厚生労働省分割論
[2009年06月05日(金)]
今朝の日経新聞「経済教室」に拙稿が掲載されています。(以下は、その論旨+α)
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先月15日に政府の安心社会実現会議で提起され、同19日の経済財政諮問会議で麻生太郎首相から具体案づくりの指示がなされた厚生労働省の分割論。先月16日の新聞で、読売朝刊だけが一面トップで報じていたことは、何かを象徴しているのだろう。
首相の方向性は、@年金、福祉、医療、介護などを担当する社会保障省と、A雇用、児童、少子化対策などを担当する国民生活省に再編しようということだった。衆院選を目の前にして厚労省分割論を打ち出せば、選挙向けに新たな改革ダマになるだけでなく、報道機関の関心を引き付ける可能性もある。そんな政治的な背景があったことは容易に推察される。
これに対し、「なぜ今、厚労省だけを分割するのか」、「拙速を避け、省庁再々編を検討すべき」といった趣旨の異論反論が、首相の足元でもある政府・与党内からも噴出した。唐突に出されたという点が議論の原点になることはままあるが、省庁再々編論にまで言及されることも予想の範囲内であった。
結局、先月28日に首相が厚労省分割論に関して「最初からこだわっていない」と表明したことで、この構想はたった2週間で立ち消えになった。政治的思惑で出された構想が、別の政治的思惑で潰された ―― そう感じている国民は多いのではなかろうか。
もっとも、今次の厚労省分割案は、現厚生労働省を旧厚生省と旧労働省に戻すことに近似しており、大きく異なるのは省名ぐらいであろうと推察される。
他方、橋本行革の果実である2001年の中央省庁再編で誕生した厚労省のような巨大官庁について、その在り方を再び問い直すべきだとの指摘も多い。当時の行革の大目的には、内閣機能の強化に加えて、省庁の大括り化による総合性・機動性を備えた行政の実現というのもあった。
そうは言っても、財務省と金融庁に分割された旧大蔵省の例もあった。外務省、法務省、農林水産省、会計検査院、人事院などは全くの手付かずであった。経済産業省は旧通商産業省とあまり変わっていない。先の中央省庁再編は、“全体的見直し”という触れ込みではあったが、その実、旧大蔵省の権力集中排除が至上命題であったと思料する。
中央省庁再編の趣旨が本当に体現されているのかどうかは、甚だ疑わしいと言わざるを得ない。例えば、去る3月に舛添要一厚労相が厚労省を年金・厚生・労働の3つに分割すべきだとする持論を示した。こうした担当閣僚の発言は、巨大官庁が所掌する政策課題が多過ぎることによる、実際の政策遂行に当たっての支障の大きさを物語っている。
国土交通省はまだしも、総務省は分割すべきであることは論を待たない。行政監察、地方自治、電気通信などに係る行政が一体的組織の下で実施される理由を説明することは極めて困難である。所詮は、省庁再編で何かが生き長らえたに過ぎないのだろうが。
このように、中央省庁の分割・再編といった行政組織の改編について、政治的な側面ではなく、政策的な側面に焦点を当てて考えてみると、全く違ったことが言える。拙速は避けよ、個別論ではなく全体論から考えよ、まずは全体像を示してから議論せよ等々の様々な意見が百出するのは、政策テーマを問わずよくあることだ。
しかし、いわゆる全体論やら全体像とやらの追求に時間をかけると、眼前の危機を回避するために行うべき個別施策がなおざりになってしまうことがある。喫緊かつ重要な政策を行っていく上で真に必要があるならば、たとえ全体最適ではなく部分最適に過ぎないとしても、政策遂行のための手段の一つとして行政組織の改編を伴わせて然るべきである。
そうでなければ、現に極めて高い政策ニーズがあることに対して適応することはできない。着手可能なものから着手することは、その時々に横たわっている課題に適時適切に対応していくことと同義だ。これは、ある種の危機管理でもある。
全体論、全体像、全体戦略、全体的・・・と叫ぶ人は多いが、「全体」を追い掛けても、個別論の集大成にしかならないことを認識する方が合理的だろう。時間をかけることのできる人々に合わせるのは、それこそ時間がもったいない。
ここ最近の中央省庁の組織改編に係る動きとしては、「観光庁」(国土交通省の外局:昨年10月発足)、「消費者庁」(内閣府の外局:本年10月発足予定)と、「庁」レベルのものが続いている。先月には、政府の教育再生懇談会が「スポーツ庁」の創設を打ち出した。府・省(以下「省」と略す。)と庁では、組織のレベルが全く異なる。省は閣僚を頂く組織であるが、庁は省の外局に過ぎない。庁の改編では、省にとって重要な権限が他省に移管されることはまずない。
観光庁は、国交省総合政策局の一部を同省内の新組織として格上げしたもので、その創設に当たっては省をまたぐ大きな権限争議は起こらなかった。
消費者庁は、内閣府国民生活局を同府内の新組織として格上げするものだが、先月成立した同庁関連法の立案・審議過程ではかなり揉めた。消費者行政一元化の名の下に、消費者行政を所管する各省から消費者庁への関係する権限の全面移管が当初検討された。だが政府内調整の結果、各省からの完全な権限移管ではなく、各省と消費者庁の権限の一部共管化ばかりが目立つ結果となり、各省にとって重要な権限が消費者庁に移管されることにはならない。個別論ではあるが、消費者庁・消費者委員会は見直さないと、設置法が施行されても、“稼働”できないのではなかろうか。資源を投入すべきは地方の現場である。
一方、先の中央省庁再編を見ても、省の改編には、各省にとって重要な権限の他省への移管が確実に伴う。既得権益を擁護しようとする政治家や官僚による抵抗の大きさを予見すれば、庁の改編に比べて省の改編は困難を極める。
各省の権限は各省の「設置法」に規定されているため、政治家が本気になれば、各省の権限を他省に移管させる法律改正(省の改編)は決して難しい話ではない。しかし、実際にはそうはならない。
現行の各省設置法に基づく中央官庁の体制では、“組織ありきの政策”とならざるを得ず、これが縦割行政による多大な弊害を生じさせている。本来あるべき姿は、“政策ありきの組織”である。
厚労省分割論で話題になった幼稚園と保育所に係る制度を巡る文部科学省・厚労省の関係(「幼保一元化」問題)はもちろんのこと、最近では公務員制度改革を巡る総務省・財務省・人事院の関係、古くからはコンビナート保安政策を巡る総務省・厚労省・経済産業省の関係(「保安4法」問題)や、情報通信政策を巡る総務省・経産省の関係など、官庁間で整理しておくべき権限関係にまつわる課題は多い。
逆に言えば、各行政機関の間で権限の移動を柔軟化すれば、優先度の高い重要政策の効率的かつ合理的な遂行に必要な組織改編を迅速に実施することも可能となろう。錯綜する権限関係を整理するのは、それこそ強い政治の主導力がなければ不可能に近い。
そこで、首相のリーダーシップにより各官庁の間で権限の移動を定期的かつ迅速に実施できる仕組みを設けられたい。
もっとも、行政組織を改編すること自体には経済効果は期待できず、ともすれば行政肥大化の危惧を惹起することもある。それらに対しては、閣僚や官僚幹部のポスト数のやみくもな増加は認めないことは当然のこととして、最終的に公務遂行に要する人件費など投入する公的資金の総額を増加させないことを担保するルールを構築しておけば良い。
組織改編の検討を理由として、必要な制度改革に遅れが生じる口実を政治家や官僚に与えかねないとの懸念もあるが、だからこそ行政組織の改編が柔軟かつ迅速に可能となるシステムが必要なのである。
今次の厚労省分割・再編に係る問題提起は、以上で述べたような行政組織の機動的改編を、運用面で試行する好機と捉えて然るべきではなかっただろうか。かかる観点からすれば、先の厚労省分割論が宙に浮いてしまったことは残念でならない。現在及び今後当面の国民生活全体を見渡してみると、年金、福祉、医療、介護、雇用、労働といった厚労省所掌分野には、喫緊性が高いものが多いことは明らかだ。
省の改編をすることによって、従前は実施困難であった重要政策が円滑に進むと見込まれるのであれば、積極果敢に省の改編を実行していくべきである。それは、現体制ではできない改革の立案や実現を、新体制に委ねることを意味するからだ。
「年金」は、今後とも喫緊性も重要性も共に極めて高く、国民の最大関心事であり続けることは間違いない。最後に、この場を借りて提言しておきたい方向性を一つ。
――「年金」に関して、「制度改革」と「不祥事処理」に分割し、各々に閣僚を頂く新しい責任体制を敷く。前者については、消費税率引上げなど税制改革が密接に絡むことから財務相の傘下に移管しつつ、現行の社会保険方式から段階的に全額税方式へと改革する。後者にあっては、内閣府特命担当相を置いて、“最後の一人”まで確実に善処する――
「年金」に要求・査定のプロセスは不要である。



