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〔後房雄のブログ〕

現実関与型の政治学者が、日本政治、自治体改革、NPOやサードセクターの動向などについて話題を提供しています。一応研究者なので、面白かった本や論文の紹介もします。


地方議会をどうするべきか [2014年08月13日(Wed)]
最近、また地方議員、地方議会についての議論が浮上しているので、2012年7月に雑誌「日経グローカル」に6回連載した小論を紹介します。地方政府形態論1−6.PDF
名古屋市長選、終盤情勢 [2013年04月17日(Wed)]
16日付け中日新聞が、名古屋市長選挙の終盤情勢をのせました。
「河村氏がリード」が見出しですが、多分、最低でもダブルスコアで河村が勝ちそうです。

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河村氏すべての年代、地域に浸透している。「支持政党なし」と答えた人たちの六割を固めたほか、自民、民主支持層の六割、日本維新の会支持層の七割を取り込んでいる。
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藤沢氏は自民党県連推薦、民主党県連支持を受けているが、自民支持層の三割弱、民主支持層の一割しか固められていない。公明支持層は四割を取り込み、公務員・団体職員からは河村氏を上回る支持を集めている。
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投票率にもありますが、これではダブルスコアですよね。

他方で、維新の会の候補者が、宝塚市、伊丹市の市長選挙で共に大敗したという報道もありました。「夏の参院選をにらみ、近接地に打って出て党勢拡大を狙ったが、逆に退潮傾向がはっきり表れた」

東北大の河村准教授が、「有権者が橋下氏個人と、政党としての維新を分けて考え始めた結果の表れ」とコメントしています。

安部内閣の高支持率で、橋下の吸引力も落ち目のようです。維新の会自体も、安部路線と区別できなくなっているので、果たして参議院選挙まで支持率が維持できるかどうか。

維新とみんなの党が、参議院選挙で一定の議席を得、自民党と合わせて参議院の三分の一を越えると、憲法の96条改正条項の改正の条件が出てきます。果たして、それまで維新とみんなの賞味期限が持つかどうか。

河村マニフェスト(もどき) [2013年04月07日(Sun)]
kawamura.pdf
明日、名古屋市長選挙の公示です。
結局、予想通りの顔ぶれとなり、多分、河村が勝つでしょう。どれくらいの差が付けられるかは多少興味がありますが。

資料は、今回の河村マニフェストだそうです
相変わらずの思いつきのオンパレードで、子どもの作文みたいなもんです。

でも、普通の市民からみて、市長の役割というものがそもそもはっきりしていないので、面白そうなおっさんだということで当選させてしまうということになります。

こういう土俵では、まともな人は戦いたくないでしょうね。
河村市長の評価 [2013年04月01日(Mon)]
13033101.PDF
名古屋市長選挙は4月21日投開票で、あと一週間で公示です。
河村氏のほか、自公民相乗りの自民党市議、共産党候補の3人が立候補予定のようです。

食指の動かない選挙ですが、毎日新聞からの依頼でコメントを掲載しました。

もう一人の森さんのコメントは外部から見た通常のコメントですが、真相は私が話した通りです。有権者には届かないでしょうが。
民主主義は暴走する [2012年07月04日(Wed)]
朝日新聞の3日付け15面に、鹿児島県阿久根市の竹原信一前市長を支援し、出直し市議選で市議になった牛之浜由美さんのインタビューが載っています。

竹原氏にコミットしたことの功罪を語っていますが、コミットした者同士、同感する点も多いです。
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竹原さんの暴走を予測できなかったのは、「人間性を読めなかった自分の底の浅さ」と反省しています。でも、最初竹原さんを支持したことに後悔はありません。あの人が市長になったおかげで、議会も四民も政治に目覚めたと思います。

市民の厳しい監視の目のおかげで、議会にも役所にも「しっかり仕事をしなければ」という意識が生じたのが、一番大きな変化だと思います。

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安全圏にいて評論だけしている人たちには理解できないと思います。間違いを犯さないことを最優先したら、どんなコミットもできないでしょうから。

偶然ですが、ちょうど読んでいる土屋恵一郎『怪物ベンサム』(講談社学術文庫)という18世紀末の急進改革派であったベンサムの評伝に次のような一節があります。歴史は繰り返してきたのでしょう。
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シェルバーン、ベンサム、小ピットの眼から見れば、ホイッグの門閥政治は、ただ党派的利害のためのものでしかなかった。たとえ国王と結びついても真の改革を進めることができるのであるならば、それを選ぶ。それがシェルバーンとベンサムに共通する心情である。

改革の効率を権力のうちに求めるのは危険である。だがその危険を冒してでも前進しようとするのが、いつの時代でも変わることのない「改革者」という気質をもった人間の行動の仕方である。(168ページ)

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良い悪いというより、気質の問題なのでしょう。
それにしても、「改革の効率を権力に求める」というのは光と影の両面を含意する的確な表現ですね。
劇場型首長 [2012年05月04日(Fri)]
有馬晋作『劇場型首長の戦略と功罪』ミネルヴァ書房、2011年11月。
平井一臣『首長の暴走 あくね問題の政治学』法律文化社、2011年5月。

田中康夫長野県知事、東国原宮崎県知事、橋下大阪府知事、竹原信一阿久根市長、河村たかし名古屋市長たちを劇場型首長として分析したものです。

共通した感想は、本当に目立ちたがりの人たちだなあ、というものです。そうでもないと選挙に出たりしないのでしょうが、それにしても凄いと思います。

それが政策能力、統治(マネジメント)能力を伴っていればいいのですが、目立ちたがりだけの突出がほとんどのケースですね。

田中知事は、政策アイデアは優れていたようですが、マネジメントがダメで空回りという感じです。

東国原知事は、タレントですし文字通りの目立ちたがりですが、広告塔として宮崎県に貢献するということだけはやったということでしょう。とても東京都知事や首相の器とは思えませんが、それをものともしないところがキャラクターなのでしょう。

竹原市長は、公務員や議会などの既得権に自爆攻撃をしたという感じです。専決処分や法律違反は確信犯なので、それらを良識で批判しても急所を外します。

相乗り議会、首長、行政の既得権構造を崩す方法が見つからないことへの苛立ちの表現です。それを批判しても、既得権構造を崩す方法を示せないままでは何の有効性もありません。劇場型首長を批判する良識派政治学者たちの無力を指摘せざるを得ません。

河村市長には、私自身が改革を期待してコミットしたわけですが、名古屋市政には何の関心も責任意識もなく、全国的に知名度を上げて国政に戻るという戦略を描いていたとはまったく気づきませんでした。私の完全な読み違いですが(あそこまで自己中の人がいるなんて見るまでは信じられませんでした)、一定期間、周りの人を引きずり込む能力は体験しないとなかなかわからないかもしれません。その後も引きずり込まれる人が後を絶たないようです。

唯一、政策能力や統治能力もバランスよく備えていると思われるのは橋下知事、現大阪市長です。それは、橋下時代の大阪府庁に民間から課長で入った女性の体験記からも読み取れます。

中村あつ子『私と橋下知事との「1100日」 民間出身の女性課長が大阪府庁で経験した「橋下改革」』洋泉社、2012年4月。

私自身は、劇場型首長(小泉首相も入れていい)については、それが「法的・政治的過程の素通り」や「政治の文法」の無視だとして批判することよりも、それが噴出してこざるをえない現実の深刻さを認識することの方が重要だと考えています。

そして、そうした現実をもたらしている既得権構造を壊す可能性のある動きにはまずは期待をもって注目すべきだし、機会があればコミットすべきだと考えます。

政治学者たちが、とにかく権力を批判していれば役割を果たしたことになる、などと考えているとすれば、世の中が政治学を素通りすることになりかねません。

かつての政治改革にしても、2009年の政権交代にしても、何もコミットしないで、表立って意見表明もしなかった政治学者たちが、批判しやすい状況になった今になれば誰でもできるような程度の批判をしているのをみると、本当に気楽な商売だと思います。

あの自民党長期単独政権や自治体の相乗り体制を変える方法を真剣に考えたことがあるのでしょうか。そしてまた、彼らが批判する「改革」の試み以外に、どのような打開策を示せるのでしょうか。

まあ、政治学や政治学者にもいろいろあるわけで、私自身はこういうスタイルの方が合っているというだけのことですが。
長久手市長 [2012年04月29日(Sun)]
土曜日午後、今年4月から長久手町から長久手市になった自治体の最後の町長、最初の市長である吉田一平さんに会ってきました。

福祉施設や幼稚園などをいろいろ経営してきた民間経営者で、前からお付き合いがありましたが、役所に入って半年の段階で、ご本人もいろいろ驚きがあったらしく興味深い話が聞けました。

市長室にあまりいないで、書類に出てくる現場をほとんど見に行っているとか、庁舎の入り口に市長のスペースを作ってなるべくそこにいて出入りする人に声をかけるとか、とりあえずは「あいさつ」を全職員に浸透させることを目標にしているとか、民間経営者ならではのやり方です。どこまで役所の風土を変えられるか注目です。

昨年10月5日の議会での所信表明演説では、早朝に起きて原稿を巻物に毛筆で清書して、議場ではそれを使って演説されたそうです。当然ながら全部自分で書かれた非常に思いのこもった文章です。

「つながり」「あんしん」「みどり」をキーワードにされていますが、明確な時代認識が背後にあり、長年の自らのNPO活動を踏まえているので、役人や中途半端な議員では太刀打ちできない迫力があります。

以下、その一節です。

時代を振り返りますと、日本中が昭和30年代までは、まさしく「住民自治」でありました。30年代後半から徐々に豊かになりはじめ、テレビや冷蔵庫など便利なものが世の中に出回り始め、それらを手に入れるため町外に”金もうけ”に出かけ昼間地元にいる人々は少なくなり、それまで住民がしていたまちなかの暮らしの仕事は「役場」にお金を払ってやってもらうことになりました。以来50年の間に役場は、住民にとって単なる「競争相手のいない委託業者」になってしまった、というか、してしまったように思います。この際もう一度このあたりのことを再構築する時代になったと強く考えます。

吉田さんは自由主義的改革という言葉は嫌いでしょうが、まさにそれを土着の言葉で表現しています。「競争相手のいない委託業者」というのは見事な表現ですね。では、どのような民間主体を構築することによってによって自治を取り戻すのか。

以前ブログでも紹介したように、アメリカでも、植民地時代のタウンミーティングの理念にもどろうという動きが、行政の仕事の実施を100%民間企業に委託するというサンディスプリング市のような試みを生み出しています。はやりのティーパーティもそれを表現しているから支持が広がるのです。

民間主体の伝統が、アメリカと日本では違いますが、現代的に再構築する場合にはかなり重なってくると思います。民間企業、NPO、地域組織などをどのように現代的に組み合わせるのかが共通の課題です。

長久手市においても、高度成長以前の住民自治をそのまま復活させることは不可能です。では、どのような形が可能なのか。

吉田さんがどのような答えを探り出していくのか、できる協力はしながら注目していきたいと思います。
取材 [2011年12月30日(Fri)]
ニュースステーションの日曜版用の取材がありました。1月後半に、ポピュリスト首長たちの特集をやるようです。

夕方に河村さんの取材があるそうで、その前に、ということで取材を受けました。

橋下さんと河村さんとは違うという私がしつこく発信してきた評価がだいぶ広がってきたようです。事実をきちんと踏まえれば明らかですが、マスコミは自分たちが一度煽った路線はなかなか変えません。「減税日本」が名前からしてもローカル・パーティではないということすら、指摘すると驚かれます。

いずれにしても、せめて新聞だけでも紙面を無理に統一せず、異質な要素も部分的には許容するようなスタイルに変えてほしいと思います。でないと、間違っても路線転換がなかなかできません。
ニュースステーション [2011年12月15日(Thu)]
ニュースステーションに、橋本大阪市長が登場していました。数日かけて、大阪市の26部局の幹部たちに自分の考え方をぶつけて議論したそうです。見せかけ改革派首長にはできないことですね。

メッセージも非常に考え抜かれたものでした。

感じた最大の問題点としては、行政の仕事を民間に委ねる必要があるということで、外郭団体、随意契約の構造への批判を前面に出していました。

大阪都構想については、水道事業の府市統合を松井府知事と5分で決めたことを紹介して、こういうことを具体的に進めていくことが都構想の内容であり、制度化、恒久化するのは最後の仕上げだという説明をしていました。危惧さzれているような都構想をめぐる政治的騒動を避け、実務的改革を重視するというメッセージを明確に出していました。

教育委員会への批判も、選挙によって勝負がついたことを前提に、じっくり議論する姿勢を強調していました。

産業は徹底して競争させるが、人は守る、というフレーズも印象的でした。

また、国政については国会議員に任せて、自分は大阪市長に徹するという姿勢も明確でした。

批判する人たちも、市長としてきちんと仕事をしようとする姿勢は認めるべきでしょう。そしてまた、批判も意識しつつ自らのイメージを鮮明に発信する言葉とパフォーマンスも見事なものです。

1995年以降の改革派首長たち(北川、浅野、増田、片山など)の退場後、パフォーマンス過剰の首長たちが登場して大騒ぎしましたが、橋本氏の資質は飛びぬけているという印象です。
5%減税、可決へ [2011年12月14日(Wed)]
名古屋市の河村市長が、住民税10%減税を5%減税にまで引き下げて提案するそうで、公明が賛成して可決される見通しのようです。昨日の夕刊によれば、自民や民主も賛成する可能性があります。

中日から朝刊用の取材を受けましたが、述べた趣旨は以下のようなものです。

議会側としては、ここまで市長が妥協した段階で、市長側にもはや切り札がないことを確信し、この際、今後の火種を消しておこうという判断でしょう。

2009年の12月には10%減税を一旦は実現したわけですから、河村氏としては、この2年間何をしていたのか、という感じのはずです。議会との対立を煽ることだけを優先してきた結果、それでも市議会の過半数を取れなかったわけですから、要するにどうしようもないということです。

この5%での減税案可決は、政治的には河村氏の敗北です。ただ、次の総選挙での愛知2区の古川氏との対決を見越して、政権中枢を歩んでいる古川氏を増税のシンボルに見立てて減税の実績を形だけでも主張できるように、という個人的な思惑はあるでしょう。

市政を放棄して国政復帰の画策を始めたわけですから、もう市長を続ける資格はないですね。

これで住民投票条例という問題もなくなって、また、議会の自公民相乗り態勢が復活することでしょう。

議会一元制にしないかぎり、二大政党がきちんと選択肢を掲げて競うというまともな政治は実現しないということでしょう。
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