを一番恐れているのはアメリカだ。アメリカの議会では、中国が意図的に、元の価値を抑え込んでいるとし、何らかの制裁を行うべきだ、という意見が持ち上がってきている。
 第1次石油ショックが起こった、1970年代には、アラブ産油諸国のペトロ・ダラーが、世界を制する、と大騒ぎになったのだが、ここにきて、中国が21世紀のペトロ・ダラーならぬ、世界の脅威通貨、元になってきたようだ。
 中国は、ペトロ・ダラー、そしてその後の円と同じように、あくまでも一時的にしか、世界を制することが、出来ないのであろうか。あるいは、中国はこのまま、異常な外貨準備高の増加を、続けていけるのであろうか。
 アメリカのなかでは、すでに中国に対して、元の切り上げを、させるべきだという考え方が定着し、中国に対し、あらゆる形の要求が、突きつけられ始めている。そのアメリカからの強力な攻勢に、中国も当然のことながら、応えざるを得まい。
 中国はそれでも、何とか自国のリスクを、最小限に抑えたい、と考えているのは当然であろう。言ってみれば、中国は危険な綱渡りを、始めたのではないか。もし失敗すれば、中国の経済はたちまちにして、崩壊するかもしれない。
 その影響は、額が巨額なだけに、世界中に大きな影響を、ばら撒くことになろう。無定見に中国進出した日本企業が、どうやってその危機から、脱出できるのか。あるいは、脱出することが出来ないで、大きな渦の中に、巻き込まれてしまうのか。
 いずれにしても、相当の影響が出ることに、違いはあるまい。そのことに気がついたからこそ、サウジアラビアがスポンサーの、アルハヤート紙がこのことを、取り上げたのであろう。
Posted by 佐々木 良昭 at 15:01 | この記事のURL
NO・1768「エジプト大富豪委託殺人で死刑から15年に刑に」 [2010年09月29日(Wed)]
 レバノンのセクシーなポップ歌手として著名だった、タミーミさんを失恋の恨みから、委託殺人に踏み切った、エジプトの大富豪が、当初、死刑だったものが、15年の投獄に減刑された。
 エジプトでは金持ちや権力者は、法の上にいると言われてきたが、今回の場合は、まさにその典型的な判決が、言い渡されたということであろうか。委託殺人の犯人タラアト・ムスタファは、ムバーラク大統領の二男で、次期大統領と噂の高いガマール氏とも、ごく親しい関係にあった人物だ。
 タラアト・ムスファは、彼のガードマンであるスッカリに、200万ドルを支払って、殺害を委託したというのだ。犯行の現場は、アラブ首長国連邦のドバイだった。このニュースはたちまちにして、アラブ世界で広がり、大きな話題となったが、多分に減刑されて、死刑になることはあるまい、と誰もが予想していた。
 今回の15年の刑というのは、結果的に刑期の途中で、恩赦を受け、5―7年で終わるのではないか、と思われる。
 そもそも、今回の殺人事件で、死刑から15年の刑に減刑されたのは、被害者タミーミの親が、賠償金を受け取り、減刑を嘆願したことにある。イスラム世界では、殺人でもその親族が許せば、大幅に減刑される仕組みだが、今回の場合その仕組みが、適用されたということであろう。
 いずれにせよ、今回の15年の刑への減刑は、ガマール氏の働き掛けが、推測されようから、彼にとっては、必ずしもいい話ではないかもしれない。庶民の間では、殺人をしても、金さえあれば、地位さえあれば、軽い刑で済む、という考えが、ますます広がろうから、法に対する信頼性は、弱まるかもしれない。
Posted by 佐々木 良昭 at 15:23 | この記事のURL
NO・1767「アラファトはハマースに武力闘争指示していた?」 [2010年09月29日(Wed)]
 ガザを拠点とする、パレスチナの第二政府とも言える、ハマースの幹部マハムード・ザハールが、重要な発言をした。
 彼がガザのイスラム大学の講演で、語ったところによれば、故アラファト議長は、もし、彼のイスラエルとの交渉が失敗した場合には、武力闘争(特攻攻撃)をしろ、と指示していたというのだ。
 この故アラファ議長の攻撃指示は、何時どのように出されたかについては、明かされていない。しかし、それが2000年のキャンプ・デービッド交渉の失敗の後ではないか、と思われている。
 第二次インテファーダの際に、実行された特攻攻撃は、故アラファト議長の指示によるものだった、ということのようだ。しかし、攻撃の指示はあくまでも、アラファト議長の直接支配下にある、ファタハのアクサ旅団に対するものではなかったか、という説もある。
 アラファト議長が最終的に暗殺されたのは、彼が再度和平交渉に乗り出したからだ、という説も、同時に、マハムード・ザハールは口にしている。
 マハムード・ザハール氏は現在、ハマースは以前より武器の密輸が容易になり、相当量を蓄えており、戦闘可能な状態にある、とも語った。そして、武力闘争のみが、イスラエルとの交渉手段だ、とも力説した。
 一体、このマハムード・ザハール氏の発言は、何を意味しているのであろうか。多分に、ファタハとハマースのなかにある、故アラファト議長への支持を取り付けることを、狙ったものであろう。
 その上で、武力闘争を継続すべきだ、とファタハとハマースのメンバーに、伝えたのであろう。イスラエルとは力なしに交渉しても、らちが明かないのだという、現実を知らせるためであろう。
 加えて、故アラファト議長が暗殺されたように、マハムード・アッバース議長が今後も、成果の期待できない、イスラエルとの交渉を続けるのであれば、暗殺されることもありうる、という警告を発したのではないか。
 そして、暗殺はファタハのメンバーによっても、ハマースのメンバーによっても、行われうるということではないのか。ファタハもハマースも、内部で相当に不満が高まってきていることを、考慮した極めて政治的な、発言であろう。
Posted by 佐々木 良昭 at 14:35 | この記事のURL
NO・1766「プリンス・バンダルは何処へ消えたのか?」 [2010年09月28日(Tue)]
 ブッシュ大統領とは、家族ぐるみの付き合い、というイメージをアメリカ国内外に流し、サウジアラビアを代表する、対米外交官という名誉を、一身に受けていた、プリンス・バンダル大使が辞任して、ある時間が過ぎると、彼は全く表舞台に、現れなくなって久しい。
 彼がアブドッラー国王に最後に会ったのは、2008年の12月であり、場所はサウジアラビアの港町、ジェッダ市だったと伝えられている。これに先立って、2005年10月にプリンス・バンダルは、国家治安組織の委員にも、指名されていたということだ。
 彼が表舞台に顔を出さなくなって、すでに2年以上の時が、経過しているが、そのために、幾つもの憶測が飛んでいる。何といっても、アメリカの主要マスコミが華々しく、彼の活躍を伝えていただけに、これだけの長期間にわたって、姿を見せないということは、不思議でならないということだ。
 プリンス・バンダルは、実はサウジアラビアの兵器取引に、深く関係していた、という説が出てきた。彼の実父であるスルタン王子が、兵器輸入の最高責任者であることから、それはまんざら、噂のレベルだけではあるまい。
 ところが、その先があるのだ。彼は武器、兵器について詳しいことと、その配布について、ある程度の権限を、有していたのであろうか。プリンス・バンダルはイラクのテロリストに、資金と武器を提供している、あるいはしていたという話が、持ち上がってきているのだ。
 加えて、パキスタンやレバノンのテロ組織にも、資金と武器を手配していたというのだ。
 これ以外にも、プリンス・バンダルがサウジ王家に対する、権力転覆テロを起こそうとして、失敗したのだと語る、サウジアラビア反体制派の人物もいる。しかし、この説は、一概には信用しかねる。たとえどれだけ、アメリカ政府との関係が強かったからと言え、アメリカ政府が彼に、サウジアラビア王家に対して、打倒の計画を許したとは、思えないからだ。
 今の段階では、何が真実かは分からない。いずれにしろ、あの世界のマスコミを騒がせた、プリンス・バンダルが表舞台から、消えて久しいことは事実だ。彼が本当に、地中に潜ったのではないことを、祈るばかりだ。
Posted by 佐々木 良昭 at 15:41 | この記事のURL
NO・1765「トルコの国民投票とクルドの対応」 [2010年09月26日(Sun)]
 9月15日に行われた、トルコの改憲をめぐる国民投票の結果は、与党開発公正党(AKP)の改憲支持票が58パーセント、反対票が42パーセントという結果を生み出した。
この結果は、今後、トルコに大きな変化をもたらすであろう、というのが一般的な推測になっている。与党AKPは今後、来年に向けて改憲の準備を進めるであろう。その目的は、エルゲネコンと呼ばれる地下組織(影の政府)を撲滅し、司法の公正化、軍の政治関与を、完全に抑えるシステムを作り出し、クルドとの問題を、解決することにあろう。
エルゲネコンについては、既に撲滅に向けて着手され、エルゲネコンのメンバーが次々と逮捕され、裁判にかけられており、解決は時間の問題であろう。その上では、最終的にエルゲネコン問題を解決するために、司法の公正化も必要であり、エルゲネコンと繋がる裁判官は、追放されることになろう。
軍部に対しても、欧米を味方にしながら、政治への関与(クーデター)を阻止する方針に向けて、動き出そう。既にこのことについても着手されており、エルゲネコンと繋がっている軍幹部や、過去にクーデターを計画した、あるいはクーデターを実行した、軍の幹部とOBが、逮捕されてもいる。
クルド問題に付いても、今後、解決に向けて、活発な動きが見られよう。今回の国民投票で、トルコのクルド人やクルドの政党は、棄権という立場を採り、反対はしなかった。つまり、消極的な改憲賛成の、立場を示したのだ。
クルドがそうした立場を採ったのには、これまでのAKPの努力が、クルド人によって評価されているからであろう。AKPはクルド語のテレビ、ラジオ放送を許可し、クルドの文化を尊重する方針を打ち出し、実際にクルド語による、国営の24時間のテレビ、ラジオ放送が、始まってもいる。
クルド人のなかで、あくまでも抵抗闘争を続け、トルコからのクルド地区の分離独立を主張している、PKK(クルド労働党)内部でも、意見の相違が、見られ始めている。
PKKの最大のスポンサーであった、エルゲネコンや、トルコの軍部が力を失ったことで、PKKの武力闘争は、窮地に追い込まれつつある。イスラエルがスポンサーという情報もあるが、イスラエルもこれまでのように、PKKを支援し続けるのは、困難になって来ているのではないか。
PKK内部ではいま、トルコの刑務所に収監されている、アブドッラー・オジャラン議長派と、徹底抗戦派に二分しているのだ。このことが公然の事実となったのは、先にハッカリ県で起こった、ミニ・バス爆破テロについて、PKKが犯行声明を、しなかったことがきっかけだ。
PKKはいま、トルコ・クルドのムラト・カラユランが率いるグループと、シリア派のフェフマン・フセインの率いる、強硬派グループに分裂しているのだ。今回の路肩爆弾によるテロは、フェフマン・フセイン・グループによるものだとされている。フェフマン・フセインの部下である、ベデイルハン・アボ(コードネームはバホズ・エルダル)のグループが、直接作戦に関わったと、報告されている。
アブドッラー・オジャラン議長は大分前から、既に武力闘争放棄を、メンバーに呼びかけていたが、それがここに来て、より明確な形になったのであろう。クルド人はエルドアン首相の妥協路線(クルド人との関係改善路線)を、間接的に支持しながら、平和的に権利を拡大していく、方針なのであろう。
クルドの政党などが主張する、クルド地区の分離と、完全な自治権の要求は、あくまでも、交渉の最初に示すカードであり、要求が今後も変わらない、とは思えない。それは、クルド地区の開発には、トルコ中央政府との協力が、絶対的に必要だからだ。
トルコは今後、国内政治問題が解決に向かい、欧米との関係も改善していくものと思われる。一般的に言われている、アメリカやイスラエルとの関係に、懸念があるという意見は、トルコの内情が分かっていない人たちの、判断ではないのか。
Posted by 佐々木 良昭 at 11:26 | この記事のURL
NO・1764「イラン国民は他力本願?ハメネイ師の権威は?」 [2010年09月26日(Sun)]
 イランに行けば、当然のことながら、昨年実施された大統領選挙後の、イラン国民の動きが、その後どうなっているのかに、関心が寄せられる。あれだけ反政府運動が、首都テヘランで盛り上がったのだから、何か今でも、くすぶっているのではないか、と誰もが期待するだろう。
イラン人の友人は、まじめにアメリカ軍の攻撃が、起こることを期待している、と語っていた。しかも、彼はアメリカ軍の攻撃は、あくまでも核施設だけであり、他の一般住民が居住しているところには、絶対攻撃しない、と断言していた。
アメリカ軍が攻撃を実施し、イランの核施設が全部破壊されれば、現体制の国民からの信頼は地に落ち、体制は打倒され、民主的な欧米型の政府が、誕生するだろう、というのだ。
彼は真顔でそう言っていたが、他のイラン人と話しても、似通った内容の答えが返ってきた。私が外国人だから、本音を話しやすい、ということもあるだろう。もちろん、イラン人特有のサービス精神で、外国人の好みの返事を、考えて話しているとも言えよう。
つまり、外国人はイランの現体制が、打倒されることを期待しているであろう、という前提でサービス精神を遺憾なく発揮して話してくれているのだ、とも考えられるのだ。
この話をある友人に話したところ、彼の返事は次のようなものだった。「つまり、イラン人は他力本願なんですよ。外国が深く関与してこない限り、自分たちでは、現状を変えようとは、必死で考えることは、無いんです。昨年の大統領選挙の結果に怒った国民が、あれだけ大規模な反政府の、抗議デモを展開したのに、今は誰もそんなこと考えていませんよ。大統領候補者だったムサヴィ氏もカロウビ師も、今では忘れ去られた人に、なっていますよ。」というのだ。
確かにそうかもしれない。しかし、以前にここで書いたように、昨年の大統領選挙以後に、幾つかの変化が、イランの政治社会内部に、起こっていることも確かなようだ。
私は昨年の選挙を機に、神権体制内部に分裂が起こった、そして、アハマド・ネジャド大統領とハメネイ師の間にも、齟齬が発生し始めていると書いた。イランの友人も、同じことを言っていた。彼はアハマド・ネジャド大統領が就任式で、ハメネイ師の手の甲にキスをしなかったのは、明らかなハメネイ師に対する、拒否反応だったというのだ。
では何故、アハマド・ネジャド大統領は、イランの最高権威者である、ハメネイ師に対して、そうも強気になれるのか?言うまでも無い、彼の後ろには、革命防衛隊が付いているからであろう。
問題は革命防衛隊が軍隊であり、軍隊は最新の兵器を入手したい、と常に考えるということだ。ハメネイ師は核兵器の開発を、全面否定しているが、彼がイスラム法学者である以上、当然の判断であろう。しかし、ハメネイ師が権威を無くした場合、イランが核兵器開発に、向かう危険は否定できまい。今後はハメネイ師のイラン国内での、権威の動向を見守る必要がありそうだ。
ハメネイ師の権威について、アメリカやイスラエルの情報機関も、私同様に注目しているかもしれない。イランの友人が望んでいるように、アメリカやイスラエルは、イランを軍事攻撃するかもしれない。それはハメネイ師の失脚が、明らかになったと同時に、起こるのではないか。
Posted by 佐々木 良昭 at 00:35 | この記事のURL
NO・1763「エジプト国民はエルバラダイ騒ぎで疲労気味」 [2010年09月25日(Sat)]
 エジプトで何人かのエジプト人の友人たちと話した。その彼らの話す内容が、実に興味深かったのでご紹介しておこう。

述べるまでも無く、エジプトに今の時期に行けば、最大の関心事は次期大統領選挙に関する、テーマということになろう。これまで何度か書いたが、大筋ではあまり、外れていなかったようだ。

エルバラダイ元IAEA事務局長が、欧米式民主主義を信じ、それをエジプトに当てはめようと考えた。現状では法律的に、彼が立候補できないために、彼に対する支持の署名運動を展開して、その結果を政府に突きつけ「これだけの国民が私を支持しているのだから、政府は憲法を改正して、私に立候補する権利を与えろ。」ということであったろう。

エルバラダイ氏は完全に、外国ボケしていたのであろう。そんな署名運動で、エジプト政府が憲法を改正し、野党やそれ以外の人士の、大統領選挙への立候補を認めるようであったのなら、既にムバーラク体制は終わっていたはずだ。署名運動が何の効果も無いという現実を、彼は知らなかったのだろうか。

何時もエジプト事情を話してくれる、友人が言う事情説明はこうだった。「エルバラダイ氏がエジプトに、民主化を持ち込もうとした。彼は世界的にも著名な、元IAEAの事務局長だ。だからエジプトの改革派は、一抹の期待を彼に寄せた。若者は血気盛んであり、署名運動という新手の政治活動に、歓喜して参加した。これなら警察に棍棒で殴られることも、逮捕されて投獄されることも、無いからね。」

全くその通りであろう。しかし、このエルバラダイ式民主主義の実現運動の中で、アレキサンドリアの青年が犠牲になっているし、多くのムスリム同胞団のメンバーが、逮捕されてもいる。それ以外の野党のメンバーにも、逮捕者、投獄者が多数出ている。

つまり、エルバラダイ氏の大統領選挙立候補への事前運動は、それなりの犠牲を、既に生み出していたということだ。そのことを、エルバラダイ氏はどの程度重く、受け止めているのであろうか。もちろん、エジプト国民が彼を利用して担ぎ上げ、政府にひと泡吹かせてやろう、と考えた部分もあろうから、犠牲者が出た責任は、エルバラダイ氏だけにあるわけでもあるまいが。

続けて友人が言うには「エルバラダイ氏の大統領立候補に向けた活動で、エジプト国民はスッカリ振りまわされ、下馬評で沢山の立候補予定者の名が挙げられた結果、もう大統領に誰がなろうが、どうでもよくなったんだよ。つまり、散々かき回されて、エジプト人の頭の中が、空っぽになったってことかなあ。あるいはガス抜きが出来た、と言うべきかなあ。結局はガマール(ムバーラク大統領の次男)に絞られたんじゃないか。」ということだった。案外そうかも知れない。ガマール氏とムバーラク大統領に、今後、何か特別の事態が発生すれば、この限りでは無かろうが、現状では友人の言う通りかもしれない。
Posted by 佐々木 良昭 at 23:33 | この記事のURL
帰国のお知らせ [2010年09月25日(Sat)]

 無事全ての予定を終え9月24日に帰国しました。
現地はそれぞれに大きな局面にあり、興味深い話を聞くことが出来ました。
順を追ってご報告申し上げます。
Posted by 佐々木 良昭 at 23:01 | この記事のURL
海外出張のお知らせ [2010年09月14日(Tue)]
         海外出張のお知らせ
9月15日から24日まで、エジプト、イラン、トルコに出張して来ます。
エジプトでは大統領の後継問題と物価高、イランではイスラエル・アメリカとの緊張、トルコでは憲法改正の是非をめぐる国民投票後の様子と、いずれの国も極めて興味深い状況にあります。
それ以外に、イランでは外務省付属の研究所ISIAとの、共同研究会を開催してきます。
したがって、出張中は中東TODAYを休ませていただきます。その代わり、帰国後に興味深い報告が、出来るよう頑張ってきます。
Posted by 佐々木 良昭 at 22:30 | この記事のURL
NO・1762  「アラブ援助はアメリカの圧力で引き出せ」 [2010年09月14日(Tue)]
 パレスチナ自治政府は、アラブ諸国の援助の少なさに、怒り出している。パレスチナ自治政府に言わせれば、アラブ諸国を始めとする、諸外国からの援助は、パレスチナ自治政府の公務員15万人の、給与に充てられるということだ。ご丁寧にも、パレスチナ自治政府はその半数が、ガザの住んでいる人たちだ、という説明だ。
 つまり、ヨルダン川西岸のパレスチナ人を、前面に出しても寄付は集まりにくい、ということだろうか。ガザの場合、イスラエルによる攻撃で、大きな被害を受けたことや、トルコのフロテッラ号事件などで、世界の耳目を集めているからであろう。
 パレスチナ自治政府に対する援助は、今年3月にリビアで開かれた、アラブ首脳会議でも、援助が各国によって約束されたが、ほとんど実行されていないようだ。例外的なのは、サウジアラビアとアラブ首長国連邦だが、それ以外には、援助国の名前が挙げられていない。
 こうした状況について、援助する側のアラブ諸国は、パレスチナ自治政府のやり方が、気に入らないのだと言っている。つまり、パレスチナ自治政府はアメリカ政府に頼み込んで、アラブ諸国に援助をするよう、圧力をかけてもらっているというのだ。
 アラブ諸国にしてみれば、パレスチナ自治政府が頭を下げて、援助を要請してくるのであれば、援助も考えるが、アメリカを通じての圧力をかける方式には、相当腹が立っているのであろう。
例外的に、援助を実行したサウジアラビアとアラブ首長国連邦も、うるさいから金を出してやる程度の、受け止め方をしているのではないか。少なくとも、パレスチナ問題や、パレスチナ人に対する、連帯意識からの援助ではあるまい。 
 パレスチナ自治政府の発表によれば、5・3億ドルの援助のうち、22パーセントがアラブ諸国からのものであり、残りの78パーセントは、アメリカを始めとする、非アラブ諸国からの、援助だということだ。
 それにしても、パレスチナ自治政府のたかり精神には、驚くばかりだ。パレスチナ闘争が始まって、何十年も過ぎたが、いまだに外国からの援助を、主たる財源にしているのだ。そのために、全く具体的な和平の話は進んでいない。アメリカの圧力にすがっている限り、パレスチナの大義は全く重要性を持たず、結果的に、ヨルダン川西岸地区は、イスラエルに接収され続けている。
 エルサレムがイスラム教の第3の聖地だから、イスラム教徒全員がパレスチナ問題を支持し、支援すべきだという論理は、パレスチナ自治政府の幹部の、超贅沢な生活を見ている限り、アラブ・非アラブ・イスラム教徒の間にで、本音では起こってこないのではないか。パレスチナ自治政府は、たかり・ゆすりの組織に、なり下がって久しい。
Posted by 佐々木 良昭 at 15:23 | この記事のURL
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