CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
« 2010年01月 | Main | 2010年03月»
NO・1507イエメン再分裂の動きと日本のエネルギー問題 [2010年02月28日(Sun)]
 イエメンは歴史の古い国であり、多くの歴史的出来事の中心をなしてきたところだ。それだけにイエメン人のプライドは極めて高い。
 北イエメンは、オスマン帝国の領地として存在していたが、オスマン帝国が倒れた後は、イエメン王国として独立した形を取っていた。しかし、それはイギリスの強い影響下にあるものだった。
 その後、1962年イエメンは王制から共和制の国家に変わり、エジプトとの間で連合国家となっている。その後、サウジアラビアに亡命した王制派との間で、1970年まで内戦が続いていた。
 他方、南イエメンは1967年意イギリスから独立し、イエメン人民民主共和国となった。当時、南イエメンはソビエトとの強い関係にあり、援助で成り立っていたが、ソビエトの崩壊により、国家運営が困難となり、北イエメンとの合併に踏み切った。
 こうした経緯を、南北イエメンが辿ってきたことから、南イエメンの居住者たちの間では、北イエメンの主導による国家運営に、不満がくすぶり続けてきていた。それが最近の動きのなかで、再燃してきたということだ。
 南イエメンにしてみれば、北イエメン側が主導するイエメン政府は、アルホウシ部族の抵抗により、大きな損失を蒙っているし、国際社会のなかでも、イエメンが注目され、これまで関心を持たれなかった、イエメン国内の問題点が、関心を呼び、国際的に知られるようになった。
 イエメン政府は、アルホウシ部族掃討作戦による戦費の増大、アルホウシ部族の反乱によるイエメンの国内政治の透明化、その結果としての、問題に対する世界からの批判など、南イエメン住民にとって、分離独立運動を起こすに、好都合な条件が揃ってきていた、ということだ。
 あわせて、ロシアの地域への再台頭、中国外交の活発化などが、南イエメンの人たちをして、北イエメン主導に反旗を翻させ、始めたということであろう。そのことは、アメリカにしてみれば、ペルシャ湾の出口ホルムズ海峡とあわせ、黄海の出口に当たる、バーブ・ル・マンデブ海峡も、不安になってきた、ということではないか。
 日本人が忘れてならないことは、この二つの海峡が、不安定な状態に陥るということは、日本に対するエネルギー供給に、大きな影響を及ぼす危険性があるということだ。アメリカにとっては、アラビア半島のエネルギーに対する、依存の度合いは日本に比べ、非常に少ないということだ。
他方、日本は第一次オイル・ショックを経験した後、エネルギー供給諸国の世界への分散(多国化)を歌っていたにも拘らず、アラビア半島地域諸国に対する依存度は、逆に高くなっている。そのことを日本人は肝に銘じ、イエメンの動向を注視しておくべきであろう。
Posted by 佐々木 良昭 at 16:27 | この記事のURL
NO・1506イラク選挙がらみのニュースいろいろ [2010年02月28日(Sun)]
 イラクでは3月7日に、国会議員選挙が行われる予定だ。これまで、この選挙にスンニー派が参加するか否かが、大きな話題になっていたが、最終的には参加することに決まった。
 当然といえば当然であろう。イラクンの現在の国内状況から判断すると、国会議員になるということは、各種の権益を得るということに、直結しているからだ。地方議員たちは、それぞれの部族を代表しており、国会議員になることにより、政府から予算を分捕って、自部族にばら撒く、というのが常識になっているのだ。
 もし、国会議員にならなければ、そうしたことは出来ないし、自分のガードすら付けられなくなり、きわめて危険な立場に、おかれるということだ。従って、今までスンニー派の立候補予定者たちが、選挙ボイコットの姿勢を示していたのは、よりよい条件を引き出すためのものであった、ということであろう。
 今回のイラク選挙で注目されるのは、かつて首相職にあった、イヤード・アッラーウイ氏が再度、首相のポストを狙っているということだ。このため、彼はイランに対しても、サウジアラビアに対しても、接近策を取っており、エジプトやヨルダン、カタールなども、訪問する予定になっている。
 イヤード・アッラーウイ氏はシーア派だが、彼は世俗代表ということで、スンニー派とより近い関係に位置しており、シーア派のマリキー首相と、対抗する姿勢のようだ。
 一方、マリキー首相はスンニー派が多数を占める、旧バアス党政権下の将校たちを、取り込む作戦を立てた。イラクのサダム体制が打倒された後、サダム色を一掃するということから、バアス党員は公職から追放されていた。なかでも軍人や秘密警察関係者は、最も危険視されていたのだ。
 しかし、今回の選挙の前に、マリキー首相は旧バアス党員である、軍人や情報関係者を、仕事に復帰させることを決めた。その数は凡そ、2万人とされている。もちろん、マリキー政権の報道官はこの旧バアス党員の、現職復帰と選挙とは、何ら関係ないと説明している。
 しかし、誰の目にも、この旧バアス党員の現職復帰の決定は、選挙に直結している、ということであろう。そして、不安なのはその結果、マリキー首相が選挙で勝利した場合、サダム・フセイン大統領と同じように、恐怖政治を部分的にでも、取り入れて行くのではないかということだ。
Posted by 佐々木 良昭 at 00:34 | この記事のURL
NO・1505パレスチナの力量が試される西岸2聖地問題 [2010年02月26日(Fri)]
 現在のイスラエル領土にも、パレスチナの西岸地区にも、多くの歴史的な遺跡が残っている。それらのほとんどは、単なる遺跡ではなく、宗教的な意味合いを持っているものだけに、問題が発生すると、解決は簡単ではない。
 今回、問題化したヘブロンのユダヤ族長たちの墓や、ベツレヘムのラシェルの墓は、ユダヤ教徒イスラエル人だけではなく、パレスチナ人イスラム教徒にとっても、宗教的意味合いを持つ場所であるだけに、今後の推移が注目される。
 ハマースのイスマイル・ハニヤ首相は、この問題に抗議して、西岸でインテファーダを起こすべきだ、と主張し始めている。マハムード・アッバース議長も問題を重視し、イスラエルに抗議するとともに、イスラム世界に支援を、呼び掛けていく方針のようだ。
 そこで問題なのは、イスマイル・ハニヤ首相を中心とするハマースや、マハムード・アッバース議長を中心とするファタハが、どこまでこの問題を国際化していけるのか、ということだ。
 同時に、どれだけのパレスチナ人を、この問題で結束させうるのか、ということだ。しかも、この問題を契機に、パレスチナの二つの組織は、それぞれに武力闘争にも訴えるだけの、心積もりがあるのかということだ。
 自分たちの犠牲は考えず、単に口先だけで、問題を叫びまくったとしても、何の変化も起こるまい。イスラエル側はやれるものならやってみろ、お前たちに何ができるんだ。何かをやる覚悟はあるのか、と思っているのではないか。
 パレスチナ人はこれまで、半世紀以上パレスチナ問題を叫び続け、世界中の好意を当てにしてきた。そして幹部たちは、私腹を肥やし続けてきた。しかし、問題は益々イスラエルの増長を許すだけで、何ら解決に向かっていない。それどころか、時間の経過とともに、状況はどんどん悪くなっている、というのが実情ではないのか。
 そうしたなかで、一般のパレスチナ人だけが、苦しみを背負い続けている。パレスチナをリードする立場の人たちは、いま一度真剣に自分たちの問題に、自分たちの力で取り組み、問題の解決を図る気持ちになる必要が、あるのではないのか。それが、イスラエルとの妥協であれ、あくまでも自説を貫く、武力闘争であれ。
Posted by 佐々木 良昭 at 15:28 | この記事のURL
NO・1504やっぱり始まったドバイ暗殺・イスラエルの逆襲 [2010年02月26日(Fri)]
 ドバイで起こった、ハマース幹部ムハンマド・マブフーフ氏暗殺事件は、あっという間にドバイ警察が調査し、容疑者11人を発表した。既に、マスコミでは何度も報じられているように、容疑者は6人がイギリス・パスポートを所持しており、他はフランス、アイルランド、ドイツなどであり、2人のパレスチナ人もいたということだ。
 皮肉交じりに、何時からドバイの警察は、スコットランド・ヤード並になったのか、と揶揄するアラブのマスコミ報道もあったほど、早い結論だった。そして、ドバイ警察は99パーセント、イスラエルのモサドの犯行だ、とまで断言したのだ。
 これに対し、イスラエルは珍しいほど沈黙を守り通し、反論しなかった。このため、パスポートを使われたヨーロッパ諸国は、イスラエルに対して、怒りをあらわにし、EU全体がイスラエルとの関係を、悪化させていくことが、懸念されていた。
 こうしたなかで、イスラエルのネタニヤフ首相が暗殺を行う前に、暗殺作戦を了承し、激励したという報道や、作戦終了後に暗殺部隊員を賞賛した、という報道もあった。そして、イスラエルはこの暗殺に、関与していたのか否かについては、どちらとも取れる発言をしている。つまり、イスラエルは世界がこの犯行の首謀者を、イスラエルだと思い込むことを、待っているようなそぶりを、していたということだ。
 そしてしばらく経つと、イスラエルの逆襲が始まった。イスラエルは「何処にモサドが暗殺を行ったという、証拠があるのか。」と開き直ったのだ。確かにドバイ警察によって、映像や写真がどんどん流されていく中で、情報の受け手たちの多くは、イスラエルのモサド犯行説を信じ込んでいった。
しかし、殺人現場の写真やビデオが、発表されたわけではなかった。映像の怖さはそこにあるのだ。つまり、容疑者だという映像や、写真が何度となく繰り返して流されると、人は容疑者が犯行を行ったのだ、と信じ込んでいってしまうのだ。
イスラエルは世界中が、イスラエルのモサドが暗殺を行ったのだ、と信じ込むまで、待っていたのではないか。そして、その後に逆襲を始めたのであろう。イスラエルによれば、ムハンマド・マブフーフ氏を殺害したい、と思っていたアラブの国々や組織は多いし、パレスチナ内部にも、彼を狙う者が多数いたと言っているのだ。
確かにその通りであろう。パレスチナ内部に限っても、ハマースとファタハとの関係を考えた場合、ハマースの武器調達係であるムハンマド・マブフーフ氏は、ファタハの暗殺対象であったろう。
それ以外にも、過激派であるハマースの武器調達係であった、ムハンマド・マブフーフ氏は、穏健派アラブ諸国にとっても、ペルソナ・ノングラータ(歓迎されざる人物=危険人物)であったろう。
ドバイ警察によって、11人の容疑者が発表されてしばらく経つと、彼ら以外にも、新たに15人の容疑者が発表された。容疑者の数は合計26人に達したのだ。こうなると、ドバイに入国した人たちのほとんどが容疑者であり、容疑者として発表された人たちは、運が悪かったということになるのではないか。
これだけ多くの人たちが、暗殺に参加する必要があったとは、とても考えられない。つまり、ドバイ警察の容疑者発表には、信憑性がなかった、という結論に到るのではないか。
そしてついに、イスラエルのリーバーマン外相は、重要な発言をするに到った。「容疑者はドバイからイランに逃れた。」と語ったのだ。これは何を意味しているのか、誰が考えても分かろう。大騒ぎしたドバイのハマース幹部暗殺に、イランが関与しているということを、リーバーマン外相は言いたいのだ。だがイスラエルはこれまで、イランがハマースに対する、最大の武器や資金の供給国だとも発言してきている。そこには矛盾はないのか?
いずれにせよ、その後に起こる世界の反応は、誰にも想像が付こう。もうこの段階になると、誰もがイスラエルではなく、他の国がこの暗殺に関与していたのだ、と信じ込みやすいということだ。
Posted by 佐々木 良昭 at 00:32 | この記事のURL
NO・1503M・エルバラダイ氏もう一度・日本の報道? [2010年02月24日(Wed)]
 エジプトにIAEAの事務局長が帰国したということで、彼を大統領に推す声が上がった。それは、ムハンマド・エルバラダイ氏が国際的に知られる人物であったために、世界中で報じられた。
 日本のマスコミも例外ではなく、このムハンマド・エルバラダイ氏の帰国と、大統領選挙への彼の参加の可能性を報じている。しかし、他の国の場合と日本の報道が異なるのは、日本の場合はニュースの受け売りだけだということだ。
 ムハンマド・エルバラダイ氏が大統領に、本気で立候補を考えているのであれば、幾つもの関門を潜り抜けなければならない。彼の場合は、単独で立候補するわけであり、特定の党人ではない。そのことを考えた場合、彼の立候補は、限りなく不可能に近いのだ。
 個人で立候補する場合には、エジプト議会、評議会、地方議会の議員、250人以上の推薦が必要であり、それをどうやって、彼が取り付けるかだ。述べるまでも無く、エジプトの議会は中央も地方も、与党でほとんどが占められており、野党議員もムハンマド・エルバラダイ氏を、推すような動きになれば、政府から圧力がかかることは必定だ。
 しかも、エジプトの最大野党であり、組織力のあるムスリム同胞団は、ムハンマド・エルバラダイ氏とは、考えを異にしているようだ。それ以前に、ムハンマド・エルバラダイ氏が、どのような政治改革を考えているのかを、知る必要があると、ムスリム同胞団幹部は語っている。
 悪い表現が許されるのであれば「ムハンマド・エルバラダイなんてノーベル賞を受賞した、世界的な著名人だが、どこの馬の骨か分かったもんじゃない。」というのが、ムスリム同胞団の彼に対して抱いている、正直な気持ちであろう。 
 ムハンマド・エルバラダイ氏は「憲法が改正され」「立候補者に対する規制が緩和されること」を条件としているようだが、そんなことは期待できない、というのがエジプトの実情であろう。
 ムハンマド・エルバラダイ氏は、エジプト国民が政治に目覚め、立ちあがって彼を支援してくれることを、期待しているようだが、そんなことは起こりそうにない。それに、彼がエジプト国民を政治に、覚醒させる能力を持っている、とも思えない。つまり、砂漠の国の蜃気楼の話、ではないのかということだ。
Posted by 佐々木 良昭 at 17:27 | この記事のURL
no・1502ムーサがエルバラダイを説得か [2010年02月23日(Tue)]
 IAEAの事務局長を務め、ノーベル賞を受賞した、ムハンマド・エルバラダイ氏が、エジプトに帰国した。
 エジプトの現状を嘆く一部の人たちが、彼に直訴し、次の大統領選挙に立候補するよう、働きかけた。その働きかけに対して、ムハンマド・エルバラダイ氏はまんざらでもない、反応を示した。
 結果的に、ムハンマド・エルバラダイ氏の帰国は、大きな話題となり、世界中で報じられた。しかし、ムハンマド・エルバラダイ氏を推す人ほど、本人が大統領選挙を、真剣に考えているとは思えない。
 彼が選挙に立候補するには、幾つものハードルがあることは、すでにご報告したが、一番のネックは、エジプトの法律が彼の安全を、保障してくれるか、ということであろう。外国に居住し「エジプト人のサクセ・スストーリーの主人公」として振舞っている分には、ムバーラク大統領も彼を、称賛しよう。
しかし、彼の存在が少しでも、ムバーラク大統領にとって、不都合なものとなった瞬間から、彼は歓迎されない「危険人物」となろう。そのことを、身をもって体験したのが、アラブ連盟の事務総長職にある、エジプト人のアムル・ムーサ元外相だ。
アムル・ムーサ・アラブ連盟事務総長が、ムハンマド・エルバラダイ氏を、アラブ連盟本部の執務室に呼び、会談したが、その内容は全く開かされていない。しかし、想像するに、大統領選挙への出馬を、思いとどまらせるよう、説得を試みたのではないか。
外国に20年以上も暮らした、ムハンマド・エルバラダイ氏の考えは、すでに外国人と同じになっており、現在のエジプト社会が抱える、多くの問題を、現実として受け止めることは、できないだろう。
そうなると、彼が話し始めるであろうことは、理想であり、何ら現状の問題を解決することには、繋がるまい。下手をすれば、次期大統領選挙までの、繋ぎ、悪く言えば、噛ませ犬としての「噂の発信源」で終わるかもしれない。
 そのことを、アムル・ムーサ・アラブ連盟事務総長は、ムハンマド・エルバラダイ氏に、話して聞かせたのではないか。
Posted by 佐々木 良昭 at 14:42 | この記事のURL
NO・1501エルバラダイ氏エジプト大統領立候補の可能性について [2010年02月22日(Mon)]
 IAEAの事務局長、という要職を勤め終えたエジプト人、ムハンマド・エルバラダイ氏が帰国した。彼をカイロ空港で待ち受けていたのは、凡そ1000人ほどの人たちだった、と伝えられている。
 本来は、もっと多くの人たちが、彼を出迎えるはずであったが、警察の制止により、カイロ空港に到達できなかった、ということだ。
 ムハンマド・エルバラダイ氏を迎えた人たちのほとんどは、彼がエジプトの次期大統領選挙に、立候補してくれることを、期待していている人たちだ。彼らはムバーラク大統領(81歳)が、ほぼ30年の長きに渡り、エジプトの大統領職に留まっていることに、うんざりしているのだ。
 これまで何人かの人たちが、ムバーラク大統領の後任候補として、下馬評に上ってきたが、いずれもムバーラク大統領によって、体のいい転職をさせられたり、投獄されたりして、選挙そのものに、挑めずに終わっている。
 今回取りざたされている、ムハンマド・エルバラダイ氏はどうであろうか。彼は公正な選挙が行われるのであれば、立候補してもかまわない、ということを語っているが、積極的に大統領選挙に、打って出るという姿勢は、いまだに示していない。
 確かに、ムハンマド・エルバラダイ氏は、世界的に知られる要人であり、ムバーラク大統領に挑戦するに、ふさわしい人物かもしれないが、選挙での勝利どころか、選挙に立候補することさえも、難しいのではないかと思われる。
 まず、彼が立候補するとすれば、エジプト以外の国籍を、放棄するのか、ということだ。彼は多分、アメリカ国籍を有しているであろうが、それを保持したまの二重国籍では、大統領選挙に立候補できまい。
つまり、大統領選挙に立候補するのであれば、彼は外国の国籍を、捨てなければならないということだ。そのことは、その後の彼の立場を、大幅に弱いものにする、ということを意味している。
 その場合、彼はエジプト国民(国籍)だけということになり、ムバーラク大統領が彼を逮捕しようと思えば、あらゆる理由で逮捕でき、投獄できるということだ。もし、二重国籍のままであれば、彼は外国の国籍の国に対し、保護を求めることが出来ようが、エジプト国籍だけになってしまえば、そのガードは無くなるということだ。
 以前、カイロ・アメリカ大学の教授が「ゴモロケア=共和王国=共和国だが実質は王国=世襲で大統領が決まるという意味」なる造語で、ムバーラク体制を批判し、投獄されたことがある。
彼は妻がアメリカ人で、彼もアメリカ国籍を有していたことから、アメリカ政府と大使館の、強い働きかけで、牢獄から出ることが出来、国外に逃れることが可能となった。
「キファーヤ運動=イナフ=もうムバーラク大統領は十分勤めたから辞任しろという意味」」の中心人物アイマン・ヌーリ氏は投獄され、後、政治活動をしないという念書を書かせられ、やっと刑務所から出してもらえた、という経緯がある。
そして、ムハンマド・エルバラダイ氏が、大統領に立候補しうるために、必要なもう一つの問題は、彼を大統領に推薦する議員が、果たして必要なだけ集まるか、ということだ。エジプト国民の多くは、彼をエジプト国民というよりも、エジプト生まれの外国人、とみなしているからだ。
エジプト国内で政治の自由化を求めて、活動を展開し続けてきた古参の活動家や、政治家たちにしてみれば、ムハンマド・エルバラダイ氏は、地上が制圧された後に、パラシュートで降下して来た、外人部隊のようなものだ。
一部のエジプト人たちは、彼を持ち上げて、民主化を騒ぎ立てるだろうが、実際には何の効果も変化も、エジプトの政治には、生み出さないのではないか。それどころか、結果的に、ムハンマド・エルバラダイ氏が、ムバーラク大統領の傘下に入ることになれば、ムバーラク大統領の地位は、より強化されるということではないか。
つまり、ムハンマド・エルバラダイ氏の帰国をめぐる、大統領選挙立候補の騒ぎは、反ムバーラク派の人たちの、ほんの一瞬の清涼剤にしか、ならないのではないか。もちろん、選挙はまだ先であり、どのようなどんでん返しがあるかは、誰にも分からないことではなるが、そう考えるのが、いまのエジプトの国内状況からすれば、常識的ではないか。
Posted by 佐々木 良昭 at 22:56 | この記事のURL
NO・1500ドバイ泣きっ面に蜂・安全も経済もだめになったか [2010年02月22日(Mon)]
  アラブ首長国連邦のドバイは、つい半年か1年前までは、夢のような国ともてはやされていた。この国の首長(国王)は石油が出ない代わりに、他の方法で経済活性化を図り、一躍ドバイを世界的に知られる、アラビア半島の経済・金融センターに仕上げた。
 彼の最高顧問は、イギリスの退役大佐だった。彼のアドバイスでドバイは、人工の島を造り、そこにリゾート用の住宅やホテルを建てたが、それは飛ぶように売れた。
 リゾート用住宅は、湾岸諸国を始め、世界中の金持ちたちの、格好の投機(投資ではない)目標となり、計画段階で売れ、完成段階では価格が跳ね上がった。このため、第二期計画も同様に、売れ行きがよかった。
 しかし、室内気温50度を越えるこの場所で、リゾート向きの住宅が建つこと自体、がナンセンスだった。いわば、投機目的の購入者を狙った、ばくち的なビジネスだったのだ。
 結果は、いまになってみれば当然で、住宅価格は暴落、それにあわせ、他の不動産物件も暴落した。世界一高いビルも、150メートル以上はエレベーターが機能しないのか、電気周りに問題があるのか、いまだに使用不能となっている。
 ドバイに行った日本人は、押しなべてアメリカのニューヨークにも勝る、超近代的なビル群に圧倒され、ドバイはすごいと連呼した。しかし、それは海岸線に並ぶだけであり、海岸から少し離れた場所は、砂漠が広がっていた。
 3年ほど前に、ある日本の金持ち団体に誘われて訪問したが、私がドバイを見た感想は「ばくち場」だった。投資も経済もペーパー・タイガーであり、やがて自滅する、というのが私の感想であった。
そのことを書いて送ると、その団体は私の報告を掲載しなかった。当然であろう、地元の人たちにドバイ旅行を自慢したかったのだから、そんな話は紹介したくなかったのであろう。(中東TODAYに似た内容の記事を書いています)
 ドバイはその後、経済危機に見舞われており、欧米の投資は砂のなかにうずもれてしまった。その損害額はイギリスが500億ドル、ドイツ、フランス、アメリカなどは確か100億ドル超程度であった。日本は90億ドル台で済んでいたと思う。
 つまり、ドバイは金融センター、投資先、経済センターとして、自滅してしまったということだ。だが、その後、ドバイはほかの汚名を、冠されることになったようだ。
 ドバイでパレスチナ・ハマースの幹部の、暗殺事件が起こったからだ。マブフーフなるハマースの武器調達責任者が、ドバイの高級ホテルで暗殺されたのだ。彼を誰が暗殺したのかは、いまだに特定できていない。ドバイ警察のトップは、事件後まもなく、イスラエルのモサドによる犯行としたが、そう簡単には断定できない部分がある。
 不運なときは、不運なことが重なるものだ。またまた、ドバイでギャング同士の抗争が起こり、相手側のメンバーを生き埋めにして、殺す事件が起こった。これは、南アジアのアルコールを取り扱う、ギャング弾同士の抗争の結果だったが、こうなると、もうドバイは金融センターでなくなったばかりではなく、極めて危険な場所、というイメージができてしまった、ということであろう。
 しかも、このギャング団の抗争の、原因はアルコールだ。述べるまでもなく、アラビア半島の他の国々は、アルコールがイスラム教で禁止されていることからご法度になっている。
 こうなってしまうと、もうドバイは立ち上がれないのではないか。そこで問題は、誰がこうまでもドバイを、追い込んでいるのかということだ。これをイスラムの神である、アッラーの御意志とするのが正解なのだろうか。
Posted by 佐々木 良昭 at 00:18 | この記事のURL
NO・1499シリアの観光活性化へイランの例 [2010年02月21日(Sun)]
 昨年末にイランを訪問した。述べるまでもなく、今のイランに観光客はほとんど訪れていない。そのため影響はあらゆる部分に、及んでいるようだ。
 イランといえば、ピスタチオ、ペルシャじゅうたんがよく知られているが、そればかりではなかろう。観光地は歴史の古い国だけに、国内各所に散らばっている。それらの場所を訪れる、外国人観光客を狙った商売が、今は全く成り立たなくなっているのだ。
 イランの首都テヘランにある、イステグラル・ホテルにある土産屋は、閑古鳥が鳴いていた。そこのじゅうたん屋のショウ・インドウを覗いていると、他のじゅうたん屋の主人が、うちの店も見てくれという。
 時間をもてあましていたこともあり、覗いてみることにした。素晴らしいじゅうたんが、何枚か広げられ、いくらかと聞くと、日本で売られている値段の、半額程度の値段で売られている。細かい織りのシルクで、日本人好みのものだった。
 そのなかの3枚が気に入って眺めていると、全部買っていかないかという。こちらは懐具合もあり、1枚というとじゃあ2枚買っていけ、残金は後でいいということだった。
 イラン国内でペルシャじゅうたんが、日本よりも安いのは、やはり観光客が激減(皆無)しているからであろう。日本ではいま、あらゆるものが、輸入超過と不景気で、価格を大幅に下げているのだ。
 シリアも同様に、多くの観光資源を持ちながら、長い間、観光客が極めて少なかった。それはいうまでもなく、対欧米関係が悪化していたからだ。シリアはテロ支援国家のひとつとして、イランや北朝鮮同様に、西側諸国から、敵視され続けてきていた。
 最近になって、アメリカはシリアに大使を派遣することを決め、関係改善が期待されるようになってきている。このことは、シリアへの欧米からの観光客の訪問が、期待できるということだ。
 シリアは東地中海沿岸の国であり、ギリシャ、ローマ、イスラムの各時代の遺跡が国内各地にあり、それ以前の遺跡も数多い。それだけに観光資源は多く、ツアーが組まれ、ある程度の観光地の整備がなされれば、観光は一大資源となりうる。
 しかも、シリアは料理がうまい。シリア人独特のソフトな語り口と、うまい料理、素晴らしい遺跡が、世界に知られれば、この国は石油無しにも、十分やっていけるのではないか,シリア人は商売上手で知られた民族でもあるのだから。
 民族主義の旗頭、アラブ革命のリーダー国と、あまりご利益のないタイトルで、自国を追い詰めることはないだろう、と思えるのだが。最近では、トルコもエジプトも、地中海沿岸の国は皆、その海岸線が黄金の砂漠に変わっている。
 平和が金を生むということを、シリアはもう一度真剣に考えてみるべきではないのか、と思えてならない。アメリカのシリアとの外交正常化は、そのきっかけになるかもしれない。
Posted by 佐々木 良昭 at 12:04 | この記事のURL
NO・1498相変わらずくすぶり続けるマブフーフ暗殺事件 [2010年02月18日(Thu)]
 1月半ば過ぎに起こった、ドバイでの暗殺事件は、その後も真犯人探しが続いている。もっとも、最近になって有力な犯人は、イスラエルのモサドだという説が語られ、ドバイ警察によって暗殺容疑者が公表され、彼らが入国時に所持していたパスポートが、イギリスの偽造のものだったことも判明している。
 ドバイ警察はこのパスポートが偽物であり、彼ら容疑者の写真も公表しており、11人の関係者のうちの6人が、イスラエル在住だと発表されてもいる。イギリス政府は偽造パスポートの所持者が、イスラエル人であることから、その真偽を確かめるべく、イスラエル政府との連絡を、取り始めてもいる。
 イスラエルが犯行を行った可能性は、暗殺された人物マブフーフは、パレスチナのハマース組織の幹部であり、外国で武器を調達し、ガザに持ち込んでいた人物であることから、十分に疑いの根拠が、あるということだろう。
 しかし、この事件は派手過ぎるのではないか。容疑者はイギリスのパスポート保持者が6人、アイルランドのパスポート保持者が3人、ドイツとフランスが各1名だったということだ。パレスチナ人も2名が、容疑者として上げられている、という情報もある。
まさに、全ヨーロッパを揃えての、暗殺という感じがする。しかも映画並みに、彼らは別々にドバイに入国して、犯行に及んだということだ。当然、犯行後は別々に、ドバイから逃走したということであり、これだけの証拠が揃っていても、なんら事件の解決に進展はないし、誰も捕まっていない。
では結果的に、この事件が何を生み出すのかを考えてみたい。
:ハマースの武器調達資金調達担当責任者がいなくなった。
:そのことからイスラエルに対するテロは、沈静化することが期待される。
:もし、イスラエルが犯行を行ったのであれば、イスラエルは英独仏アイルランドなどから、激しく非難されよう。
:そのことは、ヨーロッパで広がっている、反ユダヤの流れに拍車をかけよう。
:世界的に、イスラエルは危険な国家、というイメージを広まろう。
:イスラエルのイラン非難に対する支持は、低下するのではないか。
:もし、マブフーフに対する資金と武器の提供が、イランであるならば、イランも非難を受けよう。
:しかし、マブフーフは金で武器を買っていたようなので、イランだけが武器の供給国とは限らなくなる。
  そうした諸々のことを考えると、イスラエルが犯人、と限定できない部分もある。イラン問題への制裁支持を、アメリカのクリントン国務長官が取り付けようと、必死の外交を展開しているなかで、イスラエルが何故そのタイミングに、マブフーフを暗殺する必要があったのか、疑問が沸くからだ。
  国際関係は実に複雑に出来ている。とんでもないところに、真犯人がいるのかもしれない、ハマースは最近でこそ、イスラエルのモサドによる犯行、と言い出しているが、当初は、パレスチナのファタハによる犯行だ、と語っていた。
  あるいは、武器取引をめぐり、死の商人同士のトラブルが、原因だったのかもしれないのだ。以前、パンナム・ジェットが爆破されたとき、麻薬商人武器商人と、アメリカの情報部、PFLPが絡んでおきたものであり、リビアは関係ないという情報が、流れたことがある。この事件も、モサド犯行説だけで、ファイルを閉じるべきではないのかもしれない。
Posted by 佐々木 良昭 at 23:28 | この記事のURL
| 次へ