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〔後房雄のブログ〕

現実関与型の政治学者が、日本政治、自治体改革、NPOやサードセクターの動向などについて話題を提供しています。一応研究者なので、面白かった本や論文の紹介もします。


民主党政権への伏流 [2010年09月20日(Mon)]
前田和男『民主党政権への伏流』ポット出版、2010年

団塊世代、全共闘世代のジャーナリストである著者が、政権交代、民主党政権誕生までの過程に関わった同世代の人物を丹念に取材した本です。政権交代を準備してきた伏流水のなかに「わだつみの声」を聞き集めたい、というのが著者の狙いだったとのことです。

日本新党、新党さきがけは政党なのである程度は知られているでしょうが、平成維新の会、殿様連合、21世紀クラブ、ニューウエーブの会、デモクラッツ、シリウス、東京市民21、市民リーグ、リベラル東京会議、Jネット、日本版オリーブの木、などはもはや知る人も少ないでしょう。

全体として、社会党が自己改革に失敗して日本政治の転換(政権交代のある民主主義と二大政党の構築)にほとんど積極的な貢献ができなかった実態が重く浮かび上がります。高木郁郎さんなど、内部で努力された人たちもいたのに、それらをことごとく潰した社会党幹部、専従書記たちの責任は犯罪的なまでに大きいと思いますが、本人たちはそのことの自覚すらないまま、今回の政権交代も斜に構えてみていることでしょう。

「若尾光俊の章」では、日本版オリーブの木のことが私自身のことも含めて詳しく描かれており、懐かしかったです。こういう本が出なければ、確かに埋もれてしまっていたでしょう。

本全体については、団塊の世代なりの努力は伝わってくるものの、やはり理念や思い入れの過剰さが政治的リアリズムを損なったことが共通の弱点であり、多くの失敗の理由だという感を禁じ得ません。本書でも紹介されているように、ドイツやイタリアではそうじゃない人たちもいたのに、日本ではどうしてこうなってしまったのでしょうか。

こういう団塊の世代的動きを私なりに意識はしていましたが、あえて深入りせず、「政権交代のある民主主義」という一点に目標を絞るというのが私の戦略的判断でした。

彼らは、こういう魂の入らない政権交代では不足だというでしょうが、魂を入れるためにもそのための土俵が必要だ、そして、どのような魂をいれるかということ自体、その土俵のうえで国民が選択していくことであって、団塊の世代が満足する魂が入っているかどうかにこだわりすぎたことが彼らの失敗の理由だと、というのが私の意見です。

これは、彼らの菅直人評価が非常に低いことに象徴的に示されています。

広い意味での同じ政治プロジェクトのなかで隣り合っていた本書の登場人物たちには、ある種の戦友意識を抱くと同時に、世代の政治文化を越えることがいかに難しいかをあらためて感じさせられました。
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