モンスターペアレンツの産みの親
[2011年02月22日(Tue)]
教師が保護者を訴えるという、前代未聞の事件が起きた。保護者から執拗に嫌がらせを受けたことが原因で、心身の異常を発症して勤務出来なくなったと、損害賠償請求をしたらしい。今までなら、学校の管理者は絶対にそんなことはさせなかっただろうし、教委だって猛反対したであろう。ところが、教育関係者は静観する態度というか、どちらかというと陰で支援しているような雰囲気さえ感じられる。学校関係者はモンスターペアレンツのようなクレーマーに対して、もう打つ手がなくなり困惑していて、反撃するしかないと思い始めたのかもしれない。
モンスターペアレンツと呼ばれる、悪質なクレーマーに学校側はほとほと手を焼いているらしい。面白おかしく報道している部分もあるかもしれないが、クレーム内容は確かに滅茶苦茶なものもある。自分の子どもが正しいと思い込んでいて、子どもの言い分を信じて疑わない親があまりにも多い。子どもは自分を守る為に、平気でウソをつくことを知らないのだろうか。ましてや、問題ある親の子は、特にその傾向が強い。モンスターペアレンツは、自己中心的である。であるから、その子もまた自分が悪いなどとは思わず、先生や友達を悪者に仕立て上げているのであろう。
さて、近年になってそのモンスターペアレンツと呼ばれる保護者が急増しているが、どうしてそんな状況に陥ってしまったのだろうか。少なくても15年前には、そんな保護者はたとえいたとしても、ごく少数だった。ところが、最近は学校に怒鳴り込んでくる保護者が、しっきりなしだというのだ。学校も神経質になっているし、かなり弱気になっているらしい。教員向けの、モンスターペアレンツ対応の為の研修会が開催されていて、対応マニュアルさえ作られているというから驚きだ。いやはや、呆れてしまうばかりである。
それでは、何故このようなモンスターペアレンツが急増したのであろうか。こんな『化け物』を、誰が産み出したのであろうか。その原因は、やはり教育にあると言わざるを得ない。勿論、そういうモンスターペアレンツを育てた親にも一端の責任はあろうが、多くの責任は学校教育にあったというのが、妥当な考えではないかと思える。何故なら、今の近代教育こそがこのような困った保護者・大人たちを作り出したと思えるからである。つまり、近代教育の欠陥が、モンスターペアレンツのような歪みを、教育現場に産み出してしまったと言えよう。
近代教育は、個を重要視した教育である。個人の能力・技術・知識を最大限に高めようという教育である。当然、その教育効果と評価は数値化される。テストで高い点数を取った者が、さらなる高い教育を受ける権利を持つことになる。そして、将来の収入までもがその影響下に取り込まれる。その教育システムは、激化された競争を生み出し、他に対する優しさや思いやりも奪い取る。自分さえ良ければいいという観念を植え付け、人を見下すような人格を育てる。勿論、思想性や哲学性などという、本来人間として身につけなければならない大切な思考は、まったくなおざりにされている。
このような近代教育は、客観的合理性に基づいた考え方しか教えない。つまり、常に他人を批判・分析するような態度を取らせるのである。だから、他人は尊敬すべき感謝すべき存在ではなく、客観的に批判すべき存在としてあるのだ。それは、教師もけっして例外でなく、あの教え方は下手だし駄目であり、まったく教え方がなっとらんと、批判する対象になっているのだ。だから、教師というのは尊敬すべき対象ではなく、冷たく見下す対象なのだと、教師が知らず知らずのうちに子どもたちに教えてきたのである。何と皮肉なことであろうか。
そうやって、分析・批判的に人を見ることを教えてきた教師が、やがてそのつけを自分たちが払わされてしまうとは思いもしなかったであろう。そういう自己中心的で、他人を冷たく突き放すような人間を沢山産み出し、その中の何人かがモンスターペアレンツとして、教師たちを苦しめているのだ。こんな悪循環を断ち切り、モンスターペアレンツなどという化け物を産み出すことのない、全うな教育に改めなければならない。その為には、モンスターペアレンツの産みの親とも言える文科省が、今の教育制度の欠陥を素直に認めて、思想・哲学を重視した分離思考から統合思考の教育に、一刻も早く改革することが望まれる。
モンスターペアレンツと呼ばれる、悪質なクレーマーに学校側はほとほと手を焼いているらしい。面白おかしく報道している部分もあるかもしれないが、クレーム内容は確かに滅茶苦茶なものもある。自分の子どもが正しいと思い込んでいて、子どもの言い分を信じて疑わない親があまりにも多い。子どもは自分を守る為に、平気でウソをつくことを知らないのだろうか。ましてや、問題ある親の子は、特にその傾向が強い。モンスターペアレンツは、自己中心的である。であるから、その子もまた自分が悪いなどとは思わず、先生や友達を悪者に仕立て上げているのであろう。
さて、近年になってそのモンスターペアレンツと呼ばれる保護者が急増しているが、どうしてそんな状況に陥ってしまったのだろうか。少なくても15年前には、そんな保護者はたとえいたとしても、ごく少数だった。ところが、最近は学校に怒鳴り込んでくる保護者が、しっきりなしだというのだ。学校も神経質になっているし、かなり弱気になっているらしい。教員向けの、モンスターペアレンツ対応の為の研修会が開催されていて、対応マニュアルさえ作られているというから驚きだ。いやはや、呆れてしまうばかりである。
それでは、何故このようなモンスターペアレンツが急増したのであろうか。こんな『化け物』を、誰が産み出したのであろうか。その原因は、やはり教育にあると言わざるを得ない。勿論、そういうモンスターペアレンツを育てた親にも一端の責任はあろうが、多くの責任は学校教育にあったというのが、妥当な考えではないかと思える。何故なら、今の近代教育こそがこのような困った保護者・大人たちを作り出したと思えるからである。つまり、近代教育の欠陥が、モンスターペアレンツのような歪みを、教育現場に産み出してしまったと言えよう。
近代教育は、個を重要視した教育である。個人の能力・技術・知識を最大限に高めようという教育である。当然、その教育効果と評価は数値化される。テストで高い点数を取った者が、さらなる高い教育を受ける権利を持つことになる。そして、将来の収入までもがその影響下に取り込まれる。その教育システムは、激化された競争を生み出し、他に対する優しさや思いやりも奪い取る。自分さえ良ければいいという観念を植え付け、人を見下すような人格を育てる。勿論、思想性や哲学性などという、本来人間として身につけなければならない大切な思考は、まったくなおざりにされている。
このような近代教育は、客観的合理性に基づいた考え方しか教えない。つまり、常に他人を批判・分析するような態度を取らせるのである。だから、他人は尊敬すべき感謝すべき存在ではなく、客観的に批判すべき存在としてあるのだ。それは、教師もけっして例外でなく、あの教え方は下手だし駄目であり、まったく教え方がなっとらんと、批判する対象になっているのだ。だから、教師というのは尊敬すべき対象ではなく、冷たく見下す対象なのだと、教師が知らず知らずのうちに子どもたちに教えてきたのである。何と皮肉なことであろうか。
そうやって、分析・批判的に人を見ることを教えてきた教師が、やがてそのつけを自分たちが払わされてしまうとは思いもしなかったであろう。そういう自己中心的で、他人を冷たく突き放すような人間を沢山産み出し、その中の何人かがモンスターペアレンツとして、教師たちを苦しめているのだ。こんな悪循環を断ち切り、モンスターペアレンツなどという化け物を産み出すことのない、全うな教育に改めなければならない。その為には、モンスターペアレンツの産みの親とも言える文科省が、今の教育制度の欠陥を素直に認めて、思想・哲学を重視した分離思考から統合思考の教育に、一刻も早く改革することが望まれる。




