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マタタビと半夏生 [2012年06月23日(Sat)]
 マタタビと半夏生という取り合わせを不思議に思うかもしれないが、どちらにも共通のものがある。半夏生は夏になると、化粧したように葉が白くなることが知られているが、実はマタタビもまた、同じように夏に葉が白く変色する。どちらも、全部の葉が白くなるのではない。一部の葉だけが白く変色する。それも、春は緑一色であるが、夏の間だけ変色して、秋になるとまた元に戻るというのも不思議なことである。
matatabi.JPG

 何故白く変色するのかというと、はっきりした理由は解らないが、花が咲く季節だけ変色するのを見ると、蜂や虫たちをおびき寄せる為に、目立つ色の白い色に変色するのではないかと言われている。虫たちにとって、黄色い色や白い色は目立つらしい。だから、夏の花は黄色や白い色が多いのではなかろうか。葉が緑だけでは虫たちが見つけられないので、葉を白くして目立つようにしているに違いない。植物も種の保存の為に、目立つ努力をしているということだろう。
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 そう言えば、若い女性や男性たちもまた、異性を惹きつけるために変身している。女性だけでなく、若い男性も化粧をするらしい。奇抜なファッションに身を包み、誰よりも目立とうと涙ぐましい努力をしている若者もいる。しかし、植物ならば目立つ為の努力も仕方ないと思うが、人間の目立つ為の努力に対して、果たしてその効果はもたらされるのであろうか。私は、無駄に終わるような気がしてならないのである。何故なら、それは作られた美しさであり、人間的な真の美しさではないからである。言い換えれば、まやかしの美しさである。

 人間の美しさは、確かに姿かたちや顔の造作に影響される。さらには、化粧の仕方やファッションによる影響も大きいだろう。しかし、それだけではあるまい。人間の内面から滲み出る美しさもあるだろう。また、その仕草や立ち振る舞いの美しさだってある。いくらブランド服で着飾ったり、派手な化粧をしたりしても、人間の内面の醜さは覆い隠せないものである。どこかに、その醜悪さは出てしまうものである。人間は、最終的には人間性の美しさに惹かれるのであるし、心の美しい人は姿も美しくなるものである。

 だとすれば、人間は外見だけを磨いても仕方ないように思う。豊かな教養を身に付け、人間性を高め、謙虚さと真摯さを兼ね備え、そして人間としてあるべき高い価値観もマスターすれば、外面もまた自然と美しくなるものである。勿論、行動も伴わなければならないだろう。人の為世の為に奉仕して、徳を積むことも大切である。マタタビや半夏生も、花の時期に美しく変身する。それは、もしかして内面からの変化、つまり細胞レベルによる変化だからではないだろうか。人間もまた、マタタビや半夏生のように、内面から磨き変化させることにより、外面をも美しく変身させたいものである。
卯の花の匂う垣根に… [2012年06月14日(Thu)]
 卯の花の匂う垣根に、ホトトギス早も来鳴きて、忍音もらす、夏は来ぬ。ご存知、小学校唱歌の「夏は来ぬ」の歌詞である。先日、隣の庭を眺めたら卯の花(ウツギ)の花が咲いていて、そう言えばホトトギスの鳴き声も聞こえていたし、もう夏なんだなあと実感した。季節を実感するというのは、自然の有り様を眺めながら先人の残した風流な自然観を同じように感じることではないかと思った次第である。

 この卯の花というのは空木(ウツギ)のことであるが、どうして空木と呼ばれるかは諸説あるが、木の芯に発砲スチロールのような素材が詰まっていて軽いので、中が空だという意味で空木と名付けられたとも言われている。中央アルプスの木曽駒ケ岳と並ぶ名峰で空木岳という山があるが、この山の麓には空木が多い。昨年登ってきたが、なかなかハードな山であり、登り甲斐のある山であった。
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 さて、この空木という木は、不思議なことに関西では好かれていて、庭木にも植えられることが多いが、関東以北ではあまり人気がないのである。その理由は、この空木のすっと伸びた枝が、特別な杖として利用されるからではないかと思われる。つまり、亡くなった時に、三途の川を渡っていくのに使用する杖として、棺おけに入れる風習があったからではないだろうか。だから、田舎では今でも山に自生するタニウツギの花を、お年寄りに持って行ったりすると、カンカンになって怒られるのである。
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 最近は、このような空木の杖を棺おけに入れる風習も少なくなり、空木が縁起の悪い樹木だという認識する人もなくなったようだ。さらに、空木の花が卯の花と同じだと思う人も少なくなった。先日、卯の花の匂う垣根の…と歌ったら、会社の事務員は豆腐のおからのことだと思ったらしい。卯の花の散れた花びらが豆腐のおからと似ているから名付けられたと思うが、卯の花や空木のことを知らない人も多い。こんなことを知っていても、何の役にも立たないと思うかもしれないが、私はこのようなことこそが風流であり、大切な自然観のひとつではないかと感じる。
震度7の地震が首都圏で? [2012年03月01日(Thu)]
 震度7の首都直下型の地震が起きる可能性が出てきたという、文部科学省の研究チームのショッキングな研究結果が発表された。ここ30年の間にマグニチュード7以上の地震が、70%の確率で起きると言われてきたが、それが4年以内に起きると訂正されたばかりなのに、今度は震度7だという。今までは、マグニチュード7.3の地震でも、震度6強までと予想されていたが、震度7に訂正されたのである。震度7というのは、地震計による観測がされて以来、過去に3度しかないという。神戸の大震災、新潟中越地震、そして今回の東日本大震災の三度だけである。

 いずれも大変な被害をもたらしたのは記憶に新しい。首都圏で震度7の地震が起きたなら、さらに多大な被害が起きるのは目に見えている。首都圏は、今まで起きた場所とは明らかに違って人口密度も高いし、高層ビルや耐震的に問題のある建物も多い。さらに、交通機関が完全に麻痺するのは予想されるし、ライフラインが遮断されたら、飲料水・食糧だってすぐに枯渇する。今までは、予想も出来なかったような被害が起きるのではないだろうか。空恐ろしいことである。

 しかし、不思議なことであるが、何故このタイミングで立て続けに訂正情報の発表があったのだろうか。今回の震災直後の文部科学省による、原発事故の放射線汚染状況の発表の仕方を見ていて、かなりの不信感を覚えた方も多かったであろう。どうも、今回もまた情報操作をしているのではないかと思えて仕方ないのである。本当はもっと深刻な危険を察知しているが、人々がパニックを起こす惧れがあるので、わざと少しずつ出しているのではないかと思えて仕方ないのである。もしかすると、もっと近い将来に首都圏大地震が起きることを、文部科学省は既に察知しているのではないかと、ついつい勘ぐってしまうのである。

 それにしても、この4年間で首都圏に直下型地震が起きる可能性が7割を超え、しかもそれが震度7の揺れを起こすというのは、想像出来ない恐怖である。もし高架橋上の電車に乗っていたら、もし首都高速道路を走っていたら、もし耐震補強をしていないビルの近くを歩いていたら、こんなことを想像したら恐いことである。ましてや、平日の昼間に起きたら、多くの方たちが帰宅難民になるのは間違いないし、流通がストップしたらすぐに物不足が深刻になるのは間違いない。東北地方だから、人々は整然とした対応をしていたが、都会ではどうだろうか?

 しかし、首都圏に住んでいるのは危険が高いと言っても、仕事を持っていれば離れる訳にはいかないし、子どもがいれば学校があるので、転居は難しいだろう。もし、仕事をリタイアして年金暮らしをしている方たちなら、しばらく安全な場所に避難することをお勧めしたい。しかし、日本はどこに行っても地震の危険が高い。ここ白河の地は、今回の地震で震度6弱を記録したが、硬い地盤だった為か大きな被害はなかった。宅地造成した箇所で、半壊した家があったが、それは造成の方法に問題があった土地だけであり、旧市街地では殆ど被害がなかった。放射線量もそんなに高くないし、地震の危険を避けるなら好適な土地である。一時避難の候補地として、選んではどうだろうか。

風評被害は人災だ! [2011年04月18日(Mon)]
 福島県人だというだけで、いじめられた子どもたちがいたという。原発避難地区からやって来たという理由で、放射能が移るから近寄るなと言われたらしい。ショックを受けた子どもたちは、福島県に戻らざるを得なかった。悪質な意地悪だ。子どもたちのことだからと済む問題ではない。意地悪をした子の保護者が、普段そのようなことを言っているから、子どもたちが真似したのだろう。首都圏のレストランでは、福島県人のスペースが設けられていて、その一角にしか座れないという。福島県ナンバーの車で関東に行ったら、石を投げつけられたという。まるで、福島県人は危険なウィルスにでも感染しているかのような扱いをされている。

 こんな扱いを受ける原因は、原発事故による放射線を浴びている福島県人と接触すると、自分にも放射線が浴びせられてしまうという誤解からだ。科学的にもまったくナンセンスなことだが、愚かな人間はそう思い込んでしまっているのだ。福島県人は、危険なものだという認識から、嫌われているのだ。福島の農産物や水産物だけでなく、工業生産物までも同じように嫌われているという。呆れてものが言えない無知ぶりである。まったく安全な会津の観光地も閑古鳥が鳴いている。旅館ホテルだけでなく、ゴルフ場や娯楽施設、観光地にもまったくお客様が来ない。観光業に働く多くの人々が解雇されてしまい、ハローワークには求職者が大勢押し寄せている。

 こんな酷い風評被害を起している原因の一つは、マスメディアであろう。比較的TVのコメンテーターは、冷静な解説をしているが、週刊誌はまったく酷い内容である。福島県内は、すべて危険だという記事を垂れ流している。放射線汚染のデータはすべて捏造されていて、実態は相当酷いのだと、まったく根拠のないデマまで平気で記事にしている。煽り立てるような記事を書かないと、週刊誌は売れないのかもしれないが、それを真に受けて風評被害を広めている人々がいるという現実を知らないのだろうか。また、ネット上の書き込みも酷い。科学的根拠のない受け売りの情報を、平気でチェーンメールで広げる輩がいる。自分たちの行為が、どんな結果をもたらすかと考えないのだろうか。

 こういう情報を垂れ流す阿呆どもは、悪意はないかもしれないが、結果として多くの人々を苦しめている現実があるのだ。風評被害によって、職を失い、収入の道を断たれ、自殺しようとする人々もいるだろう。結果として、殺人を犯しているようなものだ。つまり、風評被害は人災なのである。軽薄で、騒ぎ立てることで快感を覚える大ばか者たちによる、犯罪にも等しい行為である。こういう現実を知ったら、人間として絶対に出来ないことである。放射線汚染による健康被害は、まったくのデマである。そんなデマを流してしまったことを、深く反省をするのなら福島の農産物・水産物をネットで購入してほしい。福島県に観光に来て欲しい。それが、こんな風評被害を起してしまった人達の、贖罪になるであろう。
砂上の楼閣 [2011年03月01日(Tue)]
 ニュージーランドの地震は、大変な人的被害を与えたことで、世界中に大きなショックを与えた。日本人の被害者も多数含まれていて、グローバル化はこういうことにも影響するものなのかと驚きを受けた。それにしても、地震エネルギーはマグニチュード6.3という中規模にも関らず、予想外の被害を受けたというのは、地震研究の専門家にとっても想定外だったらしい。なにしろ、その前に起きたマグニチュード7.0の地震の余震である今回の地震で、本震よりも大きな被害が起きるとは予想さえしないものだったらしい。本震の後に、主な建物の耐震審査を実施していたのに、今回の被害予想を見過ごしていたということになる。

 震度は6強程度と言われているが、地震の加速度は神戸の震災を上回る1,840ガルだったという報道もされている。ということは、被害が甚大だった原因が、建物の強度だけの問題だけではないということだ。地震エネルギーや震度はたいしたことがなくても、揺れの質が強烈だったのではないかという想像が出来るであろう。または、局部的に記録以上の強い揺れがあったのではないかということだ。一部の場所では、地面が液状化現象によって砂浜のようになり、車のタイヤがめり込んでいる画像も目にした。このクライストチャーチという街は、非常に軟弱な地盤に作られたのかもしれない。それが、強烈な揺れと建物の脆弱性を引き起こしたのではないだろうか。

 そういえば、阪神淡路大地震の際も、同じ神戸市内でありながら、地震の被害が大きい地区と比較的小さい地区が対照的だった気がする。神戸の海近くの平野部においては、建物倒壊の被害が多くて、山の手は比較的少なかったようである。震源から離れていた大阪でも、地区によって震度のばらつきがあったような気がする。新潟地震でも、平野で液状化現象があったことが知られている。海岸に近い平野部や、河口近くの扇状地、埋立地、または砂泥地域などの地区などで地震の被害が多いということが言えないだろうか。軟弱な土地ほど震度が大きくなるということは、国の調査でも明らかであり、強震が起きる可能性が高いと発表されている。

 しかしながら、大都市というのは殆どそういう軟弱な土地に造られている。日本の大都市もおしなべて、そういう軟弱な土地に存在している。広大な平野部というのが、そういう場所にしかないのだから仕方ないことかもしれない。現在の建築技術は、大変な進歩を遂げている。高層ビルの耐震性能と免震性能は驚くほどの高機能らしい。しかし、本当に大丈夫なのだろうかと不安に思う人も多いに違いない。今回のような震度やマグニチュードはたいしたことがなくても、地盤の弱さによって加速度が非常に高い揺れが起きたらと、不安に思った人もいるに違いない。

 最近、福島県の県南地区、とりわけ白河市が地震や災害が起き難い地域だということで、こんな不景気にも関らず、巨大な工場やデータセンターの進出が相次いでいる。勿論、それだけではなくて、交通アクセスの良さや適切な気候も進出する要因ではあるが、安全な地域だということが選択された一番の要因だったのではないかと思われる。なにしろ、白河という地域は強固な岩盤に守られているのだ。だから、例え近隣で地震が発生しても、大きな被害がないと予想されている。震度6以上の地震がここ30年以内に起きる可能性は、全国の中でもトップクラスで低い土地の一つだと評価されている。

 地震は起きるかどうかは、誰にも予測がつかない。だから、例え大地震が起きる可能性が高いと言っても、大都会に住んでいたほうが便利だし快適だと思う人も多く、移住しようとするまでは考えないと思われる。しかし、今回のニュージーランドの地震から得られる教訓から、地震という震災は、人間の人智を遥かに越えた被害をもたらすということが明らかになった。ましてや、地盤が軟らかくて砂のような土地に建てられた建造物は非常に脆いということが判明した。つまり、軟弱地盤の高層ビルは、まさに砂上の楼閣のような危うさを持っているということが解ったのである。いずれにしても、岩盤の固い白河のような土地に永住するか、危うい脆弱な地盤の高層マンションを住まいにするかの選択は、あくまでも本人次第である。
日本の水が狙われている [2010年12月14日(Tue)]
 日本の山が、中国の企業から買い占められようとしているらしい。日本の不動産ブローカーを介して、東北地方や北海道の安い山林の買占めが、密かに行われている。中間に何社も不動産ブローカーが入っているので、最終的に誰が買い主なのか判明しない場合が多いらしいが、よくよく調べてみると、中国企業が資金を提供しているらしいのだ。日本の山林、特に田舎の山林は資産価値もないからと、かなり値下がりしていることもあり、格好のターゲットになっているという。

 何のために、田舎の山林を中国は手に入れようとしているのであろうか。それは、中国本土の水不足が原因だという。中国は、慢性的な水不足に喘いでいる。あんなに豊かな水量を誇る黄河や揚子江などの河川があるのに、どうして?と思う人も多いだろうが、実は違う。黄河や揚子江の水は、流れが緩やかなこともあり、汚濁が酷いし、農薬や工場排水に汚染されていて使い物にならないと言われている。であるから、飲み水に困っているというのだ。ましてや、日本のように古来より子孫の為に山に木を植えるという高い価値観を持たない中国では、自然を大切にする文化が乏しいのである。

 日本の水は、世界の中で一番きれいな水で、美味しいと言われている。また、日本の水は腐りにくいという評判がある。外国の水は、船内に積み込み赤道を越えると、あの暑さで水が腐る。しかし、日本の水はそういう条件でも腐らないというのである。だから、昔から日本の素晴らしい水を求めて、多くの外国艦船がやってきたのである。日本の水は、殺菌することもせず、常温でも長持ちするのである。不思議な水だという定評があり、世界から注目されてきたのである。

 何故、そんなに日本の水がきれで、しかも腐らないかというと、豊かな山々があるからである。それも急峻な山が連なり、降雨や積雪が多くて、広葉樹という自然のダムがあるという特殊条件が揃っているからだ。急流の沢が豊富に山に存在していて、それがやがて川になっても、その流れの速さは驚異的である。流れが速いというのは、水量が豊富だし浄化されるという裏返しである。さらに、あの川の川底には、その流れの何倍もの水が蓄えられているのである。

 そんな山を買えば、いくらでも美味しくて腐らない水が手に入るのである。喉から手が出るほど水を求めている中国で、ほっておく筈がない。水を採取して、中国本国に送れば、巨万の富が築けるのである。勿論、庶民の為の水ではない。いくらでも金を出す、中国の富裕層向けの水である。特に、日本には不思議な力を持つ、特殊な湧水や清水が多い。昔から、病気にならない清水だと評判の湧き水もある。そんな水なら、付加価値は高いので、十分にビジネスとして成り立つのである。

 さて、困ったのは日本人である。気がついたら、日本の領土が殆ど中国人の手に渡っていたなんてことになったら大変である。日本政府も、ようやく今頃になって、その恐ろしさに気付き始めたらしい。でも、何ら有効な手立てがない。すぐにでも、対策を取らなければならない。外国人・外国企業相手の大量の土地取引については、何らかの規制が必要だと思われる。法的な規制しか、対抗できる筈もない。すぐにでも法整備が待たれるところである。こんなにも素晴らしい日本の水を、外国に売り渡してはならないのである。
日本の農業が再生する道 [2010年12月06日(Mon)]
 田舎に行くと、青々と広がる田園風景に心が癒される。しかし、その田園風景であるが、山間のほうに行くと、耕作放棄地が急増していて、雑木林や荒地になってしまっている。由々しき大問題である。空き家になってしまっている農家も多いし、手入れされていない山林も増えている。農業では生計が立てられないと、集落から若者が街に出て生活し、年老いた老夫婦しか住んでいない農家が多いのだ。当然、老齢者だけでは手が回らないから、畑や田んぼは耕作されずに、荒れ放題になっているのである。

 農地というのは、本来水害を防いだりする効果もあるし、環境保全と国土保全という観点からも、耕作放棄地になるのは好ましくない。したがって、農水省や県の農政事務所も耕作放棄地対策を立てて、いろいろと苦労しているが、抜本的な改善方法が見つからず苦慮している状況にある。そもそも、農業を志す若者がいない。つまり、農業に対する魅力を感じる若者が少ないのである。何故かというと、苦労する割に収入が少ないし、農業だけで生計を立てるのが難しいからである。そんなこともあり、耕作を放棄した農地は益々増加している。

 それでは、こんな農業にしたのは誰なのかというと、殆どの農家はこんなふうに言う。それは、国の農業政策が間違っているからだと。日本の農政は、まったく無策だと言う人もいる。または、工業製品輸出優先策の為の見返りに農産物輸入自由化をして、外国との競争にさらされてしまい、日本農業が壊滅的打撃を受けたと主張する人も多い。または、工業の労働力確保の為にわざと農家を疲弊させたとも言う。果たして、本当にそうだろうか。日本の農政における失政が、農業を駄目にしたのであろうか。確かに、そういう側面もあるだろう。しかし、それだけが原因ではあるまい。もっと根源的な何か他の原因があるのではないだろうか。

 最近、ユニークな農業が脚光を浴びている。奇跡のりんごと呼ばれる木村氏の自然農法の取り組みや、昔ながらの堆肥等の有機肥料や無農薬で農産物を生産しているケースである。そういう農家は、例外なく『土』を大事にしている。農業生産における労力の殆どを、土作りに注いでいるのが特長である。彼らは、声を大にして言う。化学肥料と農薬が、土を駄目にしてきたし、農業を駄目にして来たのだと。化学肥料と農薬を使わなければ、まともな農業生産は出来ないのだと、農家は思い込まされて、土を駄目にしてきたのである。本来持っている土の生命力を台無しにしてしまったから、逆に化学肥料と農薬が大量に必要になってしまったのであると主張する。

 化学肥料メーカーと農薬製造会社の巧妙な宣伝に騙され、その片棒を担がされた農協によって、日本農業が駄目になったと言う人々が増えてきた。その宣伝に農水省を初めとする行政も騙されてしまい、悪乗りしたと見る向きも多いのだ。彼らは決まってこのように言う。化学肥料と農薬を使わなければ、生産量が低下して大変なことになると。日本農業が駄目になるというのである。まったく逆であろう。彼らが日本農業を駄目にしたのではあるまいか。そのことを知った、小数の志ある農家は、昔のようなやり方で農業を立派に復活させている。そして日本農業を立派に再生させた彼らは、こんなことも言っている。土の言い分に耳を傾け、そして野菜や果物の声を聞けと。つまり、土が何を求めていて、農産物が何をしてほしいのか、耳を澄ませば聞こえてくるのだと言うのだ。

 だから、彼らは化学肥料や農薬を使わずに、土を健康にして野菜や果物を作っているのである。化学肥料と農薬を使用しないで生産した農産物は、健康である。味も格段に良い。ミネラルが豊富であり、大切な栄養素も高い。だから、子どもたちも野菜嫌いにならない。こういう野菜を食べていると、病気にもなりにくい。アレルギーにもなりにくいと言われている。いいこと尽くめなのである。当然付加価値が高いから、価格も高い。それなのに、今もって化学肥料や農薬に頼っている農家が多いのは、情けないことである。土や野菜の気持ちになりきり、彼らの声を聞けばいい。彼らの叫び声が聞こえてくる筈である。化学肥料や農薬はもう使わないでくれという悲痛な叫びが。

 確かに省力化をして、大量生産をする為には農薬・肥料を大量に使用しなければならない。しかし、適量を生産するならば、自然農法でも作物が出来ることが証明されている。発想の転換である。農地が余っているのだから、農家を増やせばよい。そもそも、農業というのは、大量生産には向かないものではないだろうか。今、ふるさと回帰を志向する人々が増えている。退職したら、農ある生活をしたいという方たちが多い。そういう方たちが、自然農法で安全安心な作物を作り、老後の生活をエンジョイしようとしている。そういう作物を利用して、直売所や農家レストランを開いているケースが多い。または、農家民宿を開業している例もある。今、団塊の人たちの自然農法によって、本来の農業が再生しようとしているのである。白河を初めとして福島県には、その為の安価な耕作放棄地が用意されている。
ヤフーデータセンターが白河に! [2010年10月09日(Sat)]
 ヤフーのデータセンターが白河市に出来るというビッグニュースが地元新聞に報道された。なんとその規模は、6棟全部が整備されると、総面積36,000uになるという。全国最大のテータセンターが白河市に出来るということである。ずっと前から、私は白河市がデータセンターの立地に最高の場所だと言い続けてきた。やはりその主張は間違いなかったということが証明された。これで、白河市がデータセンターを設置するのに、一番適しているということが全国に認知されていくだろう。

 国内の中で、白河市はトップクラスの安全性を誇る。まず、地震の被害が極めて少ないということが証明されている。総務省のホームページでも白河地方では地震が起きても地盤が固いので揺れが少ないと言われている。また、火山噴火による被害の心配もない。高地であるから、水害の心配も少ない。また、テロによる被害も心配ない。都市型の災害も起きにくい。ヤフーがそういったことをすべて調査して、大切なデータを守れるデータセンターを白河に作るというのだ。

 また、白河は高速交通機関の便が非常によい。福島空港からは約30分だし、新幹線の駅があり東京から1時間20分、東北道の高速道路インターチェンジが市内にある。首都圏から車で2時間以内というアクセスの良さである。そして、企業にとって有難いのが、土地が安いということである。さらに、自然が豊なこともあり、空気がきれいである。また高地にあるために、夏の暑さもそれほどでない。サーバーの空調管理にとって、有利な条件である。万が一のことを考えれば、電力負荷が少ないことが大切な要件にもなる。

 こういうことが、他の企業にも知られてくれば、データセンターやデータバックアップセンターを白河に作ろうとする動きが加速されると思われる。勿論、データセンターだけでなく、企業がいざというときに本社機能を補完させる場所としても使えるに違いない。もし、首都圏で壊滅的な災害が起きた場合、本社機能を一時避難させて作動させる場所が必要である。私は、以前からそういう施設を白河に作ることを勧めてきた。例えば、通常は研修施設やデータセンターとして整備しておいて、万が一のときに本社機能を移転させるのである。

 情報産業最大手のヤフーが白河を選んだというのは、さすがだと思う。勿論、情報収集能力と分析能力が高いのであるから、白河を選ぶのも無理はないことだ。危機管理能力の高いヤフーであるから、一番安全だとこの地を選んだのであろう。ということは、住むのにも一番適しているということになる。益々、白河が国内移住の地として人気が出てくるのは間違いないだろう。さてさて、面白いことになったものである。
季節はずれの山菜採り [2010年06月08日(Tue)]
 日に日に山の緑は色濃さを増している。里山の山菜採りシーズンは終わりを告げている。まだ、ワラビやネマガリタケの竹の子などは採れるが、殆どの山菜は伸びきっていて食べれない。山菜が採れるのは、せいぜい2週間から3週間である。楽しかった山菜採りは、また来年の5月までお預けになる。今年の山菜は、天候不順で寒かったせいか、出るのも遅かったし、いつもの年よりは不作だったような気がする。

 しかし、山奥に行けば、まだまだ山菜が採れる。勿論、多かった残雪が最近消えたような処だから、相当に山奥まで行かなければならない。約2時間くらい歩いて登っていくようなところだから、熊さんの巣のような場所である。阿武隈川の源流とも言えるような奥深いところに、毎年山菜採りに訪れる。先日、行ったら山菜の最盛期で、エラ(アイコ=ミヤマイラクサ)、シドキ、ウド、ヨブスマソウなどが面白いように採れた。

 けれども、命がけの山菜採りである。熊が山菜を食べた跡や足跡があるし、唸り声を聞くこともある。道がない沢登りと沢下りであるから、滑落の危険もある。行きは良い良い帰りは怖いで、行くときは軽いリュックだが、帰りはこでっしりと詰まった山菜で肩が重くなり、沢を下るときにバランスを崩して転んでしまう。川を何度も渡るので滑って、川にはまることもしばしば。そんな思いまで行かなくてもと人は言うが、それでも行きたい。

 エラというのは、山菜の王様と呼ばれている。そのエラはなかなか採れないし、乱獲がたたり最近は細いエラしか採れない。ところが、実に太いエラがここでは採れるのである。そして、太いシドキがいくらでも採れる。山菜採りファンには堪らないところである。山菜のシロと呼ばれる自分だけの山菜採りの場所は、誰も教えたがらない。何度も行っている私でさえ迷うところだから、教えようもないような奥深い山である。一度は、迷ってしまい、方向を間違えたこともある。

 そんなに危険なことをするのはどうなのかと、よくお叱りを受けている。自分の社会的な立場を考えると、もし事故があったときの責任をどう取るのだと言われる。また、自分の夢が実現することが出来なくなるのだから、自重すべきだという意見も頂く。しかし、私はこのような山菜採りもまたひとつの禊(みそぎ)だと思っている。自分が、社会から必要とされているのであれば、けっして事故に遭わないし、これからの活動に支障を来たすことはないのだと。もし、事故に遭い一命を亡くすようなことがあれば、自分の使命はその程度だったのだと諦めたい。

 人間は、いつ死ぬのか誰も解らない。家を一歩出たら車に跳ねられることもある。家の中に居て、ダンプが突っ込んでくるかもしれないのだ。だから、いつも危険と隣り合わせなのである。危険から逃げていたら、人生を謳歌するなんてできない。少しぐらいの危険を跳ね返すくらいの運がなければ、社会貢献なんて出来ないと思っている。天や神を味方に出来なければ、だいそれたことなんて出来やしないのだ。山に入るというのは、死ぬ覚悟がいる。そんな覚悟がなければ、奥山に入り山菜採りなんか出来ない。季節はずれの山菜採りで、そんな身勝手な思いをしながら、楽しんできた。
卯の花と時鳥(ホトトギス) [2010年05月26日(Wed)]
 卯の花の匂う垣根に 時鳥(ホトトギス) 早も来鳴きて 忍び音もらす 夏は来ぬ♪ご存知のとおり、『夏は来ぬ』という童謡の歌詞である。日本の叙情を歌った童謡は多いが、この夏は来ぬという唄もまた、私たちに初夏の情景を思い出させてくれる懐かしい唱歌である。こういう情景は、もう都会で見られなくなっているし、ましてや時鳥の鳴き声がどういうものかも忘れるほど、聞く機会に恵まれないと思われる。寂しい限りである。

 本日、安全巡回パトロールを実施していたところ、卯の花が既に咲いているのを見つけた。まだ蕾のものが多かったが、間もなく満開になり、鮮やかな白い花びらが私たちの目を楽しませてくれることだろう。そう言えば、先日会社の裏山で時鳥が鳴いていた。確実に夏はやってきているということを実感する。卯の花と時鳥は、初夏の訪れを告げる風物詩として、和歌などに詠まれているらしい。万葉集にも卯の花の歌が24首あり、その大半に時鳥が詠まれているという。昔の人たちは、季節感を実によく感じて和歌にしたためたものだと思う。

 卯の花というのは、別名空木(うつぎ)とも言う。枝を折ってみると解るのだが、中空のようになっていて、芯の部分は発泡スチロールのようなもので埋められている。だから、空木という名が付けられたのだと思う。中央アルプスに、空木岳という名峰があるが、この山には空木が多く自生している。この空木と言う木、西日本と東日本で、まったくその評価が分かれる。西日本では、この木はとても好かれていて、庭木にする家庭が多いが、東日本では嫌われていて、庭木にする家庭は少ないのだ。

 何故かと言うと、こういう理由らしいのだ。空木は軽い木であるから、三途の川を渡り黄泉の国へ行く際、杖にするようにと棺おけの中にこの空木を杖にして入れる風習が、東日本の田舎にはあったのである。であるから、間もなくお迎えを受け入れるご年配の方たちは、この空木を極端に嫌うのである。ある時小さい孫たちが、おじいちゃんやおばあちゃんに、きれいな花があったよと空木の花の枝を持ち帰ったらしい。誉められるかと思いきや、烈火のごとく怒り出したという。おらたちをそんなに棺おけに入れたいのか、お母さんがそんふうに教えたのかと、鬼のような顔をして孫たちを追い回したらしい。そういうことから、東日本では今でも空木を嫌うのだという逸話が残っている。

 一方、時鳥は実に特徴的な鳴き声で親しまれている。ご存知のように、「テッペンカケタカ」と恰も言っているように鳴くのだ。ウソだと思うなら一度聞いてみてほしい。本当に、そのように言っているとしか思えない。昔の人は、想像力が豊かだったんだろうと思う。こういう鳴き声だというから、私たちはそう聞こえるが、まったく知らない人は、こんな言葉は思いもつかない。私の裏山にも間もなく、この時鳥が鳴き始めるに違いない。毎年、必ずこの時期になると、「テッペンカケタカ」と早朝から鳴いて、目覚めさせてくれる。

 万葉集の中には、卯の花と時鳥を両方詠んだ歌が多いと前述したが、大伴家持のこんな歌があるらしい。卯の花も、いまだ咲かねば、霍公鳥(ほととぎす)、佐保(さほ)の山辺(やまへ)に、来鳴(きな)き響(とよ)もす という歌である。卯の花はまだ咲かないのに、時鳥はもう既に鳴いている、という情景を詠んだ歌らしい。昔は、こういう和歌が出来る豊かな自然がいたるところに残っていたのである。今の都会には、このような自然はもはやない。卯の花の咲き誇る情景を目にする為に、そして時鳥の鳴き声を日常的に聞きほれるためにも、是非とも田舎暮らしをお勧めしたい。
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