河村市政の1年
[2010年04月26日(Mon)]
4月28日が河村市政1年ということで、各紙が総括の特集記事を連載しています。中日新聞が今日付けの連載最終回で、河村市長のインタビューと並べて私の文章を掲載しています。
もともとの原稿が半分くらいに圧縮されていますが、論旨はほぼ表現されていると思います。しかし、真実は細部にあるので、それは追々書いていくとして、まずは寄稿した原文を以下に掲載させていただきます。
河村市政1年の真実―内側から見た光と影
後 房雄(名古屋大学教授)
自治体の首長には、政治家としての資質と経営者としての資質の両方が必要だというのが私の持論である。河村たかし名古屋市長の1年間を内側から見た評価を率直に言えば、政治家としての能力と人気は抜群である(だからこそ抜本的な議会改革に切り込めた)一方で、経営者としての能力と関心は極端に低い(たとえば、書類管理や会議運営ができない)。その政治家としての能力も、議会との対立構図を作って市民やマスコミにアピールする面では卓越しているが、政治主導の行政経営を推進する面では乏しい。
振り返ってみて、私や藤岡経営アドバイザーと河村市長との「決裂」の根本的理由は、市長イメージが食い違っていたということにあると考えている。政治主導の行政経営を確立し、マニフェストの項目を着実に実行していくことを期待していた我々と対照的に、河村市長自身の中心的関心は、議員報酬と定数を争点に議会との対立構図を演出して、議会解散直接請求から住民投票、議会再選挙というシナリオを実現することに尽きると言ってよい。これはこれで、議会の実態を前提にすれば大きな意義があるが、市政はそれだけではない。
こうしたズレが典型的に表れたのが、昨年12月の大騒動後である。河村サポーターズが直接請求運動の構えを見せたことによって、市民税10%減税と地域委員会の二大公約がようやく議会で可決された。我々は、その後は、減税をテコとした事業の精査のシステム構築や、地域委員会の実施、拡大のための体制整備などを重点とする方向で局面が転換するものと考えていたが、河村市長は、議員報酬と定数の半減を新たな争点に議会解散路線をさらに加速させた。
最近のトワイライトスクール事業の公募問題についても、河村市長は民間公募の指示を出したこと以外、選定手続きや委員の選定に関してはほとんど我々のアドバイスに無関心であったのに、なぜか選定期間中の2月11日になって突然、選定委員を市長室に呼ぶという乱暴な行動をとった。
議会からそれを批判されると、選定過程の問題点の重大さを徹底調査して明らかにして理解を求めるという正攻法をとらず、権限のない経営アドバイザーに責任を負わせて逃げようとしてきた。
全体として、河村市長にとって、市政のトップとしてきちんと問題解決に取り組むということよりも、議会解散直接請求という政治ショーこそが一貫した中心的関心事だというのが私の評価である。行政を役人に丸投げするなかで、トワイライト事業全ての外郭団体受託など、役人の既得権防衛も野放しになっている。
最後に、今後について言えば、マネジメントの資質と関心がこれほど乏しい人が市長をやっていてよいのかという根本的な疑問がある一方で、次の市長選挙ではそれにもかかわらず勝ってしまうであろうというのが困ったところである。
私自身にも名案はないが、二大政党化が確定的になった日本においては、少なくとも名古屋市のような大きな自治体では市長も議会も政党を基盤にすべきだと思う。河村市長が積年の相乗り体制を揺るがす役割を果たしたあとは、市政に責任を持つ覚悟のある二大政党(連合)が選択肢を出して競うシステムを目指すしかないだろう。そのためには、議院内閣制など、議会一元制への制度改革も必要になる。
*****
この文章から掲載分では削除された「書類管理や会議運営ができない」というのは、細かいことのようですが、実は河村市長の本質を表現しているものです。公文書を紛失したことは1度や2度ではありませんし、会議は集団的討論と決定の場にはならず、放談会になるだけです。
これでは、万が一市議会で過半数を得たとしても、与党議員たちも束ねられないし、行政も動かせないので、市政は同じように混乱するだけでしょう。河村市長にとっては、議会との喧嘩に勝ったことで目標を達成したということなのでしょうが、それは市長として市政に責任を持つことを避けて、市長ごっこをやっているとしか私には思えません。
もともとの原稿が半分くらいに圧縮されていますが、論旨はほぼ表現されていると思います。しかし、真実は細部にあるので、それは追々書いていくとして、まずは寄稿した原文を以下に掲載させていただきます。
河村市政1年の真実―内側から見た光と影
後 房雄(名古屋大学教授)
自治体の首長には、政治家としての資質と経営者としての資質の両方が必要だというのが私の持論である。河村たかし名古屋市長の1年間を内側から見た評価を率直に言えば、政治家としての能力と人気は抜群である(だからこそ抜本的な議会改革に切り込めた)一方で、経営者としての能力と関心は極端に低い(たとえば、書類管理や会議運営ができない)。その政治家としての能力も、議会との対立構図を作って市民やマスコミにアピールする面では卓越しているが、政治主導の行政経営を推進する面では乏しい。
振り返ってみて、私や藤岡経営アドバイザーと河村市長との「決裂」の根本的理由は、市長イメージが食い違っていたということにあると考えている。政治主導の行政経営を確立し、マニフェストの項目を着実に実行していくことを期待していた我々と対照的に、河村市長自身の中心的関心は、議員報酬と定数を争点に議会との対立構図を演出して、議会解散直接請求から住民投票、議会再選挙というシナリオを実現することに尽きると言ってよい。これはこれで、議会の実態を前提にすれば大きな意義があるが、市政はそれだけではない。
こうしたズレが典型的に表れたのが、昨年12月の大騒動後である。河村サポーターズが直接請求運動の構えを見せたことによって、市民税10%減税と地域委員会の二大公約がようやく議会で可決された。我々は、その後は、減税をテコとした事業の精査のシステム構築や、地域委員会の実施、拡大のための体制整備などを重点とする方向で局面が転換するものと考えていたが、河村市長は、議員報酬と定数の半減を新たな争点に議会解散路線をさらに加速させた。
最近のトワイライトスクール事業の公募問題についても、河村市長は民間公募の指示を出したこと以外、選定手続きや委員の選定に関してはほとんど我々のアドバイスに無関心であったのに、なぜか選定期間中の2月11日になって突然、選定委員を市長室に呼ぶという乱暴な行動をとった。
議会からそれを批判されると、選定過程の問題点の重大さを徹底調査して明らかにして理解を求めるという正攻法をとらず、権限のない経営アドバイザーに責任を負わせて逃げようとしてきた。
全体として、河村市長にとって、市政のトップとしてきちんと問題解決に取り組むということよりも、議会解散直接請求という政治ショーこそが一貫した中心的関心事だというのが私の評価である。行政を役人に丸投げするなかで、トワイライト事業全ての外郭団体受託など、役人の既得権防衛も野放しになっている。
最後に、今後について言えば、マネジメントの資質と関心がこれほど乏しい人が市長をやっていてよいのかという根本的な疑問がある一方で、次の市長選挙ではそれにもかかわらず勝ってしまうであろうというのが困ったところである。
私自身にも名案はないが、二大政党化が確定的になった日本においては、少なくとも名古屋市のような大きな自治体では市長も議会も政党を基盤にすべきだと思う。河村市長が積年の相乗り体制を揺るがす役割を果たしたあとは、市政に責任を持つ覚悟のある二大政党(連合)が選択肢を出して競うシステムを目指すしかないだろう。そのためには、議院内閣制など、議会一元制への制度改革も必要になる。
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この文章から掲載分では削除された「書類管理や会議運営ができない」というのは、細かいことのようですが、実は河村市長の本質を表現しているものです。公文書を紛失したことは1度や2度ではありませんし、会議は集団的討論と決定の場にはならず、放談会になるだけです。
これでは、万が一市議会で過半数を得たとしても、与党議員たちも束ねられないし、行政も動かせないので、市政は同じように混乱するだけでしょう。河村市長にとっては、議会との喧嘩に勝ったことで目標を達成したということなのでしょうが、それは市長として市政に責任を持つことを避けて、市長ごっこをやっているとしか私には思えません。



