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〔後房雄のブログ〕

現実関与型の政治学者が、日本政治、自治体改革、NPOやサードセクターの動向などについて話題を提供しています。一応研究者なので、面白かった本や論文の紹介もします。


永田町の愛すべき悪党たち [2010年09月28日(Tue)]
高橋利行『永田町の愛すべき悪党たち 「派閥政治」の暗闘と崩壊』PHP、2010年8月。

著者は1943年生まれの読売新聞の政治部記者で、田中派を中心に多くの政治家たちの懐に飛び込んでいる姿は驚くほどです。永田町で24時間営業を看板にしていたそうです。朝日の早野透記者と張り合った仲だそうですが、在りし日の政治部記者の典型を見せていただいた感じで、敬服しました。

それだけに、2000年4月の小渕・小沢会談など、知られていない真相がいろいろ分かりました。合わせて、ちょうど古本屋で見つけて読んだ、黒河小太郎『寸前暗黒』角川書店、2001年10月、も小渕内閣から森内閣への移行、小泉内閣成立までの過程について驚くほど克明に描かれていて面白かったです。

高橋さんの見方で興味深いのは、田中、竹下、金丸、小沢といういわゆる「田中系政治」が近年の政治史の太い縦軸になっているという見方で、中曽根、小泉の政治も例外ではないことも説得的に描かれています(4ページ)。

しかし、それ以上に興味深いのは、佐藤政治を引き継ぐ竹下と、田中政治を引き継ぐ小沢との対抗関係を指摘し、池田ー田中(大平)ー小沢という底流と、佐藤ー竹下ー橋本、小渕という底流が対峙してきたと述べていることです。そして、高橋さんは、「田中派の本質は左派だ」と喝破します。これは小沢一郎論をやるうえでも核心でしょう。

高橋さんは、民主党代表選挙の前に脱稿しているので、小沢一郎の今後について、次の5つのシナリオを挙げています。@小沢一郎の威光も終幕を迎える、A9月の代表選挙に自ら出馬する、Bこの代表選挙で菅直人に対立候補を擁立する、C闇将軍となる、Dチルドレンを率いて民主党を離脱し、自民党の一部と連携し、政界再編に走る。(307ページ)

高橋さんの見通しはDのようです。

それよりも小沢一郎は、今度の挫折で、自らの政治戦略を完遂する期間を短縮するのではないかと思う。幹事長というポストを失った代わりに、その制約はない。いうならば菅直人は「虎を野に放った」のである。最も恐ろしい選択をしてしまったのかもしれない。政界再編のパートナーが誰かは知る由もないが、菅に赤っ恥をかかされた亀井静香とは気脈を通じていることは間違いない。(309ページ)

雑誌などでもこうしたシナリオを煽る人が多いですが、私自身は、こうしたシナリオを抑えることこそが日本政治にとって重要だと考えています。小沢頼みにはもうピリオドを打って、小沢抜きの民主党と、それに対抗して、ようやく自己改革を始めた自民党(プラスみんなの党)が作るであろう自由党とで二大政党の構図を作るべきだという主張です。

これこそが、池田政治も佐藤政治も含めて自民党政治を本当に終わりにする道だからです。

こうした見通しの違いは、高橋さんが二大政党制は日本では根付かない、政局は「連立」の方向に向かっているような気がする、と書いているように、小選挙区制型の政治を理解していないか、望ましいと考えていないことから来ると思います。

練達の政治記者が考えるように日本政治は依然として小沢を必要としているのか、それとも小沢を超えて二大政党制へと根本的に転換するのか、いずれにしても今後の民主党政権の成否に大きくかかっています。

先日の総選挙で敗北したイギリス労働党が40歳のエド・ミリバンドを新党首に選出したという報道を見るにつけても(保守党党首も自民党党首も42,3歳です)、菅民主党政権があと3年の任期を全うすることを画期に、40代、せめて50代の政治家たちが主役になる二大政党制へと転換していくというシナリオを期待したいと思います。



自治体での議院内閣制 [2010年09月26日(Sun)]
10月2日(土)午後3時から5時半、パシフィコ横浜会議センターで、自治体での議院内閣制(選択制)を目指して地方議員自らが声を上げる初めてのイベントが開かれます。関心のある人は是非ご参加ください。

相乗り体制とそれに対抗する飛び跳ね首長の登場という悪循環の突破口はこれしかないと思います。あと3年の民主党政権の間になんとか地方自治法の全面改正までもっていきたいものです。

当日は、片山総務大臣のビデオレターもいただけそうです。

ビラは以下からダウンロードできます。
http://ameblo.jp/lccs

検察官の証拠改ざん [2010年09月23日(Thu)]
厚労省の村木局長の無罪が確定しました。

その捜査過程で、大阪地検特捜部の検事がFDのデータを改ざんしたという疑いで逮捕されました。組織的な関与の疑いが濃厚です。一方的に作ったストーリーに合わせて自白を強要するというやり方がついに白日のもとに晒されます。権力による犯罪が明らかになるとしたら大変な出来事です。

大騒ぎになった多くの事件も第三者機関などで再検証すべきです。裁判所はやり直さないでしょうから。

そして、取り調べ過程の全面可視化に踏み切るチャンスです。

さらに、司法の独立性と独走へのチェックをどう両立させるかという大きな課題にも取り組むべき時期でしょう。これも憲法改正問題の重要論点になります。
必要数ギリギリ [2010年09月21日(Tue)]
昨日は、名古屋市の議会リコール署名運動の応援に、橋下大阪府知事、中田宏前横浜市長などが来ていつもの大騒ぎをやったようです。

署名運動側は、期限の27日までに「ギリギリで必要数を確保できると思う」と述べているようです(朝日新聞9月21日付け)。

先日紹介したように、署名運動におけるルール違反の頻発と、それに関して居直る運動側の体質が大きな問題です。

私が最も危惧しているのは、最終的に、期限までに36万5千に「少しだけ足りない数」が集まったという発表がなされるということです。そうすれば、運動としてそれなりの面目が立つと同時に、選管に提出されてないので、どれだけの水増しがあったかは永久に分からないまま、36万近くの署名が集まったという数字だけが利用されるということになるでしょう。

必要数ギリギリまで集まりそうだというなら、最後はきちんと選管の審査を受けて有効数が確認されるのが望ましいと思います。それでも集め方の不正は確認できない可能性がありますが。

その意味で、仮に少し足りなくて選管に提出しないということになったとしても、第三者にきちんと検証させることを要求すべきだと思います。そして、ギリギリで必要数が集まるという言い方が、上記のような最悪のごまかしの伏線でないことを願います。もっとも、彼ら相手では、そういうことを願っても意味はないので、単なる皮肉ですが。

ところで、菅改造内閣の総務大臣として、鳥取県知事をやった片山善博氏が入閣しました。その片山さんが月刊誌『世界』に「日本を診る」という連載をしているのですが、10月号の連載34回では、「名古屋市のねじれをどう解決するか」を書いています。

片山さんは、減税などの主張には共感を示しつつ、「議会は直近の市長選挙の結果に従え」という市長の論法は誤りというほかない、と断じています。議会もまた住民から直接に選挙されているのですから、当然のことです。やるべきことは、議会解散ではなく、近く予定されている市議会選挙でキャンペーンを展開することだというのが片山さんの主張です。

ちなみに、もし次の議会選挙でも議会多数派が市長に反対する結果となったとして、今度は市長はそれに従うつもりがあるのか、と片山さんは皮肉を述べています。

また、片山さんは、市議会が減税に同意しなくても、減税相当額の歳出をカットした予算を市長の責任でつくり、数年間継続して歳出予算を削減して十分な財源余剰を生み出して見せれば議会も反対できないだろうと述べています。

現実的ですばらしい提案ですが、そのような実務への関心も能力もないのが河村さんですから、こうした提案にはまったく無関心でしょう。要するに、議会リコールがやりたいだけなのですから、そういう人にまともに提案しても意味がありません。

もう一点、減税や議員定数、報酬などの案件については、いちいち議会リコールをやるのではなく、住民投票によって決めるのが合理的だと指摘しています。私が関わっていた時には、まさに住民投票条例の直接請求を突破口にするという方針だったはずですが、いつの間にか議員報酬の半減をめぐって議会リコールを直接に掲げるという方針転換がなされました。

ここにも、河村さんが、民主主義や自治体経営などには大した関心はなく、議会リコールで注目を集めたいだけだという本心が透けて見えます。メディアはまだ、いくらなんでもそれほどひどくはないだろうと思っているようですが、こうしたいいかげんさを示す事実が積み重なるにつれて変っていくでしょう。

おそらく、この署名運動が転換点になるでしょう。世論を一時的に欺くことはできても、長く欺くことはできません。
民主党政権への伏流 [2010年09月20日(Mon)]
前田和男『民主党政権への伏流』ポット出版、2010年

団塊世代、全共闘世代のジャーナリストである著者が、政権交代、民主党政権誕生までの過程に関わった同世代の人物を丹念に取材した本です。政権交代を準備してきた伏流水のなかに「わだつみの声」を聞き集めたい、というのが著者の狙いだったとのことです。

日本新党、新党さきがけは政党なのである程度は知られているでしょうが、平成維新の会、殿様連合、21世紀クラブ、ニューウエーブの会、デモクラッツ、シリウス、東京市民21、市民リーグ、リベラル東京会議、Jネット、日本版オリーブの木、などはもはや知る人も少ないでしょう。

全体として、社会党が自己改革に失敗して日本政治の転換(政権交代のある民主主義と二大政党の構築)にほとんど積極的な貢献ができなかった実態が重く浮かび上がります。高木郁郎さんなど、内部で努力された人たちもいたのに、それらをことごとく潰した社会党幹部、専従書記たちの責任は犯罪的なまでに大きいと思いますが、本人たちはそのことの自覚すらないまま、今回の政権交代も斜に構えてみていることでしょう。

「若尾光俊の章」では、日本版オリーブの木のことが私自身のことも含めて詳しく描かれており、懐かしかったです。こういう本が出なければ、確かに埋もれてしまっていたでしょう。

本全体については、団塊の世代なりの努力は伝わってくるものの、やはり理念や思い入れの過剰さが政治的リアリズムを損なったことが共通の弱点であり、多くの失敗の理由だという感を禁じ得ません。本書でも紹介されているように、ドイツやイタリアではそうじゃない人たちもいたのに、日本ではどうしてこうなってしまったのでしょうか。

こういう団塊の世代的動きを私なりに意識はしていましたが、あえて深入りせず、「政権交代のある民主主義」という一点に目標を絞るというのが私の戦略的判断でした。

彼らは、こういう魂の入らない政権交代では不足だというでしょうが、魂を入れるためにもそのための土俵が必要だ、そして、どのような魂をいれるかということ自体、その土俵のうえで国民が選択していくことであって、団塊の世代が満足する魂が入っているかどうかにこだわりすぎたことが彼らの失敗の理由だと、というのが私の意見です。

これは、彼らの菅直人評価が非常に低いことに象徴的に示されています。

広い意味での同じ政治プロジェクトのなかで隣り合っていた本書の登場人物たちには、ある種の戦友意識を抱くと同時に、世代の政治文化を越えることがいかに難しいかをあらためて感じさせられました。
人工芝運動 [2010年09月17日(Fri)]
名古屋市の議会リコール署名運動で、13日までの18日間で約15万人分の署名が集まったという発表がありました。

無効分を見越した目標は42万だそうですから、あと12日間で27万人集める必要があるわけで、失敗はほぼ見えてきたといっていいでしょう。

それ以上に、予想されたように、ルール違反が続出しているらしく、運動のあり方そのものに疑問が出始めています。選挙管理委員会への報告や議会質問では、回覧板で回したり、マンションの掲示板に張り出したり、さらには運動員が代わりに拇印を押した、などの事例が報告されているようです。(中日新聞9月15日夕刊)

これについて運動側は、これも予想されたように、いいかげんな居直り発言を始めているようです。

その後に開かれたネットワークの記者会見では、鈴木代表が郵送や回覧での署名集めがあったことを認める一方、ルールそのものに疑問を呈して、「もうちょっと拡大的に(方法が)認められるべきだ。署名集めは厳格なものではないと思う」と発言。別のメンバーも、「目の届かないところから先は『庶民革命』ですから」などと語った。(朝日新聞9月16日付け)

いかにも、河村市長の日頃からの口癖がうつった発言ですね。これへの記者のコメント。例のS記者ですが、朝日新聞記者らしいコメントも一応できるんですね。

発表された署名数はもっぱら実施団体側の「言い値」だ。正確な数字と思えるかどうかは、団体への信頼だけが支えとなる。しかし、その団体からルール違反の署名集めを容認するかのような発言が相次いだのには驚いた。

署名を集めさえすればいい――。そんな姿勢で臨んでいるのだとすれば、数字どころか、運動の目的自体への疑念すら生じる。(同上)


河村市長本人を代表に、周りに集まっている人たちが市民運動などという文化圏とは程遠い人たちだというのは面識のある人には明らかです。私が市長による市民運動の私物化だというのはこういうことです。

そう思っていたら、ちょうど朝日新聞(名古屋版)9月16日夕刊の文化欄で、社会学者の井上治子さん(名古屋文理大学)が、「草の根運動」に対する「人工芝運動」というのを紹介していて興味深い。

私は普段、環境保護運動について調査・研究しているのだが、その中で時折、市民による運動であるかのように名乗っていても実際には行政や大企業が実施していたり、行政や企業が普通の人々に働きかけて実施させていたりするものがあることを見聞きする。

普通の人々が苦労して立ち上げる本来の「草の根運動」に対して、こうした権力のある側が市民運動であるかのように見せかけている運動は「人工芝運動」(アストロターフィング)と呼ぶことができる。


現在の名古屋市の議会リコール署名運動を呼ぶ言葉として、人工芝運動という言葉以上の適切な言葉はありません。そのごまかし、いいかげんさを余すところなく表現しています。

井上さんは、今回の河村市長が表に出ており偽装していないこと、もし権力を持つ側と市民運動とが対等な関係であれば・・・ということで評価を留保していますが、今回の署名運動の発案、名分、タイミングなどはすべて河村市長の独断独走であり、その口ぶりを模倣するだけの人たちが運動の中心にいることは明らかです。

名古屋で市民運動をやってきた人たちのほとんどが、いかがわしさ、いいかげんさ、うさんくささを直感して距離をおいているのも当然です。

井上さんには、日本での人工芝運動の代表例として今回のリコール署名運動を研究対象にしてもらいたいものです。
4年間の民主党内閣 [2010年09月15日(Wed)]
民主党代表選挙もようやく決着しました。さすが与党で、注目度もこれまでの比ではなく、内閣支持率まで大幅アップでした。自民党もそろそろ野党という立場が実感できてきたのではないでしょうか。

ポイント数では大差ですが、全体として6対4で菅さんの勝利ということでしょう。順当な結果ですが、これほど悪い状況で小沢さんが接戦に持ち込んだことの方が注目点にならざるをえません。とんでもない人であることは確かですね。しかし、小沢氏が本当に変ったのかどうかはこの後の行動にかかっています。

いろいろ戦後処理について情報が飛び交っていますが、私自身は昨年8月の総選挙を受けて4年間の民主党政権を実現することが日本政治を完全に転換させるうえで重要だと考えています。小沢頼みのようなことをしても解決にはなりません。

4年間の民主党政権、という目標を民主党全体で最優先すべきだと思います。菅さんもまた、政権としての3年間の中期戦略をきちんと構築すべきだと思います。
青年社長 [2010年09月13日(Mon)]
高杉良『青年社長(上下)』角川文庫、
同『新・青年社長(上下)』角川書店、2010年。


続けて読みましたが、ワタミの渡邊美樹という経営者のことがよく分かる小説でした。夢に日付を、というのはすばらしい言葉だと思います。経営の核心ですね。

外食産業から、有機農業、介護、学校経営、カンボジアの子供援助のNPOまで、実にダイナミックな展開で、経営者らしい経営者の代表と言えるでしょう。人の確保と育成が最大の問題だというのは、ささやかながらNPOの経営者として身につまされました。(もちろん、これはビジネスモデルやリーダーシップがあったうえでのことですが)

小説のなかで、渡邊が株式会社の学校経営に反対して、規制改革・民間開放推進会議の委員から排除されるという話が出てきます。

株式会社の社長は、株主の満足を最優先せざるを得ません。改革会議が株式会社とともに挙げているNPOは利益を分配する必要がないので、NPOによる学校経営には賛成です。学校は利益が出た場合はすべて生徒に還元すべきです。(『新・青年社長(下)』、196ページ)

どの分野を利益非分配組織(NPO)だけに限定すべきかという原理的な問題です。アメリカなどでは株式会社にもチャーター・スクールへの参入を許しているようですが、株式会社の社長としての意見だけに考えさせられます。

いずれにしても、学校法人、医療法人、社会福祉法人などの分野別の特定法人だけに限定する現在の仕組みは抜本的に解体する必要があることは明らかです。
有田よしふ [2010年09月12日(Sun)]
土曜日の午後、ちょうど20年ぶりに有田よしふさんとお会いして、3時間ほどじっくりお話しました。民主党代表選挙の有権者なので、それをめぐっていろいろ議論しました。有田さんは拉致問題がテーマで、その点から代表選挙も迷っているようです。両者に公開質問状を出したそうです。

テレビ朝日が、14日当日の特番用の録画取りのために密着取材していました。

有田さんとは、イタリア留学中の1990年に、いっしょにイタリア共産党最後の大会を取材にリニミに行ったのが出会いでした。その後は電話で話すくらいだったのですが、波長が合うせいか、すぐに遠慮なく議論できます。

菅さんの側と小沢さんの側と、両方からのアプローチがすごいようです。彼のように、最後まで立場を明言せず、実質で判断する議員が一定数いないと民主党は党としての安定性ができないと思います。

ちなみに、有田さんは田中康夫の新党日本から2回立候補して、今回は民主党で比例トップ当選だったわけですが、彼の田中康夫体験と私の河村たかし体験がそっくり同じで、おたがい、付き合ってみないと人は分からないもんだという感想でした。

『中央公論』の最新号で、橋下大阪府知事と河村市長が対談していますが、主張はぜんぜん違うのに、お互いに方向は同じだと強調して、お互いに利用しあうことしか考えていないのにはあきれました。議会内閣制を主張している橋下知事の方が少しはまじめに問題を考えていると思いますが。
10日で5万5千 [2010年09月07日(Tue)]
テレビニュースによると、名古屋市の議会リコール署名運動は、期間の3分の1である10日間を終わって集まった署名数は約5万5千という発表があったようです(必要数は36万5千)。

私が以前から指摘しているような体制の極端な弱体という実態が表れたと思います。間接情報では、カネで人を雇って集めさせてもいるようです。しかし、単純計算して10人分の署名用紙を提出した受任者が5千5百ということですから、当初主張していた6万人の受任者というのがいかに実体がなかったかが明らかです。10分の1も活動に参加していないと推測されます。

私の予想はせいぜい15万程度です。必要数の半分にもいかないでしょう。

私自身は、市民の直接請求はテーマが何であれ住民自治を強めるものとして意義があると考えていますが、今回の署名運動の実態はそうした名に値するものとは考えられません。なぜなら、地方自治法上、本来は市民の権利である議会リコール権を、市長が事実上行使するという越権だからです。つまり、目立つことだけが目的の政治屋による市民活動の私物化です。

その結果、本来の市民活動としての組織的基盤がほとんどない状況で強引に進める形になっています。

ここには、河村氏のいつものいいかげんさと組織やマネジメントのセンスや能力の欠如が集約的に示されています。

こんな人物に、NPOもボランティアも寄付も語る資格はありません。
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