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〔後房雄のブログ〕

現実関与型の政治学者が、日本政治、自治体改革、NPOやサードセクターの動向などについて話題を提供しています。一応研究者なので、面白かった本や論文の紹介もします。


キャッシュ・フォー・ワーク [2011年09月26日(Mon)]
永松伸吾『キャッシュ・フォー・ワーク 震災復興の新しいしくみ』岩波ブックレット、2011年9月。

経済産業研究所のサードセクターをテーマにした研究プロジェクトが、昨年度のものを継承して、2013年3月までの期間で再開され、今日は第一回目の研究会のために東京に行ってきました。

移動中に、上記の本を読んだのですが、寄付金や公的資金を財源にして、「被災者自らが働き、仕事の対価を得て、暮らしを立て直していくためのしくみ」をキャッシュ・フォー・ワーク(CFW)と呼ぶそうです。著者は、「労働対価による支援」と訳しています。

主に途上国に対する国際人道支援で使われてきたようですが、2005年のアメリカのカトリーナの時にもFEMAによって使われたそうです。

被災者の多くは失業してしまうわけですから、復興関係の事業に雇用することで、復興に貢献しながら所得を得ることを可能にするというのは当然浮かぶアイデアですが、そして、これまでも各地で使われてきているわけですが、仕組みとして明確にして練り上げていくことは非常に意味のあることだと思います。

阪神淡路大震災の1995年がボランティア元年と言われたのに対し、2011年はCFW元年といえるほどに注目されているかはともかく、ボランティアばかりが注目されやすいのに対して、雇用の重要性に注意を喚起する点で重要だと思います。

あえて「健康な労働能力のある男女」だけを対象として、障害者などについては別途の支援にゆだねるという方針、賃金をあえて抑えて一般の雇用への移行を阻害しない工夫、地域経済の復興を阻害しないためにあえて「仮設の仕事」「つなぎの仕事」として位置付けて、時期を失しない撤退を考えること、などはなるほどと思いました。

私たちも、今後の復興過程において、サードセクター組織がなるべく大きな役割を果たせるようにする支援にささやかながら取り組んでいますが、今後の災害に備えて、災害直後にCFWをコーディネートできるようなサードセクター組織を準備しておくことも重要だと思いました。

東北に関しても、10月頃から特別に延長されている失業保険も切れる人が多くなるようなので、その受け皿としてのCFWを考える必要があると著者は指摘しています。

コーディネーターとしては、著者は行政よりもスキルのある人材ビジネス企業が適切だと指摘していますが、サードセクター組織のなかにもそうしたスキルをもった組織があるといいと思います。

著者の永松さんは、3・11直後に以下のような提案書を発表し、現在、CFW-Japanの代表をされているそうです。

***

CFW提案書
東日本大震災からの復興に向けた
キャッシュ・フォー・ワーク(CFW)の提案(試案)

2011年3月25日 
CFW Japan(永松私案)

1.CFWの目的
1. 被災者に一時的な雇用機会を確保し、最低限の収入を維持しながら、地域経済の自立的な復興を支援すること。
2.被災者自身が自らの地域の復興に直接関わることによって、被災者に尊厳と将来への希望を取り戻し、地域の絆を高めること。

2.CFWで雇用される対象者
1. CFW以外に生計の手段を持たない人々。災害時に被災地域内に居住していれば、物理的な被災程度は問わない。
2. 健康で労働に耐えうる男女。但し高齢者、障害者など社会的弱者については、CFWとは別途措置が講じられるべきである。

3.CFWが適用される事業
1.CFWによって提供される業務は、途上国では主に公共土木施設の復旧業務であったが、事例のように単純労働・肉体労働に限定されるものではない。我が国の産業構造や今後の災害対応活動を考えると、事務的労働についてもその対象を拡大して考えるべきである。
2.雇用のために無理矢理創出された仕事であってはならない。本当に被災地の復興にとって必要で、被災者がやり甲斐を感じられるような仕事でなければならない。
3. 重要インフラの復旧など特に緊急を要するものや、高度な技術を要する業務、危険な業務などはCFWの対象には含めない。
 以上を踏まえ、具体的にCFWの適用が可能と思われる事業を以下列挙する。

■ 遺留品の回収と持ち主への返品作業
■ 自宅周辺のがれきの片付けおよび清掃
■ 重要インフラの復旧を除くすべての公共施設や住宅の復旧
– 建設現場の清掃業務、資材の運搬など
■民間企業の復旧・復興業務
■行政による被災者支援業務
– 被災者台帳の作成業務
– 罹災証明発行業務
– 相談窓口、コールセンターの設置
– 仮設住宅の見回り、給食配送、コミュニティ事務局業務
■ ボランティア・NGOら支援団体が企画するプロジェクト
– ボランティアへの食事提供、宿泊提供
■ 学術調査業務
– 調査団の案内、ガイド、アンケート・インタビューへの回答

4.CFWで支払われる賃金について
1. CFWの主要な目的は地域経済活動の自立的復興を促進することにあり、CFWが既存の産業と労働市場において競合することがあってはならない。
2.このため、CFWで支払われる賃金は、市場で支払われる賃金より低めに設定されるか、少なくとも上回ってはならない。 なお、途上国の事例ではおおよそ20%から30%程度低めに設定されることが一般的である。
3. 賃金水準が通常の経済活動よりも低く抑えられることによって、CFW以外に生計手段を持たない人だけが参加を希望することになる。これは、本当に雇用を必要とする人にCFWによる雇用機会を確実に提供する上でも重要である。

5.日本版CFWの具体的な枠組みについて
1. 雇用・労働に関する有識者や関係機関の代表などによってCFW委員会を国レベルで設置し、賃金水準や雇用形態、参加資格、CFWとして適当な業務などについてのガイドラインを作成する。
2.各市町村毎にCFWセンターを設置し、以下の業務を行う。
– 労働需給のマッチング
  就労を希望する被災者の年齢、性別、技能などに応じて適当な仕事を斡旋する。
– 労務管理
  勤務時間の管理と支払うべき賃金の計算および支払い業務など
– 被災地市場のモニタリング
  被災地の経済状況をモニタリングし、CFWが経済復興に悪影響をおよぼしていないかどうかを継続的に調査する。
– 基礎的な職業訓練
  必要に応じ適当な職業訓練(コンピュータの操作など)を行う。
3. CFWセンターの運営は被災市町村が十分に機能していない現状に鑑みて、人材派遣企業などの専門業者を核とした民間事業体に業務委託を行うことが適当である。同時に、センターの運営には被災自治体や雇用支援専門のNPOなどの協力を得るべきである。 その費用は国が負担するものとする。
4.被災者は、CFWセンターに登録することによって、仕事の斡旋をうける。但し、個々人で登録する方法だけではなく、各種団体やグループ単位での登録についても積極的に受け付ける。
5.被災自治体、ならびに被災地で活動する民間企業や支援団体は、CFWセンターを通じて被災者を雇用する。CFWセンターは、その業務がCFWにとってふさわしいかどうか、被災者にとって達成可能か、安全性は確保されているかなどの観点から内容を判断し、必要があれば業務内容の改善を提案する。
6.賃金は、雇用主体よりCFWセンターを通じて支払われる。賃金の支払いは銀行振り込みが基本だが、金融機関が機能していない場合は現金による支払いとする。
7.CFWの財源としてCFWファンドを設置し、義援金を充てる。被災者雇用の財源を持たない支援団体は、ファンドにプロジェクトを申請し、承認されればファンドから賃金を支払うことができる。


図 1 CFWの体制図



6.その他の留意事項

1.CFWは緊急的措置であり、CFWによって支給される賃金を所得と見なすべきではない。 その理由は次の通りである。
(1) 源泉徴収事務が繁雑になりプロジェクトの実施が困難になること。
(2)CFWに参加したばかりに生活保護や各種支援が受けられなくなるといった弊害を防止すること。
2.被災地域内に存在する業界団体(例えば漁業組合など)を積極的に活用し、被災者をすべて個人で扱うのではなく、こうした団体への一括業務発注などを積極的に行うべき。既存の社会関係資本を活用すると同時に強化する。
3.従来通りのボランティアによる被災者支援活動は共存させる。 すべてをCFWで代替できるわけではない
市民フォーラムの総会記念シンポ [2011年09月25日(Sun)]
私が代表理事をしている市民フォーラム21・NPOセンターの14回目の総会が今日9月25日に開かれます。

3回目の中期戦略(3年)の発表と絡めて、総会記念シンポを開きます。

NPOセクター、サードセクターの今後の展望と戦略に関心のある方はお出でください。

***

2011/ 09 /25
特定非営利活動法人市民フォーラム21・NPOセンター
第14期通常総会 記念シンポジウム


「NPOセクター」から「サードセクター」へ
サードセクターの重大な岐路に立ち、重要な転換を!!私たちは、NPOをめぐる状況が重大な岐路に立っていることを自覚しています。
そして重要な転換が求められています。そのことについて早田氏と東海地域のサードセクターの若手経営者が語ります。

問題提起として

第1に狭い意味でのNPO(特定非営利活動法人や任意団体)だけではなく、それ以外のさまざまな非営利法人(社団、財団、社会福祉法人、学校法人、医療法人など)、協同組合、社会的課題への取り組みを優先する株式会社、地縁組織など)を広く包括する「サードセクター」として、広範に捉える必要があります。

第2に、サードセクター組織が公共サービスを担い、効率的で質の高い公共サービスを実現できるように、サードセクターの力量強化と行政のシステム改革が求められています。

第3に、サードセクターの強化のためには人材問題が決定的に重要であるという認識に立って、セクター間の人材の流動化やサードセクター組織における雇用条件の向上などによってサードセクターの人材の確保と育成の必要性を捉えます。



総会シンポジュームの概要


■日時:9月25日(日)13時〜16時

■会場:ウインクあいち 1003会議室
     〒450-0002愛知県名古屋市中村区名駅4丁目4-38

■定員:50名

■参加費:無料

■プログラム
13:00〜13:10 開会挨拶

13:10〜13:30 趣旨説明

13:30〜14:30 基調講演
       「NPOセクター」から「サードセクター」へ
        早田 吉伸さん
       (慶応義塾大学システムデザイン・マネジメント研究所 研究員)

14:30〜15:50 パネルディスカッション
       【テーマ】
        ・サードセクターの経営力の向上
          〜フルコスト・リカバリーの把握と活用〜
        ・サードセクターの人材確保と育成
        ●パネラー
         秋元祥治さん(NPO法人G-net 代表理事)
         重徳和彦さん(一般社団法人くにおこし@愛知 代表)
         三矢勝司さん(NPO法人岡崎まち育てセンターりた 事務局長)
         毛受芳高さん(NPO法人アスクネット 理事)
         渡邊潤平さん(NPO法人外国人就労支援センター 理事)

        ●コメンテーター
         早田 吉伸さん
         藤岡喜美子(公益財団法人日本サードセクター経営者協会)
        ●コーディネーター
         後房雄(名古屋大学大学院法学研究科 教授)
15:50〜16:00 閉会挨拶

■登壇者プロフィール



早田吉伸さん(慶応義塾大学システムデザイン・マネジメント研究所 研究員)
大学卒業後、大手ITベンダー入社。パブリックせクター向け情報化プロジェクトに従事。地域情報化・電子政府・自治体におけるコンサルティング、事業計画・開発を担当する2005年4月と2011年2月より、内閣官房に出向、地域活性政策(地域再生・特区)、IT政策に従事。
 

毛受芳高さん(特定非営利活動法人アスクネット 理事)
1972年愛知県生まれ。名古屋大学工学部情報工学科卒業、名古屋大学大学院人間情報学研究科修了。1999年『愛知サマーセミナー』にITを導入する「ASK-NET プロジェクト」に参画し、2001年にNPO法人化、代表理事に就任。学校と地域の間にたち、様々な地域の教育資源をコーディネイトする事業を全国に先駆けて立ち上げ、学校における「教育コーディネーター」の先駆者としての実績を積んでいる。
 

重徳和彦さん(一般社団法人くにおこし@愛知 代表)
昭和45年愛知県豊田市生まれ。東京大学法学部卒業。元総務省職員。平成16年新潟中越では崖崩れ現場からの男児救出活動の連絡調整に従事。内閣府行政刷新会議事務局にて「事業仕分け」の実務を担当した他、若者の自立・就労支援をNPO連合組織と行政が連携して行うパーソナルサポート特区を担当。これまでに山形県、青森県、広島県の地方勤務と、米国コロンビア大学留学を経験。地域の仲間とともに、NPO法人青森ITSクラブ、NPO法人ひろしま創発塾、吉島東とうさんの会を設立。世田谷区立池尻小学校88会(おやじの会)でおやこ料理教室や学校で泊まろうキャンプを実施。全国の国・地方の公務員による「地域に飛び出す公務員ネットワーク」や、官民による地域活性化の勉強会「地域力おっはー!クラブ」を主催。共著「創発まちづくり」(和田祟編著、学芸出版社)。
 

秋元祥治 氏(特定非営利活動法人G-net代表理事)
1979年12月15日生まれ。岐阜高校、早稲田大学教育学部/政治経済学部にて学ぶ。97年にはディベート全国一を受けて、岐阜県民栄誉賞を受賞。01年10月、地域からよのなかを変えていきたいと考 え、G-netを設立。04年には、経済産業省の進める「チャレンジ・コミュニティ創成事業」に全国最年少のモデルプロデューサーとして選出される。傑出した取り組みに全国的な注目を集め、テレビや新聞、雑誌など各種目メディアに露出。経済産業省「地域産業を創り出す33人の演出家たち」のうちの一人として、また雑誌「AERA」で日本の主な若手社会起業家の一人として紹介されています。
 

三矢勝司 氏(特定非営利活動法人岡崎まち育てセンター・りた事務局長)
1975年愛知県岡崎市生まれ。名古屋工業大学建築学科卒業、名城大学大学院を経て、千葉大学大学院建築デザイン専攻修了。岡崎・名古屋を中心に、中部地方の市民参加型まちづくりを支援。名古屋学院大学政策大久手計画工房・東京事務所(99年)、千葉まちづくりサポートセンター(00〜02年)、チームネット(03〜04年)を経て、現在NPO法人岡崎まち育てセンター・りた事務局長。学科非常勤講師、(株)チームネット客員研究員。メールマガジン「週刊まちづくり(第1回都市計画家協会賞大賞受賞)」にてコラム執筆多数。特技のファシリテーショングラフィックスを武器に「絵になるまちづくり」を実践中。共著に『まちに森をつくって住む』(OM出版)がある。
 

後房雄 氏(名古屋大学大学院法学研究科 教授)
1954年富山県生まれ。専門は、政治学・行政学・NPO論。福祉国家と非営利セクター、自治体改革論などが研究テーマ。特定非営利活動法人市民フォーラム21 ・NPOセンター代表理事、公益社団法人日本サードセクター経営者協会代表理事ほか。主な著書に「政権交代への軌跡―小選挙区制型民主主義と政党戦略」(花伝社2009年)、「NPOは公共サービスを担えるか」(法律文化社、2009 年)、「オリーブの木」(木村書店1998年)など。
 

藤岡喜美子(公益社団法人 日本サードセクター経営者協会執行理事)
1954年愛知県生まれ。東京海上を退社後、福祉のボランティア団体を複数立ち上げる。町会議員を1期務める。2003年より特定非営利活動法人市民フォーラム21 ・NPOセンター事務局長。2009年9月、JACEVO設立の中心メンバー。市民、行政、企業の3つのセクターに身をおいた経験から新しい社会システム構築に向けての提言や活動を行う。内閣府「新しい公共」推進会議委員。
 
■申し込み
下記連絡先に、お名前、ご所属(役職)、連絡先を明記の上、お申込みください。
【連絡先】
特定非営利活動法法人市民フォーラム21・NPOセンター
電話:052-919-0200
FAX:052-919-0220
E-mail:office1@sf21npo.gr.jp

田中弥生氏の矮小な反批判(2) [2011年09月24日(Sat)]
(3)とは言っても、田中氏は矮小な議論が好きらしいので、それにも最小限触れておこう。かなりセコイ引用をしてミスリードしようとしている箇所もあるので、無視するわけにもいかない。田中氏の批判文を引用しながら反論しておこう。

〇(後は)ボランティアや寄付を重視するNPO論は神話であり、アマチュア性の強いボランティアや寄付に依存することは非営利組織の成長を妨げ、行政委託を受ける際に、ボランティアの分を無料とみなされ価格設定上の阻害要因にもなると主張する。(田中、95ページ)

後段はあとで取り上げるとして、前段は、ほとんどでっちあげに近い。私は、サラモンの指摘するNPOをめぐる3つの神話の一つとして、ボランタリズムの神話を紹介し、田中氏の議論がその典型的な例だと指摘した。

真のNPOは主に、あるいはもっぱらボランティアと民間寄付に依拠しているべきだと信じる「ボランタリズムの神話」。その基礎には、国家とNPOは本質的な対立関係にあるとする「対立のパラダイム」がある。それに基づけば、国家の拡大はNPOの役割を奪って消滅させる脅威なので、NPOの成長のカギは国家の役割を縮小させてボランティアと寄付に依拠することだということになる。(後、163ページ)

サラモンは「主に、あるいはもっぱら・・・依拠する」を神話としており、「重視する」のを神話だとは言っていない。もし、自分が「主に依拠」ではなく「重視」しているだけだというならそう反論すればいいし、それなら、公的資金についても「下請け化」の危険性を警告するだけでなく、その危険性にどのように対処しつつ公的資金を活用するかを論じるべきである。事実上、「公的資金を使うな」と言うような議論をしているからこそボランタリズムの神話と批判したのである。

また、「アマチュア性の強いボランティアや寄付に依存することは非営利組織の成長を妨げ」るなどとはサラモンも私も主張していない。

サラモンは、市場の失敗、政府の失敗だけでなく、NPOの失敗(弱点)も議論すべきだとして、@資源の不足、A偏向、Bパターナリズム(父権主義)、Cアマチュア主義を指摘している。(後、8ページ)

こういう別の議論を勝手に結びつけて議論をでっち上げてはいけない。

このようなNPOの一般的弱点を直視すべきだというのはほとんどのNPO関係者が同意する妥当な指摘であろう。また、ボランティアや寄付に依拠することがNPOの成長を妨げると主張する人などいないだろう。「主に、あるいはもっぱら・・・依拠」する場合にはその危険が高いだろうが。

私がボランティアや寄付を軽視、排除しているという印象をでっちあげるために、悪質な引用改竄がなされている。

もしボランティアを活用することで有給職員の業務が軽減され、その時間を他の自主事業に振り向けることが可能になるならば、NPOには公的事業と自主事業を組み合わせて、さらに成長する可能性が生まれる。(後、186ページ、田中、125ページ)

これに対して、次のように批判するのであるから、驚きである。

ここではボランティアはNPOの事業拡大のための労働力として扱われているが、市民参加という視点はない。(田中、126ページ)

私が論じたのは、「寄付やボランティアはそのNPOへの支援、協力としてなされるのであって行政の事業に対してなされるのではない以上、行政側がそれを委託金の算定において前提とすべきではなく、必要な人件費はきちんと計上しなければならない」ということである(後、186ページ)。

この議論は、公共サービス型ビジネス・モデルを考えるうえでのポイントの一つであって、これまできちんと整理されてこなかった論点を整理したものとして、どこで話してもNPO関係者からは多くの賛同がある。

こういうことに関心がないのはしょうがないとしても、ボランティアをNPOの事業拡大のための労働力として扱ってどこがおかしいのかまったく不明である。いちいち、市民参加だと指摘してほしいらしいが、そんなことよりも、ビジネス・モデルを構築して社会課題を解決することの方が大事だと考えているだけのことである。

もう一箇所、私が寄付について否定的だと無理に言いたくて他の研究者の事実についての指摘の紹介を私の規範的主張であるかのようにすり変えるという悪質なことをやっている部分が以下である。

非政府資金、特に、寄付については、安上がりの下請けの原因になるとして、(後は)次のように説明している。

「寄付や事業収入によってNPOが自主的な資金調達をすればするほど、政府が事業経費を十分に提供しないで済ます。(中略)いわゆる安上がりの下請けにされるという危険である。」(後、128ページ)(田中、126ページ)


これではまるで、私がこういう理由で寄付が危険だから反対だと言っているかのようである。実は、この箇所は私がカナダのレカートという研究者が提示するNPOの5つの自律戦略を紹介している部分なのである。

田中氏なら本来関心を示す箇所だと思うのだが、寄付の問題点を指摘していることが許せないのであろう。私の紹介だが、レカートが指摘しているのは、次のような当然のことである。

たしかにこうした非政府資金の調達は、NPOの自由な活動を可能にし、政府との交渉力を強めるだろうが、反面、コミュニティ型の寄付活動は、職員やボランティアの時間を膨大に使ったあげくあまり成果が上がらないという危険があるし、収益が上がりやすいゲーム大会などに本来はサービス提供に使うべき貴重な時間と人手を使ってよいのかという声もあるという。(中略)

さらに、寄付や事業収入によってNPOが自主的な資金調達をすればするほど、政府が事業経費を十分提供しないで済ますのを可能にする危険があるという主張もある。いわゆる安上がりの下請けにされるという危険である。(128ページ)


繰り返すが、これはレカートが寄付戦略の危険性を指摘している部分であって、私が寄付は危険だから反対だと主張しているというのはまったくのでっち上げである。(しかも、先に紹介したように、私は寄付やボランティア分を行政が委託費から差し引くのはピンハネだからフルコストを払うべきだという批判をしていることは忘れたのだろうか。)

実際、このレカートの指摘を紹介した直後に、私は次のように書いている。

いずれにしても、これらの戦略それぞれは万能とは程遠いものであって、それぞれの長所、短所を意識しながらどのように組み合わせるかという総合的な戦略的判断が不可欠である。(後、128ページ)

こうした文章を読んでおきながら、私が寄付を軽視、否定していると見えるように引用を改竄するというのは、感心するほどの執念である。こういう人が市民とか市民社会とかいうのは、どうなんでしょうかね。

最後に、私が『公共サービス』で指摘した田中氏自身の数値の疑わしさについての明示的な指摘について、今回も何の言及、説明もないことは、あらためて田中氏の研究者としての資質を深刻に疑わせるものである。

田中は日本のNPOの収入全体に占める公的資金の割合は「7割弱」であって高すぎると主張するが、その数字自体がかなり疑わしい。

田中のアンケート調査は、NPOの収入全体の74%を占める事業収入の内訳を聞く設問を含んでいないという重大な問題をもっているにもかかわらず、「内閣府の調査」を参考にして8割を公的資金と推計したという。そうすると、59.2%となる。これに行政からの補助金・助成金8%を加えて、収入全体に占める公的資金の割合は67.2%(田中の表現では7割弱)ということになる。これが彼女の「下請け化」という主張の最大の根拠である。(後、165ページ)


公的資金の割合が高すぎるという批判がしたいのなら、まずは自分のアンケート調査で事業収入を公的資金と民間資金に区別できるような設問を置くべきことは常識であろう。

それをやらなかったくせに、なおも根拠をでっちあげるために、NPOの事業収入の8割を公的資金と推計すると宣言する。根拠は「内閣府の調査」だとされているが、それがどの調査かまったく紹介がない。そんな調査があるなら、それをきちんと紹介してそれに基づいて議論すればいいはずなので、そういう調査自体の存在が疑われる。(私は187ページの注11でもこれを指摘しているわけであるから、反論するならまずこの調査の存在を明らかにすべきである)

私が7割弱という数字をでっち上げだと判断するのは、経済産業研究所が2004年から3年間、民間資金と公的資金の区別が明確にできるようなNPO法人アンケート調査を行っており、その結果では、NPOの収入全体に占める公的資金の割合は、2004年56.9%、2005年48.6%、2006年42.9%だからである。(後、165−6ページ)

2006年の数字は42.9%で7割弱とはかけ離れているだけでなく、3年間の間にむしろ傾向的に低下していることが分かる。

公的資金の割合増加に伴うNPOの下請け化を論じたいのであれば、この傾向的低下と42.9%という数字についてきちんと自らの解釈を示すべきである。

そして、7割弱という「推計」の数字に根拠がないのであれば、きちんと認めるしかない。

それもしないで、私がサラモンの調査を紹介して、NPOの収入の中の寄付の割合がアメリカでは13%、イギリスでは9%という数字を挙げたことを取り上げ(後、165ページ)、NCVOのより高い数字を明記していないことが「疑問」などと指摘するのは、やはり内心の負い目があるからだろう(田中、122ページ)。

私自身は、そもそもそんな数字だけに頼るような議論はしていないし、NCVOの数字も本の170ページで全部紹介してあるので、それを見れば、個人と企業からの「もらった収入」(寄付)が2001−2002年では22.4%、2004−2005年では24.8%だということは分かるようになっている。

これと、根拠のない「推計」によって勝手な数字をでっち上げるのとを同列の問題にしようなどというのは無理な話である。

以上のような矮小な改竄を堂々と行い、自分の価値を振りかざした規範的裁断に終始するというのが田中氏の著作の実態である。

ちゃんとした訓練を受けた研究者じゃないから批判してもしょうがないという声も聞くが、これだけ本を垂れ流すと真に受ける人も多くなるので、やはり批判する必要があるというのが私の判断である。

そして、両者の著作をきちんと読み比べたうえで自らの評価を示す人が増えることが、NPOセクターの成熟のためにも必要だと考える。
田中弥生氏の矮小な反批判(1) [2011年09月23日(Fri)]
田中弥生『市民社会政策論』明石書店、2011年8月。

田中弥生氏の『NPOが自立する日―行政の下請け化に未来はない』(日本評論社、2006年)での主張に対して、私は2007年の雑誌論文と2009年の著書『NPOは公共サービスを担えるか』(法律文化社)においてあえて名指しで批判をしました。

それ以来、何の反応もなかったのですが、ようやく名指しの反批判が本書の2章で出されました。強く歓迎するとともに、今後、読者が両者を読み比べた上で意見を述べられることを期待します。日本では、一応でも、公開での論争が成立することが稀なので。

以下、私なりの最初の反応(2章のみ対象)を記しておきたいのですが、私の著書を読まない人にしか通用しないような姑息な批判が多く、正直、論争の楽しさが感じられません。議論を瑣末なものから核心的なものに方向付けようという姿勢がないからでしょう。

(1)田中氏は、私を「NPOへの行政委託推進論者のなかで最も急進的な立場をとる」者(94ページ)と位置づけ(これ自体はむしろ名誉なことだと思っていますが)、次のような総括的批判をしています。

その特徴は、非営利セクターを、公共サービスの執行機能、あるいは代行機能の役割に特化させ、寄付やボランティアを非営利活動の視野からはずして議論するところにある。(田中、95ページ)

こうした驚くような単純化をしたうえで、「市民社会の活性化」にとって二つの意味で深刻な問題があると批判します。

第1は、民間非営利組織の役割をサービス提供機能と捉えており、そこには市民参加を通じた社会課題に対する当事者性の育成と言うもう一つの重要な役割を切り離しているという点である。

第2は、公領域について、租税をベースに政府が担う領域、あるいは政府が主権をもつ領域しか存在していないという点である。換言すれば、後(2009)の議論においては、市民が、その発意で資源(ボランティアや寄付、会費など)を提供することで維持される、市民が担う公領域は存在しないか、あるいは視野の外に置かれているという点である。(127ページ)


こんな単純な批判が通用するなら、世の中苦労はありません。相手を矮小化して批判した形にしても、議論の進歩はまったく起こりません。市民社会の議論は私自身が飽きるほどやってきましたし、『公共サービス』でも「市民社会主導型の自由主義改革」の議論をしています。

また、大小様々、多種多様なNPOによる重層的なセクターを想定して議論していることも本を読めばわかることです。NPOを公共サービスの執行機能に特化させるような議論などどこにあるのでしょうか。従来の外郭団体の実態こそがそれですが、それをこそ最も批判し、改革の戦略を提起しているのが私の本です。

いずれにしても、私がNPO型のビジネス・モデルを論じている以下の部分を読めば、こんなところに論点がないことは一目瞭然のはずです。

「経営に必要な資源(資金、人材、情報など)を持続的に調達できる仕組み」をビジネス・モデルと呼ぶなら、NPOの場合は、顧客、寄付者、ボランティアなども含めた企業以上に多様な関係者(ステークホルダー)に対して、持続的に関心を掻き立てて満足を提供できるようなNPO型ビジネス・モデルともいうべきものを構築することが可能であり必要である。

NPO型ビジネス・モデルとしては、どの資金源を基軸にするかで大きく3つのタイプが想定できる(それぞれ他の資金源も組み合わせるのは当然である)。

タイプAは寄付・ボランティア型であり、寄付者、ボランティアを持続的に引き付ける仕組みを作り出すモデルであり、フォスター・プラン、あしなが奨学金などの例が典型である。

タイプBは市場型であり、企業や他のNPOにはない独自の価値を生み出すことによって市場において十分な対価収入を得られるだけの事業を確立しているモデルである。

そして、おそらく現在の日本において最も有力と思われるタイプCは公共サービス型であり、公的資金による事業(事業委託、バウチャー制度など)において企業や他のNPOにはないような独自の価値を生み出すと同時に、その事業を軸にしてさらに多様な事業展開を行うことによって行政や企業が対応できないニーズにも対応できるようにするモデルである。

これ以外に、財団、公益信託、政府などからの助成金も収入源としては貴重ではあるが、期間が限定されている場合が多いので、ビジネス・モデルの各タイプを補完するものと位置づけられる。(後、6−7ページ)


要するに、可能な資金源の一つを排除するような議論をNPO経営に関わる者がするわけもないのであって、問題は、セクターをめぐる可能性のとリスクの評価、それを踏まえた戦略的判断なのです。

公共サービス型ビジネス・モデルについても、公的資金による「事業を軸にしてさらに多様な事業展開を行うことによって行政や企業が対応できないニーズにも対応できるようにするモデル」だと説明してあるのは上記の通りです。このどこが「特化」なのでしょう。

公的資金を使わずに、寄付、ボランティア、自主事業収入だけで社会課題を解決する成果をあげることがいかに困難か、田中氏には何の経験もセンスもないのでしょう。

ちなみに、田中氏たちが提唱する「エクセレントNPO」の基本条件は、市民性、社会変革性、組織安定性だそうですが(田中、補論)、市民性についての規範論ばかりが目立ち、社会変革性や組織安定性を実現するための理論的、実践的議論がほとんど見当たりません。私の本は、「知的な実務家に評価される研究」をめざすと記しましたが(@@ページ)、田中氏は誰に向けて書いているのでしょうか。

ところで、田中氏は、公的資金の危険性を強調するわけですが、NPOは公共サービスから撤退すべきだと主張するのかどうか、本書でもよく分かりません。まさか全面的に撤退すべきだとは主張しないとは思いますが(ひょっとしてそうか?)、それなら、今後もNPOが公共サービスを担うことを前提に、「下請け化」の危険に戦略的に対処するための論点を詳細に論じている拙著『公共サービス』の議論に何の関心も示さないのはどうしてなのでしょうね。

そして、その一環として提起されている日本版コンパクトの提案にこれほど批判的な理由もよく理解できません。(ちなみに、外郭団体、天下り、随意契約の一体構造の改革を掲げている民主党が、透明、公平な行政―NPO関係を構築する突破口として日本版コンパクトに注目するのは当然のことです。むしろ、政治主導の空回りのなかで、官僚に遠慮してそこから手を引こうとしているというのが現状の問題点です。田中氏の議論は、それを正当化するもので、官僚は大喜びでしょう。)

寄付税制は今年6月のNPO法改正で大きく前進したわけで、今後必要になるのは、私のいう寄付・ボランティア型のビジネス・モデルを個々のNPOがいかに構築するかです。それに関して、田中氏は管見の限りで、一回も役に立つ議論や提案を出したことがありません。規範的に寄付、ボランティアの重要性を繰り返すだけです。研究としても、実践的議論としても何の役にも立ちません。

(2)いずれにしても、現在議論すべき本来の論点は、日本のNPOセクターないしサードセクター全体の今後の可能性とリスクをどのように評価して、それを踏まえてどのような戦略を提起するかにあるというのが『公共サービス』における私の中心的主張です。

田中氏は、これをまったく理解できず、「市民」や「市民社会」を振りかざした規範論を基準に、他人の議論を機械的に裁断するだけです。研究として何の深みもなく、実践論として何の有効性もないのはそれゆえです。また、読んで全然面白くないのもそのゆえです。

核心に入るならば、田中氏と私の分岐の基礎にあるのは、NPOセクターのなかに市民派的セクト主義の傾向が生まれているというここ数年の状況です。

市民派的な志向のNPOが存在することはいいことだと思いますが、それだけが正しい本来のNPOであって、それ以外は不純なもののように見なすのは行きすぎです。

代表的な例は、特定非営利活動促進法(通称NPO法)の名称を「市民活動促進法」に変えるべきだというキャンペーンです。制度としては統一的な非営利法人の制度があればいいのであって、そのなかで自称「市民活動的」なNPOのグループを構築すればいいのではないでしょうか。(NPO法を守れ、などというセクト主義もやめてもらいたい。社団、財団がどうなるか、各種公益法人がどうなるかなどは日本のNPOセクターにとって重大な問題です)

それ以外に、企業が支援するNPO、右翼的なNPO、なりふり構わず社会課題の解決に没頭するNPOなどがあっても当然で、その存在自体を批判すべきではありません。

広範で多様で重層的なNPOセクター、サードセクターを構築する(そしてその力量や自律性を高める)という課題の方が、一部の狭い市民活動的NPOのグループを形成すること以上に、日本社会にとって重要だというのが私の主張です。

論争するならこの論点をこそ取り上げるべきです。これについては、以下のように『公共サービス』ですでに正面から提起しています。誰も明示的に反応しませんが。

現在の中間支援組織のリーダーたちの主な問題関心は、NPOセクターのなかで衰退しつつあるように見える市民活動的要素を強化することの方にあると言えよう。本書の第6章で批判を加えた田中弥生の議論の基礎にもそうした関心がある。

10年を経て焼く3万6000団体になったNPO法人のなかには「市民活動団体」とは言えないようなタイプの組織も多くなっていることは事実であろうし、市民活動の成長発展を当初からの目標としてきたNPOリーダーたちがそうした現状に危機感を抱くことも理解できる。

しかし、だからといって、NPOセクター全体に「市民活動団体」としての基準をあてはめて批判することが正当化されるわけではない。全国的な中間支援組織が、必ずしも「市民活動団体」を志向しないさまざまなNPOや各種公益法人などを視野の外において、協議のNPOセクターのなかのさらに一部である市民活動団体だけを対象にした方針しか掲げないとしたら、広義のNPOセクターないしサードセクターの今後の発展にとって重大な問題だといわざるをえない。

もしも、イギリスやアメリカで見られるような、相当数の大規模な事業型NPOも含む重層的な社会的存在感のあるサードセクターを日本でも目指すのであれば、そのような市民活動促進と並んで、公共サービス改革という挑戦を正面から受け止めうるようなサードセクターの強化が不可欠だと思われる。念のために言えば、欧米ではそうしたサードセクター全体が市民セクター、市民社会セクターなどと呼ばれているのである。(後、200−201ページ)


田中氏も、「3・11後の政府・NPO・ボランティアを考えるために」などという副題を掲げるのであれば、こうした戦略的問題提起をこそ対象にして批判を展開すべきである。

ちなみに、私の田中氏への批判の中心的論点は、まさにこうした戦略的議論の欠如であった。どの要素を無視しているとか、数値がどうとかいうような矮小な議論は副次的なものである。

(続く)
小沢氏の奇策 [2011年09月18日(Sun)]
17日付け『朝日新聞』で、編集委員の星浩氏が、先の民主党代表選挙で小沢一郎氏が西岡武夫参院議長の擁立に動いた「奇策」について、ある民主党代表経験者に聞いたことを書いています。とんでもない話でした。

答えは、「西岡氏で勝ったとしても、首相指名は別だろう」。小沢氏の描いた流れは、こうだったという。

代表選では、小沢グループが支援する西岡氏が反小沢の候補(野田佳彦氏か前原誠司氏)を抑えて勝利。続く首相指名に向けて、小沢氏は「民主党は鳩山由紀夫、菅直人両政権の失政を反省し、自民党に政権を渡す。民主党は首相に谷垣禎一総裁を推す」と表明する。参議院議員を党代表に据えるのは、衆院には民主党の首相適格者がいないことを認める意味もあった。

反小沢勢力は反発し、谷垣氏以外の名を書くが、その議員たちは直ちに除名(民主党の規約では除籍)される。政権に復帰した自民党は、衆院の解散に踏み切る。小沢氏は民主党の事実上のトップとして選挙の公認や資金配分を取り仕切る。選挙後は政界再編の動きが出てくる。


本当にとんでもないことを考える人ですね。93年の非自民政権での細川首相というのもそうでしたが。

この能力には感服しますが、目的が自分が主導できる政界再編だというのにはうんざりです。

小沢という人にとって、本当に政党というのは単なる手段で、いつでも壊したりでっちあげたりするものなんですね。そして、こういう能力で他の政治家たちをもてあそぶのが面白くてたまらないのでしょうね。

過渡期にはこの能力が輝いた瞬間もあったわけですが、もはや二大政党を成熟させていくべき時期に入っています。こういう時期に小沢氏が好き放題するというのは、無意味に過渡期を長引かせるだけです。というか、自分の得意な過渡期を長引かせることこそが本当の目的なのかもしれません。

今回も、民主党の分裂につながりかねないとして鳩山氏も反対したというように、民主党という政党をなんとか育てようとする政治家もかなり増えているのは救いではあります。

そのためには、本当に小沢幻想(私にもかなり残っていますが)と決別することが必須です。

ところで、話した民主党代表経験者とは、鳩山氏でしょうか、岡田氏でしょうか、それとも前原氏でしょうか。星さんに会う機会があったら是非聞いてみたいものです。
二大政党制を考える [2011年09月17日(Sat)]
明るい選挙推進協会の機関誌『Voters』第4号(11月初旬発行予定)が、「二大政党制を考える」という特集を組むそうで、原稿の依頼があり執筆しました。

ほかに、田中愛治(早大)、杉田敦(法政大)、奈良岡聡智(京大)、池本大輔(明治学院大)などの諸氏が執筆するようです。

私の原稿は、「成熟した二大政党制への課題」というタイトルで、以下のような立場から、民主党の政権政党としての成熟、二院制の矛盾への対処、自民党の野党としての成熟という3つの課題について論じました。

基本的な立場は、以下のようなものです。

早くも小選挙区制は失敗だったとして、比例代表制的な選挙制度に変更すべきだという議論も見られるが、小選挙区制のもとでの政権交代からわずか2年で結論を出すのは余りに時期尚早であろう。

中選挙区制(準比例代表制)のもとで、自民党一党支配の長期化や選挙後の離合集散で国民不在のまま政権が組み替えられるという弊害を体験してきた以上、投票によって国民が政権選択権を直接に行使できると言うメリットをもつ小選挙区制=二大政党制を成熟させるための努力を簡単に放棄すべきではないというのが小論の立場である。

小選挙区制のルールから乖離した政党の行動による問題点を理由に小選挙区制を変更する前に、ルールを形成、遵守できるような政党の成熟を追求すべきだと考える。
「イタリア文化事典」 [2011年09月14日(Wed)]
丸善出版が『イタリア文化事典』を出版予定で、私も依頼を受けて次のような5項目を執筆しました。

 ・「あらゆる政治制度の実験国」

 ・「リソルジメント 遅い国家統一」

 ・「ユーロコミュニズムとベルリンゲル」

 ・「オリーブの木は実ったか」

 ・「多党制から二大政党制へ」

1項目約2400字なので、それなりの内容が要求されます。後の3項目は書きやすかったですが、最初の2項目は少し苦労しました。

イタリアのことを研究しはじめた1970年代後半、NHKのイタリア語講座もなく、辞書や勉強のための基礎的文献も乏しかったのと比較すると、ずいぶん変ったものだと思います。

とはいえ、社会科学の世界では依然としてマイナーですが。
ついに出版! 『フルコスト・リカバリー』 [2011年09月11日(Sun)]
いわゆるフルコスト・リカバリー(総費用の回収)について日本で初めて体系的に紹介、解説した本が出版されました。第U編には、イギリスのサードセクター経営者協会の「フルコスト・リカバリー 費用配賦についてのガイドとツールキット」の全訳を収録しています。

NPOやサードセクター組織向けの事業委託などでは、未だに適切な人件費すら見積もられない例がありますが、今後はさらに、間接費を含めたフルコスト(総経費)が支払われるようにしていくことが、サードセクター組織の持続的成長のためだけでなく、民間が効率的で質の高い公共サービスを持続的に提供できるようにするためにも不可欠です。

日本サードセクター経営者協会(JACEVO)の今後の戦略的課題になります。(ちなみに、JACEVOは9月1日に一般社団から公益社団になりました)

JACEVOの来年度の会費を支払った方には無料で贈呈しています。購入希望者はJACEVOホームページまで(税込み2000円、167ページ)。

後房雄編『フルコスト・リカバリー(総費用の回収) ― サードセクターが公共サービスを担うために』公益社団法人・日本サードセクター経営者協会、2011年9月。

<目次>

第T編 フルコスト・リカバリーセミナー
    〜事業委託の積算基準の構築に向けて〜

第1部 公共サービス改革とサードセクター
  第1章 日本における公共サービス改革とサードセクター
  第2章 イギリスにおける公共サービスとサードセクター
  第3章 イギリスのサードセクターの新しい挑戦

第2部 フルコストをどのように積算するか
  第4章 ACEVOのフルコスト・リカバリー・ツール
  第5章 中央省庁の事例
  第6章 自治体の事例
  第7章 日本における事業委託の実態
  第8章 パネルディスカッション「政府への提言に向けて」

第U編 フルコスト・リカバリー(総費用の回収):
    費用の配賦についてのガイドとツールキット

第V編 参考資料
アーミテージ、ナイ [2011年09月10日(Sat)]
アーミテージ、ナイ、春原剛『日米同盟VS.中国・北朝鮮』文春新書、2010年12月。

昨日紹介したケビン・メアの本と同様、アメリカの対日政策の中心人物たちの考え方がよくわかる本でした。アーミテージ、ナイ両氏と親しい春原さんが非常にうまく彼らの発言を引き出しています。

知日派の二大巨頭の発言とはいえ、アメリカがなぜ中国ではなく日本との同盟を戦略的に重視するかということが説得的に説明されています。特に、在日米軍の存在自体がアメリカの抑止力が信頼できることの最大の根拠となっていることが明言されています。(鳩山さんが普天間基地の県外移設をあきらめた時に、抑止力のことがこれまでよくわかっていなかったと言ったのはこのことでしょう。)

かつての西ベルリンに数千人の米軍が駐留していたことが、アメリカが決してベルリンを放棄しない保障だったことも引き合いに出されています。

中国の今後、北朝鮮崩壊のシナリオ、日本の核武装などについてもきわめて率直な意見が示されています。日本の政治家のどのような言動に危惧を感じるかもよくわかりました。

総じて、アメリカは日本に対して決して過剰な要求をしているわけではないということが明らかになっています。

もう一点興味深かったのは、アメリカにおける政治主導の実像が対日政策に即してよく分かったことです。官僚機構がきちんと情報やアイデアを蓄積しており、政治家は官僚機構に乗ってそれらを活用しているということです。しかも、両氏のような政治家ではない外部からの政治任命の専門家が、両者をつなぐうえで非常に重要な役割を果たしているわけです。

それと対照的に、日本では、政治家は意思決定からはずれているというのが両氏の認識です。

日本では政治家を意思決定プロセスに関わらせるシステムになっていない。・・・・・・政治家にきちんとした情報やインテリジェンスをブリーフする方法すら確立されていない。政治家に対する機密保護法も整備されていない。(278ページ)

要するに、漏れる恐れが高いので日本の政治家には安全保障関係の情報を伝えることもできないというわけです。

日本の官僚とアメリカの官僚や政治任命の専門家との間で日米関係は仕切られてきた(ただし、アメリカでは政治家が最終判断をする)というのが従来の実態だったわけですが、日本でも政治家が実質的な決定権を持ちつつ官僚を活用するシステムを作ると同時に、アメリカの政治任命の専門家や政治家と率直な議論ができるだけの信頼関係を作れる日本の政治家の育成が重要だということでしょう。

いずれにしても、何事も、当事者の直接の発言を聞くことは重要ですね。
ケビン・メア [2011年09月08日(Thu)]
ケビン・メア『決断できない日本』文春新書、2011年8月。

「沖縄はゆすりの名人」報道でアメリカ国務省の日本部長を更迭された著者の本です。

著者の書いていることが事実なら、共同通信の記者と元社会党の活動家が仕組んだ陰謀に引っ掛けられたというのが真相ということになります。左翼ならいかにもやりそうな手口です。

沖縄を訪問する学生向けのレクチャーの学生によるメモと記憶によって、しかもかなり経ってからから作成された記録に基づく報道(しかも本人は否定している)というのはひどいです。しかも、本書で本人が何を話したかを明らかにしているのを読むと(これは筆者の持論のようなので、これまでも話してきたことでしょう)、理解不足の学生の証言で強引に問題発言をでっちあげたという感触を持ちました。

私自身も、名古屋市騒動で、朝日新聞名古屋本社のS記者と中日新聞のU記者に小規模ながら似たようなことをやられた経験から、虚偽で訴えられない程度の言い訳さえできそうなら、どれだけ捻じ曲げても書いてしまえばそれが事実として知れ渡る、という最近の記者の行動パターンはよく理解できます。

ただ、こういう経過で、19年も日本で勤務した経験があり、日本人の奥さんも持つアメリカ国務省の幹部が、日本との関係の実態をアメリカ側の視点から遠慮なく語ってくれる本書が生まれたことはよかったと思います。

アメリカは自分の利害からしても緊急時には必ず日本を守るということ、日米安保が非対称的であること自体はいいが日本の責務さえきちんと果たしてくれればいいと考えていること、小沢一郎は安保オンチで自分の選挙や派閥だけを念頭においている「政治屋」とワシントンでは思われていること(213ページ)などの「日米同盟の内幕」、いろいろ面白かったです。

中国との関係もそうですが、相手国の政治家や官僚と本音の議論ができる政治家が一定数存在すること、国民に公開で建前ではない現実的な外交安全保障の議論ができるような土壌を作ることが重要だということが痛感されます。

利益誘導で必要な決断を先送りしてきたこれまでの日本政治自体を問う本です。「沖縄はゆすりの名人」と捻じ曲げられた発言の本来の趣旨もまさにそういうことです。
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