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生活習慣病が公的保険制度を破綻させる [2017年08月15日(Tue)]
 健康保険制度と介護保険制度の存続が危うい。さらに、年金保険制度もその存続が危ぶまれている。日本の公的保険制度は、社会的な弱者救済制度でもあり、相互扶助制度として定着している。健康保険料の収入と国からの拠出金以上の医療費が多大に支出されていて、プライマリーバランスが崩れていると言われている。介護保険も同様であり、年々増加する介護サービスの対価支出に対して保険料収入が追い付かない状況が続いている。介護保険料は年々値上げされているし、健康保険料と国からの拠出金はこれから益々増大していくものと推測される。年金も同様であり、疾病等の影響で障害者に認定されて、障害年金を受給する被保険者も増加しているし、病気や障害で離職して年金保険料を納めない国民が増加していることも大きく影響している。

 最近、これらの公的福祉サービス、つまりは社会保障の財政破綻が近い将来に起きるのではないかと、マスコミ界で盛んに言われている。それが2025年問題である。今後このような公的サービスの支払いが激増して行き、2025年頃には保険料収入が追い付かず、公的な財政援助も枯渇してしまい、公的保険制度が破綻してしまうのではないかという危険性が指摘されている。あと8年後には、それが現実化するというものである。各種公的保険制度が破綻する理由は、実に様々な原因がある。超高齢社会という現実もあり、保険料収入不足もあるし、支出額の増加もあげられるし、資金運用が躓くケースもあろう。一番大きな原因は、各種保険による公的サービスを受ける人が増えたことと、受給額が増えたという理由があげられる。とりわけ医療費と介護費の増大は、保険制度の財政基盤を大きく圧迫している。

医療制度や介護福祉制度等の充実発展が、皮肉にもそのサービスを安易に受けようとする人を増加させている。そのサービスの質と量が向上することで、サービスの対価も上昇する。特に医療の高度化がもたらす医療費の増加は半端でない。夢の抗がん剤「オプジーボ」の登場によって、その高価な薬価の影響で医療の高騰が起きつつある。小野薬品に続けと、各薬品会社は高価な抗がん剤の開発に凌ぎを削るに違いない。医療技術も進化を続けていて、今までなら助からなったケースも延命治療が可能になり、医療費の高騰に拍車をかけている。生活習慣病も激増していて、やがて合併症を誘発して重篤な疾患で高度医療を受けて命だけは永らえて、やがて寝たきりになって介護サービスを受けるケースも少なくない。

 そもそも生活習慣病とは、自らの生活習慣に問題があって発症する疾病である。すべてがそうだとは言えないが、殆どの生活習慣病は予防できるのだ。正しい食生活と適度な運動と休養、さらにはストレス解消の努力を怠らずに生活していれば、生活習慣病は防げる。それが自堕落な生活や、煙草・過度のアルコール・ジャンクフード・過度の糖分や塩分そして脂質、ファストフードや多量の添加物が入った食物等の摂取等によって生活習慣病を発症しているケースが実に多い。なるべくしてなっている生活習慣病なのである。ある意味、自殺行為とも言える。生活習慣病になった自業自得のような人々を公的保険で援助するというのは、きちんとした生活習慣を実行している人にとっては許せない行為であろう。

 病院の外来待合室をのぞき見すると、多くの生活習慣病の患者さんが診察の時間待ちをしたり、投薬を待っていたりする姿を見かける。自らの生活習慣を見直して、病気を快癒させようなんて思って努力している人はあまり見かけない。生活習慣病の予防努力はせず、安易にクスリを飲んで症状を抑えようとする。西洋医学の薬は、あくまでも症状を抑える薬剤なのだから、完全治癒は見込めない。特に、生活習慣病の薬は飲み続ければならないし、どんどん強い薬になっていく。さらに薬の副作用により飲む薬は増えていく。そして、生活習慣病は悪化して行き、合併症も出てしまい、ついには寝たきりになり介護サービスを受けるようになる。これでは、2025年問題が起きるのは当たり前である。

 先天的な異常によって、高血圧や糖尿病などを発症するケースは仕方ない。しかし、自分の生活習慣によって引き起こされた生活習慣病に手厚い医療や介護のサービスをすることを、抜本的に見直す時期に来ているのではあるまいか。何らかのペナルティや保険料の自己負担に差を付けなければ、真面目に生活習慣病の予防に努めている人がやりきれない。自堕落な生活をしている人の為に、高い保険料や税金を支払わされるのは納得いかない。2025年問題を真剣に考えて、そのリスクを回避するには、官民一体となり生活習慣病の予防に努めなければならない。今までのように、生活習慣病になるのは仕方ないという考え方を根本的に改める時期に来ていると言えよう。公的保険制度を破綻させないためには、これしか方法がないだろう。
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コメント
Happiersさん、確かにどんなに気をつけても、正しい価値観に基づいて社会貢献をしていたとしても、病気になる場合はあれます。本当に少ないですけどね。例えば、幼児が遺伝子に異常があって生活習慣病になるケースです。これは、本人が学ぶためではなくて、親や他の家族が学ぶための病気です。これは辛いことですが、親が大きな学びをして、それが世の中にとって必要だからです。きっと、親は子どもを亡くしたことで、その試練を乗り越えることで人間として大きく成長します。ストイックな生き方をして、正しい価値観を持ち、多大な社会貢献して生きていても、ガンになる人がいます。これも、本人と周りの家族が学ぶためにあえて起こした病気でしょう。こういうケースがない訳ではありません。死んで社会に貢献するという生き方です。

私は何も我慢しながらストイックな食生活をしている訳ではありません。お酒はお付き合いの時以外、滅多なことでは飲みません。煙草も吸いません。ギャンブルもしませんし、投資もしません。余計なストレスをかけないためです。地道な生き方しかできません。スナック菓子、ファストフードは食べません。カップ麵もここ20年くらいは殆ど食べません。コンビニの弁当とおにぎりも食べません。毎日、7〜8種類くらいの野菜中心の料理を作っています。あまり、ハム、ウィンナーは食べません。乳酸菌食品などは腸内細菌のために食べています。毎日夜10時には寝ますし、5時半に目覚めます。よほどのことがない限り、この生活リズムは変えません。便秘や下痢とは無縁です。

私が自分で料理を好んでするのは、愛する家族のためです。自分ひとりでは、料理はそんなにしなくなることでしょう。家族というコミュニティがあるから、健康でいられると思います。感謝しています。家族というのは、人間の健康的な生活にはなくてはならないものではないでしょうか。配偶者が亡くなれば一人の生活になるかもしれませんけれど、おそらくガールフレンドは作るかもしれません(笑い)人間という生き物は、「関係性」によって存在できます。関係性を実感し、お互いに支え合うことで、生きるエネルギーが生まれます。

正しい生き方をしているのに生活習慣病になる人は、関係性が希薄化している人であるのかもしれませんね。
Posted by:Natural  at 2017年08月22日(Tue) 19:37
とても潔い生き方をされていて、あっぱれですねー
最後の部分を読んで、笑ってしまいました。

自らの生き方が正しいのかどうかは、最終的には神様に委ねると言うのでしょうか〜(?)

美しい心をもって、模範となる生き方をされている方でも、病になるときには病になるのだと思います。それは、病を通しての学びを経験しておきなさいということなんだと解釈いたしますが〜。

若い頃は、自分が信じた道であれば、何の迷いもなく突っ走ることができ、必ずや達成感がありました。年を経ると、一途にというのが出来にくくなります。行きつく先は、信仰の道と重なるように感じます。

でも、Natural さんは、生活面でかなり努力なさっていて、その結果、生活習慣病とは無縁でおられるので、それはそれは素晴らしいことだと思います。
Posted by:Happiers  at 2017年08月21日(Mon) 21:46
Happiersさん、まさしく期待していたコメントを記載していただき、まことにありがとうございます。どなたか、こういうコメントをしてくれないかと待っていました。

まさしくおっしゃること、ごもっともなことでして、どんなに努力しても生活習慣病になってしまう方もおられます。生活習慣病になってしまい、苦労されている方のことを思えば、幸運にも生活習慣病にならないでいる者が、上から目線の苦言をするのは、納得いかないことでしょう。

生活習慣病になっていらっしゃる方には、三種類の方がいます。
@なんの努力もせずに、怠惰な生活を繰り返し、飲酒・喫煙・過食など欲望のまま生活をし、運動もせず生活習慣病なった人。
Aそこそこの努力はしているものの、欲望には完全に勝てず、ついつい生活習慣病になるような食生活をしてしまい、運動も長続きせず、ストレス解消も難しいので、望まないものの生活習慣病になってしまった人。
B完全な野菜中心の食習慣にして、マクロビなどの身体にいいもの摂取して、加工食品などを食べず、添加物などの入った食物も摂らず、身体によいものだけを食べている人。さらには、そこそこの運動をしていて、常に健康に留意しているのに、何故か生活習慣病になってしまった人。

こういう三種類の人たちがいます。@の人は自ら自分で生活習慣病になった人でして、おそらく生活習慣病になった人の半数以上はこういう人です。Aの人は、結構いて3割から4割いる筈です。こいう中途半端な人たちは、自分で自分を律することが出来ない人でもあり、ついつい美味しいものには目がなく、面倒くさいからと健康的な食事を作るのをやめてしまったり、辛い運動から遠ざかる傾向にあります。ストレスにも弱くて、解消できずにいます。こういう人が一番ストレスに対する耐性も低くて、ついつい完全にストイックな生活が出来ない人です。Bの人は、1割にも満たないでしょう。こういうストイックな生き方をしている人は、以外とストレスにも弱くて、健康的な生活を我慢しながら実行してますし、こういう生活をしていることが心の負担になっています。楽しみながらこういうストイックな生き方をしている人は病気にはなりません。精神的なものに問題があります。

ということで、@は勿論、Aも不十分な生活という面で本人に責任がありますし、Bはメンタル面での不十分さがあり、自分で自分のストレスを処理できないのですから、問題があります。Bの人は可哀想ですが、勉強が不十分だと言えます。

そして、一番の問題は、生活習慣病の方たちの根本的な価値観にあります。そして、自己マスタリーが確立されていないという点にもあります。まず、健康を維持・増進するのは誰の為にするのかという点です。「自分の為」という考え方が支配的です。しかし、自分の身体は自分のものではありません。神から授けられたものであり、社会の福祉・幸福ために貢献する貴重な身体です。ですから、どんなことがあろうとも、社会貢献のために自分の健康を守り通すことが必要です。いい加減な生活習慣では神のご意思にそむくことなのです。より大きな社会貢献をするためには、自分の欲望を我慢するのは当然であり、それを楽しみながら実行すべきものなのです。ストイックな生き方を何よりも自分の使命と考えて生活したいと思ってほしいのです。

さらに、自己マスタリーとは、真の自己確立です。アイデンティの確立(自己証明の確立)です。自分の悪い処や恥ずかしい処、駄目な処や貪欲な自分をすべて含めて、自分にあることを素直に認め受け容れて、その悪い自己を自分で糾弾しながらも慈しみ、自分のすべてを好きになり心から愛することがどきる状態になることです。こういう人は、どんなにひどい目に遭っても、ひどいストレスにさらされても、楽しんで対応できます。身体にも影響させません。

このように、根源的な部分での価値観と自己マスタリーの確立が出来ていないのです。そして、このように気付きや学びが出来ていないのは、自分の責任です。病気は、逆説的に言えば、このようなことを学ぶチャンスでもあります。このチャンスを生かすか殺すかは、本人次第ということになります。生活習慣病は必ず乗り越えることが出来ますが、それが出来ていないというのは、学びが不完全だからです。

ちなみに、自分の場合は、健康を守るためにかなり苦労していますが、楽しみながら実行しています。まずは、伝統的な和食をするようにしていますし、野菜中心で肉はあまり食べません。添加物の入った加工食品は摂らないように気をつけています。毎日、50種類くらいの食材の食事をします。お菓子や飲料水も必ず成分を確認して買います。パンは食べないですし、マーガリン、ショートニングの入ったものは絶対に食べませんし、植物油の多く入ったものは食べません。水は天然水を汲んできます。マクロビはしていませんが、なるべく悪いものは食べないようにしています。シャンプー・リンスは使いませんし、ボディシャンプーは使用しません。石鹸タイプのものだけを使います。ストレスはありますが、それも愉しみにしいて、自分にとって必要なものだから、それはわざわざ自分で与えているものだからと思いっています。どんなストレスも100%受け容れます。辛いことや苦しい運動も、楽しみながらやります。人の為になることを好んでやります。見返りは全然求めないというのはウソになりますが、それも「関係性」を豊かにするためにしているんだと楽しんでいます。この社会を何とかよいものにして、お互いに支え合う心豊かな社会を実現するために微力ながら一生ささげたいと思っています。そのために健康を守りたいと努力しています。

ということで、こんな生き方をしています。もし、生活習慣病になったら、自分が神の思召すような生き方が出来ていなかったのだと、反省しますし、あきらめます。
Posted by:Natural  at 2017年08月20日(Sun) 19:23
飼い犬にタッチをせがまれ、ふと手を伸ばした瞬間、別なキィーに触れてしまったようで、途中送信してしまいました、申し訳ありません。

随分前から、いつ破綻するか?年金はもらえるのか?負担額はどれくらいになるのだろうか?果たして生活していけるかどうか?など心配され続けて来ました。

年金だけでは足りない分を、預貯金で補うとして、夫婦二人で年にこれくらい、で、10年ならこれこれくらいのお金が要るなどと言われています。実際、それほどかからないのかもしれませんが、十分な老後生活を送るのに、やはり何千万単位のお金がかかるかもしれない、というのが実情のようですね〜

生活習慣病にかかる人は努力が足りない?そういう類の人に対して、保険の給付金がかかり過ぎて、制度が破綻しかねない、とのご意見ですが・・・
それは、ご自分の健康管理がうまくいっている方独特のご意見で、どうあがいてもうまくいかない人もいっぱいいます。どこか一つの面からみた物言いの感が否めません。

アメリカのように、医療費に関する保険も個人で加入するものであり、病気になった時の費用は、すべて自己責任でやることになっています。日本もそうすればよいのです。日本の制度は、どこか至れり尽くせりで、親切過ぎるのです。

働けない人、収入がない人、病気になってもお医者にもかかれない人に対しては、国が手厚く保護すればいいのではないかと思います。
Posted by:Happiers  at 2017年08月19日(Sat) 21:34
公的保険制度を破綻させるのは、生活習慣病だと指摘されていますが・・・
随分前から、いつ破綻するか?と危ぶまれてきましたが
Posted by:Happiers  at 2017年08月19日(Sat) 20:53
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