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アカネの花 [2018年09月28日(Fri)]
 この週末はまた、台風の影響を受けそうです。その前に今咲いている植物の写真を撮っておきました。
 裏山の垣根に絡まってアカネ(あかね科)の花が咲いていました。
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 小さな白い花ですがその拡大写真を載せておきます。
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 アカネはその根を緋色の染料として利用されます(和名は根が赤いことによる)。万葉歌に13首詠まれていますが、すべて枕詞(紫、日、照、昼などにかかる)として用いられています。その一例として、
【歌】 あかねさす 日は照らせれど ぬばたまの 夜渡る月の 隠らく惜しも (巻二・169 柿本朝臣人麻呂)
【口語訳】 (あかねさす) 日は照らしているが (ぬばたまの) 夜空を渡る月が 隠れるのが惜しい
 草壁皇子(日並皇子と称された)の挽歌で、皇子の薨去を月が隠れることにたとえて詠まれています。
 ちなみにこの歌の「ぬばたま」(夜にかかる枕詞として用いられている)はヒオウギの種子で、ちょうどこの時期その様子が見られるので写真を載せておきます。
 花が咲き終わったヒオウギの刮ハがはじけて球形の黒い種子がみられます。
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 畑では飛鳥萩とキキョウが咲いています。 
 飛鳥萩
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 キキョウ
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 自宅の庭の水槽では、アサザがまた咲き始めました。
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Posted by katakago at 14:50
五島列島への旅ーその2(潜伏キリシタン関連遺産を訪ねて) [2018年09月27日(Thu)]
 ここでは今回のツアーで訪れた潜伏キリシタン関連について写真とメモを残しておきます。
 はじめに、世界文化遺産の関係自治体が発行しているパンフレット「世界文化遺産 長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」(ダイジェスト版)から以下引用させていただきました。「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」は、キリスト教禁教による宣教師不在の中、神道や仏教などの日本の伝統的宗教や一般社会と関わりながら信仰を続けた潜伏キリシタンの伝統のあかしとなる遺産群である。それらは、国内に宣教師が不在となってキリシタンが潜伏したきっかけや、信仰の実践と共同体の維持のためにひそかに行った様々な試み、そして宣教師との接触により転機を迎え、潜伏が終わりを迎えるまでの歴史を物語る12の構成資産からなる。

 今回のツアーではこれら12の構成資産のうち、長崎市の大浦天主堂と新上五島町の頭ケ島集落・頭ケ島天主堂を訪れました。そのほか新上五島町、五島市にある教会も巡りました。
 
【長崎市】 
 長崎市の大浦天主堂(国宝、世界文化遺産登録)
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 信徒発見のレリーフ
 禁教令下で密かに信仰を守った潜伏キリシタンが、1865年3月17日、この大浦天主堂でプティジャン神父に信仰を告白する場面。潜伏が終わるきっかけとなり、以後カトリックに復帰した。
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 天主堂正面にある日本之聖母像(慶応元年3月17日信徒発見記念)
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 五島列島では、下五島地域の福江島(五島市)と上五島地域の中通島・頭島(新上五島町)の教会を巡りました。
長崎から福江島までは約100q(ジェットフォイルで1時間25分ほど)
 福江港(福江島)で見かけた世界遺産登録決定の看板
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【上五島地域】
(福江港から奈良尾港までジェットフォイルで30分ほど)
 車中から見かけた家御堂といわれる住宅を仮の教会とした建物
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 中ノ浦教会(海辺に姿が映る「水鏡の教会」と称される)
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 車中から見た頭ケ島の集落(新上五島町) 手前に頭ケ島天主堂が見える(この集落は世界文化遺産の構成資産の一つ)。
 「潜伏キリシタン遺産」のホームページ http://kirishitan.jp より関連個所を下記に引用しました。
 19世紀、外海(そとめ)地域から各地に広がった潜伏キリシタンの一部は、病人の療養地として人が近づかなかった頭ケ島を移住の適地として選び、仏教徒の開拓指導者のもとで信仰をカモフラージュしつつ(表向きは中通島に所在する仏教寺院に属して仏教徒を装う一方)、潜伏キリシタンの指導者(帳方)を中心としてひそかに自分たちの信仰を続けた。
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 天主堂の拡大写真
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 車中(上とは異なる場所)から見た頭ケ島の集落
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 頭ケ島天主堂(1917年に完成した石造の教会、国の重要文化財でもある)
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 頭ケ島集落にあるキリシタン墓地
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 車中から見た桐教会
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 高台にある桐教会からの眺望(美しい瀬戸を望める)
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【下五島地域(福江島)】
 福江島にある井持浦教会
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 日本最古のルルド(聖母出現の地であるフランスのルルドのマツサビエル洞窟を模して造られた)
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 今回の旅行をきっかけに、あらためて信仰について自らに問い直してみたいと思いました。
 
Posted by katakago at 15:07
五島列島への旅ーその1(三井楽万葉フォーラム) [2018年09月26日(Wed)]
 先週21日から4日間、「万葉の大和路を歩く会」主催のツアーで五島列島に出かけてきました。今回の旅行の狙いは、一つは五島市三井楽で開催の「全国万葉フォーラム in みいらく 2018」への参加と、もう一つは、7月に世界遺産登録が決定された「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」を訪ねることです。ここでは、万葉フォーラム関連の記事を載せておきます(二つ目は続報で)。
 三井楽町で地域起こしの活動をされている谷川さん(今回の実行委員長でもある)とは、万葉植物の種子(ヒオウギ、ムラサキ)をお送りしたり、数年前からメールの交換などもしていました。栽培されている植物の様子も写真を添付して知らせてもらっていました。関連記事は、次のURLに掲載しています。
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/874
 そのような経緯もあり、機会があれば是非一度三井楽を訪ねたいと思っていました。今回のツアー参加でようやく念願を果たせました。
 次の写真はフォーラムの会場となった三井楽町公民館入り口で撮影(主催者側から会場内の写真撮影は行わないようにとの放送が何度も流されていたので写真はこれだけです)。
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 フォーラムでは、坂本信幸先生が「三井楽と万葉歌」と題して基調講演され、続いて、坂本先生と女優の檀ふみさん(NHKの「日めくり万葉」の語り)によるスペッシャル対談(五島を訪ねて)が行われました(写真を掲載できないのが残念です)。最後のパネルディスカッション(五島列島と古代文学)では、野口 五島市長も参加されていました。
  
 フォーラムの後、「遣唐使ふるさと館」で開催された交流会では、地元の三井楽小学校の児童(2〜5年生)による万葉歌の朗誦が披露されました。
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 夕食は地元の食材を用いた料理(地魚のお刺身、鬼鯖寿司、五島うどんなど)を味わいながら、全国から集った万葉の仲間が語り合う場となりました(私も愛媛や三重、東京からの参加者に万葉植物園のPRができました)。
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 フォーラムに先立って訪れた白良ケ浜万葉公園の写真を載せておきます。
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 この時期、植栽されたヒガンバナが見事に咲いていました。
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 ハマユウもまだ咲いている株が見られました。
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 谷川さんにヒオウギの植栽場所を案内してもらいました(もうこの時期、花は終わっていましたが)。
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 犬養先生揮毫の万葉歌碑(除幕式は1989年9月16日))
この歌は、万葉フォーラムの坂本先生の講演でも解説されました。
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【歌】 王之 不遣尓 情進尓 行之荒雄良 奥尓袖振 (巻十六・3860)
【読み下し文】 大君の 遣はさなくに 賢しらに 行きし荒雄ら 沖に袖振る
【口語訳】 大君の 仰せでもないのに わざわざ志願して 行った荒雄は 沖で袖を振っている
 左注によれば、官命を受けたのは筑前国宗像郡の宗形部津麻呂だったが、代わりを頼まれた滓屋郡志賀村の海人荒雄が送粮船に乗って対馬に向かい遭難した時のことが全10首詠まれており、この歌はその一首目。妻子らが思いに耐え切れずこの歌を詠んだとある(別伝では山上憶良が妻子の悲しみに同情して、思うところを述べてこの歌を作ったとある)。左注に、「肥前国の松浦県 美祢良久(みねらく)の崎より船を発(い)だし、ただに対馬をさして海を渡る。」とあり、出港地として美祢良久(みねらく)の地名(現在の三井楽)が出ています。  

 五島列島の南西部に位置する福江島の三井楽は、遣唐使船の最後の寄港地として知られ、遣唐使の母の歌の歌碑が柏崎公園(三井楽町柏848付近)にあります。 
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【歌】 旅人の 宿りせむ野に 霜降らば 我が子羽ぐくめ 天の鶴群 (巻九・1791)
【口語訳】 旅人が 仮寝する野に 霜が降ったら 我が子を羽でかばってやっておくれ 天翔ける鶴の群よ
 この歌については、私が受講している坂本先生の6月の万葉講座(朝日カルチャー中之島教室)で詳しく解説していただいていました。
 
 この万葉歌碑の近くには、延暦23年(804)の遣唐使で請益生(しょうやくしょう)として最澄とともに渡唐した空海の「辞本涯(日本の最果ての地を去る)」の碑があります。 
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Posted by katakago at 16:31
ヒガンバナとナミアゲハ [2018年09月19日(Wed)]
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 今日は秋晴れのすがすがしい日となりました。畑の畦道では満開のヒガンバナにナミアゲハが舞っていました。
 
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 場所によって開花時期が少しずれているようです。こちらの畦道はこの週末が見ごろかと思われます。
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 紅いミヤギノハギに続き白萩も咲いています。
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 フジバカマの蕾が見られるようになりました。
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Posted by katakago at 12:18
ヒガンバナが咲き始めました [2018年09月13日(Thu)]
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 畦道でヒガンバナが咲き始めました。先日草刈りを行った場所では多数の花茎が伸びていました。来週には開花したヒガンバナの群生が見られるものと思われます。
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 次の万葉歌(巻十一の寄物陳思)に詠まれている「いちしの花」をヒガンバナとみる説があります(植物学者の牧野富太郎博士の説)。
【歌】 道の辺の いちしの花の いちしろく 人皆知りぬ 我が恋妻は (巻十一・2480)
【口語訳】 道のほとりのいちしの花のように、はっきりと人々は知ってしまった。私の恋しく思っている妻のことを。
 上二句の「道の辺のいちしの花の」は「いちしろく」を起こす序(いちしの同音反復の技巧)。牧野博士は、「いちしろく」の原文は「灼然」とあり、これを目覚めるばかりの花と解釈すると、赤い花のヒガンバナが想像される、と述べられています。
 
 この時期、畦道ではニラの花も見られます。
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 ニラが詠まれた次の万葉歌は、たまたま見かけた昨日(9/12)の朝日新聞夕刊に中西進先生の解説記事(万葉こども塾)が載っていました。口語訳はその記事より引用しました。
【歌】 伎波都久の 岡のくくみら 我摘めど 籠にも満たなふ 背なと摘まさね (巻十四・3444)
【口語訳】 伎波都久の岡のニラの茎を一生懸命に摘むのに、さっぱり籠がいっぱいにならないわ。― それじゃ、あの人とお摘み 


Posted by katakago at 15:23
台風が過ぎ去って [2018年09月05日(Wed)]
 第二室戸台風以来の勢力と言われた台風21号が過ぎ去り、今朝は、ため池の点検や裏山と畑や果樹園の被害の状況も見て回りました。
 赤坂池では洪水吐をわずかに超えて流れる程度で、雨量はそれほどでもなかったようです。
 風が強かったので、裏山や果樹園での被害が気がかりでした。裏山のアラカシは、昨年10月の台風で大きな枝が何本も折れて隣家に被害も出たため、今春、ケヤキの気懸りな枝と一緒に伐採済みで、今回は小枝が散乱する程度でホッとしています。
 この時期は畑・畦・果樹園の草刈りに追われているので、もう少し過ごし易くなってから、折れた竹の片づけも含め裏山の手入れに時間を割こうかなと思っています。来月下旬には、川西市仏教会の行事(寺院巡り)の途中で、植物園に多くの見学者を迎える予定なっています。

 果樹園では、カキ(品種は大秋)の苗木が途中から折れてしまっていました。実も付けていたので残念です。
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 クリは、早生の品種(丹沢)の収穫はほぼ終わりでしたが、今月中旬以降に収穫時期を迎える銀寄は、枝が折れたり、まだ青いイガがたくさん落ちてしまっていました。
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イガの中はまだ真っ白でした。
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Posted by katakago at 14:04
ハギの花が咲き始めました [2018年09月04日(Tue)]
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 ハギ(ミヤギノハギ)が咲き始めました。写真は台風接近前の今朝写したものです。秋の七種(くさ)の一つのオミナエシも傍で咲いています。ハギは万葉集中で最も多く詠まれている植物です(141首)。
 大納言大伴旅人が亡くなった時に、資人(しじん)の余明軍が詠んだ挽歌に次のような歌があります。
【歌】 かくのみに ありけるものを 萩の花 咲きてありやと 問ひし君はも (巻三・455)
【口語訳】 こんなにも あっけなかったのに 萩の花は 咲いているかと 尋ねられた殿よ
 上二句の「かくのみにありけるものを」は、人間の力の及ばない運命を嘆く表現類型で、死んだ人を悼んで詠む常套句。この歌については、先日の影山先生の講演会でも、「かくのみに ありけるものを 猪名川の 奥(おき)を深めて 我が思へりける (巻十六・3804)」の歌の解説で、その用例の一つに紹介されていました。
 『新編日本古典文学全集 萬葉集』の頭注にも、旅人が亡くなったのは、天平三年(731)七月二十五日(太陽暦では九月五日に当たる)で、「ぼつぼつ咲きかける時分である」とあります。
 萩の花を好んだ旅人の歌を3首載せておきます。
一つは、奈良の家にあって明日香の故郷を思って詠んだ歌から、
【歌】 指進乃 栗栖の小野の 萩の花 散らむ時にし 行きて手向けむ (巻六・970)
【口語訳】 (指進乃) 栗栖(くるす)の小野の 萩の花が 散る頃になったら 行って手向けをしよう
次の2首は巻八の秋の雑歌より、
【歌】 我が岡に さ雄鹿来鳴く 初萩の 花妻問ひに 来鳴くさ雄鹿 (巻八・1541)
【口語訳】 わが岡に 雄鹿が来て鳴いている 初萩の花を妻問おうとして 来鳴く雄鹿よ
 花妻は、萩の花を鹿の妻とみなした表現で、「秋萩を妻問ふ鹿こそ(巻九・1790)」などの例がある(『岩波文庫 万葉集』)。
【歌】 我が岡の 秋萩の花 風を疾み 散るべくなりぬ 見む人もがも (巻八・1542)
【口語訳】 わが岡の 秋萩の花は 風がひどいので 今にも散りそうになった 誰かに見せてやりたい

 咲いたハギの花が雨で散るのを惜しむ歌から(巻八の秋の雑歌より)、
【歌】 明日香川 行き廻る岡の 秋萩は 今日降る雨に 散りか過ぎなむ (巻八・1557 丹比真人国人)
【口語訳】 明日香川が 裾を流れているこの岡の 秋萩は 今日降る雨に 散ってしまうのではなかろうか  

 畑では、ヤブカンゾウが見ごろとなっています。
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 なお、明日予定であった「かわにしまるまるマルシェ」は、台風直撃により今日の収穫作業が行えないため中止が決定しています。


Posted by katakago at 11:09
万葉講座(猪名川万葉の会 公開講演会) [2018年09月03日(Mon)]
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 昨日、お隣の川辺郡猪名川町で万葉集の講座を開かれている「猪名川万葉の会」(代表野々村さん)主催の公開講演会があり出かけてきました(上の写真は1階ホールで展示されていた「兵庫の万葉歌」パネルより)。

 今回の講師は影山尚之先生(武庫川女子大学教授)で、「川を越える万葉びとー猪名川・武庫川ものがたりー」と題して講演されました。
 講演の様子
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 ここでは、講演前半の「万葉びとの川渡り」で触れられた歌の中から、いくつかを載せておきます。
行路難渋の例から
【歌】 武庫川の 水脈(みを)を速みと 赤駒の 足掻く激(たぎ)ちに 濡れにけるかも(巻七・1141)
【口語訳】 武庫川の流れが速いものだから、赤駒が足掻く水しぶきのために衣が濡れてしまった。
妻問いの例から
【歌】 佐保川の 小石踏み渡り ぬばたまの 黒馬の来る夜は 年にもあらぬか(巻四・525 大伴坂上郎女)
【口語訳】 佐保川の小石を踏み渡り、(ぬばたまの)黒馬の来る夜が、一年中ずっとあればよいのに。
【歌】 千鳥鳴く 佐保の川門の 瀬を広み 打橋渡す 汝が来と思へば (巻四・528 大伴坂上郎女)
【口語訳】 千鳥の鳴く佐保川の渡り場の瀬が広いので、板橋を渡します。あなたが来ると思うから。
 ここで、作者の大伴坂上郎女を訪ねてくる相手は藤原麻呂(不比等の第四子)。
決意の渡河の例
【歌】 人言を 繁み言痛み 己が世に いまだ渡らぬ 朝川渡る (巻二・116 但馬皇女)
【口語訳】 人の噂がしきりなので煩わしく思って、私の生涯まだ渡ったことのない、朝川を渡ります。
 題詞には、「但馬皇女が高市皇子の宮にいた時に、ひそかに穂積皇子と関係を結び、そのことが露見してお作りになった歌」とあり、『新編日本古典文学全集 萬葉集』の頭注では、「川を渡るということは、止み難い恋の冒険、思い余って異性と情を通じるという寓意が認められる」と解説されています。
【歌】 世間(よのなか)の 女(をみな)にしあらば 我が渡る 痛背の川を 渡りかねめや (巻四・643 紀女郎)
【口語訳】 世の常の女であったら、私の渡るあなせの川を渡りかねることなどありましょうか
 題詞に「紀女郎の怨恨(うらみ)の歌」とあり、紀女郎は安貴王(あきのおほきみ)の妻と注記。
『新編日本古典文学全集 萬葉集』の頭注には、「作者はなまじ身分があるばかりに今のところ誘惑にかろうじて耐えているというのであろう」とあります。『萬葉集全歌講義』では、「通常の女性であったら自分の恋を成就させるために実行するであろう行為を、自分は踏み切れず自制してしまう悔しさを詠む」とあります。
   
Posted by katakago at 15:51
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