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小学校の先生方と”出雲のすごさ!体感ツアーU”を行いました(その2) [2015年08月07日(Fri)]

平成27年8月5日、出雲市教育研究会小学校社会科部会と共催で先生方の研修会<Bコース>を行いました。

Bコースには、27人の参加があり、斐川町内をバスで巡りながら平和学習と昔の暮らしについて研修しました。

今年は太平洋戦争終結から70年の節目の年、斐川町内には数多く戦争遺構が残っています。
まずは、博物館を出発し、右手に”出西(しゅっさい)飛行場跡”を見ながら新川道路を
進み、興林寺(直江)の”大捷記念碑(たいしょうきねんひ)に向かいます。
この記念碑は高さ8.5mの鋳銅製で、この記念碑を作るために出資した人の名前と
日露戦争・日清戦争に従軍し戦病死された人の名前が刻まれています。
こうした記念碑は各地に作られましたが、太平洋戦争時の金属供出によりその多くが失われました。
この記念碑は、戦死した人を地域の英雄としてたたえることで、多くの若者を戦争へ
送り出してきた地域の歴史を静かに伝えています。
P8050010.jpg
照りつける太陽の下、熱心に解説を聞く先生方

次に”段原鉄橋(だんばらてっきょう)に向かいました。
昭和20年7月28日、出西飛行場を狙った空襲があり、この時の機銃掃射の痕跡が
この鉄橋にはっきり残っています。
P8050018.jpg

鉄橋の下は、新川道路と呼ばれている道路ですが、元は江戸時代に人工的に造られた川でした。
この”新川”により大量の土砂が運ばれ、斐川町の新田開発が行われたのです。
新川は昭和14年に廃川が決定し、昭和20年から跡地を利用して旧海軍大社基地飛行場が建設されました。


次に向かったのは、”斐川中央公民館の民俗資料室”です。
ここには、江戸末期から戦前に使われた民俗資料(県指定有形民俗文化財)を収蔵しているため、
毎年数校の小学3年生が”昔の道具”の勉強で見学に来てくれます。
現代の便利な生活をしている子どもたちに昔の暮らしについて何をどのように伝えたらよいのか、
実際に資料を手にとって見学してもらいながら意見を交わしました。
P8050037.jpg

また、この資料室には故陰山慶一さんが収集された戦争遺品も収蔵しています。
戦地で実際に使われた水筒や防毒マスク、千人針や軍服なども見ていただき、
平和学習にどのように活かしたらいいのか、子どもたちにどのように伝えたら
よいのかなどについて考えました。
P8050042.jpg

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新川の歴史や市内に残る戦争遺構の場所などを資料でも研修



最後に“原鹿(はらしか)の旧豪農屋敷”を見学し、博物館へ帰りました。
P8050074.jpg

先生方ご自身も直接は知らない戦争や当時の暮らしについて、
今の子どもたちにどう伝えたらいいのか!
先生方の真剣な思いが伝わる研修会でした。


予告!
出雲弥生の森博物館では、
地域と戦争の関係を考える企画展「いつまでも戦後でありたいー出雲市民と戦争ー」
10月31日(土)〜12月21日(月)を開催します。
また、市内の戦争遺跡等に関する情報を引き続き収集しています。

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