妙高山と山岳信仰について
妙高山(標高2,454メートル)は、新潟県妙高市にそびえる日本百名山の一つであり、その美しい山容から越後富士とも呼ばれています。妙高山は豊かな自然景観だけでなく、古くから山岳信仰の対象として多くの人々に崇敬されてきた霊峰でもあります。山そのものが信仰の場であり、人々は山に登ることを通して自然の偉大さを感じ、心身を清め、神仏とのつながりを深めてきました。
妙高山の信仰の歴史は古く、山そのものを神が宿る場所とする自然崇拝に始まると考えられています。その後、神道と仏教が融合した神仏習合の時代には、修験道の修行の場としても発展しました。修験者たちは険しい山道を歩き、滝で身を清め、厳しい自然の中で修行を重ねることで精神力を養い、人々の幸福や五穀豊穣、無病息災を祈願しました。
山に登ることは単なる移動ではなく、自らの心を鍛え、自然の力を体感する神聖な行為と考えられていました。
妙高山の山麓には古くから信仰を支える神社や寺院が築かれ、多くの登拝者が訪れてきました。
特に山麓に鎮座する関山神社は、妙高山信仰の中心として知られ、多くの修験者や参拝者がここで安全祈願を行ってから山へ入ったと伝えられています。
関山神社から続く登拝道は、長い年月にわたり多くの人々が歩いた歴史ある道であり、現在でもその面影を残しています。
妙高山は火山活動によって形成された山であり、荒々しい岩場や外輪山、美しい高山植物群落、豊かなブナ林など、多様な自然環境に恵まれています。この雄大な自然は、人々に畏敬の念を抱かせると同時に、生命の力強さを感じさせます。
春には残雪と新緑、夏には可憐な高山植物、秋には鮮やかな紅葉が登山者を迎え、四季折々に異なる表情を見せることも妙高山の大きな魅力です。
現代では登山や観光の対象として親しまれる妙高山ですが、その本質は自然と共生する精神を学ぶ場でもあります。登山者は安全登山を心掛けるだけでなく、植物や野生動物を大切にし、登山道を守り、ごみを持ち帰るなど、自然への敬意を持って行動することが求められます。こうした姿勢は、山岳信仰が古くから伝えてきた「自然を敬い、自然とともに生きる」という教えにも通じています。
また、妙高山を歩くことは、心身の健康にも大きな効果をもたらします。静かな森林に包まれ、鳥のさえずりや風の音に耳を傾けながら歩くことで、日常生活のストレスから解放される。山頂から広がる大パノラマを眺めると、自分が自然の大きな営みの一部であることを実感し、心が穏やかになります。このような体験は、現代の森林療法や自然療法にも通じる価値を持っています。
妙高山は、豊かな自然と長い歴史、そして人々の信仰が一体となった日本を代表する霊峰です。その山容は今も変わることなく多くの人々を魅了し、登る人に感動と学びを与え続けています。山岳信仰の歴史を知りながら妙高山を歩くことで、単なる登山では味わえない精神的な充実感や自然への感謝の気持ちを深めることができるでしょう。
そして、この貴重な自然と文化を未来へ受け継いでいくことが、私たちに求められている大切な役割であります。
2026年07月12日
妙高山と山岳信仰について
posted by 田川 at 13:34| (カテゴリーなし)
妙高山と火打岳に登ってきました
妙高山と火打岳に登ってきました
理事 田川裕則
7月の初旬に、山の仲間8人と新潟県の妙高山と火打岳を訪れ、雄大な自然と豊かな植生、そして長い歴史に育まれた山岳文化に触れる貴重な機会となりました。
新潟県を代表するこの二つの名峰は、日本百名山にも選ばれており、多くの登山者を魅了しています。
今回の登山では、山の厳しさと美しさを同時に体感し、自然の偉大さを改めて実感することができました。
登山口から歩き始めると、ブナやダケカンバなどの豊かな森林が広がり、鳥のさえずりや風に揺れる木々の音が心地よく響いていました。森林の中を歩いているだけで心が落ち着き、日常生活の慌ただしさを忘れることができました。森林には人の心身をリラックスさせる力があるといわれていますが、その効果を実際に体感することができたと思います。
まず目指したのは火打岳です。高谷池周辺には広大な湿原が広がり、池塘が点在する美しい景観はまるで別世界のようでした。花の時期で高山植物も数多く咲いており、自然が長い年月をかけて育んできた豊かな生態系を感じることができました。木道を歩きながら眺める湿原の風景は静寂に包まれ、時間がゆっくりと流れているように感じられました。山頂はあいにくガスがかかっていて展望はありませんでした。

翌日は妙高山に登りました。妙高山は火打岳とは対照的に火山特有の荒々しい岩場が続き、急な登りも多く体力を必要としました。しかし、一歩一歩着実に登ることで達成感が生まれ、山頂に立った瞬間の喜びは何ものにも代え難いものでした。
山頂から眺める火打岳や周囲の山々は美しく、昨日歩いたルートを見渡しながら自然の広大さを改めて感じました。

妙高山は古くから山岳信仰の対象として崇められ、多くの修験者が修行を行った霊峰でもあります。その歴史を知って歩くと、山そのものが持つ厳粛な雰囲気をより深く感じることができました。ただ山頂を目指すだけではなく、自然に感謝し、自分自身と向き合う時間となったことは大きな収穫でした。
妙高山と火打岳は、それぞれ異なる魅力を持ちながらも、豊かな森林や湿原、火山地形、そして長い歴史を併せ持つ素晴らしい山々です。今回の登山を通じて、自然の恵みに感謝するとともに、その美しい環境を未来へ受け継ぐことの大切さを強く感じました。この感動を胸に、これからも自然を敬い、安全登山を心掛けながら、日本各地の山々を歩き続けたいと思います。
理事 田川裕則
7月の初旬に、山の仲間8人と新潟県の妙高山と火打岳を訪れ、雄大な自然と豊かな植生、そして長い歴史に育まれた山岳文化に触れる貴重な機会となりました。
新潟県を代表するこの二つの名峰は、日本百名山にも選ばれており、多くの登山者を魅了しています。
今回の登山では、山の厳しさと美しさを同時に体感し、自然の偉大さを改めて実感することができました。
登山口から歩き始めると、ブナやダケカンバなどの豊かな森林が広がり、鳥のさえずりや風に揺れる木々の音が心地よく響いていました。森林の中を歩いているだけで心が落ち着き、日常生活の慌ただしさを忘れることができました。森林には人の心身をリラックスさせる力があるといわれていますが、その効果を実際に体感することができたと思います。
まず目指したのは火打岳です。高谷池周辺には広大な湿原が広がり、池塘が点在する美しい景観はまるで別世界のようでした。花の時期で高山植物も数多く咲いており、自然が長い年月をかけて育んできた豊かな生態系を感じることができました。木道を歩きながら眺める湿原の風景は静寂に包まれ、時間がゆっくりと流れているように感じられました。山頂はあいにくガスがかかっていて展望はありませんでした。
翌日は妙高山に登りました。妙高山は火打岳とは対照的に火山特有の荒々しい岩場が続き、急な登りも多く体力を必要としました。しかし、一歩一歩着実に登ることで達成感が生まれ、山頂に立った瞬間の喜びは何ものにも代え難いものでした。
山頂から眺める火打岳や周囲の山々は美しく、昨日歩いたルートを見渡しながら自然の広大さを改めて感じました。
妙高山は古くから山岳信仰の対象として崇められ、多くの修験者が修行を行った霊峰でもあります。その歴史を知って歩くと、山そのものが持つ厳粛な雰囲気をより深く感じることができました。ただ山頂を目指すだけではなく、自然に感謝し、自分自身と向き合う時間となったことは大きな収穫でした。
妙高山と火打岳は、それぞれ異なる魅力を持ちながらも、豊かな森林や湿原、火山地形、そして長い歴史を併せ持つ素晴らしい山々です。今回の登山を通じて、自然の恵みに感謝するとともに、その美しい環境を未来へ受け継ぐことの大切さを強く感じました。この感動を胸に、これからも自然を敬い、安全登山を心掛けながら、日本各地の山々を歩き続けたいと思います。
posted by 田川 at 13:23| 役員コラム
東京の里地里山「八国山緑地」
東京の里地里山「八国山緑地」
理事 降矢英成
東京には、里地里山というものがあまりないわけですが、少ない中でも代表的な場所が「八国山緑地」です。ここは宮崎駿監督の「となりのトトロ」のモデルになったといわれている所で、お母さんが入院した病院が「七国山病院」となっており、メイちゃんの靴が浮かんでいた溜池も存在しています。
この八国山緑地は、東村山市と埼玉県所沢市の境界に広がる都立の緑地で、最寄り駅の「西武線西武園」駅から1分の住宅街の横に現れます。「八国山」という名称になっていますが、標高は数十mしかなく、正確には八国平とか八国が丘という程度の高さですが、その名の由来はここから関東八国の山(富士山や筑波山など)が見えたためだそうです。
この緑地の南側は、畑が広がっており、小川の向こうには西武線の線路を超えると小学校や住宅街が広がっていて、のんびりとした風情を味わえる東京のオアシスのような場所です。そして、数十mの尾根の北側の所沢市にはトラスト運動の場所となった「トトロの森」が点在しています。
協会では、「身近な森」に触れることを大事にしているため、「都市公園の森」「伝統文化の森」「里地里山の森」の3つを掲げていますが、実際はこれらが単独であるのではなく、二つくらいが重なってあることが多いわけでして、ここ八国山緑地は「里地里山の森」ですが、都立の緑地として「都市公園の森」にもなっています。
さて、今年のフォーラムは、思い切って初めて九州の「宇佐神宮・国東半島」で開催しますが、こちらの場所は宇佐神宮と国東半島の神仏習合の森という「伝統文化の森」となりますが、実は世界農業遺産にもなっているシイタケの森も広がる「里地里山の森」も重なっています。大相撲の優勝力士には大分県から「シイタケのトロフィー」が渡されますが、その中心地が国東半島に広がるシイタケの森なのです。
フォーラムの詳細は「フォーラム委員会だより」に毎号載っておりますので、ぜひそちらもご覧下さい!
理事 降矢英成
東京には、里地里山というものがあまりないわけですが、少ない中でも代表的な場所が「八国山緑地」です。ここは宮崎駿監督の「となりのトトロ」のモデルになったといわれている所で、お母さんが入院した病院が「七国山病院」となっており、メイちゃんの靴が浮かんでいた溜池も存在しています。
この八国山緑地は、東村山市と埼玉県所沢市の境界に広がる都立の緑地で、最寄り駅の「西武線西武園」駅から1分の住宅街の横に現れます。「八国山」という名称になっていますが、標高は数十mしかなく、正確には八国平とか八国が丘という程度の高さですが、その名の由来はここから関東八国の山(富士山や筑波山など)が見えたためだそうです。
この緑地の南側は、畑が広がっており、小川の向こうには西武線の線路を超えると小学校や住宅街が広がっていて、のんびりとした風情を味わえる東京のオアシスのような場所です。そして、数十mの尾根の北側の所沢市にはトラスト運動の場所となった「トトロの森」が点在しています。
協会では、「身近な森」に触れることを大事にしているため、「都市公園の森」「伝統文化の森」「里地里山の森」の3つを掲げていますが、実際はこれらが単独であるのではなく、二つくらいが重なってあることが多いわけでして、ここ八国山緑地は「里地里山の森」ですが、都立の緑地として「都市公園の森」にもなっています。
さて、今年のフォーラムは、思い切って初めて九州の「宇佐神宮・国東半島」で開催しますが、こちらの場所は宇佐神宮と国東半島の神仏習合の森という「伝統文化の森」となりますが、実は世界農業遺産にもなっているシイタケの森も広がる「里地里山の森」も重なっています。大相撲の優勝力士には大分県から「シイタケのトロフィー」が渡されますが、その中心地が国東半島に広がるシイタケの森なのです。
フォーラムの詳細は「フォーラム委員会だより」に毎号載っておりますので、ぜひそちらもご覧下さい!
posted by 田川 at 13:20| 東京の里地里山
2026年06月15日
世田谷に残る里地里山の風景
世田谷に残る里地里山の風景 〜成城・国分寺崖線を歩く〜
森林セルフケアコーディネーター 小川純子
東京都世田谷区と聞くと、住宅地や商店街が広がる都市のイメージを持たれる方も多いかもしれません。
しかし世田谷には、今もなお豊かな自然が息づく里地里山の風景が残されています。
その代表的な場所のひとつが、成城周辺を通る国分寺崖線です。
国分寺崖線は、立川市から大田区まで約25kmにわたって続く地形で、多摩川が長い年月をかけてつくり出しました。世田谷区内では成城周辺にその姿をよく見ることができ、崖線から湧き出す水は野川へと注いでいます。
雑木林に囲まれた湧水地では、水の流れる音や鳥たちの声が響き、都内にいることを忘れてしまうような静かな時間が流れています。
成城みつ池緑地や成城三丁目緑地には、武蔵野の面影を残す森が広がり、四季折々の自然を感じることができます。
国分寺崖線の魅力は、森だけではありません。
高低差のある地形、そこから湧き出す水、人々の暮らしの歴史が重なり合い、歩くたびに新しい発見があります。
普段は住宅街として見過ごしてしまう世田谷のまちの中にも、このような豊かな自然環境が残されていることに驚かされます。
成城の国分寺崖線は、都市と自然、人の暮らしが共存する、世田谷らしい里地里山の風景を今に伝えてくれています。




________________________________________
【豆知識】
成城周辺を歩いていると、「国分寺崖線」という言葉のほかに、「ハケ」という呼び方を耳にすることがあります。
実は、同じ地形を指していても、学術的な呼び名と地域で受け継がれてきた呼び名があるのです。
国分寺崖線は、地形学では「崖線(がいせん)」と呼ばれます。これは台地と低地の境目にできた連続した崖を意味します。
一方、「ハケ」は武蔵野地域に古くから伝わる呼び名で、人々が暮らしの中で使ってきた言葉です。
また、「へり」は大地の端や縁(ふち)を表す一般的な表現で、崖線をわかりやすく説明するときに使われます。
つまり、
・崖線=地形学的な名称
・ハケ=地域に伝わる暮らしの言葉
・へり=わかりやすく説明するための表現
という違いがあります。
成城の国分寺崖線は、単なる地形ではなく、人々の暮らしや文化の中にも息づいている風景なのです。
森林セルフケアコーディネーター 小川純子
東京都世田谷区と聞くと、住宅地や商店街が広がる都市のイメージを持たれる方も多いかもしれません。
しかし世田谷には、今もなお豊かな自然が息づく里地里山の風景が残されています。
その代表的な場所のひとつが、成城周辺を通る国分寺崖線です。
国分寺崖線は、立川市から大田区まで約25kmにわたって続く地形で、多摩川が長い年月をかけてつくり出しました。世田谷区内では成城周辺にその姿をよく見ることができ、崖線から湧き出す水は野川へと注いでいます。
雑木林に囲まれた湧水地では、水の流れる音や鳥たちの声が響き、都内にいることを忘れてしまうような静かな時間が流れています。
成城みつ池緑地や成城三丁目緑地には、武蔵野の面影を残す森が広がり、四季折々の自然を感じることができます。
国分寺崖線の魅力は、森だけではありません。
高低差のある地形、そこから湧き出す水、人々の暮らしの歴史が重なり合い、歩くたびに新しい発見があります。
普段は住宅街として見過ごしてしまう世田谷のまちの中にも、このような豊かな自然環境が残されていることに驚かされます。
成城の国分寺崖線は、都市と自然、人の暮らしが共存する、世田谷らしい里地里山の風景を今に伝えてくれています。
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【豆知識】
成城周辺を歩いていると、「国分寺崖線」という言葉のほかに、「ハケ」という呼び方を耳にすることがあります。
実は、同じ地形を指していても、学術的な呼び名と地域で受け継がれてきた呼び名があるのです。
国分寺崖線は、地形学では「崖線(がいせん)」と呼ばれます。これは台地と低地の境目にできた連続した崖を意味します。
一方、「ハケ」は武蔵野地域に古くから伝わる呼び名で、人々が暮らしの中で使ってきた言葉です。
また、「へり」は大地の端や縁(ふち)を表す一般的な表現で、崖線をわかりやすく説明するときに使われます。
つまり、
・崖線=地形学的な名称
・ハケ=地域に伝わる暮らしの言葉
・へり=わかりやすく説明するための表現
という違いがあります。
成城の国分寺崖線は、単なる地形ではなく、人々の暮らしや文化の中にも息づいている風景なのです。
posted by 田川 at 10:59| 身近な森のご紹介
鳥取大山の山開き行事「火祭り」に参加してきました
鳥取大山の山開き行事「火祭り」に参加してきました
理事 田川裕則
6月7日(土)、鳥取県の名峰である大山で開催された大山火祭りに参加しました。古くから続く伝統行事に実際に参加することができ、大変貴重な体験となりました。
当日は多くの参拝者や観光客が集まり、山麓には祭り独特の厳かな雰囲気が漂っていました。日が暮れるにつれて期待感が高まり、やがて松明に火が灯されると、周囲は幻想的な光に包まれました。燃え上がる炎は力強く、美しく、まるで神聖な世界に足を踏み入れたような気持ちになりました。

火祭りは、山の安全や五穀豊穣、人々の健康を祈願する伝統行事として受け継がれてきたそうです。参加者が松明行列に加わり、ゆっくりと歩く姿からは、地域の人々が大切に守り続けてきた歴史と文化を感じることができました。私もその一員として歩きながら、日頃の感謝の気持ちや家族の健康、登山の安全を静かに祈りました。
参加者は2000人もおり、特に印象に残ったのは、暗闇の中で揺れる無数の炎の光景です。炎の温かさと人々の祈りが一つになり、心が洗われるような感覚を覚えました。また、地域の方々の温かいおもてなしにも触れ、大山が多くの人に愛されている理由を実感しました。

今回の火祭りへの参加を通して、日本の伝統文化の素晴らしさと、人と自然との深い結びつきを改めて感じることができました。これからも大山を訪れ、四季折々の自然や歴史、文化に親しみたいと思います。
理事 田川裕則
6月7日(土)、鳥取県の名峰である大山で開催された大山火祭りに参加しました。古くから続く伝統行事に実際に参加することができ、大変貴重な体験となりました。
当日は多くの参拝者や観光客が集まり、山麓には祭り独特の厳かな雰囲気が漂っていました。日が暮れるにつれて期待感が高まり、やがて松明に火が灯されると、周囲は幻想的な光に包まれました。燃え上がる炎は力強く、美しく、まるで神聖な世界に足を踏み入れたような気持ちになりました。
火祭りは、山の安全や五穀豊穣、人々の健康を祈願する伝統行事として受け継がれてきたそうです。参加者が松明行列に加わり、ゆっくりと歩く姿からは、地域の人々が大切に守り続けてきた歴史と文化を感じることができました。私もその一員として歩きながら、日頃の感謝の気持ちや家族の健康、登山の安全を静かに祈りました。
参加者は2000人もおり、特に印象に残ったのは、暗闇の中で揺れる無数の炎の光景です。炎の温かさと人々の祈りが一つになり、心が洗われるような感覚を覚えました。また、地域の方々の温かいおもてなしにも触れ、大山が多くの人に愛されている理由を実感しました。
今回の火祭りへの参加を通して、日本の伝統文化の素晴らしさと、人と自然との深い結びつきを改めて感じることができました。これからも大山を訪れ、四季折々の自然や歴史、文化に親しみたいと思います。
posted by 田川 at 10:49| 活動報告
2026年06月13日
熊野古道中辺路を歩いてきました
トピックス:熊野古道中辺路を歩いてきました
理事:田川裕則
先日、かねてから念願であった熊野古道中辺路を歩いてまいりました。熊野古道は、古来より多くの人々が信仰の心を抱いて歩いた巡礼の道であり、その中でも中辺路は京都や大阪などから熊野三山へ向かう主要な参詣道として栄えてきた歴史あるルートです。
実際に歩いてみると、豊かな自然と長い歴史が見事に調和した素晴らしい道であることを実感しました。深い杉林の中を進む石畳の道、木漏れ日が差し込む山道、時折聞こえる鳥のさえずりや川のせせらぎは、都会では味わうことのできない静けさと安らぎを与えてくれました。歩を進めるたびに、何百年もの昔から多くの人々が同じ道を歩いてきたことを思い、その歴史の重みを感じました。
道中では、急な登りや長い下りもあり、決して楽な行程ではありませんでした。しかし、一歩一歩を積み重ねながら歩くことで、自分自身と向き合う貴重な時間を持つことができました。日頃の生活では時間に追われることが多いものですが、熊野古道では目の前の道に集中し、自然の中でゆっくりと流れる時間を味わうことができました。疲れを感じながらも峠を越えたときの達成感は格別で、歩くことの喜びを改めて感じました。
特に印象的だったのは、道中で出会った方々との交流です。国内外から訪れた多くの巡礼者やハイカーと挨拶を交わし、励まし合いながら歩いたことは忘れられない思い出となりました。言葉が十分に通じなくても、同じ道を歩く仲間として自然に笑顔が生まれ、人と人とのつながりの温かさを感じました。スペインの巡礼の道とタイアップしており(サンティアゴ・デ・コンポステーラは、聖ヤコブ(サンティアゴ)の遺骸があるとされ、ローマやエルサレムと並ぶキリスト教の三大巡礼地です)スペイン人も多く歩いていました。
また、熊野本宮大社へと近づくにつれ、長い道のりを歩いてきた達成感とともに、どこか厳かな気持ちになりました。古くから人々がこの地を目指して歩き続けた理由が少し理解できたような気がします。自然への畏敬の念や感謝の気持ち、人々の祈りが積み重なった特別な場所であることを肌で感じました。

(写真)嵐の松本潤さんが熊野古道で写真集用にに撮った場所
今回の熊野古道中辺路の旅は、単なるハイキングではなく、自然、歴史、文化、そして自分自身と向き合う貴重な体験となりました。歩き終えた今も、あの静かな森の空気や石畳を踏みしめる感覚が心に残っています。この経験を大切にしながら、これからも健康に感謝し、一日一日を大切に過ごしていきたいと思います。
熊野古道中辺路を歩けたことは、私にとって人生の大きな財産となりました。機会があれば再び訪れ、今度は季節を変えて熊野の魅力を味わってみたいと思います。
理事:田川裕則
先日、かねてから念願であった熊野古道中辺路を歩いてまいりました。熊野古道は、古来より多くの人々が信仰の心を抱いて歩いた巡礼の道であり、その中でも中辺路は京都や大阪などから熊野三山へ向かう主要な参詣道として栄えてきた歴史あるルートです。
実際に歩いてみると、豊かな自然と長い歴史が見事に調和した素晴らしい道であることを実感しました。深い杉林の中を進む石畳の道、木漏れ日が差し込む山道、時折聞こえる鳥のさえずりや川のせせらぎは、都会では味わうことのできない静けさと安らぎを与えてくれました。歩を進めるたびに、何百年もの昔から多くの人々が同じ道を歩いてきたことを思い、その歴史の重みを感じました。
道中では、急な登りや長い下りもあり、決して楽な行程ではありませんでした。しかし、一歩一歩を積み重ねながら歩くことで、自分自身と向き合う貴重な時間を持つことができました。日頃の生活では時間に追われることが多いものですが、熊野古道では目の前の道に集中し、自然の中でゆっくりと流れる時間を味わうことができました。疲れを感じながらも峠を越えたときの達成感は格別で、歩くことの喜びを改めて感じました。
特に印象的だったのは、道中で出会った方々との交流です。国内外から訪れた多くの巡礼者やハイカーと挨拶を交わし、励まし合いながら歩いたことは忘れられない思い出となりました。言葉が十分に通じなくても、同じ道を歩く仲間として自然に笑顔が生まれ、人と人とのつながりの温かさを感じました。スペインの巡礼の道とタイアップしており(サンティアゴ・デ・コンポステーラは、聖ヤコブ(サンティアゴ)の遺骸があるとされ、ローマやエルサレムと並ぶキリスト教の三大巡礼地です)スペイン人も多く歩いていました。
また、熊野本宮大社へと近づくにつれ、長い道のりを歩いてきた達成感とともに、どこか厳かな気持ちになりました。古くから人々がこの地を目指して歩き続けた理由が少し理解できたような気がします。自然への畏敬の念や感謝の気持ち、人々の祈りが積み重なった特別な場所であることを肌で感じました。
(写真)嵐の松本潤さんが熊野古道で写真集用にに撮った場所
今回の熊野古道中辺路の旅は、単なるハイキングではなく、自然、歴史、文化、そして自分自身と向き合う貴重な体験となりました。歩き終えた今も、あの静かな森の空気や石畳を踏みしめる感覚が心に残っています。この経験を大切にしながら、これからも健康に感謝し、一日一日を大切に過ごしていきたいと思います。
熊野古道中辺路を歩けたことは、私にとって人生の大きな財産となりました。機会があれば再び訪れ、今度は季節を変えて熊野の魅力を味わってみたいと思います。
posted by 田川 at 14:38| 活動報告
フォーラム委員会だより 森林セルフケアフォーラム2026
フォーラム委員会だより 森林セルフケアフォーラム2026
宇佐神宮・国東半島の伝統文化の森で森林セルフケア
理事長 太田博幸
2026年10月25日(日)開催「森林セルフケアフォーラム2026 in 宇佐神宮・国東半島の
伝統文化の森で森林セルフケア」は、九州大分県の宇佐神宮・両子寺・はやしファーム等で実施します。
オンライン受講も可能なハイブリット開催となります。
2026年3月5日にフォーラム委員会が立ち上がり、毎月ZOOMで首都圏、信州、中部、関西、九州のフォーラム委員メンバーがオンライン会議を開催し、10月25日のフォーラム実施に向けて準備をすすめています。
宇佐神宮は、全国4万社「八幡さま」の最高峰、「神仏習合」の文化が始まった地、境内を彩るパワースポットが魅力の1300年以上の歴史を誇る日本屈指の聖地です。

国東半島の中央に位置する両子寺(ふたごじ)は山岳信仰と仏教が融合した独自の文化「六郷満山(ろくごうまんざん)」の総持院として栄えた古刹です。
*六郷満山とは国東半島一帯に広がる天台宗の寺院群とその地域に根づいた独特の宗教文化の総称です。


1300年以上の歴史を誇り、古くから神仏が融合する「神仏習合」の聖地での森林セルフケアは、心身の調和をもたらす特別な魅力があります。
是非とも、みなさまのご参加を心からお待ちしています。
よろしくお願いします。
宇佐神宮・国東半島の伝統文化の森で森林セルフケア
理事長 太田博幸
2026年10月25日(日)開催「森林セルフケアフォーラム2026 in 宇佐神宮・国東半島の
伝統文化の森で森林セルフケア」は、九州大分県の宇佐神宮・両子寺・はやしファーム等で実施します。
オンライン受講も可能なハイブリット開催となります。
2026年3月5日にフォーラム委員会が立ち上がり、毎月ZOOMで首都圏、信州、中部、関西、九州のフォーラム委員メンバーがオンライン会議を開催し、10月25日のフォーラム実施に向けて準備をすすめています。
宇佐神宮は、全国4万社「八幡さま」の最高峰、「神仏習合」の文化が始まった地、境内を彩るパワースポットが魅力の1300年以上の歴史を誇る日本屈指の聖地です。
国東半島の中央に位置する両子寺(ふたごじ)は山岳信仰と仏教が融合した独自の文化「六郷満山(ろくごうまんざん)」の総持院として栄えた古刹です。
*六郷満山とは国東半島一帯に広がる天台宗の寺院群とその地域に根づいた独特の宗教文化の総称です。
1300年以上の歴史を誇り、古くから神仏が融合する「神仏習合」の聖地での森林セルフケアは、心身の調和をもたらす特別な魅力があります。
是非とも、みなさまのご参加を心からお待ちしています。
よろしくお願いします。
posted by 田川 at 14:24| フォーラム委員会より
繋ぐということ―後期高齢者雑感
理事コラム 「繋ぐということ―後期高齢者雑感」
理事 原田純子
昨年のフォーラムが終了した直後の10月30日から今年の3月31日まで、何とこの歳で地元の小中学校(小中一貫校)の養護教諭を拝命した。全く人生は何があるかわからないものだ。産休代替えの養護教諭、それも半年間限定…。なんとも中途半端な立ち位置だ。でも他に頼める人がいないのだと。
東京で定年を迎えた私が長野に移住して数年経ったころ、地元の学校の保健室を手伝ってくれる人材を探しているので、資格を持っているのなら手を貸してほしいと打診を受けた。近くに住む支援員の先生からだったが、話を聞けばなんでも週に1日、1時間だけ保健室を手伝って欲しいとのこと。特に定職を持っていたわけではないので、そんな気楽な仕事もあるのかと引き受けた。町の会計年度臨時職員とかという身分らしい仕事はそのまま継続して7,8年は経っただろうか。しかし今回は臨時職員ではなく、半年間の正規の採用(地方公務員?通達は町ではなく県から届いた)。自分にとっての難題は雪の季節に毎日車で通勤する事さんざん悩んだ挙句、まぁ、やってみましょう、ホワイトアウトで通えなかったら御免なさいねと引き受けた。
思えば以前、在京の時に引き受けた養護教諭の時も「臨時」が付いた1年限定の就職だった。結局2年と2か月勤めることになったが、その時も次の正式な先生が決まるまでの繋ぎだった。今回は産休代替なので正真正銘の繋ぎということになる。結果的に何事も無く(と自分では思っている)半年は無事に過ぎ、新任の先生に繋いで今は基本的に週1日1時間勤務の、元の臨時職員の立場に戻った。春は健診のシーズンで、週に2,3回手伝いに学校に行く日があるが、半年間の保健室勤務があったお陰で顔なじみになった児童・生徒、それに先生もいて、顔を合わすたびに一言二言会話があったり、会話はなくとも会釈して気持ちを通わせることができたりしている。半年という短い時間ではあったが、そこでできた人との繋がりは財産であること、やはり週に1時間では出会えない瞬間や共有した時間には意味があったことに改めて気づかされている。
そんなことを思っていたら、知り合いからなぜか林業の本を送られた。まだ読み込めてはいないその本の著者は、先代から引き継いだ山に継続して手を入れ、先祖が作ってきた理想の山をもう一度作り直す決意をしたと書かれている。その作業は次に繋いでいくための大切な作業なのだという事のようだ。そのように考えるならば、私の人生も次の世代を生きる人への何らかの繋ぎになっているのだろうか。大仰な事ではなくとも、次世代への繋ぎの一つになるのであれば、今過ごしているこの時間も、大切な一瞬一瞬なのだと自覚せねばなりますまい。人生に無駄なことは1つも無いのだから
理事 原田純子
昨年のフォーラムが終了した直後の10月30日から今年の3月31日まで、何とこの歳で地元の小中学校(小中一貫校)の養護教諭を拝命した。全く人生は何があるかわからないものだ。産休代替えの養護教諭、それも半年間限定…。なんとも中途半端な立ち位置だ。でも他に頼める人がいないのだと。
東京で定年を迎えた私が長野に移住して数年経ったころ、地元の学校の保健室を手伝ってくれる人材を探しているので、資格を持っているのなら手を貸してほしいと打診を受けた。近くに住む支援員の先生からだったが、話を聞けばなんでも週に1日、1時間だけ保健室を手伝って欲しいとのこと。特に定職を持っていたわけではないので、そんな気楽な仕事もあるのかと引き受けた。町の会計年度臨時職員とかという身分らしい仕事はそのまま継続して7,8年は経っただろうか。しかし今回は臨時職員ではなく、半年間の正規の採用(地方公務員?通達は町ではなく県から届いた)。自分にとっての難題は雪の季節に毎日車で通勤する事さんざん悩んだ挙句、まぁ、やってみましょう、ホワイトアウトで通えなかったら御免なさいねと引き受けた。
思えば以前、在京の時に引き受けた養護教諭の時も「臨時」が付いた1年限定の就職だった。結局2年と2か月勤めることになったが、その時も次の正式な先生が決まるまでの繋ぎだった。今回は産休代替なので正真正銘の繋ぎということになる。結果的に何事も無く(と自分では思っている)半年は無事に過ぎ、新任の先生に繋いで今は基本的に週1日1時間勤務の、元の臨時職員の立場に戻った。春は健診のシーズンで、週に2,3回手伝いに学校に行く日があるが、半年間の保健室勤務があったお陰で顔なじみになった児童・生徒、それに先生もいて、顔を合わすたびに一言二言会話があったり、会話はなくとも会釈して気持ちを通わせることができたりしている。半年という短い時間ではあったが、そこでできた人との繋がりは財産であること、やはり週に1時間では出会えない瞬間や共有した時間には意味があったことに改めて気づかされている。
そんなことを思っていたら、知り合いからなぜか林業の本を送られた。まだ読み込めてはいないその本の著者は、先代から引き継いだ山に継続して手を入れ、先祖が作ってきた理想の山をもう一度作り直す決意をしたと書かれている。その作業は次に繋いでいくための大切な作業なのだという事のようだ。そのように考えるならば、私の人生も次の世代を生きる人への何らかの繋ぎになっているのだろうか。大仰な事ではなくとも、次世代への繋ぎの一つになるのであれば、今過ごしているこの時間も、大切な一瞬一瞬なのだと自覚せねばなりますまい。人生に無駄なことは1つも無いのだから
posted by 田川 at 14:19| 役員コラム
2026年05月15日
いろいろな森や自然の場所で
<いろいろな森や自然の場所で>
理事 赤居 実花
関西担当の理事、赤居です。
私が担当するメルマガでは、関西の森を皆さんに紹介しようと、
関西のサポーターさんに、ご自身で活動する森を紹介してください!とお願いしました。が!
なんと、関西でなく、ご自身の大好きな場所に通い詰めている「自然の場」を紹介してくださることに。。。場所は、九州の阿蘇…関西から大幅に西に広がりました。
そして、重ねて「私の好きな場所は、森ではないのだけれど…」との事…え?
「森じゃなくても、あなたが大好きで通い詰めている”自然の場所”を紹介してくださーい」
とお願いしたのは、私です。
まだ、あちらこちらと探索中のようですから、今後も、九州の自然豊かな”レポート”を楽しみに期待しましょう〜(そのうち木が出てくればいいな)
もうおひと方は、長年の北海道の活動(お仕事含め)から、昨年、関西に来られましたが、森林療法の活動はとても長いかたなのです。長年の思いに、最近ご本人が使われている、新規の場所を紹介いただきました。皆さんが良くご存知の場所でも、どのように森や自然を使われているか、とても興味津々です。
私も、自分が森林セルフケアをしている森をご紹介!と思っていましたが、長年使っていた森から離れ、3年前から関西の色々な森で森林セルフケアしており、なかなか絞れない。
和歌山の里山(根来山・紀美野町・加太)、奈良吉野山、兵庫県神戸、大阪の都市公園など、
和歌山の森は、海とコラボしたり、お寺の森で歴史を学びながら…
奈良の吉野山は、修験の森に足を運んだり、あ!厳しいルートは使いません(笑)
神戸や大阪は、友人から、「ここの森でセルフケアをやってほしい」と依頼され、ルートをいろいろ試しながら開催。など…
この場所でやってほしい!や、あそこの森は、森林セルフケアできるかな?と、言われたり
呼ばれると、喜んでー!と、参上しております。昨年は、長崎県まで!
何度かその森を使い、参加する人がその場を好きになって、自分もセルフケアを実施する!
という人がどんどん増えることが目下の目標です。
新たな森や自然の場所を知ると「こんな良い場所があったのねー」と、とても新鮮です。
また、同じ場所を使う時も、テーマを変えたり、おまけの企画をくっつけたり(ex, 焚き火、地産の食、お参りなど・・・)場所も中身も新たなバージョンが増えていっております。
同じ場所や森でも、季節やテーマにより、感じ方が様々に変わること。そして、案内する人を含め、その場にいる人によって、森や自然の感じ方も変わってきます。森林セルフケアとして、心と身体の健康につながる新たな発見がいっぱいあります。
皆さんもお気に入りの森の場所を見つけて、季節ごと、テーマを変えながら、森時間を楽しむ、森林セルフケアをぜひ!皆さんからの関西の情報、いや、日本の西の情報もシェアお願いします!
あと一つ!
他の方が実施されている、森林セルフケアに参加してみるのも、新たな気づきや発見があると思います。情報交換しながら、森林セルフケアに接する機会を増やし、広めていきましょうー!

和歌山 加太 森と海のコラボ
和歌山 根来山げんきの森 紅葉の季節はなかなか前に進まない
奈良 吉野 滝を目指して
大阪 大泉緑地 落ち葉の中で樹林気功
理事 赤居 実花
関西担当の理事、赤居です。
私が担当するメルマガでは、関西の森を皆さんに紹介しようと、
関西のサポーターさんに、ご自身で活動する森を紹介してください!とお願いしました。が!
なんと、関西でなく、ご自身の大好きな場所に通い詰めている「自然の場」を紹介してくださることに。。。場所は、九州の阿蘇…関西から大幅に西に広がりました。
そして、重ねて「私の好きな場所は、森ではないのだけれど…」との事…え?
「森じゃなくても、あなたが大好きで通い詰めている”自然の場所”を紹介してくださーい」
とお願いしたのは、私です。
まだ、あちらこちらと探索中のようですから、今後も、九州の自然豊かな”レポート”を楽しみに期待しましょう〜(そのうち木が出てくればいいな)
もうおひと方は、長年の北海道の活動(お仕事含め)から、昨年、関西に来られましたが、森林療法の活動はとても長いかたなのです。長年の思いに、最近ご本人が使われている、新規の場所を紹介いただきました。皆さんが良くご存知の場所でも、どのように森や自然を使われているか、とても興味津々です。
私も、自分が森林セルフケアをしている森をご紹介!と思っていましたが、長年使っていた森から離れ、3年前から関西の色々な森で森林セルフケアしており、なかなか絞れない。
和歌山の里山(根来山・紀美野町・加太)、奈良吉野山、兵庫県神戸、大阪の都市公園など、
和歌山の森は、海とコラボしたり、お寺の森で歴史を学びながら…
奈良の吉野山は、修験の森に足を運んだり、あ!厳しいルートは使いません(笑)
神戸や大阪は、友人から、「ここの森でセルフケアをやってほしい」と依頼され、ルートをいろいろ試しながら開催。など…
この場所でやってほしい!や、あそこの森は、森林セルフケアできるかな?と、言われたり
呼ばれると、喜んでー!と、参上しております。昨年は、長崎県まで!
何度かその森を使い、参加する人がその場を好きになって、自分もセルフケアを実施する!
という人がどんどん増えることが目下の目標です。
新たな森や自然の場所を知ると「こんな良い場所があったのねー」と、とても新鮮です。
また、同じ場所を使う時も、テーマを変えたり、おまけの企画をくっつけたり(ex, 焚き火、地産の食、お参りなど・・・)場所も中身も新たなバージョンが増えていっております。
同じ場所や森でも、季節やテーマにより、感じ方が様々に変わること。そして、案内する人を含め、その場にいる人によって、森や自然の感じ方も変わってきます。森林セルフケアとして、心と身体の健康につながる新たな発見がいっぱいあります。
皆さんもお気に入りの森の場所を見つけて、季節ごと、テーマを変えながら、森時間を楽しむ、森林セルフケアをぜひ!皆さんからの関西の情報、いや、日本の西の情報もシェアお願いします!
あと一つ!
他の方が実施されている、森林セルフケアに参加してみるのも、新たな気づきや発見があると思います。情報交換しながら、森林セルフケアに接する機会を増やし、広めていきましょうー!
和歌山 加太 森と海のコラボ
和歌山 根来山げんきの森 紅葉の季節はなかなか前に進まない
奈良 吉野 滝を目指して
大阪 大泉緑地 落ち葉の中で樹林気功
posted by 田川 at 12:12| 役員コラム
森林セルフケアを欲していたのは、他ならぬ自分だった
森林セルフケアを欲していたのは、他ならぬ自分だった。
――新天地・奈良での森歩き
奈須憲一郎(奈良市月ヶ瀬在住)
2009年から4年間、この協会の理事長を務めていました。当時の私を知る方には「お久しぶりです」、初めての方には「はじめまして」のご挨拶を。
さらにさかのぼると、1999年から森林・林業のまち・北海道下川町で役場職員として、2005年にはNPO法人森の生活を起業して、森を活用することなら何にでも取り組んでいました。
その中で森林療法も研究し、「森林セルフケア」という名前を付けて実践するようになりました。
その後、仕事では森から少しずつ遠ざかってしまいましたが、私の心象にはいつも森がありました。
ふと思い立ち、あるいは何かを求めて、自分「だけ」のために森へ行く時間はむしろ増えました。
特に、いわゆる「中年の危機」をそれとは知らずに迎えた時、私に寄りそってくれたのは、やはり森でした。
手前味噌になりますが、森林セルフケアという、自ら癒える力を引き出す手立てを言語化しておいて良かったなと。
この分野に関わろうとする人の多くがそうであるように、これを欲していたのは、ほかならぬ自分だったんだなと。
そう腑に落ちました。
昨年から新天地・奈良で働き始めて1年が経過しました。
単身赴任の淋しさ、「これがやりたくてしかたがない」ということのない虚しさ、そんな心の隙間を「余白」としてそのまま慈しむことを教えてくれたのも、森でした。
一番のお気に入りは、奈良公園です。奈良公園というと、真っ先に思い浮かぶのは……鹿ですよね。次にインバウンド・修学旅行の観光客でしょうか。
確かに近鉄奈良駅から東大寺へと続くメインストリートは観光客のにぎわいであふれています。そんな所で森林セルフケア?
ところが、心のおもむくまま、人波から少しそれるだけで空気の密度が変わり、千年の静寂があります。ただそこを歩いているだけで、自律神経の営みが森のリズムへと近づきます。

(写真1 道の画像)
そして、歴史を確かに刻んできた巨樹が、世の喧騒には動じず「ただそこに」ある。そのたたずまいに私も同期しようと一礼、手を当て、深呼吸。

(写真2 木の画像)
百聞は一験にしかず。一緒に奈良の森を歩きませんか。6月20日(土)の10時から2時間ぐらいはいかがでしょう。お弁当を持って公園で食べるのもいいですね。
ご希望の方は https://forms.gle/ScQAKWkKenqNa3V77 へ5月31日(日)までにご連絡ください。
スケジュールなど詳細は、ご希望をお聞きしながらと思っています。
日時:2026年6月20日(土)10:00〜12:00頃
場所:奈良公園(詳細は参加者に通知)
参加費:無料
持ち物:飲み物、必要に応じてお弁当、歩きやすい靴、天気予報によっては雨具
申込先:https://forms.gle/ScQAKWkKenqNa3V77
申込締切: 5月31日(日)まで
――新天地・奈良での森歩き
奈須憲一郎(奈良市月ヶ瀬在住)
2009年から4年間、この協会の理事長を務めていました。当時の私を知る方には「お久しぶりです」、初めての方には「はじめまして」のご挨拶を。
さらにさかのぼると、1999年から森林・林業のまち・北海道下川町で役場職員として、2005年にはNPO法人森の生活を起業して、森を活用することなら何にでも取り組んでいました。
その中で森林療法も研究し、「森林セルフケア」という名前を付けて実践するようになりました。
その後、仕事では森から少しずつ遠ざかってしまいましたが、私の心象にはいつも森がありました。
ふと思い立ち、あるいは何かを求めて、自分「だけ」のために森へ行く時間はむしろ増えました。
特に、いわゆる「中年の危機」をそれとは知らずに迎えた時、私に寄りそってくれたのは、やはり森でした。
手前味噌になりますが、森林セルフケアという、自ら癒える力を引き出す手立てを言語化しておいて良かったなと。
この分野に関わろうとする人の多くがそうであるように、これを欲していたのは、ほかならぬ自分だったんだなと。
そう腑に落ちました。
昨年から新天地・奈良で働き始めて1年が経過しました。
単身赴任の淋しさ、「これがやりたくてしかたがない」ということのない虚しさ、そんな心の隙間を「余白」としてそのまま慈しむことを教えてくれたのも、森でした。
一番のお気に入りは、奈良公園です。奈良公園というと、真っ先に思い浮かぶのは……鹿ですよね。次にインバウンド・修学旅行の観光客でしょうか。
確かに近鉄奈良駅から東大寺へと続くメインストリートは観光客のにぎわいであふれています。そんな所で森林セルフケア?
ところが、心のおもむくまま、人波から少しそれるだけで空気の密度が変わり、千年の静寂があります。ただそこを歩いているだけで、自律神経の営みが森のリズムへと近づきます。
(写真1 道の画像)
そして、歴史を確かに刻んできた巨樹が、世の喧騒には動じず「ただそこに」ある。そのたたずまいに私も同期しようと一礼、手を当て、深呼吸。
(写真2 木の画像)
百聞は一験にしかず。一緒に奈良の森を歩きませんか。6月20日(土)の10時から2時間ぐらいはいかがでしょう。お弁当を持って公園で食べるのもいいですね。
ご希望の方は https://forms.gle/ScQAKWkKenqNa3V77 へ5月31日(日)までにご連絡ください。
スケジュールなど詳細は、ご希望をお聞きしながらと思っています。
日時:2026年6月20日(土)10:00〜12:00頃
場所:奈良公園(詳細は参加者に通知)
参加費:無料
持ち物:飲み物、必要に応じてお弁当、歩きやすい靴、天気予報によっては雨具
申込先:https://forms.gle/ScQAKWkKenqNa3V77
申込締切: 5月31日(日)まで
posted by 田川 at 12:03| 私のお気に入りの森に自然