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NO4211『トルコの学者に聞いたクーデターとその前後』 [2016年07月29日(Fri)]
先日人の紹介で、私の事務所にトルコの、女性学者が訪問した。彼女は教鞭をとる傍ら、雑誌や新聞にも投稿している人物だ、ということだ。したがって、今回のクーデターに関する、前後の状況を聞くには、最適の人物だった。

幾つもの質問項目を用意し、手ぐすね引いて彼女の登場を、お待ちしていたのだが、クーデターのショックは、大分大きかったのであろう。30代後半の彼女にしてみれば、クーデターは今回が物心ついてから、初のものであったろう。

クーデターが起こった日の朝は、ツイッターで情報が、飛び交っていたということだ。そしてその後、エルドアン大統領がテレビに映り、国民にクーデター阻止のデモを呼びかけた。次いで軍幹部逮捕の情報が流れ、クーデターは収まったということだ。

ジャーナリスト逮捕が続き、ギュレン関係者の逮捕も続いた。軍に対しては黒海、シリア、イラク国境、インジルリク空軍基地などにいる、クーデター側の軍人に対する、徹底して逮捕が行われた。

彼女の印象では、軍が分裂しており、クーデター派と反クーデター派に、分かれていたということだ。今の状況は、社会が不安定になっており、何でも起こりうるということだが、彼女が語ったように、クーデターに参加した将兵は、刑務所で男性による男性に対するレイプ、拷問を受けている、ということだ。

こうした状況のなかで、国民は強いリーダーの登場を熱望し、エルドアン大統領支持が強まった。クーデター後は弁護士を呼ぶことが、政府によって禁止され、法的手続きは、とれない状態が続いている。

クーデター後の早い段階から、トルコでは反米、つまりアメリカがクーデターに関与していた、という情報委が飛び交っていた。しかも、クーデターの資金は、CIAがナイジェリアから送り届けていた、とも伝えられた。

クーデターの後に目立った対外関係では、NATOやEUとの関係が後退し、その逆にロシアとの関係が強化された。

EUとの関係は今後、悪化の一途を辿り、トルコのEU加盟は消えたのではないか。しかし、国内的には与野党の接近が見られ、なかでも与党AKPと野党CHP,MHPの関係は飛躍的によくなっている。

この教授はギュレン派でも、エルドアン派でもない、と言っていたがそうであろう。今回のクーデターは誰が起こしたのか、という質問に対して軍内部からだと答えていた。それは彼女がいずれにも属さない、中立的な立場の人だからであろう。

それでも、彼女もツイッターのなかで、逮捕するべきだ、ということを書き込まれた、と語り、帰国が不安ですとも話していた。弁護士が呼べない、裁判が行われない状態で、不幸にして逮捕されれば、刑務所に期限不明確のまま、閉じ込められるということだ。
Posted by 佐々木 良昭 at 14:37 | この記事のURL
NO4210『バラク氏ネタニヤフ首相は1国家制を推進』 [2016年07月29日(Fri)]
元イスラエルの参謀総長を務め、首相にも就任したバラク氏が、ネタニヤフ首相の秘密計画を、CNN
とのインタビューで明かした。それによればネタニヤフ首相には、パレスチナとの共存の、2国家制は考えていないということだ。

イスラエル国家と並んで、パレスチナにも国家の設立を認める、というのがアメリカを始めとした、世界の認識なのだが、ネタニヤフ首相にはその考えは、無いということだ。

ネタニヤフ首相は彼の考える、地中海からヨルダン川までに存在する土地は、イスラエル国家だけのものだ、ということを具体化していくために、パレスチナ政府との交渉をするとは言うが、実際のところはノーであり、パレスチナに国家を与えるつもりは、全く無いということだ。

その範囲に居住するパレスチナ人には、イスラエル国民と平等の権利は、与えられないということになる。そこでネタニヤフ首相はイスラエル国民に、この考えを押し付けるために、パレスチナからの恐怖を、煽っているということのようだ。

ネタニヤフ首相の考えでは、ヨルダン川西岸地区など、パレスチナ人の居住区をイスラエルに併合した後、パレスチナ人に投票権を与えれば、一夜にして実質二つの国家が、出来上がってしまう、ということになる。しかも、その国家はムスリムの方が人口で勝っているのだ。これはイスラエル側には受け入れられないということだ。

バラク氏によれば、ネタニヤフ首相はイランの脅威を強調するが、イランは実際にはイスラエルにとって、脅威にはなっていない。イランの攻撃でイスラエル国民が、多数殺害されるという彼の主張は嘘であり、イランとホロコーストの悲劇を並べることは、ホロコーストに対する冒涜だというのだ。

5万人の兵士を擁するIS(ISIL)
についても、第二次世界大戦時に使用された武器と、トヨタのランド・クルーザーに乗って戦っている彼らは、イスラエルが怯えるような敵ではない。イスラエルにとっての、もっとも大きな脅威は
IS(ISIL)でもイランでもなく、ネタニヤフ首相が考えている、イスラエル1国家制の考え方だ、と彼は指摘している。

元参謀総長の職を、オルメルト政権下で6年間務め、ネタニヤフ政権下でも4年間務めた彼の、冷静な判断は聞くに値する。彼がいま、イランやIS(ISIL)
は脅威ではなく1
国家制の構想こそが脅威だ、と語ったことは、ネタニヤフ首相が暴走を、始めていることによろう。彼はソロモンの神殿を建設することを、夢想している、とも言われている。

いまの世界は、異常なまでの愛国的、あるいは民族的感情を抱く、国家代表が増加しているようだ。それは世界を、危機的状況に追い込んでいく、兆候であろうか。日本だけはその例外だ、とは言えまい。
Posted by 佐々木 良昭 at 11:26 | この記事のURL
NO4209『ギュレン氏甥が書いたとされる文章公開』 [2016年07月28日(Thu)]
トルコのエルドアンア大統領は、ギュレン氏が余程憎いのであろう。それは分からないこともない、絶対的権力を持つに至った、エルドアン大統領にとって、ギュレン氏とその組織ヘズメトは、最後の敵なのだから。

今回7月15日に起こったクーデターでは、このギュレン氏をクーデターの黒幕だとして、非難し続けている。アメリカに対しても、ギュレン氏がクーデターに関与していたのだから、引き渡せと迫っている。

アメリカはこのトルコ側の要求に対して、しかるべき確たる証拠が、出てこない限り、そうはしないと返答している。アメリカ政府はエルドアン大統領のような、独裁体制ではなく、あくまでも法律によって、運営されている国家なのだから、当然の返答であろう。

そこで、トルコ政府が考えだしたのは、ギュレン氏に関連する人物を、引き出して、彼らがクーデターの後ろにいた、というイメージ作りだ。もちろ、ギュレン氏の関係者たちには、それほど愚かな者たちはいないと思うので、ありえないことなのだが、何度も繰り返していると、嘘も本当になって行くのが社会の怖さだ。

今回引き合いに出されたのは、ギュレン氏の甥にあたる、メフメト・メズヘル・ギュレンという人物に宛てて、書かれたと言われるメモだ。

このメモはクーデターを起こした人物に関して、メフメト・メズヘル・ギュレンの友人が、同氏に対して質問する形の内容が、書き込まれている。文章の内容はおよそ、次のようなものだ。

『メズヘル様

クーデターは起こりましたね。しかし失敗に終わったようですね?我々の友人たちは十分な計画を、立てていなかったようですね。これから何が起こるのですか?兄弟これから再度、クーデターが起こるのですか?いま我々は何をすべきなのですか?彼らが我々に害を及ぼさないことを望みます。』

メフメト・メズヘル・ギュレンはトルコ全域で運営されている、ヘズメトの学校の総責任者だということだが、このメモは彼に宛てて書かれたものだということだ。しかし、彼に宛ててメモを書くのは誰にも出来よう。もちろん政府側エルドアン側の人物によっても、書くことができよう。

アメリカが言うように、ギュレン氏とクーデターの関連を、このメモは明確に示すものには、なりえない。

それでも百篇繰り返せば、このメモはギュレン氏の仲間によって書かれ、ギュレン氏の甥に宛てられた、ということになろう。恐ろしいのは、権力側による刷り込み効果と、マスコミの支配だ。
Posted by 佐々木 良昭 at 15:45 | この記事のURL
NO4208『上には上があるクウエイト極暑ニュース』 [2016年07月28日(Thu)]
日本の新聞も今年の夏は暑い、という予測なのであろうか。つい最近、ある新聞がクウエイトで54度を記録した、というニュースを流していたが、それは地球上の最高気温ではない。何事にも上には上がある、ということだ。

この前アラブの新聞に載った、世界の最高気温のニュースによれば、アフリカのマリでは、1945年に54・5度を記録している。チュニジアでも1931年に55度、アルゼンチンでは1905年に49・1度、アメリカでは1913年に56・7度、メキシコでは1966年に52度、を記録している。

北アフリカのチュニジアでは、1931年55度記録している。アルジェリアでは2002年に50.7度、リビアでは2014年に57・8度を記録している。そしてスーダンでは1967年に52・8度となっている。

パレスチナでは1942年に54度、湾岸のカタールでは2010年に50.4度、クウエイトでは2012年と2016年に、それぞれ54.1度を記録している。

パキスタンでは2010年に53.5度、オーストラリアでは1960年に50.7度、イランでは2015年に71度、サウジアラビアでは2003年に81度を記録している。そしてイラクでは2011年に53・6度を記録している。

これらの記録は、いずれも人間が生活していくには、どう考えても適さない気温なのだが、現地の人たちはどうやって、生き延びたのであろうか、と不思議になる。もちろん多数の人たちが、極暑のなかで死んでいった、というニュースも、インドやパキスタンから、伝えられてはいるのだが。

50度台は特別驚くほどの気温ではない、ということがこれらの記録から分かるのだが、サウジアラビアで記録された81度となると、とてもその状況を想像できない。車のバンパーで卵焼きが焼けるという話が、だいぶ前に伝わり驚いたが、サウジアラビアで記録された、81度ではステーキがウエルダンになるまで、焼けるということであろう。

そうした極暑を記録する地域で、生活する人たちは、それなりに工夫して、家屋を建設している。第一は3~40センチの厚い壁と小さな窓の家だ。あるいは以前にお知らせしたように、室内の空気を天井から抜く構造、あるいは、イラクの湿原にあるアシ葺きの、天井の高い家屋などがある。

それでもやはり耐えられない暑さであろう。人間はあらゆる環境に、順応する性質を、持っているとは言われるが、それでも苦痛であろう。アラブでは男性も女性も、太った人が多いが、体内に脂肪を溜め込むことによって、ある程度の抵抗力を持つように、なっているのかもしれない。そうでなければ、暑さは体表面だけではなく内臓にも至り、疾患を生み出すからだ。

日本の夏が暑いというのは、外国の人たちから言わせれば、冗談程度なのかもしれない。日本の神仏に感謝したい、と真剣に思う昨今だ。
Posted by 佐々木 良昭 at 11:46 | この記事のURL
NO4207『中東短信』 [2016年07月27日(Wed)]
:リビア石油タンカー攻撃辞さず

リビアの軍司令官アブドルラージク・ナドホウリ将軍は、外国の石油タンカーがリビアの海域に侵入した場合、攻撃すると語った。これはリビアで入り乱れる、各ミリシア組織が勝手に石油を密輸していることを、阻止するための措置だ。

アブドルラージク・ナドホウリ将軍は、リビア国営石油会社との合意以外の、石油取引は認めないとし、密輸タンカーを攻撃する、と外国の石油会社に警告したものだ。(今リビアでは30万BD程度の石油が生産され、その一部は密輸されている)



:パレスチナ自治政府アラブ・サミットで英のバルフォア責任持ちだす

モーリタニアのヌワクシュート市で開催されている、アラブ首脳会議の席上で、パレスチナ自治政府代表ラ−イド・マリキ―外相は、パレスチナ問題はイギリスが1917年に発した、バルフォア宣言によるとし、イギリスの責任を追及した。

このバルフォア宣言を基礎に、1948年イギリスがパレスチナの地から手を引くと、イスラエルが建国され、今日の拡張につながっていると語った。



:イラン・トルコ列車が攻撃受ける

イランとトルコを結ぶ列車が、トルコ東部の町エルズルム市の近く、イラン国境から30キロの地点で攻撃を受けた。幸い死者は出なかったが、2人が軽い怪我を負った。

この攻撃はクルドによるものであろう、という憶測が出ているが、確証には至っていない。最近トルコを拠点とする、PJAK(クルドの反イラン組織)による、イランに対するテロ攻撃が増加している。

トルコのワン地方長官は、多分PKKによる犯行だろう、とみている。PJAKはPKKに繋がる、イランに対する抵抗組織だ。



:ヨーロッパのEBRD銀行はトルコに融資

ヨーロッパのEBRD銀行はトルコに対し、7000万トルコ・リラ(2100万ユーロ)の投資を行うことを決定した。この資金はトルコの保健省と民間との協力で、病院施設建設に投資される、予定になっている。

EBRDは以前にも、トルコのコンヤ市の病院に対する、投資として1450万ニューロを、貸し付けている。



:トルコ政府キルギス政府にクーデター警告

トルコ政府は中央アジアのキルギス政府に対して、クーデターが発生する危険性を指摘している。それは、キルギスにおけるギュレン・グループの活動が、活発であり、トルコ政府の判断では、政府や軍の枢要な部分に、ギュレン・グル−プの影響が及んでいるからだ、ということだ。

トルコ政府はこのため、キルギス在住のトルコ人のギュレン・グループ・メンバーのリストを、キルギス政府に提供している。
Posted by 佐々木 良昭 at 11:36 | この記事のURL
NO4206『テロとクーデターの騒ぎの裏でイスラエルの占領拡大』 [2016年07月26日(Tue)]
 東大のある中東専門の教授が、左翼であったこと、そして多くの若手研究者が、彼を支持していたこともあり、中東問題専門家でパレスチナ革命を語らない者は、完全に相手にされなかった時期があった。
 時代は変わったのであろうか、あるいは、彼らがパレスチナ革命という酒に、飽きたのであろうか。いまパレスチナの占領地では、とんでもないことが進んでいるにもかかわらず、かつてのパレスチナ支持研究者たちは、ほとんど口をつぐんでいて語ろうとしない。
 パレスチナ占領地区は2地区あり、一つは、エジプトに隣接するガザ地区だ。そこはムスリム同胞団の結成した、行動組織ハマースが権力を握っており、イスラエルに対する武力闘争を、継続している。
 もう一つは、ヨルダン川西岸地区で、ここはパレスチナ自治政府の、マハムード・アッバース議長が支配している。マハムード・アッバース議長の政治姿勢は、イスラエルとの交渉を、あくまでも継続する、というものであり、武力闘争を展開する意思は、全く無いようだ。
 彼のパレスチナ自治政府は秘密裏に、イスラエルとパレスチナ自治政府双方にとって、不都合な人物や動きに関する、情報交換を行っている。従って、パレスチナ自治政府が発表する立場は、あくまでも国際社会という舞台向けの、セリフに過ぎない。
 そうした『なあなあ』のなかで、テロがヨーロッパ各国で起こり、トルコでも起こっている。そして、そのテロの主役であるIS(ISIL)が、イラクやシリア、最近ではリビアを始めとする、北アフリカ諸国でも活動している。
 このため、国際社会は誰もパレスチナの現状に、注目しなくなっているのだ。そうしたなかで、イスラエルはガザに対しては、軍事攻撃を継続しており、物資の搬入や水、電力の供給も渋っている。述べるまでもなく、そこで生活しているパレスチナ人には、大変な苦痛であろう。
 ヨルダン川西岸地区と東エルサレムでは、着々とユダヤ人の入植が進んでいる。最初に非合法に入植したユダヤ人たちに対して、イスラエル政府が後追いで認める形をとっている。つまり現状固定ということであろう。
 結果的に、パレスチナ人たちのヨルダン川西岸地区での、生活空間は狭められ、家屋を破壊され、土地を没収された人たちも少なくない。ヨルダン川西岸地区はABCの3地区に分けられ、パレスチナが完全支配する地区と、イスラエル・パレスチナ双方で管理する地区と、それ以外の地区に分けられていたが、いまではそうした区別が、無くなっているのだ。
 どの時代にも、何処の地域でも、大衆は我慢の限度を超えると暴発する。パレスチナ人だけが、例外ということはなかろう。最近になって頻発している、パレスチナ人のナイフによる、イスラエル人殺傷事件は、その顕れであろう。
Posted by 佐々木 良昭 at 12:06 | この記事のURL
NO4205『危ういエルドアンのクーデター勝利後』 [2016年07月26日(Tue)]
7月15日に起こった、クーデターをうまく抑え込めたことで、多くの国民の信頼と、称賛を勝ち得たエルドアン大統領は、絶対的な自信を持つに至ったのかもしれない。

しかし、その勝利の美酒は、やがて彼に二日酔いの苦しみを、及ぼすかもしれない。イスタンブール市のタクシム広場に集まったトルコ国民は、確かに、エルドアン大統領のクーデター鎮圧を称賛してはいるが、そのこととエルドアン大統領に対する支持とは、別のものではないのか。

タクシム広場に集まった、多数のトルコ国民の間から聞こえてくるのは、クーデターに対する反発の声ではあるが、同時に『独裁に反対。』という声なのだ。その独裁体制とは何を指し、独裁者とは誰を指すのか、ということを考えてみれば、答えは簡単であろう。

言うまでもなく与党AKPの独裁体制であり、独裁者はエルドアン大統領、ということなのだ。クーデター反対にかこつけて、野党側がこのデモを盛り立て、それを見てエルドアン大統領は自分に対する支持だ、と誤解し喜ぶことを、期待しているのではないか。

そして時間が経ち、気が付いた時には、エルドアン大統領の独裁体制に対する反対に、タクシム広場に集まった大衆は、変化していくこともあり得よう。ここで問題なのは、エルドアン大統領が今回のクーデターを機に、彼に敵対する人士を、多数政府のポジションから追い出したことだ。

加えて、多くのギュレン派のビジネスマンが、政府の攻撃の対象になり、やがて企業が潰される運命にある。以前、トルコ政府はギュレン系企業の数は、6500社だと発表したことがある。このなかには大手から、中小企業までもが含まれている。

このギュレン系企業打倒を宣言したのは、ビュレント・トフェンクジュ商工大臣だが、こうした措置が本当に採られれば、多くの企業が倒産するだけではなく、多くの失業者が出るということなのだ。それはトルコに、社会不安をもたらそう。

そもそも、エルドアン体制下で、トルコの経済を大幅に改善させた主役は、ギュレン系企業の国際戦略の、勝利によるものだったのだ。それが政府の弾圧を受ければ、当然の帰結として、トルコの経済は悪化することになろう。

エルドアン大統領に対する、これまでの国民の支持は、経済が改善されていたからに、他ならない。ここで経済が落ち込めば、トルコ国民のエルドアン大統領に対する支持も、揺らぐことになろう。

ギュレン学校を卒業して、国家公務員になっていた多くは、真面目で優秀な人材たちだった。彼らの首をはねるということは、トルコの政府は頭脳を持たない、モンスターになるということだ。そのモンスターは、エルドアン大統領の意志とは、関係の無い方向に、動き出す危険が大いにあろう。そのなかには、第二のクーデターが計画される、可能性もあろう。
Posted by 佐々木 良昭 at 11:22 | この記事のURL
NO4204『リビアで二つの動きが始まる』 [2016年07月25日(Mon)]
*ここに来て、リビア国内の動きに、変化が生まれている。それは以前からあったと、言えばそれまでの話だがどうもそればかりではないようだ。新生リビア統一政府軍が、本格的な戦闘を始め、しかも一定の成果を、生み出しているのだ。

また、統一政府とは異なる、ベンガジに拠点のある革命諮問会議なる組織が、リビア国民に新たな戦いを、呼びかけている。それはIS(ISIL)を敵に回すというよりも、フランスやアメリカ、イギリス軍に対抗しろ、と呼びかけているのだ。

この革命諮問会議がIS(ISIL)と、連携しているかというと、その明らかな証拠はない。従って、リビア国民のなかで始まった、独自の闘争なのかもしれない。革命諮問会議は『北アフリカから外国の軍隊を追い出せ。』と叫んでいる。

* そして、リビア人の宗教を防衛すべきだとし、外国の軍隊が駐留することは、外国によるリビアの領土に対する、侵略だと非難してもいる。

フランス政府はこれまで、リビアに自国の軍隊は入っていないとして、リビア国内のフランス軍の存在を、否定してきたが、先日、フランス軍のヘリコプターが墜落し、犠牲者が出たことにより、秘密の駐留を隠せなくなったのだ。

アメリカやイギリスは、リビアへの自国軍の派兵を、正式に認めている。このアメリカやイギリスなどのNATO軍は、2011年のリビア革命勃発時から、リビア国内に入り、反カダフィ派を支援してきていたのだ。

これから先も、アメリカやイギリス、そしてフランスは軍を駐留させ、新生リビア統一政府を支援してくものと思われるが、これに対して他のグループは敵対姿勢をとるのか、そして新生リビア統一政府の前に、国際承認されていた、ハフタル将軍などが加わる、東リビア政府はどう出るのか、極めて複雑な状況が生まれてきているということだ。


そのとこは、述べるまでもなく、今後、リビアでは戦闘が激化する、ということかもしれない。ただし、リビアのシルテではIS(ISIL)の運営していた、最大の爆薬工場が新生リビア統一政府軍によって、奪取されてもおり、今後IS(ISIL)が大きく勢力を挽回するということは、無いかもしれない。*

* そうであるとすれば、いま始まった新たなリビア国内での動きは、将来のリビアに向けた、権力闘争という国内闘争、ということになるかもしれない。*
Posted by 佐々木 良昭 at 11:20 | この記事のURL
NO4203『気温54度の中で暮らすということは??』 [2016年07月24日(Sun)]
昨日インターネットを見ていたら、イラクのバスラでは53度、クウエイトでも54度という、日本人には信じられないような気温が、伝えられていた。このなかで人間はどう暮らしていられるのだろうか、という大きな疑問が浮かんだ。

ちなみに、我が家の風呂の温度は、42度に設定されているが、それでも夏には熱いと感じる。もちろん、その風呂に入っていると、10分も経てば汗がどんどん流れてくる。

小学校だったか中学校の頃、イラクのバスラでは、世界で一番高い気温が記録されている。その気温は52度だったと教えられた記憶があるが、今回記録された気温は、それを上回っているということだ。

イラクのチグリス川やユーラテス川の、川岸近くならそれでも、我慢ができるだろうが、内陸部ではどうなのであろうか。イラクの南部バスラに近い地域には、湿原が広がり、そこには網の目のような川があるため、そこにさえ行けば、ある程度は暑さを凌げるだろう。

このイラクの南部地帯には、天井が20〜30メートルぐらいある、葦などで出来た、大型の集会所もあり、そこに逃避することもできよう。葦で出来た家は、風が抜けるため、ある程度は内部の気温が、外部に比べて低くなろう。

クウエイトやアラブ首長国連邦などでは、地面側から風を取り入れ、天井に煙突のように、暑い風を抜く構造の家が、建てられていたし、壁は暑さをさけるために、30〜40センチの厚さになっていた。もちろん、窓はできるだけ小さい方がいい、といいうことだ。

過去40年ぐらいで、こうした構造の家は全く無くなり、いまではコンクリート製の家で、クーラーが付いている。しかし、それは電気が切れない、という前提であり、クーラーが24時間稼動してくれる、という前提だ。

時折、イラクやシリア、エジプト、ヨルダンなどで停電があった、というニュースが流れてくる度に、大変だろうと思う。それ以外の国では、停電は当たり前のことであり、特別にニュースにする価値も無い、ということなのであろうか。

今年の夏は東京でも、節水が言われ始めている。水、電気は世界中、何処の人達にとっても必需品に、なっているということであり、電気に依存する人間は、極めて弱くなっている、ということではないだろうか。

中東やヨーロッパに、難を逃れた難民たちは、夏は暑く冬は寒いなかで、生活している。彼らには文明の利器のご利益は、届かないのだ。
Posted by 佐々木 良昭 at 10:32 | この記事のURL
NO4203『気温54度の中で暮らすということは??』 [2016年07月24日(Sun)]
昨日インターネットを見ていたらイラクのバスラでは53度、クウエイトでも54
度という日本人には信じられないような気温が伝えられていた。このなかで人間はどう暮らしていられるのだろうかという大きな疑問が浮かんだ。

ちなみに我が家の風呂の温度は、42度に設定されているが、それでも夏には熱いと感じる。もちろん、その風呂に入っていると、10
分も経てば汗がどんどん流れてくる。

小学校だったか中学校の頃イラクのバスラでは世界で一番高い気温が記録されておる。その気温は52
度だったと教えられた記憶があるが、今回記録された気温はそれを上回っているということだ。

イラクのチグリス川やユーラテス川の川岸近くならそれでも我慢ができるだろうが内陸部ではどうなのであろうか。イラクの南部バスラに近い地域には失言が広がり、底には網の目のような川があるため、そこに行けば、ある程度は暑さから凌げるだろう。

このイラクの南部地帯には天井が30
メートル具体ある足などでできた大型の集会所もあり、そこに逃避することもできよう。足で出来たい得は風邪が抜けるためある程度は内部の気温が外部に比べて低くなろう。

クウエイトやアラブ首長国連邦などでは地面側から風を取り入れ、天井に煙突のように熱い風を抜く構造の家が建てられていたし、壁は厚さをよけるために30〜40
センチの厚さになっていた。もちろん窓はできるだけ小さいほうがいいといいうことだ。

過去40
年ぐらいで、こうした構造の家は全く無くなり、いまではコンクリート製の家で、クーラーが付いている。しかし、それは電気が切れない、という前提であり、クーラーが
24時間稼動してくれる、という前提だ。

時折、イラクやシリア、エジプト、ヨルダンなどで停電があった、というニュースが流れてくる度に、大変だろうと思う。それ以外の国では、停電は当たり前のことであり、特別にニュースにする価値も無い、ということなのであろうか。

今年の夏は東京でも、節水が言われ始めている。水、電気は世界中、何処の人達にとっても必需品に、なっているということであり、電気に依存する人間は、極めて弱くなっている、ということではないだろうか。

中東やヨーロッパに、難を逃れた難民たちは、夏は暑く冬は寒いなかで、生活している。彼らには文明の利器のご利益は、届かないのだ。
Posted by 佐々木 良昭 at 10:23 | この記事のURL
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