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〔後房雄のブログ〕

現実関与型の政治学者が、日本政治、自治体改革、NPOやサードセクターの動向などについて話題を提供しています。一応研究者なので、面白かった本や論文の紹介もします。


細川首相の日記 [2010年05月31日(Mon)]
細川護煕『内訟録 細川護煕総理大臣日記』(日本経済新聞社、2010年)を読みました。現在の民主党政権の原型ないし起源とも言っていい政権だっただけに、鳩山政権のどん底の状況で読むと、いろいろ考えさせられます。やはり、ここからすべてが始まったのだ、という感慨を持ちます。

全体として、細川氏の首相としての資質は、相当に高かったということが最大の感想です。指導者のあり方についてかなり以前から考えてきていたことが随所に示されています。二重権力とも言われた小沢氏や、海千山千の武村氏(官房長官)などと比べても、はるかに成熟しており、指導力もあったことがよくわかります。こういう人がたまたま総理になったと言うのは、やはり奇跡に近かったということでしょう。

内閣発足の日(8月9日)の深夜に自ら作成したというメモも掲載されており、そこでは、選挙制度改革だけでなく、総理の権限強化、予算編成権の内閣移管、中央省庁の再編成、規制の緩和縮小、権限・財源の地方移管、府県連合・道州制、行政手続法、情報公開法、地方主権確立基本法などをはじめ、経済、税制、外交など国政全般について明確な課題意識をもっていたことが示されています。

ウルグアイラウンドのコメ部分自由化の実現、選挙制度改革の実現が主な成果ですが、連立8党派の軋轢を抱えながら、見事な首相主導の政権運営だったことがわかります。

それとの対比で、武村氏は、あまりに権謀術数に走りすぎで、官房長官としては失格だったのが明らかです。

細川氏は政策や政界再編構想については小沢氏にかなり近かったようですが、小沢氏が武村外しでゴネたときの対応は、まるで大人と子どもです。

当時は、政治改革の実現が焦点だったわけですが、コメの自由化問題は、現在の鳩山政権にとっての普天間問題のような重大な問題になっていたにもかかわらず、見事に捌いて政治改革への道筋を開いていきます。

また、日米の経済摩擦や、北朝鮮の暴発の危機も同時進行していたことがよくわかりました。

社会党のひどさも想像以上で、よくもまあ、こういうあやうい連立政権で二つも大きな成果を挙げられたものだと感心します。

唯一失敗と自認しているのが、例の7%の国民福祉税です。与党に調整を任せてしまい、訪米の日程が迫る中でお土産作りで拙速に大蔵省の動きに乗せられてしまったということのようです。

辞め際については、「権力のポストに恋々とすることは私の最も忌み嫌うところ」という考え方が強調されています。

これは、私自身が98年前半に新民主党の結成前後に短期間、お付き合いさせていただいたときにも最も印象的な点でした。政治家というのは、本当にポストのことばかり考えている、とはき捨てるように語っていました。98年5月に議員を辞めたのも、なんとか新民主党をまとめて細川政権の後始末をした以上、こういう連中と一時も一緒にいたくない、ということだったようです。

最後に、最近の民主党に一言。

政治がはらを固め、その方向に従って役所が実務を進めるということです。いまの民主党を見ていると、どうも官僚を向こう岸に追いやっているところがある。しかし、霞ヶ関はいうまでもなく日本で唯一の頭脳集団、最大のシンクタンクですよ。上手に活かして使わないと勿体ないと思います。彼らも一生懸命、国益を考えているわけだから、政治がしっかり方向性を示せば官僚は大きな力になる。政治リーダーの旗印が大事だと私が言うのは、そういうことです。(513ページ)

もちろんこれは、斉藤次郎大蔵事務次官たちに執拗に国民福祉税を仕掛けられた苦い経験も踏まえて、しかし、それでも政治リーダーは官僚を使えなければならない、という意味であって、官僚主導への安住の口実などではありません。(ところで、鳩山首相も、当時、官房副長官として細川首相を身近でみていたわけですから、もうちょっと何とかならないものでしょうかね。)
日本行政学会 [2010年05月22日(Sat)]

22日、23日と日本行政学会(創立60周年記念)があり、日本大学に来ています。昨年は名古屋市の市長選挙直後で欠席したので、久しぶりに同業者の皆さんにご挨拶しています。

研究会のプログラムは次の通りです。

22日
共通論題「高度成長・バブル経済と行政学、そして今後に向けて」
分科会A「政策過程と専門知」
分科会B「大合併後の自治のあり方」
分科会C「政官関係の変容とその規定要因」
分科会D「中国における行政の改革と公共管理に関する教育・研究の動向」


23日
共通論題「行政学教育の変化」
分科会E「協働の諸相」
分科会F「中央・地方政府関係の国際比較」
分科会G「ニュー・パブリック・マネジメントの現状と今後の課題」


冒頭の写真は、初日の共通論題のパネリストで、村松岐夫先生、大森彌先生をはじめ歴代の学会理事長が6人並んでいるところです。それぞれの肩の力を抜いた話はなかなかおもしろかったです。

分科会は政官関係に出席しました。3人の報告者それぞれとても充実した報告でした。このブログでも書いた大臣のマネジメント能力が適切な政官関係にとって重要ではないかという質問をし、それぞれからリスポンスをもらいました。

要するに、企業、行政、組合などで大組織を経営した実績をもった人が政治家になるというのがほかの国での解決策ということのようです。大学を出てジャーナリストやシンクタンク研究員や学者をやってすぐ議員になったような人の場合は、ブレーン的な役割をするという分業が必要なのでしょう。また、副大臣、政務官でOJTを積ませるということも有効でしょう。

北大の山口二郎さんにも久しぶりにご挨拶しましたが、お互い、ボロボロの民主党政権だけども見守りしかないよね、という感じでした。
鎌田 實 [2010年05月20日(Thu)]
『がんばらない』などのベストセラーを書いたお医者さんということは知っていましたが、本を読んだのは初めてでした。なかなか面白かったです。今更こういうことを言うと、ファンには怒られそうですが。

鎌田實『空気は読まない』集英社、2010年
 同  『ウエットな資本主義』日経プレミアシリーズ、2010年


1948年生まれで、いわゆる団塊の世代で、学生運動と映画、芝居、マージャンで学生時代をすごしたそうなので、一旦は社会主義に染まったのでしょう。

そういう人が、諏訪中央病院の院長として赤字病院を建て直して立派な病院に育て、チェルノブイリやイラクの子どもたちへの医療支援のNPOのリーダーもやるなかで、「ウエットな資本主義」を唱えるようになったというのは興味深いです。

ウエットな資本主義を目指すのは、昔ながらの社会民主主義ではない。貿易立国として質の高い商品をつくり、競争力のある産業を備えた国を目指す。いわば筋骨隆々として強いたくましい上半身を誇る国。同時に、福祉や医療、教育を充実させて、土台となる下半身にもあったかな血をしっかり通わせる。今、苦境にあえぐ日本を救うのは、ウエットな資本主義しかないと思う。(『ウエットな資本主義』、16ページ)

いわゆる一つの、第3の道ですね。

『空気・・・』の方は、四国のある町の小学校で、「子どもが作る"弁当の日"を実施します」と宣言して、子ども、親、教師を大きく変えた校長先生の話など、自力で社会を変えた人の話をたくさん紹介してくれているのが面白いです。

流行の言葉でいえば、社会起業家とかチェンジメーカーということになるのでしょうが、自分でもやりつつ、他の人たちを発掘しながら紹介している、なかなか魅力的な人だと思いました。
イギリスの連立政権 [2010年05月13日(Thu)]
ついに、イギリスで保守党と自由民主党の連立政権ができました。

やはり、相対第一党が首相を出すという原則は堅持すべきだということが大きかったと思います。そのうえで、自由民主党がめざす比例代表制の導入という点で、好意的な労働党をダシに使って保守党を妥協させることに成功したということが大きいでしょう。

選挙制度について国民投票を行うというのが連立合意だそうですが、どのような選択肢でいつごろ国民投票が行われ、どのような結果になるのか、なかなか興味深いですね。

これに関連して、先進国では民意が多様化しているので、イギリスですら比例代表制の方向に向かわざるを得ないのだというような通俗的な議論が出ているようです。朝日の社説が、そのことと、自治体の二元代表制の擁護論をセットでやっていて、あいかわらずだと思いました。ただ権力を分散させさえすればいいというものではありません。日本は分散しすぎなわけですから。

二大政党制であっても、そのなかの潮流として、いくらでも少数派の意見は発言権を持つわけで、あえていえば、議会で政党間協議をするか、二大政党内で協議するかの違いにすぎません。

他方で、比例代表制には、政権選択を空洞化し、政党に白紙委任してしまうという重大な問題点があります。94年の自社さ政権がいい例です(それまでの中選挙区制は準比例代表制といえます)。

こういう点も含めての選挙制度論、民主主義論には、日本のジャーナリズムの議論の水準がなかなか届きませんね。
毎日のスクープ [2010年05月10日(Mon)]
10日付けの毎日新聞1面トップで、普天間問題でルース駐日米大使が小沢幹事長と4月上旬に極秘に会談していたことを報じました。しかも、小沢氏側から漏れた(漏らした?)情報のようです。

ルース大使は次のように言ったと小沢氏が語ったということです。

鳩山首相は信用できない。岡田克也外相じゃ話がまとまらない。北沢俊美防衛相じゃ話にならない。

毎日の記事によると、その後、小沢氏は鳩山首相からの会談申し入れにも難色を示すなど、「普天間問題から一段と距離を置き、首相に厳しいシグナルを送る」という姿勢だということです。

小沢氏は鳩山首相には見切りをつけた感じですね。とはいえ、鳩山首相が辞任すればカネの問題で共通する小沢氏も辞任せざるをえなくなる。というわけで、

参院選の勝利が困難になろうとも、結局は「小鳩」体制で突き進むしかないとの判断を固めているようだ。

「参院選で敗れても(公明党や新党との)新たな連携構築ができれば(9月の民主党)代表選への道筋がつく」。ある側近はこう漏らした。


というのが毎日の解説です。小沢氏は参院選を禊にして首相を狙っているということのようです。

私の現時点での直感的判断は、もはや小沢、鳩山抜きの体制(ポスト小鳩体制)に転換するしかないというものです。

しかし、大きな問題が二つあります。一つは、首相は自分から辞めると言わない限り誰にもやめさせられない、ということです。幹事長も鳩山代表にしか解任できません。とすれば、鳩山首相が自ら辞めることで小沢幹事長も辞めさせるというシナリオですが、鳩山首相にそこまでの決断力があるかどうかです。

もう一つは、機能するポスト小鳩体制が構築できるかどうかです。菅、仙石、岡田、前原、原口、etc. のような民主党リーダーたちが自分の権力欲よりも民主党(政権)の利益を優先する行動が取れるかどうかにかかってきます。この点でも、これまでの民主党の歴史をみると悲観的にならざるをえません。

政権に責任をもつ与党という立場を徹底的に自覚することによって、リーダーたちがこれまでの行動様式を転換できるかどうか。これが民主党が二大政党に相応しい実態を獲得できるかどうかの試金石でしょう。
FMラジオ [2010年05月09日(Sun)]
河村市政1年についての先日の中日新聞への投稿はそれなりの反響が出ているようです。

名古屋のMID・FMというラジオ局の服部さんという方から、5月12日(水)午後8時から9時の番組でしゃべらないかというお誘いがあり、出演することにしました。時間の合う人はお聴きください。

ところで、あの投稿を読んで、河村市長との市長イメージの違いは分かったが、市議会があれほどひどい以上、やはり我慢して支援すべきではないかという声も聞きます。(まず、他人に言わずにあなたが支援されたらどうですか、と言いたいところですが。)

しかし、これまでにも書いたように、私と藤岡さんに関する限り、こちらは支援し続けていたのに河村側から切ってきた、というのが真相です(しかるべき時期に具体的に明らかにするかもしれません)。自分が完全にコントロールできない存在は許容できないという彼の器の小ささや猜疑心の強さが主な原因でしょう。ですから、残っている実質的支援者は、後援会と学校時代の同級生や後輩だけといってもよい状況です。

署名集めの受任者が6千人集まったなどとホラを吹いているようですが、はがきを返送してきた人のなかで実際に受任者として一軒一軒回って署名を集めることの出来る人がどれだけいるか疑問です。また、そうした人たちを1ヶ月間、きちんと指揮しながら署名運動が展開できるマネジメント体制とはどういうものか、河村市長には想像もできないでしょう。

私自身の以前からの予想は、署名運動をまずは参議院選挙を口実に延期した後、さらに、もうすぐ来年4月の市議会選挙が迫っているということでうやむやにするだろうというものです。36万人集まらないことを承知で、市議選挙の事前運動をかねて集めるだけ集めてみるという選択肢もありますが、集まった数があまりに少ないと逆効果になるでしょう。

そのこととは別に、あれだけ行政経営の関心や資質が無い人が長く市長をやるべきではないというのも明らかなことです。市役所内の最も悪質な守旧派勢力が喜ぶだけです。

日本でも最高の報酬と最低の水準に安住してきた名古屋市議会をある程度揺り動かしたら、なるべく早く退場してもらうのがよいと思います。それまでの間に、河村側と市議会側がどのようなバトルを展開するかは分かりませんが、私に出来ることはその期間をなるべく短くする方向で微力を尽くすということだけです。

イギリス総選挙 [2010年05月08日(Sat)]
5月6日のイギリス総選挙の結果は、定数650のうち、保守党306、労働党258、自由民主党57、その他29と言う結果でした。13年ぶりに保守党が第一党になったものの過半数に届かず、自由民主党がキャスティングボートを握ったわけです。

まずは保守党と自由民主党の連立交渉が開始されました。(労働党)政府として、両党の交渉を調整したり場所の提供をしたりしているようで、政党政治がかなりの程度まで表で展開されているのは日本とかなり様子が違う感じです。

イタリアもそうですが、当然水面下での交渉はあるものの、表でもかなりの程度まで詰めた議論や交渉をやるところはいいですね。

議席数からすると有力選択肢は保守党と自由民主党の連立です。しかし、今回、支持率では三つ巴まで持ち込んだ自由民主党は比例代表制の導入を最優先事項としており、保守党はそれには絶対反対のようなので、合意が成立しない可能性があります。

労働党の方はやや柔軟で、選挙制度について国民投票を実施するという提案を出しているので、自由民主党が暫定的にそちらと組む可能性も残ります。2党だけでなく、他の小政党もいくつか加えないと過半数議席にはなりません。ということは、比例代表制にかなり傾斜することになるでしょう。

こうした状況について、日本でも小選挙区制や二大政党制を見直すべきだというコメントも出ていますが、あまりに短絡的です。

保守党18年、労働党13年という長期政権のなかで、両党ともに金属疲労が蓄積し、民意とかなり乖離してきたというのは事実でしょうが、そのことと、二大政党制そのものの危機とは別問題です。

かつて、自由党に代わって労働党が台頭して新しい二大政党制が成立したように、二大政党それぞれの再編成は課題ですが、それを二大政党制(政権選択型の政治システム)自体の見直しにまで直結すべきではないと考えます。

せいぜいありうるのは、日本やイタリアのように、一定割合の比例部分を導入しつつ(少数政党にも議席を保障する)、政権選択システムという基本的性格は堅持するという選択肢でしょう。

民主党・地方自治体議員フォーラム [2010年05月07日(Fri)]

民主党の自治体議員の全国研修会に講師で行ってきました。前日の初日は、参議院選挙を意識してか、鳩山総理も小沢幹事長も挨拶にきたそうです。

私は、「議会改革とローカルマニフェスト」の分科会で、二元代表制から議会一元制(議院内閣制、シティマネジャー制など)への転換について問題提起をしました。賛否両論で、かなり活発な議論になりました。

横浜市議や奈良県議などから積極的な反応があったこと、民主党組織委員長代理の中塚代議士が地方自治法の全面改正によって自治体の仕組みに議会一元制の選択肢を導入する必要を認める発言をされたことなど、それなりに条件が熟しつつある印象を持ちました。

ただ、大部分の民主党自治体議員さんたちは、自分の自治体では少数派ということもあって、自治体の統治責任を負うというビジョンは重すぎる感じでした。とりあえずは、会派マニフェストや議会基本条例などによって「改革」を進めたうえで、という実質的先送りに逃げてしまうようです。

二元代表制のもとで、議会強化の方向で改革を進めれば進めるほど二元代表制の矛盾を深刻化させることになる、という私のメッセージはなかなか届かないようです。

そのなかでも、1期目の新しい議員さんたちは、当初の意気込みが裏切られつつある時期なので、何かがおかしいという実感への答えとして、二元代表制を俎上に乗せる議論には素直に同感するようです。

自治体に議会一元制を導入し、選挙制度も政権選択型に転換すれば、民主党は全国の自治体で一気に与党を狙えることになるわけですから、民主党として戦略的に位置づけるべき構想だと思うのですが、さて、これを受けて何かの動きが始まるのかどうか。
大臣の経営能力 [2010年05月06日(Thu)]
普天間飛行場問題、本当に何の当てもなかったんですね。首相、官房長官を中心に、官邸がほとんど機能していないことが誰の目にも明らかになりました。

菅、仙石、岡田などの主要閣僚も官邸を支える姿勢のようには見えません。政権の中枢は空洞化しているというか、存在していないということでしょう。

そういうなかで、各大臣(ないし政務3役)が孤独に頑張っているということでしょうか。そして、官僚もある程度新政権に順応してきており、大臣と官僚との関係が3つの類型がでてきているそうです。(「官僚を使いこなせない「素人大臣」―民主党「政治主導」の出鱈目」、『選択』2010年5月号)

@官僚が政策立案に関与し、政治家をうまく使う「積極的官僚主導」。経産省が代表例のようです。

A関与を半ばあきらめ、被害を最小限にしようとする「消極的官僚主導」。外務省が代表例だそうです。財務省も@よりはAに近い感じですね。聞くところによると、菅財務大臣は官邸に常駐で、ほとんど財務省には顔を出さないそうですし。

B官僚排除で空回りする「独裁的政治主導」。総務省、厚生労働省、国土交通省などだそうです。見事に、河村名古屋市長のお友達の大臣がそろっていますが、多分、偶然ではないでしょう。河村市長の場合は、そもそも関心や意欲すらないので、何とか頑張ろうとしている3大臣の方がまだまともですが。

『選択』の別の論文によれば、イギリスで今春、官僚たちのグループが「善い政府」と題する提言を発表し、過去20年の政治主導の「悪政」を批判し、その原因を4つ指摘しているそうです。

@専門知識のない政治家が官僚より優位に立つ
A首相官邸が何にでも首を突っ込む
B政治家やメディアが何でも政治問題化する
Cその結果、不必要で準備不足の法律が山のように成立する


サッチャー政権やブレア政権のもとではいかにもありそうな問題点ですが、日本はまだそこまでもいってないのが現状です。政治主導にはこのような弊害が伴うことを認識しつつ、まずはこうした弊害が出るくらいにまで政治主導を定着させるべき段階だということです。

まちがっても、かつてのような官僚主導にもどそう、などという誘惑に乗せられてはいけません。そろそろそういう議論も出つつあるようなので。

とはいえ、それまで政策分野や行政経営の素人だった政治家が突然大臣を務めるということは、政権交代のある民主主義では今後も避けられないだけに、大臣の行政経営能力をどのように養成するかという問題は重大問題です。

イギリスでも、2008年10月に会計検査院の「Good Government」という報告書が出され、2009年6月には下院行政特別委員会報告「Good Government 」が出されてこの問題が議論されているようです。

下院報告書のなかで、会計検査院長は次のように述べています。

指導力が本当に重要だと言うこと、そして政治的指導力だけでなく経営的指導力も重要だと言うことに完全に同意します。この二つは噛み合って機能する必要があります。

それに続けて報告書は次のように論じています。

これまでの調査で我々は、多くの政治家たちが、巨大組織を指導するような経験を持たないまま政府に入るという状況のもとで、大臣にその省を有効に指導する能力を身に付けさせるためにはどうしたらよいかに関心を持ってきた。たとえば、『統治のスキル』という調査において、大臣のための特別研修を行うと言うアイデアを検討した。

イギリスですらこういう状況ですから、民主党もめげずに頑張って欲しいと思います。恥だと思わずに、「大臣の研修」はすぐにでもやったらどうでしょうか。特に首相は至急に。
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