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藤岡喜美子のブログ

これまで細分化されてきた日本のサードセクターを横断的に再構築し、政府・行政セクター、企業セクターといった
従来のセクターに、イノベーティブで力強く活動するサードセクターが加わることで、3つのセクターが一体的に変化し、多様な主体者が社会問題を解決していく未来に日本に変えていきます。


サードセクターの経営者 [2009年12月27日(Sun)]
 JACEVOの立ち上げのための第1回の研究会を開催したのは、2008年1月であり、まもなく丸2年になります。2009年9月1日に設立総会、年内に登記も完了します。


設立記念キャンペーンin仙台 懇親会(バブを交えて)

 JACEVOの活動を初めてから、全国のサードセクター経営者の皆様に直接お会いし、お話をお聞きすることができました。

 JACEVOの会員の紹介をおひとりおひとりしていきたいと思っています。
 サードセクター組織を経営するには、やはり強い信念だと思います。なかなか変わらない社会に対し、微力な自分や組織へのディレンマとともに、それでもほっておけないという、という使命感から行動していきます。そして、継続して活動していくために、現状の課題、できない理由ばかりのべるのではなく、工夫と努力をしていきます。

 サードセクターの経営者のみなさまの話を聞くときには、赤十字の創設者 アンリー・デュナンのことを思います。「このようなことはみてみぬふりができない」「ほっておけない」
 
 アンリー・デュナンは、1828年5月8日、ジュネーブで生まれました。父は代議院議員のほか孤児保護院の仕事をし、母は児童教育や福祉問題に熱心でした。デュナンは、仕事でアフリカのアルジェリアを旅するようになりました。フランスの植民地であったアルジェリアに水利権を得て製粉会社を設立することが目的でした。
 デュナンは水利権を得る旅をつづけ、ナポレオン3世やマック・マオン将軍を追ってイタリアに入りました。デュナンがイタリア統一戦争のカスティリオーネに着いた日は、激戦が繰りひろげられた翌日。 死傷者が4万人をこえる激戦の結果を目のあたりにしたデュナンは、この人たちを救わなければならないという思いにかられました
 デュナンは、農家や旅行者に協力を呼びかけ、負傷者を教会に収容し、救護にあたったのです。 この時の手記『ソルフェリーノの思い出』の中で、「負傷して武器を持たない兵士は、もはや軍人ではない。戦列を離れた一人の人間として、貴重な生命は守らなければならない。国際的な救護団体をつくり、戦争の時に負傷者を救助できるようにしておけば、ソルフェリーノのような悲惨を繰りかえすことはないであろう。救護に当たる人々は中立とみなし、攻撃しないよう約束することが必要である」。

・・・・・・・・世界中に大きな反響・・・・・・・・・・

赤十字国際委員会の創設に結びついたのです。 しかし、デュナンは、赤十字創設に没頭して、自分の会社の経営に失敗し、破産宣告を受けて消息を絶ちます。

 
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