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明治期に建設された灯台25 六連島灯台 [2008年02月06日(Wed)]
下関港の北西約5キロメートルの響灘にある小島に明治4年(1871年)11月に建設された円形石造りの灯台で下部に半円形の石造りの附属舎があります。

設計者の詳細は不明ですが、石材、木材等は瀬戸内海の徳山から運搬しています。
規模は、地上から灯台の頂部までは約10.6m、平均水面上から灯火の中心までは約27.9mとなっています。
基礎は、岩盤(玄武岩)を83p掘り下げ、外径6mの石積みで高さ1mとし、その上に一階部分を外径4.69m、壁厚99p、天井高さ3.65m、二階は青銅鋳物製の灯室(灯台の光を出す機械を設置する部屋:外径3.266m、高さ1.94m)床厚36pで、床構造は鋳鉄製梁を放射状に組み、内部にレンズ、レンズ台を設置しています。その上にドーム型の灯篭(鋼板:外径3.2m、高さ4.113m)を乗せ、最上部に避雷針を付けています。内部に青銅鋳物製の廻り階段があります。

下部に設置されている附属舎は半円形で、外径11.79m、壁厚62p、一階床高さは、基礎から28.5p、天井高さは2.45m、屋根は鉄筋コンクリートで、後年度内部仕上げはモルタルで整備されています。
この灯台は、兵庫(現在の神戸港)開港に伴う慶応2年(1866年)に締結された改税約書により、江戸幕府がイギリス公使に対し約束した5つの灯台(友ケ島灯台、和田岬灯台、江埼灯台、部埼灯台)の一つです。
六連島は白亜第三紀層を貫いて噴出した玄武岩の溶岩台で形成され、最高部(海抜約106m)の北台附近には鱗状結晶の雲母玄武岩が強い光輝を放つ、世界的にも珍しいもので、昭和9年(1934年)に国の天然記念物に指定されています。
灯台の建設工事は、明治3年(1870年)10月に着工し、明治4年(1871年)11月に完成しています。

建設工事費は、当時の予算で、24,224円89銭4厘となっています。
建設当初は、石油を使用した不動白色の光でしたが、大正14年(1925年)に高圧式アセチレンガスに、その後自家発電方式に変更、昭和38年には本土から海底ケーブルにより送電する方式に変更されています。
平成7年6月27日には、日本でもっとも早く建造された洋式灯台の一つであることから、下関市指定文化財に登録されました。
位 置  山口県下関市(六連島北埼)
     北緯 33°58′42″
  東経130°52′04″
光り方  単閃白光 毎10秒に1閃光
光の強さ 390000カンデラ
光の届く距離 15.5海里(28.7キロメートル)
光の出る方向 140°から12°まで
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