広がった安全網 「ただ乗り」から「自立」へ
[2007年03月03日(土)]
日本経済新聞で連載されている「成長を考える」のうち「広がった安全網 「ただ乗りlから「自立」へ」(07/3/3朝刊)は特に興味深い論調なので、抜粋引用しながら見ていく。
−−−大阪市の話。
小売店で働く男性の最低賃金は月13万3千円、手取りは11万6千円、通院すれば医療費も。
保護を受ける30歳代独身男性は約12万5千円の支給。税など免除。医療費も国持ち。
保護から抜け出そうと働き始めた30歳代男性は、月給15万5千円超で保護費が打ち切られ、税・社会保険料、公共料金も負担。保護時代よりも手取り月収が約2万円減。
生活保護8万3千6百世帯のうち、06年4月から12月までに就労して保護から抜け出したのは95世帯。
「保護廃止になりたくないから仕事にいかない人もいる」(西成地区担当の職員)。
この類の実例は多く報道されている。解決策はなかなか見つからない。手持ちの金は少しでも多い方が良いに決まっている。
−−−静岡県島田市の話。
市内小中学校で給食費を滞納する140世帯のうち、所得不安定などで支援対象になるのはわずか11世帯。夫婦子2人の世帯の年収で4百万円程度までは就学援助の対象。課税最低限(国税、325万円)より高い。全国では更に高い年収まで援助対象になる自治体も。
給食費滞納問題が貧困問題とどう連関しているのかについて明快な論拠は見当たらない。就学援助も同様。事実間の関連性を徹底的に調査・解析してからでないと最善の策を見つけようがない。それまでは、暫定的な次善の策でいくしかない。
−−−過去10年間で生活保護世帯は7割増え100万超。給食費未納も全国で9万人。体が不自由な人や母子家庭、働きたくても働けない……。長期不況の下で苦しくなり、安全網で守られるべき弱者は確かに存在。本当に必要なところに支援が回らない面があるのも事実。それでも「働けない」と「働かない」、「払えない」と「払わない」は違う。長期不況の緊急避難が一段落した今、両者を区別し、「手を差し伸べる対象をはっきりさせるべきだ」(森信茂樹日本租税総合研究所長)。
全くその通りである。例えば生活保護に限ってみても老齢加算廃止や母子加算廃止は「手を差し伸べる対象をはっきりさせる」前に決定されたように映る。制度変更は権益移動をもたらす。懲罰と犠牲を混同している場合があるが、それこそ一律性の誤謬である。
−−−官邸の有識者ヒアリングで樋口美雄慶大教授は「負の所得税」を提言。生活保護を絞り込み、働いて収入を得たら手当を支給。収入が増え、税金がかかる水準になっても急に手取りが減らないよう税額控除などで支援。保護から抜け出し、働いた分に比例して手取りが増えるよう手当や減税で調整。この調整が「負の所得税」。働くより保護を受ける方が手取りが多いといった矛盾は解消。「個人の自立を阻害する仕組みは公的安全網の負担増、消費の低迷などを通じて経済を縮小させる」。90年代以降、欧米ではこんな認識が定着。
「負の所得税」はまだデビューしたばかりの日本。今後、広く議論の的にされる考え方の一つとなるだろう。そうすれば、「負の所得税」では調整されない人々を浮かび上がらせることもできるはずだ。
−−−だが、日本はその潮流に乗り切れない。格差・貧困論争が喧しい中で、生活保護削減などを口に出せば、「弱者いじめ」のレッテルを張られかねないからだ。下村博文官房副長官はヒアリングに欠席。社会保障や税制に跨る政策の再構築に及び腰な中央官庁も黙殺。
「弱者いじめ」のレッテルを張られるのは、日本の政府や自治体にとっては常だ。昨年、貸金業問題で『貸さぬ親切』という考え方が出されたが、生活保護についてこれを当てはめると『与えぬ親切』となるか。過剰貸付(過剰借入)は債務者を窮地に追い込むとされる。では、過剰給付(過剰受給)という概念があるとしたらそれは保護受給者をどこにもっていくだろうか。
−−−経済成長の基盤は、お上に頼らない自由で伸びやかな個人にある。「自分の足で立つ」ことの大事さを再確認することが今ほど必要な時期はない。
同じ報道機関であって同じようなことを記事する場合であっても、書き手によって全然異なる論調になる。「自分の足で立つ」ことの大事さを再確認することが今ほど必要な時期はないと思うが、それと全く逆のことが書き立てられることもある。報道機関に「自由で伸びやかな個人」がいるということだろう。
−−−大阪市の話。
小売店で働く男性の最低賃金は月13万3千円、手取りは11万6千円、通院すれば医療費も。
保護を受ける30歳代独身男性は約12万5千円の支給。税など免除。医療費も国持ち。
保護から抜け出そうと働き始めた30歳代男性は、月給15万5千円超で保護費が打ち切られ、税・社会保険料、公共料金も負担。保護時代よりも手取り月収が約2万円減。
生活保護8万3千6百世帯のうち、06年4月から12月までに就労して保護から抜け出したのは95世帯。
「保護廃止になりたくないから仕事にいかない人もいる」(西成地区担当の職員)。
この類の実例は多く報道されている。解決策はなかなか見つからない。手持ちの金は少しでも多い方が良いに決まっている。
−−−静岡県島田市の話。
市内小中学校で給食費を滞納する140世帯のうち、所得不安定などで支援対象になるのはわずか11世帯。夫婦子2人の世帯の年収で4百万円程度までは就学援助の対象。課税最低限(国税、325万円)より高い。全国では更に高い年収まで援助対象になる自治体も。
給食費滞納問題が貧困問題とどう連関しているのかについて明快な論拠は見当たらない。就学援助も同様。事実間の関連性を徹底的に調査・解析してからでないと最善の策を見つけようがない。それまでは、暫定的な次善の策でいくしかない。
−−−過去10年間で生活保護世帯は7割増え100万超。給食費未納も全国で9万人。体が不自由な人や母子家庭、働きたくても働けない……。長期不況の下で苦しくなり、安全網で守られるべき弱者は確かに存在。本当に必要なところに支援が回らない面があるのも事実。それでも「働けない」と「働かない」、「払えない」と「払わない」は違う。長期不況の緊急避難が一段落した今、両者を区別し、「手を差し伸べる対象をはっきりさせるべきだ」(森信茂樹日本租税総合研究所長)。
全くその通りである。例えば生活保護に限ってみても老齢加算廃止や母子加算廃止は「手を差し伸べる対象をはっきりさせる」前に決定されたように映る。制度変更は権益移動をもたらす。懲罰と犠牲を混同している場合があるが、それこそ一律性の誤謬である。
−−−官邸の有識者ヒアリングで樋口美雄慶大教授は「負の所得税」を提言。生活保護を絞り込み、働いて収入を得たら手当を支給。収入が増え、税金がかかる水準になっても急に手取りが減らないよう税額控除などで支援。保護から抜け出し、働いた分に比例して手取りが増えるよう手当や減税で調整。この調整が「負の所得税」。働くより保護を受ける方が手取りが多いといった矛盾は解消。「個人の自立を阻害する仕組みは公的安全網の負担増、消費の低迷などを通じて経済を縮小させる」。90年代以降、欧米ではこんな認識が定着。
「負の所得税」はまだデビューしたばかりの日本。今後、広く議論の的にされる考え方の一つとなるだろう。そうすれば、「負の所得税」では調整されない人々を浮かび上がらせることもできるはずだ。
−−−だが、日本はその潮流に乗り切れない。格差・貧困論争が喧しい中で、生活保護削減などを口に出せば、「弱者いじめ」のレッテルを張られかねないからだ。下村博文官房副長官はヒアリングに欠席。社会保障や税制に跨る政策の再構築に及び腰な中央官庁も黙殺。
「弱者いじめ」のレッテルを張られるのは、日本の政府や自治体にとっては常だ。昨年、貸金業問題で『貸さぬ親切』という考え方が出されたが、生活保護についてこれを当てはめると『与えぬ親切』となるか。過剰貸付(過剰借入)は債務者を窮地に追い込むとされる。では、過剰給付(過剰受給)という概念があるとしたらそれは保護受給者をどこにもっていくだろうか。
−−−経済成長の基盤は、お上に頼らない自由で伸びやかな個人にある。「自分の足で立つ」ことの大事さを再確認することが今ほど必要な時期はない。
同じ報道機関であって同じようなことを記事する場合であっても、書き手によって全然異なる論調になる。「自分の足で立つ」ことの大事さを再確認することが今ほど必要な時期はないと思うが、それと全く逆のことが書き立てられることもある。報道機関に「自由で伸びやかな個人」がいるということだろう。



無知の者の議論は、国を迷わせます。
被害は誰に負担し手もらったらよろしいでしょうか。