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〔後房雄のブログ〕

現実関与型の政治学者が、日本政治、自治体改革、NPOやサードセクターの動向などについて話題を提供しています。一応研究者なので、面白かった本や論文の紹介もします。


湯浅誠さん [2009年12月28日(Mon)]
去年、「年越し派遣村」の村長で有名になった湯浅誠さんのインタビューが27日付の朝日に載っています。

1969年生まれということで、さすがに学生運動に深く入った世代ではないでしょうが、「活動家」という言葉が好きという点など、多少とも系譜を引いているのかもしれません。

しかし、政府や政治家との関係の取り方において、そうした系譜の文化から完全に脱却してる点に特徴があると思って見ています。失業者、困窮者に関わる「問題解決」を最優先しているからだと思います。伝統的左翼の特徴は、個別問題の解決よりも政治的目標を優先する点にありましたが、そういう臭みがほとんど感じられません。

内閣府参与として政権内部に入った経験から、民主党政権について次のように述べています。

自民党はいろいろな立場の人がいましたが、善しあしは別として、調整する機能を持っていた。民主党はまだそれがなく、バラバラのまま表に出てしまう。だけど、可能性の射程は広がったと思う。自民党政権の時、貧困率を把握するなんてあり得なかった。

実際に政府の中に入ってみての感想は――

もどかしさを感じます。私は内閣府の参与ですが、扱うテーマは厚生労働省所管のものが8割。厚労省の役人に意見は言えても指示は出せません。私が10求めたことに対し、担当課で8になり、省内他部局との調整、自治体や政治家との調整で、結局残るのは2。それが元々の趣旨に沿ったものかは判断されない。私も調整の中で、官僚と同じつらさを感じました。

イギリスの政府の仕組みでも、各大臣の特別顧問の役割が大きいようですが、日本でも政治主導の補完要素として民間の専門家、当事者の活用方法が重要になると思います。(これまでのような審議会を使わないという民主党政権の方針は当然ですが。)

公選ではないアドバイザーに指示権限がないのは当然のことなので、政務三役とともに明確な方針を固めたうえで、大臣権限によって実行していくという体制が本筋だと思います。

おそらく、内閣府参与という立場では、他省庁管轄の問題解決はもどかしくならざるをえないということでしょう。しかし、官僚のつらさに共感するよりも、政治家とのチームワークを作るべきだと思います。

湯浅さんが、こうした経験を経て、政権内部でも働ける「活動家」になることを期待しています。
攻防、マニフェスト予算 [2009年12月26日(Sat)]
昨日、2010年度予算の政府案が決定されました。NHKスペシャル「鳩山政権100日の攻防」で、決定までのプロセスを見ました。

過去最大の92・3兆円の予算案についてはいろいろな評価があるようですが、徹頭徹尾、政治主導で編成した点については高く評価すべきだと思います。

党税制調査会を廃止して、政治家だけの政府税制調査会で来年度税制を決めたこと、各省と財務省との予算折衝を官僚間ではなく、政務官、副大臣、大臣などの政治家同士で行なったこと、財務省原案を作らず政府予算案を一発で決めたこと、などです。

各省大臣が「査定大臣」から「要求大臣」に逆戻りしたともいわれていますが、大臣として各省事業のなかで維持、要求すべきものがあると判断することは当然のことです。財務省の政務三役が「財政規律」を主張するのも当然のことです。

しんどい仕事を官僚に丸投げすることで決定権も丸投げして、陳情を通すことを政治家の役割にしてきた自民党時代と違って、折衝と決定の全責任を政府のポストに就いた政治家が担ったということ自体が画期的なことです。

これは、国民が直接にコントロールできない官僚から、国民が選挙でコントロールできる政治家に予算案の決定権が移ったということです。いつものことですが、このことの意義をきちんと報道できないマスコミにも困ったものです。

内容では、公共事業18・3%減、社会保障9・8%増、子ども手当、農家の個別所得補償、高校の実質無償化などのマニフェスト項目の実現、地方交付税交付金の9044億円増額などが盛り込まれています。

税収の大幅落ち込み、各省予算項目の削減の不徹底などのため、44兆円余りの国債発行となったことは大きな課題を残しました。

乱暴な事業仕訳けに頼ることなく、各省において、成果目標に対する有効性を基準にした事業の精査の仕組みを導入することが不可欠だと思います。

国家戦略局や閣僚委員会による政治主導は過渡期としては大きな一歩前進ですが、次は各省ごとの枠予算の設定を前提にして、各大臣に査定権を委譲するシステムに移行すべきです。
週刊金曜日 [2009年12月25日(Fri)]
週刊金曜日のインタビュー取材を受けました。小沢一郎論の特集をやるそうです。

1993年に『情況』という新左翼雑誌に書いた「左翼は小沢一郎に対抗しうるか」という論文(『政権交代のある民主主義』1994年、に収録)を踏まえて、15年後の政権交代後の現在、小沢一郎をどうみるかという趣旨です。

昔の週刊金曜日(実は私も2、3度寄稿したことがあります)には、小選挙区制が導入されたらファシズムになるかのような主張が載っていたり、小沢一郎をファシストとみるような議論が載っていたりした記憶があります。あの人たちは、今の政権交代や民主党政権をどうみているのでしょうかね。(やはりファシスト小沢への危機感を募らせているのかもしれません。)

私が話したことは、小沢が一貫して追求してきたことは戦後民主主義の転換、小選挙区制型民主主義の導入と政治主導の実現であって、その点について大きな功績を挙げたことは認めた上での小沢論でないと意味がないということです。

この点の無理解が、小沢への恐怖感から非自民政権を倒し、自社さ政権への加担によって自民党を復活させ、15年間も政権交代を遅らせるという致命的な政治的誤りをもたらしたのです。

現在もまた、93、4年に続く小沢の第二の絶頂期なので、小沢に関する虚像に基く言動が大きな政治的誤りをもたらす可能性があると思われます。その意味で、正確な小沢論の必要性はきわめて高いはずです。

取材に来た記者さんは大学卒業後数年の若い人だということもあって、私の議論はきちんと理解してもらったと思います。(『政権交代のある民主主義』を出版してもらった窓社の西山さんと知り合いということで、懐かしかったです。)

日本の左翼(戦後革新勢力と新左翼)の政治的無能力(特にヨーロッパの左翼政党との対比で)をあらためて振り返るいい機会になりました。民主党より左の政党が現実的影響力をもちうる可能性は、これまでは辛うじて残っていたと思いますが、今回の政権交代によって、一旦、完全に消えたと思います。これは、週刊金曜日が依拠できる政治的文化圏が消えていくということでもあります。

編集部内でも、路線転換の議論はあるようですが、古い読者層を維持しながらそれを実現するのは絶望的に難しそうです。

団塊の世代以上が読者層の中心だと思いますが、そもそも今回の政権交代の意義を素直に認められる人はどれくらいの割合でしょうか。
政権交代から100日 [2009年12月22日(Tue)]
先日、朝日新聞の記者から政権交代についてインタビュー取材を受けましたが、その記事「政治の何が変わったのか」が12月22日付朝刊の文化面に掲載されました。担当記者さんは、『政権交代のある民主主義』(1994年)以来の私の主張をフォローしてくれていたようです。

ほかに山口二郎、井上達夫、西部邁という面々です。

民主党政権の軸となる理念がみえないなかで、政権交代に意味はあるのか、二大政党制のなかで少数意見が尊重されなくなるのではないか、などを論点にした記事になっています。

私と井上さんが政権交代に肯定的な立場で、山口さん、西部さんが懐疑的な立場という構図になっています。

別件ですが、大阪の堺市で、例の橋下知事がテコ入れして当選させたという竹山市長と市議会の間で市長マニフェストの中心公約(LRT=次世代型路面電車の中止)をめぐって正面衝突になっているようです。名古屋市の状況と似ているということで、大阪の朝日の記者から電話取材がありました。

根本には二元代表制の矛盾があることを指摘したうえで、当面の解決策としては、相乗り体制を作るか、市長支持の議会多数派を作るかして、市長と議会多数派を一致させる政治的解決しかないという持論を述べました。

多くの改革派首長も、首長主導の相乗り体制を上手に作ることで二元代表制の矛盾を回避してきたといってよいと思います。

いわば不器用な(あるいは確信犯の)改革派首長の登場によって、二元代表制の矛盾が露出するようになっているのは、制度改革への機運を高める上ではいいことではないでしょうか。
小沢一郎と政界再編 [2009年12月21日(Mon)]
「小沢民主党 改革の行方」という連載が始まりました(『朝日』12月21日付け)。

(小沢の)狙いは衆参両院で単独過半数を占め、自民党を解党に追い込むことだ。
「いったん焼け野原にしないといけない」

16年前に飛び出した古巣を解体し、平地になった政界に自らの理想の二大政党制を打ち立てるというのだ。


2010年参議院選挙後の政権再編というのが最近の話題の一つですが、私自身は以前から主張している通り、政界再編の可能性は低いと考えています。つまり、現在の民主党と自民党によって今後の二大政党制が形成されていくだろうし、その方がいいということです。

まず、大前提として、政界再編は選挙前に行われるべきで、選挙後の政界再編は小選挙区制型民主主義ではルール違反だという点を確認しておく必要があります。

これまでの日本では、中選挙区制のもとで、主に選挙後の政界再編が語られ、実行されてきました。しかし、これは要するに政権を取るための多数派工作であって、理念や政策は副次的でした。

小選挙区制型民主主義では、選挙後の政界再編はルール違反、マニフェスト無視になります(政界再編後ただちに選挙で信を問う場合はOKですが)。これは、もはや有権者の理解も得られないでしょう。

選挙後の政界再編についていえば、野党から与党に引き抜くのは可能ですが、与党から議員を排除することは不可能でしょう。だとすれば、過半数を確保している以上、批判を覚悟で野党から引き抜く意味もあまりありません。

最後に、民主党のなかに、新自由主義的な要素と社会民主主義的な要素(「生活第一」)が混在していること、しかも、主導権を取った小沢一郎は新自由主義に徹した政党を作りたいと考えているはずだという固定観念が政界再編が語られる理由だと思われます。

しかし、先日のブログでも紹介したように、小沢の理念的な立場は、日本的平等主義を継承しながら新自由主義的に再編成するというものです。「生活第一」は決して単なる便法ではないと思われます。

小沢、ないし小沢民主党の政策路線が「第三の道」として明確化していくかどうかはもう少し見極める必要がありますが、第三の道と非常に重なることは否定できないと思います。アンソニー・ギデンス、渡辺聡子『日本の新たな「第三の道」 市場主義改革と福祉改革の同時推進』ダイヤモンド社、2009年。

だとすれば、二大政党制への展望は、自民党が自由党となって、新自由主義に徹する路線を選択することによって切り拓かれることが望ましいということになります。もはや利益誘導を行える与党という立場から離れたことも、そうした決断を不可避なものにしているはずです。

問題は、自らの置かれた状況や可能な選択肢について、自民党がどこまで自覚できるかです。自民党がアイデンティティの再構築を避け、なんでも有りの与党批判によって政権を奪回できると考え続ける場合には、小沢民主党もまた、理念や政策が曖昧なままの旧自民党的な万年与党になる危険があります。
BBL議事録 [2009年12月18日(Fri)]
12月4日に行った経済産業研究所のBBLの講演「NPOは公共サービスを担えるか」の議事録がアップされました。
続、小沢一郎論 [2009年12月18日(Fri)]
政治ジャーナリスト(毎日新聞)の岩見隆夫氏が、「今の民主党は日々小沢氏の私党になっている」と深刻な危機感を表明しています(『選択』2009年2月号、巻頭インタビュー)。

岩見氏は今後の見通しを次のように述べています。

小沢氏は来年夏の参院選で自民党を政権政党から追放し、単なる中型の政党に封じ込めたうえで、政界大編成に持ち込む腹だろう。高野山でのキリスト教批判をみてもわかるとおり、彼は選挙のためなら何でもやる。好意的に見れば「純度の高い二大政党制」は小沢氏の夢ということになるが、それが日本にとっては悪夢になる可能性もある。

小沢氏が策謀する限り、国家ビジョンを競う健全な二大政党制は期待できない。結局かつての自社さ連立政権誕生の経緯のように、「親小沢」と「反小沢」という矮小化した枠組みの再編に終わってしまうだろう。それは日本にとって大いなる不幸だ。


ここ15年間の日本政治を振り返っても、誤解を招きやすい小沢の言動と、誤解と虚像に基づく周囲のリアクションの相乗によって、「親小沢」対「反小沢」の対立が今後の日本政治を支配するようになる可能性は否定できないでしょう。

しかし、小沢氏が単なる権力主義者ではなく、明確な理念を抱いていることも認めざるをえません。日本型平等主義を評価しつつも、自由主義を前提にしたその根本的な再編成を志向しているので、イギリス労働党の「第三の道」に近いという評価も不可能ではないでしょう。

小沢氏は自由と平等について以下のように考えています。

日本という国はこの自由と平等をかなりうまく調和し、調整しながら、国家の運営やってきたと思います。国家の統治の形態としては官僚統制が強い管理社会的特質を持っているけれども、それは平等という観点に主眼を置いたやり方だからです。平等を実行するにはお上による、たとえば指名競争入札制度などの官僚による統制が必要であって、自由にしていたら能力がないほうが負けるに決まっているから、そこが管理社会になる。行きすぎると新たな不平等が生じ、腐敗が発生する。渡辺乾介『小沢一郎 嫌われる伝説』(小学館、2,009年)、255ページ。

平等社会というものは、既得権化し、自己の努力、自己改革を怠った時には、それは単なる悪平等と、一部の権力、富の所有者と、どうしようもない無気力な堕落した大多数の社会を生んでしまうということなのだ。(中略)

平等が人間にエネルギーと行動力を与える源である。日本的な平等も、今日ではかなり無気力な悪平等化しつつあるけれども、ヨーロッパ、アメリカの考え方、力が、まだまだ地球上を支配している現実がある中にあって、日本がどう生き延びていくか。本来の日本的な平等の哲学、コンセンサス、合意社会の哲学では彼らに太刀打ちできない。日本的平等の哲学からくる活力を失わずに、弱肉強食の世界と対等にうまく付き合っていかなければならない。それが国民に、今の政治に課せられた使命だろう。(中略)

自分自身で考えて自分で決断し、自分で責任を持って行動するという手法、意識を日本人がそれぞれ身につけていかなければならないと思う。(渡辺、前掲書、259ページ)


今後の展開について、岩見氏は、「鳩山氏は小沢氏に対する媚態を見せながらも、政治生命をかけて腹をくくる場面があるに違いない」と述べています。

渡辺乾介氏は、「正面から政治理念を掲げて総理大臣として小沢政治の真価を問う正攻法がふさわしい」と述べています。

鳩山小沢関係がどのように展開するかは、民主党政権だけでなく、日本政治全体にも大きな影響を与えるファクターでしょう。しかし、いずれにしても、民主党政権が日本型の第三の道を志向していく可能性は高いと思います。

だとすれば、自民党再生の方向は、より純化された新自由主義しかないということになります。
小沢一郎論 [2009年12月17日(Thu)]
小沢一郎が、再び、日本政治の主役になっている。それだけに、小沢一郎に関する誤解や虚像は日本政治の見方や実際の動きをも歪める可能性が高い。正確な小沢一郎論が不可欠である。

この必要に応えると思われるのが、渡辺乾介『小沢一郎 嫌われる伝説』(小学館、2009年)である。1992年に出版された前著『あの人 ひとつの小沢一郎論』(飛鳥新社)は、私が『政権交代のある民主主義 小沢一郎とイタリア共産党』(窓社、1994年)で小沢を論じた時にもっとも示唆を受けたものの一つであった。

今回も期待通りに、小沢一郎の実像を他の論者とは隔絶する説得力で描いてくれている。著者は「小沢以外の政治家に興味を抱かなくなってしまった」特異なジャーナリストで、コミック『票田のトラクター』『五輪見参』の原作者でもある。これらは、90年代の日本の政局をフォローするうえで必読文献であった。

この本で初めて知ったことを一つだけ紹介しておこう。小沢に対しては、西松建設事件をきっかけに、膨大な政治献金をそもそも何に使っているのか、という疑問が投げかけられた。小沢自身も説明しないので私腹を肥やしているのではないかという疑惑も強い。しかし、真相は次のようなものらしい。

小沢の秘書の登用、使い方も独特である。議員会館とは別に、東京と選挙区の岩手県奥州市にそれぞれ活動の拠点とする事務所がある。そのほかに研究会用など用途に応じた事務所がある。三人の公設秘書以外は私設秘書である。公設、私設を問わず秘書になるにはまず小沢の自宅に住み込んで数年の書生勤めをし、礼儀作法など一通りのことを叩き込まれてからのことのようだ。

秘書の業務は選挙や後援会活動、国会対応に国政報告、政策の資料収集、研究会の調査、陳情の処理、小沢の日程管理や同行など多種にわたるが、選挙だけとか国会だけとかの専門制はとらない。一定期間ある部門の担当をすると、小沢が経験年数、適性を見ながら次の部門を担当させる。秘書全員が全部の業務をこなせるようにする仕組みになっている。経済研究の資料を集め、分析し、政策づくりにも加わるし、最も大切な選挙活動のやり方も一から仕込まれる。公設秘書も時に私設秘書と入れ替わり、秘書間の特権化や身分格差は許さない方針のようだ。東京と地元の事務所間では転勤があり、東京事務所の秘書が選挙区の業務に就き。逆に地元秘書が東京の仕事をやる。みんな、小沢が状況に応じて何をやろうとしているかを熟知して動くように訓練されている。ある状況下の小沢の行動について、東京と地元の秘書に時間差を置かずに同じ質問をしてどう答えるかを密かに実験したところ、ほぼ同じような答えが返ってきて驚かされたことがあった。

そうした事務所と秘書の体制を維持し、秘書の生活を安定させるために。小沢は秘書の住宅を用意した。独身用と家族用のマンション、土地を購入したのだが、これが民主党代表就任後に政治資金で不動産を買ったと週刊誌に取り上げられ、政権派から格好の攻撃材料にsれたことがあった。小沢は記者会見で購入の目的、政治資金規正法上は問題なしとされて購入したことを詳細に説明し、すべての購入物件のリスト、売買契約書、賃貸借契約書と関連する領収書などを公開した。

経世会分裂後の独自グループ旗揚げと新党結成、細川・羽田政権の崩壊、新進党結成と解党、自由党結成と解党と歩む中で、巨大な権力と財力を持つ政権派との政治闘争、選挙活動などに直面し、もはや引き返すことが許されない指導者ゆえの政治資金の必要に迫られていたはずだ。

小沢の政治家としての軌跡をざっと鳥瞰すると、その独特の思想と行動を支えるために、なんと金のかかることをやっているものかと思える。(103−105ページ)


こういう実態を知ったうえでも、小沢一郎という政治家をどう評価するかは分かれるでしょうが、知ったうえで議論すべきだということは否定できないでしょう。

この本では、その意味で知っておくべき事実が無数に提供されています。
地方議会改革 [2009年12月14日(Mon)]
日経グローカル編『地方議会改革マニフェスト』(日本経済新聞社、2009年)を読みました。地方議会改革の最近の動向と理論がまとめられ、話題の「栗山町議会基本条例」と「三重県議会基本条例」も資料で収録されています。

竹下譲さん、江藤俊昭さん、大森彌さんなど、このテーマについての主要な研究者が執筆しています。ほかには、廣瀬克哉さん(法政大学教授)でしょう。

私もよく知っている研究者たちですが、なぜか二元代表制の矛盾を直視しない点にいつも違和感を感じさせられます。

地方分権が進むなか、首長主導の改革に立ち遅れている議会こそこれからの主役だという議論です。モデルは、2006年の栗山町や三重県の議会基本条例のようです。

今日の議会改革の方向を端的に表現すれば次のようになると指摘されています。

住民に開かれ住民参加を促進し(閉鎖的ではなく!)、首長とも切磋琢磨し(与党野党関係は存在せず、議会として監視と政策立案の役割を発揮しつつ、議員の質問に対する執行機関からの反問権も認める!)、議会の存在意義である議員同士の討議と議決(質問のいいっぱなしではなく!)を重視する議会である。(江藤氏、133ページ)

私自身は、二つの点でこうした議会像にリアリティが感じられません。

第一に、議員に予算提案権もない現在の仕組みにおいて、議員さんたちにこのような方向で改革を行うインセンティブが生まれるとは思えないということです。職業議員としての保身を優先する議員が多数を占めるなかで、こうした改革をめざす議員が多数派を占めるのはいつのことになるのでしょうか。市民からの批判をかわすための形だけの改革になる可能性が高いと思います。

私は、議院内閣制、シティマネジャー制などの議会一元制にしてはじめて、議会の多数派が政権運営の責任感をもつようになり、上記のような改革も進むと思います。

第二に、党議拘束をなくし、与野党意識を克服すべきだという主張が非現実的だということです。大森氏は、選挙においては政党が存在することは当然だとしながら、「政党・会派の立場が議会審議まで露骨に出てくることが問題」、「選挙での対立を議会にまで持ち込まず」、などと述べていますが、単なるお説教以上の説得力が感じられません。選挙が終わったら消滅する政党とは何なのでしょうか。

私の考える限り、この本で主張されているような議会改革が進めば進むほど、首長と議会多数派のズレが深刻化するとしか思えません。

だとすれば、二元代表制の現状においては、首長の政権運営責任を前提にしたうえで、それを大幅に侵害しない範囲での議会の役割の明確化と活性化を図るべきだということになります。

もう一つの政治的な解決策は、首長と議会多数派を一致させるということです。実はこれは従来の相乗り体制がやってきたことです。相乗りは首長と議会多数派がズレないようにするための便法だったのです。

だとすれば、改革派の首長が、議会多数派の確保のための政治活動をすることも当然の選択肢だと思います。河村市長が議会解散によって議会多数派を確保しようとするのを独裁だとかファッショだとか批判する意見があるようですが、それなら、これまでの名古屋市の相乗り体制もまた独裁だったということになります。

どちらも、二元代表制を機能させるための合法的で現実的な方法なのではないでしょうか。

私自身は、議会一元制に転換した方が生産的だとは思いますが。
新しいゲームのスタート [2009年12月12日(Sat)]
河村マニフェストの二大公約についての攻防は事実上決着し、これから「議会改革」をめぐる新しいゲームが始まります。

議会改革(脱職業議員、ボランティア議会)は河村さんの本命中の本命ですし、全国的にも地方議会改革は浮上しつつある重要テーマなので、新しいゲームのテーマとして不足はないでしょう。

今日の河村サポーターズの記者会見で発表した行動プランは、新しいゲームのスタートを告げるものになると思います。記者会見の発表文は以下の通りです。

*****

 2009年12月12日
 河村サポーターズ記者会見

 河村市長が11月議会に提案した基本条例の三つの柱のうち、議会改革については市議会に「研究会」が設置されただけで依然として具体的な内容はだされていません。私たちとしては市長提案に匹敵するような抜本的な改革案を期待していますが、議会改革については、市議会と市長だけで結論をだすのではなく、市民の民意を問う機会も設けるべきではないかと考えます。

 2月議会に市議会自らの改革案が提案される予定だということなので、市長案と議会案のどちらがよいかを市民が直接判断する機会をつくりたいと考えます。具体的には、両案どちらがよいかに関しての民意を直接問うことができる住民投票制度をつくるために、市議会に対して住民投票条例の制定を請求する直接請求運動を実施することを決定しました。開始時期や住民投票条例の内容などは今後すみやかに検討していきます。

 市議会に対しては、住民投票条例の制定に賛同していただくことと、市民が納得するような議会改革案を作成されることを期待します。

 市議会が住民投票条例の制定に反対する場合や、住民投票において市民の多数が支持した議会改革案を市議会が可決しない場合は、議会解散直接請求についてあらためて検討することになります。

 なお、臨時会において市長提案の減税条例が否決され、議会改革についても納得できる内容が示されない場合に直接請求運動を開始するという選択肢は捨ててはいません。

*****

以下は単なるヴァーチャル・リアリティです。

●2010年1月末 河村サポーターズ、住民投票条例案を発表。

●2月某日 河村サポーターズ、住民投票条例の制定を請求する直接請求運動(必要署名数約3万6千)をスタート。

○河村市長、「定数と報酬の半減」方針に基づく議会改革条例案を発表。

○2月議会(2月19日〜3月23日)において、議会側の議会改革条例案が議員提案され、可決される。

●3月某日 河村サポーターズ、約15万人分の署名を選挙管理委員会に提出。

○3月末 選挙管理委員会は署名の有効を宣言。

○4月中旬 河村市長、臨時議会を召集し、直接請求に賛成の意見を附して議会に付議。議会は、活発な議論ののち、賛成多数で住民投票条例を可決。

○7月参議院選挙において、民主党が大勝。

○9月 議会改革の議会案と市長案の選択に関する住民投票が実施され、市長案が圧倒的多数で支持される結果となる。

○市長は、住民投票の結果を尊重して、新たな議会改革条例案を9月議会に提案。

さて、このあとはどうなるのでしょうか。鬼が笑いますかね。
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