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〔後房雄のブログ〕

現実関与型の政治学者が、日本政治、自治体改革、NPOやサードセクターの動向などについて話題を提供しています。一応研究者なので、面白かった本や論文の紹介もします。


自治体の二元代表制 [2009年10月31日(Sat)]
かつては田中康夫知事時代の長野県で、首長と議会多数派のズレで大騒動がありました。現在も、名古屋市の河村たかし市長(4月の市長選挙でほぼダブルスコアで圧勝)と、河村マニフェストの二大公約(@市民税の10%減税、A学区毎の公選ボランティア議会の設置と予算編成権の委譲)を阻止し、首長補佐体制の整備自体をも妨害する市議会との間で緊張が高まっています。

これらの基礎には、憲法や地方自治法で全自治体に二元代表制という仕組みが画一的に強制されているという問題があります。

首長と議会とはチェック・アンド・バランスで緊張を保ちつつ自治の両輪として協働すべきだというような空疎な理想論を語る研究者が多いようですが、私は60年以上の経験から日本では二元代表制は機能しないという結論を明確に引き出し、制度改革に踏み切るべきだと考えています(拙著『政権交代への軌跡』を参照)。「ローカル・マニフェストと二元代表制」という私の論文は以下です。

是々非々と言いますが、議会は首長提案を可決するか否決するかであって、中間はありません。否決したら、首長は公約を実行できません。そうした場合、マニフェストが実行できなかった責任は誰が取るのでしょうか。

その代わりに、議会が対案を出して実行することが出来るでしょうか。実は、議会には予算提案権がないので、自治体運営に責任をもつことができません。絶対的な拒否権だけをもっているのです(ここから行政職員の議員への従属的奉仕が生まれます。いまだに議員の質問原稿を職員が書いている事例があるようです)。

マニフェスト(期限付きの数値目標で4年間の成果目標を公約する)の普及と二大政党化によって、首長選挙はますます政権選択の機会になっていくことは確実です。そこで選択されたマニフェストが別に選挙された議会によって阻止されるとすれば、自治体運営が麻痺し、有権者の政権選択は空洞化します。4年間やってみて初めて政権選択についての評価が可能になるわけで、議会がマニフェストの実施を阻止したままで迎える次の首長選挙は何を評価し選択すればいいのかわかりません。

よくアメリカの大統領制が日本ではモデルとして引き合いに出されますが、アメリカで大統領と議会多数派がズレても(divided government)なんとかなるのは、アメリカの政党には党議拘束がないからです。なので、大統領が通したい予算や法案を通すにあたっては、大統領支持政党が議会で少数であっても、両党にまたがってその提案に賛成の議員を過半数集めれば可能になります。当然、両党にまたがった議員立法も盛んになります。

以前、アメリカのドラマ「ホワイトハウス」がNHKで放映されていましたが、そこでも、あと何人という紙をホワイトハウス内に張り出して、賛成議員をかき集めているシーンが出てきました。

しかし、党議拘束がない政党こそが異例であって、政党の看板で当選した議員が政党の公約や方針に関係なく活動するのでは、政党の意味がなくなります。西欧や日本の政党には当然ながら党議拘束があります。こうした場合、首長支持政党と議会多数派がズレた場合、調整というのはどちらか、ないし両方が公約を破ることになります。
 
日本では、1970年前後の「革新自治体」の時代に、革新首長と保守議会との間で対立が深刻化した前例があります。とはいえ、首長にしか予算提案権がないという事情もあって、首長・行政側が議会や議員にいろいろ優遇措置を提供してなんとか自治体運営ができたわけです。名古屋市の議員特権が全国的にも顕著(月給約100万円、政務調査費が月額50万円など)なのは、70年代の本山革新市長時代の負の遺産だという指摘はよく聞かれるところです。(ちなみに、議員の定数、給料などを議員自らが条例で決めれるというのもひどい話です。これくらいは住民投票できめたいですよね。)

こうした経験を経て、「革新自治体の時代」以降は、首長選挙は、議会の共産党以外の相乗り勢力が相乗り候補を担ぐことで、首長支持勢力と議会多数派がズレないようにするという便法が全国に広がったわけです。たしかにこうすれば、ズレることはほぼありえなくなりますが(改革派首長が当選した場合などが例外)、そのかわりに選挙は空洞化し、投票前から結果が事実上決まってしまうことになります。そして、議会の相乗り多数派を牛耳る長老議員たちが首長をとっかえひっかえしながらコントロールするという事態も出てきます。他方で、首長が任期を重ねるにつれて力をつける傾向もあります。要するに、これが自治体内の政治家たちの駆け引きの実態です。相乗り体制内部の「コップのなかの嵐」というやつです。

自治体が国から言われたとおりの事業を実施し、あとは政治家たちがそれに群がって利益誘導をして自分の支持基盤を強化していればよかった時代はともかく、地方分権によって自治体経営の水準が住民生活を大きく左右するようになりつつあるなかで(その失敗例が夕張市の破綻です)、政権選択選挙としての首長選挙を通じて、住民自らが自分たちで自治体運営の方針を自己決定していくことが不可欠になっています。
 
現状の二元代表制を前提にするかぎり、議会が首長マニフェストを基本的には尊重する姿勢で調整が行われるべきだと思いますが、名古屋市のように、これまでの相乗り時代の方針を抜本的に転換するような首長とマニフェストが選択された場合、調整はもともと不可能だったというべきでしょう。

ここから、では名古屋市では二元代表制を前提に何が可能なのかという問題と、中長期的に二元代表制をどのような仕組みに制度改革すべきなのかという問題が出てきます。

これから引き続き論じていきたいと思います。

自治体職員から見た首長 [2009年10月28日(Wed)]
ある自治体の職員研修をしてきました。そのあと、若い職員たちと食事をしながら懇談をして、いろいろ本音の話もきけて面白かったです。

印象に残った話題の一つが、自治体職員から首長がどう見えているかということです。私自身は、ある程度、首長さんたちの相談にのる機会もあるので、首長をサポートする体制がいかに不備か、それぞれいかに大変ななかで決断を行っているかの実態は推測できるのですが、職員からみると、首長の真意を探るのがかなり難しく、大体は過大評価による誤解になっていることがリアルに分かりました一挙手一投足に意味があるように思うようです。ちょっとした表情までも。

間に、幹部職員が挟まっており、それでますます増幅する感じです。

首長を支える体制の不備や首長の決断の大変さなどは説明すれば職員にもすぐ理解されるわけですが、それだけに、お神輿でよかった時代とは違って政治主導を貫こうとする首長を支える体制の整備は急務だとあらためて思います。また、職員と首長とのコミュニケーションの難しさも重要な課題です。

若い職員からは、政治主導の首長は基本的には歓迎されているようです。役所に入ってそれほど長くないので、外部者の視点にそれほど違和感がないという意見もありました。

いずれにしても、トップに入った政治家と、幹部職員、その他の職員たちとの間の実務的な信頼関係をいかに築いていくかは、政権交代のある民主主義が本格化しただけに、今後ますます重要な課題となるでしょう。

中央政府でも、民主党の大臣たちと各省職員達との間で同じようなドラマが展開していると推測されます。

そのなかでいくつかでもいいモデルが生まれてほしいものです。
鳩山首相の所信表明演説 [2009年10月26日(Mon)]
鳩山首相の所信表明演説が行われました。字数は約1万3千字で、これまでのものの二倍以上のボリュームだということです。分かりやすい言葉で説明しようとしているのも特色でしょう。

内容については、野党やマスコミから、抽象的で具体性にかける、財源が不透明などの批判が出ているようですが、それらはお約束の批判のようなもので(こういうことを続けていると野党もマスコミも信頼を失うだけだと思いますが)、私の印象では戦後日本で初めての選挙による政権交代を受けた新政権の決意と抱負が十分に伝わる内容だと思います。日本の首相が政治家として自らの言葉でこのような骨太の理念や方針を述べたことはかつてないのではないでしょうか。

それだけに、これをどこまで実行できるのか、大きな責任を背負ったことにもなります。

演説の核心は、「むすび」の次の一節に要約されています。

「日本は、140年前、明治維新と言う一大変革を成し遂げた国であります。現在、鳩山内閣が取り組んでいることは、いわば、『無血の平成維新』です。今日の維新は、官僚依存から、国民への大政奉還であり、中央集権から地域・現場主権へ、島国から開かれた海洋国家への、国のかたちの変革の試みです。」

コメントしたい項目はたくさんありますが、とりあえず、「はじめに」で、「日本に民主主義が定着してから実質的に初めて」の政権交代の意義を強調している部分と、「政治主導・国民主導の新しい政治」によって「戦後行政の大掃除」を行うと述べている部分から、これまでこのブログでも強調してきた民主党政権の核心である「政治主導」が首相によっても完全に共有されていることを再確認しておきたいと思います。

民主党の政治主導には、小沢一郎氏に代表される自民党党人派の系譜と、菅直人氏に代表される市民派の系譜(松下理論)が合流していると思われますが、鳩山由紀夫氏はその合流を象徴する政治家(自民党田中派の出身で、菅氏と連携して旧民主党を立ち上げ、小沢氏を合流させて政権交代を実現した)という意味でも、民主党の最初の首相にふさわしいと思います。

NPOやサードセクターに関わっている者としては、「居場所と出番」のある社会、「支え合って生きていく日本」というタイトルで述べられている部分には特に注目させられましたが、これについてはまた、追々コメントしていきます。
 
ある編集者との懇談 [2009年10月24日(Sat)]
ある総合月刊誌の編集者がわざわざ東京から訪ねてくださいました。同じ富山県出身ということも分かり、研究室で2時間半ほど、いろいろ日本政治、民主党政権の話をしました。

若い編集者なので、自民党時代の常識に縛られることなく現状を追いかけておられるようで、このブログで書いているような論点についても好意的に受け止めていただいたようです。新聞がこれまでの惰性、経験主義、理論的関心の薄さなどから現在の民主党政権の動向を十分捉えられずにいるだけに、月刊誌としてそれを補うような役割が果たせるのではないかというような話をしました。

別の雑誌から依頼されている「民主党政権」についての原稿もあるので、これまでブログで書いてきたようなことを少し体系化してみようと思います。

現実政治に直接関わる発言をする政治学者は実は非常に少ないのが現状です。私も政治改革から数年間はかなり発言しましたが、最近はNPOや自治体に関する発言や執筆が多かったので、多少政治関係の発言を増やす時期なのかもしれません。

佐々木毅さんや西尾勝さんは別格として、北岡伸一さん、山口二郎さん、飯尾潤さん、最近では野中尚人さんなど、発言する政治学者のモデルは出つつあるものの、依然として学会と現実政治の接点は乏しいのが現状です。若い世代はかえって発言が少なくなっているような印象もあります。

政治改革前後はイタリア政治との比較を活用して私なりの視点を出そうとしたつもりですが、今回の民主党政権については、かなり長い間民主党の紆余曲折に付き合ってきたことを活かして多少とも意味のある視点を提供してみたいと思います。

また、すでに紹介した松下理論や小沢一郎『日本改造計画』やイギリスモデルなど、民主党政権の理解のためには意外と「理論」や外国事例が重要なので、政治学者が解説し発言する意味は大きいと思っています。
学部ゼミの様子 [2009年10月23日(Fri)]


 今日(木曜日午後4時半から)は法学部の学部ゼミの日でした。2、3、4年生がいっしょで、今年は合計22人です。男女比はほぼ半々です。

 前期はテキスト(2回で1冊のペース)を読んできての議論ですが、後期は各自がテーマを決めて個人発表をします。一回に二人ずつ報告なので、なかなか7時には終わりません。

 今回から、個人報告が始まり、4年生のTさんとH君が報告しました。

 Tさんのテーマは「『高速道路無料化』は『良いこと』か?」で、民主党マニフェストの高速道路無料化政策についての賛否両論を検討したうえで、「高速道路のほうが一般道より速く着けることの保証」のために、有料制が必要だという結論を出しました。

 私自身は車を運転しないのであまり関心がなかったのですが、議論のなかで、民主党のいう高速道路の無料化は「原則無料化」であって、日頃から混雑している一部の高速道路は有料のままにするというものだということが判明しました。だとすると、無料化する部分と、混雑などを考えて有料にとどめる部分との区分けが適切かどうかで評価が左右されます。

 選挙中の報道や議論でも、全部の高速道路を無料化することの賛否ということをめぐってなされていたように思うのですが、主張する方も批判する方も、選挙向けにはそうした方がよいと考えていたということでしょうか。

 H君のテーマは「公的年金は必要なのか?」でした。公的年金制度の概略、存在理由(所得再配分、私的年金の失敗、温情主義、強制加入の効率性)を紹介したうえで、ハイエクの主張を支持しつつ、「固有の公的年金制度なるものは廃止し、最低生活保障としての生活保護に一元化すべき」という結論を出しました。
 
 国民年金は未納者の増大によって空洞化していくことはありうるとしても、厚生年金や共済年金は、正社員資格と一体なので、一旦確立したあとで廃止することはきわめて難しそうです。
 
 しかし、生き方のスタイルとして、「長生きのリスク」に国家に温情主義的に対応してもらうことを良しとするかどうかはなかなか興味深い論点だと思います。

 フリードマンの指摘ですが、貧しい人よりも豊かな人の方が長生きするので、豊かな人の方が公的年金の恩恵をより大きく受けるのではないかという点も無視できない論点です。

 生活保護制度のあり方、ベーシック・インカムの是非も含めて、うちのゼミでも何度か議論してきている問題群です。

 とりあえず、うちのゼミのスナップ的紹介でした。
 


 
人口が流入する町 [2009年10月22日(Thu)]
 今日も自治体の仕事で、2万人あまりのある自治体の町長さんと、策定中の次期総合計画の重点について懇談させていただきました。

 ここも、政策マーケティングを行って住民からみた重要課題は洗い出したのですが、長期計画で何を戦略的に追求していくかについては首長の骨太の判断が不可欠です。こうした戦略的判断を明確に示される首長さんはそれほど多くなく、それが多くの自治体で職員の方たちの悩みの種になっているようですが、この町長さんは自信をもって方針を話されました。(合併が挫折したあと、自力でやっていく覚悟が定まったということのようです)

 自然に恵まれ、住環境もよく、待機児童ゼロなので、これまでも子育てをこの町でと流入してくる若い人たちがかなりいるということで、今後もこの魅力に磨きをかけて、10年後の人口増を目標に立案していくことになりました。

 町長さんは、地域で子どもを見守るような連帯感づくり、46の自治会を活かしながら新しい地域内分権の仕組みをどうつくるか、子育てにとっても不可欠な医療機関の町内誘致、30人学級による人づくり、温泉や豊かな自然、農業体験などによる新たな観光産業の創造、健全財政などの目標を明快に語られました。健全財政については、経常収支比率80%以下、実質公債費比率16%以下、将来負担比率150%以下、財政調整基金16億円維持、という数値目標を自ら用意されていました。

 こういう首長さんがいる自治体は本当に幸運だと思いますし、地方分権が進む中でどんどん未来を切り拓いていくだろうと思います。職員も仕事がしやすそうでした。

 会議室の大きな窓から、パラグライダーが空に舞うのを見ながらの楽しいひと時でした。

 
政権発足から一か月 [2009年10月21日(Wed)]
10月16日で民主党鳩山政権が発足してから一か月になります。補正予算の三兆円削減を中心にある程度成果を上げたと思います。かなり強引な政治主導が目立ちますが、初期においてはこれしかないので、システム化していけるかどうかが今後の課題ですね。

新聞各紙も中間総括的な記事を載せています。今後の政治の動きを予想させる興味深い動きがいろいろ報道されているので、注意を惹かれたものを抜き書きしてみます。

<複数年度予算>
・政府は19日、2011年度予算から「複数年度予算」を導入する方針を固めた。素案によると複数年度予算は11年度から、三年間にわたる歳入見込みと、分野ごとの歳出の骨格を含む「中期財政フレーム」を策定。各年度の予算要求や編成は、このフレームと各年度ごとの歳入見積もりを基本に行ない、実質的な複数年度予算を編成するとした。同時に政策達成目標を明示。個々の政策がどのような成果を挙げたかを客観的に示す。(『中日』10月20日) ←先に紹介したイギリスのシステムにかなり近いですね。

・とりあえず、来年度予算編成では、菅氏や藤井財務大臣らで作る予算閣僚委員会が歳入や歳出の大枠などの基本方針を検討。省庁横断で取り組む必要がある分野についても予算閣僚委員会が「大局的な方針」を示すとしている。(『朝日』10月20日) システム化までの過渡措置ということでしょう。

<小沢主導の国会、選挙改革>
・民主党の小沢幹事長は、学者や経済人らでつくる21世紀臨調の共同代表の佐々木毅元東大総長と会い、国会改革の提言の取りまとめを要請した。小沢氏は、「国会を政治家同士の議論の場にしなくてはならない。国会審議の活性化の問題について、意見をうかがいたい」と語った。
 検討を要請した事項は以下の通り。
 ○官僚らの政府参考人制度を廃止し国会議員同士の審議に改める
 ○官僚や有識者、市民団体などの意見を聴取する場を国会に設ける
 ○通年国会の是非。国会の調査能力強化
 ○公職選挙法における選挙運動や政治活動の自由化
 ○欧米諸国の独立型選挙委員会をモデルとする日本版選挙委員会のあり方
 ○政治資金の公開と透明性の確保
 ○企業団体献金のあり方
 ○個人献金(ネット献金含む)の普及・拡大 (『朝日』10月17日)
 小沢氏と21世紀臨調の考え方は近いので、急速に具体化、実現していくでしょう。 

<落ち目の自民党>
・自民党は野党に転落して初めての厚生労働部会を党本部で開いた。これまでは厚労省の局長クラスが説明役で出席していたが、この日は課長クラスだけ。(『朝日』10月17日)
 93、4年の非自民細川政権の時もやはりそうでした。

・日本歯科医師会は、18日の日歯連評議員会で、「来夏の参院選で、野党の自民党からは組織内候補を擁立しない」とする動議を可決した。日本医師会も「両党の間で揺れて立ち位置を定めきれない」。(『朝日』10月19日) 予想通りの動きが始まりました。どんどんほかの団体にも広がることでしょう。
愛西市の行政改革 [2009年10月20日(Tue)]
 自治体ネタの三連発になりますが、昨日は愛西市の「行政改革推進委員会」に出席しました(私が会長なので欠席できません)。愛西市は2005年4月に4町村が合併してできた新しい市で、人口は6万7千人ほどです。市長選挙でのマニフェスト討論会の司会を務めたのが縁で、初代の八木市長の当選とともに一緒に仕事をさせていただいてきたので、私の愛西市との関わりも4年ほどになります。

 市民フォーラム21・NPOセンターとして開発してきた政策マーケティング、まちづくり指標、ロジック・モデル、協働型マネジメント・サイクルなどの行政経営の仕組みをフルセットで導入してもらっています。愛西市の特徴は、政策マーケティングで選ばれたまちづくりの理念の第一位が「なごみ」、第二位が「ゆとり」だったことに象徴されています。

 自然環境と住みよさが魅力のまちですが、無理に経済発展を追求するのではなく、なごみとゆとりをキーワードにしたまちづくりを住民多数が望んでいるだけに、ゆったりとした雰囲気です。

 おかげで、約200億円の一般会計収入は地方交付税や国・県支出金に大きく依存していますが、そのうち法人税が地方税収入のたった4%しかないので、愛知県の自治体が被っているトヨタ・ショックによる税収激減もなかったという、喜ぶべきか、悲しむべきかわからない状況です。

 今日紹介したいのは、2007年に3年間の期間で策定しフォローしてきた「愛西市行政改革第1期推進計画(通称、集中改革プラン)」のユニークな点です。それは、ほとんどの自治体の集中改革プランは総務省にいわれて作ったおざなりなもので、人員の削減、民間委託、指定管理者制度、各種補助金の見直し、外郭団体改革などの「手段」は書いてあるのに、肝心の3年後の成果目標が明記されていないのと対比すると明瞭です。つまり、愛西市の集中改革プランは、3年後と10年後(第1次総合計画の最終年)に関して、@公債費比率(借金の割合)、A経常収支比率(財政の硬直性)、B基金残高(貯金)の三つのマクロ財政指標の数値目標を設定したのです。

 もともと、「計画」においては、期限と数値目標こそが重要であって、そのために何をやるかは「手段」にすぎません。ですから、手段をどれだけ盛り込んであっても、期限と数値目標がなければ計画として機能しません。財政破綻しない保障にはなりません。また、成果の状況を見ながら、手段は不断に見直さなければなりません(多くの自治体の計画では目標が不明確なまま、手段を固定してしまっています)。

 しかし、愛西市は、三つの指標を絶えず点検して数値目標を堅持する限り、絶対に財政破綻しない仕組みなのです(計画策定当時は、夕張市の財政破綻が話題でした)。もちろん、持続可能な財政だけが至上目的ではなく、財政を健全に保ちながら、別に総合計画に盛り込んだ「生活課題」の「まちづくり指標」の数値目標を達成していくことが市政運営の二本柱になります。

 ちなみに、@公債費比率の2005年度の数値は5・2%で、3年後の目標が8・8%以内、10年後の目標が12・0%以内、A経常収支比率の05年度の数値は83・2%で、3年後の目標が85・0%以内、10年後の目標が92・0%以内、B基金残高の05年度の数値は63億円で、3年後の目標が52億円以上、10年後の目標が30億円以上でした。

 それぞれの指標の08年度決算の数値は、@5・0%、A84・6%、B101億円で、きちんと目標を達成しています。すばらしいですね。拍手

 こうした数値目標を設定することについては、当初は市幹部や職員の皆さんとずいぶん議論しましたが、特に財政課長さんがコミットしてくれて実現しました。財政課長としては目標設定は大変である一方で、毎年のマクロ財政をコントロールする強力なツールになることを理解されたのだと思います。もちろん、行政改革推進委員会の委員さんたちは、「そんなもの民間なら当然のことだ」という意見をはじめ、全員が賛成でした。

 こうした明確な目標があると、目標の達成状況に照らして「手段」(行財政改革のさまざまな取り組み)が議論できるので、昨日の委員会の約2時間の議論も実のあるものになったと思います。

 来年1月には、2010年度からの第2期計画の詰めの議論をする予定です。
一宮市の「提案の大会」 [2009年10月19日(Mon)]

























「提案の大会」の会場







 一昨日の東海市に続いて、昨日は一宮市のまちづくり大会(提案の大会)に出席しました。東海市に関して紹介した「協働型マネジメント・サイクル」を導入している事例の一つです。

 鈴木東海市長もそうでしたが、谷一宮市長も市民会議の提案にじっと耳を傾けて、最後には総括コメントを述べられました。こうした場では、首長の存在は会の重みを各段に増し、緊張感を持続させます。

 私の役回りは、冒頭の趣旨説明と総括コメントでした。

 一宮市では、政策マーケティングによって絞られた42の重要生活課題と、市長判断で追加された行政課題16を合わせて58の「重要なまちづくりの課題(めざすべき姿)」を選定して、それぞれに2〜3のまちづくり指標を設定しています(これらはすべて第6次総合計画の骨格に盛り込まれています)。

 2006年を初年度として今年は3回目の数値が測定されましたが、その数値に参考情報を加味して、総合計画推進市民会議は、「改善している課題」17、「停滞している課題」29、「悪化している課題」12、という評価を示しています。

 そうした評価に基づいて、今日は、@「保健・医療・福祉部会」、A「教育・文化・住民参加部会」、B「生活環境・都市基盤部会」、C「産業・行財政部会」がそれぞれ一つの課題を取り上げ、改善していない原因を分析し、新たな事業提案をロジックモデルを使いながら行ないました。

 @は、「地域の中で誰もが互いに支えあう仕組みがある」という課題を取り上げ、「地域いどばたかいぎクラブ事業」を提案しました。

 Aは、「まちづくりが行政と市民の協働で進められている」という課題を取り上げ、市民参加に関与した市民にポイントを与える「まちづくりポイント事業」を提案しました。

 Bは、「まちの玄関である一宮駅ビルが多機能で多くの人でにぎわっている」という課題を取り上げ、「一宮市内出店支援制度の活用及び促進事業」を提案しました。

 Cは、「健全に財政運営がされ、税金の無駄遣いがない」という課題を取り上げ、「ふるさと納税(いちのみや応援基金」)推進事業の改善、強化事業」を提案しました。

 具体的な内容は割愛しますが、質疑では市職員や市会議員も質問し、55年前の合併以前の旧町村のまとまりを尊重するような自治体内分権のあり方、まちづくり大会などに市民の関心を集める方法、衰退している中心商店街を活性化する方法、ふるさと納税(税額控除による寄付制度)で収入を増加させる方法などをめぐって意見交換がなされました。

 きちんとした仕組みが用意されれば、日本の市民は行政職員や議員と十分匹敵するような水準で政策提案ができるということが、今日も実感できました。もちろん、ボランティアで何回も会議を重ねた成果です。冒頭の写真と合わせて、市民参加の現場の雰囲気を感じてもらえれば幸いです。
東海市の協働型マネジメント・サイクル [2009年10月18日(Sun)]
 昨日17日(土)午後1時半から、愛知県東海市の「提案のまちづくり大会」がありました。2002年から継続的に市民フォーラム21・NPOセンターの仕事として東海市の行政経営、市民参加システムの構築に関わってきましたが、まちづくり市民委員会から市への事業提案を聞きながら、市民参加の水準としては全国でも屈指ではないかという実感をあらためてもちました。

 市民委員会からの提案をそのまま採用すればするほどよいというような俗流市民参加論や、そのまま採用できるように事務局が市民委員会の議論を誘導する「市民参加ごっこ」が多いなかで、PDCAの行政経営システムを前提に、その要所要所に市民が参加する「協働型マネジメント・サイクル」を確立し、市民委員の皆さんがそれをほぼ使いこなすようになっている東海市の事例は、日本における市民の成熟を確信させてくれるものです。(詳しくは、東海市HPや、私の月刊『ガバナンス』2005年7月号、8月号の論文を参照。http://www.sf21npo.gr.jp/governance.html)

 東海市のシステムの特徴は、事業は成果の達成や課題解決のための「手段」だという認識を大前提にして、まず「政策マーケティング」によって地域の重要生活課題を38課題洗い出したうえで、それを改善するうえでの「有効性」によって事業の取捨選択をするという点にあります。(第5次総合計画は、この38の生活課題に市長の判断による14課題を追加し、この52課題を解決するための施策−事業を設定するというトップダウン方式で作成されました。)

 それらの38課題の改善状況を数値でフォローできるように、市民委員会において、99のまちづくり指標を設定しました(「市政の通信簿」)。たとえば、「街灯などが整備されており、夜間も安心してまちを歩ける」という課題には、@街路灯・防犯灯の満足度、A夜間も安心してまちを歩けると感じる人の割合、Bちかん・ひったくりの発生件数、という3つの成果指標が設定されています。

 すでに、2002年から2008年まで7年間の数値が蓄積されているので、どの課題が停滞ないし悪化しているかが一目瞭然になっています(約4分の1)。もちろん、指標の数値だけでなく、さまざまな参考情報も加味して評価を行います。例年、7月頃に、市民委員会の評価と行政側の評価を付き合わせる「評価のまちづくり大会」を行います。

 それを前提に、10月頃に、停滞ないし悪化している生活課題に関して、既存の事業に加えて、またはそれに代えて、有効性が高いと思われる事業案を市民委員会が提案する提案のまちづくり大会が行われるわけです。ちなみに、市長が取捨選択をして来年度予算案を決定したあと、市民提案の採択状況と理由を説明する確認のまちづくり大会も年度末に開かれます。

 今日出席して印象深かった点は、第一に、市民委員が、ロジックモデルという道具をほぼ使いこなすようになっており、手段である事業が、活動内容−直接の結果−短期成果−中期成果−長期成果という有効性の連鎖で最終成果(生活課題)に到達するかどうかを論理的に説明したうえで事業提案を行っているということです。

 もう一つは、この提案の大会に至る前に、市民委員会の部会と担当課との間でかなりの回数の意見交換が行われるようになっており、「実はこの事業は・・・」という本音の話もされるほどに信頼関係もできてきているらしいということです。行政職員は関係団体や議員からのしがらみで本音は言いにくい立場なので、市民委員会というしがらみのない外部からの発言ルートは彼らからしても重要だということが理解されてきているということでしょう。

 ちょうど現在、中央政府においても、15兆円の補正予算の削減が行われていますが、今回行っていることは、政治家による直感的、常識的判断による削減にとどまります。政府としての成果目標を体系的に提示し、それに対する「手段」としての有効性を基準として事業の取捨選択をするだけのシステムが存在しないからです。

 政治主導は政治家の覚悟だけでは実現しません。予算の大枠や成果目標については政治家がマニフェストに基づいて決定したうえで、個々の事業の取捨選択は、成果に対する有効性に基づいて論理的に行うべきです。

 以前紹介したイギリスの予算編成システムは、まさにそういうもので、省庁別支出上限をトップダウンで決めた上で、事業の査定権は各大臣に委譲し、その代わりに、各大臣には公共サービス合意によって数値で表現された成果目標の達成を義務付けるのです。

 東海市のシステムは、愛西市、一宮市、春日井市、池田町(岐阜県)、倉敷市などにも導入されつつありますが、民主党政権によって中央でも有効性を軸にした政治主導の予算編成が実現されれば、自治体に対しても大きな影響を与えることでしょう。(ちなみに、9月27日には愛西市の提案の大会に行きましたし、今日の午後は一宮市の提案の大会に出席します。)

 また、民主党は地域主権を掲げて自治体の決定権を拡大しようとしているわけですから、その決定権を自治体が有効に行使するための仕組みもより重要になるはずです。中央政府と自治体の間の政治主導の相乗作用を期待しつつ、私なりに自治体の仕事にも関わっているということで、今日はその報告をさせてもらいました。
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