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〔後房雄のブログ〕

現実関与型の政治学者が、日本政治、自治体改革、NPOやサードセクターの動向などについて話題を提供しています。一応研究者なので、面白かった本や論文の紹介もします。


未来の党 [2012年11月28日(Wed)]
嘉田滋賀県知事を党首に、卒原発の未来の党が結成され、小沢グループなど第三極Bチームが即座に合流を決めたようです。

これで環境派が初のまとまった議席を得る結果になればそれ自体はいいことだと思いますが、小沢氏が無原則に合流したことで、小沢氏の政局判断でいつでも分裂する運命を抱え込むことになりました。民主党と同じ轍ですね。それを承知で環境派が議席を取りにいったのならいいですが。いずれにしても、はやめに小沢氏から自立する戦略をもたないと途方に暮れることになるでしょう。

総選挙全体への影響を考えると、Bチームが以前よりは議席を多く取れる可能性が出てきた反面、Aチームとのバッティングで自公を利する危険も増えたといえます。

Aチーム内でも、維新とみんなは、合流が決裂しただけでなく、かんじんの候補者統一もできないまま、ここでも潰しあいになる小選挙区がかなり出そうな状況です。

このままいくと自公で過半数を優に超える結果になることは確実で、そうなれば、維新と合わせて衆議院3分の2を超えた場合(再議決可能)には維新の発言力がある程度確保されるか、あるいは参議院でかなり議席を持つ民主党が7月までは多少の発言権をもつパターンか、どちらかです。安倍と橋下の関係からして、前者でしょう。

こうしたできた政権(安倍・石原政権!)はタカ派のイメージが強くなりすぎて不評を買う可能性も高いし、何よりも自民と組んだ橋下のイメージは大きくダウンするでしょう。維新は下り坂です。

いずれにしても、自公の天下再来で、そうした予想される結果に気づいて、投票日までの一か月で有権者はもう一度か二度、揺れることでしょう。

そこで伸びるのがAチームなのかBチームなのかは演出次第でしょう。

そして、仮に自公政権再現への疑問が高まった時に、AチームとBチームはそれでも共倒れに向かって突っ走るのかどうか。

自民党分裂という最後の課題が残っている以上、それをターゲットとして見据えている唯一の政治家としての小沢氏の存在意義は残ります。

未来の党を仕掛けてここまでは来たわけですが、さらにどこまでかき回せるのかを見てみたい気もします。

ところで、民主党もマニフェストを発表しましたが、まだ与党の可能性があるかのような踏ん切りの悪いマニフェストで、いさぎよく負ける覚悟ができていないようです。かえって議席をさらに減らすことになるでしょう。

自民も、本当は第三極が怖いのに、あたかも民主党が主敵であるかのようにふるまって逃げ切ろうとしています。民主党も都合がいいのでそれにのったふりをしています(党首討論ごっこ。こんなもの誰が見たいでしょう)。こんな茶番があと一か月ももつわけがありません。

自公民をひとまとめにして否定する動きが投票日までに一度は高まると予想します。

その瞬間に、第三極がそれを生かした行動がとれるかどうかですね。

小選挙区の候補者を調整するだけのことですが・・・。

候補者統一 [2012年11月21日(Wed)]
第三極ですが、依然として合流するかどうかが論点となっていて、小選挙区での候補者統一がすべてだということが理解できないようです。

合流のためには基本政策の一致が必要だというのはその通りですが、それが簡単にできるようなら別の政党になっていないのであって、別の政党だということを前提に、4年間の政権合意ができるかどうか、そしてそれを実現するために小選挙区での候補者統一ができるかどうかが問題です。

このままでは、合流はできないまま、候補者統一も中途半端なまま総選挙に突入し、結局は自公政権の復活になってしまうでしょう。

第三極は小選挙区での候補者統一に全力を注ぐべきであり、そのためにも、4年間の政権政策の骨格についての合意を形成する必要があります。そのためのテーブルもできていないことは驚くべきことです。テレビに呼ばれてそこで議論することしかできないなんて、困ったものです。

ついでに別の論点ですが、自民党が結局この3年でまったく自己改革ができなかったことが日本政治を次の段階に向かわせるうえで大きなネックになっていることも、あらためて痛感されます。

自民党内には、選挙後に維新と組むつもりの潮流(安倍総裁など)と民主と組むつもりの潮流(石破幹事長)が混在しています。選挙結果をみて考えるのでしょうし、あわよくば自分たちだけでやれるようになることを願っているのでしょう。

いずれにしても、適当に総選挙をごまかして、選挙後にやりたいようにやるという、一党政権時代の習慣が何も変わっていません。

小選挙区制のメリットである有権者の政権選択権を尊重しようとする気持ちなどみじんもありません。

大きな政府派・疑似リベラルと、小さな政府派・保守派の二つに自民党が分離することが日本政治の次の段階への飛躍にとって不可欠です(全体がどちらかに純化してもいいですが、それは無理でしょう)。

そうすれば、今回の総選挙でも、消費税・社会保障重視グループと、経済活性化・新自由主義グループとで二つの政権選択肢が提示できたはずです。

このように、自民党問題が未解決のままなので、当面の課題は、自民党を敗北させて分離ないし純化させることだと考えます。自由と民主を両方掲げる政党など、冷戦時代の遺物にすぎません。

そのためには、第三極が多数をとって自民党に選択を迫るしかないでしょう。

小沢や石原は自民党分裂を目指していると思いますが、橋下は自民党を上手く使えればいいと考えている節があります(それは、維新の方がうまく使われて自民党の延命につながる危険とうらはらです)。橋下にも、そろそろ、自民党を分裂させて大きな政界再編を仕掛ける覚悟をもってほしいものです。
政権選択肢=共通マニフェスト+統一首相候補+小選挙区の統一候補 [2012年11月20日(Tue)]
12月16日総選挙に向けて、各社の世論調査が出ていますが、自民党が第一党であるもののそれほど強くなさそうだということ、民主党は野田総理のパフォーマンスで多少持ち直しているものの惨敗必至だということ、石原が合流した維新の会が自民党にかなり迫っていること、などがポイントです。

第三極が形がどうなるかが、政権も含めて選挙結果を大幅に左右しうる状況だといえます。

そこで、依然として混乱している問題があります。第三極は一つの組織に合流すべきかどうかという問題です。合流できそうもないので残念だという論調と、合流は野合だという論調が混在しています。

あらためて指摘しておきたいのは、違う政党が合流するというのは、よほどのことであって、総選挙に向けてそういうことは必要がないということです。ただ、石原が維新の会に合流したのは、これは両者にとって十分意味のあることだったと思います。維新としての首相候補が確保できたわけですから。

しかし、それ以外の政党との合流などは考える必要はありません。必要なのは、広範な勢力で4年間の共通マニフェスト(政権政策)と統一首相候補について合意を作り、それを実現するために大部分の小選挙区で候補者を統一するということです(比例区ではそれぞれ名簿を出すべきです)。これによって、自公、民主に対抗するもう一つの政権選択肢が提示されることになります(それにしても、公明党は自民党と連携しながら、大阪、神戸では維新と候補者調整をやるそうですが、いったいどの政権選択肢にコミットするということなのでしょうか。いずれにしても与党になるというわけで、ひどい政党です)。

これができれば、まさに有権者が選挙によって政権を選ぶことが可能になります。

その後の統治、政権運営が不安だというのは民主党政権の経験から当然出てくることですが、それはこうした試みを積み重ねるなかでしか改善できない問題です。自民党なら政権運営は無難だ、などという幻想にすがるのでは、日本政治は永久に変わりません。そもそも、また腹痛で投げ出す可能性が高い首相候補のどこが無難なんでしょうか。

野合かどうかなどという不毛な議論はやめて、どの政権選択肢がよりいいか、という議論の土俵に移りたいものです。
第三極は野合か [2012年11月18日(Sun)]
出張つづきで、なかなか書けていませんが、12月16日総選挙に向けて動きが激しくなっていますね。

さすがに、選挙が近くなってくると、小選挙区制という制度のことをみんな思いだすようです。要するに、定数1を争う以上、1か0なのであり、過半数を取って政権を取るか負けて野党になるかが最大の問題だということです。

第三極論もそうした圧力のもとでようやく本筋に近づきつつあります。つまり、全国の小選挙区に統一候補を立てて過半数議席を狙える体制を構築できるかどうか(構築する意思があるかどうか)が決定的なポイントであって、従来の「みんなの党」のように選挙後の政界再編などというのはピンボケだということです。

なおかつ、民自公で、2015年度まで赤字公債の発行を参議院で止めないという合意を作ったので、参議院多数がなくても最低限の政権運営ができる条件が作られました。要するに、首班指名、予算案、条例で優越的権限をもつ衆議院の多数さえ確保すれば政権が取れるということです。

こういう視点で考えると、本筋を明確に理解しているのは小沢一郎と石原慎太郎だけだということが明らかです。橋下徹は、維新の会の勢いが少し陰ってきたこともあって、ようやく一気に過半数をめざすべきであって、そのためには広範な政党連合を組むことが不可欠であることを急速に理解しつつある感じですね。

こうして、第三極は、石原・橋下グループと小沢グループの二つに集約されつつあります。

最後の論点は、この両グループが政権をめざして小選挙区の候補者統一を含む事前の連携を構築できるかどうか、すべきかどうかという一点です。

政治とカネの問題を引きづる小沢一郎と組むことの利害得失の判断で、橋下は6−4か7−3くらいで組まない方が得策と見ているような感じです。小沢も、社民党との連携に動いているという報道もあります。「脱原発」で勝負するという戦略からはありうることです。

そうはいっても、公示直前くらいのタイミングで、第三極の2グループが連携成立を発表すれば衝撃的なニュースになるとは思います。小沢ー橋下ラインが水面下でまだ続いているのかどうかは気になります。

ここで問題になるのは、最近のマスコミでよく出る「野合」批判です。

政権を取るために政策の違いを無視していいのか、ということですが、ではどこまでの違いなら政権を取るために許されるのかという基準でも持っているのでしょうか。

これは問題の立て方が根本的に間違っていると思います。それぞれの政党や勢力が政策や理念で異なっているのは当然の前提であり、問題は、小選挙区制で意味のある政権選択肢を形成できるかどうか(形成しようとするかどうか)です。

そのためには、全国の小選挙区に統一候補を立てて、自公や民主に勝てるだけの勢力を結集できるかどうかと、その連合が信頼性をもつだけの統一政権政策(マニフェスト)を提示できるかどうかの二点が不可欠です。

マニフェストは、4年間限定の政権政策として、参加する政党がなんとか合意できることのみを書くしかないのであって(だから理念や長期的政策を書く必要はないし、書けるはずもない)、問題は、そうして出来たマニフェストが国民が支持し、信頼できる水準のものになるかどうかです。「野合」という印象を与えるとすれば、それは国民に選ばれないだけの話です。かなり限定的なマニフェストであっても、自公政権や民主党政権に比べればましだという評価が得られる水準でさえあれば勝つこともできます。

ここで、当然ながら、民主党は寄せ集めで、マニフェスト実現を4年間追求することすらできなかったではないかという批判が予想されます。ここには、衆参二院制の矛盾が重大な要因であったことの認識が弱いという問題はありますが、民主党のマニフェストを実現しようとする共通意思の弱さという問題はそのとおりです。

しかし、だから4年間限定のマニフェストを軸にした政権連合の形成(民主党は形は政党ですが、実質は政党連合だったと見た方が正確です)という「オリーブの木」方式が間違いかといえばそうではありません。

政党連合方式が一度失敗したからといって、またばらばらに候補者を立てて共倒れして、結局は自公政権を許すというのでは元の黙阿弥です。

それぞれが単体で政権選択肢となりうる二大政党が確立するまでの間は、政党連合も含めてせめて複数の政権選択肢が用意されることが小選挙区制での政権選択選挙を実現するうえで不可欠です。今後努力すべきことは、そうして勝利した政党連合が、せめて4年間は契約通りにマニフェストを軸にした政権運営に責任をもつという習慣の定着です。

私自身は、一度や二度の失敗があっても、あくまでも政権選択選挙を繰り返すことが、国民の判断能力が向上し、政党、政治家側の統治能力も向上する王道だと考えています。ここで、安心できるから、などという幻想で自公政権にもどるなどというのでは、何のための政治改革だったのかということになります。

誰が好きとか嫌いだとか、負けても政策にこだわるとかいう悪習を捨てて、総選挙の度にぎりぎりの選択で二つの政権選択肢に結集して競い合って国民の審判を受けるという気風をもつ政党や政治家を増やすしかないと思っています。

「野合」批判をする政治評論家や政治学者が多いですが、野合を否定して政治のダイナミズムを犠牲にするか、「野合」を繰り返しながらその質をあげていくことに賭けるかの選択では、私はやはり後者を選びます。

ただし、例外というものはあって、河村たかしについては、そうした選択肢の構成要素の前提条件すら満たしていない(基盤が異なる)という橋下の評価は妥当だと思います。あれほどいいかげんな人を含めることは、名古屋市内での多少の票とはかりにかけてもとても許容できるものではないということでしょう。

河村は最後の受け皿として小沢グループに潜り込んで終わりでしょう。

いずれにしても、小選挙区制という現行制度をきちんと踏まえた戦略的行動を政党や政治家が取り始めているという点では、ようやくイタリアの水準に近づきつつあるといえます。「野合」嫌いの倫理主義のマスコミなどが水をかけて潰さないことを願います。

イタリア下院 [2012年11月09日(Fri)]
11月6日は、民主党本部で党の外交担当のピステッリ下院議員に、議員会館で下院議員団副団長のヴェントゥーラ議員にインタビューしたあと、幸運にも、議員会館と下院の本会議場などを案内してもらうことができました。

夕方は、友人のモナコ上院議員と日本食を食べながら懇談しました。

下院議員の部屋で、お世話をしてくれた民主党のアジア担当のパーピさんを囲んで取った写真です。
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民主党下院議員団総会をやる部屋です。部屋にはかつての共産党書記長のベルリンゲールの名前が付けられていました。
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下院の黄色の間といわれる部屋です。そこにかけられていた絵は、ナポレオン本人をモデルにして書かれた唯一の肖像画だそうです。
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下院議長の部屋への通路です。現在の下院議長は、旧ネオファシズム政党の書記長だったフィー二氏です。P2012_1106_153523.JPG

今回の発見の一つは、下院の廊下に並べられていた著名な議員の胸像のなかに、アントニオ・グラムシのものがあったことです。私の最初の研究対象はグラムシでした。たしかに、1926年に逮捕されたときは、議員の不逮捕特権を無視して逮捕されたのでした。パーピさんが気を利かせていっしょの写真をとってくれました。
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現在のナポリターノ大統領が選出された時の議員の投票用紙が展示してありました。来年の5月には大統領の選挙があり、モンティ首相が有力候補のようです。
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ほかにも、下院の本会議場にも入れてもらいました。写真は禁止でしたが、ガラスの天井で素晴らしい部屋でした。一番下が入り口になっていることもあり、長老議員が上の方座る日本とは違って、有力議員は前から2,3列目くらいに座るそうです。


というわけで、今回のイタリア調査はおしまいです。
日本でも共通の制度的課題である首相補佐機関の強化と、政府の議会運営における主導権の強化という二つの課題について、イタリアはかなりの程度改革が進んでいるということがわかりました。さすがに、ほかのヨーロッパ諸国の制度を導入しやすい環境でもあるのと、政治家や研究者のなかにそうした課題を意識している人が日本より多いということによるのでしょう。

決められる政治のための制度整備ということでは、先進民主主義国では、日本だけが例外のようです。




首相府、バチカン博物館 [2012年11月09日(Fri)]
11月3日はフィレンツェからローマに移動したあと、夕食を食べながら朝日新聞のローマ支局長からお話を伺いました。

11月4日はコロッセオ、フォロ・ロマーノなどを回った後、首相官邸、下院などの場所を確認にいきました。

11月5日は首相府事務次官、首相府の議会関係局の局長、局次長にインタビューしました。日本では政府側が国会審議についてほとんど権限がありませんが、イタリアではかなりの程度、政府・与党が主導できる制度が整備されてきていることが確認されました。

1986年に一部例外を除き秘密投票が廃止され、採決での造反議員が出にくくなったそうです。1999年に国会の議事日程(3か月の審議予定表、1か月の審議予定表など)を以前のような全会派の議員団長の全員一致から、75%の議席を持つ議員団長の賛成で決められるようになり、そこで決まらない場合は、議長の権限で決めたり(下院)、議長の権限で本会議に提案して採決できる(上院)ようになったそうです。

また、議長が招集する議員団長会議が大きな決定権を持ち、そこには政府から国会担当大臣が出席して要望を述べることができるそうです。

また、暫定措置令(decreto-legge)というイタリア独特の制度があり、これが法律と同様の効力を持つと同時に60日以内に法律に転換されないと効力を失うわけですが、その転換については優先的に審議されるので、これが政府が立法を主導する重要な手段として活用されているようです。

写真は、首相府事務次官のストラーノ氏を囲んだものです。通常は国務院の判事がなることが多いそうですが、彼は首相府の生え抜きだそうです。
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イタリアの選挙制度 [2012年11月04日(Sun)]
3日付けのコリエーレ・デラ・セーラ紙の記事で選挙制度の見直しをめぐる動向が分かりました。

イタリアは戦後一貫して完全小選挙区制でやってきましたが、冷戦終結後、「政権交代のある民主主義」をめざして93年に75%小選挙区制、25%比例代表制の連用制を導入しました。その後、2005年には、全国一区で比例代表制で投票して、相対第一位の名簿に630議席中の340議席(55.1%)の多数議席を与え、残りの議席を他の名簿で比例配分するという新しい制度が導入されました。

2005年の制度について、日本の新聞は比例代表制が復活したなどという誤った報道をしていましたが、第一党に過半数の議席を与えて政権を運営させるというのがこの制度の主眼です。その意味で、小選挙区制と同じく多数決型、政権選択型の選挙制度といえます。

イタリアの政党が制度の意味を過剰なまでに理解して戦略的に行動するため、94年、96年、2001年、2006年、2008年と5回の総選挙すべてで政権が交代しています。その反面での問題は、選挙に勝つために広範な連合を組むため(選挙の前にやるところが日本とは違うところです)、選挙後の政権運営が内部対立で停滞するということです。

日本の政党は政権を取るために戦略的に連合を組む習慣がないために政権交代までに15年もかかりましたが、09年の民主党政権の混乱は、イタリアと同様の「統治」=政権運営の問題をようやく意識させるに至ったということになります。

我々のヒアリングでも、首相や首相府の権限を強化する制度改革がこの20年くらいの間にかなり進んでいること、政府が国会運営をコントロールできる仕組みも日本と違ってある程度整備されていることが確認されました。

象徴的な例は、首相が国会に出るのは信任、不信任の投票の時くらいで、日本のように130日以上も朝から夕方まで国会に貼り付けにされるなどということはありえないということです。フザーロさんも目を丸くして驚いていました。

しかも、副大臣や政務次官というポストは、そもそも大臣が国会に行かなくても済むようにということで設置されたという歴史的経過もあるようです。野党が首相や大臣を呼びつけることにこだわって、本来の仕事ができないようにし、国際会議への出席すらままならないようにしているのはほとんど日本だけの悪習のようですね。

それはともかく、09年11月に、イタリアの財政危機、国債金利の高騰という圧力によってベルルスコーニがようやく退場したため、現在は、来年4月までの期間限定で首相以下全員が非政治家という専門家内閣が経済財政対策をやっているわけです。

近づく総選挙に向けて、中道左派連合の首相候補の予備選が11月25日に予定されており、中道右派もつい最近、12月に首相候補の予備選をやることを決めました。

こうした状況で、大統領が総選挙の前に選挙制度改革をやれと強く要請していることもあって、その議論が国会でなされているのですが、焦点は、第一党に340議席を与えるというプレミアム制度の是非にあるようです。

これは、総選挙での政権選択を明確にするかどうかということがかかった重大問題です。全国一区で1票でも多い名簿が過半数議席を得るというのはたしかにやや乱暴です(実際、2006年はわずか二万票の差で中道左派が勝利し、この制度を入れた本人のベルルスコーニが数え直せと騒いだという前例があります)。本来は、フランス小選挙区2回投票制という案が有識者には支持されているようですが、政党の政治的利害と直結するので、合理的な議論にはなりません。

現在も、ベルルスコーニの退場や、先日のミラノ地裁での彼に対する禁固4年の実刑判決などもあって、中道右派は20%以下まで支持を減らしているのに対し、民主党を中心とする中道左派は35%以上の支持を集めています。さらに、6,7%の中道連合が今度は中道左派に付くという姿勢を示しているので、このままいけば、中道左派政権が確実とみられています。(唯一の不安要因が、既成政党全体、政治家全体を否定する5つ星運動がパルマ市長選での勝利に続きシチリア州議会で第一党になるなど、総選挙では20%くらいまで伸びるのではないかという勢いであることです。リーダーのグリッロ氏は首相を目指すことを宣言しています)

こういう状況なので、かつて05年の選挙制度を導入した中道右派が、中道左派政権を阻止するためにプレミアム制度を廃止ないしは弱化させようとしています。中道左派が単独過半数を得られなければ、いろいろ余地が出てくるということでしょう。

それに加えて、現在のモンティ首相を来年の総選挙後も続けさせようとする勢力も比例代表制を支持ているようです。なぜなら、中道左派単独政権になるとモンティはせいぜい財務大臣として残る程度ですが、比例代表制でどこも過半数を取れない状況になれば、また超党派の国会多数派を従えてモンティ専門家内閣が継続できる可能性があるからです。

こうした思惑のなかで、焦点は、現在のような無条件のプレミアム制度を維持するか、それともプレミアムをもらえるのを40%以上の得票を得た場合だけに限定するか(第一党が40%以下の場合、プレミアムをまったくなくすか、12%くらいのプレミアムを付けて連合政権作りで優位にたてるようにするかという選択肢はあるようです)にあるようです。

政権選択型という範囲で、現在の選挙制度を改善する余地はあると私も思いますが、現状では比例代表制に近づける方向での改革にしかなりようがないので、フザーロ教授と同じく、現在の制度で総選挙をやったうえであらためて検討することにした方がいいと思います。

お分かりのように、現在の日本でも中選挙区制の復活や比例代表制への転換を主張する声が高まっているのとかなり共通した状況です。

私自身は、政権選択型のシステムを一旦選んだ以上、それをきちんと運用してみるべきだと考えています。そのためには、首相や内閣の指導力を強化する体制整備、国会運営を政権与党主導で行える改革をさらに進める必要があります。特に、二院制の矛盾をどうにかすることが急務です。たとえば、予算案についての衆議院の優越を、予算関連法案にも適用するという協定を主要政党の間で形成することが現実的だと思います。

こうした具体的な改善策を飛び越えて、今度はやっぱり比例代表制がいいなどというのは、政治システム全体を視野に入れない暴論にすぎません。日本の政党がそもそも比例名簿を作れるのか、選挙後の政党の離合集散にどう歯止めをかけるのか、そうした状況でまともな政権運営ができるのか、などの重大問題もあります。

なお、出発前に、比例代表制への転換を主張している小林良彰『政権交代』中公新書の書評原稿(東京新聞・中日新聞用)を書いてきましたので、そのうち掲載されると思います。
フィレンツェ [2012年11月03日(Sat)]
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2日のフィレンツェですが、フィレンツェ大学のフザーロ教授(公法学)からの聞き取りをしました。10時半から昼食を合わせて4時間、たっぷり聴きました。

イタリアの政治システムにおける共和国大統領(現在は旧共産党幹部のナポリターノ氏)の重要性が一つのポイントでした。ベルルスコーニ時代は、フランスのサルコジ大統領やドイツのメルケル首相が、ベルルスコーニ首相をバイパスして直接イタリア大統領と連絡を取り合っていたそうです。

もう一つのテーマは、90年代以降のイタリアにおける専門家内閣でした。イタリア銀行はイタリアでトップのシンクタンクとみなされているそうで、そこの幹部の権威は相当高いそうです。過去、チャンピ氏、ディー二氏が非議員で首相に指名されています。現在のモンティ首相は、経済学者で、欧州委員をやってからの任命です。

フザーロ先生は、小選挙区制(多数決制)の支持者で、日本にも来てその事情もよくご存じです。日本でもイタリアでも、小選挙区制への疑問が強くなっているわけですが、二大勢力による政権交代の意義について我々と同意見で意を強くしました。

イタリアの現在の選挙制度には問題もあるが、現在の修正論議は比例代表制に向かうものなので、それよりは現在のものを維持した方がいいというのが彼の意見です。

それと、意外だったのは、イタリア民主党内の刷新派の象徴となっているレンツィ・フィレンツェ市長について、結構肯定的な評価をしていたことです。5つ星運動に対抗できる存在ではないかという評価でした。ベルトロー二元副首相やプロ―ディ元首相なども、口には出さないが、彼に好意的だという話は始めて聞きました。

レンツィ市長にはあるつてでインタビューを申し込んだのですが、ダメでした。来年4月の総選挙に向けて、11月25日に予定されている中道左派の首相候補の予備選挙において、民主党書記長のベルサーニを脅かす存在になっており、連日テレビにも登場しているので、無理もありませんね。

いずれにしても、日本政治とイタリア政治の共通点の多さはいつもながらで、非常に参考になります。
イタリア [2012年11月01日(Thu)]
10月28日夜にイタリアに着きました。
科研費での調査で、今のところ、下院議員2人、上院議員1人、内閣府の官僚1人にインタビューする予定が決まっています。

写真はローマのレプッブリカ広場の夜景と、11月1日の午前中に、打ち合わせに下院に行った際に見た支出削減への抗議集会の様子です。昨年からのモンティ政権は、経済財政対策ではそれなりに成果をあげているようですが、増税や支出削減で国民からの不満も出ているようです。

今日は昼からフィレンツェへ電車で移動しました。あいにく雨で、かなり寒くなってきています。

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