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〔後房雄のブログ〕

現実関与型の政治学者が、日本政治、自治体改革、NPOやサードセクターの動向などについて話題を提供しています。一応研究者なので、面白かった本や論文の紹介もします。


「夜回り共同体」と「記者会見共同体」 [2012年03月25日(Sun)]
佐々木俊尚『「当事者」の時代』光文社新書、2012年3月。


出たばかりの本ですが、予想以上に深くマスコミの問題点の根源を描いていました。毎日新聞記者の経験から、非常に説得力があります。

要するに、「市民」やマイノリティに憑依して建前からの批判を繰り返す表層=記者会見共同体と、阿吽の呼吸で権力と関係を結んで情報をとる夜回り共同体の二重構造の存在です。特に、後者の実態をここまでリアルに描いたのは初めて見ました。

「市民運動」を実は嫌い、軽蔑しながらも、幻想の市民をダシにした批判のための便利なツールとして使う、という新聞のスタンスが正面から描かれているのも面白かったです。

何よりも、「マイノリティ憑依」、弱者の立場に立つことで社会全体を批判できるというメカニズムがマスコミの最大の病理という主張は鋭いです。それが形成されていった経過も面白く描かれていました。本多勝一に感じていた違和感の正体がよくわかりました。

それにしても、津村喬、松下竜一、太田竜など、懐かしい名前が出てきて驚きました。かつてはまった時期がある著者たちですが、まさか7歳年下の佐々木さんの本で見るとは。当時の早稲田にはまだそういう文化が残っていたのでしょうか。

***

幻想としての弱者としての視点に立ち、「今の政治はダメだ」「自民党の一党独裁を打破すべし」と総中流社会のアウトサイドから、自民党や官僚という権力のインナーサークルを撃つ。その<マイノリティ憑依>ジャーナリズムは、アウトサイドの視点を持っているがゆえに、総中流社会の内側にいる読者にとっては格好のエンターテインメントにもなる。

しかしウラの実態では、マスメディアはフィード型の隠れた関係性によって、自民党や官僚や警察当局と濃密な共同体を構築している。・・・・・・

そういう宙ぶらりんな構図のなかで、マスメディアはつねに権力のインサイダーとなるか、そうでなければ幻想の市民に憑依しているだけである。いつまで経っても、日本社会に生きているリアルな人々に寄り添うことはない。ただリアルな人々に対して、経済大国で暮らすなかでの束の間のエンターテインメントを提供する道化でしかなかったということなのだ。

これこそが、日本の戦後社会のメディアの構図の全体像である。(422−423ページ)
価値観の多様化 [2010年06月27日(Sun)]

京都新聞6月16日付けで、多党制と二大政党制についての紙上討論の企画があり、私はもちろん二大政党制支持派として登場しました。

国民の価値観が多様化しているので、多党制がよいといういつもの議論がなされていますが、そもそも政治には多様な価値観への対応が難しいという根本問題が認識されていないと思います。

先日、学部ゼミのテキストでフリードマン『資本主義と自由』を再読しましたが、市場メカニズムは比例代表制だという指摘はあらためて新鮮に響きました。Aという商品が欲しい人、Bという商品が欲しい人、C、D、E・・・。市場なら、それぞれ欲しい人の数だけ商品が提供されます。

しかし、そもそも政府行政という仕組みでは、過半数が同意した公共サービスだけが提供されるので、賛成、反対の二分法になります。

ですから、多様な価値観を重視するなら、なるべく政府行政の役割を縮小して、市場やNPOの活動範囲を拡大するのが基本的な解決策のはずです。菅さんの言う「最小不幸社会」を政府がめざすという方針は、政府の役割を限定することになるというのはそういう意味です。

逆にいうと、政府行政という仕組みは、賛成、反対の二分法で動くしかないわけで、その意味で二大政党制で二つの選択肢が提示されることで十分です。

比例代表制で議会には多様な政党が議席を持ったとしても、そうした多様な価値観をそのまま反映したような決定は不可能で、結局は多数が賛成するような案を妥協で形成するしかありません。

それなら、ありうる妥協案を二大政党がそれぞれ提示し、そのなかから国民が直接選択できる方が、政党に白紙委任したうえで一方的に決定を知らされるよりはわかりやすいでしょう。

また、多様な価値観を反映する妥協案の形成は、二大政党の内部討論を通じて行うことも可能です。

国民の価値観が多様化しているから多党制がいいなどという俗論はそろそろ勘弁してもらいたいと思います。

政治は政治で必要最小限の事柄について国民の政権選択に基づいて展開され、その他の事柄は市場やNPOに委ねるというのが国民の価値観の多様化に対応する正攻法だと考えます。

でも、国民の価値観の多様化から多党制を主張する人には、大きな政府を支持する人が多いような気がします。気のせいでしょうか。
秋田さきがけ [2010年06月22日(Tue)]
先日、秋田さきがけ新報社のお招きで講演をしてきましたが、その内容が記事として掲載されました。

最近、どのような日本政治論をやっているか、というご参考までに見ていただければ幸いです。

FMラジオ [2010年05月09日(Sun)]
河村市政1年についての先日の中日新聞への投稿はそれなりの反響が出ているようです。

名古屋のMID・FMというラジオ局の服部さんという方から、5月12日(水)午後8時から9時の番組でしゃべらないかというお誘いがあり、出演することにしました。時間の合う人はお聴きください。

ところで、あの投稿を読んで、河村市長との市長イメージの違いは分かったが、市議会があれほどひどい以上、やはり我慢して支援すべきではないかという声も聞きます。(まず、他人に言わずにあなたが支援されたらどうですか、と言いたいところですが。)

しかし、これまでにも書いたように、私と藤岡さんに関する限り、こちらは支援し続けていたのに河村側から切ってきた、というのが真相です(しかるべき時期に具体的に明らかにするかもしれません)。自分が完全にコントロールできない存在は許容できないという彼の器の小ささや猜疑心の強さが主な原因でしょう。ですから、残っている実質的支援者は、後援会と学校時代の同級生や後輩だけといってもよい状況です。

署名集めの受任者が6千人集まったなどとホラを吹いているようですが、はがきを返送してきた人のなかで実際に受任者として一軒一軒回って署名を集めることの出来る人がどれだけいるか疑問です。また、そうした人たちを1ヶ月間、きちんと指揮しながら署名運動が展開できるマネジメント体制とはどういうものか、河村市長には想像もできないでしょう。

私自身の以前からの予想は、署名運動をまずは参議院選挙を口実に延期した後、さらに、もうすぐ来年4月の市議会選挙が迫っているということでうやむやにするだろうというものです。36万人集まらないことを承知で、市議選挙の事前運動をかねて集めるだけ集めてみるという選択肢もありますが、集まった数があまりに少ないと逆効果になるでしょう。

そのこととは別に、あれだけ行政経営の関心や資質が無い人が長く市長をやるべきではないというのも明らかなことです。市役所内の最も悪質な守旧派勢力が喜ぶだけです。

日本でも最高の報酬と最低の水準に安住してきた名古屋市議会をある程度揺り動かしたら、なるべく早く退場してもらうのがよいと思います。それまでの間に、河村側と市議会側がどのようなバトルを展開するかは分かりませんが、私に出来ることはその期間をなるべく短くする方向で微力を尽くすということだけです。

流れの転換点 [2010年03月16日(Tue)]
昨日の記者会見について、中日新聞と朝日新聞がほぼ趣旨通りの正確な報道を、かなりまとまった記事でしています。市民フォーラムのHPにもアップされていますのでお読みください。

執行権限のない経営アドバイザーを団体もろとも攻撃することで詰め腹を切らせて収拾しようという陰謀は完全に破たんしました。これで政治的な流れは、まともな方向に向けて決定的に転換し始めました。

同日の定例記者会見で、市長も選定過程の徹底検証を打ち出しました。

徹底検証のなかで、外郭団体がすべての事業を受託することになった審査過程が公正であったかどうかが明らかにされると思います。
NPO有給職員のボランティア活動 [2010年03月14日(Sun)]
3月11日付けの『中日新聞』朝刊に、「NPO法人 残業代未払い」という大きな記事が出ました。

私が代表理事である市民フォーラム21・NPOセンターへの濡れ衣なので、12日に記者会見を開き、それについての記事が13日付けの各紙に掲載されました。市民フォーラム21・NPOセンターのHPに関係資料がアップされています。

問題の主な内容は、当該元職員が、在職中には一切要求しなかった件について、退職後かなりたってから突然、労基署を通じて要求してきたという経過で(これまで当人はこちらとの直接の面談を拒否し続けてきました)、当人の届出忘れとこちらの管理不備によって「未払い」が生じたということです。しかも、それが新聞によって報道されたのは不思議なことです。労基署が漏らすはずのないことですから。

13日付けの各紙の報道で、今回払うこととした「残業代」が「約2万円」という記述があり、膨大な残業代を払えという「是正勧告書」が出されたかのような歪曲は一応払拭されたので、記者会見の報道としてはありがたかったと思います。

しかし、私たちの記者会見資料を読んでいただければ了解していただけるように、大きく二点、十分に記事では紹介されなかった論点があります。この場で補足説明しておきたいと思います。

@まず、今回出されたうちでの「是正勧告書」と「指導票」の違い、および行政指導にとどまる両者と「書類送検」の違いが正確に認識されていません。

労働基準監督署の「指導票」は法令違反の恐れがある場合に出され、重大な問題にならないうちに解決させるものです。「是正勧告書」は、法違反などの問題があると判断された場合に出され、指定期日までに是正させるためのものです。この二つは、悪質とみなされた場合の「書類送検」とは異なり、法違反などの問題が深刻で重大な被害を与えないうちに解決させるために出されるもので、行政指導という性格のものです。

今回の当法人に対する「是正勧告書」では3点、「指導票」では2点の指摘がありました。私たちとしては、こうした指摘を真摯に受け止め、是正勧告につきましては期日までに解決し、指導票の項目につきましても、労働基準監督署の指導に基づき、今後A氏と協議をし、早急に解決するべく努力をしていきます。
(記者会見資料)

当人が要求している「残業代」(私たちの主張ではボランティア活動部分)については、労基署としては残業代とは認定せず、当事者双方の協議に委ねるということで、是正勧告ではなく指導票において指摘されています。これは、労基署が事務所調査や職員へのヒアリングを通じて、NPOの特徴をかなり理解されたことの表現です。

是正勧告書で指摘され、私たちも支払うこととしたのは、「残業代」ではなく、本人の届出忘れとこちらの管理不備によって生じた休日出勤1日分の給与と休日割増金の約1万2千円だけです。

もう一件、指導票で指摘された、本人の自己申告漏れの1日分の給与約8千円も今回支払うこととしました。

これを合計して、約2万円の残業代(?)を支払うこととした、という報道になっているわけで、不正確ですが、やむをえないのかもしれません。

以上についてコメントすれば、是正勧告書の指摘も含めて、現在の段階では民対民での紛争事項なのであり、裁判に訴えた上で決着する可能性もあるわけですから、これについて確定的な不正であるかのような記事が書かれるというのは、一流大企業並みの扱いと言えるでしょう。

ある意味では光栄なことなので、12日の理事会でも発言がありましたが、市民フォーラムのマネジメント水準をさらに一段飛躍させるチャンスととらえて改善していきたいと思います。

ANPOにとってより重大な論点は、NPOの有給職員のボランティア活動部分を、「残業」と見なすべきかどうか、という問題です。労基署の判断も不確定ですし、労働法の研究者の間でも「課題」と指摘されるにとどまり、ほとんど研究はないそうです。

この件は、NPOの有給職員の時間外の活動が時間外労働であるか、ボランティア活動であるかという点の認識の相違が背景にあります。この問題は有給職員を雇用する段階になったNPOが共通に直面する問題です。

ボランティアの協力を受けるNPOの有給職員は、有給労働に加えてボランティアとしても活動することが多いのが実態です。当法人の場合は、10時から19時までの8時間を時間内の労働時間としています。それ以外は、管理者の指示があった場合を除き、ボランティア活動の時間という合意が組織と有給職員との間で存在しています。

今回は、元職員が入職直後でNPOの実態についてよく知らなかったことと、当法人からの説明が不足していたことが理由で、元職員が時間外労働と捉えたと思われます。労働基準監督署もNPOにおける有給職員の活動実態を現場調査や現職員へのヒアリングを通じて理解され、当事者間において協議するように指導がありました。
(記者会見資料)

有給職員のボランティア活動部分について、あたかも「搾取」であるかのような誤解をする人もいるようですが、それによって人件費分が節約できて黒字が出たとしても、それは関係者の間で利益配分される可能性はなく、すべて組織の活動に使われるのがNPOの核心です。だからこそ、一般のボランティアも有給職員のボランティアも自発的な意思で行われうるわけです。

実態からすれば、そうしたボランティア部分があったとしてもなお、赤字になることが多いでしょう。それでも組織のミッションを実現しようとする人が自発的にNPOを支えるのです。外形的に企業に多いサービス残業と区別しにくいという問題があるとしても、利益の非配分と本人の同意というNPOの本質にかかわる論点ですから、NPOとしては避けずに議論し続けるべきだと思います。

市民フォーラム自身もまさにそういう歩みを経てきたわけですが、初期には8時間労働部分ですら正規の賃金が払えず、初代職員の志によってようやく常勤職員体制を実現できるという状況でした。(よくある質問ですが、お金ができたら雇いたいという展開は実は非現実的で、雇って初めて収入が増大して給与の支払いが可能になるというプロセスを初期のNPOは宿命的に辿らざるをえないのです。)

10年以上の歩みのなかでようやく、職員、役員、会員の努力によって、時間内労働については総合職初任給19万円という水準に到達しています。市民フォーラムがこの地域のNPO職員の賃金水準を引き上げる牽引役を果たしてきたことは自負できると考えています。

役員、会員、有給職員のボランティア活動も含めて、組織をさらに成長させることによって、本来の時間外労働を妥当な程度に制度化することが今後の課題になります。これまでも、期末手当の支払いによって実質的にカバーしていた部分もありますが、どこまでが時間外労働で、どこからがボランティア活動かというルールと職員の合意をより質の高いものに向上させていくことが必要です。

NPOの有給職員のボランティア活動というNPOにとって本質的な問題(これはボランティア一般の問題でもあります)を、今回の記事のように歪曲して政治的に利用する一部マスコミの感覚には絶望的になりますが、これもまた、この問題を社会に認識してもらうチャンスだと捉えるべきなのでしょう。

多くのNPO関係者の発言を期待します。

市民フォーラムは、こうした闘いの最前線に立つことをインフラ組織としての栄誉だと捉えます。
朝日新聞の迷走 [2010年03月10日(Wed)]
名古屋の朝日新聞がとんでもない迷走を始めました。自浄作用が働くまで、このブログでもフォローを続けます。

ネタは、名古屋市が教員OBが天下る外郭団体に随意契約で丸投げしてきた「トワイライトスクール」事業(放課後の子どもを小学校で預かる事業)を、河村改革の一環としてようやく民間公募に踏み切らせたにもかかわらず、教育関係者の既得権擁護の連係プレーで、246小学校分すべてについて外郭団体を選定したという「事件」です。1年の契約額は18億8千万円に上ります。

なお、この事業は、教育長出身の松原前市長の肝いりで作られた事業で、教育関係者の退職後の飯の種だったということは誰でも知っていることです。

これについて、2月24日付けの朝日新聞朝刊はまともな記事を書いています。

民間参入認めたが、受注はいつもの外郭団体

教員OBの天下り先である外郭団体が独占的に受注してきた名古屋市の事業で、初めて民間にも門戸が開かれたにもかかわらず、結局、新年度も受注したのは、従来と同じ外郭団体だったことが23日、わかった。(中略)

事業団は、市教育委員会次長OBが理事長を務める教員OBの天下り先。同事業も校長・教頭のOBら246人の事業団職員が、各校に運営指導員として派遣されている。

河村市長は「選定方法に問題がなかったか、再調査を指示した。選定やり直しもあり得る」と述べた。


ところが、突然、3月5日朝刊では、ページの4分の1も使った大見出しのトンデモ記事を載せます。内容は、「疑惑」を裏付ける事実がほとんど書かれていないのに、見出しだけで誘導するという悪質なものです。三流週刊誌でよく見るやり方ですね。

名古屋市経営アドバイザーの女性
事業者選定に口出し
応募団体の相談受け

名古屋市の「トワイライトスクール」事業を新年度に受託する業者の選定で、河村たかし市長の支援者でもある市経営アドバイザーの女性(55)が、応募した民間団体の相談を受け、選定作業の最中に担当部署に選定方法を疑問視し、やり直しを求める質問状を出していたことがわかった。最終選定直前には、河村市長が委員の一部を呼び、同様の質問をしていた。関係者からは「選定に介入する『圧力』と感じた」という声も出ている。


市長や経営アドバイザーは、「適切な競争を経て事業を民間に」という河村マニフェストの外郭団体改革の方針に基づいて、一貫して公平な審査を実現しようと努力しただけだということは明らかです。

しかも、それに抵抗するために、教育関係者が自分たちの影響下にある委員会にし、自分たちに有利な基準や手続きで選定して、結論としてもすべて外郭団体に落としたという背景を朝日新聞はよく知っているはずです。

こうした背景での市長やアドバイザーの当然の努力を、特定の団体を有利にするための「口出し」であるかのように誘導して印象付けるなど、悪質としかいいようがありません。

市長やアドバイザーの努力が実を結んでいたとして、起こりえたことは公平な選定が実現するということだけであって(外郭団体は困るでしょうが)、特定の団体が有利になる可能性はゼロです。結局は努力は実を結ばず、すべて外郭団体に落ちたわけで、その真相を突き止めようという記者としての志はないのでしょうか。

関係者が「圧力」と感じた、というのも語るに落ちたというべきで、公平にしろという指示を「圧力」と感じたと言うことは、よほど外郭団体に有利にしようと頑張っていたということでしょう。この場合、圧力を感じさせた側と、圧力を感じた側とどちらが悪いのでしょうか。朝日新聞は、泥棒が警察官の見回りに圧力を感じた場合も、関係者は圧力を感じたということで警察官を批判することでしょう。

この事件の前史として、2004年には、16区の児童館、福祉会館の指定管理者の公募において、すべてを外郭団体の社会福祉協議会に取らせたと言う前科が名古屋市にはあります。「さすが名古屋市」ということで、全国に知れ渡りました。

何しろ、審査委員会の委員長である健康福祉局長が、受託団体である社協の副会長だったのですから、自分で自分の団体に受託させたことになります。

しかも、社協が出した企画書は、小学生の作文よりひどいような内容で、予算は民間団体の2倍でした。職員数人の施設の施設長が年収1000万円という予算でした。

さすがにこれでどうやって社協の点数を高くしたのかと思って審査報告書を情報公開でみたら、「実績」があるからということしか書いてありませんでした。実績があるだけで外郭団体が優れているという評価なら、永久に民間への開放はありえません。

この時も、私たちは市行政や市議に抗議しましたが、結局は原案通り可決されました。与党三会派の幹事長はすべてひどいことを認めましたが、指定管理者制度で議会の議決というチェックの仕組みが組み込まれているにもかかわらず、原案を否決しませんでした。議会の議決などチェックにならないという私の持論通りでした。

これの再現というべき今回のトワイライトスクール事件について、上記のような5日の与太記事が出たわけですが、他紙も無視していたところ、3月9日の市議会本会議で自民党市議が質問したことにかこつけて、さらに悪乗りの記事が3月10日付け朝刊に出ます。

特に悪質なのは、経営アドバイザー「口出し」という見出しをまた掲げて、事実無根の悪質な誘導をさらに続けていることです。

市議会定例会で工藤彰三市議(自民)が問題を取り上げ、「河村たかし市長も最終選定委直前に一部の選定委員を市長室に呼んで質問しており、河村市長や藤岡氏の行為は選定の妨害に当たる」として、百条委の設置を要求した。

公平な選定を求めることが「選定の妨害」だという腐った市議の主張がよほど嬉しかったのでしょうか。

これではっきりしたのは、名古屋の朝日新聞は、既得権連合と、市議定数と報酬の半減という河村提案に対抗しきれずに手段を選ばず悪あがきをしている市議会の同盟軍だという立場を鮮明に掲げたということです。文脈を無視した言い訳など通用しません。
地域委員会の全国デビュー [2010年03月08日(Mon)]
朝日新聞の3月7日付けの「オピニオン」欄に、河村たかし名古屋市長のロング・インタビューが掲載されました。東海地域以外の人たちはぜひご覧ください。

民主主義発祥の地、ナゴヤ、と言うに値する画期的な都市内分権、近隣政府の試みですが、全国的な注目度がまだまだ不十分です。

テレビ芸人としての河村イメージが強すぎて、朝日の社内でも、やろうとしていることのまともさがなかなか認知されないできたようです。

そのなかで、署名にある寺西、太田、菅沼というような記者たちが頑張ってくれたのでしょう。朝日といっても本筋を外れたトンデモ記事(5日付け)を書くような記者もいるなかで、天下の朝日新聞としての矜持を見せてもらった気がします。
孫正義 [2010年01月21日(Thu)]
総務省の「今後のICT分野における国民の権利保障等の在り方を考えるフォーラム」というのに出てきました。放送通信にかかわる国民の権利を守る「砦」を作りたい、という原口大臣の問題提起を受けて、今後、制度設計を考えていくことになりそうです。

そこに、孫正義さんがオブザーバーで出席されていました。生で見るのは初めてでした。1回目も、今回も、盛んに発言されていました。随行していた社長室長の島聡さん(以前、愛知県選出の民主党国会議員だった人です)にも久し振りに挨拶しました。

それと、ジャーナリストの上杉隆さんも委員なので挨拶しました。フォーラムでも「記者クラブ」問題を強く問題提起し続けているので、エールを送っておきました。総務省、外務省など少数の省以外は、官邸も含めて記者クラブ以外への開放が依然として進んでいないそうです。

私の発言では、ICTは政党間競争の重要なインフラなので、政権交代を経た現在、与野党の対等な競争を促進するインフラ整備も意識すべきだということを指摘しました。たとえば、前から言っている「二大政党の首相候補のテレビ直接討論」がなぜ実現しなかったのか、ということです。

いずれにしても、権力対メディアというだけでなく、メディア対国民、各種メディア間など、権利保障といっても構図が複雑になっている現状で、事業者や業界による自主的取り組みと公的規制の関係も含めた「砦」の制度設計はかなり難しい課題だと思います。
週刊金曜日 [2009年12月25日(Fri)]
週刊金曜日のインタビュー取材を受けました。小沢一郎論の特集をやるそうです。

1993年に『情況』という新左翼雑誌に書いた「左翼は小沢一郎に対抗しうるか」という論文(『政権交代のある民主主義』1994年、に収録)を踏まえて、15年後の政権交代後の現在、小沢一郎をどうみるかという趣旨です。

昔の週刊金曜日(実は私も2、3度寄稿したことがあります)には、小選挙区制が導入されたらファシズムになるかのような主張が載っていたり、小沢一郎をファシストとみるような議論が載っていたりした記憶があります。あの人たちは、今の政権交代や民主党政権をどうみているのでしょうかね。(やはりファシスト小沢への危機感を募らせているのかもしれません。)

私が話したことは、小沢が一貫して追求してきたことは戦後民主主義の転換、小選挙区制型民主主義の導入と政治主導の実現であって、その点について大きな功績を挙げたことは認めた上での小沢論でないと意味がないということです。

この点の無理解が、小沢への恐怖感から非自民政権を倒し、自社さ政権への加担によって自民党を復活させ、15年間も政権交代を遅らせるという致命的な政治的誤りをもたらしたのです。

現在もまた、93、4年に続く小沢の第二の絶頂期なので、小沢に関する虚像に基く言動が大きな政治的誤りをもたらす可能性があると思われます。その意味で、正確な小沢論の必要性はきわめて高いはずです。

取材に来た記者さんは大学卒業後数年の若い人だということもあって、私の議論はきちんと理解してもらったと思います。(『政権交代のある民主主義』を出版してもらった窓社の西山さんと知り合いということで、懐かしかったです。)

日本の左翼(戦後革新勢力と新左翼)の政治的無能力(特にヨーロッパの左翼政党との対比で)をあらためて振り返るいい機会になりました。民主党より左の政党が現実的影響力をもちうる可能性は、これまでは辛うじて残っていたと思いますが、今回の政権交代によって、一旦、完全に消えたと思います。これは、週刊金曜日が依拠できる政治的文化圏が消えていくということでもあります。

編集部内でも、路線転換の議論はあるようですが、古い読者層を維持しながらそれを実現するのは絶望的に難しそうです。

団塊の世代以上が読者層の中心だと思いますが、そもそも今回の政権交代の意義を素直に認められる人はどれくらいの割合でしょうか。
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