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NO・2842『イスラエルが大量の住宅をパレスチナ人のために建設実は』 [2013年05月16日(Thu)]
数日前のことだが、イスラエル政府がパレスチナ人のために、1140戸の住宅を建設する、という情報が流れた。イスラエル政府はいま緊縮財政であり、国防予算までも削られる状態にあるのに、何故そのようなことがと思った。
実はこのパレスチナ人用の、多数の住宅建設は、パレスチナ人をできるだけ多く、ヨルダン川西岸地区から追放するための、手段のようだ。これまでイスラエルは、ヨルダン川西岸地区をABCD地区といったふうに分け、イスラエル政府直轄地と、パレスチナ自治政府の直轄地に分け、不明確なところは双方によって、管理されるという話だった。
しかし、実際には軍事力にものを言わせ、イスラエル側がヨルダン川西岸地区の土地を、勝手に使用してきていた。例えば、イスラエル人による入植地建設という名の、土地接収がおこなわれ、それを阻止しようとするパレスチナ人は、逮捕投獄されてきていた。
今回イスラエル政府が、パレスチナ人のために建設を、予定している場所は、ヨルダン川沿いの渓谷地域であり、エリコ市のそばのようだ。
ここからイスラエルに出稼ぎに行こうとすれば、交通の便の問題があろう。また、渓谷地域であることから、イスラエル軍側はパレスチナ人の活動を、簡単に抑え込むことも、出来るのではないか。
エリコに近い場所に住宅が建設されるということは、ヨルダンに行きやすい場所だ、ということでもある。つまり、不都合はパレスチナ人は、どんどんヨルダンに追いやる、ということではないのか。
もちろん、イスラエル政府はヨルダン川渓谷地帯は、イスラエルとヨルダンとが工業地帯にしよう、と計画している地域であり、イスラエルが用意する、新住居に移り住んだパレスチナ人は、そこで働きやすいし、通勤の便もいい、と説明することであろう。
確かにそうであろう。しかしその代償は小さくない。パレスチナ人がこうした形でどんどんヨルダン川西岸地区から離れていけば、結局ヨルダン川西岸地区は、イスラエルによって支配されることになるということであろう。
パレスチナ人が自分の生活を優先するのか、あるいは、将来建設されるであろう、幻のパレスチナ国家のために、自分の利益を犠牲にするのか。今回のイスラエルによる、パレスチナ人用住宅の問題は、まさにそのことが問われている、ということになるのではないのか。
Posted by 佐々木 良昭 at 14:18 | この記事のURL
NO・2841『同情は禁物か元PFLP闘士カナダからの追放』 [2013年05月16日(Thu)]
60代以上の人にはなじみの深い、パレスチナ人によるハイジャック事件が続いたのは、1960年代の終わりから1970年代の、初めにかけてであった。ライラ・ハーリドという名の、PFLPの女性闘士はハイジャック犯でありながら、世界的に注目される人物となっていいたのだ。
彼女はその後、ヨルダン川西岸地区でパレスチナ組織の幹部の一人として、恵まれた生活を送っているようだが、ハイジャックに加担した闘士たちが、皆ライラ・ハーリド女史と同じ運命をたどっているようではなさそうだ。
つい最近、カナダから追放されることが決まった、PFLPの元闘士マハムード・イーサ氏がいる。彼は1968年にアテネでエル・アル機(イスラエル航空機)をハイジャックし、レバノンに移動しようと思ったが、アテネで逮捕され、その後1970年には、17年の受刑判決が出された。
しかし、人質交換により1年後には、アテネの刑務所から出所することができている。そして1987年、偽の身分証明書を使い、カナダに入国したが、カナダ政府は彼を国外追放するよう、裁判にかけていた。
今回彼に降りた判決は、国外追放であり、再審はない模様だ。マハムード・イーサ氏はカナダでレバノン人女性と結婚しているが、幸せな生活を営んでいたのであろう。今回カナダの裁判所が、マハムード・イーサ氏の国外追放を決定したのは、彼の妻がレバノン国籍であることから、レバノンに追放するということのようだ。
マハムード・イーサ氏がレバノンで、何らかの不都合な立場に立たされれば、人道的な見地から、そうもいかなかったろうが、彼は何の問題もなくレバノンで居住できる、とい判断が今回の判決を、出させたようだ。
しかし、1968年にハイジャックをしたということは、彼はすでに70歳前後の年齢に、達しているのではないだろうか。そのことは、これまで生活してきたカナダとは、全く環境の異なるレバノンで、生活することになるわけだが、彼にとって決して楽ではない、ということではないのか。
パレスチナ問題を世界に認知させる手段として、パレスチナ解放組織はPFLPによる、ハイジャックを奨励していた。そして今、パレスチナ自治政府は世界中から援助金を、集めることができるようになり、幹部は湾岸の王侯貴族同様の、ぜいたくな生活ができるようになっている。
マハムード・イーサ氏がレバノンに追放された後、パレスチナ自治政府はどのような対応を彼にするのであろうか。単に難民の一人として、レバノンに留まるままに放置するのであろうか。あるいは何らかの支援を送るのであろうか。70歳前後という年齢は、すでに第一線で働ける年齢ではないはずだが。
Posted by 佐々木 良昭 at 12:51 | この記事のURL
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