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良い処も悪い処もすべて好きになる [2017年07月07日(Fri)]
 湊かなえという小説家が好きだ。彼女の著作は、ミステリー仕立ての小説が多い。そのせいか、推理小説家だと思っている読者が多い。センセーショナルな傑作ミステリーも多い。映画化された「告白」「白雪姫殺人事件」、テレビ放映された「Lのために」「リバース」など、推理小説として多くの読者やファンから支持されている。さらに、「母性」という重いテーマを扱った小説も、謎解きを楽しむ推理小説としての性格も持っている。NHKBSで放映された「山女日記」もまた、秘密を解き明かす構成になっている。推理小説としての構成にこだわる訳ではないだろうが、ミステリー小説家として世に知られているのは間違いなさそうだ。

 しかし、私は単なるミステリー作家とは見ていない。どちらかというと、ヒューマンドラマの作家だという見方をしている。殺人事件や傷害事件を扱ってはいるが、そのバックグラウンドに存在する人間の深い心理を描いているからである。事件を起こすに至った犯人の心理、その加害者だけでなく被害者の家族など周囲の人々の背景が、克明に描かれている。それも、表層心理だけでなく、深層心理や潜在意識のような部分までも描いているのが特徴的である。小説の根底にあるのは、どうしようもない性(さが)に振り回される人間の愚かさである。だからであろうが、彼女の小説は読後感が爽やかなのは少なく、どちらかというと心にずしんと重しを乗せられるように感じるものが多い。

 湊かなえさんがNHKラジオに出演していた際に、何故小説を書くのかということをアナウンサーに訴えていた内容が印象的である。彼女は、現代の人々があまりにも自分の心と向き合っていないということを嘆いていた。つまり、本当の自分を見出していないばかりか、自分の本当の心を見て見ないふりをしているというのである。特に、自分の心の中にある闇をないことにしてしまっていると言うのである。自分のどちらかというと負の部分である、身勝手で自己中心的な自分、自分さえ良ければよいとする自分、欲深い自分、他人への愛よりも自己愛を優先させてしまうマイナスの自己である。それでいて、そんな恥ずかしい自己をないことにしてしまって、善人を演じている人間が実に多いというのである。だから、人間関係でとんでもない目に遭って、悩み苦しんでいるというのである。

 人間とは、善と悪が同居している生き物である。美しい心と醜い心もまた同様である。しかし、残念ながら多くの人々は、自分の心の中に悪や醜い心などのマイナスの自己は存在していないと思い込んでいる。自分の心の中に存在する悪をないことにしてしまい、偽善の生き方をしているのである。自分の悪の心や醜い心をないことにしたほうが、気が楽である。自分の心の闇を認め受け容れると自己否定感が強くなり落ち込むので、受け容れたくないのが人間である。ところが、心の闇を認め受け容れないと、他人を受容できないばかりか寛容になれない。その為に、人間として精神的自立が出来ないばかりか、他の人と良好な人間関係が作れない。当然、嫌われるし誰からも相手にされず孤独になる。

 恥ずかしくて醜い自分、身勝手で自己中な自分、誰も見ていない処では悪の心が表出してしまう自分、これらのマイナスの自己を自ら認めるには、どんなことがあっても揺るがず確かな哲学が必要である。真理に基づく信念のようなものである。殆どの日本人には、確固たる思想哲学が欠如している。欧米人は幼児期の頃から信仰を持つので、宗教哲学を発展させた理念を持つ。毎週訪れる教会では、自分の悪を神父さんや牧師さん相手に懺悔する。自分の悪や醜さを正直に告白することで、自分のマイナスの自己を認め受け容れ、精神的な自立が出来るのである。つまり、アイデンテティーの確立が可能になるのである。ところが日本人には信仰がなく、自己の確立が出来ていないのである。

 湊かなえさんは、そのことを自分の書いた小説によって、多くの読者に気付いてほしいと思っているに違いない。良い処も悪い処もどちらも含めて自分の中にあることを認め受け容れることが出来て初めて、本当にすべての自分のことをまるごと好きになれるのである。そうなれば、多少の苦難困難が自分にもたらされたとしても、乗り越えることが出来るのである。よく、自分のことを好きになりなさいとか、自己肯定感を持ちなさいと説く人がいる。しかし、それは簡単には行かない。自分のマイナスの自己を認め受け容れ、悪や醜さを慈しめるようにならなければ、真の自己肯定感は持ちえないのである。真の自己肯定感は、完全なる自己否定感を体験しなければ、持てないと思ったほうが良い。中途半端な自己否定感や自己肯定感は、人間としての真の自立を阻害してしまうので注意しなければならない。自分の中にある善悪のすべてを好きになれる自己の確立をしたいものである。
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