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〔後房雄のブログ〕

現実関与型の政治学者が、日本政治、自治体改革、NPOやサードセクターの動向などについて話題を提供しています。一応研究者なので、面白かった本や論文の紹介もします。


がんばれ、自民党! [2009年09月29日(Tue)]
 まず、昨日の続報ですが、朝日新聞29日付けの3面に、「官抜き予算編成発進」という大きな記事が掲載され、28日に「予算編成のあり方に関する検討会」の初会合が開かれたことが報じられています。菅さんたち政治家4人に加えて、民間メンバーとして、片山善博前鳥取県知事(慶応大学教授)と田中秀明一橋大学経済研究所准教授が入っています。

 田中秀明さんとは行政経営フォーラムで知り合いましたが、財務省から大学に転じた人で、政治主導の意義をよく理解され、イギリスをはじめとした各国の予算システムに精通しているので、大いに期待したいと思います。

 ***

 ところで、今日のテーマは自民党再生です。昨日の総裁選挙の結果は、谷垣禎一300、河野太郎144、西村康稔54という票数でした。(自民党内部的には)予想通りの順当な結果ですが、それだけに自民党の再生は当分難しいということがあらためて明確になったと思います。10年くらいかかるのではないでしょうか。

 意外と意識されていない重要なポイントとして、自民党は10ヶ月の野党経験はありますが、一度も野党で国政選挙を戦ったことがないということを強調しておきたいと思います。野党として国政選挙で勝つということがいかに大変かは民主党の歩みが示しています(拙著『政権交代への軌跡』、参照)。自民党もこれからそのことを骨身に沁みて痛感していくことでしょう。

 逆に言えば、自民党政治家たちはその大変さをほとんど理解していないように見えます。与党として、政府権力(口利き、利益誘導、豊富な情報、官僚の政策案など)に頼った選挙しかしたことがないわけで、想像を絶するでしょうが、野党として国政選挙を戦うというのは、それら無しで自力で戦うということです。実際、公明党は「連立与党はあっても連立野党はない」という名言を残して離れつつあるし、官僚や各種団体の足も1993年の非自民連立政権の時以上に遠のくでしょう。自民党選挙の足腰だった保守系無所属の地方議員たちも、実は与党系無所属だったことを再認識して民主党に流れることでしょう。

 こうしたなかで国政選挙に勝って政権を奪回することは文字通り至難の技です。しかし、日本において「政権交代のある民主主義」が定着するためには、民主党が政権運営経験を積むことと並んで、自民党が野党として国政選挙に勝って政権を奪回する経験をすることが不可欠です。

 この点で、渡辺容一郎『イギリス・オポジション力の研究』(時潮社、2009年)が総選挙3連敗中のイギリス保守党の研究を通じて提起している「ポジション力」という議論が大変参考になります。自民党の必読文献ですね。

 渡辺氏によれば、オポジション力(政権奪回力)には次の三つが必要です。
@ 政権意欲
A 適応性(内外の諸問題を柔軟かつ非ドグマ的に処理できる能力、順応性、マーケティング力)
B 党独自の政策立案能力の制度化と機能化

 最初の二つは、野党時代の民主党とは違って自民党にはある程度備わっているかもしれません。そうするとB、特に「与党との特別な違いを示すことで、正真正銘のオールタナティブとして次期総選挙で認識されるようになる」ことができるかどうかでしょう。配分する利益を持たない以上、理念と政策で勝つしかないわけです(致命的な敵失を除いて)。

 私は自由民主党という党名の変更が本格的に議論されるようにならないと自民党再生はないと思っています。なぜなら、先進諸国では自由と民主は二大政党によってそれぞれ代表されている理念であるにもかかわらず、冷戦時代の日本では、共産主義に対抗するために自由と民主が合体してしまっていたからです。冷戦が終わり、今や民主党が与党となった以上、自由民主党では戦えないでしょう。

 拙著『政権交代への軌跡』の終章では、自民党再生の二つの可能性として「保守党」と「自由党」を挙げておきました。今回の総裁候補のなかでは、谷垣氏が「保守の原点」を訴え、河野氏が新自由主義を主張したようですが、いずれも、野党自民党が勝利の切り札にできるレベルからは程遠いと思います。特に、谷垣氏に至っては、「みんなでやろうぜ」・・・何を?と、朝日新聞の1面で揶揄される始末ですから。

 民主党との違いをアピールして広い支持を集められるような鮮明な理念を打ち出し、それを体現するような若い指導者を党全体で押し出すまでには、自民党はどん底を何回も経験するしかないでしょう。民主党の側から政治を見てきた者としても、日本の民主主義のために、自民党には儀礼的ではないエールを送りたいと思います。がんばれ、自民党!
財務省解体計画? [2009年09月28日(Mon)]
 今日発売の週刊誌『アエラ』(10月5日号)に、「菅直人の『財務省解体』」という記事が掲載されている。先日、私がアエラ編集部の土屋亮さんという記者からインタビューを受けた内容がかなり盛り込まれている。週刊誌らしくかなり大げさな書き方になっている点に目をつむれば、民主党が目指すイギリス型の政権運営システムの概略がわかる内容になっていると思う。

 大げさなタイトルになったのは、私が次のような解説をしたためらしい。

「後によれば、菅は主計局から「予算査定権」を取り上げ、各大臣に渡そうと考えている。主計局職員をそれぞれの担当省庁のなかに放り込む。そのうえで官邸が各省庁の予算の大枠を決め、各大臣に割り振る。あとは、大臣がその枠の中で配分する。つまり元主計局職員をただの計算係にする。「概算要求」という言葉が消えるのだ。」

 ブレア政権以降のイギリスでは、実際に、このような政治主導の予算編成が行なわれている。まず首相と財務大臣がマクロの財政方針に基づいて、3か年の「省庁別支出上限」という枠予算を各大臣に割り当てる。他方で、首相と財務大臣は各大臣と「公共サービス合意」を締結して、いつまでにどのような成果を達成するかを期限付きの数値目標で約束させる。そして、そのためにどのような事業を選択するかは、主席財務副大臣との折衝はあるようだが、基本的には各大臣に任される。つまり、大臣は権限と責任をもった経営者になるわけである(後房雄「政治主導と自律的経営」、『ガバナンス』07年2月号)。
http://www.sf21npo.gr.jp/governance_ushiro/vol22.pdf

 こうした考え方は、日本でも、改革派の首長の間ではめずらしいものではない。前三重県知事の北川氏も、行政職員である財政課が「査定」をするなどおこがましい、査定権は選挙で選ばれた知事にしかない、財政課はそのための計算係にすぎない、と述べている。

 また、東京都足立区では、実際に2003年度から「包括予算制度」の全庁導入に踏み切っている。投資的経費と公債費分を除いた一般財源の全て(人件費も含む)が部に配分される。部では、こうして配分された一般財源と部に入る特定財源の合計を部の歳入総額とし、その範囲内で歳出予算を自主的に編成する。

 ただし、足立区では、イギリスの公共サービス合意に当たる各部の成果目標が明確に設定されていないという点が課題である。それでも、各部長は、優先度の低い事業を廃止したり、部の収入を増やしたりして財源を生み出して新しい事業を実現しようとする自主的な動きを始めたという(後房雄「足立区の包括予算制度」、『ガバナンス』07年1月号)。
http://www.sf21npo.gr.jp/governance_ushiro/vol21.pdf

 要するに、イギリス型の政治主導の予算編成においては、複数年度とか枠予算とかよりも、それを前提にした財務省から各大臣への査定権の委譲にこそ核心がある。ちなみに、「元主計局職員をただの計算係にする」という土屋記者の記述は不正確であって、主計局は個々の予算査定からは手を引くが、政治家によるマクロの財政方針の設定と枠配分を補佐するより重要な役割をもつことになる。しかも、イギリス財務省の主計局は、正確には「公共サービス局」と呼ばれており、予算のコントロールだけでなく、公共サービス全体の効率性、的確性をも使命としているという。そのために、各省大臣に「公共サービス合意」を作成させることも任務となるのである。

 こうしたイギリスの予算編成については、2003年7月から2006年6月までイギリス財務省に出向した高田英樹氏によるレポート、「英国財務省について(最終報告)」が詳細に紹介している。
http://www.geocities.jp/weathercock8926/treasuryfinalreport.html

 この高田氏が、今年7月に菅直人氏に直接イギリス財務省について説明し、菅氏も大きな興味を示したという(横田由美子「官僚たち、それぞれの夏」、『中央公論』2009年10月号)。

 菅氏も、総選挙前に次のように述べている(菅直人「民主党政権のめざす国のかたち」、『中央公論』09年7月号)。

「民主党内閣でもイギリス方式を参考に、予算規模の小さい大臣と財務大臣を中心に予算閣僚委員会を設け、そこを中心に予算編成を行なう。まずは経済や税収の見通しに基づいて予算総額を決め、次いで各省の予算総額を決め、最後に各局各課の予算を決める。このように、これまでの積み上げ方式を逆転させる。」
 
 ともあれ、イギリス型の政治主導の予算編成は、単純に「財務省解体計画」といえるものではなく、場合によっては財務省の新たな役割の強化になる可能性もある。しかし、概算要求、主計官による予算査定、復活折衝などというようなプロセスを通じて行使されてきた財務省の権力がなくなることは確かだろう。

 これからもマスコミは、民主党が財務省を解体しようとしているとか、逆に財務省が民主党を取り込もうとしているとか報道するであろうが、そうした表層の権力闘争の下で、政治主導の予算編成と新しい政と官の役割分担が実現するのかどうかにこそ注目しなければならない。

(追記)この文章を書いている最中に、次のようなニュースがネットで流れた。
「財務省は28日、高田英樹主計官補佐(36)を大臣官房付兼内閣府秘書室に異動させ、国家戦略室のスタッフとする人事を発令した。戦略室に現役官僚が入るのは初めて。」

 はたしてどちらがどちらを取り込むんでしょうか。興味津々ですね。
「ここにずっといると窒息しそうだ」(鳩山首相) [2009年09月27日(Sun)]
 23日のブログで次のように書いた。

「民主党は、党幹部の記者会見はクラブに加盟していないジャーナリストにも公開する方針をすでに取ってきているので、政府機関の記者クラブ制度も解体されていくと期待される。」

 これを書いた時は当然、9月16日夜の鳩山首相の初記者会見はすべてのジャーナリストに開かれたものだったはずと思い込んでいた。ところが、フリーランスやネットメディアの記者たちは、首相官邸前で約30分待たされた末に官邸から追放されたというのが事実だという。

 シャープなジャーナリストとして私も愛読している上杉隆氏は、『ジャーナリスム崩壊』(幻冬社新書、2008年)などで記者クラブ制度を厳しく批判してきているが、彼によれば、16日の鳩山会見では上記のような事実があったにもかかわらず、海外メディア、雑誌記者をいれたことで「オープン」であったと報道されたのだという(上杉隆「鳩山由紀夫『裏切り』の官邸」、『週刊文春』10月1日号)。

 救いは、上杉氏に対して、鳩山首相自身が、「約束は必ず果たします。もう少しだけ我慢してください」と語ったということである。また、岡田克也外相は、外務省記者クラブと衝突しつつ、約48時間かかって外相会見の開放を実現したそうである。

 上杉氏によれば、官房副長官(事務)、首相秘書官、官房長官秘書官などの「官邸官僚」たちが政治家を排除する形で官邸を仕切り、首相など政治家たちを「情報空洞化」の状態に押し込めるのだという。

 上杉氏が紹介している元首相秘書官の次のような証言から、官邸官僚の実態がリアルに浮かび上がる。

「ネガティブな情報は耳に入れないようにします。たとえば、雑誌やタブロイド紙の記事もそのままでは決して渡しません。比較的マシなものを切り抜いて、コピーしてファイリングして渡すのです。そうすれば見栄えもいいし、いかにも批判記事も含めて全部伝えているようにみえるでしょう。もちろん、新聞もコピーです。週刊誌の広告が目に入らないようにするためです。場合によっては、総理、長官、副長官など、各政治家ごとに違うコピーを渡すこともあります。」

「四階にいる補佐官やスタッフはできるだけ総理執務室の五階に上がらせないようにします。五階の官房長官、副長官も、それぞれに役所からの秘書をつけて自由な動きをガードします。もとから(政務)のスタッフは官邸に入れないようにします。それは当然、総理に対しても同じです。パス(通行証)の数を絞って、事務秘書官で周囲を固めるようにします。」

 たしかに、官邸に入ったばかりの頃に、鳩山首相が、「ここにずっといると窒息しそうだ」と述べたことが報道されていた。その時は、それほど深い意味を感じないで受け止めたが、官邸内での政と官との駆け引きがただごとではないことが、上杉氏の記事によってよく理解できた。官邸官僚たちと持ちつ持たれつの関係だという「記者クラブ」加盟の記者たちの報道からは決して分からない実態だけに、こうした実態への想像力を持ちながら記事も読まなければならないということだろう。
政権交代と「継続性」 [2009年09月24日(Thu)]
 今年4月の名古屋市における政権交代に際してもそうだったが、今回の国政での政権交代でも、官僚が新政権による方針の転換に抵抗する際のキーワードは「継続性」である。「重要な事柄なので、みだりに変えるのはよくない」、「急激に変えると国民が混乱する」、「行政の継続性が重要だ」などと言われると、一見もっともなような気がする人もいるだろう。

 しかし、政治・行政において、「継続性」がもっとも重要な価値であるはずがない。もしそうなら、選挙も政権交代もない方がいいことになる。

 そもそも、これまで継続してきた政策や方針自体が適切だという保障はないし、政策や方針の選択は価値観に基づくものである以上、適切かどうかについては絶えず国民のなかに意見の対立が存在する。だからこそ、選挙や多数決によってその時点での政治的決定をするしかないわけである。そして、多数派が変ったとすれば、まずは新しい多数派の政策や方針を実行し、そのうえで検証し再度決定するべきなのである。

 しかし、政権交代によって、原理的にはすべてが白紙に戻り、与党のマニフェストが無条件に実施に移されるというのは官僚にはよほど理解しがたいことらしい。政治家や国民などの決定によって自分たちが良いと思って続けてきたことが否定されるということが受け入れられないのだろう。それを正面から言ってしまえば民主主義を否定することになるので、「継続性」という言葉を前面に出して抵抗するわけである。

 すべてを白紙に戻して検討した結果は、変化するものもあれば継続するものも出てくるだろう。しかし、技術的、定型的な事柄はともかく、価値判断に関わる事柄が政治家の判断を経ないまま継続することに正当性根拠はない。

 しかも、与党・政府には、「継続性」を断ち切るためのすぐに使える強力な武器がある。「執行停止」である。そもそも「予算」とは、政府がそういう目的に使ってもよいと議会によって許可されたものであって、使わなければならないものではない。いわんや、自民党による前政権が通した予算を民主党政権がそのまま実行する義務などない。補正予算を執行停止にし、その金を新しい使い道に回すというのは当然のことである。

 そうは言っても、前原国交大臣が苦しんでいる八ツ場ダム問題は簡単ではない。特に、賛成反対で地域が分裂、対立したうえで、工事がかなり進んでしまっているという現状においての中止という決断が地元の関係者にとって受け入れがたいというのは理解できることである。

 しかし、民主党マニフェストには「川辺川ダム、八ツ場ダムは中止」と明記されているのも事実である。民主党が圧勝した総選挙直後に、もう一度議論し直せというのでは選挙の意味がない。これに関しても関係者にとって「継続性」という言葉に訴えて抵抗する誘惑は強いであろうが、それを政権選択、政権交代に優越させてはならない。政治によって振り回されるのはもうたくさんだ、という気持ちはわかるが、かつての決定が政権交代メカニズムが機能不全だった自民党一党支配のもとでの決定だったことを忘れてはならない。
事務次官による定例記者会見の禁止 [2009年09月23日(Wed)]
 鳩山内閣の基本目標が「政治主導」(脱官僚依存)であることは、政権発足時(9月16日)からの言動から鮮明であった。国民個々人からは、「政と官の関係」といってもコップの中の嵐のように見えるかもしれないが、私たち国民は選挙で選んだ政治家を通じてしか官僚をコントロールできないことを考えれば、その肝心の政治家が官僚をコントロールできるかどうかは重大問題である。

 まず、新大臣たちが、今回も各省官僚から渡されたという記者会見用の原稿を読み上げるのではなく、自分の言葉で抱負を述べ、記者との質疑応答を行ったことが注目される。菅直人『大臣』(岩波新書)で描かれたように、何もわからないうちに官僚から渡された原稿を読み上げてしまうことによって、新大臣は各省の既定方針を公式に承認させられてしまうというのが、官僚による新大臣取り込みの第一歩だったからである。それに続くのが、それから連日行われる各省幹部による大臣への「ご説明」である。これに根をあげた大臣は、難しいことはそちらに任せるからと、あとは振り付け通りに動くことになるという仕組みである。

 実は、新内閣発足直後の16日夜に、さっそく開かれた閣僚懇談会において、「政・官のあり方」と題する申し合わせがなされている(首相官邸ホームページ)。そこには次のように書かれている。

「政策の立案・調整・決定は、「政」が責任をもって行い、「官」は、職務遂行上把握した国民のニーズを踏まえ、「政」に対し、政策の基礎データや情報の提供、複数の選択肢の提示等、政策の立案・調整・決定を補佐する。」

 こうした考え方に基づいて、すでに内閣発足以前に、123年続いたという事務次官会議の廃止方針が打ち出され、9月14日の事務次官会議が最後となった。閣議の前日に開かれてきた事務次官会議は、そこで全員一致で承認された案件しか閣議には提出されないという慣例によって、官による政の統制の要となってきた。そのために、閣議は、提出された案件に閣僚全員が黙々と花押を記すサイン会となり果てていたのであった。私自身も、閣議では少しは議論をしているものと思っていたので、このことは菅直人『大臣』によってはじめて知った。

 さらに、大臣・副大臣・政務官の「政務3役」以外と官僚が接触することを規制し、それ以外の政治家からの要請、働きかけは大臣等に報告することとされた。ちなみに、民主党が政権運営のモデルとしているイギリスではそうした接触はそもそも禁止されている。

 最後に、申し合わせでは、事務次官等の定例記者会見が禁止された。

「府省の見解を表明する記者会見は、大臣等の「政」が行い、事務次官等の定例記者会見は行わない。ただし、専門性その他の状況に応じ、大臣等が適切と判断した場合は、「官」が行うことがある。」

 これをめぐって、一部のマスコミが情報公開に逆行するなどと批判したことには正直あきれてしまった。事務次官の定例記者会見がなければマスコミはきちんと取材することもできないのか。記者クラブ制度に安住してきた大手マスコミの本音はこの程度のものなのだろうか。民主党は、党幹部の記者会見はクラブに加盟していないジャーナリストにも公開する方針をすでに取ってきているので、政府機関の記者クラブ制度も解体されていくと期待される。

 しかし、それとともに問題なのは、事務次官等の定例記者会見の禁止がもつ政治主導にとっての意義をほとんどのマスコミが十分理解していないことである。
  総選挙が近づいていた6月に、農水事務次官が記者会見で農家への個別所得補償制度などの民主党の政策について「問題点がある」と批判したことは報道されている通りである。政治的に中立であるべき官僚が、政治的見解(特に野党批判)を定例記者会見で述べることなど許されてはならない。大臣などではなく、自分こそが実質的に省を指導し代表しているのだという本音がその基礎にあるのだろう。マスコミもまた、大臣ではなく、次官などの官僚に省の方針や考え方を聞くことが当然だと思ってきたのだろう。(余談であるが、この農水次官が、新しい赤松農水大臣に許されて続投することが決まって嬉しそうにしている姿をテレビで見た。自分が公然と批判した民主党が政権をとってもポストにとどまる神経はさすがに理解できない。)

 申し合わせに書かれた「政と官の関係」は、日本では教科書にしか書かれていないような建前論とみなされてきた。しかし、欧米諸国では以前から確立している政治主導が、政権交代とともにようやく日本でも実現し始めている。マスコミはともかく、国民は政治主導をめざす民主党政権の愚直な試行錯誤に傍観的、冷笑的になってはならない。
政治主導 [2009年09月22日(Tue)]
 8月30日の歴史的な政権交代選挙を経て、新政権の立ち上げ段階に入っている。毎朝、新聞を読むのが楽しみだという人も多いようだが、実際、次々と新鮮な打ち手が繰り出されており、飽きさせない。私も9月16日の鳩山新首相選出以降の数日を大きな関心をもってみてきたが、さまざまな動きを理解するキーワードは「政治主導」だと思う。

 政治主導というのは、政治家(与党議員)が官僚たちに威張り散らすことではない。与党のマニフェストを着実に実行するために、議会多数派(与党)=首相=内閣=大臣・副大臣・政務官(政務3役)が各省官僚に対する政治的指導力を発揮することである。こうした議院内閣制の基軸ラインを貫徹させることが政治主導なのであって、このラインの外で、与党有力者やましてや野党議員が官僚を動かすことは本来の政治主導からの逸脱でしかない。

 自民党政権時代の1980年代からすでに政治主導が実現しつつあるという政治学者もいたが(いわゆる「族議員」現象)、政府・与党の二元体制のもとで、政府に入った政治家たちは当然ながら官僚に依存し、強力な影響力をもつ与党幹部もまた官僚に依存していた状況で、政治家による口利きや利益誘導はあっただろうが、本来の政治主導が確立するわけもない。

 政治改革からの15年間で、小選挙区制(政権選択型の選挙制度)の導入、マニフェスト、官邸機能の強化、副大臣・政務官制度などのインフラが整備されてきたわけだが、有権者の選択の直接の結果として政権交代が起こったことで、ようやく、これらのインフラをフルに活用した本来の議院内閣制型の政治主導への歩みが始まったのである。
 
 しかし、まさに「未知との遭遇」(鳩山首相)であるため、与野党政治家にも、マスコミにも、有権者にもさまざまな動きについての理解に混乱がみられるようだ。そうした無理解からの批判で政治主導への歩みが遅れるのは残念なことである。私も一応政治学者の端くれなので、このブログを借りて、できる限りの解説をしていきたいと思う。

 日本サードセクター経営者協会(JACEVO)の3つの役割の一つは「提言する」である。その役割を有効に果たすためにも、本来の政治主導が不可欠である。そして、民間団体の側もまた、超党派の議員連盟を通じた従来型の不透明な立法活動から転換して、二大政党制に適合した政府や政党への働きかけの新しいスタイルを身につけていくべき時期である。
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