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帰国しました [2009年07月31日(Fri)]
トルクメニスタントルコへの出張(7月19日ー7月24日)とマレーシアへの出張(7月27日ー7月31日)を終え帰国しました。一両日中に中東TODAY 再開します。ご迷惑をおかけしました。-----
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Posted by 佐々木 良昭 at 22:37 | この記事のURL
NO・1357途上国のプライド・トルクメニスタンの例 [2009年07月26日(Sun)]
 トルクメニスタンを訪問した。幾つかの目的があって訪問したのだが、そのうちのひとつは、総合病院着工式への参加だった。
 トルクメニスタンの夏は相当の温度になるため、式典は早朝に行われることになった。そのため、会場に向かってホテルを出たのは、朝の6時半頃だった。既に沿道には何千人ものトルクメニスタン国民が、男女老若の別無く参加し、列をなしていた。
 大統領が会場に着いて式典が始まったのは、それから2時間近く経過してからであったろうか、賓客であるわれわれは天幕のなかで、椅子に座って待つことになったが、それ以外の人たちは外交団も含め、炎天下に立ち並んで、式典の開始を待っていた。
 式がスムーズに進み、着工式は終了した。その後トルクメニスタン大統領との会話の機会が与えられた。彼は日本訪問を楽しみにしていると、何度も語っていた。前大統領は日本訪問を希望しながらも、不幸にして訪問前に死亡し、その希望は叶えられなかった。それだけに、新大統領の訪日は、何としても叶えて差し上げたいと思った。
 トルクメニスタン大統領の訪日に備え、日本側はどのようなことに、配慮すべきなのであろうか。第一に、相手国が発展途上国であるという対応を、すべきではないということだ。
 途上国の人たちはコンプレックスもあることからか、非情に敏感に自国が遅れていると思われることを嫌うのだ。従って、相手国の大統領や随行の人たちと接触する場合、日本はすばらしいだろう、という対応をすべきではない。あくまでも対等の立場を、採ることに留意すべきであろう。
 第二には、相手国が世界の中でどの点で優れているのか、恵まれているかを知り、そのことを指摘し賞賛すべきであろう。トルクメニスタンは世界第四位のガス埋蔵量を有する、エネルギー資源大国なのだ。
 そのことから、トルクメニスタンでは教育、保健、住環境の整備が、急速に進んでいる。首都のアシュガバドはいま、建築ラッシュであり、白亜のビルが林立している。それは官庁であり、公務員や一般国民用の住宅ビルなのだ。しかも、住宅費はほとんど無償に近いか、無償で提供されているのだ。
 総合病院の着工式のあと、地元のテレビと新聞からインタビューを受けたので、「素晴らしいの一語に尽きる。」と賞賛の言葉を述べたのだが、相手はそれだけでは満足しなかった。
 病院の設備についても、褒めてほしいという感じだった。そこで病院の設備は、日本や欧米のものと比べても、なんら遜色のない進んだ機材だと褒めた。しかも、それらの機材をきちんと使いこなせる、技師や医師がトルクメニスタンにはいるとも褒めた。
 一連のインタビューが終わった後、立ち会った友人が私に言ったことが、非情に印象的だった。彼は「途上国という言葉はある種の差別です。先進国の人たちは当然だと思うでしょうが、途上国側の人たちから見れば、それは差別に聞こえるのです。彼らはこの病院を見て分かるとおり、出来るだけ進んだ機械を入れて、立派な病院を作ろうと思っているのです。」たしかにその通りだと思った。 
 続いて彼は「途上国に物を贈る場合、決してくれてやるという態度をとってはだめです。そういう態度で物を贈ると、相手は感謝どころか、反発感情だけが強くなるのです。贈る側は馬鹿らしいと思うかもしれませんが、お贈りしますので、有効に使ってください、という遜った気持ちを込めて贈るべきだと思います。」これも然りだ。
 トルクメニスタンはガスの大産出国であることもあり、国民は極めてプライドが高い。彼らの先祖は勇敢な戦士でもあった。このため、こちら側の態度に不遜な感じがあれば、彼らはたちどころにそれを、感じ取ることが出来るのだ。
 トルクメニスタン大統領を日本に迎えるにあたっては、その辺を十分に認識した上で、対応していただきたいものだ。けっして貧困で遅れた国だ、などという対応をすべきではない。
トルクメニスタン人は他の中央アジア諸国と同様に、ソビエトの一部を構成していた時代には、モスクワやサンクトペテルブルグの大学で学んでいたのだ。従って、エリート層の知的水準は、相当に高いと考えていたほうがいいだろう。
何はともあれ、トルクメニスタン大統領の訪日がスムーズに実現し、双方にとって有意義なものになることを祈念する。
Posted by 佐々木 良昭 at 14:38 | この記事のURL
NO・1356A・ネジャド大統領のあせりとハメネイ師の動揺 [2009年07月26日(Sun)]
 イラン宗教界のトップであり、精神的国家のリーダーである、ハメネイ師の絶大な信頼と支持を得ているはずの、アハマド・ネジャド大統領が自分の親戚である、モシャイ文化遺産・観光担当副大統領を、筆頭副大統領に昇格させた。
 この人事に、ハメネイ師は「否」を出し、アハマド・ネジャド大統領がそれを受けるか否かが、イラン国内外で注目されていた。イランの保守派アヤトラからも、モシャイ氏の筆頭副大統領昇格に、反対意見が出ていた。
 結果的に、アハマド・ネジャド大統領はハメネイ師の意見を入れ、モシャイ氏の筆頭副大統領昇格を取りやめた。
 これは一体、どういうことを意味しているのであろうか。推測の域を超えるものではないが、私見を述べてみよう。なぜならば、今回の出来事はイランの近未来を予測する上で、多くのヒントを与えている、と思われるからだ。

:まず大統領選挙でアハマド・ネジャド氏は大勝したことになり、大統領に再選された。
:国民の間からは選挙結果について不満が高まり、大規模デモが起こり、多数の死傷者が出た。
:ハメネイ師は今回の大統領選挙が、正当であったとし、アハマド・ネジャド氏の当選を認めた。
:国民の多くがハメネイ師の見解これを受け入れなかった。
:イランの権力内部に亀裂が生まれ、ハタミ師やラフサンジャニ師、カロウビ師らは異を唱え始めた。
:アハマド・ネジャド大統領は、将来的な不安を感じ、親戚を筆頭副大統領に据えることで、体制強化を図ろうとした。
:しかし、それはハメネイ師が認めなかった。

 一連の流れを見てみると、ハメネイ師は二度の間違いを、犯したことが分かろう。第一には、選挙結果について明確な形で言及したことだ。本来であれば、国民の中で意見が割れた際には、ハメネイ師はあくまでも、話し合いによる解決を指示すべきだった。
 第二には、今回の筆頭副大統領の人事で、明確は「否」を唱えたことだ。
 これら二つの間違いは、ハメネイ師を最高指導者の立場から、引き摺り下ろすことになり、反アハマド・ネジャド派の人たちから見て、政敵の立場にしてしまったのだ。
 結果的に、アハマド・ネジャド大統領も、今回の人事を行ったことにより、極めて個人的な利益を守ろうとする、人物であるというイメージを、イラン国民の前にさらけ出してしまった。
 後は時間の問題であろう。イラン国内政治は大変革を前にしている、ということではないか。
Posted by 佐々木 良昭 at 14:37 | この記事のURL
海外出張のお知らせ [2009年07月18日(Sat)]
7月19日から7月24日までトルコとトルクメニスタンを訪問してきます。これはトルクメニスタンのセレモニー参加のためです。
7月27日から7月31日までマレーシアを訪問してきます。こちらはクアラルンプールで開催される国際会議への出席です。
従って7月19日から7月31日まで中東TODAY は休みます。
もし可能であれば7月24日帰国から7月27日出国までの間に何本か書きたいと思っています。-----
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Posted by 佐々木 良昭 at 20:37 | この記事のURL
NO・1355パレスチナ子供向けテレビ番組に問題 [2009年07月17日(Fri)]
 子供のころに受けた印象は、その人の一生に影響を、およぼす場合がる。よく「おふくろの味」と言われるが、それなどは平和的で、微笑ましいものであろう。
 しかし、外国ではよくある他国家や、民族に対する憎しみの感情の教育や、偏向した歴史教育などは、一生その人を縛り付け、そのイメージから、抜け出せなくしてしまおう。
ユダヤのホロコーストは、確かに悲惨な出来事ではあるが、その教育を受けたユダヤ人は、何時まで経っても、他民族との間に、信頼関係を創って行けないのではないか。強迫観念だけが取付いて、常に他者を警戒する心理状態に、してしまうのではないか。
 韓国の対日感情もそうであろうし、中国の場合もそうであろう。憎しみを教育することは、結果的に自身の心の中に、拭い去れない深い傷を、創ってしまうことになるのではないか。
 その点、日本人は外国人から考えると、信じられないような平和な教育を、受けているようだ。広島、長崎の原爆について、日本人が一番鈍感なのかもしれない。中東諸国を訪問していると、それを特に強く感じる。
 さて最近では、子供に対する憎しみの教育が、これまでのような口伝ではなく、テレビを介して行われるようになっている。テレビの番組を通じて、アラブとイスラエルとの戦争、そのなかで起こった、虚々実々の内容が、子供たちに、敵に対する憎しみの感情を、定着させていくのだ。
 結果的には、その卑怯で残忍な敵に対しては、あらゆる手段による報復が、許されるという感覚を、固定してしまうのではないか。アラブ人の多くは、ユダヤ人について「残忍」「裏切り」「ずるがしこい」「世界の罪悪と不幸の元」といったイメージを抱いている。
 その上で、最近パレスチナのガザで始まったのが、特攻テロを称賛する番組だ。このニュースはCNN が伝えたものだが、以前にも似たようなことが行われていたが、特別に取り上げられることはなかった。
 たとえば、ミッキー・マウスのキャラクターを通じて、イスラエルに報復する、子供向けの番組が作られていたし、間抜けなイスラエル将校を、パレスチナの少年少女がやっつけるといった、内容のものもあった。
 大人が見れば、子供向けの単純なストーリーでも、子供たちからすれば、面白くて印象深いものであろう。「すりこみ」と言う言葉があるが、テレビや漫画などを使い、まさに子供の心理の中に、敵に対する憎しみと、報復の感情を、刷り込んでしまうのだ。
 イラクのエルビルで行われた、国際会議の締めくくりに「平和と愛の教育」の重要性を強調してきたが、パレスチナでもそれが一番必要なのではないか。併せてイスラエルにも。
Posted by 佐々木 良昭 at 15:05 | この記事のURL
NO・1354クルド自治政府とイラク中央政府の対立は戦争へ? [2009年07月16日(Thu)]
 アメリカ軍の撤退が現実のものになっているいま、イラク国内では次第に緊張が、高まってきている。来年中にはイラク駐留のアメリカ軍が、三分の一の規模に縮小される予定だ
 そこで問題になって来るのは、バルザーニ氏が主導するクルド自治政府の、キルクークに対する立場だ。バルザーニ議長はキルクークを、クルドの固有の領土と主張し、クルド政府の教育省の幹部を集め、この点を強調している。つまり、クルド人の学校ではキルクークを、クルド人の領土だと教えろ、ということだ。
 しかし、イラク中央政府はキルクークを、クルドの領土ではないと主張し、キルクークの資源がイラク中央政府の、管轄下に入ると主張している。サダム体制下ではクルド人が多数、キルクークから追放され、アラブ人やトルコマンが、その代わりに移住させられていた。しかし、2003年のサダム体制崩壊後は、クルドの武装集団(クルドの軍隊)ペシュメルガが、キルクークを支配し、アラブ人やトルコマン人を追放する動きに出た。
 つまり、キルクークをめぐって二つの問題が、イラク中央政府とクルド自治政府の間に、存在するということだ。一つは、キルクークの帰属の問題であり、もう一つは民族問題だ。
 キルクークはイラク南部と同様に、莫大な石油資源の埋蔵されている地域であり、クルド自治政府もイラク中央政府も、それぞれにコントロールしたいと望んでいる。このため、イラク中央政府はクルド自治政府が、外国企業と交わした石油取引を、無効であるとして破棄させている。
 他方、クルド側は一日も早くキルクークの石油資源を、独占したいと望んでいる。だからこそ、イラク中央政府の意向を無視してでも、石油開発販売の契約を外国企業との間で、独断で進めたのだ。
 民族問題についてはすでに述べたとおり、キルクークはこれまでに、複雑な展開をしてきているために、誰が元々の住民なのか、分からない状況になっている。アラブ人やトルコマン人少数民族が、彼らの居住を主張する一方で、クルド人は自分たちがサダム体制下で、追い出されたのであって、自分たちにこそ権利があると主張している。
 この二つの理由から、クルド自治政府とイラク中央政府との間で、戦争が起こるのではないか、と言う懸念が膨らんできている。そればかりか、キルクークとその周辺に住む各派各民族は、それぞれに武装を強化しており、政府レベルではない、部族レベルでの武力闘争が起こりうる状況にある。
 もちろん、イラク中央政府もクルド自治政府も、内戦が勃発することを望んではいないのだが、状況が微妙なだけに、暴発の可能性は高いのだ。なかでも、トルコの支援を仰げるトルコマンは、武装を強化しているという情報がある。トルコマンのスポークスマンは、「クルドの動きを分離独立につながる。」と警告を発している。 
しかし、トルコ政府とクルド自治政府との、良好な関係を考慮すると、直接武力闘争が起こるとすれば、アラブ対クルドではないか。現実に、イラク中央政府12師団のアブドルアミール・アッザイデイ師団長は、クルド側の動きを警戒している。
 こうしたイラク国内の緊張に対し、アメリカはどのような対応をしているのであろうか。アメリカは自国軍の撤退を控え、出来るだけ話し合いで、アラブ・クルドの緊張を、緩和させてほしいと望んでいる。7月20日に予定されている、オバマ大統領とマリキー首相との対談では、オバマ大統領がマリキー首相に対し、クルドへの妥協を迫るのではないか、という予測が出ている。
それとは別に、最近サドル師とハキーム氏が、イランで会談しているが、これはイラク中央政府の、安易な妥協を許さないための、ものではないかと思われるのだが。そうなると、緊張が緩和すると考えるよりも、今後は逆に高まって行く、と考えるべきではないか。
Posted by 佐々木 良昭 at 15:48 | この記事のURL
NO・1353サウジアラビア名誉の殺人と宗教警察の罪 [2009年07月15日(Wed)]
 イスラム諸国には、いまだに名誉の殺人という習慣が、まかり通っている。これは宗教的に罪を犯した者を、家族が裁くというものだ。そう聞くと、至って穏やかなもののように思えるのだが、実態はそうではない。
 残念なことに、宗教的に罪を犯した場合に裁かれるのは、ほとんど全てが女性だ。しかも、それは性的犯罪に、女性が関わった場合がほとんどだ。つまり、もっとわかりやすく言えば、性的関係を持つべきでない相手との、性的関係があった場合、女性の家族が社会的不名誉を恥じ、その女性を殺害するというものだ。
 これは厳密に言うと、イスラム教の法によるものではない。イスラム法では証人が必要であり、その証人は信頼できる立派な信者であることが、求められている。疑いがかかったからと言って、裁いていいわけではないのだ。
 しかし、現実にはその地域で、自分の家族の女性が不倫を行っている、という噂が立っただけで、家族がその女性を殺すケースが、少なくないようだ。殺害に及んだ家族の男性は名誉の殺人であるということで犯行をとがめられたり裁かれることはない。
もちろん、この種の殺害事件は闇から闇へと、葬り去られるものであり、どこの国で何年に、何件起こっているかについて、知ることは難しいだろう。
 サウジアラビアではイスラム教が、他の国々に比べ厳格に守られている。サウジアラビアにはイスラム教を、国民が正しく守るように、ムタッワと呼ばれる宗教警察制度が設けられている。彼らは礼拝時間が来ると、店を閉めさせモスクに行くように指導したり、男女の服装に乱れがあると、注意したりするのが役割だ。
 加えて、断食月には正しく断食を行っているかどうか、監視するのも彼らの役割だ。このムタッワによる指導は、外国人、異教徒も受けることになり、外国人だからと言って、断食時間にたばこを吸ったり、飲み物を公衆の面前で飲むことは、許されないのだ。
 そのムタッワによるミスリードが、悲しい出来事を生んで、今話題になっている。19歳と21歳の姉妹が、男性との関係をうわさされ、ムタッワに逮捕され、留置所に入れられていた。
 サウジアラビアの場合、彼女たちを引き取りに来れるのは、家族の男性と言うことになるのだが、この二人の女性は留置所から釈放されたあと、留置所の前で、家族(兄弟)によって殺害されたのだ。
 そうした犠牲が生まれることが一般的な、サウジアラビアのような国の場合、釈放される女性は、女性の救援組織に引き渡されるか、刑務所に送致し、家族には引き渡すべきでない、と人権団体はムタッワの執った措置を非難している。
 サウジアラビアでは毎日のように、名誉の殺人が繰り返されている、と人権団体は主張しているが、ムタッワの役割を含め、サウジアラビアはまだまだ改善すべき余地が、残されているということであろう。
Posted by 佐々木 良昭 at 16:35 | この記事のURL
NO・1352M・アッバースへの2つのNO [2009年07月14日(Tue)]
 パレスチナ解放機構の議長に、アラファト氏が留まっている頃に、オスロ合意が成立し、その後、パレスチナ・イスラエル和平最終合意に向けた交渉が、イスラエルとパレスチナとの間で行われていた。その時のパレスチナ側の代表者が、現在パレスチナ自治政府のマハムード・アッバース氏だった。
 彼はイスラエル側との交渉で、最終的な和平の試案を作っている。それがベイリン・アブーマーゼン(マハムード・アッバース)合意だ。
 つまり、マハムード・アッバース議長は以前から、イスラエル政府側と相当入り組んだ関係に、あったということだ。その理由の一つは、彼がイスラム教徒ではない、バハイ教徒だということにあるのかもしれない。そのことは、エルサレムの重要性を低下させるからだ。
 マハムード・アッバース議長については、幾つもの(?)マークがついているが、最近になって、とんでもない情報が飛び出してきた。それは、マハムード・アッバース議長がアラファト議長の暗殺に、関与していたというものだ。
 この情報を暴露した人物は、アラファト時代ナンバー2のポジションに就いていた、ファルーク・カドウミ氏だ。彼はオスロ合意後もパレスチナの地には戻らず、チュニジアやシリアに居住し、マハムード・アッバース議長体制になってからは、辛口の批判を続けている。
 ファルーク・カドウミ氏はアラファト議長の死を、イスラエルとパレスチナの罠によるものだったと主張している。その時の秘密文書が残っており、アラファト議長にもその書類が送られ、身の危険を知らせていたということだ。しかし、アラファト議長はパレスチナに留まり、この陰謀と戦うと言い張り、結果的にパリの病院に向かうまで、西岸から離れることは無かった。
 このアラファト議長暗殺の秘密会議には、イスラエル、パレスチナのほかに、アメリカの情報機関員が出席したということだ。パレスチナ側からはマハムード・アッバース議長の他に、ガザ地区の治安責任者であったムハンマド・ダハラーンも、出席していたということだ。この人物については、アメリカの情報機関やイスラエル政府と、深い関係にあるという情報が何度も流されている。
 もう一つの情報は、マハムード・アッバース議長はパレスチナの半分しか代表しておらず、彼にはイスラエルと交渉する資格は無いというものだ。イスラエルのリーバーマン外相が主張するところでは、「パレスチナとイスラエルとの交渉は、パレスチナ自治政府がパレスチナ人全体を代表しているという前提だが、現在のパレスチナ自治政府とマハムード・アッバース議長は、西岸しか代表していいな。」ということだ。
 マハムード・アッバース議長にとっては、いずれも極めて不愉快な情報、ということではないか。
Posted by 佐々木 良昭 at 14:10 | この記事のURL
NO・1351イラン・デモだけでは体制打倒はないが [2009年07月13日(Mon)]
 述べるまでもないことだが、国民の多くがデモに参加し、声高に体制批判をしても、その国の体制が、打倒されることはありえない。おびただしい流血が繰り返された揚句の果でも、体制打倒は難しいことであろう。
 その判断からいけば、現在、イランで展開されている反政府の動きは、アハマド・ネジャド大統領と彼の擁護者である、ハメネイ体制を打倒することは、不可能であろう。
 政府を批判するムサヴィ氏やカロウビ師、ハタミ師などは国民の犠牲を、出来るだけ小さいものにし、しかも、体制を打倒するのではなく、変革させたいと考えているようだ。
これらの三氏が考えていることは、デモ参加者たちとは、少し異なっているのかもしれない。つまり、現政権に対しては批判をするものの、基本的には神権体制を、維持していくということではないか。
 そう推測するのは、これらの三氏がいずれもが、ホメイニ革命の申し子だからだ。彼らの正統性はあくまでも、ホメイニ体制支持者であり、ホメイニ体制とその後の、イラン神権体制を、支えてきた人たちだということだ。だからアハマド・ネジャド大統領もハメネイ師も、これら三氏を容易には、処罰することができないのであろう。
 こうした事情を考えると、イランの大統領選挙後に起こった、イラン国民の不満のうねり、反体制のうねりは、何の成果も生み出すことなく、やがては消滅していってしまう、ということになるのだが、最近出てきた新たな動きを見ていると、どうもそう簡単には収まりそうもなくなってきた、と思えるふしがある。
 イラン国民のデモに対し、革命防衛隊とその下部機関ともいえるバシジが、弾圧する側に回ってきていた。そうしたなかで、警察は一歩後ろに引き、軍はそれ以上に傍観者の立場を、とってきたように思える。
 そこで、今後のイラン情勢の判断の上で、最も大きなファクターは、改革派の宗教界と学者文化人などの、リーダーたちの動きに加え、イラン軍がどう状況に対応するかということであろう。
 イラン国軍はこれまで、沈黙を守ってきたが、ここにきてやっと口を開いた。サイド・ハサン・フェイロウザバデ統合参謀総長は「軍は最高権威者と国民のために犠牲になる覚悟だ。」と語っている。
 加えて、テヘランの警察トップである、アジズラ・ラジャブザデ将軍は、五万人からなる「名誉警察将校団」を結成することを発表している。加えて、イラン全土でこの名誉警察将校団の規模、を三十万人にすることを語っている。
 これら二人の軍と警察代表の発言は、何を意味しているのかを、考える必要があるということだ。つまり、この二人が何を意図して発言したのか、ということだ。
他方では、アヤトラ・オズマ(大アヤトラ)の地位にあるフセイン・アリー・モンタゼリ師が、アハマド・ネジャド大統領に対する、厳しい批判を展開し始めていることだ。   
彼の教え子であるモフセン・カデバル氏は、彼のサイトで「デモ隊に対し逮捕と銃撃を加えたことは、イランの指導者がムスリム・コミュニテイを統治する能力に、欠けているということの証明だ。」とハメネイ師の名前こそ出していないが、最も厳しい批判を展開している。
Posted by 佐々木 良昭 at 15:00 | この記事のURL
NO・1350エジプト国会議長発言の真意 [2009年07月12日(Sun)]
少し話は古くなるが、重要だと思うのでここに紹介する。それは、エジプト議会のアハマド・ファタヒー・スルール議長による「議会解散の噂」に関するコメントだ。
彼は議会の解散権は大統領にあるとした上で、野党は分裂したままではだめであり、連合すべきだと主張している。そのことにより、野党が何時でも与党に代われる力を、持てるということのようだ。
しかし、現実にはムスリム同胞団、その他の幾つもの政治勢力が、それぞれの立場を主張し、統一した野党勢力になっていない。独立系の議員は政治組織能力を持たず、政治勢力になっておらず、政治勢力を代表してもいないということだ。
アハマド・ファタヒー・スルール議長は、独立系の議員が議員の立場を続けたいのであれば、彼らは政党に参加することであり、それがいやなら職能組合や協同組合に留まるべきだと語っている。
この彼の話の意図するところは、ムスリム同胞団のメンバーが職能組合や協同組合から、国会議員に立候補して、当選していることに対する批判なのだ。エジプトでは、ムスリム同胞団の活動が禁止されており、ムスリム同胞団の名前では、政治活動が出来ないため、ムスリム同胞団員は各種組合を通じて、国会議員に立候補し、当選しているのだ。
今回のアハマド・ファタヒー・スルール議長の発言は、野党議員に向けた発言といっても、主にムスリム同胞団に対する批判であろう。もし彼が言うように、ムスリム同胞団が政党を結成して、国会議員選挙に立候補申請すれば、その政党はムスリム同胞団を母体とした政党であることから、立候補は受理されないことになろう。
次期国会議員選挙を前に、エジプト政府はムスリム同胞団の排除を、真剣に考えているようだが、今回の発言の真意はそこにあるということであろう
Posted by 佐々木 良昭 at 13:24 | この記事のURL
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