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出雲弥生の森博物館
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出雲弥生の森博物館職員
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俳優の佐野史郎さんが来館! (07/23) 出雲国風土記
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博物館を面白くするアイデア!? (05/22) アルビくん
博物館を面白くするアイデア!? (05/21)
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〜【終了間近!】秋季企画展「いつまでも戦後でありたい−出雲市民と戦争−」〜 [2015年12月17日(Thu)]

 10月31日から好評開催中の秋季企画展「いつまでも戦後でありたい−出雲市民と戦争−」12月21日(月)までで終了となります。出雲と戦争の関わりを知ることができる貴重な展示です。観覧無料です。お早めにご来館ください。

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 大社町鷺浦に伝わったロシア海軍戦艦を識別するための図面。日本海側の港に配布されたと思われる。
〜秋季企画展「いつまでも戦後でありたい ―出雲市民と戦争―」これに注目! その2「父をしのぶ」〜 [2015年12月15日(Tue)]

 松江聯隊(まつえれんたい),と呼びならわされた旧陸軍歩兵第63聯隊。そこに所属する機関銃兵として中国山東省へ出征した景山龍一さん(当時21歳)は,旧日登村寺領(雲南市木次町)の家族にあてて,たくさんのたくさんの手紙を送った。なかに,幼い娘・初恵さんあてた「初恵ニ読ンデ聞カセテ下サイ」という手紙がある。
 「初恵や お前のお父さんだよ」に始まり,「おじじ」と「おがさん(母さん)」に「とんと(肩タタキ)して あげよ」,「大造(弟の名)は,ほせ者だから かわいかわいしてやれよ」と家族へのいたわりを勧め,「まんまくうに ほへえ(泣く)なよ」と食事を心配し,「晩にや,おじじとええ子して ごうごせよ(寝なさいよ)」と言い聞かせる。遠く離れていても,わが子が目の前に居るかのような書きぶりだ。そして,最後に安心させるように「じきに お父さんがもどってくるぞ」と結んである。
 しかし,1938(昭和13)年5月2日,台児荘の激戦で戦死。子たちが父と再びまみえることはなかった。
 それから65年,息子と娘は追悼の石碑を建て,父の手紙の一節を刻んだ。「この鉄砲が牛蒡(ごぼう)であったらナー」。
 奥出雲葡萄園にほど近い丘にその碑はある。

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「この鉄砲が牛蒡であったならナー」の石碑


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初恵さんあての手紙ほか
土器づくり体験教室を開催しました [2015年12月14日(Mon)]

 12月12日(土)13時30分から、弥生時代の土器づくり体験を行いました。
 最初に弥生時代の土器のつくり方の説明を聞き、そのあと出雲王のお墓(西谷3号墓)から出土した壺などを真似て土器をつくりました。
 初めて土器づくりをする人が多く、かなり苦戦していましたが、最後までつくることが出来ました。
 今回つくった土器は、朱色で着色した後、平成28年3月から始まる特別展で展示する予定です。
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〜第10回出雲商業デパート「まが玉づくり体験教室」出店中〜 [2015年12月05日(Sat)]

 12月5日(土)、6日(日)と出雲商業高校で開催される第10回出雲商業デパートに、まが玉づくり体験教室(300円)を出店しています。
 商業高校生、博物館ボランティア、博物館職員が作り方をご説明します!ぜひ、ご来場ください!マスコットキャラクター「よすみちゃん」も登場します!

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〜秋季企画展「いつまでも戦後でありたい ―出雲市民と戦争―」これに注目! その1「和訓(わくん)の戦争画」〜 [2015年12月02日(Wed)]

 石橋和訓(いしばし・わくん,1876−1928)を知っていますか?市内佐田町出身の洋画家で,肖像画を得意としました。島根県立美術館に所蔵される「美人読詩」は彼の代表作です。
http://www1.pref.shimane.lg.jp/contents/sam/ja/collection/colle_02_03.html
 
 和訓も明治の若者です。当然,徴兵され陸軍の兵隊となりました。彼が所属したのが広島第五師団の砲兵隊(野戦砲兵第五連隊)。明治33(1900)年,第五師団は中国で起きた「義和団事件」の邦人救出のため派兵され,砲兵連隊も出征しました。和訓もその1人でした。しかし,彼の現地での動向を知る資料は知られていませんでした。
 ところが,同じ部隊に所属した兵士の家に,なんと!和訓が戦地で描いた戦争画が残されていたのです。天津城か,あるいは北京城を砲撃する情景を描いた和風の絵画です。和訓の新発見資料として,本邦初公開しています。
 企画展は,12月21日まで,ぜひご覧ください。
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